64.悪の手先 アナザー15 真赤な誓い
-館-
『驚いたな、本当に生きておったとは。』
作務衣を着た老人が、顎鬚をさすりながら、眼を細める。
『今、死にそうだ。客は、もう少し、歓待するべきだぜ。』
壁に拘束されたミナトが軽口を叩く。
門脇戦の後で、蟲に襲われた。
あの地域に居たんだ警戒すべきだった。
門脇の追撃に気を取られすぎていた。しくったな。
『死にそうになっておったお主を保護してやったではないか。』
『蟲師どもは、人を拉致して、監禁する事を保護するって言うんだな。
本当、頭に虫湧いてんじゃんねぇか?』
『うまいの。』
『褒めてねぇよ。』
ちっ、話が通じない。昔っから、この一族はこうだ。
ミナトは、周りを改めて見渡す。
拷問用ではないが、囚人、もしくは罪人用の牢屋か…
場所は、恐らく、蟲卑雌の館かな。
臭すぎる。鼻が曲がる。臭いが付いちまう。
術は、使えなくはないが、制限されているな。
ミナトは、両手の手首が稼動するのを確認し、ほんの一瞬、術を展開、解除する。
今は、おとなしくしておくか。
長老教会から助けが来るとは思えんが…
『お主に仕事を頼みたいのだが…』
『下手に出るなよ。断ったら、蟲で拷問する気だろ?
選択肢が無いじゃねぇか。』
『いや、お主の意思を確認しておきたいではないか。』
『あんたらのその律儀さをもう少し、他の事に回せないかな。』
『どういう意味だ?』
『ただの嫌味だ。続けろよ。』
皮肉の一つも理解しないのかよ。ほんと、十年経っても変わりゃしねぇ。
『実はの、蟲卑雌の一人が逃亡を企てておる。』
『珍しいな。今まで、掟は、絶対遵守だったんじゃねぇの?』
『左様。先日、次期女王の選別は終えたのでな、”器”落ちは、野に放ったのじゃよ。』
僕が抜けて、10年、世代交代も進むか。ふと、黒連にいた頃を思い出す。
蟲卑雌の女王。
直接、見た事はないが、先代は、美人だったと”光田”が言ってたな。
『その、なんだ、選抜落ちが逃亡を?いいじゃねぇか。
あんたらの言い方を真似すれば、”器”落ちの女なんだろ?』
『他の蟲卑雌への見せしめもあるが、次期女王が少々、ご執心でな。
処理を頼みたい。』
作務衣の老人がため息をつく。蟲師の中でも揉めているのだろうか。
『蟲卑雌の?それぐらい、僕を使わなくてもいいだろ?』
蟲なんか触りたくねぇよ。
臓物の臭いが更に酷いらしいしな。
殺した時に体液でも飛んできたら堪ったもんじゃねぇ。
ミナトは、心の中で呟く。
『頼みたいのは、雄、つがいの方じゃ。』
『つがい?』
『雄がおる。』
『はぁっ?!蟲卑雌の雄なんか?聞いた事ないぞ!』
『蟲卑雌ではない。どうやら、恋仲の雄がおるそうじゃ。』
『そっちも信じられねぇ。蟲卑雌だぞ。
変わり者にも程がある!もちろん、”贄”の男じゃないんだよな。』
『左様、”贄”の男ではないから、困っておる。』
好き好んで、蟲を抱くって、どんな感性してんだよ。どこのどいつだよ。
蟲卑雌の旦那は、黒連の中で、なんか密約があって、
外れ引いたヤツが務めるんじゃねぇの。罰ゲームじゃねぇの。
逆に見てみたいわ。
『この少年だ。』
老人が、写真を作務衣から出し、ミナトに見せる。
『!!!』
『名前は…』
『柊…柊 恭一。』
『知っておるのか?』
『まぁ、多少はね。結構、有名人だろ?黒連でも。』
『そうじゃ、困っておるのは、その処理じゃ。』
『殺すんだろ?ちょろいもんだろ?銃なり、術なり。』
『女王の命令でな。生きたまま、連れて来いとの仰せだ。』
『何、拷問するの?』
『女王が、”贄”にしたいそうだ。』
