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約束(エンゲージ)  作者: 千歳瑠璃
死者軍勢
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過去 リーシャ・フォース

 人間からすれば召喚者という存在は化け物以外になくて、全く持って未知の存在である。どれだけ願っても人間側から召喚者に干渉することは不可能であり、逆に召喚者側からすれば容易で人間に干渉出来るという構図になっている。


 人間が召喚者の存在を知るためには、召喚者本人に教えて貰うか、あるいは召喚者が人間に干渉した場合のみだ。後者の場合は召喚者という存在を知ることが出来ても、生きて日常に帰ることが出来ないため召喚者という存在は人間には広まらないのだ。


 召喚者という存在を知って生き残った場合でも、普通に生活をして暮らしている人間に化け物の存在を話しても耳を傾けてくれる物好きは少ない。直接目で見ていない存在を信じるというのは簡単そうに見えて案外難しい。常識では考えられない存在であればあるほど余計に難しくなってくる。


 例えるのであれば、幽霊を信じる者と信じない者だ。強い霊感があり幽霊を見ることが可能な霊能力者が幽霊は居ると答えても、霊感がなく全く感じ取るこが出来ない素人は幽霊という未知の存在を信じることが出来ない。


 直接目で見たことはないし、霊的な物を感じたことが無い素人は決して幽霊を信じることが出来ない。見えない物を信じることなど困難極まりない。それと同じなのだ。


 召喚者を近くで見た人間は一瞬で同じ生物では無いと気が付くだろう。見た目などは全く同じだが、人間の姿をした化け物……召喚者を見た第一印象はこれが一番正しいのではないだろうか。


 それを見た人間は信じる……だが、見たことが無い人間は信じることが出来ない……それは全てにおいて同じことで、召喚者や幽霊の二つだけではない。長い間近くに居て信頼している人からの言葉でも信じることは出来ないだろう。


 人間というのはそういう生き物で、心があり感情があり自分の考えがある人とい生き物は総じてそういう生き物なのだ。決して変化など無く隔てて平等……唯一人が平等な部分はこの部分だけだ。そして、自分無い力を持っている存在を自分のために利用しようと考えるのもまた人総じて同じだ。


 利用出来る力と出来ない力が存在するのは人間でも知っていることだ。例えるのであれば大量に人を殺す能力……召喚者を人間が利用しようとすれば、間違いなく殺されてしまう。それは、他人を殺す力を持っているからだ。


 人間は人間しか殺すことが出来ないが、召喚者は人間を殺すことが出来る。人間には大きすぎる力を持つ召喚者を利用するなど出来る訳がない。人間を大量に殺すことが出来る力を利用しようなど考える人間はさほど多くない。それは、人間は同属である人間を殺す事に抵抗を覚えるからだ。


 そして無意識に人間はそう言った同属を殺す事を拒み、これは近くに居ても利用できない力を判断してしまう。大量に人間を殺すことが出来るのであれば自分も簡単に殺されれてしまうことになってしまうため、近づこうともしなくなるだろう。


 だが……もしこの世界に他人に害を与えずに自分だけ得をする能力を持つ人間……それを人間と呼んでも間違いないのかは分からないが、そんな人が存在していたら人間はどう思うだろうか。


 全く特別な力を持たない人間は、周りとは違う特別な力に憧れてしまう。だが、憧れるだけでそれは終わってしまう。なぜなら、周りの人間も自分と同じで全く普通の人間であり、特別な能力など一切持たないからだ。


 周囲に居る全員が特殊な能力を持って居る世界であれば、それは特別な力とは言わなくなってしまう。周囲の人間が……誰もが見たことが無い不思議な力を使えるからこそ、特別と呼ばれる存在になるのだ。


 しかし、普通の人間では特別な力を持つことなど不可能だ……それは霊感がある人間でも、運動神経が周囲と群を抜いているような存在でも、全てのことが簡単に出来てしまう人間でも、それは不思議な力でもなく特殊な力でも無い。全ては一言で〝才能〟という言葉で片付けられてしまう。


 だが、紛うことなき特殊な力がある存在が居たら普通の人間はどう思ってしまうだろうか?それは簡単で、羨ましいと感じてしまうか、自分の役に立つように利用しようと考える二種類に分かれてしまう。


 本物の力を持つ人間は、自分の意思を持つことなく大勢の人間に利用されてしまう。それは人間を殺すことが出来ない存在である人間だからこそ、そうなってしまうのだ。召喚者であればそうはならない。


 相手は本物の力を持つ人間だからこそ、大勢の人間に利用されて生きてしまう。それは、どの時代でもどんな物語でも決まっている展開だ。利用されずに生きていくことなど本物の能力を持つ人間には出来ないのだ。


 これから語られるのはまだ召喚者などという化け物が存在しなかった時代の話だ。ただ、普通の人間しか存在しておらず、皆が協力して生活をしていた時代の話……。


 召喚者発祥の地は日本といわれているが、一部の物好きな召喚者の間では間違いと言われている。確かに初めて〝召喚者〟と呼ばれる化け物が現われたのは日本で間違いないのだが、その数十年前に一人の力を持った人間が存在していた。


