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幸せ

腹に刺した剣を抜くとそこには真っ赤な鮮血が付いていた。男は刺されたことによく痛みに膝を付く。魔力を込めて血を飛ばし地面に倒れる男を見下ろすようにして、魔法を捜す。召喚者は白雪のガントレットや俺のネックレスのように召喚する媒体が必要不可欠だ。それを破壊すれば召喚者として活動出来なくなり、普通の人間に戻すことが出来るのだ。


 魔女の時も殺さずにこの方法で普通の人間になったが、今回も殺さずにこの方法で行くつもりだった。俺の願いはみんなが笑顔になることで、この男も例外ではなく、対象なので殺すことはしない。 


 魔女狩りに斬られたことによって光輝いていた約束エンゲージの魔法陣は今は見えなくなっている。男も立ち上がることが出来ないようなのでそのまま魔法を探すが、見当たらない。普通なら魔女狩りに触れた時点で見えるようになっているはずなのに全く見当たらない。


「何やってるの海人。早く破壊しないさい……って、居ない!」


 慌てた様子の白雪は先ほど雷を放出したことにより、膝を付いていたアンナの姿が無く無人になっている。周囲を見渡すがやはりどこにも姿はなく、完全に居なくなっていた。


 この空間に魔力反応もないので空間外に出た可能性がある。だが、男とアンナは互いを大事に思う想いで約束エンゲージまで結んでいる間柄で、一人だけ逃げ出すなどといった状況は考えにくい。先ほどまでの想いの強さを見ていればなお更その考えが強くなる。


 男に視線を戻すと、腹を押さえて痛みに耐えている姿がある。さずがに大きな外傷を負った男は雷がかすった程度のアンナとは違い、動ける状態なのではなく、逃げる暇などなかったのだろう。このまま男だけでも人間に戻すことが出来るのならアンナは消滅する可能性が高い。その場合、逃げた意味などなくなるのでさほど重要ではないが、妙に気になる。それに隠れているだけという可能性も捨て切れていない。


 痛みを耐える男は正常に動く首だけを動かし、周囲を見渡すと痛みに歪んでいた男の顔が笑顔になるのが見えた瞬間、俺は男から距離を取るために地面を強く蹴ったが、間に合わず男は爆発した。


 爆発に飲み込まれ地面を転がるように飛ばされながら状況を飲み込もうと必死になる。男が爆発したとうことは俺が刺した男は刺される前から既に偽者だ

ったということだろう。いつ入れ替わったのはかまるでわからないが、こうなることを予想されていたという可能性が非常に高く、俺達は騙されていたとうことだろう。


 数十メートル飛ばされると止まり、全身が激痛を訴えている中、よろけながらも立ち上がり、周囲を見渡すと男とアンナと交戦している白雪の姿が目に映

った。一瞬にして偽者に代わった男と姿を消したアンナは二人で襲い掛かり、白雪をし仕留めようとしている途中だった。


 二人同時に相手をするより二人で一人を仕留めた方が効率も確率も上昇する。そして〝小鳥の箱庭〟という防御に特化した魔法と白雪と対等に動けるアンナを対等に戦えるはずもなく、ただでさえ疲労していた白雪は除々に押されていく。動きのキレが無くなり、攻撃を避けるのが精一杯になってく白雪を見ながら全身が痛む中、必死に体を動かそうとするが、進めない。今、あの混戦に入っていっても邪魔になるだけだ。だが、このままでは白雪は確実に殺されてしまう。それだけはなんとしても回避しなくてはならない事態だ。


 アンナは白雪と戦いながら話しを始める。余裕の無い白雪は話しなど聞いている暇はないが、戦いながら話しを出来るアンナは誰がどう見ても余裕があるようにしか見えない。男もほとんどアンナに任せているが、それでもたまに隙を突いて攻撃したりして、白雪は完全に自分のペースを見失い、ただ。回避するだけになっているのだ。


「あなた達二人は勘違いしていた。私はクナイを使っているけど、れっきとした召喚者なの。だから私は魔法が使える」


 その言葉にどうやって偽物に入れ替わっていたか理解出来た。ただ、単純にアンナの魔法によって偽物に入れ替わっていたのだ。約束エンゲージを結べるということは二人とも召喚者という証。それは忘れていた訳ではないが、今までクナイでしか攻撃してこずに他は何も無かったので、意識的にアンナの魔法は今は使えない状況だと決め付けていた。


 しかし、本当は使えないのではなく、緊急時に時のために使わなかったのだ。万が一にその状況が来た時に回避出来る方法が無ければ死んでしまう可能性がある戦いの中で、決定的な瞬間を回避出来る力というのは必然的に必要だ。アンナはそれを理解していたからこそ使わずに、決定的瞬間が来たので使い、追い詰めたと思っていた俺達を逆に追い詰めたのだ。


