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89.正義の味方 その二十七 いけないボーダーライン β

 車に乗って連れてこられたのは、滋賀県北西部の山中だった。


 各々が装備を整えている中、新堂が深追いをする必要はない旨を通達する。


 あくまで索敵で構わないとの事だった。


 ヒィッィィィーン!ヒュィィーン!!


 風に紛れて、何か甲高い音が、


 目を閉じて耳を澄ますと確かに聞こえてくる。


 プリウスやアクアと言ったHV車のモータ音にも思えるが、なぜか胸がざわついた。


 この音、どこかで聞いた気がする。


 同時に左腕にも共鳴が来る。なんだこれは?


 おばりよんが居るのだろうか、いつもと共鳴が違う気がするが。


 ノイズのような、不純物が混じっているような。


 違和感のような、いや、考え過ぎか。


 僕の動きをみて、心配してくれたのか平田が寄ってくる。


 『大丈夫か?こないだのドンパチの傷、治ってへんの?』


 『いや、そうじゃない。問題ないよ。左手に反応があったから』


 『おばりよん?』


 『さすがにそこまでは分かんない。


  ところで、おばりよんは一体のみだっけ?


  なんか左手の反応はいくつかあるような気がするんだよね』


 『情報は一体のみなんだけど、複数回襲われているから同一個体とは限らないかも』


 新堂はスマートフォンで確認しながら答えてくれた。


 『背後からですもんね。余程の人間じゃないと見分けがつかないだろうし』


 『襲撃された回数は?』


 『計17回』


 最大で17体……流石にこの4人で17体は相手に出来ないけど。


 『でも、基本的に1体で襲われているの。複数体で襲われた前例はなし』


 『となると単独犯やね』


 『恐らくね。私はイケルと思う。みんなは?』


 新堂が見渡すと、全員がうなづいた。


 『では、行きましょう。オフェンスとバックの2人組で。


  私とあみ、陽子と柊君ね。索敵して見つけたらすぐ連絡。


  無理しない。一人で行動しない。


  作戦開始』


 『了解』


 スマートフォンでGPS機能を稼働させて、僕らは捜索を開始する。




 獣道と遊歩道とも判別つかない道を宇梶と歩く。


 用心深く進むが、所々野草に肌を切られてかゆみが襲ってくる。


 僕の左手への反応も微弱で、進み方からも宇梶も相手を見つけられていないだろう。


 2,3発、発砲した方が効率的に見つかるかもしれんな。などと言った


 不謹慎なアイディアが脳裏に浮かぶ。 


 『柊君、いい?』


 『おっ、おう』


 宇梶に呼ばれ、鋭針装の準備をすると彼女は手でそれを制してきた。


 『ごめん。まだ、見つけてない。ちょっと聞いてもいい?』


 『ん?なんぞ?』 


 『あの吉野姉妹。姉の桜の方、黒連のメンバー?』


 彼女が真顔で聞いてきた。


 『……』


 うまい言い訳ができず、即答し損ねた。


 この沈黙はそれこそ”Yes”と解釈されてしまうだろうな。


 くそっ、いきなり突っ込んでくるなよなぁ。心の中で舌打ちする。


 『多分ね。関係者だと思うよ。


  僕も正確な彼女達の立ち位置や身分を知っている訳じゃなくてさ。


  まぁ、丁重に扱えって言われているけど』


 『彼女たち……妹の楓も黒連のメンバーなんだ』


 しまったぁーーー。


 口が滑った。誤魔化そうとしてボロが出た。


 考えろ、考えてけむに巻け!恭一。


 『その、姉が関係者で妹は無関係っていうのは思えないんだけど。


  前に宇梶さんが教えてくれたよね。家がそういう風になるもんだって。


  家系的にさ。


  と、言うかよく気づいたね。いや、やっぱ気づくもん?』


 なんとか話題を逸らさないと、マズイな。


 『そりゃあね。柊君の彼女たちへの態度を見てたら気づくって。


  でも、姉の桜の方は転校してきた時にすっっっごい嫌な感じだった。


  えと、彼女の態度もそうなんだけど、なんて言うか嫌悪感。


  顔とか、スタイルとか話し方じゃなくて、生理的に受けつけなかった。


  それで、あぁ、コイツ黒連だなって確信した』


 『お、おう。やっぱそうか』


 ひぇー。この子、ロコツに言うわぁ~、軽くひくわぁ~。

 

