80.悪の手先 その二十三 Preserved Roses (前編)
-吉野家 一室-
Tシャツに短パン、ラフな格好の吉野 楓が畳の上に寝そべっている。
先日の戦闘時とは大違いである。
『あいつ、どんなのが好みなのかな~。
ガーリー系……こういうのが好きかな?』
ペラペラめくり、見ているのは女性誌のようだ。
ふんふんと頷き、夢中に読んでいる。
ドスドスと大きな足音の後、
不意に扉が開き、姉の吉野 桜が入って来る。
『楓!なんでうちの学校に転校してきたのよ!
しかも、私と同じクラスだなんて!』
『うるさいなぁ~。
姉さんと同じクラスなんじゃないの。
柊君と同じクラスなの!
姉さんとはたまたまよ』
妹は、雑誌から視線を外さず、面倒くさそうに答える。
『ふざけないで!なんで今更、学校に行く必要があるのよ?
”千奈”はどうしたのよ!?』
『知ってるでしょ?
私はもう”千奈”じゃない。
蟲卑雌でもない。ただの女。
蟲卑雌だから分かるでしょ?私の中に蟲がもういない事を。
柊君、ううん、恭一にきれいな体にしてもらったの』
楓はうっとりと自らの白い腕、指を舐めるように眺めている。
『蟲卑雌はどうするのよ?』
『私はもう用済みでしょ?
お母様、千奈様は何も言ってこないわ』
『千奈様?お母様が復帰されたの?』
『あぁ、姉さんは知らないんだっけ。
私は次期”千奈”だけど、ちょうど移行期間だったの。
”力”をすべて継承する前だった。
そこで恭一に蟲を消されてしまった。
今から蟲を仕込んでも、千奈の器になるまでは時間がかかるわ。
もっとも、恭一の術?技?が効いている性で蟲が近づけないのだけれど』
楓がすっと立ち上がり、桜の胸に手を当てると、
桜は、体内の蟲がざわめき、怯えるのを感じ、思わず一歩後ろに下がる。
『だから、もうお役御免。放逐でしょ?
あとは好きにさせてもらうわ。今の私は、普通の女。
夢にすら見れなかった普通の人間。
私の人生を、運命を変えてくれた人と一緒に居たい』
『柊君は!』
『聞いた話では姉さんとは結ばれてないはずじゃなかったかしら?』
『……』
桜は、憎々しげに顔を歪める。
『当たりね!
私のすべてを見て、受け入れてくれた人。
人を好きになるってこんな感じなんだ。
すごく、すごい興奮してる』
『あなたの事が好きな訳じゃない!
義務感、その場で居合わせたから救っただけよ!
私の方が先だわ!!』
『誰だって、始まりはそうでしょ?
確かに最初の出会いは姉さんの方が先だったかもしれない。
でも、私と恭一の物語はこれからだわ!』
楓は、勝ち誇ったように顎に指を添えて笑う。
その姿は、まさ勝者の余裕を体現していた。
唯でさえ、相手は、奥手なのだ。
これ以上、競合者が増える事は百害あって一利なし。
桜の顔がどんどん曇っていく。
『桜様、楓様、お食事の準備が出来ました。
居間にお越しください。千奈様もお待ちしております』
険悪な姉妹の間を老人の声が遮った。
『お母様……千奈様も?』『珍しいわね。』
『久々に家族が揃いましたね。では、いただきましょう』
娘達が着席するのを確認し、千奈が手を合わせる。
『いただきます』『いただきまーす』
蟲卑雌と言えど、朝昼晩、3食の食事はごく普通の物だ。
3食分は……
これとは別に、体に蟲を捕食する食事、体内の蟲の食事が加わり、
一日に合計5食、摂取する事になっている。
桜は、依然として5食。楓は、3食に変わっていた。
この事もまた、桜のコンプレックスになっていた。
『……』
箸と器が触れる、わずかな音だけが鳴り続ける。
家族の団らんとは、とても言い難い晩餐だ。
味など分かった物ではない。
箸を使って、栄養分を口内、体内に取り込む作業に近い。
『千奈様、聞いてもよろしいでしょうか?』
桜は、意を決して口を開いた。
