84.悪の手先 その二十七 Preserved Roses (後編の終)
-守山 Pieri前-
『コアァン!コァンコァン!!キュッ!ドッドドドド……』
司との素敵なドライブは、あっと言う間、気づけば目の前にピエリだ。
マジで死ぬかと思った。心臓が……寿命が縮んだ。
『はっ、はっ、はっ』
強風でぐちゃぐちゃになった髪を直しながら、なんとか息を整える。
右手で腰のグロックを押さえて、左手でシートにしがみついていたんだ。
必死やった、ほんと、生きててよかった。
なんで僕の周りは無免ばっかりなんだ!
免許ってなんなの?いらない訳?滋賀県警、仕事してる?
『ほらっ、柊君、行くよっ!』
ご覧のとおり、無謀運転の主は、ご機嫌だ。どんな神経してんだか。
『はっ、はっ、はっ……そうね、行こうか。
メンバーに連絡を、いつでも出れるように待機指示。
琵琶湖湖岸で作戦予定とかさ、適当にごまかして』
『アイアイサー』
司は、調子よく答え、スマホをイジリだす。
さて、ここからだ。
仲間は一人。はっきり言って戦闘力としてはカウントできない。
僕一人としての、”前提”だ。
術は、まだ使えるな。雷吼鞭は……使えなくはない。
しかし、治癒を優先、基本的に対峙した場合は即撤退を原則としよう。
『連絡オケ』
『んじゃ、どこから入るかな』
僕自身のピエリの記憶は薄く、ルートの見当がつかない。
結構、広かった!ぐらいな。酷いな僕の記憶力、若年性痴呆症を疑うレベル。
一人、明後日の方向を見て、黄昏る。
『見取り図は、潰れる前だから、最新じゃないけど、これ』
出された司のスマホをのぞき込む。
『長老教会が保有しているエリアは?』
『ごめん、分かんない。改修中なんで店名も不明』
『そっか、なら、大きいエリアから順に潰して行こう。
四隅のこことか、ここ。この北側の”Aゲート”から入って、順番に南下。
その後、2Fに上って、北上。いい?』
『OK』
23:00。
湖岸道路の車はまばらになっている。
煌々と明るいコンビニとは対照的にピエリは真っ暗なまま佇んでいる。
”ネオ廃墟”、言いえて妙だな。
駐車場は空のままかと思ったが、トラックが数台止まっていた。
改装用の業者だろうか?そうだと思いたい。
司と二人、並んでAゲートの前まで近づく。
周りに人影はないんだが、入口には監視カメラがある。
どうしてもこれは避けられない。
破壊する訳にもいかないし、どうしたもんか。
『司~、カメラどうする?』
『大丈夫!私に名案があるわ』
そう言うや否や、司は強引に僕の腕を組んできた。
『ん?これで、どうするのさ?』
『デートで肝試しに来たんです!ネオ廃墟って有名なんで、テヘッ☆
って感じで行きましょう』
『おっ、おう。冴えてんな』
『でしょー、見直した?』
『うん』
超見直した。僕の右ひじにたゆんたゆん、素敵な物が当たってますよ。
やっべ、違う意味で心拍数上がる。興奮しちゃう。
挙動不審な僕に気づき、司が耳打ちしてくる。
『きょろきょろしない!
私、右に銃持つから!柊君は、術展開を考慮!
いきなり発砲はしないけど、油断しないでね』
『お、おう』
我に返り、Aゲートの扉に手をかける。
『すっごい、ドキドキするね、キョン君!ピエリなう。
(周りに人なし、偽名で行くわよ)』
『そうだねー。ネオ廃墟だもんね。や、やっちゃん。(OK、突入開始)』
キュッ!
