過去 幸せ
毎日のように仕事をし、帰ってきてご飯を食べて寝るという生活をしているマルク。そんな夫であるマルクの生活を支えているのがパリスである。そんな二人は結婚してから一年が経過しようとしていた。
「おはようパリス……今日の仕事に行ってくるよ」
午前五時前後……マルクはいつもと同じ時間に起きて、ご飯を食べてから仕事に向かう。ずっと繰り返されているマルクの一日の始まりだった。片手には農業で使う道具がいくつも入っている鞄を持っており、中には手作りであるお弁当が入っている。
「ええ、行ってらっしゃい。体には注意してね?」
女神のようにややしく微笑ながらパリスは図文のおなかを擦りながら言う。そのお腹は大きく膨らんでおり、中には子供が居るのだと一目で理解できる。パリスは妊娠している。それも、後数ヶ月生まれる段階まできている。
「それはこっちの台詞だよ。僕の心配よりも自分の心配をしてくれ。パリスの体には僕達の子供が居るのだから」
マルクもまた微笑みながら言葉を発する。そしてパリスの膨らんだお腹に手を当てて、子供の頭を摩るかのように優しく撫でる。二人のこの光景は一言で表すなら〝幸せな家庭〟という言葉になるだろう。
それほどに二人の心の満足していて、互いを愛していた。お互いがお互いを必要としており、決して一人では駄目だと互いの心が叫んでいた。だからこそ、今のような光景が毎日繰り返されている。
一度、仲良くしすぎたせいで、仕事に遅刻したことがあった。まだ、結婚して一ヶ月も満たない時の話だが、そんな出来事もあったほどだ。
「それじゃ、そろそろ行くね」
お腹から手を離し、パリスに背を向けるマルク。それを優しい笑みを浮かべながら見送るパリス。小さな村はこの二人に幸せで幸福な時間を与える。これからも与え続けてくれると二人はそう思っていた。いや、村人全員が思っていたに違いない。
「行ってらっしゃい」
ドアが閉まり、マルクが仕事に向かうと、パリスの仕事が始まる。妊娠していよういが、していまいがパリスからすれば関係なかった。夫であるマルクが仕事で家を留守にするこの時間、パリスが家を守る時間なのだ。
この考えは結婚してから一度も歪んだことがない。結婚する前からずっと持ち続けている考えで、一般家庭では当たり前だと思っている。少なくとも、この村に住む人々はずっとそうしてきた。
パリスも母親がそうしてきた所を近くでずっと見ていたので、この考え方は母親譲りと言っても過言ではない。母の姿を見て学んだことなのだとパリスも自覚している。
マルクの稼ぎで生活出来ているため、パリスも家に居る身として何かしたいと心から思っているのだ。マルクが汗水ながして働いている時に自分は家の中で居るだけなんてパリスには耐えられない。
妊娠している今、動かない方がいい事は充分承知していることだが、それでもパリスには母親の姿を見てきて、妻とはこうするものだという譲れない物が存在しているため、家事を行ってしまう。
「誰かがやらないと行けないことだし、私がやっても問題ないはず」
パリスは重たい我が子が居るお腹を摩りながら家事を行う。
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仕事に向かうマルクは心配で仕方が無かった。それは家に居るパリスのことなのだが……。
「最近急激にお腹が大きくなってきたから心配だな」
妊娠する前は細くてモデルのようなスタイルをしていたパリスだが、妊娠してからお腹が膨らむため、体が重くなる。前のように自由に動ける訳ではないのだ。それに、もし怪我をすればお腹に居る子もパリスも怪我がする。
普段から家事をしているパリスなので、滅多な事で怪我をする事がないと信じたいが、万が一という可能性が存在する。大切な体なのだから動くのは最小限にして欲しいと思っているマルクなのだが、パリスはそこだけは譲らない。
何故かは言ってくれないが、そこは絶対に譲れない物が存在しているのだろう。なので、あまり言えないのが現状なのだ。
「けど、怪我はした欲しくないし……」
歩きながらマルクは考える。しかし、中々いい案は浮かんで来ない。最近歩きながら考えているが、パリスを少しでも楽にさせる案が浮んでこない。なので、安心して仕事が出来ないのだ。
本当に大きな怪我でなければ大丈夫なのだが、お腹に何か負担を与える怪我であれば、最悪子供が生まれない可能性が出てくる。初めて出来た二人の子供なのだから、産んで欲しいのだ。
ここで産まれなかったら次ぎに行くために絶対に足枷になってしまうとマルクは思っている。そんなこと絶対になって欲しくないし、パリスにそんな辛い思いをして欲しくない。
「流石に止めるべきか……」
「一体何をやめさすんだい??」
一人事のように呟いていた言葉に返事が帰ってきたので、声の方向を向くと、そこにはマルクの親友であるタケシが爽やかな笑みを浮かべていた。タケシはマルクの働いている農業の息子だ。
マルクが何不自由なく生活出来ているのは間違いなくタケシのお陰だ。家の農業を手伝っているのを毎日のように見ていたタケシが、親に紹介してくれた働けているのだ。
