81.悪の手先 その二十四 Preserved Roses (中編)
今日はなんて日なんだ。
ラッキースケベと思いきや、その後は、プレッシャーの嵐。
もぉ、ストレスで下痢が……、お腹痛い。
僕は、桜との約束を果たしただけなんですけど!
でも、桜さん、細身なのに、意外におムネが……ステキですよ!
これって、ビンビンにフラグ立っているんじゃねぇの?
もしかして、今年、遂に僕は大人の……でへへ。
帰路の自転車のスピードが自然に上がっていく。
でへへへへ。
人生、悪くない!つーか、僕、勝ち組!リア充!!
玉川中学前の登坂ですら、今の僕は、止められない。
立ちこぎで一気にトップスピードまで持っていく。
おぉっしゃぁぁぁ!!
よし、登り切った!
後は、下り坂の追加スピードを利用して……
『やっちゃーん、ブゥラストォー!!』
猛スピードで視野の狭い僕を何かが強襲する。
ガッシャァン!
自転車ごとひっくり返り、僕、沈黙。
カラカラカラカラ……
車輪が回る、回る、虚しく回る。
同じく、まだ回り続ける自分の頭を必死で立て直す。
何の……誰からの攻撃だ?
いや、分かってる、分かってるさ。
こんな攻撃をしてくるヤツは、一人しかいねぇ。
あの女、大阪だ。
『てめぇ!毎度毎度、攻撃してくんじゃねぇ!
こっちは、仕事帰りで疲れてんだよっ!』
『こっちだって、仕事でしょーが!
ギャーギャー言わず、ついて来いっ!
キン●マ、ついてんの!!』
なんで、あんたが僕よりキレてんだよ……ヒクわ。
『でかい声で下ネタぶっ放すんじゃねぇ!
待てって、すぐ、そこが家やん。シャワーをぁぁっぁぁ~。』
大阪は、懇願する僕の胸ぐらを掴み、強引に引き摺って行く。
こんなアホなどつき漫才するもんだから、
玉川中学の学生が僕らをガン見している。
おかしいよね。そりゃ、おかしいさ。
プリウスの助手席に詰め込まれながら、一人顔をしかめる。
『後部座席に買った服あるから、着替えちゃって。
変装するでしょ?』
大阪は、運転席のシートベルトを締めながら、後ろを指さした。
『サンキュー。』
こういった気配りをもう少し、他の事に使えないだろうか。
ふと、そう思ったが、僕は、置いてある服を見て絶句する。
なんだ、この……センスは?
お兄系とでも言うのだろうか。
髑髏やら、派手なプリント、ラメ付きときた。
あと、この生地、コットンとかじゃないよね。ツルツルにも程がある。
『これ……僕のですか?』
『ん?適当に選んだから、サイズは、ちょっと合わないかも。
まぁ、いいっしょ?』
いや、サイズではなくだな……これは、ないだろう。
目の付け所がSHARPすぎる。
僕は、数秒にらめっこするが、服が変わる訳もなく、
覚悟を決めて、ホストの普段着に手を伸ばす。
うぉう、普段着ない性か、なんかチクチクするぞ、このTシャツ。
『今日は、何の任務?治療?』
『えっと、2つの依頼があるみたい』
大阪は、前を向いたまま、指を2本立てた。
『依頼?』
久々に聞く、その言葉。
『人運びや物運びって事?』
『ううん、荒事、戦闘も込みっぽい?
私も聞いてなくて、これから聞きに行くのよ』
『戦闘?マジか?!
