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102.正義の味方アナザー 殺し屋はカローラフィールダーでやってくる #3


 柊との一戦を終えて、烏丸と合流すると、その後の指令は予想外のものだった。


 『撤退?』


 『そう、今日はここまで』


 烏丸は驚く僕をよそに、こともなげに言い放った。


 特段、感情を込めるわけでなく、自らの枝毛を気にしながら平然としている。


 『ここの、拠点防衛任務はいいのか?』


 『先程、廃棄が決定しました。白鞘のデカイ部隊が来る』

 

 『ここの坊主共は?』


 『さぁ、上からの指示はありませんでしたね。小西さん的には延長する気でした?』


 烏丸の茶化す口ぶりとは逆に、その顔は笑っていなかった。


 『早めにこの山を下りましょう。


  小西さんの"N"を使って私と二人で早急にね』


 "早急に"という言葉にアクセントがおいた指示に僕はスマートフォンを操作して答える。


 『Face Off Nighthawk ステルス1 テイクオフ!』


 僕たちが光学迷彩で包まれるのを確認し、烏丸の手を引いて施設を出る。


 所々に雲がある性で月光は頼りなく、草木で体を擦りながらの下山になったが、


 道中で僕も烏丸も無言のままだ。


 途中、後方で大きな炸裂音が聞こえたが2人とも振り返ることすらしなかった。


 すれ違うもの、追ってくるものもいなかった。


 『運転は私がします。助手席へ!』


 峠道の窪みに隠してあったカローラフィールダーに2人飛び乗り、


 更に現地から遠ざかる。


 僕は消化不良で終えた戦闘の名残を振り払うように、ニット帽を窓から捨てた。




 現地から30分ほど走らせた頃、僕らを乗せた車はコンビニエンスストアで止まった。


 『トイレ?』


 僕がスマートフォンを弄りながら訊ねると、彼女は前方を指差し、


 『これから小西さんにはあのレイクコープの202で暮らしてもらいます』


 本日二度目の想定外の指示だ。

 

 『ん?僕、愛知県におうちあるんですけど』


 『引っ越し済みです』

 

 食い気味に望んだ答えではない方が返ってきた。


 『しばらく身を隠してください』


 『マテ、身を隠すのであれば、現地から遠い愛知県の方がいいのではないか』


 『お金は払っていますので、家賃を気にする必要はないわ』

 

 『ちょいちょい説明を端折るのは悪い癖だぞ』


 『ずいぶんと口が回るようになりましたね。うつ病もだいぶ回復されたようで何よりです』


 『お陰様でな。登山に戦闘、運動量も前と比較ならないぐらいするしね。


  セロトニンも過剰産出してそうだ』


 『……』


 『……』


 不毛な沈黙が車内に漂う。


 『これからの任務はこちら、近畿方面で展開される予定です。


  その度に一々、愛知から移動するの手間でしょ?』


 『……』


 『荷物運んじゃっているから、愛知県のあそこに戻ってもなんもないわよ』


 『……』


 『何よ?』


 『いや一言、二言というか全然言葉足らないじゃん。エ●ァンゲリオン並みに説明不足やで』


 咄嗟に思いついた皮肉を放つが、

 

 『エヴァン●リオン見たことない』


 それは不発に終わった。


 『……』


 烏丸はジト目でこちらを見ている。これ以上の説明は彼女も持ち合わせていないようだ。


 『了解、あそこで待機してりゃいいんだな』


 僕は観念して、やたらと凹凸やギザギザのついた古いタイプのカギを受け取り、車を降りる。

 

 『明日の午後には方針もまた決まってくると思うから、連絡するわ』


 彼女は捨て台詞を残して車で走り去る。


 『この時間から荷物ほどくのはつらいのだけどね』


 僕の追加の嫌味はカローラフィールダーには届きそうにないな。


 


 田舎道をゆっくり歩いていくと少しぬるい湖風が吹き、先程の戦闘での汗を冷やしてくる。


 目の前のレイクコープ以外にまわりに建物はなく、田んぼばかりだ。


 晴れた日はのどかな景色を堪能できるのだろう。


 レイクコープの駐車場には数台しか車が止まっておらず、


 この時間の割にはずいぶんと空いているように思えた。空室が多いのかもしれない。


 念のため、建物周りの逃走経路を確認し、


 階段で2階へ上ると、階段のすぐ真横に202はあった。


 便利っちゃ便利だが、突入されたらベランダから出るしかないな。


 もらった鍵を使いに中に入ると、そこには僕の嫁がいた。




 『あの、ここ、僕の家なんですけど。その、社宅というか』


 開けた扉の先には髪を束ねた見知らぬ女性が立っていた。


 部屋No.はいくら確認しても202だし、未だに鍵は鍵穴にささったままだ。


 『えぇ。ここはあなたの、私たちの家です』


 『たち?』


 怪訝な顔をする僕を目の前の女性は睨んでくる。いや、目を細めただけか。


 割と美人だが狐顔だな。女狐だ。こういう女は男を平気で捨てる。


 情がなくて、笑って裏切るタイプだ。


 ラフな格好をしている性か、ガラや育ちも悪く見えるな。


 『何か?そういう顔をされると傷つくんですけど』


 彼女は壁にもたれかかり、細い眉をさらに眉間に寄せたが、


 そんな相手を前に僕は立ったまま途方に暮れてしまう。


 どうしたらいいのさ。

 

