第二話 ダナン様とのデート
#第二話 ダナン様とのデート
普段ダナン様は馬で移動されるのだけど、今日は馬車に向かい合わせに座ってらっしゃる。
検閲所のお仕事は時間が決まっているので予定が立てやすい。
「シェリル嬢、明後日街に買い物に行きませんか?」
「は、はい!」
唐突なお誘いに吟味する事なく応えたけれど、求婚されてる相手からはこれくらい積極的に誘われたいわよね。
本当にあの不器用は。
いけない、折角のデートなのに他の事考えちゃ失礼だわ。
「ダナン様は検閲所で働かれているので、珍しいものもご存知なんですよね?」
「そうなんです。例えば季節によっても変わりますが初夏なら麦ですね。ヴェルナー領でも麦は採れますが、隣国から品種が異なる麦が輸入されます。この麦は希少品種で通常の五倍はします」
「へー、すごい。その麦でパンを作ったらとてもおいしいのかな?」
「それは困まりますね」
「どうしてですか?」
「シェリル嬢のほっぺが落ちるのは困ります」
ダナン様はそう言って本当に困ったように頬に手を当てる。
「ふふふ、では残念ですがその麦は諦めます」
「ええ、その方がいいでしょう。その代わりもっとステキなものを探しましょう」
馬車が街の馬車留めに着くとダナン様は先に馬車を降りてエスコートしてくださる。
ルース兄さまもそうだけど、男の方はいつエスコートの方法を知るのかしら。
練習されるのかしら。
色々なお店があり、どこも活気に溢れている。
さすがラングリス領とは違い、一つ一つのお店が大きい。
「ダナン様、仕立屋に行っても良いですか?折角街へ出掛けるのだから、アリアさまにおみやげを買って帰りたいのです」
「もちろんですよ」
ダナン様は微笑んで「あそこにありますよ」と指さして歩き始めたので追い掛けるように歩く。
そりゃ、目的地は仕立屋だから歩くのはいいけど、速度を合わせてくれてもいいでしょ?
少しふくれたけれどお店に着くと色々な模様と生地の布を見てすっかり嬉しくなってドアを開けてくれたダナン様をほっぽらかしにして生地を広げた。
「アリアさまはどんな色がお好みかしら?」
せっかく仕立屋に来たのだもの、喜んで頂ける方にお土産を買いたい。
ダナン様は意図を理解されず、案の定首をかしげられる。
「アリアさまは薔薇がお好きなので薔薇の模様が入っているものを探してみます。色は真っ赤なものよりも紫掛かったものがお好きです」
「ほう、シェリル嬢はよく見てますね」
ダナン様も興味のある事にはびっくりするほど集中してますよね?
「ダナン様だってお仕事の事になるととてもよく見ていらっしゃいますわ。麦の事だって、ラピスラズリの事だって」
「そうか、分かりました。ここにある生地は絹と綿がメインで麻は少ない。ジュートに至っては取り扱ってすらいない。これは生産量や取引量とも関係がありそうだ」
仕事脳!?
「おっしゃる通りです。ジュートは領内でもたくさん取れるし仕立屋で取り扱うには加工賃を上乗せ出来ないからだと思います」
「ああ、全くその通りです!そう見るとこの店の全てが愛おしくなる。シェリル嬢、ありがとう」
ああやっぱり、仕事脳!!
