Heterodoxy outbound 2 -今では…今なら…今も-
-十年前 三井寺周辺 湖西道路建設予定エリア-
黒く小さな影が一つ、森林の中を疾走している。
その息は、激しく、その足取りは荒い。
その後方から、追跡者が更に高速でやって来る。
『ギァン!!』
追跡者に気を取られてしまい、小さな影は、樹木と激突、その場で崩れ落ちた。
影は、小さな狐。
追跡者は、銃を構えたまま、ゆっくりと近づいてくる。
その姿は、まだ若い”ミナト”だった。
ミナトは、狐を一瞥、舌打ちする。
変化の術もままならぬ、化け狐の手前の狐。
なんで前線なんかに出てくるんだよ。
ガバメントの構えを外し、手で回しながら思案する。
どうするべきだ?
エリカと合流すると、攻撃、殺害せざるを得なくなる。
見逃すならば今しか……ないんだが……。
狐と目が合う。
そんな円らな瞳で僕を見ないで。
分かった、分かったよ。
一応、人語くらいは解してくれると有難いんだけど。
『狐っこやい。
僕の名前は、湊川。
今は、白鞘に所属しているが、黒連の術者だ。
西から白鞘の人間がやってくるぞ。
すぐに東、そっち側に逃げろ。
かなりの術者だ、君達では適わない。
いいな、逃げるんだ!
僕は、見なかった事にする。
早く!』
タァンッ!
空に向かって発砲する。
ミナトの言葉か、銃声を合図に狐は走り去った。
『ミナトっ!大丈夫!?』
槍を担いだエリカがタッチの差でやってくる。
アブねぇ……、ギリギリじゃねぇか、もう少し時間を稼ぐか。
『敵の数は?』
エリカは、油断なく周りの気配を伺いながら聞いてくる。
『僕が見たのは、”2つ”。
まだ、いるかもしれない。接近タイプではなさそうだった。
深追いするべきじゃない』
ミナトは、大げさにガバメントを構えエリカを制止する。
『……まぁ、君が言うなら。
今日はここまでで退こうか、』
少々不満な顔をしながらも、槍を仕舞、エリカは汗を拭う。
珍しく汗をかいている、本当に全力疾走してきたのかこの人は……。
早い訳だよ。
ミナトは、改めてパートナーの身体能力を確認し苦笑する。
『そだね、こんなところで怪我をしても損だしね』
黒連はどういうつもりだ?
僕に身内殺しをしろと言うのか?
技術交流じゃないのか?結局、建前だけなのか?
実際は、スパイ……
この仕事、割に合わないよ。
-現代-
久々の日本だ。
長老教会からやっと許可が下りての帰国だよ。
任務が一緒についてきているのは、まぁ、仕方ない。
さて、年老いた兄貴の面でも拝みに行こうか!
ミナトは、荷物を担ぎ、口笛と共にタクシーに乗った。
マジかよ……
こいつは、ちっと目を疑うぜ。
ミナトは、顔を押さえ、壁に体を預けるように倒れこんだ。
あの……門脇が……
あのエゴイストが……
自己中で……他人を一切信用しない、神経質な男が……
女を……連れている……だと!?
信じられねぇ、ありえねぇ。
腕組んで歩いてやがる。いや、あれは……恋人つなぎ!!
マジかよ……
人違いか?
……
ミナトは、事前に確認した写真と前を歩く男を何度も見比べる。
残念ながら、事実のようだ。不都合な現実すぎる。
10年で変わるにしても、限度があるだろうが。
あの時は、確かに独り身だったはずだ。間違いない!
そんな素振りはなかった。女の”お”の字もなかったはずだ。
それがなんだこれは?
あれが門脇なのか?
あんな風に笑うのか?
僕と黒連にいた時のようなゲスな笑い方じゃない、なんだよ、その顔は!
復讐の決意ってヤツが着実の僕の心で固まっていくぜ。
僕の血のにじむ10年間!!アンタは、ヨロシクやっていた訳だ!
許せねぇ!絶対に許さん!!
ん?小さい子供が合流したぞ。
女だな。まさか……子供じゃないよな?
年齢的に……ないな、違う。
まず、あの二人の女を調べる必要がありそうだ。
ミナトが操作するパソコンのモニターに先程の少女達が映る。
門脇と腕を組んでいた女が”春風”。
後で合流した方が”月”。
どちらも中国国籍。
顔つきが中国本土の人間とは違う感じがするな。
日本か、台湾等とのハーフか。韓国ではないな。
それと、”月”。
こいつ、イロイロと”イジって”いる。
何より相当な訳あり女じゃねぇか。
トラブルを避ける門脇が関わりたがると思えないが……。
門脇は、この事実を知らないのか?
