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87.悪の手先 アナザー25 -朔- 月光

-天井・勝屋亭- 


 『PiPiPi……』 


 姉弟の晩御飯の中、電子音が響く。


 『ん?勝屋のスマホじゃないの?』


 『違うよ。僕のじゃない』


 ちなみに、あきちゃんからだと”チョコボのテーマ”が流れます。


 うぇひひw


 勝屋は茶碗を片手ににやにやと笑う。


 『私のでもないんだけど……』


 天井は、無作法にも箸を口にくわえたまま、音源を辿る。


 『勝屋!ハンのスマホよ』


 拾い上げた形見のスマホは、着信を示しており、


 相手の名前は”後藤”と表示されていた。


 『この間も話したけど、”イグアイン”は発現したよ。


  でも、電話として使ってないよ。かかってきた事もなかったんだけど』


 勝屋の話を聞いて、天井は思案する。


 『じゃあ、この”後藤”って誰か分かる?』


 『知らないよ、天井ねぇも分かんないの?』


 『私も全然、ハンは顔が広かったしねぇ』


 『どーするの?結構長い間鳴ってるよ』


 『……勝屋、出てみ』


 『な、なんで、僕なのさ!』


 勝屋は、スマホを押し付けられて、顔をしかめながらも箸を置いた。


 『この”後藤”が女だった場合、私が出るとマズイかもしれないでしょ?』


 『そ、そうかな?じゃ、出るよ』


 『私にも聞こえるように、ボリュームを上げて』


 勝屋が一呼吸置いてボタンを押すと、


 『もしも……』


 『ハン!遅ぇーよ!


  早く出ろっての!


  最近どーよ?実は、デカイ仕事があってよ。


  おめぇーの”力”を借りたいんだわ』


 男の汚い言葉が勝屋の耳に降りかかってきた。


 『……あの、その……、ハンじゃないんですけど』


 『ん?あれっ?あいつ、番号変えたの?


  変える訳ねぇーよな。もしかして、”天井”か?』


 勝屋が視線を送ると、天井は首を横に振った。


 『……いえ、違います。そのぉ~』


 『”勝屋”だな!?』


 『えっ、なんで?』


 思わず声が出てしまった勝屋の反応に対して、


 天井の眉間にしわが寄るのが見えた。

 

 『いや、ハンが一緒に行動しているのが、”天井”、”勝屋”、”トリタニ”


