38.悪の手先 その十四 あんなに一緒だったのに
-自宅-
白鞘での訓練を終え、家に帰ってくるなり着信だ。
しかも、登録していない番号だ。
面倒だなぁ、出ないでおくか。
『ピピピピ…』
いたずらにしては随分と長い。
仕方がない。出るか。
『はい、柊で…』
『遅い!いつまで待たせんのよ!』
キィィィン。
僕は、スマホを耳から遠ざける。
うぅ、耳鳴りがする。誰だよ、コイツ。
『どなたですか?』
僕は静かな怒りを湛え、低い声で応対する。
『えっ?カラスから聞いてないの?治療の件!』
女の声だ。どこかで聞いた事があるな。誰だ…
『あぁ、それか。連絡ないので、僕の体力を鑑み、キャンセルかと。』
『タ・イ・ミ・ン・グ!あんたが帰ってくるのを待っていたのよ。』
『そりゃ、どーも。』
『つー事で、すぐ、玉川中学校 正門前集合。』
『見てたんなら分かると思いますけど、僕、白鞘の訓練後なんで疲れ…』
『すぐ、集合!』
『はい。』
『ブチン!』
電話は乱暴に切られた。
くそぉー。扱いが酷えよ。
シャワーぐらい浴びたいよぉー。
僕は、しぶしぶ制服を脱ぎ、パーカーを着て部屋を出た。
もちろん、グロックは常備だ。
玉川中学なら歩いていけるな…
スニーカーの靴紐を結びながら、母親に友達の家に行くと嘘をついた。
-玉川中学校 正門前-
僕がぺたぺた歩いていると、
『ダッシュ!ダァッーシュ!』
玉川中学校の正門前で女が騒いでいた。
近所迷惑で恥ずかしい奴だ。
ん?見た事あるぞ、あぁ、”大阪”だ。
いきなり”紫音”をかましてきた僕のもっとも好みじゃないタイプの女だ。
だが、その後は、その”紫音”が活躍している。
感謝すべきなのだろう。
だが、肝心の大阪は、場違いな白いコートを着てやがる。
目立ってどうする。
僕は、取り合えず小走りする。
『久しぶり、柊君。見ない内に立派になったわね。雰囲気変わったわよ。』
『お久しぶりです。大阪さん。』
僕は、丁寧に返す。
『相変わらず。”やっちゃん”でいいのに。
まぁ、立ち話もなんだし、行きましょう。車に乗って。』
大阪は、プリウスを指し、僕を促す。
黒連って悪の組織だよな…
プリウスってなんかイメージが違うんだが。
つい笑ってしまう。
『これ?大阪さんの車ですか?』
『やっちゃんのじゃなーい。黒…会社のよ。』
大阪がウインクする。
助手席に座りシートベルトをする。
大阪は運転席に座る。2人だけのようだ。
『武器とかは車の中に置いていって。
心配かもしれないけど、変な揉め事起こしたくないでしょ?』
『分かりました。』
僕は、パーカーに隠してあったグロックを助手席のシートの下に入れる。
『後、これ。』
大阪は、ヘアワックスとスポーツサングラスを渡してきた。
『取り合えずの変装。オールバックにでもしちゃって。』
普段、髪の手入れをしないから、ワックスを使うのに少々、抵抗がある。
おっ、思ったよりベタ付かないぞ。
適当に髪を掻き揚げる。
最後にサングラスをかけ、助手席のミラーで確認する。
うん、いい男。完璧だはw。
『任務については全く聞いてないの?』
『抗争があった事。かなりの被害が出た事くらいです。
一つ質問があるんですけど。』
『何?』
『白鞘とも争ったと聞いたんですけど。
白鞘の僕のチームにはそんな情報回って来てないんですよ。
大きな抗争だったんですよね?』
『う~んとね。
白鞘と抗争があったのは事実なんだけど、
それは以前からあった物とそれほど変わらないの。
問題は、中国人グループとの方。
テレビでもやってるでしょ。
報道される…つまり、表側に洩れちゃうぐらい。』
『裏では相当なドンパチ。』
『そういう事。』
『治療、僕、一人でなんとかなります?』
『一応、何人かは、かき集めてるみたいだけど…、当てにしないで。
柊君が本命。
まず、重傷者から優先でお願い。
今回だけでなくこれからも依頼する事になるわ。』
チャらい外見とは裏腹に大阪は真面目な顔で話す。
『了解です。』
僕は、頷くしかなかった。
大阪に連れられて着いたのは、瀬田の小さなヨットハーバーだ。
ヨットハーバーかぁ…あの大蛇との激戦…嫌な思い出が頭をかすめる。
『どうしたの?疲れてんなら、強壮剤あるわよ!』
大阪がコートから小さなアンプルを出し、手渡してくる。
『いいすよ。ちっと、その…感慨に耽ってただけです。』
『なぁ~に?それ、オッサン臭~い。』
大阪が笑う。
ほっといてよ。
『患者はどこにいるんすか?』
『えっとぉ~、3番…倉庫?あっち?』
『なんで疑問形なんだ!?不安になるだろうが!しっかりナビしてくれよ!』
『大丈夫!やっちゃんを信じなさい!』
胸張られてもなぁ~。その自信はどこから来るんだ?
