92.正義の味方 その三十 いけないボーダーライン ε
このバイクの特性なのか、彼女の運転技術なのか。
今までの無免ライダー達とは違い、運転は丁寧で穏やかな乗り心地だ。
体に風を受けるが不安は感じない。もちろん、体の一部が擦ることもない。
前を走る車とも適度な車間があり、安心していられる。
それとは対照的に新堂が何も話さず、
僕らの間に無言が続くのが実に居心地悪い。
バイクの唸り声の合間にカチッカチッとウィンカーの音が聞き取れる程に
沈黙が支配していた。
どうすりゃいいの?話しかけるべきなんだろうな。
何を話す?謝ればいいのか?全く思い浮かばない。
正確に言うと切り出す勇気がない。
でも、これだとまた、隠していると思われてしまうんだろうな。
”涼風”や”霧子”の事を話せば……ともかく、この沈黙を打破しなくては。
どういう順番で説明した物か、思案すれど考えがまとまらない。
ええいっ、ままよ!
『あのさ』『あのね』
……見事に新堂とカブった。
彼女も気を遣っていてくれたのか、
ますます、キマズイ。いや、情けなくて泣きそうになるよ。
気が利かないポンコツで申し訳ありません。
『どうぞ』『いいよ、柊君からでいいよ』
『まず、変な気の使い方してごめん。
その、白鞘の偉いさんが敵なんで。
直接はマズイかなと、その、今回は避けた方がいいなと思って』
『頼りない先輩でごめんね。足手まといかな』
新堂は苦笑しているのか、肩が少し揺れている。
『違う!その、うまく言えないけど、
新堂さんだけじゃなくて、その家族に迷惑をかけてしまうかも
しれないから。僕はスパイな訳で』
『あ、話してなかったっけ。私、両親もういないんだ。
事故でね、亡くしたの』
しまった!更に墓穴を掘った。司から情報は入手していたのに!
一人暮らしだって聞いていたのに。
なんでこういう時、どんくさいだよっ!僕は!
自分の迂闊さに心の中で舌打ちする。
『ごめんなさい、その』
『もう謝らないで。
柊君が悩んで苦しんでいるのは知っているから』
『その、ごめ、ありがとう』
『今日の昼に戦闘した場所に行けばいい?』
『そう、写真で見せたあの場所。あの施設を襲撃します。
その中に裏切者の九条と、
九条が手引きして捕まった黒連の仲間がいるはずなんだ。
何を計画しているのかは分からないけど、儀式とやらは24:00開始』
『えらい具体的に知ってるんやね』
ヘルメットに内臓されたスピーカーから平田の声が聞こえた。
”ブルマおばさん”の時と同様に4人で会話は共有できているようだ。
『こっからはまだ、他言無用。僕らだけの話でお願い。
もちろん、終わったら御門野さんには言うつもりだけど。
今回、僕は一人で行く予定じゃないんだ。
僕と黒連側のメンバーで実行するつもりだった。
黒連側のメンバーは宇梶さんは会ったよね、銀色の子ぎつねと
昼に戦闘した黒い狐を加えた数人になるはずだ』
『はぁっ?』
『どういう事?ありえないんだけど!』
『知り合いだったんですか?柊君、人が悪いです』
女性陣が次々と非難の声が。
『えとね、皆さん。ちょっと違うんだ。
あの戦闘中、4人で対峙した後、僕一人で拉致されたじゃん。
その時にムコウからカミングアウトされたの。
敵じゃない、力を貸してほしいってさ。
あいつは、”おばりよん”じゃなかった。
たまたま、あそこを通りがかり、新堂さん達と遭遇したんだ。
更にその後、この施設を見つけたの。これが事実、時系列的にはね』
『じゃあ、本物の”おばりよん”はどこに?』
『それは不明。この件が片付いたら黒連側に話して自粛というか、
口をきいてもらうつもりだったけど』
『そんな事できんの?』
『一応、窓口というか、僕の上司に相談しようかなと』
『でも、昔、大蛇の時とか……』