 女、怖すぎ。もしかして、あいつらをイジメて……


 『その……攻撃とかは』


 『分かってる。なんもしてないし、これからもしない。


  今のところ、イジメもないよ。柊君、あなたの顔を立ててあげる。


  でも、桜からその嫌な感じが急に、ふっと消えたの。


  口は悪いし、自己中だし、応対はアレだけど、生理的な嫌悪感は消えたの。


  なんで?』 


 応対がアレなのはあなたも一緒。という一言は、ぐっと喉の奥にしまい込む。


 『彼女に、その変化があった事は事実だけど、今はその言えない。


  いずれ話す時がくるかもしれないけどね。今日は言えない』


 結局、うまい言い訳は出てこなくてギブアップしてしまう。


 冴えないな。僕は、反省しつつ頭を掻いてそっぽを向く。


 『柊君、あなたが何かしたの?』

 

 宇梶は、真顔のまま僕に一歩近づいてきた。


 『いや、僕というか、彼女自身の成長……』


 『あなたがしたのね』


 声のトーンはそのままに更に一歩近づいた。


 その顔は笑うでもなく、怒るでもなくポーカーフェイス。


 『詳しくはその……』


 『あなたがしたのね』


 『はい。これ以上はダメ、あかーん!』


 思わず3歩後ずさり、顔をそむける。


 怖い、怖いよ。なに、そのプレッシャー。


 息が詰まるよ。こういうのが圧迫面接なんだな。


 いい訳すらさせずに、相手を追い込んでいく。こいつ手練れだな。


 そのオーラはなんなんだ。


 宇梶は納得していないようで更に踏み込んでくるが、


 『バロー、バロー!!』


 突然、子供の声とも、何かの鳴き声とも取れる声が響き


 僕たちは、同時にしゃがみ込み周囲を伺う。


 周囲の草の間を何かが走り抜けているようだ。


 獣か、おばりよんか?


 宇梶に”鋭針装”を施すと、彼女は居合抜きのような姿勢で


 音の発信源を睨む。


 ……


 僕たちの気配に気づいたのか、相手も動くのを止めた。


 ……


 風で草木がわずかに揺れるのみ、沈黙が辺りを支配する。


 膠着状態は長く続くと思われたが、


 聞いた事のある可愛らしい声で突然、終わりを告げた。


 『アレ?この匂い、柊じゃないか!』


 『ん?』


 僕の眉間にしわが寄ったのと同時に、目の前に一匹の子ぎつねが現れた。


 その体毛は灰色、いや銀色で陽の光を浴びてキラキラと光っていた。

 

 

 

 こいつ!霧子か!


 居合抜きの姿勢のまま困惑している宇梶をよそに、


 霧子は僕に飛びつき器用にも肩に乗ってきた。


 『どうした、柊。ここで会うなんてね。ブラックレーベルの時はありがとう。


  じっちゃんも柊、良いやつって言ってたよ。


  なんだ、黒連の任務か?私も今、探してるの、助けてくれるか?


  ”バロウ”を探しているの、”バロウ”はね……』


 『ペラペラしゃべるんじゃねぇーーーーー!!』


 僕は絶叫、霧子の口を塞ぐ。僕の苦労をなんだと思っているんだ。


 状況を把握できず、僕らを交互に見ている宇梶にゆっくりと近づく。


 『すまん、ちょっと家庭の事情でこの子と大切な話がある。


  悪いけど見なかった事にしてくれ。聞かなかった事にしてくれ。


  すぐ済む。そこで待ってて』


 霧子を抱きかかえて、少し離れた大木の陰に移動する。


 『痛いよ、柊。なんでこんな事するの?』


 『すまん、霧子。今日、みつねはどうした?』


 『みつねちゃんは遊びに行ってます』


 『なるほど、霧子ちゃんの単独おつかいですか?』


 『むっ!柊、バカにしてるな!』


 子ぎつねは僕の手をかじる。


 『イダダダ、やめろ!


  いいか、よく聞いてくれ。僕は今、黒連とは違う別の任務中だ。


  あの女も黒連のメンバーじゃないんだ。言ってる意味分かるな!?』


 『分かった。2人であの女子おなご倒すか?』


 ……分かってねぇー。そもそも君、戦闘タイプじゃないよね。苦手だよね。


 身内の狼にもビビッてたよね!?


 『いいか、あの女はめっちゃ強いんだ。僕ら2人じゃ太刀打ちできない。


  今日は戦闘なし。いいね、戦闘はしない。


  ところで、霧子はなんでココに?』


 『えっとね、バロウを探しているの』


 バロウ?全く思い当たらず、眉間にしわをよせていると


 霧子が可愛らしい身振り手振りで教えてくれた。


 『”バロウ”は私たちと同じ狐族なの。


  バロウバロウって泣くから、バロウギツネって言うんだよ。


  でね、最近、”のりちゃん”がいなくなっちゃったの。


  友達なの。それで霧子が探してたの。柊、しらない?』


 『狐の友達はそんなに多くないからなぁ。みつねには言った?』

 

