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83.悪の手先 その二十六 Preserved Roses (後編の継)

-鋭針装を使って-


 再度、老人ホームへと僕は、走り出す。


 襲撃開始から1時間経過。


 陽は昇り始め、周りには人がちらほらと見え出した。


 軽トラックで作業している老人たち、自転車を漕いでいる学生。


 この時間でこの人数では、更に人は増えていく、


 早く決着をつけないと、人目に付き過ぎてしまう。


 『はっ、はっ、はっ!』


 加速していく鼓動と景色。大阪が通ったであろうルートを頭の中でなぞる。


 従業員口~2階~レクリエーションエリア。


 先程は、周りを確認しながら慎重に進んだが、


 今は全速力で、一直線に走るしかない。




 従業員口の扉を蹴り飛ばし、建物内に突っ込む。


 左右確認するも、相変わらず人の気配はない。


 戦闘中のはずなのに、この建物はいたって静かだ。


 静かすぎて逆に不気味でもある。


 内部に入った以上は、もはや隠す必要もないな。


 僕は、グロックを抜き、階段を駆け上がる。


 『ガチャンッ!』


 前方からパイプ椅子が倒れたような音が聞こえた。


 恐らく、レクリエーションエリア!戦闘は続いている!


 扉の脇で一呼吸、半開きの扉を一気に開くが、


 『!!?』


 僕は、フロア中に黒人が溢れている異様な景色に息を飲む。


 いや、違う。


 正確には、のっぺらぼうで、目も鼻もない黒い人型と表すのが正しいだろう。


 体は、マネキンにチョコレートでも被せた感じだ。


 黒いマネキン、人形達は、僕を見つけると緩慢な動きながら近づいてくる。


 目もないのにどうやって探知してんだよっ!


 『ちぃっ!タァン!タァンッ!』


 人形は、僕が放った弾丸を全て、被弾しても動きが止まる気配はない。

 

 その中の一体に、慎重に狙いを定め、頭部を狙撃するも効果がない。


 ダメージを受けない、もしくは感じないのか?


 無音で近づいてくるのが、更に怖い!




 1,2,3……10?20?かなりの数だ。


 『柊君!つかまっちゃダメ!!力が強い!』


 大阪の声が聞こえた。


 なんとか生きているようだが、”力が強い”?


 筋力?握力?体力?ちゃんと伝えてほしいのに!


 待て、待て待て!


 落ち着け、幸い、相手はスローだ。バイオハザードを思い出せっ!


 頭にダメージが通らないのならば、足を潰す。


 深呼吸を一つ!壁に背中を預け、照準を合わせて、発砲!


 『タァン!』


 一体が体勢を崩したのを確認し、移動を開始する。


 『タァン!……タァン!……タァン!……』  


 人形の隙間を縫って、


 フロアを進むと黒い塊に組み敷かれている大阪を見つけた。


 圧迫されているのかその顔色が悪い。


 周りの人形を一気にどけないと!


 『大阪さん、動かないで!!百鬼夜行(テラーテイル) テケテケ!!』


 僕は、両手で鎌を持ち、腰を落として一閃する。


 びちゃっ!びちゃびちゃ!!


 気持ちの悪い感触を残して、人形達は上下に別れた。


 茶色と黒が混ざった人形の液体がテケテケの鎌をつたっていく。 


 『”慈恩”!』


 僕は、治癒術を施し、大阪の前で人形と対峙する。


 『大丈夫?』   


 『げっほっ!ありがと。来てくれると思ってた』


 大阪は、せき込みながらも僕を見て笑う。


 『みつねは?』


 『先手取られて、別れちゃった、ごめん』


 くそっ、そっちまでは手が回らん。無事でいてくれ!