扉に鍵はかかっておらず、簡単に開いた。
ピエリ内部には、いくつか明かりが付いており、
想像したより真っ暗と言う訳ではなかった。
『思ったより明るいね。ライトなくても大丈夫だね。
(内部はまだ稼働してる。長老教会くさいね)』
『でも、ライトないところは暗くて、チョー怖い。
あっ、あっち人いるっぽい。見つかったら怒られちゃうね。
(監視カメラが動いたのも確認済。
見つかるのは仕方ないんだけど、できる限り見て回りたい)』
『じゃあ、こっちから見ていこっ!やっちゃん。
(予定変更。このまま2階へ行こう。上の方が明かりが少ない)』
『えぇ~、2階は怖いよぉ~。(了解。1階、北エリア異常なし)』
僕らは、動かぬエスカレーターを歩いて登っていく。
ゴツゴツと、足音がネオ廃墟に響く。静かすぎるせいだ。
次は、エスカレーターではなく階段を使うべきだな。
『本当になにもないねぇ~。(2階の北エリアも異常なし)』
『ここ昔、フードコートだったんだよ。私、お母さんと食べたもん。
(北側はやっぱハズレか。駐車場のトラックも南、Bゲート付近だったし)』
『じゃあ、次はどっち?”アクア”、”グリーン”の2つのルートがあるね』
『え~、私、海好きだから、”アクア”にしよっ!
(グリーンに少し明かりが見える。避けていきましょ)』
『じゃぁ、行こう』
静かで薄暗い通路を2人で歩く。
縦に長い窓から、月明かりが差し込んでいる。
外を見ると、琵琶湖対岸の光が見えた。晴れた昼間ならきれいな景色だろう。
通路は、2人が通るには十分すぎる程広く、左右のフロアは空いたまま。
こうも何もないと不気味で、ずいぶんと肌寒い。
周りに……
『!!!』
僕は、司を引っ張り、空きスペースの隅に身を寄せ、
『ちょっ!ムグッ!』
司の口を塞ぎ、息を殺す。
前方の角から、2人の男が歩いてくる。
『また、侵入者っすか、面倒くさいっすねぇ~』
『あぁ、バカップルのくそゆとりが来たようだ。
さっさと追い払おうぜ。外人が神経質になってる。
あの女、見たか?ギャーギャーうるせえだろ』
『見ました。ぱっと見、いい女なのにヒステリーすごいっすよね。
けど、あんなのとヤリテー』
『やめとけ、やめとけ。ありゃ、戦闘部隊あがりだってよ。殺されるぜ』
『そーいうのとヤリたいんすよ。なんとかなりませんかねぇ~、先輩』
『俺を巻き込むなよ。一人でやってくれ、死にたくない』
『まぁ、命あってのものですしね』
『そーいう事だよ』
話し声は、遠ざかっていく。
『今の』
ゆっくりと僕の手を下ろしながら、司が僕を見た。
『あぁ、見た目は、普通のチンピラだったけど、銃で武装してたよね』
『じゃあ、ここは……』
『完全に”クロ”だな。こんな施設を使うなんてずいぶん派手にやってくれる』
『連絡して、やっちゃん達、呼ぶ?』
『どうしよう?さっきの話を考慮するとさ、数人以上いるよね?
更にボスクラス、戦闘タイプもいる。
うまく合流できるといいんだけど、合流前に各個撃破されるとマズイ。
なんかいい案ないかな?』
『南エリアに”黒バラ”があるのは確定?』
『それもちょっと、怪しいよね。機密でしょ。
あんな統率の取れていないチンピラをガードに使うかな?
拠点の一つではあると思うけど』
『びみょーね』
司は、腕を組み顔をしかめる。
『戦闘はしないにしろ、南エリアは確認していこうか』
『OK、取りあえず、メンバー呼んで北側から侵入。
入口付近で暴れてもらいましょ。そのドサクサで南エリアを確認。
”黒バラ”ならば、極力破壊。”ハズレ”なら即時撤退』
『まぁ、異論はないんだけど』
ふと思い出したんだが、当初は、B地点の老人ホームとC地点が候補だった。
”C地点”は結局ハズレだったのかな?