 存在の知っている召喚者は極一部だが、知っている召喚者曰く、その人間が初めの召喚者と言い張る者も多い。その人間……少女の名前は、リーシャ・フォースと言われる女の子だった。






*************






召喚者と呼ばれる化け物が現われる五十年以上前、日本ではない森の奥にある小さな小さな村に二人の夫婦が居た。その夫婦は結婚してから一年も経過していない新婚だった。幸せが降るように溢れ出てくる生活を毎日送っていた。


 二人の結婚は昔かは決まって居たような物だった。本当に小さな村に住んでいるため顔を見たことがある程度ではなく、村に住んでいる人が全員親戚のように感じるほど親しい間柄だった。


 嫌われている者など存在せずに、田んぼを協力して耕し、困っている事が起きたのであれば隣同士で協力し合うのはあたり前だった。物の貸し借りや、物々交換なども多く行われており、皆が信頼し合っていた。


 森の奥にあるために外部の人間は一切やってこず、年に一人来ればいい程度だった。そのため、新しい文化や知恵はほどんど入ってこないが、昔ながらの風習などが多く残るのどかな村だった。 


 そんな村で育った若い二人。他に若い者などほとんど存在しないため、二人は嫌がる訳でもなく、否定する訳でもなく自然に惹かれて行った。同年代ため、生まれてからずっと近くに居た存在なので、結婚生活も一切問題がなかった。結婚しただけで、生活自体は対して変らない。


 名前はパリス・オンと呼ばれる二十代前半の女性だ。金髪の長いロングヘヤーであるにも関わらず、枝毛一本もないように見えるほど綺麗に腰まで伸びている。毎日手入れをしているのが見ただけで分かるほど綺麗な髪だ。


 顔も整っており、雑誌に載っていても不思議には思わないだろう。目も大きく瞳は青い綺麗な色をしている。スタイルも良く、くびれもしっかりあり、出ている所は出ており、引き締まっている所はしっかりと引き締まっている理想の体型だ。遠く離れている街に出れば大勢から声を掛けられることは間違いないだろう。


「マルクお帰りなさい」


 男性の名前はマルク・グレインと呼ばれる同じく二十代前半だ。短髪で茶髪なマルクからは雰囲気で好青年だと理解出来る。顔立ちも良く、全てのパーツがしっかりしているためとても整っている顔立ちだ。


 体も畑仕事などを多くするため筋肉が付いており、引き締まっている。腕や足も太く、スポーツを行っている選手と見間違われても可笑しくはない。小さい頃から畑仕事をしてきた証だ。


「ただいまパリス」


 午後十八時を回った頃にマルクは家に帰宅した。山の中にある村のため、大きな仕事は存在していない。人も何百人と少ないため、仕事がさほど多くないのだ。だが、土地だけは沢山あるので農場をしている人々が非常に多い。


 家が代々ずっと農場をしてきたため、マルクも小さい頃から自然と農業の技術を磨いていた。父親に教えて貰っていた小さい頃とは違い、今は妻を持つ一人の男になったマルクは、農業を仕事にしていた。


 だが、自分の畑を持っている訳でもないので、多くある畑から仲の良い友達の家にある畑を手伝っていた。街に出す野菜は新鮮な物が多いと評判で、売ると通常の野菜よりも高値で売れるため、マルクの給料は悪くはなかった。


 妻と一緒に生活をしていく分には全く困らず、一ヶ月事に貯金が出来て余るほどだった。そのため、生活自体は裕福だと言えていた。


「毎日お疲れ様……たまには休まないと駄目よ?」


 基本農業には休みの日は無い。雨の日も作業はしなくてはならない。ただ、雨の日は作業も少なくなるので速く帰って来ることは出来る。だが、今の時期は調度狩り時だ。農業では一番忙しし季節なのだ。


「今は仕方ないよ……出荷の準備が済んだらしばらく休みになるから」


 ここ毎日仕事に行っているマルクを本気で心配しているパリス。顔の表情が少し不安げなのは、マルクも充分理解していた。パリスはただ単純に自分の夫であるマルクのことが心配で仕方ないのだ。


 無理をして欲しくはないし、怪我は絶対にして欲しくない。最近暑くなってきているので、疲労も溜まりやすくなってる。ずっと小さい頃から近くに居るため、パリスはマルクが自分のために無理をしているのが分かってしまう。


「…………わかったわ。とりあえず、ご飯にしましょ」


 パリスは妻の仕事は家を守ることだと思っている。夫であるマルクが仕事をしている間、家の事を全てやり遂げいつでも帰って来れる環境にするものだという考えを持っている。勿論、仕事終りで疲れているマルクに美味しいご飯を食べさせてあげる事もパリスの仕事だ。


「やった!お腹空いてるんだ」


 子供のような笑顔を向けるマルクにパリスは少しだけ微笑んだ。こういう不意な子供ぽさは昔から全く変化していないマルクのいい所だった。普段は真面目なだけあってパリスには可愛く見える。


