96.正義の味方 アナザー 殺し屋はカローラフィールダーでやってくる
-殺し屋はカローラフィールダーでやってくる-
俺の名前は、小西。
社畜から、殺し屋にジョブチェンジしたアラフォーだ。
つまらない仕事で人生を浪費している事に嫌気がさしたんでね。
もちろん、独身貴族なのは言うまでもないだろう。
すみません。格好つけました。
正確に言うと社畜も辞めてません。
精神を病んで、いわゆる療養中の身、ポンコツのドロップアウト組です。
そんな落ち武者が殺し屋、アサシンです。世も末ですね。
-遡る事、3カ月前-
愛知県A市 市立図書館
僕は、2週間に一度のメンタルクリニック通いの後、市立図書館に寄った。
平日の午後、客はまばらだ。多いのは受験生とおぼしき学生、次点で老人だ。
僕のような年齢層は少ない。いない訳ではないが、
その心中を察するに……やめておこう。
当然、今のこの時間ならば基本的には働いているはずなのだから。
僕だって、3週間前までは働いていた。あの監獄のような場所でだ。
そんな事を思っていると、偏頭痛が襲ってきた。
仕事、会社やメンバーの事を考えると、ストレスからだろうか、
頭痛、下痢、吐き気が順番にやってくる。
抗うつ剤、安定剤、睡眠薬と多くの薬を飲んでいるのに一向によくならない。
今日の通院でまた薬が増えてしまった。本当に凹む。
日に日に減っていく貯金も、頭痛の種だ。
いかん、またネガティブになりすぎてしまう。
楽しい事を考えよう、愉しい事を!
図書館に通い詰めた成果で、自己啓発系の本はコンプリートしてしまった。
たまには趣向を変えて、動物の写真集とかヒーリング効果が期待できそうだ。
『カピバラ』なんか愛くるしいし、心に平穏をもたらしそうな気がする。
そんなどうでもいい現実逃避をしながら物色を続けた。
-その夜-
お金を使わずに時間を潰すなら、ソーシャルゲームの無課金に限る。
更に徹底的に張り付く事だ。画面を凝視しすぎて、頭痛がする程にな。
僕はわずかな経験値と引き換えに同じステージを繰り返していた。
仕事では苦痛な単調作業の繰り返しが、こと趣味になると快感に変わる。
不思議な物だ。ところが、ここでも悩みの種がある。
配信された新作のソーシャルゲームのダウンロードが一向に進まない事だ。
バグなのだろうか、アプリのレビュー欄にもダウンロードできない。
ゲームが進まないと記載されていた。
いわくつきのゲームだけに期待していたのに、もどかしいなぁ。
スマートフォンが熱を持ち始めた頃、急に画面が着信に切り替わった。
『0565-**-****』
ん?誰だろう?市外局番からだった。
勤めている会社からか?今更、僕に用事があるとも思えないのだけど。
僕はこの番号をどこかで見た事がある気がして、電話に出てみた。
『はい、もしもし』
『夜分遅くにすみません。
私、新堂クリニックの烏丸と申します。
小西さんの携帯でよろしかったですか?』
『あっ、どうも、いつもお世話になってます。はい、小西です』
通院しているメンタルクリニックからだった。なんの用だろう。
『新堂先生から容体、回復があまり芳しくない旨聞かれたと存じますが、
その際、説明のあった特別体験治療についてご検討頂けましたでしょうか?』
『?、あぁ、あれですね』
お薬マシマシを先に言われた為、ほとんど耳に入ってこなかったのだが、
確か気分転換も兼ねてボランティアでもやってみないかと言われた気がする。
今の状態では出不精だし、人に会いたくないのが本音だ。
正直に言って、気乗りしない。
『迷われると思いますが、会社を休まれて家と病院の往復では中々気持ちも
上向かないのではないでしょうか。重労働ではありませんし、
税金の関係上、大きい声では言えませんが謝礼も少し出ますよ。
いかがでしょう?』
謝礼か……、仕事に行っておらず貯蓄が心もとないのは事実。
もう少し、条件を聞いてみるか。
少し冷えて来たため、エアコンの温度を2度上げながら烏丸に応対する。
『日程や時間はどうなりますか?』
『直近ですと、今週の水曜日と金曜日にあります。
水曜日が午前中のみ、金曜日が1日になります』
まぁ、半日ぐらいならばお試しでいいかもしれんな。
『分かりました。水曜日でお願いします。
どこに集合ですか?クリニックですか?』
『了解しました。水曜日ですね。
10:00に小西さんの自宅近所にあるローソンでお願いします。
駐車場が結構大きいところです。
角にありますよね。私、烏丸が車で向かいます。
服装は動きやすい物で構いません。
以後、この番号から連絡させて頂きますので、ご登録お願いします』
『分かりました。よろしくお願いします』
『いえ、こちらこそ、よろしくお願い致します』
この時、なぜか電話のムコウの烏丸が笑った気がした。
さほど面識もない女性なのになぜか笑った気がしたんだ。
まぁ、軽い小遣い稼ぎだ、楽に行こう。
‐水曜日 9:50 ローソン駐車場‐
一応、社会人のマナーとして早めに目的地に来たのだが、
相手は既に着いていたようだ。スーツ姿の女性がこちらに会釈した。
『おはようございます。小西さん、本日はよろしくお願いします。
烏丸です』
『おはようございます。早いっすね』
烏丸は、クリニックでは偶に受付で見た事があるような気がする
清潔感のある女性だった。
ダーク系の茶髪、年頃は僕より一回りとは言わないが若く見えた。
20代の後半にいくかいかないかぐらいか?