目立っちまうし、白鞘とは戦えんぜ!』
『大丈夫、流石に白鞘と、あなたをぶつけないだろうし。
記録にも残さない』
『そこらへん、頼むぜ。
高橋……光田先生には何も言われてないんだが……』
『光田さん、今、別件で忙しいみたい。
でも、柊君の事、すっごい気にかけているわ。
無理はさせたくないし、単独任務は厳禁って。
いい上司、持ったわね』
『ん?そうだね』
プリウスは北上、琵琶湖大橋を越えてすぐ、ピエリ守山の駐車場前に止まった。
『あれ?ここ、潰れたんじゃね?』
僕は、学生服を後部座席に投げて、周りを見渡す。
やはり、人はおらず閉店しているようだ。
『違う、違う。司を乗せんのよ。あの子も学生だから』
大阪は、笑って、ハザードランプを点滅させた。
まぁ、背格好から、僕と同世代だとは思っていたが。
司……あいつ、巫女姿でここまで来るんじゃないだろうな。
夕暮れとは言え、流石に目につくぞ。
何気なく、スマホでYahooニュースを見る。
ワールドカップにAKB。
相も変わらず、世間は平和だ。僕の周りは、こんなに激変したのに。
いや、今も状況は刻一刻と変わっていて、その情報が流れてこないだけか。
あっ、来週から、艦コレのイベントだ。バケツ確保と電探開発しないと。
『ごめん!遅れた!』
後部座席が不意に開き、女子高生が乗って来た。
『お疲れぇー。じゃぁ、行くよー。シートベルトしてねー』
大阪は、何も気にしていないようだ。
待て。まてまてまて。こいつ、誰だ?
『おい、この子誰だ?』
僕は、JKを指さし、大阪を見る。
『ちょっ、酷くない?あんた、師匠の顔を忘れたの?』
名も知らぬJKが、僕のおでこを指でつついてくる。
師匠?何言ってんの?この娘は……
目の前のJKを凝視する……
ダサい黒縁のメガネ。
後ろで2つに分かれた三つ編み、髪の量が多いのか太すぎる。
すごく……大きいです。
紺色のださい制服、田舎もん全開だわ。
……
まさか……
『お前、鳥谷か!』
『誰だと思ったのよ!
単なる一般人が乗ってくる訳ないでしょ?
あんた、頭、大丈夫?』
細い指がぐりぐりと僕の眉間で踊る。
確かにこの口の悪さ、テンポ、間違いない、本物のようだ。
『それ……普段の学生バージョンか?』
『そうよ。どこから、どーみても普通のジョシコーセーでしょ?』
『まぁ、そうだが……そうなんだが……』
『人の恰好をどーこー言うのなら、
今の柊君の恰好もケッコー、キてるわ。
ほんと、ホスト崩れ。ヒヒヒ、ウケル』
『これは、大阪の趣味だ。僕のじゃないっ!』
『似合ってる、似合ってる』
ニヤニヤしながら、大阪まで加勢してくる。
プリウスは、更に北上し、長命寺と書かれた看板がある交差点を左折した。
”長命寺”?
まぁ、妖怪なんだから、人間よりも長寿だとは思うが。
随分と皮肉が効いているな。
大阪は、プリウスを空地に止め、僕らを促した。
『着いたよー。降りて、降りて』
長命寺に向けて歩き始めると、
『柊君、そっちじゃない、こっち』
『ん?』
司と大阪が僕を呼んだ。2人が歩いていくその先には、琵琶湖しかないぞ。
当然、数分後、僕らは、琵琶湖の湖岸に出る。
誰もいない。
『来るのが早かった?ここで待つ?』
『ここからは、コレ。乗って』
司が指さすは、ボロイ小舟。
所々、錆びている、3人も乗れるのか?
僕の不信感が顔に出たのか、司は笑った。
『大丈夫よ。”絶対”に沈まないから』
司と大阪が躊躇いもなく、乗り込むので、僕も仕方なく後に続く。
『鳥谷です。召集により、馳せ参じました。
メンバーも揃っています』
司が琵琶湖に向かって話すと、錆びた小舟が一人でに動き始めた!
モーターなんぞ、ついてない。風もない。波もない。
しかし、舟は、琵琶湖の沖に進んでいく。
ただ静かに、揺れることもなく。
『おい、マジで大丈夫なんだよね?』
『大丈夫だって、心配いらない』
大阪は、小舟のへりに腰かけ笑っている。
こんなところで襲撃されたら、一たまりもないぞ。
遠くの湖岸道路を走る車のヘッドライトが人魂のように見える。
どんぶらこ、どんぶらこ。と普通の舟なら行くのだが、
この最先端のボロイ小舟、無音。
出発地が小さくなる頃、小舟は突然止まった。
止まるときも無音、なんの力だよ。
辺りに薄気味の悪い霧が出てきた、この雰囲気は、嫌な予感しかしない。
『柄杓をよこせぇ』
少ししゃがれた声。
周りを確認すると、琵琶湖から、白い手が幾つか伸びている!