C地点は、確かヨット置き場だったっけ。
ヨット置き場……大蛇の件といい、ヨット系は鬼門だからなぁ。
一人苦笑する。
『準備オケ』
司が僕に告げる。
『では、行こうか』
僕はわざとらしく右手で輪っかを作るが……
『もう芝居はいいでしょ。ダッシュで南エリアに向かうわよ!』
『うっ、そ、そうだね』
あぁ、貴重な楽しみの一つが奪われた。
僕は、グロックを構え、司の後を小走りでついていく。
幸いこちらのルートは当たりだったようで警備員とハチ合わせる事もなかった。
このまま南の突当りまで行ければ……
『!!!』
司は、手で止まれの合図をして、隅に体を寄せる。
『見て、あの一角、パーテーションが邪魔だけど』
指差す10数m先には白いビニールハウスが設置されていた。
中には、何か、盆栽のような物がいくつか見える。
その横には、管理施設なのか、モニター等のパソコン関係もある。
司に近づき、耳打ちする。
『あれが、”黒バラ”?大樹じゃないぜ』
『いきなり、大樹にはならないでしょ。ほら、下側に何かチューブが通ってる。
育ててるんじゃない?』
『ここは、その、飼育、栽培場?』
『かもしれない。見て、スーツの外人が4,5人いるわね。
どれがボスかな?頭を潰しておきたいんだけど』
『(意外に好戦的ですね、司さん)あの人数は相手にはできないよ』
『ここまで来たのに?”黒バラ”じゃなくても、こんな場所で、
私たちの庭で舐めた事してんのよ、相応の報いを受けるべきだわ!』
司、ちょっと周り、見えてないぜ。なんとかして、落ち着かせないと。
『ジリリリィリ!!
火災警報!火災警報!!
北側 Aゲート及びEゲートにて火災発生。
繰り返す。北側 Aゲート及びEゲートにて火災発生。
Warning! Warning!!……』
僕と司は顔を見合わせる。
スマホには、『レッツ、パーリー』と大阪からメールがある。
警報により、ビニールハウス周辺のスーツの男たちが慌ただしく動き始めた。
データを保存しているのか、キーボードとマウスを必死で叩く者。
どこぞと連絡を取っている者。
悔しいかな、英語が全く聞き取れない。地名や名前でも……分かんね!
今度から勉強するべきかな。
『ちゃーんす!
柊君、可能な限り設備破壊しちゃって!』
司の顔がいやらしく歪み、銃を向ける。
『合点、承知!!』
タンッ!タン!タァッン!!……
作業に夢中だった外人は突然の襲撃で、パニックになる。
『%RY’’Y!! Go!GoGo!!』
ついには、我先にと次々に逃げ出していった。
僕が弾を撃ち尽くす頃には、白いビニールハウス周辺は無人になっていた。
『逃げ足の速い事でw』
『こういう商売だもん。生き残っている人間は速いのよ』
笑う僕に、司は肩をすくめて同意した。
『なるほど。司、残りの弾は?』
『あと、マガジン2つ』
『OK,司が持ってて、ここで待機。
僕が術で設備を破壊する。あのアンプル、強壮剤持ってる?』
『1個だけね、はいっ!』
薬剤を口に放り込み、周りを警戒しながらビニールハウスに近づく。
パソコン系は、ほとんど稼働しておらず、モニターも真っ暗なまま。
一部のファンが回っているが……どうやって破壊したものか。
僕、オタクなんすけど、パソコン詳しくないの。
自作パソコンなんてムリックス!
床では、フロアの中心のパソコンに向かって多くのケーブルが繋がっている。
中心のデスクトップのモニターには多くのポストイットも確認できる。
こいつが、大本の親機なのかな。
よしっ!