新堂がこちらを少し振り返り、心配してくれた。
おぉ、それな。僕のトラウマのあの事件な。
『確かにガチンコ系、戦闘タイプには話が通じないかもしれない。
でも、あれ以降に知り合ったメンバーにはいいヤツもいるんだ。
それに今回は、そのあまり戦闘タイプっぽくないよね。
まぁ、できるっていう確証もないんだけどさ』
2台のバイクは、人気、明かりが少なくなった田舎道を走っていく。
『着きましたね。ここでいいかな。柊君』
僕たち4人は、昼の戦闘場所から近いさびれた駐車場でバイクを止める。
『多分、ここから先は徒歩で行くしかないと思う』
『了解』
各自、戦闘準備に加えて変装なのか髪型を変えてメガネをかけている。
準備の良い事だ。
普段の無茶な言動には面食らうが、
こういう気遣いができるのはやはり女性ならではか。
そんな3人とは対照的に僕は落ち着かない。
この4人でチームを組んで戦う事には慣れているはずなのに、
いつも通りのはずなのになぜか緊張してしまう。
初の黒連、白鞘の合同作戦の性か、白鞘の内部紛争に巻き込まれた性か。
少し汗の滲んだ手のひらをズボンで擦っていると、
『まだ、悩んでんの?うちらは気にしてへんよ』
平田は笑いながら、僕の眉間に軽くチョップする。
あんた、オールバックにするとめっちゃイケメンやね。
やだ、惚れちゃう。
『そりゃ、まだ、悪いと思っているよ。引きずってはいないけど』
『柊君の分です』
新堂も笑いながら、僕に赤銅の篭手を渡してくれた。
彼女が髪を後ろで結ぶとずいぶんと明るい感じを受けた。
スポーツ系の部活に所属してそうだ。
こんなマネージャーがいたら、部員のパフォーマンスも3割増しだろう。
『あの、正規の任務じゃないのにいいんですか?』
『流石に手ぶらだと心もとないでしょ。あと、ワルサーね。
予備のマガジンはないので弾切れには注意してください』
『準備が良くて、助かります。御門野さんにこのことは……』
『まだ、話してないで。まぁ、装備は持ち出せたしOKやろ。
あとで、柊、謝ってや』
ヒヒヒと平田は意地の悪い邪悪な笑みを浮かべた。
それぐらいの罰で済むのなら安いものだ。
僕はワルサーの残弾を確認してから腰に仕舞う。
『さぁ、昼の続き!集中していきましょう!』
新堂の力強い号令。
『おう!』
ゆっくりと登山道のような道を進む。
『黒連より、こっちの方が居心地いいでしょ』
ポニーテールの宇梶が僕を追い越す間際にそっと耳打ちした。
流れる髪を目で追いながら、苦笑するしかなかった。
‐21:55 待ち合わせ場所‐
僕ら4人は約束の時間には幾分からの余裕を持って、
施設を見下ろせるあの場所に着いた。
まだ、”涼風”の姿も、”霧子”の姿も見えないが。
『柊君、黒連側のメンバーは?』
時間と周囲の気配を確認しながら新堂が僕を見る。
……
……大きな声を出す必要はないよな。なんせあの聴力だ。
『涼風。この3人が僕の仲間だ。白鞘の人間が相手かもしれない。
その事が分かった上で、僕について来てくれた信用できる仲間だ』
風で草木が揺れる音が響くが、返事、動きはない。
『黒連のメンバーはあいにく都合がつかなかった。
大見得を切っておいてすまん』
『その娘達で戦力になる?』
風に紛れて、彼女の声が聞こえた。
『ほっほー、助けに来てもらっておいて、えらいデカイ口叩くな。
昼間の続きをしたってもええで』
平田は指を鳴らしながら、あらぬ方向にメンチを切っている。
僕の左手の感覚からすると、そっちじゃないと思うんだけどね。
『平田さん、待って。
涼風、あんたからすれば、いきなりで戸惑うかもしれない。
背中を預ける事はできないかもしれない。
当然の疑問だ、仕方ないよね。
今、21:57だ。22:00になれば僕らは突入する。
例え、君が来れなくてもだ』
……
ガサッ!