 『僕のグロックを使って!ズボン、左の後ろポケットに予備マガジン!』


 『了解!』


 彼女は、手際よくグロックに新しいマガジンを装填する。


 近づいてくる人形は、強敵と言う訳ではない。


 だが、いかんせん数が多すぎる。


 何より、上下で真っ二つにしても、はやくも、人形に戻ろうとしている。


 これでは、多勢に無勢、ジリ貧になってしまう。




 10数体、切り飛ばしても終わりが見えない。


 『はっ、はっ、はぁ~』


 少しづつ、テケテケの重さが腕に来る。


 息も切れてくる。フロアごと、一気に潰さないと……。


 『はっ、はっ、大阪さん、こいつらの弱点とかないの?』


 『最初は、タァンッ!スキンヘッドの外人、一人だったんだけど。


  タァンッ!術かなにかでこの黒マネキンがうじゃうじゃ。


  タァンッ!タァンッ!多分、この中に本体が混じってる!』


 大阪は、数体射撃しながら、悔しそうに話す。


 『本体ね』


 人形を数体見比べても、全く区別が付かない。大阪も同様だろう。


 『ハァッ!!』


 前方の数体の人形達を切り払って、距離を取り、右手に力を込める。


 『流れる白光……』


 『待って、柊君!”紫音”が効かなかった。”雷吠鞭”も撃たないで!』


 大阪が僕の体勢を見て、即座にストップをかける。


 マジかよ!鎌で数体払っても時間稼ぎにしかならない。


 都合よく、みつねが援護に来てくれればいいけど、そうはいかないだろう。


 むしろ、向こうもピンチの可能性が高い。


 ”炎刃”で強引に退路を開き、まずあいつと合流しよう!


 『大阪さん、アンプルの準備を!』


 『ごめん!みつねが全部持ってる』


 くそっ、ついてねぇ!炎刃を使っていいのか?


 ガス欠になる前にみつねと合流できるか?


 どうする?まだ、撃てない……。


 『はぁっ、はぁ~……』


 息が上がり、脇腹に鈍い痛みを感じる。


 僕は、腕に飛び散った汗と、人形の液体を拭う。気持ち悪い。


 ふと、鎌を持つ右手を見て気づいた、


 斬った人形はほとんど感触、手ごたえがない。


 ゼリーに近くて、固体だが、液体の性質も持っている。


 フロアの床も”泥のような”液体で濡れている。人形から零れている?


 溶け……て、待てよ……。


 一階の空調は稼働していたな……ならば!


 『大阪さん、水だ。スプリンクラーを撃って!』


 『えっ?OK!タァン!タァンッ!』


 大阪は、即座に意図を理解して、反応してくれた。


 僕は、ボタンを、壁際の火災報知器をテケテケで乱暴に殴る。 


 『ジリリイリリリリイ……!!』


 けたたましい音と共に、スプリンクラーが作動し、


 辺りは一面、スコールさながらになる。


 水の勢いで人形達は表面を削られていくが、一体、白い肌を見せたヤツがいた。


 あいつが、本体!


 『大阪さ……』


 『死ねっ!ボケッ!!タンッタァンッタンタンッ!!』


 僕が言い終わるよりも早く、大阪が連射していた。


 被弾した人形は、その本体をむき出しにして、床でのたうち回る。


 『Fuckin!! %$('YH%%T……』


 スプリンクラーが徐々にその勢いを止めていくのを待ってから、


 僕は、溶けかけた人形を手でどかして、白人に近づく。

  

 『Don't attack! I never $%$E$ER…… 』


 もはや敵意はないのか、白人は手を挙げて何か叫んでいる。


 足からの出血が見て取れるんで、命乞いだろう。


 聞き取れないんだけどね。


 僕が対応に迷っていると、大阪が一瞬でその距離を縮め、


 『Bullshit!!(ナメンなっ!)』


 高速飛び膝蹴りが白人の顔にめり込む。 

  

 数度の痙攣後、彼は動かなくなった。


 大阪さん、英語しゃべれるんすね。すごいっす。


 後、気づいていないと思いますけど、濡れてブラ透けしてます。


 ブラックとピンクのコンビネーション、似合ってますよ。


 すっごいエロイっす。

 



 気絶した相手を、尚も殴り続ける大阪をなだめ、


 レクリエーションエリアを出ると、警報は鳴ったままだった。


 『あれ?スプリンクラーは止まったのに、なんでまだ鳴ってんの?』


 つーか、ちょっと臭い。あの人形の臭い?いや、違う。


 これってもしかして……。


 階段を見るとなんか赤い。ん?燃えとるげ!