親機のコンセント、ケーブルを強引に抜き、接続端子に指を当てる。
『”紫音”!!』
ブシュン!ヂヂッ!!何かが焼けた臭いと共に、本体から煙が出てきた。
回っていたファンも同時に回転を止める。ひと段落だな。
おまけでデスクの上にある炭酸水をかけておこう。仕事は丁寧にw。
落ち着いて、周りを見るとテーブルの上に転がっているUSBやBDがある。
こいつら、使えるんじゃないか?長老教会の情報が……。
一々、中身を確認している暇はないが、取りあえず持って帰るか。
完全に火事場泥棒だが、まぁヨシヨシ。
外人の残していったショルダーバッグを拝借して、手あたり次第に放り込む。
大漁!大漁!!
中身の性で少し角張ったバッグを背負い、本命のビニールハウスへ。
野菜の栽培用とは違い、透明ではなく、白色。
光を通すには、不便な気もする、病院のような衛生的な印象を受ける白。
2重構造のジッパーを開くと、中は想像よりも涼しくて快適そのものだった。
てっきり蒸し暑いものとばかり、決めつけていたんで拍子抜けだ。
通路を中心として、左右に上下2段の盆栽の列が並んでいる。
すべての盆栽に赤いチューブが刺さっているが、これが栄養剤なのか。
怪訝に思い、手近なチューブを引き抜くと、赤い液体が飛び散った。
赤いチューブじゃない、透明なチューブに”赤い液体”が流れているんだ。
この臭い、独特の……
嫌な想像が頭を駆ける。黒バラがドラッグの元になる。
植物である事から、葉か種のどこかが使われるのだろう。
では、誘拐、拉致された妖怪メンバーはどこに?なぜ必要なんだ?
足柄が囚われて、内臓を抉られた。
仲間が、原型を留めない程にミンチにされた理由は?
栄養源!血や臓物で成長を促進させている。
あの老人ホームに拉致して、解体し、トラックでこちらに輸送。
ある程度のサイズになるまでは、ここで栽培。
苗木の成長サイズでまた、別の場所に搬送する気か!
こいつらが、”黒バラ”!これ以上、確認する必要はない。
胸の奥から、怒りが湧き出てくる。虫唾が走る。
”炎刃”で一切合切、焼き払ってやる。
黒バラの器を乱暴に投げ捨てて、一か所に集めていると、
チューブが切れて、ビニールハウス内に鉄の臭いが充満していく。
大きく呼吸を一つ、右手を突き出して詠唱を開始する。
『紅紡ぎ 貫け……』
『少年!それ以上は動かないといいと思います!
私は、あなたの友人を撃つ準備ができております。
ゆっくりと確実にそのルームから出て頂きたいです!!』
文法もアクセントも間違っている力強くはっきりとした女性の声が聞こえた。
この声、外人っぽいな……、長老教会か。
ジッパーの隙間から覗くと、金髪の女が司に銃を突き付けているのが見えた。
くそっ!、司、連絡しろって言ったじゃないか。
周りに人はおらず、単独。つまり、こいつがボス格で間違いない。
戦闘タイプである以上、うかつに前に出たら確実にぶっ殺される。
かと言って、このまま出ない訳にも、司を残して逃げる訳にもいかない。
『少年!!
私の日本語を聞き取る事はできないのでしょうか?
私は、あなたにそこからここに出てきてほしいです。
Listen!
ワ・タ・シ・はぁ~!!ア・ナ・タ・にぃ~!!』
『聞こえとるわっ!!』
『……』
しまった!あまりにも、うざすぎて反応しちまった。
短期な自分が恨めしい。地団太を踏むも、もはや手遅れである。
『……』
『……』
フロアに静けさが一時的に戻る。
考えろ!考えろ!
