干渉
白雪は可能性という幸せな夢を見ていた。
気が付くとそこはヨーロッパの町並に見慣れた人々の笑い声。そして、満面の笑みで笑い、白雪の手を握って歩く一人の女性。その顔は忘れるはずもない白雪自身のお母さんだった。
願いを叶える戦争で生き返らせようとする……自分の命なの簡単に捨てていいぐらいに大切な一人の人だった。そして白雪は今、その願いを叶えていたのだった。可能性の夢の中で。
この夢はもし、白雪が召喚者にならずにお母さんとずっと一緒に暮らすことが出来ていたら。そんな白雪の願いを叶える夢の中だった。
だから、すぐに気が付いてしまった。ここは夢の世界で現実なのではないと。ただ、ローネという〝風読み〟の能力で見せられた夢幻なのだと。自分はまだこの光景を取り戻せてなど居ないことを。
白雪は繋いだ手の暖かさと大きさに包まれた手を強く握った。だが、いくら強く握った所で召喚者ではない白雪の握力など、その辺に居る女子高校生となんら変化などなく、手を握られたお母さんはそのことに気が付き、優しい笑みを浮べて口を開いた。
「どうしたの、白雪?」
それは忘れるはずもない声。優しく自愛に満ちた声で呼ばれた白雪は心底失望した。お母さんが自分のことを本名ではなく、〝白雪〟という日本で生きるために考えた偽名で呼んだことを。騙すなら完璧に騙してほしかった。
(ローネに本名を教えてないから無理ないか……)
事実、日本には白雪の本名を知っている者は一人とて居ない。本人が話したことないので当たり前なのだが、可能性という幸せな夢は、見せている本人が知らないことは見せられないという事実に気が付いた。
白雪は見慣れた人々とヨーロッパの町並を歩く。小さい頃からこの町で育った。少し入り組んだ道をしているが、この周囲のことなら何でも知っている。昔、お母さんに教えて貰った思い出が、頭の中にあるから。
「なんでもないよ、お母さん」
「?」
首を傾げるお母さん。なにやら可笑しなことに気が付いた様子だった。それもそのはずだ、白雪は昔から〝ママ〟と読んでいたのだ。急にお母さんなどと呼ばれれば疑問に思ったり、可笑しいと感じることは必然。しかし、何事も無かったかのようにその事実には触れない母親。
ローネの〝風読み〟の効果によって都合のいい夢に改ざんされたのだ。少しでも長く、この世界を続けるためには改ざんなど何回も何回も繰り返してやっているだろう。
それほど、人の記憶を操作して夢の中に入れるということは難しい。〝風読み〟の他を除いて誰一人出来ない。空気を読んで、夢を見せたいが触れていた空気に矢を当てて、空気から可能性を読み取り見せる技。
あの矢があるから夢を見せることが出来るのだ。
「寒くない、白雪?」
ヨーロッパの季節な冬。あたりに雪は積もっていないが、みんな厚着をしているので容易に察することが出来る。それに白雪自身も久々に感じる熱いや寒いといった季節を感じることが出来る。そして今は寒い、季節は冬だ。
「大丈夫、寒くないわ」
もちろん、白雪も厚着をしていたので我慢できない寒さではない。それに繋いでいる手を暖かく、周囲にいる見慣れた人々は笑い、暖かな雰囲気がしているので体は寒くても心は暖かい。まるで春の日なたに居るように。
「そう?良かったわ」
そう言って白雪の頭を撫でる。普段ならそんなことさせないが、それを否定せずに撫でられる白雪。他の誰でもない自分の母親に撫でなれるのだ、否定などする必要がない。
少しだけ髪がボサボサになったが、そんなのは気にしないで、白雪たちは歩く。通る道、町並の変化でどこに向かっているのかはすぐに理解できた。そしてこれから何をしに行くのかもすぐに理解できた。
町はずれまで歩くと、そこには丘があった。そこ丘の上には小さな教会。今日は家族や知り合いなので決めた教会に行く日。そして教会で一時間ほど祈ったりするのだ。
めんどくさいなどは感じたことはない。だってそれは当たり前になっていたからだ。そして、自分以外の誰かをことを願うので、退屈などといった感情も芽生えない。そう、ただやるしかないという思いだけが心の中に存在する。
一時間ほど祈ると教会を出た。白雪は今日も自分ではない他の人のことを祈った。自分の母親のことを。
来た道を歩いて帰り、知り合いなどと分かれて家に戻った。大きさは二人が暮らす分に関しては十分な大きなの家で、家具なども多くないため、広々と過ごせる。
