91.正義の味方 その二十九 いけないボーダーライン δ
-911号室-
『以上が事の顛末。これが証拠の写真』
僕は説明を終えて、テーブルの上にi-phoneを置く。
涼風と霧子の話はまだ伏せたままだ。
宇梶が約束を守っていてくれると有り難いが、どうだろうか、
彼女の顔からはその心のうちは読み取れない。
『……頭痛い。すっごい案件。
柊君、あなたヒキが良すぎるんだけど!!』
笑っているのか、怒っているのか、はたまたその両方なのか。
御門野は僕を睨んだままだ。ちょっと、いやかなり怖いのだが。
『こっち、この女ね。御門野さんも見たよね。
織田なんちゃらの配下だ。
しかも、長老教会の施設から出てきたんだ!
準備も出来たって言ってたぜ』
『言ってた?柊君、あなた、そんな距離まで近づいたの?』
『(やべっ)いや、なんか親指を立ててたからさ。
準備OKのサインかなって』
ジェスチャーでなんとか誤魔化すが、脇の下を嫌な汗が伝う。
いかんな。落ち着いて誘導しないと。
『いやね、私が困るのは、この女はともかくねぇ~、こいつかぁー』
彼女は頭を抱えて、苦悶の表情で悩んでいる。
『この”九条”の事?』
状況を呑み込めていない僕を見て、平田が笑いながら話し始めた。
『”九条 裕太”。名門 九条家の四男。
ごめん、三男やったかも。能力は高いがいわくつきでな。
揉め事起こして白鞘本部から異動、更迭になってん』
『あみ、四男で会ってるわ』
『ところが、こいつの親父がな。
今の九条家の当代やねん。そんで周りもあんま言われへん』
『ぶっちゃけやりたい放題?』
『そやね』
『しかも、バカな息子程かわいいのかしら。
父親も特に処罰やらは検討していないそうよ
異動、更迭も表向きのみ。
んで、白鞘も家継の顔があるので言うに言えず今に至る訳』
御門野は数度舌打ちし、憎々しげに言い放つ。
いわゆる、政治的な保護、特権持ちのぼんぼんが無茶苦茶してるのか。
面倒くさい事だ。
だが、僕の問題はここからだ。深呼吸をして話を切り込む。
『この施設、黒連が狙っている。
近いうちに襲撃される。御門野さん、身内がいるなら撤退させてほしい。
すぐにだ。僕はこっちに配属されてて詳細はつかめない。
事後報告になってしまう』
『私の部下はあなた達だけよ。多分、(平田)綾も噛んでない。
そもそも、ここにいる時点で”クロ”』
『白鞘から見れば、裏切り者以外の何物でもありません』
新堂が御門野の言葉をより強い言葉で補足した。
『分かった。御門野さんの身内がいない。
それが聞けただけでもホッとしたよ』
『当初の目的だった”おばりよん”はどうします?』
先程まで黙っていた宇梶が口を開く。
そもそもはこいつが目的だったのだが、ずいぶんと大物が釣れてしまった。
『しばらくは様子見ね。黒連の動きを見てからでもいいんだけど。
そんなドンパチの後じゃ出てこなくなるかもしれないし』
『待機でええの?』
『首突っ込んで、いらん地雷を踏みたいの?あみ』
『いや、そーいう訳じゃないけど』
『その、九条の事はどうするんですか?』
平田の思いをくみ取ったのだろう、新堂はおずおずと確認した。
『それも込みで様子見』
『裏切者を放置するんスか?』
どちらかと言えば好戦的だと思っていた彼女からの答えに納得出来ず、
つい突っかかってしまう。
『今、いくつか考えてるけどね。
ベストは、黒連が一切合切潰してくれるパターン。
何も残さず、何一つ、表に出てこないとうれしいな。
……九条込みで』
彼女の顔が邪悪な笑みで彩られる。
おぉ、あんた、悪だねぇ。でも、そういうの期待していました。
『まぁ、多分そんなにうまくいかないから、
せめて長老教会の施設、組織半壊が妥当かな。
ウチのチームは暗殺やらの汚れ仕事はしない。
そういう事はそういう部署にまかせましょ。
簡単だけど説明は以上よ。何か質問はあるかしら?』
『ないです』『ないね』『……』『ないっす』
報告は終了し、今日はお開きになった。
‐20:00‐
僕は白鞘の部屋からの帰りにコンビニで思案する。
姑息であまーい見積もりは見事に散った。
御門野は様子見と言った。つまり手は出さない。
できれば、彼女が戦線に一緒に出てくれれば心強かったのだが、
仕方ない、けどなぁ~。今、こっそり電話したら助けてくれないかな?