後方からの音に振り返ると、月の光を浴びてキラリと光る子ぎつね。
『霧子、お待たせ。僕の方は4人だ。そっちは?』
『みつねちゃん、帰ってこない。電話も出ない』
霧子は頭を下げたまま呟き、とぼとぼと僕に近づく。
『そっか。来れない”仲間”は仕方ない。
22:00になったら、僕たちだけでも”仲間”を助けに行こう』
『行くわよ、行くに決まっているでしょ』
ご機嫌斜めな声とともに黒い塊が落ちてきた。
涼風のいでたちは昼間と違い、黒装束。
この暗い山奥での襲撃には確かにうってつけだろう。
もっとも、水着なんかで来られたら盛大に誤解されてしまう。
みつねや霧子と違い、この姿でニンジャと言われたら納得できる。
だが、この忍び装束はなぜか左右の太ももが丸見えである。エロイな。
『あんた、女やったん?』
平田は眉間にしわを寄せながら、マジマジと涼風を見ている。
『なるほど、だから柊君も必死になっているんですね』
新堂の冷たい視線。結局、何か誤解されてしまったようだ。
『素朴な疑問。戦闘ならば狐状態の方が都合がいいんじゃないの?』
平田と同様に黒い忍者を見ながら宇梶は問いかけるが、
涼風は人差し指を振ってチチチと笑う。
『こういった山奥、自然系ならば四足歩行の方が都合がいいんだけどね。
人間の施設等の内部では2足歩行の方が立ち回りしやすいのよ。
私の経験上ね』
『経験上?今までに人間の施設を強襲した事があるの?』
新堂が腰の銃に手を添えて涼風を睨み始めた。
おいおい、空気が、風向きが怪しくなってきた。
『ちょっ、ちょっ。タンマ、タンマ!これから合同任務!
押さえて!』
『冗談がすぎた?あなたが想像しているような事はないわ。
買い物や散策程度よ。人を捕食するタイプには見えないでしょ?ねぇ』
涼風はゆっくり近づいて来て、僕の肩に手を置いて笑う。
うーん、軽い。みつねといい、狐系はこんなんばっかなの?
『妖怪をそう簡単に信用できません』
『その妖怪達の為に命を張っている男にはホイホイついてくるんじゃない。
ちょっとは信用なさいな』
ガチン。
ベレッタのスライドが無言引かれ、初弾が装填される。
『おい、お前!協力が必要なんだよな!下らない挑発はやめろよー!』
『エミ』『新堂さん』
どちらかと言えば短期で血の気の多いはずの2人が新堂をなだめている。
イロイロ調子が狂うな。
『涼風、あんたも急いでいるんだよな!』
涼風の手を払い、彼女の眼前に指をさし非難する。
こいつマジでなんなんだよ。そう言えば、人を化かすのは狐とタヌキの十八番か。
だが、時と場所くらいを選べよ。やべぇ、僕までイライラ、ストレスフル。
『こんなもんあいさつでしょ?背中を預けるんだから、これぐらい流しなさいよ』
こいつ……、空気詠み人知らずかよ。
流石に僕の瞳に怒りが灯っていくのが見えたのか
『分かったよ。もうしない。ちょうど22:00よ。突入よ!
アタッカーは私と……』
涼風が僕らを順番に見て指をさす。
『ロングとショートの貧乳コンビ、3人で行きましょうか!』
『おまえー!!』
『ちっ!』
『なんつー呼び方すんねん!見た目よりずっとあるっちゅーねん!
よぉ、みいっ!』
僕は絶叫し、涼風の肩を揺する。
宇梶は舌打ち、平田は中指を立てて抗議しているが、もうダメだ。
時間がないとは言え、人選をミスった。
僕の視線はみるみる下がり足元の小石に話しかけてしまう。
今、電話したら御門野来てくれないかな。
大阪やみつねでもいいな。
いや、あいつらだと更にまとまりがなくなるかな。
チームの相性ってあるよね。強いからって寄せ集めてダメなパターンやね。
一時期のレアルマドリードみたいな感じ。
……だめだ!心が折れかけている。もっと、心を強くもて恭一!
『柊、変わった友達多いね。楽しいね』
僕の足元に体を擦りながら、霧子は笑っている。
そうだね、僕の周りはこんなんばっかだよ。
ちなみに君もその一人だよ。
『黒髪で日本刀を装備しているのが、”宇梶さん”。
ショートで手甲を装備しているのが”平田さん”。
こちらが”新堂さん”。
提案には反対しないが、頼むから口のキキ方には注意してくれ。
マジで頼むぜ。僕と新堂さんはバックアップ。
作戦の目的はあの施設内にいる”霧子”の友人、
バロウギツネの”のりちゃん”と……』
『私の姪っ子、”凛”の回収』
僕の続きを涼風がつなぐ。
『どっちも狐系でいいよな』
『うん』『そう、凛はまだ幼くて変化できないわ』
『この2人が目的。途中、敵と遭遇するかもしれないけど深追い必要なし。
むしろ、極力避けていこう』
『了解』
『儀式とやらはどうしますか?』
『潰せるに越したことはないんでけど、そこまで手が回る?