 『ちょっとぉ~、柊君、やりすぎ』


 髪を拭きながら、大阪が僕を非難する。


 『僕じゃない。やべっ、みつねは?大阪さん!』


 『柊君、そのハゲ運んで、私、先導するから!』


 えっ?僕一人で?


 数秒、思案して、僕は、人質を引きずる事を決めた。


 あと、大阪さん、百鬼夜行(テラーテイル)の事は黙ってて下さいね。



 

 白人コロコロ、どんぶらこっと!


 階段を降り切ると、ちょうど、みつねが現れた。


 『おぉっ!大丈夫か?』


 『なんとか軽傷、そっちは?』


 体の埃を払いながら、みつねは肩をすくめた。


 『僕も、大阪も見ての通り。無事でよかった、トンズラするよっ!』


 『……無傷なの?凄いわね』


 僕と大阪を見て、みつねは意外そうに驚く。


 『無傷じゃないけど。まぁ、柊君の機転は効いたのよね』


 大阪がウィンクで返した。

 

 『こいつが長老教会の術者なんだ。この火事じゃ長居できない。


  運ぶの手伝って』


 『えっ?私、足ぐねったしぃ……』


 みつねは、わざとらしくしゃがんで足を抑えた。


 おい、さっき普通に歩いてきただろ。このおなご共はぁ~。


 僕は、明後日の方を向いて舌打ちする。明日は、筋肉痛確定だな。




 荷物を引きずり、なんとか老人ホームを出ると、


 『うぉ~いっ、ひぃらぎぃぃ~、おーいっ!』


 霧子が手を振りながら走ってくるのが見えた。


 ちょっとぉ~、目立つ事しないでぇ~。


 しかも、フラフラして、足取りが覚束ない。


 大丈夫?こけそうやんw


 『救援隊、来たけど……』


 僕達、3人と合流した霧子だが、


 僕の足元の擦り傷だらけの白人を見て目が点になった。


 『これ、なに?』


 『お土産』


 僕は、満面の笑みを霧子に返す。


 『建物に火がついちまった。仲間の遺体回収は難しいよね。


  火事で人目にも付き始めた。一度、ここを離れよう』


 『足柄は、すでに移送したよ。その人質もこちらで預かろう』


 いつかのヨットハーバーで見た”おっさん”が霧子の後ろにいた。


 この人達が救援か。


 『よろしくお願いします』


 『みんな、お疲れ様!今日はひとまず戻りましょ』


 司は明るく、僕らを労ってくれた。


 目的完遂とはいかないけど、まぁ、作戦は成功したといえるだろう。




 -帰路のプリウス車内にて-


 『作戦の詳細を教えてくれる?』


 司が助手席から僕を覗く。

 

 手には、i-padを持っている、報告用の資料でも作るのかな?


 早くも筋肉痛の出始めた腕を揉みながら僕は、振り返りながら話す。 


 ・ 老人ホームが敵の拠点だった事は確定


 ・ 施設内に侵入後、2班に分かれて行動開始


 ・ 柊班、介護室で血塗れのベッドを確認。なにかの樹の一部を入手


 ・ 柊班、空調室で”足柄”と遭遇。他にも遺体あり


 ・ ここで柊班、”足柄”移送の為、一度帰投


 ・ 大阪班、レクリエーションエリア近辺で敵と遭遇

 

