61.悪の手先 その十七 一騎独善
-昼休み-
吉野に呼び出され、理科準備室へ。
『ではまた、お願いします。』
吉野は、慣れた手付きで制服の袖を捲くる。
『その…待った。』
僕は、吉野の手を握る。
『…どういう事ですか?』
吉野はカミソリを取り出したまま、その手を止める。
『いきなりだけど、この間…この前の話の続きがしたい。』
僕は、真剣な顔で吉野を見る。
『この前とは?』
『この仕事の話だ。』
吉野がカミソリをしまい、ため息をつく。
『柊さん…』
『話をまず聞いてくれ。方法が二つある!』
吉野の言葉を遮り、僕は話し続ける。
『一つは、”玲呪”。呪いを断ち切る術だ。
二つ目は、百鬼夜行 テケテケだ。』
僕は、左手に鎌を発現させる。
『えっ?えっ?』
吉野は初めて百鬼夜行を見たのだろう、突然の現象に驚いて
目を白黒させている。
そして、一息つくと、まじまじと鎌を見つめだした。
『今は、まだ届かない。
でも必ず、”吉野”は自由にしてみせる。
独り善がりかもしれない。
けれど、もう選択肢がないなんて言わせない。絶対に!』
一人興奮して、高らかに宣言する僕を見て、吉野が少し困った様に笑う。
『ホント、本当に…柊さん、あなたは”天才”なんですね。』
『その言葉は…成功した時に聞かせてほしい。』
『でも、私を止めても…』
『なら、次の人も救う!その次の、次の人も!!』
『あははは、無茶苦茶だわ。だだっこみたい。』
吉野がお腹を抱えて笑い出した。
『我がままかな?我がままだね。
でも、この力で吉野を救って見せる!』
『あはは、ひ、久々にこんなに笑いました。』
吉野は、笑いすぎてこぼれた涙を拭う。
『そんなに笑わなくていいじゃん。本気なのに…』
僕は、唇を尖らして、下を向く。
鎌を持ったまま、俯く僕の姿は相当シュールだろう。
『アテにはしてないけど…頑張って下さい。
でも…ほんの少しでも、蟲卑雌を本気にさせたんです。
責任は取って下さいね。』
僕の手を強く握り返し、吉野が有無を言わさぬ顔で微笑む。
なぜか、吉野の唇がすごく赤くて、すごく、その…綺麗だ。
『…はい。』
あれ…んっ?ちょっと違うぞ?
まぁ…喜んでくれてるみたいだし、いいか。
-進路相談室-
『最近、顔ツキがよくなったな。
覚悟を決めた術者の顔だ。師匠としては嬉しい限り。』
高橋が上機嫌で給料の入った封筒を僕に渡す。
『覚悟を決めたって言うと、死にに行くみたいなんでやめて下さい。
まぁ、腹はくくってますけど。
変わらず白鞘、人使い粗いです。吐いちゃう。』
『ガハハ、信用されてる証拠だ。期待値の裏返しだよ。
どんどん、出世しろ。男は出世してナンボだぞ。』
『他人事みたいに言わんで下さいよ。
先生、マジな情報を。
白鞘内部で黒連と休戦したがっているグループがいるそうです。』
『…出所は確かか?だまし討ちやトラップでは困るぞ?』
笑うのを止め、高橋が神妙な面持ちになる。
『件の外国人グループとの抗争もあり、白鞘も疲弊しています。
信憑性はあると思いますが…』
『ふむ…それが確かなら、まぁ、悪くない話だ。俺個人としてはな。』
高橋は腕を組み、答える。
『一度、黒連のメンバー、幹部とでも言えばいいですかね?
掛け合ってもらえませんか?
まだ、白鞘内で調整したワケじゃないんで、声かけだけでも。』
『よかろう、手配する。』
『ありがとうございます。
あっ、僕が言っておいてなんですけど…
今の会話、なんか合コンのセッティングみたいですねw』
『ちっ、最近の高校生はナメテんな!
俺らの時代は、大学生でも合コンなんて滅多になかったんぞ。』
『先生…オッサン臭いです。』
『ぺっ!柊、来月の給料、楽しみにしとけ!』
つばを吐くフリをして、高橋が言い捨てる。
『キタネェ!職権乱用だ!見苦しいぞ、オッサン!』
『たくましくなるのは有り難いが、憎たらしいのは頂けねぇな、オイッ!』
『未来ある若者を妬んでじゃねぇ!人生ロスタイム!!』
『うるせぇ!俺だってまだ現役なんだよ!!