タケシの家はマルクの家よりも数倍大きい。村の中では一番裕福な家庭に住んでいるにも関わらず、小さい頃からずっと隣に居る大切な親友だ。何度助けて貰ったは数え切れない。だから、いつかタケシが困っていれば一番に助けてやりたいと思っている。それぐらいはさせて欲しいし、したいと心からマルクは思っている。
「いや…パリス妊娠しているだろ?」
タケシはパリスと結婚式を挙げるときにに、親友として手紙を読んでくれた。心からパリスとマルクの結婚を祝ってくれた一人なのだ。なので、大概の事は何でも相談出来るとマルクは考えている。
「僕の知っている限りでは妊娠しているはずだよ?まさか、急激に太ったのかい?」
楽しげに離すタケシの冗談に少しだけ笑顔になるマルク。少し冗談を入れてくるのがタケシのいい所なのだ。だが、決して適当に答えている訳ではなく、俺の悩み事を真剣に考えてくれるいい奴なのだ。
「そんな訳ないだろ。パリスに限ってそれはないよ」
「確かにそうだね。ずっ体型とは気にしていたしね」
「今でも気にしてるぞ。いや、前以上に今の方が気にしてるかもしれないな」
「妊娠しているから余計に気になるのかもしれないね。農業を仕事としている僕達には全く関係ない話だね。ずっと動いているから体型とか気にしなくても問題ないしね」
この村で農業を行っている男性は皆、体に筋肉が良く付き、体が細い。決して太い人は居ない。農業をするに当って、余計無い脂肪などは落として起きたいのだ。
「それで本題だけど、一体何をやめさすんだい??」
少し真剣な顔付きに変ったタケシにマルクも真剣な表情になる。そこまで真剣に話す内容ではないように見えるが、当事者二人からすれば、重大な話になるのだ。少なくとも二人はそう捉えている。
お互いう親友同士だと認めている間柄で、その親友が悩んでいるのだから相談に乗るのは当たり前だとタケシは思っている。それに小さい村なので、タケシはパリスの事を良く知っている。逆にパリスのタケシの事を良く知っている。
毎日のように顔を合わせる距離であれば、相手の事を知っていても不思議な事ではない。さらに、タケシは中学の頃、パリスに恋心を抱いていたのだ。だが、結局親友のマルクが、パリスと付き合うことになった。
だが、妬むことなく、何事もなかったかのようにおめでとうと言ってくれたタケシにマルクは感謝している。だからこそ、次は自分が助けたいとマルクは思っているのだ。
「妊娠しているから、家事を辞めさした方がいいかな、と思って……」
深刻そうに話すマルクにタケシは少し驚いた顔をした。それに気がついたマルクも少しだけ不思議そうな顔をした。
「マルクは本当に馬鹿だね……もし、パリスが家事をしなかったら一体だけが、家の事をするんだい??まさか、仕事終わってからマルクが一人でするとか言わないよね??そんなことすると、マルクが倒れるよ??」
農業をしているマルクは朝が早い。そんな早起きをしているマルクがパリスがしている家事をもしてしまえば、体がもつ訳がない。家の事を妻に任せるのは普通だとタケシは付け加える。
タケシの言葉にマルクも頷く。確かにタケシの言っている事は間違っては居ない。いや、どちらかというと正しい部類に入るだろう。仕事をしているマルクは、パリスを手伝うことは出来ない。少なくとも、朝と昼は絶対に無理だ。
休みの日などは言うまでもなく手伝っているが、それでもパリスにも譲れない物があり、少しだけしか手伝わしてくれない。洗濯物を取り込んだり、掃除をしたりぐらいだ。大体は自分で行い、仕事が休みなマルクを気遣ってくれる。世間的にはどこにでも居るような妻ではなく、一言で言えばいい奥さんと言われるとマルクも充分に理解している。
だからこそ、無理をさせてないか?どこかで我慢させてないか?という不安が襲う。妊娠しているお腹で自由に動き回るのは決して適切ではないだろう。もし何かあってからでは遅いのだ。
「けど、俺が倒れるよりもパリスが倒れたら……」
マルクは自分のことなどどうでも良かった。自分のことは自分が一番理解しているため、自分自身が大丈夫なことは充分承知していたのだ。体調も問題ないし、仕事を苦に感じたことも一度もない。全てはパリスと共に生活するためと思えば何一つ問題なかった。
そんな大切な存在であるパリスが倒れることなど想像もしたくは無いマルクは心配しているのだ。パリスが倒れて欲しくないという事実と、そんなパリスを見たくないという自分の我がまま。前者と後者であれば間違いなく後者の方が大きい。
その事をタケシに伝えると、大きなため息と共に、真剣な眼差しでマルクを見つめた。
「それはきっとパリスも同じ気持ちだ僕は思うよ?パリスも仕事して帰って来るマルクもために、家に居る分家事は全て自分がしなくてはって思ってると僕は思うな。結局の所二人共自分の事よりも相手のことが心配なんだよ」
互いが互いを第一に考えているために起こる問題なのだとタケシは付け加える。至極当たり前なことだが、パリスとマルクは二人共愛し合っていたのだ。その事実を見せ付けられたタケシは小さな声で呟く。
