過去 雨
マルクとパリスの子供が生まれてから五年という月日が経過した。村人総出で祝ったリーシャ・フォースの誕生から村には一度も子供は生まれて居らず、最後に祝ったリーシャは村人から大切にされていた。
村は五年という月日が経過したにも関わらず、一切変化はなく、唯一の変化と言えば年々人が減っている事ぐらいだろう。だが、その一つだけの変化が村人を苦しめていたのは言うまでもない。
リーシャが生まれてから子供が一度も生まれていないのは、子供を生む人が居ないという所が大きい。出て行く人が居るにも関わらず、村に入ってくる人は決していないという現状が、さらに村を孤独化させる原因だ。
老人が多く住む村では働く若い者が居なければ労働力が減る。子供が生まれないという事は、村には将来が無いということの証である。今でも多くの老人が老体に鞭を打ちながら働いているという状態が続いているにも関わらず、年々村人とが減って行くという事は村人の不安も大きく煽ることになる。
そんな中生まれたリーシャは両親がマルクとパリスということもあって、将来はこの村で働いてくれるという希望を持っているために大切に育てられる。勿論、村を出たいと言っても反対する村人は居ないだろうが、出来ればずっと暮らして欲しいと願っている。
だが、リーシャはまだ五歳という小さな子供だ。そんな村人の期待や希望など感じれる年代では無い。そんな事は村人も充分に理解しているため、元気に成長しているリーシャを温かい目で見ているに過ぎない。
だが、そんな心のゆとりを感じられる一面もあれば、そうでない部分もある。村は農業を生業として収入を出している。農業とは人が多く必要となるため、年々人が減っている村では大きな被害が出ている。
五年前までは貯金が出来るほどの収入を得ていたマルクも、今や生活するのが苦労に感じほどまでに収入が減少している。リーシャが生まれてお金を使う部分が増えたことも原因だが、今は貯金は出来ない状態だった。
「今月も結構厳しいわね……」
「すまない……」
二人は机を前にして、今月の生活費を確認する。やはり今月もかなり厳しく、貯金に当てるお金は一切残されていない。いや、下手をすると貯金しているお金さへも使わないと駄目かもしれない状態だった。
「マルクは悪くないわ。誰が悪い訳でもないわ」
最近は村人の減少と、それに合わせて雨が一ヶ月近く降っていない。農業をしているマルクからすれば雨が降らなければ収入がほとんど入ってこない状態だということだ。
今までに溜めてきた貯金があるため、今は生活に困らないとはいえ、お金が使えば減っていくものだ。時期に底が来て、生活するのが厳しくなってくる。そうなればリーシャに大変な思いをさせるため、それだけは避けたいと願っている二人。
まだ五歳という小さな子供に不自由な生活を課すのは厳しいだろう。だから雨が降って、育てている物が育つのを期待する他ない。自然は気まぐれで、いつ雨が振るかなど誰にも完全に予想することは出来ない。
今の時代と違って、技術が発展しておらず、雨を観測する装置など一切存在しない。仮に存在していたとしても、この村には情報として全く入って来ないのは言うまでもない。
この村に住んでいる人々はただ、天に向かって雨が降る事を祈るばかりだった。だが、祈っても祈っても雨が振ることは無く、一ヶ月目に突入したのだ。
まだ一ヶ月だと言う人も存在するかもしれないが、この村での一ヶ月は普通の一ヶ月ではない。山の中にあるために天候が変化しやすいにも関わらず、雨が降らないのだ。数十日程度であれば降らないこともしばしば存在するが、それは別に困りはしない。
時期がいつもズレるため、野菜などには大した影響力は無い。しかし、今は夏だ。この時期に一ヶ月雨が降らないとなると話しは別だ。周囲には木しかないため、水の蓄えも多くは無い。
