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63.悪の手先 その十九 Sakura Nagashi

 朝、大阪がプリウスで学校まで送ってくれた。


 『じゃ、頑張るんだよ、若造!』


 運転席から、敬礼する大阪。


 『へいへい、どーも。』


 僕は、鞄を担ぎ、適当に礼を言う。


 傷は癒えたが、体力まではそうもいかず、気だるい体を引き摺り校舎に向かう。


 首を絞められた後遺症か、喉も痛い。


 右手も手首に違和感が残っている。


 さぼりてぇ~。


 あっ、グロック、プリウスの中に忘れちまった。


 去り行くテールランプを見ながら、僕は他人事のように考えた。


 


 教室に入ると、既に吉野は登校していた。


 美人なのに、あの雰囲気の性であまりクラスメイトとは打ち解けていない。


 一人で外の景色を見ている。


 何気なく、その視線の先を追うと、


 窓の外、電線にカラスがいる。


 絶対、司が中に入ってるな…こっち、ガン見してるし。


 さて、どうやって切り出したものか、ゆっくりと吉野の席に向かう。


 『その…吉野…さん、おはよう。』


 『おはようございます。柊君。』


 『あのさ…その…話があるんだけど…』


 『はい。ここではなんですし。行きましょう。』


 立ち上がり、満面の笑みを浮かべる吉野。


 僕らは、二人で教室を出る。


 林は、僕を見て中指を立てている。南は、ニヤニヤ笑ってやがる。


 えぇ~い、人の気も知らんと。


 『あっ、柊君、今日、し…バイトのシフト、入れる?』


 入り口で宇梶が僕らに割り込んできた。


 『すみませんが、柊君は、今日、私と帰るんです。


  その様な無粋な真似はやめて頂けますか。』


 冷たい目で宇梶に言い放つ吉野。


 『えっ、そうなの?どうするの?キャンセルするの?』


 僕を見る宇梶。


 『えっ?いやっ、そのぉ…へへへ。』


 思わずドモる僕。


 Nooooooooo!


 なぜに朝っぱらから喧嘩を売るんじゃい!


 宇梶も空気読めよ、ここは流してくれよぉ。


 びっくりするわ!


 『………』


 『………』


 『………』


 やばい、この沈黙はマズイ。


 誰かサポートをぅ!


 林は、イヤホンを耳に、南は、スマホイジリ始めやがった。


 友達だろぉが!!


 クラスの女連中もこっちを見て見ぬ振りだ。


 僕の周りの温度だけが、ぐんぐん下がっていく。


 これは、う、動けん。




 『うぉい、席着け~、ホームルーム始めるぞ。』


 天の助け!


 高橋が、教室に入ってきた。


 『先生!体調が悪いので、柊君と保健室で休みます。』


 吉野が先制攻撃を仕掛ける。


 それ、日本語の文法も含めて、いろいろ間違ってねぇ?


 僕は、心の中で即座にツッコむ。


 『あぁ~、そうか、なら仕方ないな。』


 マ・ジ・で・か、高橋!


 止めろよ!教師だろ!ツッコミ所満載じゃねぇか! 


 『あぁ、柊、ちょっと来い。』


 高橋が僕を手招きする。


 『なんですか?』


 高橋が僕の肩を叩き、耳元で囁く。


 『柊君、鳥谷から聞いているかも知れんが…


  吉野はな、”重要人物”なんだ。我々にとってね。


  ”機密情報”と言ってもいい。


  よぉ~く、考えて行動する事だ。節度ある行動をな。』


 目が、目がマジだ。こ、これは、マズイ。


 非常にマズイ。


 『では、柊君、行きましょう。』


 吉野は、僕の手を取り、保健室に向かい始める。


 『グッドラック。』

 

 高橋がそう呟くのを僕は聞き逃さなかった。  




 『昨日も戦闘があったと聞きました。お怪我は大丈夫ですか?』


 保健室で吉野は、僕に気遣い声をかけてくれる。


 僕は、空いているベッドに腰を降ろす。


 『あぁ、その、大丈夫。大した事な、ないかったから。』


 僕は、軽く手を振りながら応えるが、噛んでしまう。


 朝一の性か、保健室には、僕ら二人っきり。


 吉野の白い肌、黒いニーハイ。眼福でゴザル。


 嫌がおうにも、高まる期待!


 いかん!何を考えとるんだ、僕は!


 理性を取り戻せ!


