流れ
英雄を倒すと決めた次の日。俺は朝五時に凜奈に起された。いつも通り、学園に行く時間だと思っていたのだが、時計を見てさすがの俺も一気に眠気が吹き飛んだ。
「一体どうしたんだ?」
ベットから起き上がり、凜奈に言うと別の声が聞こえてきた。
「どうした?じゃないわ。今まで通りの生活をしていたら勝てないわよ?」
居なかったはずなのに突如姿を現した白雪の瞳は強い意志が宿っている。負けるつもりなど全くないと感じさせる強い意志が。
どうして朝早く起されたのか理解した俺は頬を叩いた。そうだ、俺達には倒さなければいけない奴が居る。自分たちより圧倒的に強い力を持った召喚者と戦わなければならないのだ。
「そうだよ?英雄を倒すんでしょ?だったら呑気に寝ている暇なんてないよ?」
凜奈が優しく微笑みかけてくる。そんな笑顔が眩しいと思いながら、感謝の気持ちもいっぱいだった。戦争に参加していない凜奈にとって英雄と戦うことにあまり意味はない。なのに、勝てるかどうかわからない……下手をすれば殺されかねない敵なのに、利益も何もない凜奈は一緒に戦ってくれるつもりなのだろう。だから、朝早くからここに居る。
「ああ。全く俺は何を考えていたんだ……」
魔女を倒してから練習……白雪との模擬戦はほとんどやっていなかった。普通に続けていれば今よりも強くなっていたはずだが、それでも英雄には全く届かなかったに違いない。だが、少しでも足しにはなったはずだ。
「いや、もしもの話はなしだ。そんなことに意味はないか……」
続けていなかったのは自分達が悪い。この戦争に勝ち抜くことがどれだけ難しいかとわかっていながらやらなかったのだ。魔女を倒した事による安心感があったのだろうが、今思えば単純に怠けていただけだ。
「前のように町の広場で魔術閉鎖空間を張ってやるのか?」
「違うわ。今度は現実でやる。私と海人が始めて出合ったあの森でやるわ」
「……どうして魔術閉鎖空間の中でやらないの?現実で魔法を使ったら一般人にも被害が……」
確かに俺達召喚者の力は一般人とはかけ離れている。一般人から見ると俺達は怪獣や怪物の類に見られるはずだ。それは召喚者は簡単に人間を殺すことが出来るからで、魔術閉鎖空間がなければ被害が出るだろう。だが……。
「大丈夫だ」
俺は確信を持ってこの言葉を口にしていた。万が一に白雪が一般人に被害が出る……ましてや殺しなどしない。敵意のない者を殺したりなど絶対に白雪には出来ないのだ。理由は簡単で、殺される悲しみを知っているからだ。
「何か案があるんだろ?凜奈はそれを説明しないと納得してくれないと思うぞ?」
俺の言葉に白雪は表情を変えないで口を開く。
「そうね。まず、魔術閉鎖空間の外でやる意味は単純で、そっちの方がいいからというのが理由。魔術閉鎖空間は召喚者のために作る結界のようなものでしょ?その中より外の方が私達召喚者に負担が大きいこと。後、一つは時が止まって永遠に続けられるより、時間で区切った方が短い間に集中して効率よく出来るから」
「なるほどね。わかった。けど、一般人には被害は出ないの?」
「出ないわ。だって、魔力を使うだけで魔法は使わないから大丈夫よ。それより時間がないから早く行きましょ。この時間なら全力で向かっても見られることは少ないわ」
部屋の窓を開けるとそこから飛び降りるように外に出た白雪に続き、俺と凜奈も飛び降りる。そして地面に着地して全力で森に向かう。普段は人目など気を付けるだが、白雪が言ったとおり、この時間なら人通りも少ないし、問題ないだろう。
森に向かってから約一分未満。さすがに全力だと人間の頃とは訳が違う。
「ここも人通りが少ないけど、保険を掛けておくわ。あの廃墟になった工場の中でやるわ」