母親でありながら、こうして話す機会はなかなかない。
桜自身が苦手として、避けているというのもあるのだが。
『何か?』
『なぜ、楓を私の高校に入学させたのですか!必要ないのではありませんか?』
『姉さん、しつこい!』
千奈は、箸を置いて口を拭い、娘達をそれぞれ見て笑う。
『目的は、至って簡単です。
”柊 恭一”の入手です』
『……えっ?』
思わず聞き返す姉妹。
『先の戦闘で楓の中にいた”千奈”は消されてしまったわ。
これは当家にとって、一大事。
本来であれば、”柊 恭一”は蟲の誇りにかけて食らうのだけど。
彼には、蟲を滅殺、”千奈”ですら屠る”力”を持っている。
直接、我々が倒すには手に余る相手。
かと言って、黒連に指示する訳にはいかない。
厄介な存在。
では、共生の道を取りましょう。
彼の力ごと当家に取り込みたいの。
桜、楓、あなた達のどちらかが確実に”柊 恭一”を物にしなさい。
幸い、二人とも彼には気があるようだし』
千奈は、唇に指を当てて妖しく微笑む。
さながら、獲物を前にした猛禽類か。
『私が!』
『蟲卑雌より普通の女の方が恭一は好きだと思うな』
『楓!あんた!』
『ここで喧嘩しないで。彼は術者ですし、
蟲卑雌の桜であれ、元・蟲卑雌の楓であれ、
対等に接してくれるでしょう。
でも、あまり積極的でない……
その草食系と言うのらしいじゃない。
では、こちらから撃って出ましょう。
よいですか?必ず、彼を物にするのです!』
母親の”Go”で、娘達の瞳に火が灯る。
『早く!楓なんかに絶対渡せない!』
『姉さん、桜なんかに負けるもんですか!』
館の廊下では室外ではなく、室内から大音量が聞こえる。
エアコンが稼働しているにも関わらず、不快な湿度。
エアコンの駆動音以上の羽音、鳴き声。
食事を終え、千奈は、自室へ戻る中、頭の中で算盤を弾く。
……最速で収穫する事を考えると、
桜には”蟲卑雌のまま”で受精、着床して欲しい。
だが、柊君の性格を鑑みると、近日中に蟲は浄化、滅却されてしまう。
現時点で粘膜干渉が見られない以上、これは、物理的に間に合わない。
次点は、桜が彼との子供を授かるパターン。
その子の千奈としての器は確認するまでもない。
桜、楓などとは比較にならない”格”の後継者。
まぁ、最悪でも我が家に引きずり込んでしまえば、どうとでもなる。
私との子供を授かってしまえばよいのだから。
桜と楓、どちらに軍配が上がろうと私の一人勝ちに変わりはない。
あはは、ははは。
次期千奈は歴代、最強最高だわ。
私のかわいい、かわいい娘達。さぁ、私の中で存分に踊りなさいな。
均整の取れた顔立ちが愉悦とも憎悪とも知れぬ感情で歪む。
-草津東高校-
『おいっす~』
『おぅ!遅刻マイスター柊にしちゃあ、早いじゃねぇか。
どうしたよ?』
南が僕を見て笑う。
『最近、色々ゴタゴタしててさ。
なんかバランスっつーか、体内時計が狂ったみたい。
めちゃ早く目が覚めちまって』
『正義の味方は大変だな』
『おはようございます!
柊君!今、いいですか?ちょっと来て下さい!!』
南の言葉を遮り、吉野 桜が教室に入ってくる。
ずんずんと真っ直ぐにこちらに向かってくる。
珍しく、と言うよりも普段では出さない大声。
クラスメイトはあっけに取られるを通り過ぎて、ドン引きしている。
『えっ?ちょっ、ちょっと!』
桜は、僕の腕を掴み、有無を言わせず連行する。
『ナニアレ?』
残された南は、ただ僕らを眺めていた。
桜は、僕を保健室まで引っ張り、中に入ると鍵を閉めた。
何、この子、怖い。
僕の事など構わず、
手際良くカーテンを締めて、向き直る。
『さぁ、柊君!約束の時間です!』
『えっ?な、なんの事でしょう?』
あまりの展開の早さにキョドる僕。
『楓にした事を!私にするんですよ!