司は、怪我しているようには見えなかった。
銃を突きつけられて、動けないだけだ。恐らく銃は奪われ丸腰だな。
対して、こちら。僕は無傷だが、グロックは弾切れ。術は、”フル”で使える。
しかし、この位置から、敵のみを攻撃するのは……難しい、いや無理だ。
”黒バラ”をまず破壊して……、ダメだ。敵が司に危害を加える可能性がある。
司からは、なんも連絡もなく、合図もなくこの有様だ。
相当、場馴れした相手、非戦闘員の司など赤子の手を捻るような物か。
朝の相手より、はるかに格上。しかも、手札も分からない。僕で勝てるか?
いかん、いかん!ネガティブになるな!
僕にも有利な点があるはずだ。黒連、白鞘の術はある程度の知識があっても、
”プレパ・レイド”、”百鬼夜行”は絶対に知らないはずだ。
となれば、僕の打つ手は……、
『少年!私は、待つことが難しくてできません。
友人は、10秒後に怪我する事になるでしょう!』
金髪の女がじれて、再度大声を出す。
『分かった!今から出ていくよ!』
僕は、覚悟を決めて返事をする。
『よい返事です。
私は、あなたに3ステップを踏んで、出てくる事を強制するでしょう。
1.銃を捨てなさい
2.両手をあげなさい
3.ゆっくりと出てくるがいいデース
承るのであれば、Yes。
反対したいのならば、そのまま出てこなくてよいデス。
この少女は、頭が割れる思いをするかもしれませんよ』
隙間からは、女の口の端が歪むのが見えた。
女をよく見てみると金髪、赤毛が混じっている。
右手で銃。左手で司を掴んでいる。短パンにブーツ。
生足ですよ、こんな状況でなければ、もう少し間近で見たいところだが……。
高さのあるヒールだ、動きにくいんじゃないか?
息を吸い、一際大きく回答する。
『Yes!!』
『少年!ステップ1。手を出して、銃を捨てなさい!』
ジッパーの隙間からグロックを前方に投げ捨てたが、
軽く投げたつもりだったのに、床の滑りがよくて距離が出てしまう。
僕は舌打ちしつつも、女に聞こえぬ様に、小声で”力ある言葉”を紡ぐ。
『Good! ステップ2と3です。手を挙げて出てきなさい!』
両手を挙げて、頭の後ろで組み、ゆっくりとビニールハウスから出る。
『ごめん、足手まといで』
『心配しないで、大丈夫だよ』
悲しげに呟く司に、ウィンクして見せる。
よし、敵は、僕の手に気づいていない。
『ユーたちが何者かはなんとなく分かるデス。
苦々しいかもしれませんが、痛い目に会うといいデス』
女は、僕に銃を向けた。
『司、三猿って知ってる?』
『えっ?あの、見ざる聞かざ……!!』
司が勘付いて、目をつぶる。外人にこれが分かる訳ないよな!
同時に僕は叫ぶ。
『百鬼夜行 紫の鏡!』
『ぎゃあぁぁぁああっ!』
頭の後ろに隠していた”紫の鏡”が絶叫すると、同時に女はのけ反る。
よしっ、不意打ちには効果絶大なこの技!
ダッシュで間を詰めて、女の銃を蹴り飛ばす。
女は、フロアにゲロをぶちまけている。相手する必要はないっ!
『司、撤退、撤退!!』
司の手を掴み、来た道を走って戻ろうとするが、
『”ヤンソン・フレステルセ”!』
僕らの両サイドから、樹のつたが猛スピードで壁を走り、通路を塞いでいく。
通ってきたルートだけでなく、もう一つのルートも樹木で覆われてしまう。
『ちっ!』
『柊君!こっちもダメッ!』
戸惑っている僕らを他所に、樹木の壁はなお一層強固な物になっていく。
『これじゃぁ、通れん!"雷吼鞭"で!』
『柊君!』
構える僕の服を司が引っ張るので振り向くと、
『劣等種如きが、私の腕を足蹴に……』
女がゆっくりと立ち上がっていた。一手、遅れて最悪のパターンだ。
司と二人で戦闘タイプの術者を相手にしなくちゃならならない。
僕一人で、この女を制止して、奥にある南側のゲートから出るしかない。
できるか?ストレスで胃がキリキリと痛む。
『生け捕りは、ヤメだ。ゴミ屑は破砕してやる』
女は、額に青筋を立てて、ゆっくりと近づいてくる。
”閃光蓮”で今すぐにでも、撤退したい。
が、攪乱系の術に立て続けには引っかからないだろう。今は使えない。
そうこうしているうちにも女はブーツを鳴らして近づいてくる。
これ以上距離を詰められたくない。
”炎刃”?、”雷吼鞭”?”プレパ・レイド”で牽制するべきか。
プレッシャーに飲み込まれる、考えがまとまらない。
『柊君……』
司の顔にも焦りが見える。先手必勝!!