 ・ 不意打ちにより、みつね、一時離脱


 ・ 大阪、レクリエーションエリアで戦闘開始


 ・ 柊、大阪と合流


 ・ 敵は、長老教会の術者。人形を操るが、辛くも勝利


 ・ 何者かが、老人ホームに火を放つ


 ・ みつね、レクリエーションエリアに戻る際、中庭を確認。黒薔薇なし


 ・ みつね、柊達と合流


 ・ 火事の為、退却を余儀なくされる


 『ざっとそんなところ。こいつが”銀の黒薔薇”だといいんだけど』


 僕は、司に樹の欠片を渡す。


 『C地点はどうする?結構、消耗しているし、日は改めたいんだけど』  


 『流石に連戦は無謀だわ。”長”には私から報告しておきます。


  体を休めておいて、また、連絡するわ。


  みんな、今日は、お疲れ様でした』


 その後、南草津駅でお開きとなった。




 -その夜 僕の自室-


 『くそっ、勲章が足らねぇ。利根か、扶桑か……どっちにするかな?』


 パソコンの前で顔をしかめる僕の元に思わぬ来客がやってきた。


 コツコツとくちばしで窓を叩く。


 『おっ、その恰好は久しぶりだね』


 『そうね。ちょっと、相談したい事があって』


 『スマホでよくないか?』


 『そうなんだけど……、私の場合、なんかこっちの方が落ち着くのよ。


  小さい頃からだから』


 『そっか』


 僕は、窓を開けてカラスを招き入れる。


 用心の為に窓を閉め、カーテンも閉めておく事にした。


 『OK、話して』


 『今日の話、もう少し聞かせてほしいの』


 カラスは、学習机の本棚に着地し、僕に向き直る。


 『報告した以上の事?』


 『現場の、柊君の直感を知りたくて』


 『僕の推測が混じるし、その……ちょっと違和感満載なんだけどいいの?』


 『やっぱり、感じてるんだ。私も、その、引っかかってる事があって』


 僕は、椅子に座り天井を眺めながら、違和感の元を探る。


 どうしても推測が混じるし、結論が、確信がある訳じゃない。


 そして、司からしたらよくない情報になる。


 だけど、”司”には話しておくべき事なのかもしれない。


 自問自答の後、決心して口を開く。


 『まとまってないし、時系列がごちゃごちゃでも勘弁してね。


  ”足柄”を救出する時だ。


  あいつ、僕が黒連だと名乗ったにも関わらず信用しなかった。


  ”裏切者”がいるってさ。


  更に数日前までは捕まった仲間が全員生きていたそうだ。


  つまり、僕らが突入したのは、長老教会が店じまいした直後だったんだ。


  そうそう、内部電源は生きていた。


  空調も、スプリンクラーも、火災報知器も稼働した。


  これは、嫌な推測だけど、僕らの中に内通者がいる。


  黒連ではなく、司、君の知り合いにだ。作戦の日程は筒抜けだった』


 『……』


 カラス、司はなにも話さない。思い当たる節があるのだろうか。


 黒連の裏切り者だと、遠藤の件がある。あの人、一人だけとも思えない。


 スパイの僕が非難するのもどうかと思うけど。


 メンバー内の誰かとは思えないし、思いたくないのも僕の偽らざる本音だ。


 『今、さっき、”足柄”からも同じように指摘されたの。


  身内は慎重に選べって』


 カラスは、せわしなく首を振り始めた。


 操縦者である司が落ち着かないからだろうか。


 まぁ、いい話じゃないし、話したくもないわな、普通。


 『この件、司は誰に話した?』


 『長と私の両親、やっちゃん、みつね、霧子、柊君』


 『依頼してきた長、その所属であるみつね、霧子が裏切るとは考えにくい。


  前回は凹られている訳だしなぁ。司の両親も外れる。


  大阪とも付き合い長いんだろ?


  ……


  ……おいっ!まさかっ、僕を疑ってんのか!』


 はっと気づき、カラスを指さし非難する。どんだけ信用ないんだよ、僕。


 『そんな訳ないでしょっ!信じてるわよっ!


  足柄も柊君じゃないって!