でも、そういう部署にまかせると言ったよなぁ。くそっ!
今、僕が頼れるのは……、司、大阪、高橋。
まず、司だ!
『PiPiPi……』
電話にでねぇー!ん、メッセージだ。
『今、会議中。明日以降にして』
うそーん!一大事だぜ、本当はあんたの仕事だぜ!
『助けてほしい!』
『無理!動くな!明日以降!』
ツメてぇー。肝心な時に。
大阪なら!
『もしもし?』
『ごめん!今、プライベート!明日聞くから!電話もメールもやめて!』
ブチッ!ツー、ツー、ツー……
秒殺。文字通りの。こちらは手も足も出ませんでした。
なんなんだよっ!いっつも僕には無茶苦茶言うくせに!
えぇいっ、畜生!高橋だ!
『おかけになった番号は電波の届かないとこ……』
……
最悪じゃあーーー!!
やってられん!一人、スマホを握り地団太を踏む。
時間がないって時に。
『仲間は集まりそう?』
不意に話しかけられて振り向くと、そこには宇梶が居た。
風に揺れる髪を押さえてこちらを見ている。
しまった。いつから居たんだ?
『ん?なんの事?』
努めて冷静に応答したつもりだったが、
『嘘がうまい時と下手な時があるね、柊君。行くんでしょ?』
彼女は微笑んだまま、即座に斬り返してきた。
『どこに?』
『その写真の場所に。
かわいい子狐さんとの約束も果たしてないし、今までの君らしくないな。
と思って』
宇梶は微笑んだまま距離を詰め、僕のスマホを爪で叩く。
図星を突かれたのもあるし、彼女の姿、その仕草に見惚れたのもある。
僕は、返す言葉を見つけられず、自分の握るスマホを凝視した。
『さっきは私たちの事を思って言わなかったんでしょ?
助けてくれって。一緒について来てくれって』
『それは……』
薄っぺらな嘘はとっくに見破られていて、まぬけなピエロは口をつぐむ。
『名門、名家を相手にしたら、きっと宇梶さん達に迷惑をかけてしまう!
一時的にでも、メンバーを現場から遠ざけよう!
黒連メンバーなら政治的な問題は起こらないはずだ!
分かりやすすぎるね。
そういう気づかいをしてくれるのは嬉しくない訳じゃないけど』
途中までお道化た顔で僕の口真似をしていた宇梶の顔が素に戻る。
『そんなに信用できないんだ?』
『いや、その、……』
『普段バカな癖に慣れない事しないで』
『面と向かって、バカって言うなよ!』
『馬鹿でしょ?足りない頭使って、出したのがコレ?
その一人善がりな行為が、私を!
私たちを馬鹿にしている事に気づかないの?』
『……』
『あの一件の後、私たちを信用してくれたんじゃないの?
もう嘘はつかないって約束してくれたんじゃないの?』
『うそをついた訳じゃ』
『あえて、あえて事実を話さなかった。
聞かれなかったからとでも言い訳するの?』
彼女は、僕に顔を向けず前を見て話している。
『言えない事、話しにくい事はあるじゃん』
情けない言い訳がまた一つ、口から零れた。
はぁー。
宇梶のワザとらしく大きな、特大のため息。
『ほんっとにアンバランス!弱い時、ダメな時はホントにダメよね。
いつ行くの?』
『……本当にいいの?』
今度は、安堵したまぬけな本音が口から零れた。
まるで叱られた子供が母親に許しを求める時のように。
『そんなに信用できない?』
『違うって。
もしかすると、”九条”と戦う事になるかもしれんぜ、大丈夫か?』
『オクビョーモン』
明るい笑顔の彼女に肘で小突かれる。
『きっと、なんとかなるって。今までだってそうだったでしょ?』
『……まぁ、そうだけどさ』
『いつ行くの?』
『今日の22:00にさっきの場所』
『……』
今度は宇梶が黙り、その笑顔が止まった。
アレ、聞こえなかったのかな?