溜めている池の水にも限界があり、使うのだから減っていく。それもいつも以上に使うために、水の蓄えはほとんどない状態と言える。小さい村であることが今回の問題を招いている状態なのだ。
「とりあえず、話し合っても埒が明かないから、私はなるべく節約しながら生活するわ。食事もいつもより量を減らすことになるけど、大丈夫??」
農業という力仕事をしているマルクは言うまでも無く良く食べる。いつも体を使って働いているのだから当たり前の話だが、食事は体にとって大切なエネルギーだ。減らせば当然支障が出る可能性もある。
「ああ……夜は減らさないで、俺のお弁当の量とか減らしてくれ。後、当然だけどリーシャの分は減らさないでくれよ」
「当たり前よ。そんなことするぐらいなら私の分を減らすわ」
「俺の分も減らしてくれて問題ない。それぐらいでへばる体にはなっていないからな」
「ええ、そうね」
時刻は午後十時を回った頃。子供であるリーシャは寝かしつけてある。子供とは言え、お金の問題の話を聞かせたくは無いという二人の合意からこの時間にしたのだ。
朝が早いマルクはそろそろ寝ないと起きるのが辛くなる時間滞だ。時計を見たパリスは立ち上がり、マルクの近くに向かった。
「明日も仕事があるのだから、そろそろ寝ましょ」
「そうだな。体を壊してしまったら意味がなくなる」
そういいながら軽く唇を合わせた二人は最も大切な存在であるリーシャが寝ている部屋に向かう。
扉を開けると、親指を吸いながら寝ているリーシャの姿があった。そんな可愛らしい姿を見た二人は顔を見合わせてそっと笑顔になった。そして、マルクとパリスは大切な存在であるリーシャの事を再確認した。
自分達が親で、可愛らしい子供を守るのは自分達の役割なのだと再度理解したのだ。お腹を痛めて生んだリーシャを守れるのは自分達だけだと再度理解したのだ。そして、頑張ろうと心の中で二人共呟いた。
「寝ようか……」
「そうね」
リーシャを挟むようにして布団に入る二人。自然とリーシャに近づいて距離が縮まる三人は、誰がどう見ても、本人達が強く否定しても良い家族だった。
そして、その家族の真ん中に居る存在であるリーシャに辛い思いをさせたくないという強い気持ちが二人に芽生えた。だからこそ、早く雨が降っていつも通りの生活が出来ることを望んだ。
「おやすみ二人共」
「おやすみなさい」
二人は幸せを感じながら眠りに落ちていった。
*************
そして、雨が降らないまま二ヶ月げ経過した。
一ヶ月前には辛うじて存在していた池の水はとっくに底を付き、村の野菜達は全滅していた。農業で収入を得ている人達は、絶望感を漂わせながら生活を送っていた。明るかった村は今はその面影を残していない。
収入が入らないために食べ物が買えない食べれない生活が村人を襲っている。お金が合ったとしても、村に食べ物が存在しないために、村から離れた街に買い物に行く人の姿も多くあった。
空腹は普段の人柄を変化させる原因であり、問題が起きなかった村ではちょっとした揉め事が起こるようになった。大事ではないにしろ、そんな事今までほとんど起きなかったのので、村人達も戸惑いを隠せない。
村人のほとんどが影響を受けている中、リーシャという小さな子供を持っているマルクとパリスも例外ではなかった。収入が一切ないため、溜めていた貯金も全て使い切り、今はマルクの親友であるタケシに借りている状態だった。
親友であるタケシは村の中でも特に裕福な家庭に住んでいるため、雨が降っていない状況でも余裕があった。食料の蓄えもあるらしく、村人に配っている光景を良く見るようになった。
問題が起きたりするような村になった事で影響を受ける人が多く居る中で、タケシだけは普段と全く変化は無かった。いや、むしろ親友だということでいつも以上に困っていたら手伝ったり、助けて貰ったりするようになった。