「全く……羨ましい限りだよ」
「??何か言ったかタケシ」
タケシが小さな声で呟いたのと同時に強い風が吹いたためにマルクの耳に言葉は届かなかった。風が吹いていなければマルクにはタケシ声が聞こえたはずだ。だが、運よく聞こえなかったとタケシは安心した。
幸せそうな二人を想像して心の声が出てしまったことをタケシは反省した。それは決して二人の前で言ってはならない言葉だからだ。特にマルクの前では絶対に言ってはならないとタケシは思っている。
「何も言ってないよ?疲れてるんじゃない??」
誤魔化すタケシにマルクは特に対した反応を見せない。マルクはタケシを信じているため、自分の気のせいだと思うことにしたのだ。その事を充分理解しているからこそ、心が少し痛むタケシ。
自分は決していい奴などではないと理解しているからこそ、痛いのだ。そして、いい奴だ信じ切っているマルクに申し訳なさを感じる。
「とりあえず、パリスに家事をやらせてあげたら??もし限界ならきっと言うだろうし、マルクならパリスの異変に気が付くだろ??」
「そうだな……パリスも望んでいることだしそうしよう。何かあったら俺が助ければいいだけの話だしな」
「そういうことだね。それじゃ、仕事しよっか」
「そうだな」
話しを切り上げて、仕事の準備に取り掛かる二人。周りには既に準備を終えて、仕事に取り掛かろうとしているマルクの先輩達が何人も居た。少しだけ話すつもりだったが、長く話していたようだと自覚した。
「とりあえず、このまま見守ってみるよ!ありがとう!」
相談に乗ってくれたタケシにお礼を告げると同時にマルクは準備をするために移動する。そんなマルクの背中を見つめながらタケシは誰にも聞こえない声で呟いた。
「今日もこの村は何事もなく平和だな……平和すぎて辛いよ……」
近くに居る人にすら聞こえない声で呟いたタケシの顔は、先ほどまでとは違い、鋭い目つきをしていた。
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マルクがタケシに相談してからしばらくの月日が経過した。あの時よりお腹も大きくなり、休みの日などはマルクも家事を手伝うようになり、許可を得て仕事も早めに終わらせて貰う日々が続いた。
小さな村にはパリスことは充分に広まっており、許可を貰うことは難しい物ではなかった。むしろ、歓迎されるように許可をもらえたのでマルク本人が驚いたぐらいだった。
子供が生まれるということは小さな村が活気付くということだった。嬉しいことは村人みんなで共有する……それが新しい村人が増えることだとしたら余計に歓迎されるのだ。それほどまでにこの村は暖かな村だった。
きっと、この村と同じ場所を探しても簡単に見つからないほどに良い村なのだ。大きくなるお腹に生まれる子供に対しての期待度が上がる中、ついにその時がやってきた。
それは調度、マルクの仕事が休みの日だった。いつも通りの時間に起き、朝食を食べて家事を手伝っている最中に起きた。
「大丈夫か!?」
とつぜんお腹を押さえ、倒れるように膝を付いたパリスに慌てて駆け寄るマルク。マルクも子供が生まれるのだと直ぐに察し、パリスを布団に寝かすと、家を全力で駆け出し、出産を手伝ったことが何度もある人を呼びに向かう。
小さい村なので、直ぐにその人の家にたどり着くと、扉を勢い良く叩いた。
「すいません!!パリスが!!!」
大声をあげ、扉を叩くマルクに周囲に居た人達も状況を察し、大慌てし始めた。パリスのお腹に居る子供が生まれると誰もが理解したのだ。
そして、何度も経験がある村人の行動は速かった。まず、マルクが家に居ないということは、パリス一人だけだと理解し、近くに住んでいる老人達は家に居るパリスの様子を見に行った。
マルクが呼びに行ったナインという男も、村の慌しい様子に何が起きるか察し、直ぐに家から出てマルクの家に向かう。いつでも出産してもいいようにとナインは事前に準備をしていたために、スムーズに出産は進む。
ナインが家に到着すると、パリスの様子を様子を見に来ている村人が五人ほど居た。ほかにも数名いるのだが、男性だったので外で待機している。一人の子供が生まれるということは村にとっても大きな喜びだった。
今まで出産に携わった人が多くいたために、パリスは数十時間後に無事に元気な子供を生んだ。お腹の中に居たのはパリスがずっと欲しいと願っていた女の子で、パリスは喜びのあまり涙を流した。
「よかったな……これが俺達の子供だよ」
「ええ……痛かったけど、頑張ってよかったわ……」
二人は手を繋ぎながら笑いあう。村人もその様子を見て幸せそうに笑顔を浮かべた。マルクの親友であるタケシは胸の中にある感情を完全に抑えて、嬉しそうな顔をしている。顔だけ見ると二人の子供の誕生を祝福しているようだった。
今、この村は多くの人が幸せを感じている。それは一人の子供の出産……小さな村だからこそ、出来る助け合いで新しい幸せを掴んだのだ。
後に、この女の子の名前はリーシャ・フォースと名づけられた。




