62.悪の手先 その十八 プリーズフリーズ
ずくん!
左手に反応が、コレは…以前にもあった、共振。
もしや…僕は、震える左手を押さえる。
『ブィー、ブィー、ブィー。』
鳥谷の携帯が鳴ったのは、それとほぼ同時だった。
『もしもし。』
『司!ヤツが来た。すぐに撤退しろ!』
『ヤツ?』
『件の”化物語り”だ!』
『!!!』
鳥谷は、携帯を切り、僕らの方に向き直る。
『すぐにココを出るわよ。』
『どしたの、急に?』
大阪が、ペットボトルのコーラを飲みながら不思議そうな顔をする。
『ムジナ達を襲ったヤツがすぐそこまで来てる!』
やっぱり、あの男か!
『この間のカリを返してやる。』
ムジナは、牙を剥き、扉に向かう。
『やめて!まだ、怪我人がいる。ここじゃダメ!
あなただって、傷はふさがったばかりでしょ!?』
両手を広げ、鳥谷がムジナを制止する。
『怪我人がいるからこそ、誰かがここでヤツを止めねばならん。』
ムジナは、ゆっくりと鳥谷の肩を押しのける。
『そうですね。』
僕は、ムジナに相槌を打つ。
『大阪さん、戦闘はできます?』
『ごめん、ムジナを退ける相手だと正直、厳しい。』
大阪は、悔しそうに爪を噛む。
『鳥谷は?』
『私も…戦闘タイプじゃなくて…』
鳥谷も首を振る。
『OK!僕が足止めします。その間に鳥谷、大阪さんはみんなを連れて撤退を。』
僕は、強壮剤を追加し、扉に向かう。
『そんな、ひいら…ドクター、一人じゃムリだよ!』
鳥谷が僕の腕を掴む。
『私も行こう。』
『ムジナさん、あなたは、撤退組のしんがりを務めてほしい。
まぐれとは言え、僕は、”一度”ヤツに勝ってる。
僕を見れば、多少なりともプレッシャーになるはず。
僕も無理に戦闘はしない。
隙を見て離脱するよ。時間かせぎだ。
鳥谷、”閃光蓮”の札はあるかい?』
僕は、ムジナの協力をやんわりと断り、鳥谷に右手を伸ばす。
『札は、…2枚なら。』
鳥谷は、巫女装束から札を取り出す。
『上等。早く移動を!』
鳥谷から札を受け取り、皆を入ってきた扉とは逆の方向に促す。
『若き医者よ、感謝する。死ぬな。』
『また、会いましょう。ムジナさん。』
僕は、帽子のつばに手を当てて、会釈する。
グロックを大阪のプリウスの中に置きっぱなしにしたのは痛いな…。
僕は、入り口の扉を少し開け、”御堂乱流”を放つ。
『乱』『流』
両手の手のひらから霧が発生する。
『!!!~!!』
『!?~!!』
外から誰かの声がする。黒連の見張り役か?
誰かが”ヤツ”と戦っているのだろう。
『鳥谷!外で戦闘しているメンバーにも撤退の連絡を!』
僕は、後ろを振り向かず叫ぶ。
『分かった。君も無茶しないで!』
『死んじゃダメだからね!』
鳥谷と大阪の声が聞こえる。
『あいよ!』
ある程度、霧が発生したところで、術を止め、寺から出る。
外の階段には、ヤツが…やはり、あの男がいた。
左手は、治癒したのか傷は見当たらない。
『ふん、やはり、お前か。奇妙な縁があるな。』
男は、スニーカーの靴紐を結びなおしながら笑う。
Tシャツにジーンズ、右手には、月の光で反射し、
ギラギラ光る趣味の悪い腕時計をしている。
『しつこいな。ストーカーかよ。』
『今日は、騎士様はいないのかい?』
左右を見ながら、男は、僕に尋ねる。
『そいつは、どーかな?』
周囲には、十分に霧が行き渡っている、月の光も曇り空で視界、不十分。
まわりに敵がいる”かも”しれないと思わせる事ができたはずだ。
『一人で俺に勝てると思っているのかな?』
『前回みたいにミディアムレアに焼いてやるぜ。』
僕は、男を指差し笑う。
『ほぉ~、やってみろ!ガキが!!』
男は、両手を広げ、吼えた。
僕は、男に向かってゆっくりと歩を進める。
『まずは、前回のおさらいだ。
百鬼夜行 口裂け女!』
男の左手がどす黒く光り、大きな鋏が出現する。
『百鬼夜行 テケテケ!』
僕も鎌を両手で構える。
階段の上と下。距離は、6~7m。
僕が上だ、有利な位置だ。
『ガンッ!ギャッギャァー、ガン!』
鋏で階段を引っかき、耳障りな音を立てながら、男は登ってくる。
『行くぜぇ~。』
男は、口を歪め、一気に駆け上がってきた!