対してこちらは、くたびれたポロシャツにジーンズとコンバース。
選択ミスに嘆いても後の祭りだが、
思いもよらぬ相手でテンションはあがった。楽しい半日になりそうだ。
『まず、車で移動しますね。簡単な仕事ですのでリラックスして下さい。
では、行きましょう』
烏丸に先導されて、僕は白いカローラフィールダーに乗り込んだ。
僕は、数十分程走り、バイパスに乗った車中にて烏丸に話しかける。
『ところで仕事って具体的には何をするんですか?』
『分かりやすく言うと、殺しです。専門用語でバラシと言いますね』
彼女はニコリと微笑みながら、笑えない回答を簡潔に述べた。
『……』
こいつ、頭おかC。
僕も微笑み返そうとするが、笑顔が引きつる。
無言のまま、ドアノブに手を添えるとガチン!とロックの音が無常に響く。
もちろん、走っている車から飛び降りれる訳がないが、
この対応から烏丸の悪意が見えてくる。
『……』
『小西さん、ご心配なく。
素人のあなたに直接手を下して欲しい訳ではないんです。
お願いしたいのはその前後です』
『前後とは?』
『下準備や後片付けです。今日は後片付けを手伝ってもらいます。
後ろに積んである荷物を捨てに行きます』
乗り込む時は舞い上がっていた為気づかなかったが、
後部座席には大小のいくつかのバッグが積まれていた。これの中身がアレなのか。
『まぁ、驚かれるのも分かりますけどね。
この後、私が何を言うかも想像できますよね?』
『逃げたら、人に話したら殺す。ですか?』
『ハズレ。逃げられませんよ。です。
クリニックから処方されている薬、実は非合法なんです。
こちらの指示に従えない場合、薬が切れて苦しむ事になりますよ』
烏丸は、低いトーンで続けた。
やばいやつだ、闇バイトだ。オレオレ詐欺がかわいく見える。
なんで僕なんかがこんな事になるんだ。
僕はドアノブから手を離し、ポケットの中のスマートフォンを取るが、
『精神的に追い詰められて休職中のあなたと、
国に認可されている病院の職員である私、
世間はどちらを信用すると思います?
しかもあなたは睡眠薬を服用しています。
副作用で妄言を吐いた。まぁ、よくある話ですよねー』
烏丸は車を車道の脇に止めて、ハザードランプを付けた。
『逃げたいのなら、別に逃げてもいいんですよ。
正直に言って候補者はいくらでもいますし』
彼女はこちらに向き直り、微笑みながら毒を吐く。
そう、なんだろうな。僕みたいな落ちこぼれはそれこそ腐る程いる、
吐いて捨てる程に。脳裏に先日図書館で見た人たちが浮かんだ。
僕じゃなきゃできない事はないのだろう。
特別ではなく、代替品はいくらでもあるありきたりの量産品。
しかも、不良品と来ている。
選んだ人間も大概だが、まぁ、使い捨てなんだろう。
僕の視線はみるみる下がり、助手席のグローブボックスで止まった。
薬の副作用か腹部に鈍痛が出てきた。
さながらゲームオーバーを告げているかのようだった。
数分の沈黙を破ったのは僕でも烏丸でもなく機械音声だった。
『ダウンロード完了。剥がれよ現世の仮面(フェイス/オフ)起動』
僕が急いでスマートフォンを取り出して確認すると、その画面には、
『コード”N”。Nighthawk。』と映っていた。
『おめでとうございます。あなたが量産機ではない証拠ですよ』
烏丸が先程とはうって変わった明るい声で僕を祝福した。
この半年後、僕は年若い陰陽師と相対する。
二回りほど年の離れた少年と死闘を繰り広げるなんて誰が想像できただろうか。




