82.悪の手先 その二十五 Preserved Roses (後編の始)
-大阪からの電話-
『柊君~、今、大丈夫ぅ~?』
『あいよ。大丈夫』
僕は、自転車を押しながら電話に出た。
周りには、まだ学生が溢れている。部活帰りの時間と被ったからか。
『南草津駅前の焼肉屋”あっぱれ”にすぐ来てぇ。
司の奢りだから、じゃんじゃん食べて、がんがん飲めるわよぉ。
あはは~』
『僕、未成年なんですけど……』
『細けぇー事はいいんだよっ!!』
なんでこんなテンション?まさか、もう飲んでるの?
まだ、19:00なんだけど。社会人は働いてる時間じゃないの?
『柊君?私、司だけど、新メンバーを紹介したいから来てっ!』
『!!!』『!!?』
司に変わったが、相変わらず後ろは騒がしいままだ。
うーん、行きたくない。僕、こういう雰囲気苦手なんだよねぇ。
けど、新メンバー、舟幽霊の使いが来ている以上は、断る訳にもいかないし。
『分かった。今から向かうよ。
今、草津の商店街を抜けた所だから、20~30分ぐらいで』
『えぇ~、遅いっ!ダッシュ!マッハで来いやぁ!……』
『ブチッ!』
大阪の非難の途中でスマホ終了。
僕は、鞄を担ぎ直し、学生の波をかき分けて目的地に向かう。
-あっぱれ-
平日だったが、店内は盛況だ。
基本こういう所には行かないんだけど、休日だけ混むイメージがあった。
至る所で、大騒ぎしてる馬鹿がいる。立命館の大学生かな?
お酒飲んだら、偏差値も関係ないのね。そんな騒ぎ方されるとヒキますわ。
『お疲れっす』
店員の誘導に従い、メンバーがいる個室に入る。
『お疲れ様、はいっ、こっち座って』
『飲み物は?』
『ジンジャエールで』
司に促され、僕は、大阪と司の間に滑り込む。
テーブルでは、既に肉が焼かれ、香ばしい匂いが。
そして、大阪の前には、でかいジョッキにビールがなみなみと注がれている。
反対側の席には、茶髪ロンゲの女性と
黒髪ショートに銀色メッシュが入った少女が座っていた。
初めて見るこの二人が、助っ人か。
茶髪は、体育会系っぽく、銀メッシュは、内向的な感じを受ける。
『じゃあ、メンバー揃ったんで、紹介するわね。
私とやっちゃんは、もう済ませたんで。
この男の子が、柊君。今回、参戦する術者よ』
『柊 恭一です。
治療、補助系がメイン。
一部、攻撃系も保有してる。よろしくお願いします』
『よっろしくー!』
『……よろしく……です』
茶髪は、面と向かって答えてくれたが、銀メッシュは下を向いたまま。
『んじゃ、こっちね。
私が、”みつね”。紺野 みつね。
この子が”霧子”。紺野 霧子。
この間はありがとう。
あなたが治療してくれたんですってね。
助かったわ』
茶髪の女性、みつねが紹介を始めだした。
『こないだ?』
ふと思い返す。治療、茶髪と銀髪……2人……
『まさか、あの狐?』
信じられなくて、思わず聞き返す。
『Yes! 本っ当に死ぬかと思っちゃった。あの術レベルなら安心。
今回、よろしくね。ほら、霧子もちゃんとお礼を言う!
じっちゃんにも言われたでしょ?』
『あぅ……霧子です。ありがと』
霧子は、やっぱり下を向いたまま、ぼそりと話した。
オレンジジュースを抱えた手が少し震えているように見える。
人見知りする方なんだね。
普通そうだよね、初めての人、怖いよね。
僕も、基本ぼっちですよ。最近、いろんな人に絡まれてますけど。
『治療がうまくいったようで何よりだけど、戦闘は大丈夫なの?』
ふと心配そうに司が二人を見る。
『まぁ、あなた達、人間とは体のつくりが違うし。
それに柊君、ついててくれるんでしょ?
なら、保険もあるじゃない。
白鞘にも顔を出してるって聞いたから、
てっきり”ミナト”かと思ったけど』
みつねは、僕を見て微笑む。
司は、気まずそうに口をつぐんでしまった。
……ミナト?湊川のことか。
そうか、知らないんだな。どう答えようか。
『……白鞘の話は、まぁ、あまり話せない。
”ミナト”は引退したって聞いたよ』
『あっ、そうなの?気を悪くしたらごめんなさい』
みつねは、少し驚いた顔を見せた。
『気にしないで、大丈夫』
『んもぉー、辛気臭い話はなし、ナァーシ!!