  君を、疑うわけないじゃん……』


 『……』


 気まずい沈黙が続いた。


 スパイの僕でも、信じていてほしい人がいる。


 我ながら都合のいい話、虫が良すぎるか。


 僕は、空気を換える為、話題を変え、自ら話を振った。


 『後、戦闘後なんだけど』


 『うん』


 『老人ホームに火をつけたのは誰だ?』


 『そりゃぁ、長老教会の人間でしょ』


 『なんで?』


 『なんで?って、証拠を消す為にでしょ』


 僕は、カラスの前に指を4本立てて、順に折っていく。


 『外庭、屋上、レクリエーションエリア、中庭。


  広いエリアはすべて確認したが、”黒薔薇”はなかった。


  なんで火をつけるんだ?』


 『あっ、……柊君達を倒す為とか?』


 『火の付いた時間を明確に知っている訳じゃあない。


  けれど、恐らくその時間は、僕たちは戦闘中だった。


  術者、仲間の白人は、生きていたのに?』


 『仲間ごと焼き払うつもりだったとは?』


 『にしては、爪が甘すぎるでしょー。


  戦闘後、ぎりぎりとは言え、


  術者を人質として運び出す時間はあったんだ。


  いい?もし、あの術者を放置した場合、余裕で脱出できたんだ』


 『……時間がなくて、慌てて火をつけるのが精一杯だった』


 『それは、さっきの話と矛盾しないかい?


  足柄達の処理はしている。その時間はあった。


  火をつけて建物を焼く、証拠隠滅にしても、


  僕らを殺す準備にしても時間はあった気がする。


  長老教会だって、僕たち黒連や白鞘の襲撃には備えるでしょ。


  もっと言うと、それなりの戦闘能力を有した人間を配置するはず。


  一部とは言え、集金施設、拠点のはずだろ?』


 『あの術者で十分だと判断していたとは考えられないの?』


 『う~ん、確かに苦戦したよ。けど、なんだろ、戦闘タイプじゃなかった。


  攻撃系でもなくて、防御系でもなくて……、なんか時間稼ぎの、


  足止めタイプというか……、ごめん、話がまとまらない』


 『長老教会の想定以上に柊君達が戦闘に長けていたって考えられない?』


 『そうかな~。楽観過ぎると言うか、なんかしっくりこない。


  もう、”一人”、”二人”刺客がいてもおかしくない気がする。


  ガチンコの攻撃タイプみたいなさ。』


 『そいつが”裏切者”?』


 『姿も見てないし、本当に想像にすぎないよ。


  僕らを倒すにしては、なんか足りないような。


  長老教会にしてもイレギュラーな何かがあったのかもしれないけどね』


 『う~ん……』


 僕とカラスは手詰まり、頭を抱える。


 的を外している気はしないんだけど、違和感は拭いきれない。


 『……あのさ、今、外に出れる?』


 数分、うんうん唸った後、カラスがふと口を開く。


 『今から?まぁ、出れん事はないけど』


 『中央公園、分かる?』


 『もちろん』


 『来て!待ってるから』


 カラスを窓から出して、僕は着替える。


 これ以上、話しても案は出ない気がするんだが、司は何をしたいんだろ?


 ふと気になったが、特に予定もないので自転車を漕いで目的地に向かった。




-中央公園-


 中央公園。


 さほど、大きな公園ではないんだけど、夏祭り等が催され、


 この辺りでは、有名な場所だ。


 僕も昔は、少年サッカー友達とよく通っていたが、


 高校生になってからは、来てないから、久々になる。


 慣れた桜並木を通って、公園内に入ると、


 司は、一人、ぶらんこで揺られている。


 流石にTPOをわきまえたのか、半そでパーカーにズボン姿だった。 


 自転車のまま、真横まで近づいていく。


 『ヘイッ!おまちっ!』


 『うん』


 少し和むかと思って、ボリュームを上げて話しかけたのに、


 司は浮かない顔のままだ。


 『……』


 『……』


 重い空気に僕は、話しかけられないでいた。


 司は、空を、月をぼーっと眺めている。


 『変な事、聞いてもいい?』


 『もちろん、その為に来たんだから』


 司は、僕をまっすぐと見て、一呼吸置いた後、話し始める。


 『スパイ、怖くないの?』


 思わぬ質問に驚いたが、少し思案して僕は、素直な気持ちを告げる。


 『すっげぇ、怖い』


 『ごめん、そうだよね。ごめん』


 小さな声で答えが返ってきた。


 『あぁっと、その、嫌味じゃないんだ。事実、僕の気持ちなんだけど。


  まぁ、悪くないよ。いろんな人に出会えて、支えられて。


  その、騙してる、えっと、全て話せてないんだけどさ。


  達成感、やりがいはあるんだ』


 『覚悟、してるんだ』


 『覚悟って言う程の物じゃないと思うけど』


 『私が誘っておいて、私が言うのは……』

 

 司は下を向いてしまう。


 ぶらんこのチェーンの音だけが聞こえてくる。


 『仲間、友達、愛弟子だろ?