  とかって聞いてたんで、思いつきでかましただけなんだが……、


  まぁ、ショウもないネタバラシはさておき、ハンに変わってくれ』


 再度、天井の方を見ると、彼女は、スマホで指示を出してきた。


 『(死亡は言わない。行方不明と。フェイス/オフ、黒連は伏せて)』


 『……その……、今、連絡が取れないんだ。居なくなっちゃって』


 『はぁ~?黒連か、長老教会の仕事でトチったのか?』


 『その……、分からないです』


 『そうか……”イグアイン”は稼働中となっているから、生きているはずだが』


 男の小さな独り言が漏れて聞こえた。


 天井の目つきが鋭くなる。


 『ところで、勝屋……(くん)でいいのかな?』


 『……はい、そうです、男です』


 『君は、フェイス/オフを知っているかい?』


 『……あのネットゲームの?』


 勝屋は、悟られないようにアクセントをつけずゆっくりと話す。


 『ネトゲ……、うん、まぁ、そうね。それで合ってる』


 電話の向こうで後藤が落胆しているのを感じた。


 『天井は、フェイス/オフを遊んだ事があるかな?』


 『……姉ちゃんも使えないと思う』


 『ふっ……なるほど、天井は女なのか。いろいろとアテが外れちまったな


  勝屋君、ありがとう。


  もし、ハンと再会したら、俺に、後藤に連絡するように言ってくれ』


 『分かった』


 『じゃ、よろしく』


 『はい』


 天井は、電話が切れたのを確認してから、


 爪でコツコツとテーブルを叩きながら明言する。


 『日本人とのハーフ、いや、純血の日本人と見た。


  声からして、30代前半の男。そして、フェイス/オフ ユーザー』


 『なんで言い切れるの?』


 『会話の途中の言い回しよ。”おめぇ”、”かました”、”トチった”、


  ”外れちまった”。


  こういうしゃべり方は、授業で日本語を習った外国人はしないものよ』


 『姉ちゃん、すごい!』


 『一応、教師やってますし』


 天井は弟の尊敬のまなざしに、最高のドヤ顔で答えた。


 『でもさ、フェイス/オフ ユーザーって事は友達なんじゃないの?』


 『友達や仲間程ではないはずよ。


  かつて、一緒に仕事をした事がある程度じゃないかな。


  私の事も、勝屋の事も知らなかったでしょ。


  プラス、女の勘で、こいつは信用できない』


 『確かに、ちょっとなんかヤな感じだったよね』


 『最初から何かに巻き込もうとしていたし、ハンが居ないと分かるや否や、


  私たちでも使えないかと探ってきたでしょ。


  恐らく、そのデカイ仕事の当て馬にする気だったんでしょうね』


 『当て馬?』


 『モルモットよ』


 天井が吐き捨てるように言うのを見て、勝屋も顔が渋くなる。


 『次にかかってきても、勝屋一人の時は出なくていいわよ。


  こちらからも掛ける必要もないわ』


 『なら、着信拒否にしちゃえばいいんじゃないの?』


 『そういう事をするとムコウに意識しているのがバレちゃうでしょ。


  私が一緒の時なら適当にごまかしちゃいましょ。


  さ、ごはん、ごはん。御替わりは?』 


  『するする!』


 なぜ、”イグアイン”が稼働中だと、ハンが生きていると言いきれたのか?


 天井は、一つだけ引っかかり眉をひそめた。




 切れた着信画面を睨みながら考え込む後藤に、半笑いの女が話しかける。


 『”ハン”居ないか、ドースル?』


 『まぁ、居なくても問題はねーよ。


  お前がいれば、”春風”は呼び出せる。

  

  つまり、”月”は確保可能。そうだろ?』


 『春を呼び出すだけなら。でも、戦闘はヤメて。別々にしてほしい。』


 『いいよ。俺がやるさ。Mr.7だっけ?


  カリバーンも来るんだろ?押し切れるだろさ』


 『では、ヨロシクやってくれ』


 『了解』


 後藤は女が部屋を出ていくのを見もせず、人差し指でこめかみを押す。


 恐らく、ハンは、"死亡"した。


 あの男は、自分の得物を無くす、意味もなく渡すとも思えん。


 そして、ハンのスマホを持つのが、”天井”か”勝屋”か。


 勝屋の話し方、返答テンポから見て、天井と一緒にいるな。


 天井の指示で、勝屋は動くという訳だ。


 ”トリタニ”に触れなかったが、隠したのか、知らないのか。


 まぁ、二人がフェイス/オフ ユーザーだと分かったのは大きい。


 ”ネトゲ”を知っているか?と聞いたのによぉ、


 ”使えない”は回答としてオカシイだろ。


 思わず笑いそうになったぜ。 


 ”姉ちゃんも”と言ったよなぁ。


 つまり、勝屋と天井は、フェイス/オフ ユーザーで確定。


 且つ、”イグアイン”も移譲した。もしくは、その前段階か。


 フェイス/オフにそのような機能があるとは知らなかったが。


 確か、黒連の新規加入者で同名の人間がいたような気がするな。


 ……場所も掴めるな。ひひひ。


 この仕事が終わり次第、2人の力を”頂く”としよう。


 俺の”WIN OF OZ(魔法使いの勝者)”の力で!




