88.正義の味方 その二十六 いけないボーダーライン α
少女は、仏壇に手を合わせた後、家を出る。
『行ってきます。お父さん、お母さん』
その足取りは軽く、スキップも見て取れた。
制服姿の少女は、駅の改札口を抜けていく。
『みなさん、初めまして。
交通事故に会ってしまい、しばらく休学していました。
以前は、京都に住んでて、この度こちらに越してきました。
今日からここ草津東高校でお世話になります。
よろしくお願いします』
『おいっ!柊!』
『ほいなほいな』
スマホのゲームに夢中の僕は、顔を上げずに適当に相槌を打つ。
『行けぇっ!僕のゼータ!!』
『ゲームは後にせぇ、転校生や、転校生!』
『はぁっ?さっき、高橋なんも言ってないじゃん。
喰らえ!ハイパービー…あぁっ!』
突如伸びてきた腕にスマホが奪われてしまった。
『なんかね、上の、2年生に転入してきたみたい。
何コレ、恭一。これがスマホの流行っているやつ?』
吉野 楓が物珍しそうに僕のi-phoneを弄る。
『ちょっ、ちょっと!楓さん。今ね、イイトコなの!ボスがー!ゼータが!』
力づくと言う訳には行かない為、なんとか取り戻そうと努力するが、
『あっ、ゲームオーバーだって。柊君、残念♪』
楓の横から顔を出した吉野 桜が非常な結果を通達する。
ぐぬぬ。課金したLv.80の僕のゼータがぁー、イベント今日までなのに!
万全の準備したのにーー!
『そもそも、学校でするもんじゃないでしょ。
また、怒られるんじゃないの』
前の席でノートに何かを書いていた宇梶が作業を止めて、僕を指さし非難する。
『休憩時間ぐらいいいでしょ。
授業中に高橋に見つかったら、スマホ割られかねないけどさ』
『おいっ!俺の会話っ!転校生や、転・校・生!』
おぉ、唾を飛ばすんじゃない、我が友よ。
『『林、うるさい』』
元・蟲卑雌様たちの冷たい視線、効果はばつぐんだ。
友が為すすべもなく窮地に追いやられていく。
流石に放置するのも忍びない。助けてやるか。
『最近、多いね。そんな人気高校でしたっけ、ここ?』
『まあ、進学高校だしね。
もっとも、落ちこぼれもチラホラいるけど』
僕の何気ない雑談に、宇梶のカウンターが決まる。
サラリと出るよね本心は。言葉に気づかず混じるよね。
僕は無言で宇梶を睨む。
一応、僕だって入学試験は合格しているんですよ。
ただ、この数か月の間にイロイロあって、現状では、300人ちょいの
この学年でお尻から数えられる順位にいるのです。
ちなみに林君は僕より頭が悪いです。
事実ですので改めてお伝えした次第です。
また、スパイ稼業も絶賛好評炎上中でございます。
この先、順位が上がる見込みはない旨、重ねてお伝え申し上げまする。
『何か?』
僕の視線に気づいた彼女が睨み返してくる。
『イエ、ベツニィ……』
僕は片言の日本語を残して、わざとらしく林に向き直った。
『さて、林中尉殿、本題に入ろうじゃないか』
『YES, Sir. 柊少佐。転入生はイッコ上の2年生。
女人でございます。
しかも、お嬢様系、京都の平安高校……だったかな。
からの転校生にございます』
『お嬢様?平安?』
宇梶の眉間にしわが寄るが、それに気づかず林は続ける。
あれ?僕もなんか変な予感が……
『髪は軽い茶色入ったパーマっぽくてな、名前が聞き取られんかった。
確か、し、し、しん……』
林が言い終わる前に、僕らの教室の入口に知った顔が現れた。
『新堂さん』
『それや!宇梶、お前、アンテナ高いな』
宇梶のつぶやきに林が大げさに反応し、
入口にいた上級生はゆっくりと僕らに近づいてきて微笑んだ。
『おはよう、柊君。陽子。
今日から私もここに通学する事になりました。よろしくね』
『マジっすか』
おはようございますの挨拶よりも先に、思わず漏れた僕の本心。
いや、新堂さんが嫌いな訳じゃないのよ。
その、でも、この人たまに怖い所あるから。
『あの……、私、聞いてなかったんですけど』
宇梶も同様にただただ驚いているようだ。
『えっ?そうなの?