距離は、最短で2m前後。
マズイ!舟に取りつかれる!
言わんこっちゃない!
僕は、腰の後ろに隠してあるグロックに手を伸ばす。
『待って、柊君、味方だから!大丈夫!』
僕の手を司が掴んだ。
『柄杓をよこせぇ~、柄杓をよこせぇ~』
琵琶湖から伸びる白い手が増えていく。
6つ、7つ、8……これ、対処しきれるのか?
『こちらを”長”に』
司は、鞄から、柄杓を……。底がくり抜かれた、”壊れた”柄杓を出し、
手近な白い手に渡す。
その手は、柄杓を握りしめ、無言で琵琶湖に沈んでいった。
『今のは?』
『まぁ、儀式みたいな物。
いきなり、銃や術、使っちゃダメよ。
今日の依頼主なんだから』
半信半疑な僕を大阪が笑っている。
あの壊れた柄杓が?
まぁ、ここまできたら、騒いでも仕方ないけど……
僕もグロックから手を放し、船底に腰かける。
霧は、濃くなる一方だ。
『鳥谷の所の娘だね。久しいな。
よく来てくれた』
いきなり、琵琶湖から禿げ上がった頭が姿を現し、司に話しかけてきた。
どういう原理?
この白い手の親分って事なの?
なんで顔しか出さないんだよ。
その首から下は全裸なのか?
『いえ、長も息災でなによりです』
司も、恭しく頭を下げた。
ほぅ、一応、敬語は使えるんだな。もう少し、身内にも気を使おうぜ。
思わず、口から嫌味が出そうになるが、なんとか喉で止める。
『今日は、頼みたい事があってね。
おぉ、そこの少年が噂の』
『はい、柊 恭一と申します。
粗削りな面はありますが、筋はよく、光持つ者です』
司が僕を長の方へと促す。
『柊です。その……初めまして』
『よい、楽にしてくれ。ムジナの件も聞いておるよ。
噂以上の術者のようだね。
おぬしのような若者が我らの理解者とは有り難い事だ。
そうそう、ワシは、舟幽霊だ。まわりからは、”長”と呼ばれておる』
『そんな大した事ないです。あまり期待はしないで下さい』
『ふふ、”力”に魅入られていない所もよい。
おっと、失礼。
では、本題に入ろう。依頼は二つ。
一つは、この娘達の治療をお願いしたい』
長の言葉と同時に小さな小舟が現れ、
ゆっくりと僕らの乗る舟に横付けする。
中を覗くと、小さな獣……狐が2匹。
その呼吸は弱く、瀕死のように感じられた。
『すぐに始めても?』
『もちろん、お願いする』
長の返事と同時に隣の舟に乗り込む。
一匹は、茶色、所々に金色の毛……火傷がメイン、肌が爛れている。
もう一匹は、灰色、いや、銀色か?
刃物系での切断か、左前足が千切れかけているのを
添え木でなんとか縛りつけている。
痛々しいな。
まずは、銀色からだ。
『慈恩』
切断寸前ゆえ、やはり時間がかかるだろうな。
焦りは禁物、丁寧に、集中、集中だ。
数分の施術により、細胞が活性化してきたのか傷口から出血が始まる。
『柊君、どう?』
心配そうな司の声。
『大丈夫、いい方向に向かっている。
悪いが、出血を拭ってほしい。
強く押さえるんじゃなくて、血を拭うだけでいい』
『分かった』
司は、鞄からハンドタオルを出し、傷口を優しく触れる。
『ふぃー、はぁー、ふぅー、はぁー、慈恩』
深呼吸後、再度、術を展開。
『!!!』
銀色の狐が痙攣を始めた。
『ちょっ、だ、大丈夫なのよね?』
『大丈夫だよ。
今までだって、治療してきただろ?
傷口が治癒して、神経系統が活発に活動し始めているんだよ。
睡眠、昏倒してたから、反応は過敏になってるのかもしれないけど。
タオルをどけて、よく見てごらんよ。
大分、繋がっているはずだ』
恐る恐る司が傷口を確認すると、僕の感覚に狂いはなく、
左足はほぼくっついていた。
切断面はまだ生々しく残っているが、目処は着いたな。
毛が生えてきたら、隠れてしまうだろう。
僕は、一度慈恩を解除する。
『大阪さん、飲み物と、あのアンプルある?』
『あい』
僕の言葉を待っていたのか、タイミング手渡してくれる。
乱暴に2つを飲み込むと、体に力が戻ってきて、
いや、更に湧いてくるような気がする。
これは……やってみるか?