新チーム結成なんだから、ぱぁーっとやりましょ。
パァーッと!!』
この空気、沈黙に耐え切れず、大阪が騒ぐ。
うーん、これじゃあ、さっきの学生達と変わらない……
『そうよねぇー!私も飲んじゃおっ!
やっちゃん、それ、ちょーだいっ。
”くノ一 紺野 みつね”
華麗に参ります!』
大阪からジョッキを受け取り、みつねは、一気にビールを流し込んでいく。
おぉぉ、すげぇ、あんなスピードで飲めるもんなの?
CMみたいに喉がごきゅごきゅ鳴ってる。
ん?くノ一?
『えっ?何?君たち、くノ一、忍者なの?』
改めて霧子を見ると
『そうだよ。シノビだよ』
オレンジジュースをストローですすり、首を縦に振った。
忍者……くノ一……だと?
僕は、もう一度、前にいる二人を交互に見る。
忍者っつーのはよぉー。
1.色気があってさー。
ふたりとも顔が悪い訳ではないが、色気は感じられない。
女子力”5”。ゴミか。
2.ボインボインでさー。
みつねは、貧乳。霧子に至っては、無だ、無!つるぺたじぇねーか。
3.露出度高い恰好でさー。
二人ともちょっと厚着じゃない?なんかそのヒラヒラな”やつ”いらないよ。
肝心の部分がなんにも見えねぇ、分からねぇ。
僕、こういう忍者、好きくないな。
視線に気づいたのか、みつねも僕を見返す。
『ん?柊君、今、すっげぇ~、失礼な事、考えてなかった?』
『ソンナコトナイデスヨー』
『なーんか、エロイ目してたよね』
口元にこぼれたビールを拭いつつ、大阪も追撃してくる。
『気を付けた方がいいわよ。二人とも。
この柊という男。ストライクゾーンの広さはメジャー級だから。
あの蟲卑雌様にも手を出したらしいわ』
『すっげ!ヒクの越えて、尊敬するわ!』
そう言いつつも、みつねは、僕との距離を取りやがった。
『……』
霧子の顔が凄まじい”しかめっ面”に変わる。みけんと鼻のしわが……
かわいい顔が台無しですよ。
『違う!誤解だよ。』
僕は努めて冷静に否定するが、
『私のところにある情報だと、
学校の保健室で事に及ぼうとしたらしいじゃない?』
こめかみに血管が浮いた司の顔。
痛ぇ、痛いよ。なんかゴリゴリなってるやん。
司さん、顔が……顔が……。
『地味系の草食男子っぽいのに、柊君、やるなぁ~』
腕を組んで、おかしな所でみつねが感心している。
おっぱい触っただけです。と弁明しようかと思ったが、
状況が悪化しそうなので辞めた。切り替えないと。
『んで。本題は?』
『あっ、柊君、逃げた』
注文のボタンを押しながら、みつねは横目で僕を見る。
『……』
『……』
『ご注文を伺いまーす!』
『ビール!ジョッキで!』
『あっ、2つで』
『以上でよろしいですか』
『ジンジャエール』
『かしこまりました』
『僕まで召集したんだから、本題にいきまっしょい!』
『……』
『……』
やっべ、滑った。滑ったのこれ?
霧子の瞳が一番冷たい。僕、ゴキブリじゃないぜ。
『その件はまた話すとして、本題に行こうぜ』
『そうね、イロイロと聞きたい事はあるけれど。
作戦について話しましょう』
渋々、司が鞄から、i-padを出し、僕らに画面を見せる。
『まず、私が収集した情報から話すわね。
”銀の黒薔薇”。通称、ブラックレーベル。
この前も話したっけ、長老教会の術。
結構な人数で発動させるみたい。大型錬金術式。
術発動後はなんらかの形状を保持。
んで、その何かから”金”になるものを取り出す。
風水、龍脈系に依存するそうよ。
外人が多数移動してもあまり目立たず、地脈的にも有利な場所は……。
”ここ”と”ここ”と”ここ”。
取りあえず、A,B,C点とします。
今も発動中のはずだから、順番に調査していきましょ。
仲間が監禁されている場合、そちらを優先して。
黒薔薇の破壊だけなら、あとで人数で押しつぶせるから。
何か質問は?』
『なんらかの形状でヒントはないの?