工場の中は廃墟らしく色々な物が転がっていたりして使っていた頃の面影が微かに残っている様子だった。だが、ここが何の工場かなどは全く知らないので、わからないが、とりあえず廃墟があって今は助かっている。
他の召喚者が近くに居ると魔力を感じて接近してくる可能性があるが、この周囲に〝魔女狩り〟と〝三日月雷鎌〟が居ることは広まっているはずなので並の召喚者なら近寄ってこない。仮に来るとしたら英雄率いる英雄派だが、それも昨日遭遇したばかりなので可能性としては低い。なので一般人が少ないこの森は最適の場所という訳だ。
「ここでやるわ。他の場所よりも広いみたいだし」
立ち止まった場所は、学園の職員室ほどの広さがある場所だった。もちろん、ほとんど何もないが、廃墟の中で見た場所では確かに一番大きな場所で、最適の場所といえるだろう。
「ところで一体何をするんだ?」
前までやってた模擬戦とは違い、廃墟の中でやるとなれば激しい動き魔力を放つことは出来ない。もしやってしまうと今居る廃墟が瓦礫のように崩れてしまうためだ。それに魔術閉鎖空間の中ではないので、壊れた廃墟は元に戻すことは出来ない。
「流れを掴む練習よ」
「それってどうやるの?」
凜奈が白雪に質問した。俺も流れを掴むなど意味がわからないので真剣に耳を傾ける。
「魔力は心臓近くにあるわよね?」
「そうだな。初めは違和感があったけど、今はあるのが当たり前のようになっているが」
手を胸の上辺りに添えると、心臓の音とは違う音を感じる。血を流しているのではなく、魔力を全身に流し込めている音のように聞こえる……なるほど、そういうことか。
「その魔力は私達が望めば自由に使える。私は雷を魔力で生んで、扱うことができるし、凜奈は空中で円盤を自由に操ることが出来る。そういったことが出来る魔力には流れが存在するわ。それを掴む練習よ」
そう言う白雪だが、凜奈はあまり納得していない様子だった。いや、理解出来ていないのだろう。それは魔力の流れのことではなく、英雄という強力な召喚者と戦うのに、そんなことをしていてもいいのかと。前にやっていたように模擬戦にした方がいいのではないかと……そんな顔をしている。
『この練習はローが考えたんだ。相棒は深く意味を理解していないようだが、この流れというのは基礎中の基礎だ。これがあれば、体内の魔力を自分の好きな場所に瞬時に集めて攻撃したり、防いだりすることが出来るようになる。そしてそれが出来る召喚者は俺が知っている限りでは大概が強い。模擬戦などがいいように思えるかも知れないが、これは基礎中の基礎だからこそ、極めるのが困難だ』
『うむ。それに普通に模擬戦をしているだけでは、英雄に勝てる可能性はごく僅か……否、無いと言ったほうがいい。だから基礎をやるのだ。基礎が出来ないのに、その上の事が出来るはずがない。だから、基礎をするのだ』
サクとローの言葉にうなずいた俺と凜奈。確かに何事も出来るようになるためには、基礎という土台をしっかりとしていなければ何の意味をない。基礎という過程は絶対にスキップできるものではないのだ。
「それじゃ、時間もあまり無いしためしに練習してみましょ?私もこればっかりは教えて上げないから……」
俺達の教える時間が無駄という訳ではなく、白雪も魔力の流れを掴む基礎が出来ないのだろう。基礎中の基礎だからこそ、誰にでも出来ることではない。それも、自分達より遥かに強い英雄を相手に実戦で使えるレベルにまで仕上げなければならない。しかも、サクたちによれば数日でローネも第二次開放を使えるようになるらしい。
実戦でかなり活用出来るレベルまで達しないと勝負にすらならないだろう。俺達よ英雄派は同じスタートラインでも、出始める位置が圧倒的に相手の方が早いため、必死に追いつくしかない。
俺達三人は均等に幅を取り、サクが言う通り胡坐をかいて目を閉じた。そして、心臓の上にある魔力の塊に意識を向けて、その流れ感じ取り、自由に操るようにイメージを描く。