御門野さんに相談したし、手配もお願いしたんだけど』
彼女は、そう説明しているが、少し笑っているところを見ると確信犯だな。
そう思わずにはいられなかった。
そうなんだ、さっきの心の声は当たっていてさ、常識人のはずだけど、
たまにぶっとんだ事するよね。この人。
『今後の事も考えると、私もこっちにいる方が何かと都合がいいだろうし。
改めてよろしくね。柊君』
その柔らかい微笑みの裏にどんな爆弾を仕込んでいる事やら。
うーん、こういう風に考えてしまうのは職業病に毒されてきたのかな。
『えっ?何?柊、知り合』
『あのさ、アンタ、恭一とどういう関係な訳?』
林の言葉は、吉野 楓が強引に上書き、かき消してみせた。
元・蟲卑雌様、言葉使いが荒いし、粗い。
上級生ですし、敬語を使って頂きたいです。
届かないと思うが、僕は願わずにはいられなかった。
『私?柊君の職場……、えーっと、バイト先なんだけど、
あまり詳しく言えないけど。
”私が”、”彼に”、”直接”、”いろいろと”教えてあげたから。
先生かな』
『( ゜Д゜)』
なんつー誤解を招く発言するんだよ!この人!言葉を選んでくれよ!!
『なんやて、ひいら』
『まぁ、”別に”、”昔”の話はいいんですよ。
例え、”何が”あってもね。
大切な事は、”今”、彼は、”私と”楽しく過ごしているんです。
わざわざ転校して来て頂いて申し訳ないんですけど』
吉野 桜がゆっくりと、しかし、力強く迎撃する。
楓よりは、幾分丁寧だが、喧嘩腰である事には変わりない。
3人とも笑顔のままなのが、更に怖い。
『えっ?柊君。まだ、私と一緒じゃん。
あっ、話してないんだ。話さない方がいいの?どうする?』
新堂は、あごに指を添えてあざとい話し方で、吉野姉妹に更に返して見せた。
『ふぅーん、言ってくれるじゃない』
『楓、ほっときなさい。過去”だけ”が素敵な人だっているのよ』
……
新堂、あなたって人は、なんて事するんだよ!
桜さん、楓しゃん、やめろ、やめてくれ……
林は流石に空気を察して、ゆっくりとフェードアウトしていく。
目で助けを求めたのに、奴はこちらを見ようとしない。
宇梶はすでに自席で予習のフリをしていやがる。
当然、クラスメイトも無視する訳で、僕の半径2mだけ温度が下がっていく。
『♪~』
待望の予鈴が鳴り、ラウンド1の終了を告げる。
『じゃあ、柊君、陽子。放課後にね』
新堂は軽く手を振り、悠々と教室を出ていく。
沈黙の数十秒、数分が僕の精神を削り、抉り、砕いてしまい、
僕は、彼女の後ろ姿をただただ茫然と眺める事しかできなかった。
『ねえ、恭一』
新堂に散々ガンを飛ばした後に、
吉野 楓は僕に向き直り、笑顔のまま胸ぐらを掴む。
いたっ、痛いです。
否応なく視線が上がり、楓の後ろにいる桜が見えた。
普通の表情なのに、そのオーラはなんなんですか。
つーか、もう、なんなん!怖いよ、尿漏れするわっ!
『あいつ、誰?』
『ば、ば、バイト先の先輩だよ』
『そんだけ?』
『そうだよ!』
『本当に?』
『本当だって!宇梶さんだって知ってるよ!なぁ?』
『えっ?まぁ、一応』
宇梶は私に振るなとばかりに顔をしかめた。
白鞘の事は話せないとしても、フォローぐらいしてくれてもいいじゃん!
‐911号室 白鞘拠点‐
『お疲れさーん!』
部屋に入ってきた僕を平田が迎えてくれたが、
僕の目的はその後ろのおなごじゃぁっ!