『ぷっ、ふははっははは。柊もなかなか、有名人にモテルなぁ~。』
両手は拘束されたままだが、ミナトは声を大にして笑い、足をバタつかせる。
『女王にも困った物だが、前・女王も興味があるそうで、是非にと。』
『うぉい、うぉい、うぉい。丼じゃねぇの?』
『丼?なんじゃそれは?』
『あぁ、気にすんな。人間の言い回しだ。
でも、なんで僕なんだ。手駒、使えばいいだろう。』
『知っての通り、この男、有名人でな。
黒連ももちろん、白鞘、果ては、あの大陸人も狙っておる。』
大陸人?長老教会じゃないな…あぁ、チャイニーズの事か。
『なるほど、手駒を使って、揉め事は嫌だと、で、僕なのね。』
『その通りだ。黒連に、身内は使いたくない。』
拉致ねぇ~。
事前情報だと、さほど特筆すべきじゃなかった気がするが。
まぁ、いい。小僧一人で命が助かるなら安いもんだ。
『分かった。引き受けるよ。小僧をもってくればいいんだな。』
『うむ、それまでは、監視をつけさせてもらう。
裏切れば、黒連に貴様の情報を流す。』
『了解。車と銃ぐらい、用意してくれ。』
『よかろう。車は、表にある。』
作務衣の老人が顎で示すと、若い男がミナトの手錠を外す。
ミナトは、手首を擦りながら老人を見る。
小僧と引き換えに僕を解放する?嘘をつけ。
成功するにしろ、失敗するにしろ、リークするつもりだろうが。
まぁ、いいさ。速攻でカタをつけてトンズラするか。
ミナトは、頭の中でそろばんを弾く。
-とあるビルの地下-
『左腕は切断しました。』
『本体は、現在、薬で眠らせています。』
『想定以上の戦闘能力です。』
『黒陽も7体、破壊されました。』
『やれやれ、また、追加予算申請が必要だね。』
『黒陽計画、企画時の性能は出てないな。費用対効果悪くないか?』
『あれは、今後のマネーゲームに使う物だ。すぐに効果は出んよ。』
『この男、生かしておくべきではありません。』
『しかし、生きたサンプルとしては、非常に”学術的にも”、”商業的”にも価値がある。』
『危険すぎる。人間を捕食している。』
『しかし、人間の捕食だけではなく、通常の食事もしている。
どういうエネルギーの補充方法なんだ。食事前後の生体反応が見たい。』
『面白いね。我々、人間の天敵に分類されるのか。進化の一つではないかな?』
『進化種にしては、行動が短絡すぎるよ。もう少し、合理的でなくては。』
『コアユニットと思われる左腕は切断してある。問題ない。』
『外観上は、一般人のそれとかわらんな。』
『膂力もさほどの数値ではありません。』
『戦闘映像では、瞬時に質量すらも変動している。非常に興味深い。』
『心拍数、血圧、電気抵抗は、常人とは、比べ物になりません。』
『鋏やワイヤーはともかく、あのキャノンは量産できないものかな。現物をみたい。』
『現在、クローニングの準備をしています。』
『すぐに結果を見せてくれ。』
『制御方法はどうする?』
『例の理論、試してみないか?』
『確か、もう一人、”同タイプ”の能力者が現存すると報告書で見たぞ。
そちらは、確保できないのか。比較したいな。』
『まさか、捕獲できるとはな。』
白衣を着た男女が輪になって議論している。
輪の中にあるのは、肩から切断された左腕。
黄緑色の液体で満たされた大きなビンに浮かぶ左腕。
その切断面からはまだわずかに真っ赤な血が出ている。
『ピー、ピー、ピー。』
隣の部屋では、白い拘束具に包まれた男が寝ている。
大小、さまざまなチューブが体に刺さっているその男は、静かな寝息を立てていた。