-10年程前、ミナトの葬儀の帰り道-


 小雨の降る中、シルバーのレガシーが走る。


 多くの車の中でもそのスピードは遅く、


 一台、また一台と抜かれていく。


 されど、それを気にするわけでもなく、進むペースは変わらない。


 先の戦闘で失った"者"、捨てた"物"。


 その選択肢の正否が分からなくて、決めきれなくて、


 自分の中の覚悟が揺らぎ、崩れていく。


 ギセイの代償で得た物では、それを埋めきれなくて、


 今更の後悔に自嘲する。


 『情けなさすぎる』


 門脇は、ステアリングを小突きながらため息をついた。


 休暇を取ったところで行く当てもなし。


 さりとて、黒連の寮にいる事は耐えられなかった。


 いっそ、気でも狂ってしまえば、幾分かマシだろう。


 そんな思いを抱えて、ただただレガシーを走らせている。


 バクチ、酒、風俗でも嗜んでいれば話は違ったのかもしれない。


 『っはぁぁぁ~』


 今日、何度目かの大きなため息が出た。


 気が付けば、ガソリンの残量までEMPTY(空)と出ている。


 『車にまで馬鹿にされるか』


 国道だ。走っていれば、ガススタンドは見つかるだろう。


 全てが適当であいまい。


 集中力が切れた主人を乗せて、車はのろのろと直進を続ける。

 

 


 雨が少し強くなってきた頃、ガソリンスタンドにたどり着き、


 ガス満タン、トイレも済ませたがなかなか出る気になれない。


 幸い客は他にいない事だ。もうしばらく、休んでいくか。


 門脇は、フロントガラスで跳ねる雨粒を眺めながら、缶コーヒーをすする。

 

 跳ねては、合流する雨粒。そして、また二又に分かれていく。


 多くの雨粒がピタピタと合流と離別を繰り返していく。


 行ったり来たり、また、行ったり。


 ふと助手席を見ると、置いていた携帯が光っていた。


 画面には、”不在着信”とあり、


 『078-**-****』と表記されている。


 『ん?078……大阪か?兵庫だっけ?』


 着信は3分前。ちょうど手洗いの時に鳴ったのか。


 このナンバー、黒連じゃあないな。となると、思いつくのは一か所になる。


 携帯を拾い上げて、かけ直す。

 

 『……はい。どちら様でしか』


 アクセントのズレた、下手な日本語。南京町の連中だな。


 『さっき、電話をもらった門脇だ。翁か、話の分かる連中に変わってくれ』


 『少し待て、♪~』


 まぬけな待機音が流れてくる。


 あっちからの電話という事はミナトの件の報告か。


 うまくいっているといいが。せめて、これぐらいは……。


 『門脇様、翁からの伝言です。


  ”荷物搬送完了。無問題。


  対価の依頼有。


  明朝10:00 南京町 南楼門にて。


  以上”』


 『……そうか、ありがとう。行くよ、よろしく伝えてくれ』


 『了解しました。では』


 手短に用件だけ伝えて、電話はきれた。


 どうせする事もない。行くか……


 車のエンジンをかけ、ゆっくりとガススタンドを出る。


 雨の勢いは変わらず、土砂降りのままだ。


 


-南京町 南楼門-

  

 神戸の渋滞を考慮して行動した結果、


 予定時間よりも早くついてしまった。


 僕は、門の柱に背中を預け、南京町の様子を伺う。


 基本的に開店は10:00からだと思っていたのだが、


 すでに観光客で道は溢れており、


 中国人、日本人、白人、黒人……多くの人種が見て取れた。


 皆、愉しそうに笑っている。


 確実に言える。今、ここで一番不幸なのが僕だ。


 まぁ、かと言って腹が立つでなし。


 天を仰ぐと、いい天気だよ。絶好の観光日和。

  

 ボスッ!