「私の魔法は〝影縫い〟と呼ばれる魔法……」


 戦闘を止めて立ち止まったアンナの足元に浮かぶ魔法陣。そして手には光が集まり武器の形を模る。そして召喚された武器は俺達が使っている直接的に殺傷効果がある武器ではなく、学園に良く使用するペンだった。大きさも長さも一般的なペンで、誰かが使っていても魔法だとは気付かないほどの一般的なペンに見える。


「影を書き、幻影を見せることが出来る魔法。十秒ほどしか効果はないけど、召喚者の戦いに十秒は致命的。そんだけの時間があれば十分」


 幻影を見せる魔法……白雪の雷で膝を付いたアンナも幻影で、俺が刺した男も幻影。初めから俺達の行動を完璧に読んでの行動。毎回幻影など見せられたら本物かどうかの区別が付かなくなる。今、戦っている二人は本物だろうが、それでもわからない。〝魔女狩り〟でアンナを斬ることが出来れば幻影は消えるだろうが、それでも今の状況では難しい。


 多少痛みが治まってきたことにより、動けるようになった俺は隙を見つけるために、動けない演技をする。だが、それすらも見破られているのか、アンナは一瞬だけ俺に視線を向けて、笑った。


「ではそろそろ終わりにしましょうか……二人同時に戦うのは面倒なので」


 クナイを構え、再び動き始めるアンナは俺と白雪の眼前から完璧に姿を消した。先ほどより速度が上がり、なんとか回避できていた白雪の反応が遅れる。俺は何で出来ないまま見つめているだけで、白雪も同様に反応できていなかった。クナイは白雪を確実に殺すこと出来る首筋。誰も反応できなかった速度での攻撃に確実に、明確に白雪の〝死〟を予感した。


 予感した瞬間、世界はスローモーションのようにゆっくりと見えるようになった。ゆっくりと動くクナイにアンナは笑顔を浮かべ、そして白雪は俺の方を見て諦めたような顔になり、そして笑顔を向けたのだ。


 諦めと悲しさが混じった笑顔は「今までありがとう」と言いたげな顔で、色々な想いが溢れてくる。


 何が今までありがとうだ。まだ、何も終わっていないし、始まってもいない。俺達は戦争に勝者として願いを叶えて貰う約束を結んだだろ?こんな所でその願いを捨ててしまってもいいのか?いや、違う。こんな場所で白雪を殺させてたまるか!!


 刹那、今まで変化が無かった約束エンゲージを結んだ証である魔法陣が強く光輝く。それはアンナと男が光り輝いているような強い光で、この世界で想いが認められた証だった。想いが反映される世界で認められた想いは白雪を死なせたくないという想いで、願いを叶えたいという願望ではなく誰かを想う力だった。


 流れ出てくる力に痛みなど消え去り、瞬間で移動し、クナイを防ぐ。それからはまるで秒刻みのような世界に見えた。


 攻撃を防いだことにより、驚愕するアンナは防がれた反動で僅かに空中に浮かんでいたことにより、直ぐに動くことは出来なかった。死を覚悟していた白雪は何は起こったのか理解できずに目を見開いていた。男も同様に目を見開き、状況を確認しようとするが、遅い。


 防いだ俺は空中に浮いているアンナより僅かに早く右足がついたため、全力で地面を蹴り、一瞬で男との間合いを詰める。


 何をしようとしているか理解した白雪は疲労している体で魔力を発し、雷を放出させ、アンナの動きを止める。〝影縫い〟を使う可能性があるため、アンナに軽く蹴りを入れて、一瞬だけ意識を落とす。


 間合いを詰めた俺は男に剣を振るう。〝小鳥の箱庭〟を使うが、反映された想いが流れてくる俺に斬れないものなどなく、触れた瞬間に魔力は全て消えてんなくなる。初めて〝小鳥の箱庭〟を斬ることが出来た喜びなど感じないまま、今度こそ腹を一刺しした。


 そして、剣を抜き、地面に倒れる男の魔法を探す。斬られたことにより出現する魔法の本体は小さな指輪。それは二人が人間の時に約束の証として互いに送りあった指輪で、二人の想いの形だった。俺は悪いと想いながら指輪を斬る。


 砕ける指輪と同時に秒読みの世界が終わり、男とアンナの光り輝いていた魔法陣は光を失い、戦いに決着が付いた。





********






「負けたか……」


 人間に戻った男は倒れているアンナの元に駆け寄った。召喚者ではなくなったのは男だけではなく、アンナも同じで、玩具として操っていた機械には魔力は使われていなかったために、存在自体は消滅することがなく、男の腕の中で目を覚ます。そして目を覚ました瞬間、男はアンナを強く抱きしめた。男の行動で戦いの結果がどうなったか容易に想像できたのだろう。