「本当にタケシ君には感謝してもしきれないわ……タケシ君が居なかったら今頃私達は……」
「助け合うのは当然だよ。特に昔から仲の良い二人なら余計にね」
「本当にありがとうね……」
パリスはタケシに何度も何度も頭を下げる。パリスはタケシに感謝してもしきれないほどの申し訳なさと、ありがたさを感じていた。マルクもまた、親友であるタケシに何度も何度も頭を下げていた。
「本当にありがとう……この感謝は一生忘れない。いや、忘れられない」
「別に大丈夫だって!いつも言っているけど、親友が困っていたら助けるのは当たり前だよ?今までだってマルクは僕を助けてくれたじゃないか。それに比べたらなんでもないよ」
マルクはタケシにいつも助けて貰って居ると思っているが、同時にタケシもマルクに助けて貰っていると感じていた事に、少しだけ安堵した。もし、そうでなければ自分はタケシの親友ではないということになってしまうからだ。その事実は今の村において最も怖い状態だった。
タケシがお金を貸してくれなければ、リーシャを育てることは出来ない。大人である二人は多少の我慢が出来るが、子供であるリーシャが我慢することは難しい。それも空腹を耐えることは体にも影響する。
小さな体で、女の子であるリーシャに耐え切れるとは到底思えない。タケシに相談に乗ってもらって本当に良かったと心から思っている。
「お金は絶対に返すわ。タケシ君本当にありがとうね」
タケシ本人が言いと言っているにも関わらず、何度も頭を下げる二人。それを手で止めるタケシ。その光景は親友そのものだった。
しばらく話しをすると、タケシは家に帰り、マルクとパリスも家に帰ることにした。仕事が無い今はマルクもずっと家に居る状態だ。勿論、居るだけではなく、森の中に入り、食べれる物などを探したり、家事を手伝ったりしている。
だが、普通の森の中に食べれる物が転がって居る訳もなく、あまり探し出せない。キノコ類は本などが無いため、毒がある無いを調べられないので、手に取らないようにしている。木の実などを探すことが多い。
「リーシャ、ただいま」
「おかえりパパ!ママ!」
玄関まで走ってくるリーシャに頬が緩むのを感じながら、家の中に入ると、リーシャが奇妙な事を言い出した。
「パパ!!お仕事まだ出来ないの??」
リーシャの一言は悪気があって言っている訳ではないと理解しているため、笑顔でマルクは答える。
「雨が降らないとパパの仕事はどうすることも出来ないんだ。もう、晴れてる時に出来る仕事は全部終わっているんだ」
「ふーーん、そうなんだ!でもね、大丈夫だよパパ!!」
「どうして??」
満面の笑みで大丈夫というリーシャが少し理解出来ないと思ったが、まだ小さい子供が居る言葉なので特に意味はないと感じたが、それでも聞き返してみた。
「だって、明日のお昼から雨降るよ!!」
満面の笑みで、雨が降ると宣言したリーシャに、目を丸くしたマルク。その光景を見ていたパリスは、落ち着いた口調で口を開いた。
「どうして、雨が降るってわかるの??ママに教えて欲しいな」
そう言いながら頭を撫でるパリスはリーシャの言葉を全く信用していない様子だった。父であるマルクを元気つけようとしているのだと勝手に解釈して、頭を撫でた。
「だって、私見たもん!!明日は今まで降ってなかった分、たくさんの雨が降るよ!」
断言するリーシャに、顔を見合わせるマルクとパリス。普段はこんなこと言わない子なのに……という心配が襲ったが、それも父であるマルクを元気付けようとしている子供という光景に写り、全く信じてなかった。
ここ二ヶ月間、一度も降っていない雨だ。明日降っても全く可笑しくはないが、そう今まで言い聞かせてきて二ヶ月という時間が経過したのだ。マルクは後二ヶ月は降らないと思っている。