形がわからんと、それが”銀の黒薔薇”だと断定できないよ』
みつねが、肉を頬張りつつ、指摘した。
『その件、白鞘でも情報を漁ってきた。
発動後の形状は、大樹だそうだ。
黒薔薇……植物の名前から考えても妥当だと思う。
金ではなく、金だよ。
錬金術には程遠い、流行りのドラッグの元になるそうだ』
『さっすが、柊君。ありがと』
司がウィンクを飛ばす。
可愛いじゃねぇか。
これで、さっきの件、チャラになんねーかな。
『大樹という以上は数メートルの高さにはなるか……。
となると、建物もそれなりの高さが必要になる。
それで絞ると?』
司は、手際よくi-padを操作し、再度僕らにモニターを見せた。
『建物の高さでソートして、A地点が消える。
本命がB地点。次点がC地点』
『B地点……水口町の潰れた老人ホーム』
『OK。じゃあ、まず、そこを潰しましょ』
みつねが笑顔を見せるが、その目は笑っていない。
見た目こそ、同年代か少し年上に見えるが中身は違う。
化け狐なのだろうか。血の気が多いのか。
『あの……』
霧子がおずおずと手を挙げ、話題に入ってくる。
『何?霧子ちゃん』
『敵はどーするの?仲間の救出と黒薔薇の破壊しか、じーちゃん言ってない』
『極力、戦闘は回避したいけど、対峙した場合はやむなし。
現場のメンバー、あなたたちに任せるわ。
まぁ、こっちは喧嘩売られてるし、身内にも被害出てるし、
逃がしてやる義理はないわ。大物っぽいヤツは、人質に出来ればいいけど。
優先順位は、仲間の救出、黒薔薇の破壊でお願い。問題ない?』
『OK』『了解』『あいよ』
『んで、襲撃はいつにする~?』
自分のスマホを立ち上げ、カレンダーを見ながら大阪が話す。
『長からの依頼期限にはまだ余裕があるけど。
B地点に対しては、今週の土曜日 早朝5:00に攻撃開始。
そうね、南草津駅前ロータリーに4:00集合でいい?』
『はいは~い』
『B地点が空振りだった場合、同日24:00にC地点襲撃』
『OK』
『じゃ、今日の打合せは終了。
みんな、グラス持って!
作戦の成功を祈ってぇ~』
『乾っ杯~!』
食事を開始して1時間程経つが、みつね、霧子の食べるペースが落ちない。
食べる、食べる。肉、肉、肉。
あっ、おいっ、それ、まだ焼けてな、行ったぁ~!
僕の横では、大阪が完全に活動停止。
司は、デザートのパフェをほおばっている。
『つかぬ事を聞いてもいい?』
『はに?ひってひって!
(おそらく、”何?言って、言って”と言ったんだと思う)』
みつねは、口いっぱいに肉をほおばったままだ。
『(食べながらしゃべるんじゃない!)
君たち、狐な訳じゃないですか。
油揚げとか、きつねうどんとかの方が好きなんじゃないの?』
『はぶぶららげもふきっ!!』
霧子、満面の笑顔だが、なんと話したのか全く聞き取れなかった。
お口からたれ、こぼれてます事よ。ちょっと可愛いぞ、この子。
ごっきゅん!
みつねは、口いっぱいの肉を一気に飲み込み、おしぼりで口を拭く。
ちょっと、その仕草、エロイな。ぐっときた。
『えっとね、それは、人間の思い込みだよん。
まぁ、油揚げも好きさ。
でも、狐、私たち種族全員が好きという訳じゃないの。
一番、好きな食べ物でもないよん。
柊君だって、人間だって、日本人だってそうでしょ?
日本人は、大抵、”米”が好きよね。
でも、”米”が一番好きという訳じゃないでしょ?