 なにより、男から召喚者の源である魔力を感じないことと、自分から魔力を感じないことはつまり、もう召喚者ではなく、ただの人間に戻ったという意味になり、そしてその結果自分達は敗北したのだと想像できる。


「大丈夫か?」


 アンナに笑顔を向ける男の顔は本当に幸せそうで、これが本来の男の顔なのだろう。大切な人のために全てを捨てる覚悟までし、大切な人の死によって人生を狂った男はそれでも幸せそうだった。何より守りたい人が傍に居るということ自体で既に嬉しいのだろう。


 笑顔を向けられ少し泣きそうな顔になったが、アンナもそれに答えるように笑顔になる。アンナも幸せそうで、今まで玩具として操られ、自由自在に動かされていたという事実があるのに、そんなことなど気になっていないのだろう。大切な人……もう、会えないと思っていた人の腕の中に居るということだけで幸せなのだろう。


「大丈夫……負けちゃったわね……」


「ああ。けど、もういい。俺は幸せだから……」


「ええ。そうね……」


 二人は手を繋いだまま立ち上がり、そして俺達から少しだけ距離を取る。見つめる視線は先ほどまでのように殺気交じりではなく、ただ純粋に何を訴えているような目だった。同じように俺達も二人を見つめる。後はこの二人は人間として幸せに暮らすことが出来るだろう……そんな希望を見ているような感覚がするが、アンナと男は同時に首を振った。それは、その希望が否定された気分だった。


「あなた達はどうして戦争に参加してるの?」


 参加している理由など一つしかないだろう。この戦争は願いを叶えることが出来る戦争で、勝者になるということは全てを超越する大魔術により、どんな願いでも……普通では不可能な願いでも簡単に叶えることが可能なのだ。命を賭けてまで叶えたい願いがある。それだけのためにこの狂った戦いに参加しているのだ。


「もし、叶えたい願いある……それが、自分のための願いならいずれ負ける。私達程度に苦戦しているようでは、あの英雄ジークフリードには絶対に勝てない。その意味はあなたにはわかるでしょ?この世界に想いを認められたあなたならね」


 俺の見つめながら言うアンナの言葉はこの二人と戦う前なら確実に理解出来ていなかっただろう。だが、今は理解出来る。先ほど、白雪に死んでほしくないという想いが認められて、自分達が強く願っている叶えたい願いを叶えたいとい想いが認められなかった俺なら理解出来る。自分の想いと他人を思う想いはまるで別物で、明確に違いが出るものだ。


「これから、その想いを持って戦いなさい。英雄ジークフリードより強い召喚者なんてたくさん居る。けど、その想いがあればきっと戦えるわ……」


 二人は手にクナイを持つ。何をしようとしているかはわからない俺達は眉を寄せるが、アンナは何の躊躇いもなく、クナイを首元に当てて、そっと突き刺した。鮮血が飛び散り、驚愕する俺達を他所に、男も首元にクナイを当てた。


 アンナが死んだことによって男に変化があるかと思ったが、何事もなかったかのような顔をしている……いや、違う。悲しみと覚悟……そして再びアンナに会えたとう事実。そして、未だに二人の想いが繋がっていたということが確認できて喜びの顔。色々な物が入り混じった顔をしており、そして全てが幸せであったためにこの世界から去るのだ。


「どうして……」


 俺は小さく呟いた。これから人間として幸せに二人で暮らしていけるはずなのに、どうして死ぬ必要があるのか理解出来ない。どんな気持ちで居るかも理解出来なかった。


「俺達は幸せだった。もう、想い残すことはない。それに……」


 男は後ろにある巨大な機械を見つめた。この世界は機械によって造られている。魔力を使わずに空間内に入れたい奴を入れてる優れ物。想いが反映されるように造られている……そこである事実に気が付く。俺が考えていたことは全て実現しないという事実に。あの二人が幸せに暮らせるのはこの想いが反映される空間しかないという事実。そして、ここから出るためには空間を壊さなくてはいけない。壊すということはアンナの消滅を意味することになるのだ。


 二人は互いを大切に想うが故に死ぬことを決意したのだろう。現実に戻ればアンナが居ないという辛い現実が待っている。それならアンナが居るという幸せな空間で死んだ方がマシだと。


 生きて辛い想いをするのか、幸せなまま死んで行くのか……どっちが正しいなんて俺には区別が出来ない。けど、本人達はそう望んだのであればそれは本人達には正解なのだ。紛れもなく本人の覚悟で選んだ道なのだから。


 首に当てたクナイを一刺しした。鮮血が飛び散り、倒れる中で男は傍らに寄り添ってくらたアンナの姿を見つめ、そして優しく微笑んだ。




 読んでくださってありがとうございます!

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