 不意に軽いボディーブローを受け、


 ゆっくりと視線を下げると、顔立ちの幼い少女がこちらを見ていた。


 『不幸な日本人だな』


 ずいぶんなご挨拶だ。朝一の会話がこれか……。


 ”不幸”と言い切りやがった。


 自分で思っていても、他人から断言されると流石にイラっとくるな。


 僕は、目線を外したまま、そっけなく答えた。


 『悪ぃが、売春はお断りだ。客なら他を当たんな!』


 『わりぃーが、バイション?タンナ?』


 少女の目は点になり、考え込んでいる。


 ん?こいつ……日本語、理解できないのか?


 面倒くさいのに当たったな、一度、ここを離れるか。


 両手をポケットに突っ込み、歩き始めようとすると、


 少女が腕に抱き着いてきた。


 うげっ!すいぶんとアグレッシブな売り子だ!


 投げ飛ばすか?マズイか?マズイよねぇ……


 『待て!マテ!WAIT!!お前、キャドゥクラだろぅ?』


 『カ・ド・ワ・キだ!しっかり、はっきり発音しろ!


  しかも、間違ってるしな!!』


 『ご、ごめんねさい』


 面と向かって怒鳴ると、少女は顔を下げて落ち込んだ。


 その姿を見て、ほんの少し気分は晴れたのだが、


 周りの視線を感じ、罰が悪くなる。


 僕は、少女の手を引いてその場から逃げ出した。




 『僕が、”カ・ド・ワ・キ”だ。翁からの使いだな?』


 『そう!もう少し、ゆっくりしゃべるといいな』


 少女は、こちらを指さし、笑って話す。


 『人に向かって指さすんじゃねぇ。案内しろ』


 『あいあーい』


 少女の軽やかなスキップを追って、南京町を進むと、


 細い路地裏の行き止まりに通された。


 扉も、階段もない。


 『ココか?誰もいねぇーぞ。時間が早いのか?』

 

 少女の方を振り返ると、上を指している。


 見上げた先には、窓から老婆がこちらを見ていた。


 『よく来てくれた。カドワキ。電話でも話したが、依頼だ』

   

 門脇が返事をするよりも早く、何かを投げてよこす。


 その中には、写真、地図、そして、奇妙な小箱が入っていた。


 『その写真の男が標的だ。今月27日が我らが記念日。


  昼間に殺して、その場でその小箱を燃やせ』


 写真の中では、欧米系の中年男性が映っており、その裏には、


 ERIC MARTINとある。


 『こいつの素性は?』


 『長老教会の人間だ』


 『事務系なら問題ないが……』


 『カリバーンだ』


 『……』


 僕は、顔を覆って下を向く。


 写真の構え方から、十中八九、戦闘タイプだと確信していたが、


 まさかの”カリバーン”、入りましたー!


 『27日じゃあ、準備期間が短すぎる。居場所、能力等の情報は?


  しかも、まっ昼間にカリバーンと”ガチ”でやれってか?


  暗殺にしてくれよ』


 『場所か……、27日は、その地図のホテルオークラにいるはずだ。


  だが、暗殺は却下。昼間に殺せ。なるべく、人目につく方がよい』


 人目に付く……、なるほど、見せしめにしたい訳だ。

 