自信など一切ないが、今までの心境と期待への裏切りを考えると、そんな気がして仕方が無いのだ。だから、明日雨が降るのではないか?という希望は持たないようにしたのだ。
「絶対降るから雨!!ザアザアポタポタ振るんだから!!」
「そうね……そうだと良いわね」
再び頭を撫でるパリスに気持ち良さそうに目を細めるリーシャ。この時のリーシャの言葉が、マルクを元気付けるための言葉ではないと、親である二人でさえも信じてなかった。
***************
翌日、習慣でいつも通りの時間に起きた二人は、隣に寝ているリーシャを見て、昨日の言葉を思い出した。リーシャが明日雨が降ると言っていた言葉を思い出したのだ。
指を吸って寝ているリーシャを起さないようにゆっくりと、リビングに向かい、外を見るとここ二ヶ月全く同じである太陽が顔を覗かせていた。今日も雨が振らなかったのだ。
「さすがに、うまくは行かないか……」
「そうね……まぁ、仕方ないわ。今日はどうするの??」
少し落ち込んだ様子の二人だが、いつものことだと思い、直ぐに気持ちを切り替えることにした。人間であるマルクとパリスには雨を降らすことは当然出来ない。それはこの村に住んでいる人々でも同じで、この世界に生きている全ての人類が同じだ。
雨乞いなどが存在するが、本当か嘘かは明確には判断しようがない。たまたま、雨乞いを行った日に雨が降った可能性は完全には捨てきれない。自然相手に出来ることなど人間には存在しない。ただ、祈ることだけだ。
「今日は森に行って見るよ」
「分かったわ。私はリーシャの様子を見ながら家事をするわ」
「リーシャの事は任せた」
マルクは速めに出ようと思うい、農業に行く時と同じ時間に家を出た。夏とはいえ、朝は少しだけ涼しい。森の中だということもあって、周囲の街に比べると気温は低く、過ごしやすい村であることには変わりないが、それでも昼間は暑い。
ずっと、この村に住んでいるマルクはこの村の夏しかしらない。他の場所の気温を知らないので、マルク自身が体験することは出来ないが、この村の夏は他の街に比べて涼しいのは事実だ。
「昼間になると、暑さで倒れるかもしないから、お昼には帰るか」
もともと、あまり手入れがされていない森なので、奥深くまで入ることは出来ない。もし、入ってしまうと戻って来れないことなど、ずっと住んでいるマルクは充分理解していた。
しばらく鳥の声を聞きながら歩くが、目ぼしい物は何一つ無い。他の村人も森に入っている人が多いので、食材を見つけるのは極めて困難だ。見つけても、小さいのか、あまり量がないかの二択だ。お腹が膨れることはない。
一度、少し遠くにある川まで釣りに行こうかと考え、周囲に詳しい人に聞いてみたが、徒歩だと厳しいことが分かったので、森で探すことにしたのだ。少し前までの村なら大丈夫だったが、今は少しだけ揉め事が起きたりするので、遠くまで行くことは心配で出来ない。
もし、二人に何かあったかと思えば、釣りなどしては居られない。
普段来ている場所とは違う場所まで来ると、空が可笑しいことに気がついた。少し雲がかかり、太陽が姿を隠している状態になっている。
「今日は曇りかな……」
二ヶ月雨が降っていないので、雨が降りそうという発想は抱かなかった。だが、しばらくすると空が完全に雲に覆われ、流石にマルクも引き返すことにした。だって、それは、二ヶ月間見ることが無かった雨雲だったからだ。
「おいおい……嘘だろ」
昨日、リーシャが家で言っていた事を思い出しながら歩いていた。今日の朝、雨が降っているか確認したが、晴れていたから見逃していたが、リーシャは昨日こう言っていたのだ。
〝だって、明日のお昼から雨降るよ!!〟
そう、お昼と言っていたのだ。
「本当に降って来やがった!!!」
森を歩いていたマルクは、二ヶ月ぶりの雨に、笑顔を浮かべながら森を駆け出した。