『次は、同時に治療するよ。
2人の位置を僕の左右に』
司と大阪が2匹の狐をゆっくりと移動させた後、
『……(いけるな)……慈恩!!』
僕の両手が今まで以上に発光、2人の傷がみるみる癒えていく。
よし、このまま一気に!
『!?』
2人の傷が癒えるのとタッチの差で僕は、眩暈を覚える。
うぉっ、ガス欠か?消耗が激しい!
『はぁっ、はぁっ、はぁっ!……今日は、これくらいでいいっすかね』
汗でべた着くTシャツをバタつかせながら、舟幽霊を見る。
『お見事。しかと見せてもらった。
そこな2人は、あとは体力の問題だろう。
しばらく休ませるとするよ。おぬしらは、こちらの舟に』
僕らが移動を終えると、狐達を乗せた舟は、霧の中に消えていく。
『では、次の依頼だ』
舟が霧に完全に消えるのを見届けて、舟幽霊は、口を開いた。
『”銀の黒薔薇”というのをご存じかな?』
『?』
僕は、首を横に振り、隣を見るが、大阪も横に振る。
『噂を少し、長老教会の術式と。』
司が呟く。
『左様。白人の術だ。
数十人が被害に会っている。
流石に看過できる物ではなくてな。
そこで、先の2人を出したのだが……お恥ずかしながら返り討ちと言う訳だ。
全容は不明。
依頼は、”銀の黒薔薇”の解明、破壊もしくは、存続不能の状態とする事。
あちら側への被害、生死は問わんよ。
もし、我らの身内がまだ、生存しているのならば奪還。
仮に死亡していたとしても、遺体は回収をお願いしたい。
報酬は、鳥谷のところを通して、いつものように。
期限は、設けないが、被害状況が悪化する場合、
黒連への、鳥谷の顔は立ててやりたいが、
こちらも”数”と”力”で対応させてもらう』
『……分かりました。
まず、2週間調査に当たります。
連絡は私からとさせて下さい』
司がスマホでスケジュールを確認、回答する。
『うむ、戦闘を考慮して、こちらも2人程回そう。
若いが、力はある。経験を積ませてやりたい。
組んでもらえるかな?』
『どう?やっちゃん、柊君?』
司は、僕らに向き直り確認してくる。
『私はいいけど』
僕は、ほんの少し、考えて答える。
『事前調査は、司がしてくれんだよね?
戦闘を想定すると、長の2人を前衛、僕と大阪さんを後衛でどう?
人数は多い方がいいし』
『OK!』
『異論はない』
『では、長、また、報告に上がります』
司が、丁寧に頭を下げる。
『うむ、吉報を待っておるよ。
若き術者、柊。また、会おう』
『どうも』
挨拶を終えると、僕らを乗せた舟は、また、ゆっくりと動き始めた。
霧も少しづつ晴れ、長命寺が見えてくる。
『まずは、司っちが調べてぇ~、それから、私たちね』
『そうね、1週間弱、4日ぐらいで調査できるわ。
でも、あまり期待はしないで。
やっちゃん達が本命になると思う。
準備よろしく。
柊君、白鞘でも聞きこめる?』
『了解。まぁ、当たってみるよ。
グロックの予備マガジン頼む』
『それは、問題ないんだけど……。
さっきのやつ、安請け合いして良かったの?』
司は、心配そうに僕の顔を覗く。
『さっきとは?』
『チームの件』
『あぁ、あれね。
だって、断れないでしょ?
司の立場的にもさ』
『う……それは、そう……なんだけど』
バツが悪そうに顔をしかめる司。
『楽観的かもしれないけどさ。
まず、僕にしろ、大阪さんにしろ、
直接戦闘タイプじゃあない、近距離のガチンコ系ではないだろ?