『”鋭針装”!』
僕は、自身に術を施し、左側から回り込む。
『!!!』
前回よりも、予想よりも速く移動する僕に男は目を見開く。
『こいつ!!』
『はっ!』
僕は、脇を締め、コンパクトに鎌を振る。
『ギャイン!』
火花を散らし、鋏と鎌が交差する。
止めを刺す必要はない、丁寧に、丁寧に、落ち着け。
僕は自分に言い聞かし、左、左、右と鎌を繰り出す。
『ちぃっ!』
防御は出来るものの、男の顔に苛立ちが浮かぶ。
鎌の方が、鋏より大振りになるが、そこは、鋭針装でカバーできる!
『これなら!』
鎌の連打で鋏を弾き、体を軸に鎌を回し、柄で男を殴打する。
『ぐっ!』
こめかみに柄が当たり、男は階段に倒れこむ。
もらった!
僕は、右手を突き出し、詠唱する。
『”流れる白光、薙ぎ払え、雷吼…”』
『百鬼夜行 首なしライダー!』
僕が術を放つよりも速く、男は後ろに飛んだ。
『なっ!!』
詠唱を止め、よくみると男の左手からワイヤーが伸びている。
あれで自らの体を引っ張ったのか…
『野郎…舐めた真似してくれるじゃねぇか、おいっ!!』
こめかみから流れる血を拭い、男が僕を睨む。
『成長期でね、伸びるのが早いんだよ。お前は、ここで止める。』
僕は、背中に汗がどっと吹き出るのを感じながら精一杯の演技をする。
『もしかして、あんた…、弱くなったのか?』
『殺す!!』
男は、右手を腰に伸ばし、何かを抜く。
ヤバイ!
直感的に僕は、階段から横の茂みに飛び込む。
『タン!タン!タン!』
茂みの陰から覗くと、男の右手に銃が握られていた。
危ねぇ、そんなもんまで持ってんのかよ。
『タン!タン!カチン!カチン!』
だが、銃は不慣れなのか、すぐに弾切れを起こす。
『くそっ、使えねぇ!』
男は、銃を投げ捨て悪態をつく。
『おいおい、ノーコンだな、大将!!』
僕は、わざと大きな声を張り上げる。
『小細工はヤメだ!吹き飛ばす!
百鬼夜行 一本だたら!!』
男の左手が大砲へと、その姿を変える。
来た!予定通り!!
『死ねっ、オラァッ!』
『”プレパ・レイド”!』
僕は、発射の炸裂音に合わせ、淡い紅色の壁を展開する。
『ゴギャギャッ!』
弾丸は、その進軍を止める。
よし!
僕は、茂みを出て、男に一直線に向かう。
『そう来ると思ったよ。
百鬼夜行 手長』
男が邪悪に笑みをこぼすと、その左手が真っ二つに割れて飛び出し、
一方は、僕の右手を、もう一方は、僕の首を締める。
『しまっ!ぐぅぅ。』
油断した。新しい能力があるなんて!
左手で首を絞める腕を解こうとするも、腕力が…力が適わない。
『うぅぅ。』
息が…
男は、もがく僕を軽々と持ち上げる。
『がっ!あっ、おおおっ!』
足が階段から離れ、重力で首が更に絞まる。
『いやぁ~、最高だわ。してやったりって感じだな。』
男は、右手で首を左右にゴキゴキと鳴らし、舌を出して笑う。
『どうだろう?
このまま、窒息するのと、地面に叩きつけられるのはどっちが好きかな?』
くそっ、くそッ!
僕は、右手に力を込める。
『紫お…』
『手癖悪ぃぞ!』
ミシィッ!