 裏がありそうだな。しっかし、カリバーンかよ、キツイな。


 あの”技”も未完、大衆の面前で見せるのも嫌だし。


 ぐぅ、イロイロつらい。ここは、素直に泣きを……


 『参加しない、逃亡は認めない』


 老婆に先手を打たれ、更に顔が引きつるのを感じた。


 ど、どーしろと。


 『そこの娘を使え、”春風”という。一応、訓練済みだ』


 『……どーも』


 諦めて少女をみると、緊張感もなくヘラヘラと笑っている。


 仕方ない。やれるだけやってみるか……


 最後に……


 『荷物の事を聞いても?』


 『私は、『無事に届いた。』としか知らない。


  しかし、翁がそう言った』


 ”翁がそう言った”。つまり、あんたらにとっては確定した事実。


 これ以上、この老婆に聞いても無駄か。


 『分かった。この仕事、引き受けたよ。』


 『了解だ。春風をよろしくな』


 そう言って、老婆は、窓の奥に消えた。


 『春風、言う。よろしく』


 『カドワキだ。改めてよろしく』


 笑顔の少女の肩を叩き、来た道を戻る。


 これが、春風との出会い、なれそめだ。


 この後、忘れられない程、酷い目に会うが、それはまた、別途。




-時は現代に戻り 滋賀県北部 門脇の隠れ家-


 雲のない夜、湖岸道路を走る車は少なく、とても静か。


 で、そんな平和な日の夕食の後。


 『ムコ殿、たまには男2人で飲まんか?』 


 翁の誘いに思わず苦笑が漏れる。


 『飲むのはいいんだけどよ。その”ムコ殿”って言うのやめてくんない?』


 『何を言うか、事実ではないか』


 『ん、まぁ、そうなんだけどよ。こそばゆいと言うか、


  今まで通り、”門脇”でいいじゃないか』


 『まぁ、よかろう。ついてこい』


 スキップのようなおかしな歩き方をする翁の後をついていく。


 僕の家なんですけどね。




 『では、乾杯』


 『あいよ』


 赤と青のグラスが重なり、カチンと鳴った。

 

 『ん?この匂い、味……どこの酒?』


 僕は、元々、一人で酒を飲むことがない。一口含んで思わず声が出た。


 『口に合わんか?』


 『いや、うまいよ。飲める方じゃない僕にも合う気がする。


  カクテルのような……、


  けど、人工的な甘味料や調味料、合成じゃない気がする。


  中国系でもないような……』


 『ハズレ。


  中国では市販されとる。一般的にな。


  まぁ、あまり出回るものではないかもしれん。


  高価ではないんだが、儂は昔から愛飲しとる』


 『結構、付き合い長いんだが初めて聞いたよ』


 『小さな面子の話だ。


  若い者は飲むが、儂のような年寄りが飲むものではないらしい』


 『組織のトップだと大変だな』


 『もう、”引退”したからええわい』


 『引退でいいのか?てっきり復帰予定だと思ってたよ』


 僕が口をグラスにつけたまま、じっと見ると、


 老人は苦笑し、グラスを回しながら答えた。


 『あの事件の直後は、なんとか返り咲こうかと考えたものだが、


  なかなかどうして悪くない。祖国ではなく、日本リーベン


  だが、娘たちのあの顔を見てはな。


  気を抜くわけではないが、あえて鉄火場に戻る必要はあるまいて。


  門脇、お主はどうだ?更なる”力”を望むか?』


 『いらねぇよ。今のままで十分だ。


  今が一番いいよ』


 かつて卑怯者と罵られ、暗殺稼業に手を染めた男からは考えられぬ、


 充実した日々を送る幸せな顔がそこにはあった。


 『付き合いは長いが、お主のそのような顔を見るのは初めてだな』


 『まっ、僕も、アンタも変わったのさ』


 

 

 夜空に雲はなく、月が光輝き、


 琵琶湖にきれいに反射した月が波で揺れている。


 


 『与太話になるが、門脇、お主、不老不死になれると思うか?』


 不意に投げかけられた質問にしばし考え込む。


 『条件付きなら、近似値までは出せるんじゃないかな』


 『ほうぅ、いかにして?』


 翁は面白そうに顎鬚をさすり、こちらを笑って見ている。


 『1つ、外部媒体に生命機能を委託、委譲する方法。


  人間の肉体にこだわらなければ、


  システムとしてはもう稼働してるんじゃないかな。


  長老教会が確か数度、試作、実験してたはずだ。


  1つ、人間の代謝機能を極限まで低下させて、


  なんだ、省エネ仕様とでも例えればいいか、”仙人”がこのタイプだろ?