現実で住んでいた家より少し狭いが、それでも十分だった。お母さんとの幸せな空気だけが存在していた。
そう、白雪は幸せだった。自分のことを本名で呼んでくれないとしても、念願の願いがこの世界では叶っている。〝風読み〟の世界は本人が夢だと気が付き、否定した時に世界が壊れる。だが、自覚している白雪の世界は壊れる様子はない。
つまり、白雪はこの世界の崩壊を望んでいない。そしてそれはローネの思うつぼだということも自覚している。
〝風読み〟は可能性を見せている者を殺すことは出来ない。だから、他の召喚者に殺させることで成果を上げる召喚者。だが、可能性という幸せな夢に溺れてしまった者は現実と肉体が離れてしまい、死と同じ状況に入ってしまう。そうなると本人にはどうすることも出来ない。
だが、そんなことはわかっていた。ここが現実ではなく見せられているということも十分過ぎるほどに理解している。しかし、それほど簡単に割り切れるものではなく、白雪が知っているママではなく、お母さんであっても見た目や性格はそのまま。大好きだった頃とそのままなのだ。
(だから壊すことは出来ない。それが正しいと理解していながらも)
ローネもそれを理解していながらこの夢を私に見せているのだろうと、白雪は考えている。
ご飯を食べて、お母さんは仕事に向かった。そして白雪は部屋に一人きりになってしまい。見慣れた町を窓の外から眺めていた。
ゆっくり歩く人々。ヨーロッパの町並に平和な世界がある。ここは現実のような召喚者という非現実な存在もいないだろう。ただ、白雪にとっては永遠のような幸せな時間が続くだけ。
白雪がここが現実だと認知すれば、それこそ何一つ不満が残らない世界に早代わり。命を掛けなくても戦わなくてもたくさんの幸せが手に入るこの世界は生きやすいだろう。
そんなことを考えて外を見ていた白雪は驚きのあまり目を見開いた。そこには見たことがある背中に髪。雰囲気も白雪が知っているままの姿でそこにいた
。彼は一瞬だけこっちを見てそして物陰に消えてしまった。
白雪は今出せる全力で部屋を出て、その彼を追う。時間的に見失っているのは確実だったが、どうして彼がここに居るのか気になるので、追いかける。近くにいた人に聞き、走り回り彼の居所を突き止める。
そして、彼の背中を捉えた。見つけた瞬間、今までの動きが嘘のように早い速度で動けた。開いていた差は一瞬でつまり、声を上げて呼んだ。
「どうしてここに居るの!海人!!」
海人は名前を呼ばれたことによってそっと振り返る。それは現実に居た、約束を結んだときと同じ顔の相手。そして、今もっとも白雪と繋がっている相手だった。そんな相手に……。
「お前誰?」
「え……?」
普通に考えれば当たり前だった。白雪がここに住んでいた時に海人と出合った記憶はないし、彼にもそんな記憶は一切存在しなかった。そして、現実では出会っている白雪でも、この世界で出会っていない海人は当然白雪のことなど他人どころか、全くの初対面。そんな相手に急に名前を呼ばれたのだからそんな反応になってしまうに決まっている。
だが、そうと理解していながら予想以上にショックを受けている自分に気が付く。
今まで約束結んだ相手としてやってきた海人に自分のことを知られていない事実にショックを受けているのだ。海人は白雪に命を狙われたにも関わらず、自分の傍に居てくれる。願いを叶えるという最大の目的があるとしても誰でも出来ることではない。
しかし、海人はやっている。魔女に殺されかけた時も助けに来てくれた。白雪は自分は誰かに必要と思われていることを自覚した瞬間だった。そして、白雪の心は動き始める。現実に帰りたいという方向に。
「もう、話しかけるな。誰だか知らないが」
そう言って踵を返して歩いていく海人に白雪は叫ぶように言った。
「これからも約束を結んだ相手として傍に居て貰うから!」
白雪の声は届いたはずだが、それに反応せずに歩いていってしまう。だが、そんなことはもう関係なかった。白雪はお母さんとの幸せな夢を否定すると心に決めた。そして、海人と共にママを生き返らせるという強い決意と共に。