  話してくれよ。どーしても無理なら、今日じゃなくてもいいよ。


  明日でも、明後日でもいいさ』


 いつか、平田に言われたセリフだった。


 話し終えてから、ふと気づき、少し照れてしまう。


 僕は、照れ隠しに自販機の前に移動する。


 『リクエストは?』


 『……プレボス』


 『あいよ』

 

 僕は、缶を手渡しして、

 

 話しやすいよう司の正面の手すりに腰掛ける。


 コーヒーをちびちびと飲みながら、司はぽつりぽつりと話し出した。


 『柊君には先輩ぶってたけど、私ね、実戦にはほとんど出た事がなくて』


 『まぁ、戦闘タイプじゃないし。


  気にする事でもないっしょ、適材適所だと思うよ』


 『あの、ごめん。


  そういう話じゃなくて』


 『いいよ。聞いてる。思いついた順に話してよ』


 『……さっきの裏切り者の話。


  その、私の母親かもしれない』


 『んな、バカな』


 僕は、一蹴して、鼻で笑う。


 『私の家の話。


  鳥谷は、父が仕切っているの。子供は4人いたのね。


  私の姉、下に妹が2人』


 『いた?』


 過去形と言う事は……容易に次の言葉は推測できる。


 『姉とイッコ下の妹は、死んじゃったの。


  それで、私、今の母と血が繋がっていなくて、一番下の妹とは繋がってて』


 『……その、お父さんが再婚された』


 『うん』


 他人の家庭事情程、やっかいで踏み込めない物はない、


 知ったところで何もできないし。


 15の僕でも理解できる不可侵領域だ。


 『それで、私の母親は、妹を跡継ぎにと。


  私に……死……い、いなくなって欲しいんだと思う』


 司は、言いかけた強い言葉を辛そうに言い直した。


 身内に狙われる恐怖、不信感によるストレスは僕にも分かる。


 互いに高まる猜疑心。だが、表向きは笑って済まさないとマズイ。


 睡眠障害、食欲不振等の体への実害以上に心にダメージがくる。


 普段のトゲトゲしさもその裏返しと考えるのは、僕の考え過ぎだろうか。


 当然、”裏切者”の話には敏感になる。


 僕をスパイとして送り出した事がここに来て更に自己嫌悪を募らせる。


 難儀な職業の悪循環。


 窓口の為、多くの情報が手に入るが、実際全てに対応できる訳じゃない。


 全てにベストが尽くせるはずもない、多くの物を抱えて、多くの物を失って、


 それがこれからも続く。


 そんな中で、司を僕を頼っている。


 だから、”スマホ”でもなく、”カラス”を通してでもなく、


 こうやって、直に、一対一で話している。


 全てを受けとめれなくても、少しでも、彼女の思いに答えたい。


 誤魔化さず、茶化さず、彼女の疑問に答えよう。僕なりの答えを。


 『……えっと、まず、その話を鵜呑みにしてさ。


  司の母親が裏切者だったと仮定しよう。


  納得いかない、計画がずさんすぎる。


  目的は、”司”だ。


  司は、戦闘があった老人ホームに”突入していない”。


  いなくなってほしいのであれば、戦闘に巻き込むのが定石でしょ』


 僕は、コーヒーを一気に飲み干し、ゴミ箱に投げる。

 

 カンっとふちに当たるものの、アルミ缶はなんとか中に納まった。


 『それは、たまたま、待機してたから』


 『”たまたま”じゃあない。


  メンバーは、僕、大阪、みつね、霧子で司だ。


  これはお母さんも知ってるはずだな?