  あんたら、中国系の技術のはずだ。”三千世界”とかなんとか……』


 『お主、よー調べたもんじゃな』


 指折り、説明する僕を前にして、翁は酒をつぎ足し笑った。


 『昔から戦闘術、陰陽術の行きつく先はそこだろ?


  長老教会はもともと、錬金術をベースに研究してたが、


  どうしても割に合わないそうで、化学や科学と手を結んだ。


  だったからな?』


 『当たっておる。他には思いつくか?』


 『最後は、噂だけ。


  ”シゲタ スイモク”っつー馬鹿げた天才陰陽師がいて、


  そいつが既に不老不死だそうだが……』


 『見た事はないのか?』


 『ないね。最後に出現したのが僕が子供の頃だ。


  その時の写真、映像もピンボケ、モザイクの嵐。何がなんだか。


  でも、この世界に入ってそこそこ経つのなら、必ず耳にする。


  黒連、白鞘の始祖であり、歴代最強の”隻腕の少年”。


  ”轟なる鬼”、”カンクイ”とかなんとか呼ばれてるそーじゃん。


  仕舞いには、あの安倍晴明、その人だそうで……訳が分からん』


 僕は、一気にまくし立てた後、あたりめをかじる。


 『実は一度だけ、儂は会った事がある』


 翁の告白を前に、目が点になる。


 『はぁっ?マジで?よく生きてるな!尊敬するわ』


 『直接、戦闘した訳ではないでな。


  当時は、儂も若く、まだ実働部隊の一員、前線におった。


  目的は、長老教会の大型術式の妨害、破壊。


  カリバーンとの戦闘になっての、状況は酷いもんじゃった。


  多くの仲間が死んでの。正直、詰んだと思っとった。


  その時、その少年は現れた。まさに”轟”。嵐だった。


  儂が苦戦、追い詰められたカリバーン達がまるで赤子のように


  なぎ倒され、蹴散らされていく。


  格が違うとはまさにこの事。物の数分で決着はついた。


  長老教会の施設は粉々。


  逃げた者が乗り込んだ巡洋艦すら紙屑のように砕いて見せた。


  ”天”、”海”すらあの少年の手中にあった。


  その様を見て、我らは、艦すら喰らう者。


  日本人に敬意を払い、日本語で”艦喰い”と呼んだのだ』


 『……あんたらが名付け親かよ』

 

 眉唾の噂だったはずのおとぎ話を淡々と語る翁。


 『実際に目にしても信じられんというのが本音だ。


  我ら、中国サイドにも”最強の日本人の少年”の話はあった。


  ”儂”が駆け出しの頃からな。その話も少年。


  数十年も少年のままではなぁ。不老不死でもおかしくないわ』


 翁は、窓の外の琵琶湖を眺めながら、懐かしそうに笑っている。


 だが、その顔が次第に沈んでいく。


 『さて、ここからが本題だ。


  その時に潰した術式の名が、”MONKEY MAGIC”。


  通称、コード”M2”。』


 『猿真似?おかしな名前だ』


 『その名は、由来からだよ。


  我々からの裏切者が長老教会に亡命して、秘術の一部を漏らしおった』


 『それが不老不死の?』


 『と、言われておった。儂も詳しくは知らん。

  

  だが、持ち出したのは一部。


  ゆえに残りを長老教会は自前の術で補完したそうだ』


 『んで、その術は完成を見る前に……


  ”シゲタ スイモク”の手で潰されたと』


 『うむ。その時の術はな。しかし、データが残っておった。


  その12年後に再び噂が流れてきた』


 『”M2”のか?』


 『そう、正確には、”M2”の進化形。


  ”Around the World”という術式だ』


 『直訳で、”世界中”、いや、”世界を回る”?