中には、”米”が嫌いな日本人だっているんじゃないかしら』
『まぁ、言われてみれば、確かに』
なるほど、やっぱり個体差というのがあるんだ。
そりゃ、毎日、天下一品ラーメンやココイチカレーではきついしねぇ。
司が足を軽く蹴ってきた。
テーブルの影にある彼女のスマホにはこう記載されている。
『予算オーバー。お金貸してくだちい』
僕は、今日一番のしかめっ面を司にお見舞いした。
-水口町‐
早朝、僕らは、大阪のプリウスで目的地に向かう。
のだが、いかんせん後部座席が狭い。僕、みつね、霧子。
そして、おなご達は、寝てるでゴザル。
合流した時点で、みつねは、うとうと、霧子に至っては、ベンチで轟沈してやがった。
今から作戦だろ?なんで寝れんだよ。どんだけ肝っ玉すわってんだよ。
まぁ、いい。そこまではいい。
寝顔もかわいいし、いや、よくない!(反語)
問題は、僕の左肩が冷たい事実だ。濡れている。
左目で確認したが、霧子がよだれを産出している模様。
繰り返す、霧子がよだれを産出している模様。オーバー。
可愛いけど、こいつは頂けないぜ!この野郎。
『2km先を左折で目的地周辺です。』
ナビゲーションの合成音声で2人は、目を覚ました。
『司っち、あたりだよ。居る』
みつねは、あくびをしながらも、力強く断言する。
『もう、分かるの?』
司が驚くのも当然だ。臭いなのか?
後部座席の窓を開け、霧子も鼻をスンスンと鳴らす。
『うへぇ~、居るね』
『まだ、ちょい先だぜ』
『外人は臭いがきついから分かるよ』
『長老教会の人間とは限らないんじゃないか?一般人かも』
僕には、当然分からない。気配というか、予感もしない。
『うまく言えないけど、分かるの。絶対、一般人じゃないよ』
霧子も言い切った。
さっきまで、よだれ垂らして寝てたとは思えないほどはっきりと。
『じゃあ、そこ!そこの空き地にプリウス止めようぜ。
司は留守番として、どういうメンツで行く?』
『偵察とするか、いきなり本番とするか……』
司がしばし考え込む。
『まぁ、みつねも霧子も感知したし、一気に決めちゃいましょう。
私は、カラスで外側から監視。なにかあれば互いに連絡を!』
『了解』
プリウスから荷物を出し、手早く準備、僕らは、老人ホームに向かう。
-潰れた老人ホーム‐
『事前に見た資料より大きく見えるね』
周囲と建物を交互に伺い、大阪が素直な感想を口にする。
僕も同意見だ。
外観上は、リフォーム等を施した後はないが、明らかに大きく感じる。
そして、誰かに見られている感じも受ける。敵意のようではないんだが……
『流石に正門からは入れないし、どうする?』
『資料にあった、従業員口か西口のどちらから行こう』
僕は、スマホで建物の見取り図を立ち上げ、メンバーに見せる。
『そうね、先手必勝で”銀の黒薔薇”を破壊しちゃいたいし、分かれて行こ!』
みつねは、指でVサインをつくる。
ん?まぁ、いいか。
『僕はいいけど、二人は?』
『OK』『いい』
『じゃあ、2班に分かれましょ。
単刀直入にやっちゃんと柊君、”強い”のはどっち?』
『柊君』
大阪が僕を指さす。
『お互いをカバーしあうって事で、私とやっちゃん。
柊君と霧子の2班に。私たちは、従業員口、柊隊は、西口からよろしく』
『まぁ、妥当かな。じゃぁ、柊君、後で』
『あぁ、気を付けて。電波は来てる。なにかあったら連絡を。』
『了解~』
2人が従業員口に入るのを見届けた後、僕と霧子は西口に向かった。
『うへぇ』
霧子が鼻をつまんで、顔をしかめる。
『ん?どした?』
僕は、念の為、グロックに初弾を装填し、彼女の元へ向かう。
『なんか、ひどい臭いがするよぉ。鼻がもげそう』
『ほんと?』
周囲を確認するが、たき火等の煙はない。
僕には、なにも感じない。
『一旦、引き返す?大丈夫?』
『だ、大丈夫』
そう言いながらも、霧子の目は涙でうるんでいた。
大丈夫か?本当に。
僕は、西口に向かう途中で確信した。
4年前に潰れたはずのこの老人ホーム。
再開発の目途が立っていないはずのこの場所に”何者”かが出入りしている事を。
敷地内にタバコの箱が捨てられている。
ほとんど汚れていない。コンビニではあまり目にしない銘柄っぽい。
吸わないから、断言はできないけど。
更にいくつもの足跡、僕と比較して、29~30cm?