偏差値30が!』
『任務で忙しいから勉強なんてできないんだよ!
ちったぁ、解答の一つぐらい回せよ!!』
『オォッ!教師にカンニング依頼するたぁ、
ズイブン、可愛げのない真似するじゃねぇか!!』
僕と高橋は、互いの胸元を掴みながら、毒を吐き続けた。
-帰宅途中-
高橋との毒舌会を終えて、帰宅する僕に”大阪”から電話がかかってくる。
『ヤフ~!!今、大丈夫ぅ?』
『ムリです。』
『柊先生の診察のお時間です。』
『ムリです。』
『では、玉川中学前でお待ちしております。』
『ムリです。』
『ブチン!』
切れた。
僕の記憶が確かならば…今の会話は、何一つとして、
全く、成立していなかった物と思われるが…
玉川中学前、何食わぬ顔で”大阪”の前を素通りしようとする僕を…
『やっちゃん、エッナジィーウィィィィング!!』
大阪の容赦ないドロップキックが襲う。
『うっぼぉぁっー!!』
僕は、自転車ごと横転する。
『て、てめぇ!痛いじゃないか!
危ないじゃないか!怪我したらどーすんだよ!!』
『先生、診察のお時間がやって参りました。』
しれっと大阪がのたまい、大げさに頭を下げる。
『疲れてんだよ!別の日でセッティングしてくれよぉ!』
『こっちだって切羽詰まってんだから仕方ないでしょ!
男でしょ?根性見せなさいよ!行くわよ。』
嫌がる僕を引き摺り、プリウスに無理やり押し込む大阪。
『あぁ、チャリ!チャリを!!』
『あぁ、もう、うるさぁ~い!!
自転車なんか乗らないでしょ、この車に!
はいはい、この中学校の自転車置き場に止めなさいよ!もぉ!』
『なんで、あんたが切れてんだよ!!』
今日は、他人とよく喧嘩する日だ。
-大津市 山奥の小さな寺-
前回とは違い、山奥の寺の駐車場で車から降ろされた。
『ヨットハーバーじゃないんですね。』
車で、制服からロンT、ジーンズに着替え、帽子を被りながら大阪に尋ねる。
『前回は、柊君、信用されてなかったから~。』
『おいっ!人を半ば強引に連れてきておいて、酷い言いようだ!』
僕は、不平を口にする。
『まぁ、最初だったし。ほらっ、司も待ってるわよ。行こう。』
大阪に背中を押され、僕は、渋々、寺へと続く階段を進む。。
『いらっしゃい。ドクター。』
寺の中では、鳥谷が待っていた。
相変わらずの巫女装束だ。
薄暗い寺の中だけに、白と赤の装束が目立って仕方ない。
ここまで来るのにも、あのカッコのままなのか?
『強引に連れて来たんだ、何かあったのか?今日の患者は?』
僕は、少々嫌味を含ませ、鳥谷に尋ねる。
『相手が白鞘でも、例の中国人Gでもなくてね…患者は、この人。』
鳥谷は、後ろを指でさす。
だが、後ろには誰もいない。暗闇だ。
『どの人?』
僕は、目を凝らして、聞き返す。
『私だよ。小僧。』
『!!!』
いきなり、鳥谷の後ろの壁が動いた。
いや、暗くて見えていなかったが、大きな黒い毛皮と言うか…
熊だー!
『うっわ!デカ!』
僕は、思わず、逃げ出そうと扉に向かう。
『はい、ストップ。』
大阪が僕の腕を掴む。
『ちょっ、ちょっ、熊だって、熊だって!』
『今更、何よ。大蛇だって見てきたでしょ?』
大阪が呆れている。
『生まれて初めて、野生の熊、見たんで…何か…その。』
戸惑う僕。
『変わった医者だな。』
熊が僕を見て笑っている。…のだろうか?
よく見ると、腹部の毛が剥がれている。かさぶたにもならず、血が滲んでいる。
火傷…か。
『ごめん。すぐ治療する。』
僕は、ロンTを捲くり、熊の腹部に手を当て、”慈恩”を施す。
火傷の範囲が広い、一度では、回復し切らない。
繰り返す必要があるな。僕の体力が持つか?