蟲を!今すぐ!消してください!』
桜は、僕の胸に指を突き付け怒鳴る。
『はいっ!』
勢いに押されて、背筋を伸ばして答えちまった。
『えっと、それじゃあ、服を軽く脱いで首元を見せて下さい。』
『分かりました』
言うなり、桜はスカートのファスナーに手をかける。
『待て!スカートを脱ぐ必要はない!』
『ちっ!そうですか、そうですね。では後ほど』
桜は冷静に答え、Yシャツのボタンを外し始めた。
あれ?今、この人舌打ちしませんでした?
今日、なんかおかしいぞ。
大丈夫か?後ほど……だと!?
『その、後ろを向いて、楽にして。今から術を使うよ。
僕を信じてほしい。
体調が悪いなら、今すぐじゃなくても……』
『大丈夫です!
食欲あります!平熱です!ばっちり睡眠も取りました。
さぁ、どうぞ』
なに、そのテンション?
一度、成功してる。きっと、今回もうまく行く。
僕の気分、体調も悪くない。
なぜ、僕はこんなに緊張している?
後ろを向いて、髪をかき上げている桜の首筋がとてもキレイで……
いかん!集中しろ!変な事を考えるな!
前回は、戦闘の中、今回は普通の、ごくごく日常だ。
なぜ、こんなに汗をかく?
集中だ、集中しろ、恭一!!
僕は、桜を洗面台に促し、その白い首元に手を当て、言の葉を繋ぐ。
『紡がれし骨子 穢れた系譜 この手で断たん 玲呪!!』
キィン!
『うっ、うっ、うっうげぇっ!』
桜は、痙攣、嘔吐し始めた。
洗面台に小さな蟲が吐き出されていく。
『うっ、つべっ、かっがぁっ!』
『少しづつ蟲が出てる。苦しいかもしれないけど我慢しないで、吐いていいんだ!』
桜の背中をさすり、声をかける。
千奈……楓の時は、”テケテケ”で削った後だった。
今回は、少し時間がかかるかもしれない。
10分前後でようやく嘔吐は収まり、疲弊した桜をベッドに休める。
息が荒いのが心配だが、体に外傷のような物は見られない。
大丈夫かな……
洗面台で生簀になっている蟲を”紫音”で感電させ、アルコールをかけてから焼く。
”炎刃”で保健室を炎上させる訳にいかないので、備品のチャッカマンで焼いたった。
保健室にこんな物がなぜ備品であるのか謎だが……
このまま流していいものか迷ったが、とりあえず下水送りにする。
少々焦げた洗面台は、まぁ、ご愛嬌って事で。
ベッドに戻ると桜の息は落ち着いており、穏やかな顔をして寝ていた。
玲呪は……きっと成功したんだろう。
横に座り、彼女の髪を、ほほをなでる。
最初に出会った、リストカット事件のこの場所で”玲呪”を
使ったのは、なんというか因縁、運命かな。
ほんのちょっと前の出来事なのに、感慨深い。
うむむ、僕、おっさん臭い……まだ、15なのに。
『んっ……』
眠りが浅かったのか、桜が目を覚ました。
『気分はどう?なんか、痛みとか、違和感とかある?』
桜は、首を少しさすり、
『うんとね、その……うまく言えない。
ははは、なんだろう、痛くはないんだけど、なんか変な感じ。
違和感なんだけど、嫌な感じじゃないよ。
うまくいったんだよね?』
『そう信じてる』
僕は、改めて桜を見るが、首、顔、腕、足……出血は見られない。
顔色だっていいんだ、成功してる。
『くきゅぅー。』
不意に何かの音が聞こえた。
あれ……この音……
桜の顔がみるみる赤くなる。
僕があえて口にする必要もないが、”あの音”のようだ。
腕時計を確認する、もう売店も開いている頃だろう。
『売店に行かない?たまには授業をさぼって早弁も悪くないと思うんだけど……
どう?』
『そう……ですね』
桜は、笑って僕に手を伸ばす。
起きたいのかと思って、反射的にその手を握ると、
ぐいっ!
思いっきり引っ張られ、僕は前に倒れこむ。
むに!