長老教会にこの事実を報告して置くべきか……
まぁ、僕の決着がついてからでいいだろう。
しかし、門脇、今は、中国の組織に所属してんのか。
お互いイロイロあるな。
モニター上、門脇の画像を指で小突きながら、ミナトは笑う。
-さんちか-
一人で買い物をしている春風をつかず離れずの距離で尾行する。
戦闘訓練はうけているのであろう春風の足取りは、
一般人の物とは違った。
しかし、尾行者 ミナトは、口の端を歪める。
自分達の庭、南京町に近いとは言え、一人で動いたのは失敗だったな。
門脇……あんたも年を取ったのか、平和ボケしたのか。
大切な物は、それこそ鍵を掛けた箱に入れて、
肌身離さずもっていないとマズイぜ。
”いつ”、”誰に”奪われるとも限らないからな。
”あんた”が直々に教えてくれた教訓だ。
ミナトは、人が減ったタイミングで足早に春風との距離を詰めた。
『動くな、騒ぐな、ゆっくりと前へ。次の交差点を左に曲がれ』
春風の背中に銃を突き付ける。
『……わたしの事、誰か知ってますか?
ただでは、済まなくなるよ』
春風は、前を向いたまま、襲撃者に言葉を投げた。
その態度には、まだ余裕が見られた。
『ご忠告痛み入るが、人違いじゃねぇ、”春風”だろ?』
『どこの人間か?黒連か?』
『ごちゃごちゃ言わず、進め。
まぁ、これも縁だな。いいさ、門脇の馴染みのモンだよ』
『!!!』
一瞬驚いた顔を見せるが、春風はゆっくりと前に進み始める。
『カド、強いし、しつこい。あなた、殺されるね。』
『それも知ってる。君よりずっと門脇の事を知っている。
元・同僚だからな、いや、弟と言ってもいいぐらいだった』
『やっぱり、黒連の人間か』
『まぁ、そういう事にしておいてくれ。
そこだ、そのホワイトの車に乗れ!
後部座席だ。OK,サンキュー!!』
バチン!
スタンガンを首に当てられ、春風は、シートに倒れこんだ。
『借りをね。
貸してた物を返してもらわないと』
物言わぬ人質に言い放ち、ミナトは、ドアを閉める。
『アンタだけ、都合よくハッピーエンドになる訳ないだろ?
最高の舞台を最悪の結末で塗りつぶしてやるよ』
春風の持ち物からスマホを取り上げ、あの男の番号を確認する。
昔から物持ちの良さを自慢していたが、
10年以上もこの番号を使っているとは。
ミナトは苦笑し、ボタンを押した。
『♪……』
数度のコールの後、
『もしもし?』
久しい声は、ミナトの中に怒りとはまた別の感情を生んだ。
声は変わっちゃいない。あの時と同じだ。
『びっくりだ。まだ、この番号使っていたんだね』
『………ミナトか?』
『覚えていてくれたんだ。ちょっとうれしい』
『悪いが、今、立て込んでる。
後で折り返す、番号を教えてくれ』
『また、大人の事情か?
それなら、仕方ない。
僕も”チャイニーズ”とワルツでも踊っていよう』
『!!!』
『どうした?
調子でも悪い?
バファリンやろうか?』
電話を通じて、門脇の驚き、焦りを感じ取り、
ミナトは、思わず膝を叩き、笑う。
『……随分、下衆な真似をするようになったな』
先程の驚きを怒りで押し殺すかのような冷たい声。
それでも、ミナトは笑いは止まらない。
してやったりと正にこの事だ。
『あんたがそれを言うか?
こっちは、左手が疼きっぱなしだ』
『春風は、生きているんだろうな』
『春風?あぁ、名前か。
もちろん、殺しちゃいない。
僕は、”あんた”と違う。
だまし討ちはなしだ。
あの時の借りを返してもらおうと思ってね』
『声を……聞かしてくれ』
『ど~した?随分、弱気じゃないか。
あんなに強くて、汚くて、
むちゃくちゃだったあんたらしくもない』
『僕だって…、年を取る』
『そうか…そうだな。いいだろう。
ほ~ら、しゃべりな。ダーリンだよ』
ミナトは、そばで横たわる春風にスマホを当てる。
『カド、ごめん』
『無事だな?気にするな。すぐ助ける!』
『はっはっは、”すぐ助ける!”
いいねぇ。シビレル!』
ミナトはすぐに電話を変わり、門脇との会話を続ける。
『要求は?』
『おっ、調子戻って来たか?
いいぜ、その”あんた”じゃないと意味がない!
次の満月の晩、あの場所で待ってる。
”ジャイロ・ボーラー”と”マグナム”を持ってこい!
リターン・マッチだ。
”サシ”でやろうぜ』
『今は、”ジャイロ・ビリヤード”つーんだよ、小僧!』
『知ってるさ。
でも、僕達の間では、”ジャイロ・ボーラー”の方が
しっくりくる。そうだろ?』
『次は、ドタマ吹き飛ばしてやるぜ、小僧!』
『今のあんたじゃあ~、はたしてどうかな?