 『玄関に立っているのもアレですし、上がったらいかがですか』


 『お、お邪魔します』


 『オカエリナサイ、アナタ』


 うーん、結婚したことがないので言われたことはないが


 本来ならもっと色っぽい台詞のはずだ。心、ときめかねぇな。


 初めて見る我が家。自分でやるつもりだった荷物はすでに紐解かれていた。

 

 リビングの椅子に腰かけて、部屋の間取りはざっとみて2LDK。

  

 見慣れた自分の家具、持ち物が置かれているが、配置が僕の好みと合わない。


 違和感マシマシ、この人とはセンス合いそうにないわ。


 『何飲みますか?ビールでいい?』


 『お酒は飲めないし、飲まない』


 『あぁ、そうでしたね、失礼、書いてました』


 書いてました?どういう意味だ?


 『どうぞ』


 『どうも』


 目の前にコップが差し出されて、一息をつくとプシッ!と炭酸系の炸裂音が聞こえた。


 彼女の持った缶の記載を見るにアルコールだな。


 『続きを話しても?』


 無作法に足で椅子を手繰り寄せながら、女狐が笑う。足が長い自慢かな?


 『お願いします』 


 『改めて自己紹介を。小西 真咲マサキです。あなたの妻です。


  年齢は34歳。誕生日は3月27日。出会いは東近江市役所。


  あなたが民間企業からの出向者で、私が市役所の契約社員でした。


  官民共同のプロジェクトで知り合い、喜怒哀楽を共にして

 

  1年間のお付き合いを経て籍を入れる運びとなりました。


  わたしの最終学歴は滋賀……』


 『ちょっと待って、意味が分からない』


 淡々と矢継ぎ早に話し続ける自称僕の妻。


 『どこから?』


 『最初からだよ!僕、結婚してないしな!』


 なんでそんな不思議そうな顔をしてるんだよ!僕の理解が遅いみたいな顔をするな。


 傷つくだろ。


 『今日しました。こちらコピーになります。あとこちらも』 


 目の前に婚姻届けと書かれた紙が出され、左手に指輪をはめられる。


 『ちょいちょい!痛い!自分でつけるよ!大丈夫、大丈夫だから!』


 くそぉ、握力が高い。指曲がるやんけ。


 涙目で婚姻届けを確認するが、本物を見たことがないため、真贋を見極められない。


 こんな女が書いたのか不明だが、字がとてもきれいなのが腹が立つし、


 他人に自分の名前を書かれるのはあれだな、ちょっと照れるな。


 この女の旧姓はたいらと書かれていた。


 『旧姓は、たいら真咲まさきです』


 『なぜ、こんなことを?』


 付けなれない左手の指輪の位置を調整しながら彼女の顔を再度見る。


 『烏丸から何も聞いてないんですか?』


 僕はスマートフォンを取り出して確認するが、着信、メールもなかった。


 念の為、真咲に見えないようにあのアプリを立ち上げる。


 『ここに行けだけだよ。しかも、戦闘の帰りにね。


  さっき、そこのコンビニエンスストアで言われたばかりだよ』


 『ずさんな対応でっふねぇっ!』


 『……目の前でゲップするのはやめてくれないか』


 『夫婦ですので、水入らずです』


 まったく悪びれることなく、新妻が笑う。


 『では続きを話しますね。今後は小西さんは私と行動を共にしていただきます。


  明日の午後には次の計画が開示されると思います。


  内容は今までと変わりません。烏丸を含め、3人で工作、誘拐、暗殺です』


 『僕、そんなプロのアサシンじゃないんですけど』


 思わず苦笑しながら、テーブルの下でスマートフォンを操作する。


 『新興の陰陽術師だと聞きましたが』


 『新興?いわゆる一般的な陰陽術とは違うかもしれないけどね、F/Oは』


 『使ってみてもらっても?』


 『実はもう使ってるよ』


 ちょっとしたいたずら心で僕は彼女の"後ろ"から声をかける。


 『えっ?』


 彼女の目の前にはテーブルの椅子に座った僕、彼女の後ろには窓際に立った僕。


 『いつの間に?いつから?』


 飲みかけのビール缶を置いた新妻の顔がみるみる不機嫌なものに変わっていく。


 『おおよそ聞いているかもしれないけど、僕のF/O(能力)は光学迷彩。


  蜃気楼や幻術みたいなものだね。よほどの手練れならば勘付くかもしれないけど、


  一見さんにはこの通り。まず見破れない』


 彼女はいわゆる陰陽術師でもF/Oユーザでもないのだろう。2人の僕を交互に見ている。

   