遠距離、補助、治癒がメインになる。
前線向きのメンバーは欲しいんだよ、実際問題な。
あと、長老教会だっけか。
僕は、1度も目にした事がない。
どういうタイプか検討もつかない。
である以上は、僕より体力があり、
ほんの少しでも時間を稼げる面子がいるのさ。
恐らく、妖怪系のメンバーを紹介してくれるんだろ?
力もあるって言うのなら、大歓迎だよ』
『ほぇ~、柊君、意外に考えてるんだ』
『意外は余計だ』
即座に大阪に突っ込み、睨む。
『それより、白鞘との日程がカブるのが困る。
出撃はいいとして、日程は前もって教えて』
『分かった。やっちゃんも空けておいてね』
『そうそう、あの禿からの報酬出たら、多めに回しなさいよ。
あの人、払いがいいんでしょ?デュフフ』
『ちょっと、口謹んでよ!
まぁ、私が25%でぇ~、黒連への上納が……』
『ちょっ、ピンハネしすぎでしょー』
『普通、山分けじゃない?』
女性陣の金策は、帰りのプリウスの中でも続いた。
-次の日-
恒例の白鞘訓練を終えて、御門野のマンションに戻る。
意図してなかったのだが、
宇梶、平田は、家の事情。
新堂は、訓練延長だとかで、御門野と2人きりになった。
この状況なら切り出していいかもしれない。
僕が、ソファでくつろぐ御門野を見ていると、
『なぁ~に?そんなに私の事、好きなの?みんなには内緒よ』
御門野は、手招きを始めた。
そーとー、勘違いしてんな。
そーじゃないんだが……
『ちょっと、変な相談をしても?
その……答えられないなら、そう言ってくれていいんだけど』
『いいわよ。
性の悩みから、女の悩み、体の悩みでもなんでも受けちゃう』
『そうじゃなくて……、それ、ほとんど同じじゃないの?』
『もぉ、柊君、お子ちゃま。ちょっとづつ違うわよ。
似てても違う。黒連と白鞘のように、ね』
やはり、鋭い。
僕とは潜ってきた場数が違うのか。
まぁ、前回もすぐに見抜かれている訳だしな。ストレートに行こう。
『”銀の黒薔薇”って知ってる?』
『知ってる』
……
即答だ。
僕は、しばし次の句が出ない。
『えっと、その、教えて下さい』
『なんで知りたいのかな?』
御門野は、組んだ足をブラブラと揺らしながら、ニヤニヤ笑っている。
僕の事情など知っている癖に!
『その……向こう側のお仕事がありまして……』
『向こうって?』
『知ってるじゃん!』
『知らなぁ~い』
ぐぬぬ、この女。
なんで、こんなにひねくれてんだよ!
かわいい部下じゃん、ちょろっと教えてくれてもいいじゃん!
性格悪すぎでしょ!
『黒連で調べておりまして~』
根負けした僕は、また、ゲロする。
『ふぅーん』
『……』
『……』
『教えてよっ!』
『大きい動き?部隊の規模は?』
『いや、その、僕込みで4、5人くらい』
『それは、柊君のチームね、黒連としては、どのくらい人を動かすの?』
御門野に訂正されて、はっとなる。
『その……分かりません』
『もう~、抜けてるんだから。
ちゃんと情報は取ってこないとダメよ。
このワンコ君は~、メッ!』
『……』
思いっきりコケにされて、まぶたがピクつく。
くそぉ~。
『柊君のリスクは?』
一通り笑い終えて、御門野は僕に向き直る。
『確定ではないけど、後衛。無理はしない。』
『戦闘に出るのね。追い詰められたら、仲間捨ててでも戻ってこれる?』
『それは……できない』
『じゃぁ、ダメ』
『うそぉ~ん、ちょっ、いいじゃん、教えてよ!』
僕は、御門野の足にしがみ付き、懇願した。
『ちょっ、こらっ!やめて、ストッキング破れるでしょ!』
『いいじゃん、教えてよ!』
『これ、いいやつなの!離しなさい!』
『教えてくれるまで離さない!』
『……新ちゃん、呼ぶわよ』
御門野のスマホが青白く光る。
『それだけは、堪忍して下さい』
『1つ、”プレパ・レイド”を過信しない事。
2つ、ピンチになったら逃げる事。最優先は、あなたの命。