老眼で見えないとか言うなよ。
満月だ、ボケて日付間違えんな、ロートル!!』
ミナトは、電話を切りスマホを踏みつぶした。
逆探知はないと思うが、念には念を入れよ。だ。
春風が恨みを、憎しみを込めた目でミナトを射る。
『心配しなくていい。
君は殺さない、拷問もしない。
僕の目的は門脇ただ一人。
もう少しだけ、ここでじっとしていてくれ。
ケリがついたら、解放するよ』
『ミナトとか、言ったな。カドに殺されるとイイネ』
『10年前なら話は別だが、そうはならないよ。
あの人は弱くなった。
君が知っている強さなんてピーク時の半分にも満たないよ。
そもそも、君といる時点で、こんなあからさまな電話に出る時点で
弱くなってる。年老いただけじゃなくてね。
ケリはつけないといけないんだが……、
満足はできそうにないね』
溜息を一つ、ミナトは、自分の商売道具をチェックし始める。
そのさなか、春風は、一際目立つ、銀色の大型銃を見つけた。
何かの切り札なのか、その素性は分からないが
門脇に取って良くない物であるのは明白だ。
『ん?これが気になる?中々、お目が高い』
春風の視線に気付き、ミナトは悪戯っぽく微笑み返した。
『別に』
『これは思い出の一品でね。
一生モンなんだ。
君の大好きな門脇も持っているよ。
僕とお揃い、ペアグッズだ』
『そんな下品な銃は持ってない』
『ホントに?捨てちゃったのか……
残念。それとも、もう撃てないのかな?
ますます、期待外れだよ』
ミナトの顔が不機嫌に染まる。
『じゃあ、行ってくるよ。
その手錠は時限式だから、明日には外れる。
可能性は極めて低いけど、恋人と再会できる事を祈っているよ。
チャオ』
決着は、予定通り、ミナトの完勝で幕を下ろした。
ある意味では、最悪の形とも言えた。
溜まりに溜まった怒りが晴れる事はなく、
行き場のない怒りがミナトを支配する。
やられた事をやり返しただけなのに……
この後味の悪さはなんだ?
僕の強さの証明は……。
治癒したはずの左肩が疼く。
痛みではなく、他の何かで。
ミナトが顔をしかめ、舌打ちを繰り返す中、
少し離れた場所で悲報を聞いた春風は、ただただ泣き続けた。
-現代 草津市 霊園-
小雨の降る中、一人の青年がここを訪れる。
彼は、場所にそぐわない派手なポロシャツ、傘も差さずに一人歩く。
初めてこの場所に来たのだろうか、不作法にも指で墓の位置を確認している。
ふらふらと数分歩いた後、一つの墓の前で立ち止まった。
そこには、”湊川家”と刻まれている。
『あれから、10年も経つのに、意外とキレイなもんだな』
青年は、墓石に触れ、誰に言うでもなく呟く。
周りに、花も飾られている。
定期的に誰かが訪れて掃除をしてくれているのだろう。
この下には誰が埋まってんだ?
空っぽなのか?
いや、黒連が偽装した他人の死体が妥当か……
まぁ、どちらでもいい事だ。
どうでもいい事だ。
-現代 草津駅周辺-
髪の長い女性が白いミニバンから降りてくる。
その後に続き、制服を着た女子高生達、そして、”柊 恭一”が降りてくる。
やはり、最初に確認した女性が……。間違いない。
あれから、10年。
彼女は、大人になり、ますます綺麗になった。
スーツ姿もキマッテいる。
僕が、恋をした、あの頃のまま、あの頃から何も変わっていない。
何も変わっていない。
変わったのは……、
変わってしまったのは僕だ。
好きで変わった訳じゃない。
多くの邪魔が、不幸が、僕にはどうにもできなかった。
どうしようもなかったんだ。
距離にして、10m弱。
なんて事ない距離だ。射程距離だよ。
でも、僕には届かない。僕の手は、君には届かない。
彼女は少女たちと笑っている。
柊と一緒に居るという事は、あの少女達も”白鞘”のメンバーなのだろう。
そして、彼女は微笑み、柊の頭を撫でる。
まるで、愛しい弟でもあるかのように!!
かつて、僕がいたあの場所を!!
僕のみに許されたあの笑顔を!!
今すぐにでも、八つ裂きにしてやりたい衝動に駆られた。
完膚なきまでに!粉々に!!圧倒して!!!
無意識に腰の銃へ手が伸びる。
……
無駄な話だ。
今更、無関係な柊を殺した所で、
僕の心が晴れるはずもない。
彼女が僕を見る事もない。
全部……、全部、終わったんだ。
日本に、ここに、未練たらしく戻ってくるんじゃなかった。
でも、
もしかしたら……、
『生きてたんだ!待たせてゴメン!!』
そう言えたならば……彼女は笑ってくれるだろうか。
それとも、あの時、”既に”彼女は僕を裏切っていたのだろうか。
もう、僕の”替わり”は居て、僕はもう必要ないのか。
”柊”が僕の後継……なんだろう。
どうすればいい?
僕は、どうしたらいい?
どうすればこの気持ちは晴れる?
結局、僕は、黒でも、白でもない。
裏切った人間だ。
正義の味方になる権利なんかなくて、
悪の手先にすらなり切れない。
半端な……異邦人。