『流れる白光 なぎ払…!!』
僕が詠唱すると同時に、眼前の景色が歪む。
ほんの少しのタイムラグの後、炸裂音と共に、足が宙に浮いた。
『がぁっ!!』
何かに背中を強打し、床に打ち付けられて攻撃された事にやっと気づく。
なんだ今のは?
『柊君!』
司の悲鳴で反射的に体を捩じり、横転する。
ガチンと甲高い音を残して、女が僕のいた場所を踏み下ろしていた。
『司ぁ!撤退!大阪とみつね、呼んでこいっ!』
悲鳴に近い叫び声で司に指示を飛ばす。
『ごめん!』
一瞬だけ、迷った顔を見せたが司はすぐさま南側の階段に向かってくれた。
『逃がさんよ』
女が司に向けて手をかざそうとする。
僕は慌てて、右手を突き出し叫ぶ。
『”紫音”!!』
ヂチッ!しかし、その攻撃はむなしく空を切った。
体術もこいつの方が上、蹴りと言い、動きにキレがある。
速さにもついていけない訳じゃないのに。
だが、援護は呼べた。北から南まで回ってくるのに20分もかからないはず。
時間稼ぎだ。頭を使え!何か策は?
司の追撃を諦めた女は、ゆっくりとこちらに向き直りポケットを探る。
銃かと思い構えたが、
『”プレパ・レ…』
『ピロリーン♪』
マヌケな音がなった。女の手に握られているのは、銃ではなくスマホだった。
女は、僕への警戒をしつつ、横目で画面を確認する。
『やはり、一般ピーポーではないでしたか。
”シロサヤ”の”オンムージ”デス。あのガールも"オンムージ"か?
あまり強くなく、手ごたえを感じる事が能いませんデス』
長老教会の検索エンジンなのか、即座に身元がバレタ。
司の方は大丈夫みたいだけど。
僕は白鞘に所属している事で登録されているのか、いつ?誰が?
慌てるな、これはチャンスだ!ハッタリを効かせるんだ。
『バレタら仕方ないね。あと数分で僕の仲間がやってくる。
僕より強いぜ。えっと……
Strong member, coming soon! Get away! ……通じたかな?』
『ストロングメンバー……』
女は、少し考えるような仕草をする。
戦って勝てる見込みは未知数。逃走するか、されるかがベスト。
もし勝つとしても、ムコウに致命傷を与える事になる。
ぶっちゃけ女を殴るのは気が引ける。早く、早く来いよ、あいつら。
女は、少し笑ってスマホをしまった。おっ、理解してくれたか。
『私の名前は、コルネリア・バートン!
カリバーン・バートン!!
異端を裁く剣、我が神に仇名す全てを焼き払おう!
たとえ、この身、潰えようとも!』
バートンの声が辺りに響く。体から漲る闘志、交渉失敗は言わずとも分かる。
覚悟を決めやがった。こっからは、ガチで殺しにかからんと殺される。
バートンの指先がこちらに向く。
『”プレパ・レイド”!!』
『パァッン!』
炸裂音と振動で術を弾いた事が確認できた。
詠唱なし、指先が向くと同時に発動する。威力はともかく速射性がやっかいだ。
『パァッン!パァッン!』
連打されるも、薄紅色の壁は、僕とバートンの間で淡く輝き続ける。
『ちっ!』
バートンは、舌打ち後、突進してくる。左手には光る物が見えた、刃物か!?