むにむにむにむに……
はっ!
『………』
一瞬の事だったんだ!
よく覚えてないし、分からなくて。
……
ごめんなさい、嘘つきました。
一生の思い出です。
僕、初めて女の子のおっぱい触りました。
それは、15歳の夏。
高校の保健室のベッドで、同級生の、吉野 桜さんの
おっぱい触りました。
思っていたより、ほんのちょっと硬くて。
制服の性かもしれません。ブラジャーの性かもしれません。
でも、すごく不思議な感じがして、手が止まりませんでした。
むに。
一瞬って言ったけど、何秒間か触っていたかもしれません。
むにむに。
これは、ややおぼろげです。むに。
本当です!
信じてください!!むにむにむに。
『あのぉ~』
『!!!』
桜の声で僕は我に返る。
『ごめん、その倒れこんでしまって!
つい、手が当たって!事故です!』
『結っ構ぉ~、長い間触ってましたよ』
桜の優しい笑顔が逆に怖い。
『あの……』
『そんなにおっぱい好きなんですか?』
『その……』
『ブラジャーずれて痛いんですよ』
『す、すみませんでしたー!』
気まずさから、下を向くと、そこには、白い太ももが!
しまった!
罠にはまった!
心臓ばくばく、鼻息フンフン出ちゃう。
『私の事、どう思ってます?』
『そ、そりゃ、黒連の……』
『黒連の蟲卑雌だから手を貸したの?もう、蟲卑雌じゃないよ』
『うん』
『普通の高校生』
『うん。その……友達だから……』
『ただの友達?』
『その……大切な……』
『柊君』
桜が僕のほほに触れる。
少し冷たくて、気持ちいい。
桜の顔が近づいてくる。
うわっ、うわわわわわ。
桜が……桜が!!
『ガッ、ガキャ、ガゴッン!!』
鍵をかけたはずの扉が派手に開いた。
『何してるんですかねぇ~?』
『柊君!あんた、ねぇ~!!』
『場所……考えなさいよ。』
吉野 楓、宇梶、天井先生の3人がこちらをガン見している。
明らかな悪意を持った、6つの瞳。
対してこちらは、ベッドの上。
やや服がはだけた桜、そして、僕。
現行犯です。しかし、僕は諦めない!!
『違う!き、君たちが考えているような事は一切なかった!』
『見苦しいわよ、柊君。』
天井先生の冷たい視線。
ここで折れる訳には!!
『何もなかった!なぁ、桜!』
『おっぱい、何度も揉まれました』
『マ・ジ・カ・ヨ!!』
桜は、大げさに胸を隠し、下を向く。
角度的に3人には見えず、僕しか見えないだろうが、若干、口角が上がっている。
こいつ……嗤ってやがる……ハメやがった。
『光田先生のところに行こうか。場合によっては、ご両親にも来て頂かないと』
天井先生が僕の腕をしっかり掴む。
『違うんです!本当に、そのっ!ご、誤解です!両親はヤメテ!』
『生徒指導室でゆっくりお話ししましょうか』
『さいってい!最低!最低!!』
宇梶がつばを飛ばさんばかりの勢いで僕を罵る。
『ごっ!』
宇梶のボディーブローが脇腹を抉る。更に……捩じる!
『うぎゅっ!!うっうっ!あぁあっ!』
天井先生に支えられているお蔭で、倒れはしないが、立ったまま痙攣するMy body。
『ガリッ!』
『いたっ!いだだだだだぁー!!』
楓が僕の腕に爪を立てる。
件の時と違って、握力がある。元気すぎます!
ちょっ、血が、血が出てるー!
『何してるんですか!何してたんですか!
姉さんと!よりにもよって、姉さんと!
ねぇ、柊君、柊君!!』
楓さん、落ち着いて!目が、目が怖いよ。
助けを求め、桜の方に目をやると、しれっと制服を正していた。
こっちを見ろっ!大惨事やで!
『違う!そ、その、あーっ!』
―生徒指導室―
『だはははははっは、ぼほごほっ!器官に入った!
で、詳細を聞こうか?』
僕の対面に座り、高橋が笑う。
『アダダニハワカラナイデショウネェ……』