2人してふらふら歩いていくと、不意に目の前に2人の男が現れた。
油断してた性もあるが、気配を感知できなかった。
男達は、手で進むなと合図している。
一人は、ロン毛の若い男、もう一人は坊主のおっさんだ。
2人ともかなりできるな。
『大阪と…誰だ?噂の医者か?』
『そうそう、司から聞いてないの?』
『聞いているが……』
2人ともある程度距離を取り、僕を注視する。
やはり、戦闘タイプだな。迂闊に近づかない。
『すまないが、チェックさせてもらう。』
おっさんが顎で指示し、若い男が僕のボディチェックをする。
大阪に言われた通り、グロック置いてきて正解だったな。
『…後ろ向いて。……OK。武装なし。』
男が報告する。
『まだ、完全に信用はできない。大阪と2人で行動してくれ。
治療に来てもらっておいて、申し訳ない。』
おっさんが僕に頭を下げる。
『当然でしょう。分かってます。』
僕も答える。
若い男を先頭に僕、大阪、おっさんの順で進み、
木造の倉庫に着く。
古びた入り口を潜り中に進むと、ふっと血の匂いが鼻についた。
『いらっしゃい。ドクター。この姿で会うのは初めてね。』
倉庫の真ん中にいた巫女が話し掛けてくる。
黒髪のツインテール、場違いな白と赤の巫女装束。
年の頃は、僕と同世代だろうか。
『…この姿?………お前、カラスか!?』
僕は、サングラスをずらし、目の前の巫女を凝視する。
『ツ・カ・サ。鳥谷 司。
そんな呼び方やめてよ。猫の時もあったでしょ?』
カラス改め、司は指で僕の眉間を突きながら笑う。
『ひぇ~、本当に女だったんだな。』
僕は、まじまじと目の前の巫女を見る。
『何?信じてなかったの?』
司は、ほほを膨らます。
『ここ最近、信じられない事が立て続けに起こるものでね。』
僕は、ほんの少し嫌味を込め、肩をすくめる。
僕と司のやり取りに先程の男達が戸惑っている。
『その、間を割ってすまないが…治療を…その為だろ?』
おっさんが口を挟む。
『あぁ、ごめんなさい。患者を連れてきて下さい。始めます。』
僕は、パーカーの袖をまくり、肩を回す。
さぁ、オペ開始と行きますか!
治療は夜遅くまでかかり、僕は仕方なく大阪の強壮剤に頼る羽目になった。
一応、今日の患者は治療し終えたようだ。
大阪が指でOKマークを出し、司がペットボトルのジュースを手渡してくる。
『お疲れ様。なんか、おかしいね。』
不意に司が笑う。
『何がさ?』
僕は、ジュースを飲みながら聞き返す。
『最初はこんなに続くとは思わなかったの。』
『使い捨てるつもりだったのか!』
僕は、憤慨する。
『違う、違う。あなたが仕事を投げ出すと思ってた。』
司が、手を振って否定する。
『それもずいぶんと失礼な話だ。』
僕は、冷ややかな目で司を見る。
『ごめん、ごめん。勧誘する前にね、少し事前調査をしたのよ。
ホント、時間なかったからから、簡単だけど。
出席率はいいけど、成績悪い、劣等生。
何かいっつも笑ってるんだけど、つまらなさそうだった。
あきっぽいのとは、また違くて、何と言うか…
変に達観しているみたいだった。
でもって、根性なさそうだったし。』
『おい、てめぇ…喧嘩売ってんのか?』
僕はこぶしを強く握る。
『あはは、いい意味で私の見込み違い。
小さな任務も丁寧にこなしてくれたし。
覚えてる?最初の任務。
”はじめてのおつかい”。笑っちゃうよね。
今や私達にとって、なくてはならない人物にまでなっちゃった。』
司が少し困ったように笑う。
『これからも無茶言うけど、末永くよろしくお願いします。Dr♪』
司がうやうやしく頭を下げる。
『こちらこそ。お手柔らかに。』
僕も微笑み返した。