『って、新堂さぁーん!なんであんな事するんすか!』
ソファでくつろぐ彼女の肩を揺する。
やや悲鳴にも似た声が出てしまい、自分でもびっくりしたが、
『あんな事?』
当の本人は怪訝な顔をしており、まったくご理解されていない様子。
『ん、何なに?どうしたの?』
僕の悲壮な顔を見て、テンションが上がったのか、
御門野がうれしそうに加わってくる。
その(=゜ω゜)ノ"のような顔がすっげぇむかつくんですけど。
首謀者はこいつなんじゃねぇかとすら思えて、
胸の内に怒りがこみ上げてくる。
僕は、今朝のひと悶着をかいつまんで説明する。
もちろん、吉野姉妹の詳細は伏せたままだ。
僕の話の途中で、御門野は涙目になり、話が終わるころには、
『あははははっはははっは!新ちゃんのデビュー戦は圧勝じゃないの!』
手を叩いて爆笑していた。
おい、今のどこに爆笑するポイントがあったんだよ。ホラーだぜ。
なぁ、おいっ!!
胸に芽生えた怒りが少しづつ、殺意に変わるのが実感できる。
そのおっぱいに”紫音”ぶちこんだろかっ!
『エミ、あんたやるなぁ~』
平田までが驚き交じりの称賛を送っている。
『いえ、転校初日だし、負けちゃダメかなって。
御門野さんにもPush,Push!って言われましたし。
頑張っちゃった』
新堂さん……違う、違う、違う。そーじゃない。
そして、みーかーどーのー、あんたがやっぱり黒幕じゃないかっ!
『いやいや、新堂さん、僕にもクラスの立ち位置、事情がありますやん。
いきなりクラスメイトに喧嘩売られたら、困るんです!』
『落ち着きなさい、あの程度、女子内なら普通だって』
合流してきた宇梶に肩を叩かれて、一息つく。
ううう、本当にあれで平常運転なん?
僕、ストレスで尿漏れ待ったなしやったで。
あんなのが普通て、女子どーなってんの?怖えぇよ。
『ところで、御門野さん、今日はなんの任務?』
『本題はね、”おばりよん”討伐よ』
『”おばりよん”?』
聞きなれない言葉に僕は、オウム返しに聞き返す。
『確か”子なきじじい”の亜種でしたよね』
『新ちゃん、正解。
なんだけど、今回のこの”おばりよん”はちょっち勝手が違うみたい』
『勝手が違う?』
『”子なきじじい”同様に人に背後からおぶさってくる所までは同じ。
でも、今回は攻撃してこないときがあるの』
『???』
平田が眉間にしわを寄せて、どういう事かと問いかける。
『おぶさってきて、噛みつかれる時もあるんだけど、
命にかかわる程じゃない。
そもそも、何が目的か不明。それと、大きな音がするそうよ』
『攻撃してこなくて、デカイ音程度なら討伐する必要あります?』
宇梶が至極まっとうな意見を述べた。その通りだと思う。
噛みつかれる程度なら、野良犬とかと同レベルのような気がせんでもない。
『そうなの。大した案件じゃないの。
でも、こないだやらかしちゃった子がいてね……』
御門野は、白々しい目で僕を見た。
こないだ……、げっ、あのなんちゃって魔王の時か!
『ちょっ、御門野さん、それ、おかしくないすか?
アレ、御門野さんも、(平田)綾さんも居たじゃないですかー!
僕だけの責任?』
なっとくいかーん!
一部、暴走したのが僕だとしても情状酌量の余地があるはずだ!
『あっ、バレタかw
うそよ。私と綾と柊君のミス。
なんでこんな面倒くさい任務を押し付けられました』
観念した御門野が笑ってお手上げのポーズをする。
『なんや、それならしゃーないね。
作戦終了後の打ち上げは、柊のおごりで肉食べにいこ』
『ごちそーになりまーす』
『柊君、よろしくね。私、お肉、久しぶりー』
『新堂さんの引っ越し祝い込ですね』
『本当?アリガトー』
『せや、奮発して、ええとこ行こうよ。
”まつき屋”とか、”森島”とかどう?
御門野さん、車出してな!』
ナメタ小娘達が僕の前を通っていく。
御門野の方を見ると、笑顔のまま、親指を立てていた。
僕も笑顔で人差し指を振り、こう答える。
『ノンノン、車だけでなくて、お金も出してくださいね。
僕らは共犯者だ』