 そして立っている後方の僕に手を伸ばすが、その手は空を切る。


 『残念、そっちがデコイ。あくまで光の屈折。触れないよ。


  どうやって言葉を後ろから発したのかは企業秘密としておこう』


 僕は種明かしをして、能力を解除、わざとらしく音を立ててお茶をすする。


 真咲はようやく顔色を戻し、何か思案している。


 恐らく僕がF/O発動させたタイミングでも考えているのだろう。


 大したこともないのだけど、考え事をする妻の顔もまた悪くないものだ。


 ここはもう少し楽しむとしよう。


 そんな僕をよそに彼女は自分のスマートフォンを取り出し、話し始めた。


 『烏丸?マサキだけど!こいつ、性格悪い!』


 『あはは、大丈夫だって。性格はゆがんでいるけど、ビビリだから。


  危害は加えない。嫌味やショボイ嫌がらせが関の山よ』


 『新婚初日なのよ!』


 『僕はそれをさっき知った』


 『あなたは黙ってて!』


 『病める時も~、健やかなる時も~』


 『烏丸、あんた!あっ、切りやがった!薄情もん!』


 『素敵なご友人をお持ちのようで』


 頬杖をつきながら提案するが、


 『あなたの上司でもあるのよ』


 光速のカウンターが返ってきた。


 『痛いところをつくね』


 僕は笑いながら、窓から見える月を眺めた。




 『今日はもう遅いですし、お風呂でもいかがですか』


 一連のやりとりで疲れたのか、呆れたのか彼女は苦笑しながら奥のスペースを指差す。


 『えっと、そうですね。そうします』


 『左の部屋が寝室。右が洗面所とトイレ、奥がお風呂。


  寝室のベッドの下、右の引き出しに下着と替えの服を入れてあります』


 『どうも』


 急に日常生活に戻ると、リズムが狂うな。


 しかも、新妻付。ほんの少し前のメンタルダウン生活がもはや懐かしい。


 着替えを取り、洗面所で見たことのないドラム式洗濯機の中に汚れた服を入れる。


 この洗濯機、僕のじゃないな。彼女の持ち物か?ずいぶんと新しい、新品かな。


 代金とか、今後の生活費はどうするんだろう。僕持ち?折半?


 とりとめのないことを考えながら湯加減を確認していると、不意に浴室の扉が開く。


 『失礼しまーす♪』 


 『どぅわっ、ちょいっ!』


 予想だにしておらず、対応が一手遅れてしまった。


 後方から左手を取られたので強引に振りほどくが、狭い浴室で動きが制限される。


 彼女をつき飛ばそうとするも、”イチモツ”を先に握られてジエンド。


 体中から冷汗が出てくる。この女、なんてことしやがる。


 『ご自慢のF/Oもやはりスマートフォンを所持していないと使えないようですね。


  先程は後れを取りましたが、単純な体術では私が上。


  丸腰で背中を向けるのは無防備すぎません?本当に格闘技経験もないんですね』


 真咲は体を近づけて、耳元でいたずらに成功した子供のように囁く。


 『新婚初日なんでね!油断したのさ、イタあたた。ギブ、ギブアップ』


 『では、新婚初日なので許します』


 股間の圧迫感が解放されて、改めて彼女と浴室で対峙する。


 『なんであんたも裸なんだよ』


 『夫婦水入らずでお背中でも流そうかと』


 『ちょっと待って、本当に全裸ですやん』


 間抜けなことは二度も聞いてしまう。


 『服着たままお風呂に入る趣味がおありですか?』


 『いや、ないけどさ。僕達出会ってまだ1時間ちょっとよ』


 『あっ、たかしくん、初めて?ドーテイだった?』


 『ち、違うわ!いきなり下の名前で呼ぶなよ!』


 『セカンドバージン?』


 『……別にいいでしょうが、僕の話は!』


 『意外にかわいいとこあるじゃないですか』


 女狐にいいように言われて、眉間にしわが寄るのが分かる。


 しかし、狭い浴室で、この近距離。嫌がおうにもいろいろ映る。


 言っちゃ悪いがそんな自慢できる体じゃないからな!あんた!

 

 なんでそんな自信満々で接近できるんだよ、小腹出てるからな!


 『そろそろ入りませんか、流石に風邪を引きますよ』


 『お先にどうぞ、誰の性で夫婦漫才する羽目になったんだ、誰の性で』


 『いえいえ、旦那を立てるオンナですので』


 そう言って力づくで僕を椅子に座らせ、背中からお湯をかけられる。


 旦那の立て方が違うと思うの。


 他人に体を洗われるのはいつぶりだろうか。


 いつかの元カノの顔がよぎるが、黙って下を向き真咲に任せる。


 彼女の所有物と思われるボディソープの香りが浴室を満たしていく。


 『小西さんの情報は、会社から開示されています』


 『どこまでさ』


 『元カノの名前が”ゆきな”というところまで』


 『分かった、ギブアップ』


 『数年前に振られ、仕事でも体調を崩し……』


 『聞こえているだろ!もういいってば!』




 おかしな夫婦生活の幕開けはそれはそれは、騒がしいものでした。

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