『ごめん、こないだの強壮剤、また欲しい。』
汗を拭いながら、僕は術をかけ続ける。
『準備してる。』
鳥谷が、ポケット?から強壮剤を取り出す。
ん?巫女装束ってどんな構造してるんだ?
『飲み物は、水?お茶?コーラもあるけど…』
大阪の手にはいつの間にか準備されたビニール袋が握られている。
『水でいい。』
僕は、ペットボトルの水と強壮剤を飲み、治療を続けるが、なかなか、回復しない。
これは…術による火傷か?
『その…熊さん、この傷は、陰陽術かなにかで負ったものですか?』
僕は、熊に尋ねる。
『”さん”をつけてくれるのは有り難いが、私の名前は、”ムジナ”だ。
推測の通り、術で傷付けられた物だよ。”化物語り”から受けた物だ。』
『!!!』
僕は、目を見開く。
”化物語り”…もしかして…
『その”化物語り”は、年齢20代前半~後半の優男じゃないですか?ロンゲの。』
『顔が広いな、その通りだ。知り合いかな?』
熊改め、ムジナは、目を細める。
『僕も先日、殺されかけまして。なんとか迎撃したんですけど…』
『『!!!』』
鳥谷と大阪が驚く。
『そんな情報、聞いてないわよ。』
腕組みしながら、鳥谷が聞き返してくる。
『話す機会がなかっただろ。その…黒連のメンバーで戦闘したわけじゃないんだ。』
知っているのかもしれないが、一応ぼかして話す。
『ふぅー、ドクター、敵多いわね~。』
ため息をつき、苦笑する鳥谷を横目に僕は、心の中で愚痴る。
誰の性でこんな状況になったんだ、誰の性で!
『その”化物語り”は、どうなったの?』
『恐らく、逃げた。こっちもボロボロだったんで、止めも、死体も確認できなかった。
戦闘場所は、古びたゴルフ場だ。左手に火傷か傷を負わせているはず。
あと、大きな鋏と、大砲を使う。』
『間違いないな。その男だ。』
ムジナが憎憎しげに肯定する。
『じゃあ、この傷は、大砲の?』
『あぁ、至近距離で撃たれたよ、身内もやられた。』
あの野郎…
大砲が、百鬼夜行の力が治癒を阻害しているのか…。
細胞が、不活性化?僕は、少し考え、閃く。
『ムジナさん、ちょっと痛むかも。我慢して下さい。
”鋭針装”、”慈恩”。』
術を丁寧に重ねる。
『ぐっ!』
ムジナが、歯を食いしばる。
”鋭針装”で細胞を活性化、そこに”慈恩”を施せば…
僕の読み通り、治癒が加速、傷が塞がる。
まだ、毛が生え揃わないが、これは時間の問題だろう。
『ふぅー。治療完了です。毛は、自然治癒でお願いします。
少々、スースーするかもですけど。』
僕は、額の汗を拭い、帽子を被りなおす。
『最初は、半信半疑だったが、腕のいい医者のようだ。』
腹部をさすりながら、ムジナが笑う。
ガタイの大きな熊なんだが、笑うと愛嬌があるな。
『そりゃ、どーも。』
一気に水を流し込み、僕も笑う。
『何、ほっとしてるの?まだ、終わってないですけど~。』
間延びした大阪の声に振り返ると、鳥谷の後ろに、小さな狐が数匹…、
いや、十匹はいる…。
火傷、切り傷、いろいろな傷を負っている。
全てあの男の仕業か。くそっ、あの時、止めをさしていれば。
過去を後悔しても遅いし、仕方がないが、悔やみ切れん。
『先程、話した身内だ。是非、君に治療を頼みたい。』
ムジナがご丁寧に説明してくれた。
『はいっ、強壮剤!』
鳥谷が笑顔で強壮剤、アンプルを渡してくる。
『先生、ガンバっ!』
大阪も肩を叩いてくる。
この状況で断れるはずもなく、闇医者、柊は、今日も夜遅くまで営業する。
『おやおや~、獲物の臭いを追ってきたら、思わぬ気配もあるなぁ~。』
優男が、笑いながら寺へと続く階段に足をかける。