『”鋭針装”!!』
敵の猛攻が始まる。
右の撃ちおろし、左の回し蹴り、刃物の突き、切り払いを
すんでのところでかわす。速いが、なんとか反応できた。
僕の動きが急に変わった事で、バートンの顔に驚きの色が見えた。
カウンターこそできないが、避けられなくはない。これは、アドバンテージだ。
敵は、数歩離れた位置で刃物をこちらに向けているが、大丈夫。
右手が初動のあの術を避け損なわなければいい。
あともう少しで仲間がやってくる。
ナイフと術によるコンビネーションを防ぎつつ、
退路を求めて南側へ向かうが、進路は潰されてしまう。
このやりとりは、神経を削る。早く来いよ、司!
まだるっこしいが、敵より先に大きく動く訳にはいかない。
『ヒュン!』
不意に刃が躍った。突きの連撃をすんでのところでかわすが、
バートンに服の端を掴まれ、体勢が崩れてしまう。
マズイ、距離が近すぎる!体ごとかわすべきだった!
必死でナイフを持つ左手を止めるが、場馴れした相手が一枚上手。
足を裁かれ、馬乗りにされる。もがけど、相手を振り落せない。
あっと言う間に息が上がり、目の前でナイフの切っ先がチラつく。
ぐぐぐぐ、あぶねぇ、こいつ、腕力が……押し切られ……。
僕の両手は、左手のナイフにかかりきり、
空いたバートンの右手が脇腹を、顔を襲ってくる。
『うぅっ、ぐっ、ぐぅ!』
視界がチカチカする。
美人に馬乗りされてんのに、全然、うれしくねぇ!鼻血で息が……。
くそっ、くそっ!なんとか、次の、次のタイミングで!
『”紫音”!!』
『ぎゃっ!!』
電撃に怯み、バートンがやっと僕の上から飛び降りる。
口の中に血の味が広がっていく。
『はっ、はっ、はっ……』
血やよだれを拭い、睨み付けるが、
バートンはナイフを逆手に持ち替えて、冷たい目でこちらを見ている。
敵には焦りが見られない。確実に僕を仕留めようとする。
また、仕切り直しだ。
ダメージ分を差し引くと、僕が不利。あれから何分たった?
司たちは、どこまで来ているんだ?まさか、別働隊とカチ合っているのか?
不安要素が頭を過ぎる。パニックになるな。集中、集中!
この距離が嫌なんだよ! 術には近く、体術に遠い、この距離。
平田の姉にもされたこの距離でのにらみ合い。
武器を持たぬ僕にとって、不利な状況。
かと言って、”テケテケ”を使っても、あのナイフの立ち回りには適わない。
再度、馬乗りにされたら、今度こそアウトだ。
『!!!』
右手が動いた!
『”プレパ・レイド”!』
『パァッン!』
防御は間に合うが、バートンが詰めてくる。
防御?もう、司は待てない!防御?どうする?
こいつよりも速く、初弾を打ち込むんだ!こいつよりも速く!!