あなた達自信は?』
『キャンセル。こっちのメンバーもあまり顔バレしたくないんだ』
『んで、突入はどうする?
さっき見て回ったら、南と西、北側に出入り口があったわ』
『どうするかな?』
急造のチームだ。連携は望めないだろう。
アタッカーとバックアップの2チームは?
分ける方がリスキーか?
そもそも分けてしまう事によるデメリットがある。
先程のアタッカーチームでは”のりちゃん”が分からない。
バックアップは”凛”が分からない。これでは勝利条件が満たせない。
『中の、建物の構造は分かりますか?涼風さん』
『そこまでは分かんない。けど、西側のあの一画から嫌な感じは受けるわね。
あくまで勘だけど』
『データ上だと、アルファベットの”J”の形をしているこの先端ですね。
であれば、どうでしょう。チームを3つに分けましょう。
チーム1を陽動として、西側から派手に侵入。
施設破壊と内部の人間を攪乱します。
涼風さん達は北側から。
子狐ちゃん、霧子ちゃんは南側からでどうでしょう?』
新堂は、スマートフォンで航空地図を見せつつメンバーに案を伝えた。
『いい案なんだけど、私は、”のりちゃん”を判別できないわ』
涼風が僕と同じ意見を口にする。
『そこは、その、妖怪同士なので……』
自分自身でそのウィークポイントには気づいていたのだろう。
新堂の声はだんだんと小さくなっていく。
『そこまで万能じゃないわ』
涼風が苦笑しながら答えるが、
『霧子、多分、凛の事分かると思うな』
『!!!』
全員の目が僕の足元の子ぎつねに集まった。
『アレでしょ、涼風と似た臭いの子を見つければいいんでしょ?
あの中に入っちゃえば分かると思うな。
今日すごい調子いいし。
凛が出てきてくれても、霧子分かると思うな』
『ここに来て、霧子ちゃん。すごいね』
思わず本音が漏れた。予想外のキーパーソンがここに。
『うぇひひ』
照れているのか尻尾をフリフリ僕の足元でくるくる回るかわいい子狐。
これならいけるんじゃないか?
もし、ライブやイベント中に火事があったら?
まず、客を避難させるよな。これは第一に行われるはずだ。
並行してイベントメンバーは火事の消火にあたるよね。
ならば!
『霧子の鼻を頼りにしよう。
新堂さんの案をベースにして、
最初に僕が西側から侵入し陽動として施設を攻撃します。
儀式とやらのメンバーは真っ先に北か南側へ移動するはずだ。
そこで第2チーム、新堂さんと霧子は南側から侵入。
のりちゃんと凛がどのように移動しているか確認してほしい。
確認できたらすぐに撤退。いい?施設内にはとどまらないで。
新堂さんサポート、指示お願いします。
霧子、新堂さんと離れない事!
第3チームは涼風、宇梶さん、平田さんのアタッカー編成。
北側から侵入し、霧子の確認結果を元に長老教会を迎撃、
または、南下して強襲してほしい。
2人が回収できたらソッコーで撤収しよう。長居は無用。
迅速にいこう』
『あなたは一人で大丈夫?』
言葉は心配しているものの涼風は笑っている。
『逃げ足の速さにも、悪運の強さにも、往生際の悪さにも定評があってね。
まぁ、なんとかやってみるさ。
お互い無理は禁物。状況変化があれば、すぐに連絡しよう』
『了解』
『あっ、柊君。少しは顔を隠しなさいな』
涼風が腰のポケットから布のような物を出し、投げてくれた。
手早く口元に巻き付けて、申し訳程度の変装をするが、
その姿はどう見てもメロンパンナちゃんです。
本当にありがとうございました。
施設内の動きを見つつ、西側の出入口に向かうが
エアコンの室外機がフル稼働しており、その唸り声が僕の存在を掻き消してくれた。
空の月には雲がかかり、室内から僕を視認するのは困難に違いない。
さしたる妨害もなく、目的地に着き、
スマートフォンを確認すると別働隊からのメッセージがきていた。
新堂『所定の位置に着きました。敵なし。
霧子ちゃんの鼻には反応なし。合図待っています』
平田『準備オケ』
さて、キックオフは僕だ。派手な挨拶でお邪魔してやる。
出入り口の右側に固まって設置されているガスタンクに狙いを定め、詠唱を開始する。
『流れる白光 薙ぎ払え 雷吼鞭!』