  更に鳥谷家の人間だ、司の特性も当然知ってる。


  待機するであろう事は容易に想像できる。


  正直に、嫌な言い方をしよう。


  もし、”僕”が司をターゲットにするなら、


  老人ホームで戦闘を起こし、前衛を陽動。


  司、キミが一人になった所で襲撃する。


  僕が足柄を救出し、霧子と一時的に戻るまでの間、司、君は一人だった。


  この千載一遇のチャンスを逃す手はないと思う。


  ここでアクションを起こしていない以上、司の母親の線は消える。


  まぁ、思うところはあるかもしれないけど、今回は関わってないと思うよ。


  僕は』


  『……そっか、そうだよね。ありがと』


 両手で缶を握り、下を向いていた司がやっと顔を上げてくれた。


 月明かりは頼りなくて、前髪で顔は隠れている。


 少し笑ってくれた気がしたのは、僕の見間違いか。


 僕の思いは伝わっただろうか。少しでもよくなっただろうか。


 『実は、僕も誰か裏切ってないかと考えたんだ。


  でも答えは出ない。


  誰を犯人に仕立て上げても、チャンスはあるのにアクションを起こしてない』


 『私のメンバーは、全員シロ?』


 心なしか、”私”のところにアクセントがついていた気がする。


 笑顔で答えないとな。


 『だと思う。


  黒連も、その結論に至ったから、キャリアが浅く、現役スパイの僕を疑う。


  全員シロなら、その中で一番可能性が高い人間は誰?ってさ。


  ムカツクけどw』


 『Pipipipi……』


 司のスマホが鳴った。


 僕は手でその電話に出るように促して、司と少し距離を取る。


 『もしもし、司です。


  はい、大丈夫です。すみません、出先です』


 仕事か……司から視線を外し、空を仰ぐ。


 先程は見えていた月が今は雲で見えない。


 雨になるような気はしないんだけど、ずいぶんと雲が多いな。


 『えっ?本当ですか?


  はい。分かりました。メンバーを集めます。


  了解しました。失礼します』


 『新情報?』


 司が丁寧に電話を切るのを待って、話しかける。


 『うん、ちょっと信じられないんだけど』


 司は、首をかしげた。


 『信じられないって言うのは?』


 『”ピエリ”。あの”ピエリ”が次の襲撃地点』


 『へっ?あの、守山だっけ、大橋の所の?』


 『うん』


 『潰れたんじゃないの?』


 『まだ、潰れてないよ。


  一部、長老教会系の企業が権利を持ってて使ってるみたい』


 『ほんとにぃ~?


  信じらんねぇー。だって、いくつか店が入ってていろんな企業、人がいてさ。


  その、人目に付くでしょ』


 『最近、”ピエリ”行った事ある?』


 司が僕の顔を見て苦笑する。


 『ない。開店直後に行ったくらい』


 そもそも、オタクの僕が行く必要性のある場所ではない。


 開店直後も母親に荷物持ちとして、強制的に行かされただけだ。


 渋滞ありぃーの、人ごみありぃーので散々だった。


 『そう……良いものを見せてあげる』


 司は、ニヤニヤしながらスマホをいじる。


 目当てのページはすぐ見つかり、画面を印籠のように僕に見せつけた。

  

 『ネオ廃墟』と記載されたページがそこに映っていた。


 『すっげぇ、マジでガラガラやん』


 画面をスクロールさせて、いくつか確認してからスマホを司に返す。


 『で、いつ行く?』


 『……』


 司は黙っている。


 『どした?都合悪いの?』


 『……閃光蓮の札、私、3枚持ってる。柊君は?』


 『僕は、2枚。』


 ジーンズのポケットを探り、確認する。間違いない2枚だ。


 朝の件もあり、所持したまんまだ。


 『裏切者の話は終わってない』


 『そうだね』


 『柊君、誰にも言ってないよね』


 『今、聞いたところですし、当然』


 『私と柊君、電話してきた父と、情報元しか知らない』


 『そうなるね』


 あれ、この空気……もしかして!


 『ごめん!二人で行きたい!


  私の仲間は裏切ってないって証明したい!』


 やっぱり(白目


 『待って!気持ちは分かるけど、危険すぎる!』


 『その……破壊できなくてもいいの!今なら!』


 『危険だって!


  司、キミは戦闘タイプじゃない。自分でもさっき言ったよね?