僕の右手が嫌な音を立てる。
『ぐぅぅぅぅ。』
やばい、意識が…視界がぼやけて…。
『ふふん、注射男と言い、この手長と言い、グッドタイミングで能力が手に入るな。
日頃の行いがいいからかな?どう思う?』
男は、上機嫌で僕に話しかけてくる。
『ぐっ…。』
『おいおいっ、返事ぐらいしてくれてもいいだろ?』
首に更に力が加えられる。
『うっ、うっ。』
涙で視界が歪む、頭痛が酷い。なんとか、なんとかしないと。
『残念ながら、今回、騎士様は来ないようだ。
小便散らされてもなんだしな。頭をカチ割ってやろう。』
男は、僕をさらに高く持ち上げる。
『あばよ!』
させるかー!
『百鬼夜行 紫の鏡!』
左手を男に向け、僕は、ありったけの力を振り絞る。
『ギャアァァァッァ!』
紫の鏡は絶叫し、虹色に光り輝く。
『なっ、なんだコレは?』
男は、右手で頭を抱え、地面に膝を着く。
右手と首の締める力が弱まり、僕は地面に放り出される。
やっぱり、撹乱系の能力だった!賭けだったけど、成功した。
『て、でめぇ…。ぐぇぇぇっ!』
男は、頭を抱えたまま、その場でゲロをぶちまける。
時間は稼いだ!これ以上は、無理だ。
僕は、ポケットから札を取り出し、男に投げつける。
『砕!』
僕の声に呼応し、周囲が白く染まる。
『お、お前、おおおおおおっ!!』
”紫の鏡”に加え、”閃光蓮”の光に驚いた男は、階段を踏み外し、下まで転がり落ちる。
『はぁーっ、はぁーっ!』
満足に動かない右手を左手で支え、僕は階段を上る。
何処に行けばいいか、分からないけど、逆に、遠くに行かなきゃ。
『どこだっ!出て来い!
百鬼夜行 一本だたら!』
ろくに目の見えない男が、怒り狂い、デタラメに大砲を放つ。
爆音が後ろで響いている。
くそっ、頭痛が…、フラつき、真っ直ぐに歩く事もままならない。
膝を着く僕の前に、ふっと、大きな犬が現れる。
『乗れ!しゃべるな、舌を噛むぞ。』
犬は、返事を聞く前に、僕を背に乗せ、寺を、山を駆け上がる。
犬の背中で揺られながら、僕は意識を失った。
『ん?』
目を覚ますと、知らない和室、布団の中だった。
右腕は、誰かに治療されたのか包帯が巻かれていた。
『いっ、痛てて。』
『大丈夫?』
部屋の扉が開き、鳥谷…司が顔を出す。
『なんとか。みんなは無事?』
『みんな大丈夫。柊君が一番の怪我人。』
司は、少し困ったように笑う。
私服なのかスウェットを着ている。
巫女装束以外は、初めて見たな。
髪の毛も下ろしている。
ツインテールより個人的には、こっちの方が似合うと思うし、好みだな。
髪の毛もキレイだし、
スウェットのサイズもダボダボじゃないから、清潔感がある。
間近で見ると、カワイイな、オイ。
人使いの悪ささえ、なんとかなれば…。
『ここ、つか…鳥谷んち?』
まだ、痛む右手に”慈恩”を施し、僕は、尋ねる。
『そう、この子に運んでもらったの。』
司が部屋の隅を指差す。
『うぉいっ!』
今、気付いたが、隅に犬が伏せていた。
さっきは、よく見れなかったが、銀色の体毛だ。
シベリアン…なんとかみたい。
以前に遭遇した、大狼とは少し違う。
ラブラドール・レトリバーとゴールデン・レトリバーって感じ、…違うな。
犬は、専門外だ。うまく例えれない。
ガンダムなら得意なんだが…。
『はじめまして、司のお気に入り君。
ナイスファイト。』
犬が笑う。
『ありがと。あの男は?』
『黒連の戦闘部隊が向かったけど、その後は不明。』
『そうか…。』
窓の外を見ると、夜が明け始めていた。
『本当に、すごく、すごく強くなったね。』
不意に司が話し始める。
『ん?なんだよ、急に。これでも、白さ…えっと…、黒連のエースだ。』
犬を見て僕は、少し言い方を変える。
『大丈夫、この子も柊君の事、知ってる。』
『スパイなんだが…結構、顔、割れてんのね。』
『スパイなのに、派手にドンパチやって、派手に手柄を立ててるから。
黒連の中では、新人とは思えぬ、白鞘屈指の術者。
脅威だが、黒連にも理解を示す温厚派って事になってる。』
『ジェームズ・ボンドみたく?』
『世界的に有名じゃないけどw。
これからは、命”は”狙われないと思う。
多分、知らない人間は、あなたを”黒連”に誘うと思うよ。おかしいね。』
司は、僕の側に座って笑う。
『どっちにいるのか分からんねぇ~。』
僕は、おどけて肩をすくめる。
『黒連だから。黒連にいて。』
急に司が真面目な顔をする。
『冗談だよ。僕を誘ったのは鳥谷だろ?言うなれば僕の先生って訳だ。
裏切る訳ないだろ、生徒を信用しろよ。』
『信用してる。絶対、絶対、裏切らないで。
でも、裏切られても…、私じゃ、もう、手も足も出ないね。』
司は俯き、両手を合わせ、指を組む。
『その割には、結っ構、僕をこき使ってるぜ。
心配すんな。鳥谷に向けて、”雷吼鞭”なんか、BANって撃つか?