大柄な人間、日本人にしちゃ、大きすぎる。
外人でほぼ間違いない。
ホームレスが寝床にしているなら、ありがたいけど、そうじゃないだろう。
僕は、心臓の鼓動が早くなるを感じた。
そこで肝心な事にやっと気づく。
いきなり、本命を引けるとは思ってなくて聞けてなかったんだ。
『ねぇ、霧子はどんな能力を持っているの?』
『隠れるの得意!』
霧子、渾身のドヤ顔。
……いや、親指を立てられてもさ。
『そのさ、攻撃系は?』
『攻撃はみつねちゃんが得意です!』
やべぇ、もしかしてだけど……
『なるほど。で、霧子ちゃんは?』
『走ったり、隠れたりするのが得意です!』
こいつ……攻撃系持ってないんじゃないの!!
待て、パニックになるな。落ち着け、恭一!
『攻撃……できるよね?』
『一応、武器持ってきたけど……』
霧子は、リュックサックからおずおずと、小さな爪のついたグローブを出す。
一応……か。つーか、武器は装備しときなさい!
ゼロではないが、当てにはできん。期待した僕がバカだった。
みつねの”カバーしあう”という意味がやっと分かった。
ちくしょう、ハメられた感が拭いきれん。
身体能力が低いという訳ではなさそうだが……
『よしっ!霧子は、周りの気配、臭いをしっかり感じ取って下さい。
捕まった仲間とか、敵の外人とか。そして、僕に教えて下さい。
敵とバッタリ会っても、攻撃しなくていいよ。
極力、僕から離れないで。
”命を大事に”行こう。いいね』
『分かりました!隊長!!』
背筋を伸ばし、敬礼する霧子。
緊張感ないな。
こないだも足、切り飛ばされてたしな。
”プレパ・レイド”、”慈恩”があるから、余程、大丈夫だと思うけど。
戦闘は避けるに越したことない。
想定では、まず、グロックで牽制。
次に”閃光蓮”からの、とんずらで行こう。
-西口‐
ゆっくりと扉に手をかける。
まわりに監視カメラ、センサー等は見当たらない。
人影もなし。
少しづつ、力を込めるとドアノブは簡単に回った。
ブザーもならない。
右手にグロックを構え、ゆっくりと中に入る。
通路は、きれいなままだ。清掃されていたのだろう。
僕らは、端をゆっくりと歩いていく。
後ろから付いてくる霧子の歩き方がひょこっ、ひょこっとしたリズムで可愛らしい。
狐だった頃の名残だろうか。
”銀の黒薔薇”。
大樹を設置できそうな場所は、4つ。
外周の庭 : 先程、確認したがなにもなかった。
中庭 : 建物の内部。吹き抜けのエリア。
植物ならば、日当たりがいい場所を選ぶだろうか。
屋上 : 外から植物が見えたが、”黒薔薇”とは断定できない。
レクリエーションエリア : 小さな体育館といったところか。
大樹を設置するには高さが少々足らない気もするが……。
チカチカッ。
スマホにメッセージ、司からだ。
『”屋上”は、異常なし。外人なし。黒薔薇なし。
外周の庭もハズレ。中庭とレクリエーションエリアよろしく』
返信を送る。
『柊班、中庭をあたる』
『みつね、レクリ行きます』
マップを確認、中庭へは通路で大回りする必要がある。
と、いうよりも、この建物、おかしくないか?
移動ルートが相当不便で”じじばば”向けじゃないぜ。
デザイナー住宅って言われたら、まだ納得できるけど。
『!!!』
老人ホームが目的じゃない?
スマホでグーグルを立ちあげ、この建物の履歴を順に追っていく。
……建てられて、開業してからすぐ潰れてる。
数か月だ。普通おかしいだろ、計画的なんだ。
くいっ!くいっ!
霧子が夢中になってる僕の裾を引っ張る。
『どした?』
『血の臭いがする』
スマホをポケットにしまい、グロックを握りなおす。
『いつから?』
『ちょっと前』
『大阪達かな?』
『みつねの匂いじゃない。ちょっと変』
霧子は鼻水をすすり、首を傾げる。
戦闘になったのならば、なんらかの合図があるはずだ。
銃声や振動はない。僕ら以外という事か。
『どこからか分かる?』
『上からと、この階のあっち、奥の方』
霧子が指さす先には、いくつかの部屋と空調室があるはずだ。
どうする?中庭か?血の臭いか?
