第六話 グレイグの休日
#第六話 グレイグの休日
シェリが来てから本当に色々な事が起こる。
レイを使った手紙のやり取りや、夜の庭園で月を見上げて静かに話し合ったり、食堂で二人だけで食事をしたり、全てが心にぽっと明かりが灯るような温かさを感じられる。
尖塔で領内を見渡すとその日あった些細な出来事も伝えられる。
自分の事を共有するのがこれほど嬉しいとは思わなかった。
シェリの事ももっともっと知りたい。
昨夜帰った時の事は少しよく分からない。
父が賭けに負けて、母が賭けに勝ち、そしてシェリは顔を真っ赤にしていた。
しかし、外出の許可を得られたので良かった。
着替えて洗面所へ行くとシェリがタオルで顔を拭いているところだ。
「グレイグさま、おはようございます」
「シェリ、おはよう」
今朝も笑顔が眩しい。
このあとずっと一緒にいられると思うと照れてしまってどんな顔をしてるのか気になってしまう。
食堂のテーブルに着く。
シェリは朝食の際は横に並んで座わり、夜は正面に座り時々見つめ合う。
すぐ横からそっと耳打ちするような小さな声も独り占めしているようで嬉しい。
朝食が終わるとシェリは母と共に出掛ける支度をすると言って去って行った。
女の支度は時間が掛かるものと分かってはいるが母に連れられて行ったのでは母の分も上乗せされて時間が掛かるに違いない。
痺れを切らして何度も母の部屋のドアをノックしようと思ったか分からない。
そのたびに中から母とシェリとクリスタの歓声が聞こえ、無粋な事はすまいと去った。
準備が出来たと侍女が部屋に呼びに来たのは一時間もした頃だろうか。
母の部屋のドアをノックする。
「はい」
中から返事と共にドアが開く。
頭の上でまとめてすっきりとした髪型に薄い化粧が普段のシェリより少しだけ大人に見える。
ラベンダーと白で高貴さをそっと滲ませた動きやすいスタイリッシュなドレス。
「シェリ、ステキだよ」
母もクリスタも自慢げに微笑んでいるところを見ると単なるお下がりではなく、いつの間にか仕立てたに違いない。
「それに母上もありがとうございます。シェリルにこんなステキなドレスを頂いて」
「ドレスの事で貴方に礼を言われる筋合いはありません。シェリルちゃんは貴方のものではありませんよ?」
「そうです!シェリル様は奥さまのものです」
「あー、最初に来た日に一緒にお風呂に入って、母娘になりました」
侍女もシェリも母の味方か!
早々に立ち去るべきだ。
普段は馬にしか乗らないのでクッションの効いた馬車は落ち着かないが、シェリが目の前にいて移動の間も話せるのが嬉しくて顔がにやける。
「何かシェリとお揃いのものが欲しいな」
例え離れていても、シェリを感じられるようなもの。
なんだろう。
「守備隊の動きでもうっかり落とさないもの、ですわね。では、一緒に探しましょう」
そうだ、何も一人で決めなくてもいい。
二人で一緒に決めればいい。
さすがシェリ。
「シェリ、気を付けて」
手を伸ばしてシェリを降ろす。
そう言えば触れ合う事すらほとんどない。
もっと触れ合いたい。
身長差があるので、油断すると置いていきそうでシェリを見下ろしながらゆっくり歩くと、シェリも見上げて微笑んでくれる。
「ちょうど観劇をやっているので、その前に何か一緒のものを探そう」
「形は違うかも知れませんが、仕立て屋でお揃いのものを探してみるのはどうでしょう」
それはいいアイデアだ。
同じ布、模様のペアのハンカチ。
同時に出す事がないからこそお揃いの価値も上がる。
はやる気持ちでシェリと仕立て屋を覗いた。
仕立屋はシェリの領分だった。
目まぐるしい勢いで布を広げて模様を確認し、胸に当てられられる。
馬と鷹。
「グレイグさまは馬で私の元へお越しください。来れない時には私が鷹で探しましょう」
ああ、シェリはいつでも私の事を想ってくれているのだ。
胸が締め付けられる。
今まで寂しい想いをさせていたのだ、お揃いが一つでは足りない。
木工職人の店では木を薄く削り板状にして先端にリボンを付けた栞を買った。
二枚あれば別々の本を読んでもいいし、一冊を二人で読んでもいい。
「ステキですわ、では裏にはそれぞれの名前を、表にはそれぞれ好きなものを書いてもらいましょう」
「ああ、俺は馬を書いてもらおう」