血管に血が流れるように魔力の流れを感じ取る。そして、ゆっくり魔力の塊から魔力だけを取り、濃縮するようなイメージをしながら腕に流ししてみると
……。
「っ!」
頭に激痛が走り、集中していた魔力が一気に流れ出す。もちろん、流れを感じ取るのは失敗している。
「頭が痛いわ……」
白雪も同じ状況になったらしく、頭を押さえながら俺の方を見た。
『静かにしろ。相棒の幼馴染は筋がいい』
サクの言葉に一斉に凜奈の方を見ると、凜奈は未だに胡坐をかき続けて、魔力の流れを感じ取っていた。そして、初心者でもわかるほど、濃縮された魔力が、ゆっくりだが、手に集まってきている。
『うむ。センスがあるな』
ローもサクと同じような言葉を口にした。確かに、凜奈は俺達より筋がよさげだだった。それは手に流れていく微量だが、濃縮された魔力を感じ取れば簡単にわかることだった。
凜奈が流れを掴む練習を始めてから二分後に、濃縮された魔力が手のひらに辿りついた。そして、目を閉じながらゆっくりこぶしを前に出すと、目の前にあった壁がなくなり、大きな穴が空くた。
『よし、もういいぞ』
その言葉で凜奈は目を開いた。じっくり見れば凜奈の額には汗がにじみ出ている。どれだけ集中していたか容易に理解出来た。
『それが魔力の流れだ。良く覚えておけ』
「わ、わかった……」
凜奈はかなり集中していたみたいなので疲れている様子だった。だが、本当に頑張らなければいけない俺達二人は疲れなどおろか、凜奈の集中力に比べると全然集中できていなかったようだ。
『見てわかっただろうが、相棒達がやろうとしていることは、少ない魔力を凝縮して、威力を上げることだ。普段やっているように大雑把に魔力を集めて攻撃するとムラが出てしまうが、凝縮すると一箇所に魔力が集まって威力が上がる。これは強い召喚者まら誰でも出来る芸当だ。まぁ、かなり難しいことをやっているが』
『うむ。凜奈は筋がいい。形だけなら既に完成している状態だ。だが、それでは実戦では使えない。なぜだかわかるか?』
ローの質問に白雪がすぐさま答える。
「凝縮する速度が遅い……出来ない私が言うのもなんだけど」
『うむ。そうだ。英雄と戦うのであれば一秒未満で出来なければ意味がない。それも先ほどの魔力よりもっと大きな魔力を凝縮しなければならなくなる』
一秒未満。それは形すら出来ない俺達にとっては不可能に等しい数字だ。いや、そもそも形が出来ている凜奈にすら出来ないだろう。それぐらい瞬間的に集中して魔力を凝縮させないと勝てないということだ。
『相棒達がこれから戦う抜く中で、魔力の流れを扱うのは必須となるはずだ。だから、この機会に絶対に出来るようになった方がいい。自分達の願いを叶えたいのであればなおさら』
その言葉に再び気合が入った。これを出来なければ勝ち抜けないとなればやるしかない。どのみち、魔術蒼石を持っている英雄(ジ
ークフリード)を倒すためにはこれをできるようになるしかないので結果はかわない。
『それと、頭が痛くなったのは、単純に集中できてないからだ。一回成功すると感覚でだんだん早くなっていくはずだ。だから相棒の幼馴染は今回は倍以上早くできるはずだ』
ひとまず、まずは成功させることから入らなければならない。コツなどはその後だ。ひとまず遅くてもいいので、出来るようになる。これが、今日の目標だ。
『これは周りに合わせる必要などはない。自分のペースで挑戦するといい。英雄を倒したければ速度と正確さが必要になるから、今日は自由にやってみよう』
そうして、学園を遅刻するまで流れの練習を繰り返した。
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