銀の黒薔薇か、仲間か。
……
『ゆっくりと1つづつ、部屋を見ていくよ。
戦闘になったら、霧子。君は、今来た道をダッシュで戻り司に知らせて。
いいね、全速力で戻る事。僕も、時間稼ぎして、すぐ後を追うから』
『……分かった』
霧子は、小さくうなづいた。
-介護室 12-
霧子を数歩後ろに従え、引き戸をゆっくりと開く。
反応なし。音なし。気配は……感じられないが、
ここまで来ると僕でもわかる。
血の臭いだ。中から来ている。
半歩、身を出して、中を伺う。
早朝、西向きの部屋という事もあり、薄暗く部屋のすべては見えない。
ベッドが3つ。人影はなし。
ベッドがやけに黒く見える。なんだ?
グロックの照準を合わせ、ゆっくりと近づいていく。
『なんだ、これ?』
ベッドを黒く染めているのは、おそらく血だろう。
そして、髪の毛のような物が大量に付着している。
他のベッドも同じ状態だ。髪の毛にしては、臭いがきつく、
触った感じでは固い気がする。
『人じゃない、狼だよ』
少し悲しそうに霧子がつぶやく。
ここで監禁、なんらかの拷問にあったのか……
ベッドの足元には、貨物固定用のロープも転がっている。
『霧子の仲間の誰か分かる?』
『……』
霧子は、無言で首を横に振った。
この件、早く片付けないと被害が……ヤバい。
『柊、これ』
霧子がベッドと備え付けの器具の脇から何かを拾った。
『ん?樹かな?』
太さ2cmほどの樹の幹、欠片だった。
確かに植物だが、”黒薔薇”かどうかは分からない。
熱帯魚用の流木です。
と言われたら、『あぁ、そーですか』と流してしまいそうだ。
『一応、持って帰ろう。何かのヒントになるかも』
御門野さんとの約束もある。
僕は、樹の一部をへし折り、欠片を自分のポケットに
残りを霧子のリュックに入れる。
『次の部屋に行こう』
汗でべたつく右手をズボンで拭いて、グロックを握りなおす。
残りの部屋は、空振りだった。
僕らは、空調室の前に立つ。
大阪、司からの連絡はない。
-空調室-
介護室とは違った金属製の扉。
触るとヒヤリと冷たく、心臓の鼓動がまた早くなる。
僕は、意を決して、ドアノブを捻る。
ギッギギ……軋み音ともにドアは開いていく。
『うっ!』
強烈な臭いに顔が引きつる。
なんとか、吐き気を我慢して中に踏み出す。
淡い非常灯の元で目を凝らすと、見たことのある狼タイプが数体横たわっている。
中には、原型を留めていない物もいる。
遅かった……
『霧子……入ってこなくていい』
『……ここで待ってる』
トーンの落ちた声。
きっと、臭いで分かってしまったのだろう。
それでも、この景色を見せるのは、心が痛む。
グロックを握りしめ、用心深く奥へ進む。
まだ、空調を使用しているのか、設備からは駆動音が鳴り続けている。
気配は……この臭いで集中力が……。
”プレパ・レイド”をスタンバらせておかないと。
四方から、ゴゥンゴゥンとうるさいな。
『珍しい客だな』
『!!!』
僕は、設備を背中にして、声の方にグロックを向ける。
人影はない。攻撃も来ない。
ドックン!ドックンドックン!
ドックン、ドッドドド……
設備の音より、心臓の鼓動が大きくなる。
『はっ、はっ、はっ……』
どこだ、どこにいる。
右に、左に照準を合わせる。
2,3発、威嚇するべきか?
『そのような物を使わずとも、私はもう死ぬさ。知ってるだろ?』
生存者か!
僕は、グロックを腰に戻す。
『黒連の術者だ。”銀の黒薔薇”の破壊と、仲間の救出に来た。
まだ、息があるんだな?治療できる!どこにいるんだ?』
『……』
今度は、返事がない。どういう事だ。
『答えてくれっ、救助に来たんだ』
『……』
なんで答えない。瀕死の状態じゃないのか?
信用できないのか。
仕方ねぇ!