 『その、黒連の任務ですよね…』


 『ん、そうだよ。』


 『その、他の人をかばったと…』


 『そりゃ、仲間だし、ピンチは助けに向かうさ。』


 『その柊君も…、陰陽の…術者なんですよね?』


 『一応ね、卵って言うのかな。駆け出しだよ。』


 『でも、話に聞いている術者とは何か違います。』


 『僕が、まだ、素人だから?』


 『そうじゃなくて、その、周りには、術者は、暗殺や呪殺をする者だと。』


 吉野が、シュッ、シュッとボクシングの素振りをする。


 それ、違くないか…


 吉野のか細い手では、なぜかこっけいに見えてしまう。


 『僕は、どちらかと言うと、戦闘補助や治癒なんだ。』


 『司は、稀代の術者だって。』


 『買いかぶりだよ。喧嘩も実はした事なかったんでさ、弱いんだ。殴るのも苦手で。』


 お手上げのポーズをして苦笑いする。


 『なんで、そんな人が術者してるんですか?』


 吉野もつられて、笑う。 


 『ほんと、些細なきっかけ。笑っちゃうような事だよ。


  でも、今は、案外、嫌いじゃない。』


 『私も、少し前までこういう事になるとは思いませんでした。


  ずっと、ずっと、隔離されていたものですから。』


 『隔離?黒連の…施設か何かで?』


 『館と呼ばれていますが。


  私、蟲卑雌(ムシヒメ)なんですけど…その女王候補だったんです。』


 『女王候補?』


 『柊君、本当に何も知らないんだね。』


 『あ、その、ご、ごめん。』


 『ほんと、術者失格ですよ。


  ふふ、冗談です。


  蟲卑雌(ムシヒメ)は一人だけという訳ではありません。


  私の親族、当然、女性が対象となる訳ですが、


  その中で選ばれた人間が女王と呼ばれる種を体内に宿すんです。』


 吉野は、僕の横に座り、人差し指を立てて続ける。


 近いよ、吉野さん。この距離は。


 『女王…』


 『恐らく、私のいとこか、妹が選ばれるでしょう。


  もう、選ばれたのかも。


  私は、適性が低く館を出る事になりました。


  一応、補欠にはなっているみたいですけど…』


 『そっか…』


 『だからこうして、学生を、高校生する事ができます。』


 『こうして会えたもんな。』


 僕は、少し湿った話題を変えようと明るく話す。


 『えぇ、遅ればせながら、学生生活を満喫します。


  そして、柊さんには、ちゃ~ぁんと、約束を守って頂きます。』


 吉野が両手で僕の腕を握る。


 あ、握力ありますね、吉野さん。


 『いつか、蟲卑雌(ムシヒメ)を止めて、日の当たる場所へ出たい。


  普通に笑っていたい。


  柊君も、その、治癒の術者としてなら、”黒連”続けてもいいですよ。』


 『誓うよ。必ず。黒連の先の事は、おいおい考えるよ。』


 僕の舌、滑らか~。


 何言ってんスか!  


 『その…、さっきも言ったのですが、今日、一緒に帰りませんか。』


 『お、おう。』


 ヤバイ、吉野、かわいい。


 心拍数、上昇。鼓動音、上昇。体温、上昇。


 いかーん!どんどん、進む。


 意外に積極的なんだな、吉野。


 感心している場合か!


 フラグも自動、ルートも自動!


 なんじゃ、このイージーモードはぁ!! 


 いかんですぞ、恭一殿、このままでは、いろいろと!


 しかし、吉野は、この通り美人!


 僕の男としての遺伝子的には、全然OK。もろストライクゾーン。


 しかし、ナニをナニして…バレたら…。


 ど、どうする?




-館-


 歴史を感じさせる和風の屋敷。


 羽音がする。鳥類ではない。虫系のあの音だ。


 臭いも酷い。


 その奥で、一人の着物の女性が鏡を見ている。


 がりがりに痩せており、年齢の判別が難しい。


 白髪の為、老婆にも見えるが、


 もしかしたら、少女なのかもしれない。


 

 

 『姉は、桜。妹は、楓という名前にしよう。』


 『流石は、千奈(せな)様のご息女、素晴らしい適応力です。』


 『姉さん…』


 『あのね。楓。私ね、好きな人ができたの。


  すっごく変わった、変な人。でも、凄いんだよ!』


 『やれやれ、桜は、”器”落ちか。


  まぁ、いい。楓がおる。』




 『次期女王は、楓様か…』


 『しかし、解せぬ。適応力は、桜様の方が高かったはずでは?』


 『確かに。』


 『千奈(せな)様の推薦と親族会での決定だそうだ。』


 『蟲の考える事は分からんね。』


 『しっ!滅多な事を言うな。餌食にされるぞ。』




 『おめでとうございます。楓様。いや…千奈様。


  無事、継承の儀が終わりました。』


 『楓、あなたには期待しているわ。』




 『なんで一緒に生まれたのに…


  姉さん、あなただけが自由になるの。


  許せない。許さない。


  あなたの大切な物を…  


  姉さん、あなただけが幸せになれる訳ないでしょ。


  だって、私達、蟲卑雌(ムシヒメ)なんだから。


  お母様だって、お婆様だって、みんな。


  あなただけ特別なんて、許される訳がないじゃない。』


 鏡に映る”少年”を睨む眼だけが、頬こけたその顔で光り輝いていた。

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