「では私は鷹を」
馬と鷹が俺達二人の秘密の合言葉になりそうだ。
二人しか知らない秘密を持つというのは嬉しいものだ。
シェリは栞の他にも飾り彫がなされた木箱に興味を持ったらしい。
色々な形の箱を手に取り、色んな方角から見たり蓋を開けたりすると、店主に両開きになるような加工を依頼した。
二人だけがそれぞれ蓋を開けられる箱で上下二段にし、上は手紙を、下は小物を入れられるように仕切りも作ってもらう。
「シェリ、もう一つ寄りたいところがある」
木工職人の店を出て言った。
「どこですか?」
「シェリに銀細工を作りたいと思っている」
華美なものは不要、ささやかなものがあればいい。
「まあ、ありがとうございます。嬉しいですわ」
どれも細かな細工で目を見張る。
母が身に着ける伯爵の威厳を表すための装飾品もいいが、シェリにはシンプルなものが似合う。
「まあ、ベルフの銀細工もあるんですね」
「詳しいのか?」
「ベルフォード子爵領の職人は手先が器用で、それでベルフというブランドを作ったみたいです。有名なんですよ」
「なるほど、それもいいな」
「ではこのバングルをお揃いで。グレイグ様は馬、私は鷹で」
手首のサイズを測って試しに身に着け、調整を繰り返した。
内側にはもちろん二人の名前と馬と鷹が彫られる。
「ついでにもう一つお揃いのものを作っていただきましょう。シーリングスタンプはどうです?」
手紙の封をする時のスタンプか。シェリとのやりとりならいいかもしれない。
「馬と鷹で一つずつ出来るか?」
調整の必要がないからだろうか、店主は気安く請け負ってくれる。
買い物を済ませ観劇に向かう。
「グレイグ様」
後ろから聞き覚えのある声がする。
バルトだ。
「バルト様!それにマーシャさまにコレットちゃん!」
シェリは既に後ろを振り向いていた。
「ああ、バルト。家族を連れて街で買い物か?」
「シェリルさま、グレイグさまとデートなんですね。何か買っていただきました?」
「色々お揃いのものを」
「シェリ姉さま、今日は特別お綺麗です」
「まあ、マーシャちゃんもお綺麗ですよ」
「お揃いのものという事はいよいよですか。おめでとうございます」
「シェリ姉さま、結婚されるの?」
何か話が勝手に進んでいく。
「このあと観劇を観に行くんだ」
女性の話に割り込む事はせず、バルトにそう言った。
「ああ、最近始まったというやつですね。マーシャも観たいと言ってました」
母から勧められたが、マーシャも観たいのならきっとシェリも楽しめるだろう。
女性陣の話は終わりがないがバルトが切り上げてくれた。
「久しぶりに会えて良かったですわ。やはり手紙よりも直接話した方が楽しいですね」
なるほど、マーシャとは手紙のやり取りをしていたのか。
「ああ、折角シーリングスタンプも買った事だし、シェリと手紙のやり取りもしたいな」
シェリは嬉しそうに微笑んで、腕を絡めてきた。
やっぱり毎日遅くまで頑張ってらっしゃるのに街をうろうろしてお疲れになったみたい。
それに劇場は少し冷えるのでストールを広げて半分掛けて差し上げると段々目が虚になって来て最後は目を閉じられた。
仕方なく手を握ったのだけど、時々握り返されるものの、その間隔は次第にゆっくりになっていった。
お芝居だという事は分かっているけれど、ドキドキするし、ハラハラするし、笑ったり悲しかったりする。
そして、一番の盛り上がる場所で起こそうとぎゅっと手を握ったのだけど、グレイグさまは寝たまま起きなかった。
感動を分ち合いたかったけれど、仕方ないので寝ているグレイグさまの頬にそっとキスをした。
『間違いで求婚された令嬢は花嫁修業をする』へ続く
#############################################
#六話 あとがき
クリスタの報告
グレイグ様とシェリル様は仕立て屋、木工細工屋、銀細工工房にてお揃いの品々をご購入。
観劇にてグレイグ様お疲れのご様子、シェリル様は気を掛けていらっしゃり、ご自身のストールを半分グレイグ様にも掛けてあげられた。
頬に口付け以外の進展なし。
シェリル様の聡明さとお心遣い、大変感激いたしました。
専属の侍女としてお役目をいただける事がとても光栄でございます。