一番近い位置にいる狼から触る。
血の臭いにむせるが、目を見て、首筋、胸近辺に手を当てる。
瞳孔反応なし、鼓動……なし。
次!
目、反応なし、鼓動…なし!
次!!
3人目に触れようとした時、
『救助隊にしては、手際が悪く、裏切者にしては芝居が掛かりすぎだ』
少し離れた所で狼が立ち上がろうとしている。
『生きてんなら、早く返事しろっ!』
額の汗をぬぐい、駆け寄る。
腹部がなにかで抉られている、後足部は、痙攣。
麻痺かなにかか?自力で歩行は困難か?
『まず、食べ物と水』
腰のサイドバックから、乱暴に中身をぶちまける。
『食べれそうなら食べて。すぐに応急処置をする!
すまん、そっちの設備に体重をかける体勢に!
慈恩!!』
腹部の傷、出血を防ぐ。足までは、治療が回るか?
一度、司に合流だな。
薄暗い室内で慈恩の光が淡く輝く。
……
設備の音だけが鳴り続けた。
『黒連の術者と言いながら、白鞘の術を使う。
変わったヤツだな、キミは』
狼は、力ない瞳で僕を見た。
『イロイロ訳ありでね。詳しくは聞かないで。
他に生存者は?』
『私が最後だろう。ほんの数日前までは、皆生きてたよ。
拘束はされていたが』
『あんたは大丈夫だ!重傷だが、致命傷じゃない』
『大した自信だね』
『こんな身なりでも、結構救ってきた実績がある!
元気出てきた?せめて、水だけでも飲んで!』
ペットボトルを開け、狼の口元に置く。
狼は、器用に口で咥え、あっと言う間に飲み干していく。
なんとか腹部の傷は塞いだが、脚部はどうするべきか。
『足は構わないよ。歩けなくはない。
ここで滞在するよりは移動した方がいいだろう。
失礼、名乗るのが遅れたね。
”足柄”だ。
君が噂に聞く、鳥谷の懐刀だな。助かったよ』
『大した事ないよ』
僕は、苦笑し、ほほを掻いた。懐刀、悪くない響きだ。
『まず、ここを出よう』
入口のドアを開くと、霧子が体育座りしていた。
『柊、遅いよぉ~。うわっ!狼だ!』
顔を上げ、僕らを見た途端、霧子は、飛びずさった。
『大丈夫、仲間だって。一度、司のところに戻るよ』
説明する僕と、横の足柄を交互に見る霧子。
その瞳には、不信感と、若干の怯えが感じられた。
『……うん、分かった』
と、口では言うものの、霧子は落ち着きなく、僕らと距離を取る。
『あのねぇ~、霧子……』
『よい。我々とて、仲の良し悪し。天敵もおる。
だが、今は事態が事態ゆえ、同行してもらいたい』
足柄は、少し頭を下げた。
『うん』
ようやく、霧子も僕のそばに来る。
スマホでメッセージを送る。
『生存者あり。一度、司のところに戻る』
『ナイス!待ってます』
『行こう!』
僕らは、足早に来た道を戻る。
一般道では、足柄が目立つかと思われたが、
早朝の思わぬ利点で杞憂に終わった。
-プリウス‐
『お帰り!後部座席に乗って!』
足柄をシートに誘導し、司は僕に向き直る。
『お手柄!流石、私の自慢の右腕!!』
上機嫌だ事。
『ありがと。けど、救えなかったメンバーもいる。
せめて、運んでやりたいけど、4人じゃ無理だ。
別働隊を呼んでほしい。
”足柄”、その狼な。応急処置はしたけど、足にまだ傷がある。
早めに長の元へ』
『今、手配中よ。
これで、やっちゃんが”黒薔薇”を破壊できれば万々歳。
霧子もお疲れ』
『あい』
鼻をかみながら、霧子も笑顔でうなづく。
『PiPiPi!!』
司のスマホが鳴る。
『やっちゃんからだ。破壊完了かな?』
『もしもー……』
『ギャギャッ!!
ヤバい!!助け!!タァッーン!!$%#&!!』
銃声!!
『!!!』
司の顔が一気に変わる。
『どこ!?』
『レクリ……!ガチャン!!ツー、ツー……』
『柊君!』
『分かってる!霧子、司とここにいろ!救援が来るまで動くな!!』
飲みかけたペットボトルを投げ捨て、僕は、再度走る。
『”鋭針装”!!』