『22:00に作戦開始』
『聞こえてるわ』
彼女の笑顔が消え、こめかみを押さえている。
体調悪いのか?
『ふぅー、何?
黒連の任務はこんなに急なワケ?』
呆れているのか、怒っているのか彼女の視線が冷たくなってくる。
『正規の任務じゃない。
白鞘の”おばりよん”討伐任務から、偶然、派生した物だ。
霧……子ぎつねとの約束も、九条発見もね』
『準備時間ぐらいあってもいいでしょ』
『白鞘メンバーに状況を確認できただけでも御の字と思いたい。
黒連のメンバーがこんなに薄情だと思わなかったけどね』
『ポジティブなんだかネガティブなんだか』
宇梶の苦笑につられて、僕も笑ってしまう。
『でも、ここで問題です。その写真の場所までどうやって行くの?』
『……移動手段か』
『もしかして、考えていなかったの?』
『黒にしろ、白にしろね。
基本的に僕は現場まで送ってもらうタイプだ』
『……』
『……』
『馬鹿じゃないの?』
『お恥ずかしい限り』
ゆっくりと頭を下げて、遺憾の意を表明したのだが、彼女はおかんむりだ。
『開き直っても仕方ないでしょ!どうするの?』
『宇梶さん、免許ある?』
『ないわ』
『バイクある?』
『ないわ』
『……』
『なんで2回聞いたの?』
『僕の周りには無免許ライダーが多くてさ』
彼女にも思い当たる節があり、眉間にしわがよる。
『琵琶湖の西側はJRかな?』
『湖西線があるけど、22:00までにそこに着くの?』
『えっと、ググルとね……どわっ!!』
スマホを凝視していた僕は突き飛ばされて、駐車場で無様にひっくりかえる。
『どこ見てんだよっ!ボケ……げっ!』
手に付いた砂利を払い、怒りを込めて抗議するの僕の前には黒いバイク。
『おっ、柊やん。奇遇やな』
『お、おぅ。平田、さん』
その後ろには赤いバイク。いつぞやに見たやつだ。恐らくは新堂。
『あっれぇー。陽子もいるやん。
どうしたん?あっ、肉食べに行くん?
冷たいな、先輩も呼んでや。なぁ、エミ』
『ちょっと目を離すと、コレですか?油断できませんね』
新堂は、ヘルメットのバイザーを上げ、冷たい視線でこちらを睨んでいる。
『いえ、そういう訳じゃぁないです、けど』
宇梶は視線を落とし、あらぬ方向をみた。
『うちら、コレからツーリング行くんやけど、どうする?付き合うか?』
『……』
下を見ながら、宇梶に目でサインを送るが、彼女はこちらを見ようとしない。
『素直やないな。前は泣いて抱きついてきたのに』
『!!!』
『抱きついてない!』
新堂に加えて、顔を上げた宇梶までが僕にガンを飛ばしてきた。
『誇張するのはヤメてくれよ!
あんたに無理やり、カラオケに連れていかれて
ほんの少し、ほんの少し愚痴っただけじゃねぇか』
『あれ、そうやったっけ?
ウチのムネに顔埋めて泣いとったやん』
『ちょい、ちょい、ちょーいっ!どんだけ、話を盛るんだよ!』
思わず駆け寄り、肩を揺するが、
彼女は動じる事なく嫌味な笑みで続ける。
『あの時より強なったのはええけど。
かわいげないんは困るな。まだ続けるか?』
『ぐぬぬ。』
なんという一方的な精神攻撃。
このままでは公衆の面前で泣いてしまう。
『本当にいいんだな!知らんぞ!僕は!』
なかば自棄で二人に確認する。
『隠し事しとる癖に逆ギレってどうなん。どう思う?エミ』
『不愉快です』
『僕だって、いろいろと考え……ぐふっ!』
僕の言葉は、飛んできたヘルメットに遮られた。
『言い訳は現地に行く間に、後ろに乗って』
否定を拒絶する新堂の強い言葉。
怖い。情けないが僕は黙って彼女の後ろに座る。
『さっきの場所にもう一度行ってほしい。
作戦開始は、22:00だ』
『たまには素直に甘えてくれていいんですよ』
彼女の言葉が胸に刺さる.
僕は聞こえないフリをするのが精一杯だった。