撃つ訳ないだろ。』
僕は、左手で銃の形を作り、司を撃つ仕草をする。
『あはは、ありがと。
あっ、そうそう、柊君、桜、口説いたでしょ?』
『へっ?』
意外な所を突かれ、笑顔から一転、僕は目が点になる。
『さ、桜?なんの事だか…』
『ふぅ~ん、トボけるんだ。あれだけ、言ったのに。』
司に襟首を掴まれ、僕は思わず視線を逸らしてしまう。
部屋の隅に居た犬がそそくさと、部屋を出て行くのが見える。
『私、言ったよね!手を出さないでって!』
『いや、待て、何も…司っ、落ち着け!』
『言ったよね!!』
『ひひまひた(言いました)。』
司に顎を掴まれ、ひょっとこのような口で返事をする。
『蟲卑雌様なんだよ!どうすんのよ!』
『待っひぇ、何も、何もひてない(してない)。』
『じゃあ、コレは何かしら?』
司がポケットから携帯を取り出し、画面を見せてくる。
『TO:司
FROM:桜
件名:ごめん
本文:今日、柊君に告白されました。
彼の真剣な思いに、私も答えようと思います。
私、蟲卑雌なのに、
普通に、ううん、すごく優しくしてくれた。
知り合いだって嫌がる蟲だらけの、この手を握ってくれたの。
この仕事を止めて、彼と一緒になれたらいいなって。
ずっと一緒だった司には、言っておきたくて。
私、こういうの初めてで、
電話じゃ、うまく言えないからメールするね。
応援してくれると嬉しい。
また、進展したら連絡するね。』
『あばばばばば…。』
僕は両手で携帯を掴み、何度も画面を見る。
『これは…、どういう事だ?』
『私が聞いてんのよ!』
司のチョップが僕の首に決まる。
『ぐはー!』
僕は、頭から布団に突っ込む。
『本当、どーするのよ!』
司に首を絞められ、前後に揺さぶられる。
『待てっ!司さんっ!
落ち着けっ!告ってない!何かの…。』
『じゃあ、なんて言ったの!?』
『えっ~と、ですね…。』
僕は眉間に指を当てて、思い起こす。
『あのね、そのね。
こういう仕事はいかがなものかと。
普通の生活もあるのではないかと。
僕なら、蟲卑雌をヤメさせれる、と。
必ず、その…、救ってみせる。と。』
『それを世間じゃ、告るって言うのよ!』
司に突き飛ばされ、再度、布団に突っ込む僕。
『どーすんのよ!』
『どーしよう?』
『私が聞いとんじゃいっ!』
怪我人の僕を司は容赦なく蹴り飛ばす。
み、右手がぁ~。
『この事が黒連にバレたらどーすんのよ!
あの”化物語り”よりも、よっぽど深刻な問題だわ。』
司は、頭を抱え、考え込む。
『僕の下につけるべきじゃなかったよね。
司の配置ミスだよね。』
『開き直んな!!』
司の肘うちが僕の頭頂部に刺さる。
『げふぅっ!』
『いい?今日、学校行ったら、即、桜に蟲卑雌様、続けて下さい。
ってお願いして!懇願して!土下座して!』
『えぇ~っ!今日は、学校、お休みしたい~。』
『サボんな!ボケェッ!』
司のバックドロップが華麗に決まり、僕は再び眠りに落ちた。