『”鋭針装”!!』
初めての術の重ね掛け。一か八かの賭け。
一瞬で体中に力が漲り、熱を帯びていく。
先程よりも緩慢に感じる攻撃を払い、渾身の右ブローを脇腹に突き刺す。
『げふっ!』
相手の体が”く”の字に曲がり、顔が宙に浮いたのを確認し、
『”紫音”!!』
深く刺した右手で追撃する。
『あっ、あっ、ががっが……』
バートンは白目をむき、その場に崩れ落ちた。
『っはぁー、はぁーっ!』
数秒もたず、僕もへたり込む。
体中が軋み、右手には内出血なのか、紫色と土気色が織り交ざっている。
頭痛も酷い、鼻血も止まらない。
だが、なんとかなった。とっさの行動だったけど、うまくいって良かった。
不自由な体を引きずり、バートンの銃、僕のグロックをズボンにねじ込む。
『柊!』
『柊君!』
フロアの柱に体を預け、バートンを見張っていると、やっと司達が来た。
遅いよ、ほんと、死にそうなんだから。まぁ、無事で何より。
『大丈夫?!』
司が変色した右手をみて心配そうにつぶやく。
『まぁ、一応、動くんだけど、”慈恩”の効きが悪い。もう戦闘は無理だ』
『あいつは?』
『倒したさ。ギリね。あそこで寝てるよ』
顎でバートンを示す。
『こいつが、”黒バラ”?』
ビニールハウスを覗きながら、大阪が僕らに尋ねてくる。
『多分ね』
『”ギラギラ・サマー”!!』
無言で近づいたみつねの詠唱で、白い小屋は炎に包まれた。
『全部、焼却すんの?』
『当たり前じゃん。誰の手にも渡せない。長の依頼も破壊でしょ?』
『まぁ、そうだけどさ、情報収集用とかさ……、すまん、不謹慎だった。
忘れてくれ』
みつねのフクザツな顔を見て、僕は口を閉じた。
『柊!あいつ、起きるよ!』
霧子の大声で僕らはハッとなる。
『動くなっ!』
僕たちが銃を向けると、
バートンは、息も絶え絶えに体を起こし、炎上する”黒バラ”を見た。
『終わりだ、投降しろっ!大阪さん、通訳して!』
『You must turn yourself in!』
大阪の声が聞こえていないのか、バートンは上着のポケットを探る。
『Don't move!!』
『今更、英語でなくとも分かるデス。私の負けデスね。
でも、ココを渡す訳にはいかないデス!』
バートンの声が途切れると、フロアに振動が起こった。
『地震?』
炎上しているビニールハウス横の設備からも煙が上がり、
フロアの柱も破損していく。瞬く間に火の手は広がっていく。
『自爆!?
あんた、早く投降しなさい!こっちに!』
司は、慌てて手招きするが、バートンは不敵な笑みを浮かべ、
その場で祈るような姿勢を取った。
火の手は勢いを増し、僕らにも襲い掛かってくる。
”御堂乱流”……消火まではできない!
『柊君!退くよ!』
銃を仕舞い、大阪は階段に向かう。
『あいつは!?』
『うちらまで、死ぬわっ!柊、行こう!』
みつねに腕を引かれ、僕もフロアを後にする。
大きな炎が上がり、オレンジ色の光がみつねの顔を照らした。
なぜか僕には、彼女が笑っているように見えた。
炎の影に日本人達の姿が消えていく。
設備こそ奪取されなかったものの、結果は惨敗だ。
カリバーンとして恥ずべき行為、その償いを……。
最後の場所がここかぁ。
神を信じ、神を愛し、教会に尽くしてきた。
ずっと、ずぅっと。
任務で死ぬのは構わないけど、できれば故郷で死にたかったな。
”ミーナ”。最後に一目、会いたいよ。
無事かな?無事だよね。”ミーナ”。
いっぱい、いっぱい話したい事があるの。まだ、話させてない事がいっぱい。
まだ、話したいのに。
視界が少し、歪んできちゃった。
あぁ、こんな所で一人で死ぬんだ……。なんか、ヤダな。
”ミーナ”、ごめんね。”ミーナ”、会いたいよ。
電話したら、出てくれるかな。ついてないな、i-phone 動かないや。
さよならも……、さよならも言えないなんて。
”ミーナ”は、私がいなくなったら探しに来てくれるかな。
来て……くれるよね。
強くなくてもいいの、日本人でもいいの。
私の……”ミーナ”は特別だから。
ごめんね。”ミーナ”。
火の手が大きく上がり、バートンを包み始める。
『”シャッタード・スカイ”!!』