  僕もそこまで強くない。守りきれない!』


 『自分の身は自分で守れる!使えないけど、黒連、白鞘の術は知ってる。


  対応できるわ』


 『今朝の長老教会の術者には大阪だって手こずった。


  僕らとは、体系と言うか、傾向と言うか、違うんだ』


 『銃だって使える!』


 『今朝の相手には、最初、銃が効かなくて困ったんだよっ!』


 『でも、私の……私の仲間が……』


 司は肩で息をして、目には涙をためている。


 けれど、これは危険すぎる。Yesとは言えない。


 『やっぱ、ごめん!柊君、みんなシロだって証明したいの』


 『いや、分かるよ。その気持ちはうれしいけどさ……』


 司は、しばらく俯いていたが、ふと何かを思いつき嫌な笑い方をする。


 『……ついてきてくれなくても、私、一人で行くわよ』


 そう言うと思ったよ(白目


 僕はがっくりと肩を落とす。どーしよ、まぁ、選択肢はないけど。


 『分かった。けど、2人だけはダメだ』


 『それじゃ、意味が!ないでしょ!』


 あんた、バカなの?死ぬの?


 とでも言いたげに、司は、僕をにらむ。ちょっとムカツクんですけど……。


 少し痙攣するまぶたを抑えつつ、努めて冷静に司に提案しよう。


 そう、COOLに。


 『時間差で大阪達も呼ぼう。最初は、僕と司で侵入。


  裏切者がいるならば、ピエリにいる可能性だってある。


  黒薔薇がなければそれでよし。


  黒薔薇発見。もしくは、戦闘になりそうなら、援護をお願いしよう。


  これが条件。僕も怪我したくないし、目の前で司が怪我するのも嫌だ』


 『柊君、治癒できるじゃん』


 『過信しないで(万が一だってあるだろ?)』


 『まぁ、善は急げね。柊君、後ろに乗って。ぶっ飛ばすわ!』


 司は、先程とはうって変った笑顔で傍に置いてあるバイクにまたがった。


 嘘泣きだった可能性が微レ存。ぐぬぬ。僕の気持ちは?


 どんな気持ち?ねぇ、今、どんな気持ち?


 というか、そのバイク、司のなの?


 月明かりの下ですら、はっきりと見える鮮やかなグリーン。


 これで遅かったら、詐欺と断言できるほど、エゲツなく攻撃的なデザイン。


 素人目にも動力性能を追求したと分かる。


 そして、イグニッションと同時に辺りに響く唸り声。


 『ドッドドドドド……』


 司さん、攻めすぎでしょ。これは、ちょっとヒクわぁ~。


 ご近所迷惑にも程がある。


 司は、いつの間にかヘルメットを被り、シートの後ろを叩く。


 『早く!』


 僕は、渋々シートに腰掛けるが……、


 『僕のヘルメットは?』


 『ごっめーん、今日はない!』


 まったく気持ちのこもってない、”ごめん”、頂きました。


 『捕まるんじゃね?』


 『フリキリマス!』


 『!!!』


 司がアクセルを煽ると、族車かと思える音を周囲にばら撒く。


 ふぇぇ、こんなの聞きすぎたら、難聴になっちゃうよぉ。   


 『免許もってたんだね』


 『……まぁね』


 『おい、おまっ!』


 僕が言い終わらぬうちに、2人を乗せたバイクは中央公園を飛び出す。


 『ちょっ、ちょっ!落ちる!落ちる!!』


 景色が流れるというよりも、飛んでいく。


 曲がる度に体が左右に大きく揺れる。怖い、怖い!


 ジェットコースターなんて目じゃない。地面が、アスファルトが近い、近い!


 足元では、なんか、擦れてる音してますー!


 しかもこの子、平田より運転粗い!無免は伊達じゃねぇー。


 ブレーキ、アクセル、ブレーキ、アクセル。


 前後にも体がガクガク動く。


 目が乾く!やばいやばいやばばば。


 『わがまま、付き合ってくれてありがと』


 『何?なんて!?』


 風切り音が酷くて聞き取れない。ちょっ!生垣に右手擦った!


 『なんでもなーい!!』


 『ちょっ、スピード、もう少し、スピード落としてぇー』


 緑の風が夜の住宅地を駆け抜けていく、

   

 誇らしげに、大きな声で歌いながら。

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