走ってきた道を帰らずに、いつもは誰も居ない丘に向かった。そこは町から少し離れているため普段はほとんど人は居ない。そして今日も当然のように誰もおらず、だが、そのさらにひと気がない場所に向かうとそっと目を閉じた。
否定すると決意を決め手から胸の辺りに熱い塊があることを自覚する。自分の魔力が戻ってきて、先ほどまでは普通の人だったのに今は召喚者になっていることも。
そして白雪は模索する。ローネの世界を完全に破壊するために、そして凜奈も助けるために。
海人が持っている〝魔女狩り〟とローネの〝風読み〟の能力が相性が悪いことは知っている。そのため海人はローネの世界から抜け出せるであろうと白雪は予想を立てる。だが、凜奈はそうは行かない。
〝風読み〟の方が召喚者としての位が高いのと、凜奈はたぶん、海人と二人で暮らす夢を見ていると推測を立てる。そすなると凜奈はそれが夢であることを気付かずにそのまま永遠に居続けてしまうため、どうにかして〝風読み〟の世界を完全に壊す必要がある。
「だから、その抜け道を見つける」
周囲には見渡す限り誰もいない。白雪はそっと目を閉じて世界に干渉する。この世界はローネが作った世界。少なからず幸せな夢を見ているということは本人の心理に関係するはずだ。見せようと思えば自分が何度も殺される夢などを簡単に見せることができるためだ。
ローネは直ぐに襲い掛からずに、白雪たちに召喚者であることを隠して接近して、体育祭の結果発表で魔術閉鎖空間を張った。なぜ、私達と一緒に学校生活を送る必要があったのか?そこは誰でもたどり着く疑問。そして、誰でもたどり着く故に、深くは気にならない。そんな近くに隠されているなど気付きもしないためだ。
だが、白雪はそこに気が付いた。どうして私達と一緒に学校生活を送る必要があったのか?という疑問が罠だと。簡単に言えばローネは私と同じで学校生活を送ったことはないと考えた。何らかの辛い現実のせいで。
確証などはないがそれは事実だと伝わる。目を瞑ったことで世界の意思を感じることが出来るため、それが事実だと理解できる。
そして白雪に見せた夢。それは死んだはずの母親と幸せに暮らすという夢。だが、どうしてお母さんだけで、父親という存在はいないのか。どうしてお母さんや周囲の知り合いも父親が居ないという現実を受け止めているのではなく、知らない様子なのか?
そこにたどり着くことで見える。世界の綻びが。
「なるほど、そういうことだったのね……」
目を開くとそこには小さな田舎町で、兄と両親と一緒に暮らしている小さい時のローネの姿があった。四人は家族を誰一人失っていないのに、幸せな家庭ではなく、母親や、まだ六歳ほどであるローネに性的暴力、そして兄には暴力に重ね、家を追い出して食料も与えない。そんな辛い家族の記憶があった。
まだ六歳だったローネは父親に何をされているか理解していなかった。ただ、母親を殴ることで強制的にやれと命令してやらされていたのだった。
この父親は愛し合って出来た子供を虐待し、挙句の果てに捨てる。それは決していい思い出ではなく、家族の中には深い心の傷として残る。
ある日、家を出て行った父親とたまたま出会った三人。そしてローネと母親は連れて行かれ、性的暴力を兄の目の前でされた父親の連れに抑えられたり殴られたりして瀕死だった。そして、ことを済ませると父親は去っていった。
父親のことを忘れようとがんばり、貧乏だったが、普通の生活を送っていた三人に亀裂が入る。
母親が二人の子供の前で自殺。そして、二人はただ泣いている光景。
それを見た白雪は何もいえなかった。自分よりはるかに辛い体験をしているという事実と、どうして家族が居るのにそんなことになったのかという訳のわからない怒り。それがただこみ上げてきた。
だが、白雪はローネの弱点も見つけたような気がした。そして世界を完全に壊す手段も。
「だから、この世界はおしまい」
本当に短い時間だったけど、お母さんと居られて幸せだった。そして、必ず戦争の勝者となってママを生き返らせると誓い、口にする。
「ありがとう、お母さん。次は現実で会おうね?」
世界が白い光に包まれていく。そして粒子が周囲に浮かび、次の言葉で決まる。
「私は自分で幸せを手に入れる!この幸せな世界を否定する!」
そして、世界は壊れた。
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