第五話 一次評価
#第五話 一次評価
ヴェルナー伯爵家に住むようになって一ヶ月。
グレイグ様とのささやかなやり取りも、
ダナン様とのストレートなやり取りも、
ノール様との自分を探すためのやり取りも
全部楽しくなってきた。
でもいつまでもこのままではいられない。
私は求婚された身で、三人のうちの誰かを選ばなければならない。
既に日課となった尖塔に昇り風に吹かれる。
「グレイグ様、このままじゃ失格ですよ?」
グレイグ様以外の全員がディナーのテーブルに着いてゆっくりと食事が始まる。
アリアさまがサラダのベビーコーンを口にされて驚いた表情をされる。
「これ、おいしいわよ」
私も口にしてびっくりした。
甘さと歯ごたえとが今まで食べたものと違う。
「珍しいものが検閲所を通ったので少し買って来たのです。口に合ったようで大変嬉しいです」
「さすがダナン様。お仕事の知識を最大限に活用されてますね」
グレイグ様とも一緒に食べたかったな。
ノール様も褒めて欲しくてうずうずしているように見える。
「そう言えば、最近史書館へ行くとノール様が他の司書官に探されてますね」
「あら、どうして?」
アリア様は一瞬サボっているのかと思って理由をお尋ねになる。
「ノール様に聞けばすぐ解決する事が多くなって、調べるよりも聞いてしまうんですって」
「えへへ、シェリル姉さまのおかげだよ」
私は何もしていません。
ノール様の諦めない心が実を結び始めているのだと思う。
和やかな雰囲気を楽しむようにグラスの中の液体を揺らしていた伯爵が口を開く。
「さて、シェリルもヴェルナー家の一員となって一ヶ月がすぎようとしている。そろそろ一度振り返ってこのまま先に進んでもよいか判断してはくれないだろうか」
グレイグ様がいない状態でそんな大事な事を進めてもいいのだろうか?
けれど「はい」以外の返答は出来ない。
「まずはノール、我が三男はどうだ?求婚の権利を与え続けてもよいかな?」
「はい、ノール様には結婚よりも仕事に邁進される方がよいと思います」
けれどあの時花束と共に諦められないものがあると言った言葉を思い出した。
「うむ、ワシもそう思う。ノールが最近明るいのはシェリルのおかげだが、何より仕事が出来る事に喜びを感じているように見える。まずは一人前に仕事が出来るように励みなさい」
「うん、僕も同じ気持ちだよ。今は『シェリル姉さま』と呼べれば充分だよ。でも、いつかシェリル姉さまが驚くほどの男になってみせる!」
ノール様はやはり一時の迷いから私に逃げていただけかも知れない。
けれど今日の誓いはとても嬉しい。
きっとヴェルナー伯爵家を盛り立てる人になってくれる事を願うばかりだ。
「次にダナン、我が二男はどうだ?仕事も出来る。少し女性の扱いに疎いところもあるがシェリルの教育で幾分かマシになって来ただろう?」
「はい、おっしゃる通りです」
「では、ダナンは引き続き求婚の権利を与えてもよいな?」
「はい。これからもよろしくお願いします、ダナン様」
今でも時々仕事脳を発揮して何かに集中してしまうけれど、教えた事はきちんとこなすし忘れない。
そのうち自分の格好良さに気付けばお茶を飲ませるあのお店が黄色い悲鳴で溢れる事もある気がする。
「こちらこそ、シェリル嬢に受け入れて頂き嬉しいです」
ダナン様もきっとヴェルナー伯爵家を盛り立てて行く立場になるはず。
なんなら文官として子爵を与えてもよいくらいだ。
「次は、グレイグといきたいところだが、おらぬ者の事をいうのも野暮なので一旦後回しにし、次はシェリルだ。アリア、シェリルは我が伯爵家の人間として修行をするに値するか?」
ああそうか。
一方的に選ぶなんて事はない。
私も選ばれる立場に決まっている。
「もちろんよ。ダナンと一緒に街に遊びに行った時のお土産のハンカチ、選んでくれたのはシェリルちゃんよ。でもダナンの手柄にしてくれる」