  どこでも使えるのか?大型術式だと、緯度、経度、月齢、惑星配置とか


  制限があるはず。ましてや、”不老不死”クラスの術でか?』


 『すまんが、儂の専門外でな、答えられん。


  結果から言うと、”Around the World”も阻止できた。


  もちろん、カンクイ抜きでな』


  グラスを持つ手が、すこしベタつき始めた。


  少し、いや、かなり嫌な感じだ。


  僕は、タオルで手を拭いながら、何かを感じずにはいられなかった。

 

 『そりゃ良かった。翁も参加したのかい?』


 『最終の掃討戦のみな。少し偉くなっとったんよ、儂も。


  当時は米軍の援助もあったでな。


  まぁ、付き合い上、仁義で儂らクラスも出た』


 翁は、そこまでで話を止め、顎鬚をさすりながら目を閉じた。


 あぁ、確実にイヤな話が出てくる。


 今までの付き合いで分かる嫌な会話のだ。


 僕のあたりめを齧るペースが落ちてくる。


 『米軍まで出張ってきた。まぁ、揉める訳ね』


 『左様。我ら側と米軍で取り分の話になった。


  資金は、割ればええわい。こっちが泣いてやってもええわい。


  資材、機材もいらんわい』


 『術式の開示、並びにそれの供物。


  なにより、”Around the World”の成果物でモメた』


 僕は、容易に想像できた答えを吐き捨てた。


 『戦闘員や戦闘員上がりの幹部。


  儂のような人間には、それに気づかんし、宝の持ち腐れ。


  しかし、理解できる人間ならば、それこそ喉から手が出る程、


  仲間を裏切れる程、ほしいシロモノだったのだろうな。


  ”Around the World”の核は、


  我ら側、米軍側、中国政府を含めた12人の裏切者によって奪われた』


 『……中国政府も噛んでたのかよ』


 『元々、我らと米軍の仲介をしたのが政府でな。


  今思えば、ハナから裏切るつもりだったと考えるのが筋か』


 ……背筋、脇に嫌な汗を感じる。もはや、寒気に近い。


 『待て、待て待て待て!もしかして!』


 『今年がその十二年後になる』


 『ちーん』


 非常にも告げられた回答、翁の声と同時に合掌、白目をむく。 


 『儂とて、赤の他人が”不老不死”になる分には一向に構わんよ。


  好きにしてくれてな。だが、ムコウは違うだろうな。


  ”Around the World”の最深部を見た以上は、


  関係者として狙われる可能性は否定できん。


  組織にいるのなら、ある程度の情報も入ろう。


  しかし、今は……よしんば儂が死んでも』


 『対象が身内の春風か月になるだけだな』


 僕は、翁の言葉を遮り言い切る。いつの間にか貧乏ゆすりが出ていた。


 『娘を頼まれてくれるか?』


 『当たり前だ!』


 『もはや、裏切者の名前など意味をなさぬが、


  その12人をこう呼ぶ。


  ”12 Monkeys”』




 翁とのサシの飲みを終えて自室に戻る。


 月明かりのみの部屋で、

 

 起こさないように静かに動いたつもりだったが、


 僕が触れるより先に布団が動く。


 『終わった?』


 『あぁ、おまたせ』


 春風が少し開いてくれた布団の隙間に滑りこんだ。


 『なんの話だった?』 


 『昔話。と自慢話。じいちゃん、むかしは強かったんだぞ!ってさ』


 髪を下ろした春風の頭を撫でながら、少しふざけて彼女に告げる。


 『強いけど、優しくない』


 そんな風に口を尖らせる彼女を体ごと引き寄せてささやく。


 『僕は優しいでしょ?』


 『カドは……たまに自分勝手だ。


  もう!お尻触っちゃダメ!エッチ!』


 『今日も平和で幸せだからさ』


 『それ、関係なくないか!?


  こら、引っ張らないで!パンツ伸びる!コレ、新しいの!』


 お尻を触った僕の手をつまみながら、目の前ではしゃぐ彼女を見て誓う。


 どんな相手だって、この”プレパ・レイド”で必ず守り抜く。


 もう、失うのはごめんだ。


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