3つ、逃げ帰った時には、黒連ではなく、白鞘に帰ってくる事。
4つ、作戦の成否に関わらず、すべて、私に報告する事。
約束できる?』
『……仲間は売れない。でも、可能な部分は話すよ』
『いいわ。黒連のメンバーは一部伏せても。
でも、前にも話した通り、いずれあなたには架け橋になってほしいの。
黒と白を繋ぐ。
信用に足る人物ならば、私に紹介して頂戴。
私から、そちらに出向くわ。いい?』
『分かってる。一度、その話は、たか……上司にもしてる。
もう少し、時間を下さい』
『今すぐじゃなくてもいいわ。
時間をかけて、見極めて。手を繋げる仲間を。』
御門野がそっと、僕の手を握る。
『うん』
『”銀の黒薔薇”。通称、ブラック・レーベル。
長老教会の術者が数人、または数十人で発動させる大型術式。
発動後、その成果物を使って換金するそうよ』
『成果物がお金になる?どういう事?』
『近年、テレビでもお騒がせの合成ドラッグ、覚せい剤に変わるそうよ。
加工工程は不明だけど』
『マジで?』
そういや、こないだも芸能人、捕まっていたぞ。
『情報だけよ。私も実物、発動を一から十まで見た訳じゃないの。
でも、情けない話、白鞘の人間も何人か使ったみたい。
なんとか、ルート、精製方法を暴きたいんだけど……、
ほら、芸能人、政治家がいい取引先みたいでね、
変な圧力あるみたいなの、やーね』
ん?おかしくない?
薬だよね?なぜ、妖怪を巻き込む必要があんの?
客ならば分かるが、被害に会ったと言っていた、……話が合わない。
『その術って、長老教会の人間だけで使うんだよね?』
『そりゃ、そうよ。秘術らしいし。
お金が絡む以上は、他人、部外者には知られたくないでしょ?』
御門野が嘘をついているとは思えない、どういう事だ?
僕が少し考え込んでいると、
『何?黒連は、もっと詳細を知っていたの?』
『えっと、その、話が食い違ってる。
黒連では、薬の被害ではなくて、実際に攻撃、実害を被ってるみたい。
誘拐……拉致を匂わすような事を話してたし』
『ほんとに?
まぁ、柊君が今更、私に嘘をついても仕方ないし。
その聞いた相手が嘘をつく可能性もあるけど』
『部隊の話なんだけど、事が大きくなるなら、数を動かすとも言ってた。
そこまで言う以上は、嘘とも思えないんだ』
『そう言われるとそうね。
私、白鞘の情報が古いのかしら?
もっと、情報ある?こちらでも当たってみるわ』
『ごめん、今はこれだけ。
追加で手に入ったら、話すよ。
あっ、流石に、宇梶とかには……』
『私だけに連絡頂戴。時間を作るわ』
『ありがと。あとさ……』
『何?』
『ごめん、言っていいのか、悪いのか分からなくて。
童貞だし、女性の気持ちが分かる訳ないし。
でも、信用してくれる御門野さんに黙っているのは気が引けて』
『心配しすぎよ。
なんでも話して。マズイ事なら私で止めてあげるわ。
良いことなら皆で笑いましょう』
少し驚いた顔を見せたが、御門野は微笑んでくれた。
隠し事はなしで行こう。
『僕の前任者って言えば、察しがつく?』
『なんとなくわ、ね。誰かに話した』
『黒連の人間だけに。白鞘には誰にも話してない。宇梶にも』
『OK、続きを聞かせてくれる?』
『湊川という男に会ったんだ。
今は、黒連でも白鞘でもないみたいだった。
20代に見えたよ。御門野さんの事を知っている風だった』
『……本物だと仮定すれば、昔の私のパートナー』
僕から視線を外し、一拍後、御門野は呟いた。
『生きてるんだ。
その、死んだ事になってみたいだけど、ちゃんと生きてる。
僕の立場を知って、一度は逃亡を勧めてくれたりしたんだ。
ちょっと、戦闘になって、その……
今、どこにいるかは分からないんだけど。
ごめん、うまく言えなくて、”変なタレこみ”みたいだね』
御門野は、笑顔のまま、僕の頭を撫でる。
『大丈夫よ。ありがとう。
私の事まで気にかけてくれて』
『でも……あの……』
『でも、いい?