「楽しくなられたみたいで良かったです。その調子でアリアさまの好みのものを考えてみてください」
「そう来たか、個人となると中々難しいものがあるな。ヒントを下さい」
ダナン様は難問に挑戦する時のように楽しそうな顔をされる。
「ふふふ、アリアさまは伯爵夫人なのでお屋敷から出る事はほとんどありません」
「ではどうやって仕立屋に……あ、仕立屋が来るのか!」
そこに気付かれるのはさすがダナン様。
「そうです。そして仕立屋は定期的に来ます。その時に買っていただくためには何と言っているでしょうか?」
「うーん、どうだったかな?」
答えそのものを想像しようとすると難しいんです。
「先ほど馬車の中でダナン様が仰った事がヒントです」
「馬車の中で?麦?」
「はい」
「麦は…初夏、初夏か。なるほど、今月は綿の季節なので綿を。いや、染料か。ラベンダーなんてどうだろう」
仕立屋がアリアさまに布を披露している姿が思い浮かぶ。
「ではダナン様のお勧めでアリアさまへのお土産にはラベンダー色のバラのハンカチを買います」
「ステキなものを買えて良かったですわ。ダナン様ありがとうございます」
「私もシェリル嬢のおかげでとても楽しいです。折角なのでここでお茶を飲んでいきませんか?」
お茶と言えばお屋敷で飲むものだけれど、最近は色々省いて気軽に飲めるお店があるらしいとアリアさまに聞いた。
「折角だからアリアさまへのお土産話に行ってみたいですわ」
ダナン様が「分かった」、と言ってさっさと行こうとするので、今度は袖を掴んだ。
「レディをおいて行くのは紳士ではありませんよ」
頬を膨らませるとダナン様は手で口を押さえられた。
そこからお店までは何だか歩き方が変で右手と右足が一緒に出ていた。
お店は若い女性客で賑わっていたがダナン様が何者なのか気にしているようでおしゃべりが急に控えめになる。
確かによく見ると整った顔立ちと藍色の髪が目に掛かっていて細く開いた瞳は心の奥まで見透かされそうな目をしている。
「ダナン様、ステキなお店ですね」
ダナン様はお店の中などまるで気にならないらしく、メニューを見てあれこれ考えているようだ。
多分仕事スイッチがオンになっているのだと思う。
しばらくするとお店の給仕がやってくる。
「何になさいますか?」
お店の給仕が笑顔を向ける。
ダナン様は全くメニューを選ぶ気配がないので私がまとめて注文する。
お屋敷では飲まないだろうハーブティを二つと私の分のケーキを頼んだ。
ダナン様の分のケーキはなしだ。
薄く丸い生地のケーキが三枚重ねられている。
スポンジよりもしっかりしているけれど、かたまりのまま置かれたバターが溶けてその上から更にはちみつが掛かっている。
「ダナン様、これすごくおいしいですわ!」
頬を押さえながら言ったのが良くなかったらしい。
ダナン様は慌ててメニューから顔を上げて
「シェリル嬢は本当においしそうに食べるね。見てる私がしあわせになります」
お店の中が静寂に包まれたせいで私の鼓動の音がダナン様に聞かれてしまう。
私の心臓、静まれ!
「あれ?これは何枚もあるんだね。なら一口食べてみたいな」
追撃。
皆の注目が集まる。
フォークとナイフで一切れ切ってダナン様に差し出すと手を包むようにして握られ、まるで私がケーキを食べさせるようにケーキを口に持って行く。
(きゃーっ!)
相手は無自覚、気にしちゃダメ!
必死に言い聞かせたけど、何を食べてるのか分からなかった。
熱すぎて「少し風に当たりたいです」とお願いすると公園までエスコートされたのは嬉しい。
ダナン様、飲み込みが早い。
公園の端の崖に近付く。
風が気持ちいい。
髪を撫で付ける仕草をしながら「検閲所が見えます!ダナン様が帳簿とにらめっこしてるのが見えますよ」とからかった。
「シェリル嬢はよく相手の事を見てますね。私もあなたをもっともっと見ていたい」
公園で良かった。
ここなら心臓の音を聞かれなくて済む。
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#二話 あとがき
シェリルの日記
ダナン様の右手足と左手足の同時歩き、とてもおかしかったわ。
仕事スイッチ入るとほったらかしになっちゃうけど、教えられた事はどんどん吸収するタイプかも。
あ、距離感の詰め方、もしかしてわざと!?
気を付けないと。