「あ、でもその前にお風呂に入ってきて、盛り付けしておくから」


「わかった、直ぐに入ってくる」


 靴を脱ぎ、リビングに鞄を鞄を置いたマルクはそのままお風呂場に向かう。服装は作業着なので、風呂場で脱いでカゴの中に入れる。裸になったマルクは湯気が立ち込める風呂場に入った。


 それから数十分後、充分に体が暖まり、汗を流したマルクは風呂から出て、リビングに向かう。リビングには先ほどよりもいい香りが広がっており、空腹なマルクの口の中に涎が溜まる。


 それを飲み込み、座布団に座るとパリスはご飯をよそったお茶碗を渡してくれる。湯気が立ち、真っ白な雪のようなご飯を見ていると口の中から涎が出そうになる。ずっと仕事をしていたマルクは空腹に負け、急いで口にご飯を入れる。


「もう……いただきますって、言ってないでしょ?農業を仕事としてやってるんだから、そういった所をしっかりとしないと、農業の神様に見捨てられるよ?」


「おいしそうに食べている俺の姿を見たらきっと、農業の神様の喜ぶよ!」


 口の中の物を飲み込み、満面の笑みを浮かべるマルクにパリスも少しだけ笑顔になり、結局許してしまう。


 本当はしっかりと妻として注意しようと思っているパリスなのだが、マルクの笑顔を見てしまうとなんだか注意しようとする気分も薄れてしまい、結局駄目だと理解していても許してしまうのだ。


 二人は結局の所幸せだったのだ。今の生活が、今の環境全てが。そして何より大切な人が隣に居てくれることが幸せで、互いに互いを大好きだと言えるからこそ、幸せだと感じてしまうのだ。


 結婚してまだ一年も経過していない新婚夫婦だが、大した苦労もなく幸せな生活を送れている事を周りの人達も喜んでいる。山の奥にある村……ストラ村とはこういう平和な村だった。


 大した事件も起こらず、みんながしたい事をして幸せに生活をしている。周囲の人達で助け合って、協力しあって生活している村……決して争い事などが起こらない平和な村に暮らす二人は、普通に暮らしていけばきっと普通な生活を送ることが出来たに違いない。


 そう、もしこの世界に特別な力を持つ者が生まれなければ、きっとこうして家族で笑い会って、時には喧嘩しながらも結婚生活を送れたはずなのだ。周りの人に支えられながら、愛し合って子供を授かって、幸せになれるはずだった。


「マルク……幸せね」


「そうだね……でも幸せなのは今だけじゃないよ。これから先も二人で居ればきっと幸せな生活を送ることが出来る。もうすぐ、新しい家族も増えることだし……」


 マルクはそっとパリスのお腹に目を向ける。まだ、ほとんど膨らんでいないお腹の中には新しい命が宿っている。結婚してからすぐに授かった新しい命……まだ妊娠が発覚してからあまり時間は経過していないが、結婚に引き続き幸せな出来事だった。


 二人がお互いを愛しあって、そしてその愛が実った結果が今パリスのお腹の中にある。これから増える家族の事を思うとさらに幸せな気分になれる。それは、今まで助けてくれた村の人達も同じだった。パリスに命が宿った事を心の底から喜んでくれた。


「そうね……私たちの幸せはきっとこれからもっともっと増えて行くわ。二人の幸せと、今お腹に居る子の幸せを含めてもっと増えていくわ」


「そして、僕達は村一番……いや、世界で一番幸せな夫婦になるんだ」


 何が幸せなのかはきっと感じ方によって違う。生きてきた方法や育った環境で変化が出来てくる。だが、生まれた時からずっと一緒で、物心付く前から一緒に居た二人だ。どのような生活が幸せなのか充分に理解している。


「これからもこの子も含めて幸せになりましょう……」


「そうだね」


 二人は幸せな生活を心から願った。村に住人たちに助けられることは多くあるだろう。壁にぶつかることも多くあろだろう。けれど、家族全員で幸せな生活を送ることが出来ると信じていた。この時は疑ってもいなかった。


 どんなことがあっても夫婦である限り乗り越えられると信じていたからだ。どんな不幸なことが会っても一緒に乗り越えて行けると信じて居たからだ。今まで一緒に居た時間が確かな自信になっていた。


「速くご飯食べて、明日も仕事頑張る!」


 それは生まれてくる家族のためと、一緒に隣で支えてくれるであろうパリスのために決意しただった。家族を支えて行くのは父親になる自分なのだ。決して、パリスでもないし、生まれてくる子供でもない。自分なのだ。


「ええ……頑張って」


 パリスも家族のために言っていると理解したからこそ、肯定した。本当は少しは休みを取ってほしいというのは本音の気持ちだが、マルクがこうして自分達の事を思って言ってくれた言葉なのだ。消して無碍には出来ない。


「ああ!!」


 この時、パリスのお腹の中に居たのは普通の子供ではなかった。普通の子供であればきっと家族が壊れることも無かったし、悲劇が起きることもなかったはずだ。特別な力を持った子供は、幸せだった村を壊してしまう。


 パリスとマルクはそのお腹の中に居た子供の名前をこう決めていた。


「リーシャ・フォース……」


 それは、〝正義者〟が谷崎に向かって叫んだ名前だった。







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