100.正義の味方アナザー はじまりの速度
-今より十数年前 少し古びたマンションの一室-
リビングで若い男女が話している。
生活感のあるテーブルからその2人が夫婦であることがうかがえたが、
まだ陽も高いにも関わらず、そこには重い空気が漂っていた。
『あなた、聞いた?あの子の判定は、BCにすら届かない。Cよ』
『そうか』
『なんでよ!あなたと私の子なのに!
なんであの子がCなのよ!』
高圧的でかん高い声が響かせて、女性はテーブルを叩き、
テーブルの上に置かれた通知書を握りつぶしてみせた。
その通知書には幼い少女の写真が写っている。
『仕方ないじゃないか。結果は、結果だ。
元々、僕も君も戦闘タイプではないだろ?
経験、練度が高められない以上、僕達自身もランクを維持できない。
あの子が僕達以上の数値を出すことは……ないだろう』
男性は女性とは対照的に落ち着いていた。
しかし、伏し目がちにため息をついたところを見るに、
言葉とは裏腹にかすかな期待をしていたのだろう。
その僅かな期待、思いはあえなく散ったのだ。
『そんな…、これじゃあ、ますます言われるじゃない!
あなただって聞いているでしょ!
私たちのことを、私たちの噂を!』
『……』
男性は何も言い返さない。
脳裏には自分たちを嘲笑する同業者の姿があった。
『年々、落ちぶれていくな、あの家は』、『所詮は、窓際の人間だからな』
『我々のように体を張っている訳ではない、当然だろ』
『まぁ、デスクワークですから、仕方ありませんよ。そういう人も必要ですから』
今に、今に見ていろ。
僕のアレが完成すれば、今の陰陽術など。
文字通り、時代遅れにしてやる。
選ばれた特定の人間の、
長年の練度に頼ることなく、
万人にその”力”の供給を!
個人に眠るその資質を発揮させる、日々の鬱屈を剥がすその願いを!
新たな思い、仮面をその手に!
‐少女の査定が判明した翌日‐
さびれたチェーン店の隅でスーツ姿の男が食事を取っている。
その姿はあまりにも力がなく、リストラされたサラリーマンにも見える。
ほかに客もいないガラガラの状態にも関わらず、
一人の女性がわざわざ男の前に立ち話しかけた。
『はじめまして、新堂圭太さん。ここよろしいですか?』
相手の返事を待たずに、女性は新堂の前に座った。
『……どうして、私の名を?』
『同業者ですので』
対面の女性はメニューに視線を落とし、そっけなく答えた。
新堂自身はこの女に見覚えがなかったが、直感で危険なにおいを感じた。
敵ではないが、信用には値しない人物。そう認識した。
真面目に対応する必要もあるまい。
『私は都落ちのデスクワーク、窓際でね。
同業者であっても知る人間は少ないんだがね』
新堂も女を見ることなく、食事を続ける。
『今は。ですよね。
試作中の”アレ”が完成すれば既存の陰陽師を見返すことができる。
時代遅れの連中を駆逐し、新堂の名がとどろきますよね』
『!!!』
間髪入れずに放たれた女の言葉に新堂は目を見開く。
カチン!
新堂は食事に利用していたスプーンを置き、隠していた獲物に手を添える。
『……』
そんな新堂を無視して女は下を向いたままだ。
『申し遅れました、わたくし鳥谷一門の者です。
”レイブン”と呼んでいただければ』
『最初にそれを言ってくれないか。窓際族でね、小心モノなんだ。』
女はまるでいたずらに成功した少女のように笑いながら告げる。
『”ヴィクター”からの伝言です。”F/O”の初号機が完成した。
来月初旬に来日するので試験に立ち会ってほしい』
-現代-
薄暗い部屋で少女がスマートフォンの画面を一心に見つめている。
その画面にはその少女自身と一人の少年が写っており、
学生服を着た少年は照れているのかやや顔が赤くなっている。
あのね、
お父さんも、お母さんも私を裏切ったんだ。
もう死んじゃったけどね。
ダメなのかな。
私がダメなのかな。
私が陰陽術師になれなかったから。
ほんの少ししか術が使えないから。
あの子みたいに速く動けたら、
あの子みたいに霊剣が使えたら、
あの人みたいに強かったら違ったのかな。
あんな風に走りたいな。あんな風に戦いたいな。
あんな風に。。。
でも、もういいの。
そんなのもういいの。
私にはね、キミがいるから。
年下のキミ。
キミは裏切らないで。絶対に裏切らないで。
1回は見逃してあげたんだよ。許してあげたんだよ。
次はダメだよ。
絶対に裏切っちゃだめだよ。
ゼッタイニ ダレニモ ワタサナイ
ダレニモ ワタサナイ
私の王子様
私だけの王子様
私との約束を無視しないで、
私だけに約束して、
私との約束に答えて。
少女の持つスマートフォンが鈍い光を放ち始めるが、
少女の目は虚空を見つめていた。