 『言った。用事があるから又、後でって言われた』


 『司は?』


 『言った。けど、忙しいから又、後でって言われた』


 『長は?』


 『そろそろ独り立ちしてもよいな。ホッホッホって言ってた』


 みんな、意外に冷たいな。


 『でも、違うんだ。一緒に遊ぶ約束してたの。


  ブラックレーベルでお小遣い貰ったから、おそば、食べに行こうねって。

 

  ちゃんと、約束したのに』


 語尾の方は力がなく、霧子は俯いてしまった。


 ブラックレーベル以降の失踪という事はそれほど前という訳じゃないな。


 全然、見当つかないし、司が捕まらない以上は……よくないだろうけど。


 僕は決心して振り返り、彼女に声をかける。


 『宇梶さん、”バロウキツネ”って知ってる?』


 『えっ?バロウキツネ?ちょっと、待ってね。


  どっかで聞いた事あるなぁ~』


 彼女は、スマートフォンを取り出し、検索し始めた。


 『バロウキツネ、あった。


  その名の通り、狐系の妖怪ね。


  んと、地方によっては”こなきじじい”に間違われる事もある。


  もしかして、今回の”おばりよん”って、”バロウキツネ”のその子の事かも』


 検索結果を鵜呑みにするとそうなるが、


 『霧子、その、のりちゃんは、なんだ血の気が多い子なの?


  もしかして、人を襲ったりとか』


 『そんな事しないよ!のりちゃんは私より怖がりなの。


  人間にも近づかないと思うんだ。私よりちっちゃいし』


 私より……ね。


 霧子自体、狐としては小柄な方じゃないだろうか。


 それより小さいとなると、襲われて最初はパニックになれど、なぁ。


 『宇梶さん、今回の”おばりよん”って大人におぶさってくるんだよね』


 『そうね。後ろからおぶさってきて、おんぶの状態で倒されてしまうそうよ』


 『合わないな。』

 

 『何が?』


 『この子が言うには、探しているバロウキツネはこの子より小柄だそうだ。


  さっき、ちらっと見たよね。


  このサイズに後ろから来られても大した事ないんじゃない?』


 僕は話しながら、手で霧子のサイズを伝える。 

 

 『まぁ、そのサイズなら、それ以下なら全然問題なさそうだけど。


  信用していいの?』


 『むっ!あの女子おなご、馬鹿にしてるな!』


 霧子が小声で反論するのを手で押さえる。


 やめなさい。


 『信用できるよ。別件で一緒に仕事したんだ。


  その中身は話せないけど、この子が嘘を言ってるとは思えない』


 『となると、振り出しに戻りね』


 宇梶はスマートフォンを仕舞い、身近にあった岩に腰掛ける。


 ”バロウキツネ”もいる”おばりよん”もいる。


 襲ってくるのが、”おばりよん”。襲ってこないのが、”のりちゃん”なのかな。


 複数体説に近づくな。


 『柊、助けてよ。のりちゃん、きっと泣いてるよ。


  早く見つけてあげないと』


 霧子は大きな瞳を潤ませて僕に懇願してくる。


 いや、そんな事言ってもね?マズイよなぁ~。


 どうするべきかな?理屈は分かっているけど、今、白鞘なう。


 両者が臨戦態勢になったら、最悪の場合……


 妙案を見つけれずにいて、戸惑う僕の迷いを払ったのは宇梶だった。


 『柊君、何を悩んでいるの?


  どうせ、仲間を助けるんでしょ?行きましょ。


  詳しくは聞かないでおいてあげる。


  御門野さんとの約束もあるし、その子、狐も脅威とは思えないし』


 彼女は、ズボンについた葉を払いながら僕を手招きする。


 『いいの?』


 『なら、あなたはその子を見捨てれるの?できないでしょ?


  もし、私が協力できない。とここで抜刀したらどうする?


  きっとあなたは私にダメージを与えない程度に迎撃するでしょうね。


  時間稼ぎとして。


  そして、その子を逃がす。


  悔しいけど、私では柊君を倒せない。柊君も私を倒す事はない。


  その子は悠々と逃げ去り、私たちの徒労に終わる。


  それなら協力して、その子の事件を片付けて”おばりよん”を倒しましょ』


 『あ、ありがと』

 

 先程、対応がアレだと彼女を毒づいた事を心の中で謝罪する。


 言えばわかるじゃないか!やればできるじゃないか!


 『ま、なんとかなりそうだ。


  霧子、僕たちの後からついておいで。


  ”のりちゃん”を一緒に探そう』


 『うん!さすが、柊。話が分かるな』


 霧子はモフモフの尻尾をフリフリ、その場で小躍りしていた。


 現金だなぁ。


 僕は、宇梶の横に並び、探索を再開する。


 『ところで、柊君。その狐は女の子?』


 いたって普通の声のトーン。


 『……狐なんで性別はちょっと……』


 一拍おいて、僕はまた嘘をついた。


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