優しすぎるのはあなた自身、柊君自身を苦しめる事になるわ。
気にしなくていい事もあるの。
湊川については、私の、私だけの問題。
あなたまでしょい込む必要はないわ』
『うん』
僕は、撫でられるまま、下を向いたまま、頷く事しか出来なかった。
『今後、私達の、チームの脅威になるならば排除を検討するわ。
関わってこないのならば……、それで、よし』
『でも、ムコウも!』
『柊君、それ以上、君が首を突っ込むのは、野暮という物よ。
私の事を思っていてくれるのなら、信用してくれるのなら、
まかせて頂戴。
大丈夫。きっと、うまくやって見せるわ』
『うん』
ブーン、ブーン、ブーン。
僕のスマホが振動し始めた。
『お仕事のメールかしら?
行ってらっしゃい。
柊君、あなたは、死んじゃダメよ。
いいわね。死んだらダメ。
惨めでも、無様でも、帰ってらっしゃい』
『分かった。行ってきます!』
僕は、鞄を担ぎ、部屋を出る。
スマホを確認すると、大阪からの着信だった。
『そっか……、
やっぱ生きてたか。
……
生きてるなら、連絡ぐらいしろっ!
バァーカッ!!』
部屋の中で、羽毛のクッションが舞った。
-放棄された、ヨット置き場-
市街地から少し離れたこの場所、その建物の中に樹木が並んで立っている。
周りにいる人間と比較するに、高さは、3,4m前後、
大きい物は、6mに届こうかという物もある。
針葉樹ではなく、広葉樹であり、
その緑の葉は大きく開き、太陽光を取り込んでいる。
目を凝らすと、その木々には赤黒い蔦が巻き付いているのが分かる。
木の根元から、枝の先までびっしりと。
気味が悪い事にその蔦は、一定のリズムで、
まるで血管のように、とくんとくんと収縮と膨張を繰り返す。
そして、木々の根元には、大きな赤い水溜りがあった。
全ての木々がそのどす黒い水溜りに浸かっていた。
金髪の女性が周りの人間を怒鳴り散らしている。
『”ミーナ”との連絡は、まだ取れないのですか?』
『はい、Mr.7は、依然として音信不通です』
『最後に連絡が取れた際の発信源は、ビワコ 西岸のはず。
捜索部隊はどうなっているのです?』
『カリバーン、バートン。
申し訳ありませんが、カリバーン一人の為に捜索部隊はを出せません』
『私の権限で班を編成、出撃させなさい。
ここの防衛は、これ程いなくとも構わないでしょ?』
『しかし、本国からの指令でここの守備は万全にと。
他の箇所ですが、先日も現地怪物からの襲撃がありました』
『結局、問題なく迎撃できたではありませんか!
すぐに編成、探索準備を!』
『しかし!』
『”ペド・ノンヌ”!!』
女性の一声で、口答えした青年は吹き飛ばされた。
青年は、うつ伏せのまま、痙攣を繰り返す。
『もう、結構!
そこのあなた!あなたが指揮を執りなさい。
”ミーナ”を必ず探し出すのです!よろしいですね!』
『りょ、了解しました。カリバーン、バートン。』
バートンと呼ばれた女性は、指の爪を噛みながら部下が走り去るのを見送る。
全く、無能な部下が多くて困る。
それだけならまだしも、反抗的なのは実に腹が立つ。
このような拠点防衛の為に、こんな極東に来た訳ではない。
”ミーナ”がいるから、はるばる出向いたというのに。
このような真理には程遠い”紛い物”のお守りなど!
なぜ、カリバーンたる私がしなくちゃいけないの?
早くドイツに帰りたい。
”ミーナ”と一緒にレープクーヘンが食べたい。
”ミーナ”、”ミーナ”、”ミーナ”、”ミーナ”、”ミーナ”、
”ミーナ”、”ミーナ”、”ミーナ”、”ミーナ”、”ミーナ”、
”ミーナ”、”ミーナ”、”ミーナ”、”ミーナ”、”ミーナ”、
”ミーナ”。
待ってて、すぐに会えるから!
バートンの瞳は、もはや焦点がズレテおり、虚空を見つめていた。