「さすがシェリル」
あれは、ダナン様が嬉しそうに喋るのでそれをアリアさまにもお見せしたかったのよね。
「それにこの間のお茶会。スパイとして活躍してもらったけれど、三十五人の顔と名前と派閥をきちんと言い当てられたのよ」
「ほう、すごいな。シェリルの侍女は相当出来る者を充てがわぬとダメだな」
「本当に。二人か三人くらいは必要かも知れませんね」
ヴェルナー伯爵もアリアさまも嬉しそうに笑う。
「では今後はシェリルにも伯爵家の花嫁修行をしてもらおう。伯爵家の歴史やこの国の成り立ちについても学ばねばならん。それが伯爵家の家族になるという事だ」
きっと歴史に埋もれた数々の呪いや恨みがあるのだろうなと想像する。
さすがに笑って「はい」とは言えない。
「承知しました。気持ちを引き締めて学びます」
「さて、残るはグレイグだ」
私はつい思っている事が顔に出てしまった。
「はい」
「あいつは不器用だ」
そして鈍感で気が利かなくて背が高い。
「グレイグはシェリルのおかげで変わっただろうか?」
ええ、少しずつですけど。
伯爵は私にグレイグ様が変わる程の魅力があるか尋ねてらっしゃる。
一ヶ月あってまだささやかなやり取りしか出来ない状態は変わらないのと同じだ。
「グレイグ様も少しずつですがお変わりになりました」
「うむ、そうだな。居ない者の話をするのはよくない。そうだ、賭けをしないか?グレイグが帰って来たら何と言うか。毎日会っているシェリルなら分かるだろう?」
賭けは好きではないな。
それにグレイグ様の事を賭けで決めたくない。
でも、伯爵様は私にグレイグ様の事をノーと言わせたがっている。
「グレイグ様は『シェリ、ただいま』そうおっしゃいます」
少しずつのやりとりでグレイグ様は帰って来た第一声を必ずこの言葉から始められる。
それは二人だけの合図で、その言葉でグレイグ様に優しく包まれている気がするほどだ。
「その賭け、私も参加していいかしら?シェリルちゃんが外れた場合、私の言う事を一つ聞く、どう?」
アリア様まで。
もう何でもいい。
グレイグ様はきっといつものように挨拶をしてくださる。
外でレイの鳴く声が聞こえた。
「あと少しで帰っていらっしゃるようです」
伯爵の片眉が上がる。
ドキドキして来た。
なのに変な事を考えてしまう。
例えば入って来た瞬間くしゃみしたらどうなるのだろう。
馬のいななきが聞こえた。
更に鼓動が高まる。
廊下を歩く音。
最近グレイグ様は私を探して早足になる。
食堂のドアが開く。
「シェリ!ようやく休みが取れた!明日街へ行こう!」
ん?
「グレイグ様、お帰りなさい。今日もお仕事お疲れさまでした」
あまりの事に機械のように応えてしまう。
「はっはっはっ、ワシの勝ちだ」
伯爵は私がグレイグ様の言葉を当てられなかった事が嬉しかったのか快活に笑われる。
グレイグ様の馬鹿!
「いいえ、私の勝ちです。シェリルちゃん、明日はグレイグと一緒に街に行って来なさい」
「ん?なんの話です?」
不器用で鈍感で気の利かない背の高い男は事態が把握出来ず周りを見渡す。
「ダナン、だしにしてすまなかった。ご覧の通りシェリルはグレイグの事しか見ておらん」
全て見透かされていた!
私は耳も顔も真っ赤になって手で覆った。
不器用で鈍感で気の利かない背の高い男はオロオロするばかりだった。
せめて抱きしめて守りなさいよ!
#############################################
#五話 あとがき
アリアの日記
シェリルちゃんは優しく愚鈍なグレイグを導いてくれている。
そのおかげでグレイグは他の二人よりもはっきり成長しているのを感じる。
グリスと話し合って同じ結論に達して良かった。
これからも楽しみだわ。




