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第32話 隣国の視線

国境を越えていた。


噂ではない。


数字が。


物流が。


金の流れが。


ノルディア辺境

で起きている変化は、

既に周辺国家の情報網へ届いていた。


特に。


北西隣国、

ルーメル王国


王都・中央戦略室。


巨大な地図の前で、

数人の官僚が報告書を読んでいる。


「辺境鉄道輸送量、

半年で三倍」


「人口流入継続中」


「独自通貨流通確認」


空気が重い。


老将軍が低く呟く。


「信じられん……」


普通、

辺境は衰退する。


寒冷地。


低人口。


高輸送コスト。


発展条件が最悪だからだ。


だが。


ノルディアは逆をやっている。


しかも。


王都と対立しながら成長している。


それが異常だった。


会議卓奥。


一人の女性が静かに資料を閉じた。


銀灰色の長髪。


知的な瞳。


洗練された外交服。


ソフィア・ルーメル


ルーメル王国主席外交官。


若い。


だが国内最高峰の交渉官として知られている。


彼女はもう一度、

報告書へ視線を落とした。


魔導鉄道

技術学校

労働制度

商業自由化

独自通貨


どれも国家級政策。


それを。


たった一人の令嬢が主導している。


あり得ない。


本来なら。


だが。


実際に結果が出ている。


ソフィアは小さく息を吐いた。


「……化物ですね、この人」


誰も反論しなかった。


その表現が一番正確だったからだ。


ルーメル王は静かに尋ねる。


「軍事的脅威か?」


ソフィアは首を横に振る。


「違います」


即答。


「もっと厄介です」


会議室が静まる。


ソフィアは地図へ歩み寄る。


王都。


辺境。


港湾。


鉄道。


物流線を指でなぞる。


「これは軍事革命ではありません」


「経済革命です」


その言葉に、

老官僚たちの顔色が変わった。


軍事国家は読める。


敵味方が明確だから。


だが経済は違う。


利益で人が動く。


だから止めづらい。


しかも。


ノルディア経済圏は、

既に周辺国家へ影響を与え始めている。


北海物流。


鉱石価格。


食糧流通。


全部が変わる。


ソフィアは淡々と続ける。


「王都が敵対しているのに、

商人は辺境へ集まっている」


「つまり」


彼女は少し笑った。


「市場が、

既に答えを出しています」


沈黙。


王ですら腕を組んだ。


それほど重大だった。


ルーメル王国にとって、

これは危機でもあり。


巨大な機会でもある。


やがて王が口を開く。


「……接触するべきか」


ソフィアは迷わなかった。


「はい」


即答。


「今ならまだ、

対等に話せます」


“今なら”。


その言葉が重い。


つまり放置すれば、

もっと巨大化するという意味だからだ。


老貴族が険しい顔で言う。


「しかし相手は王国反逆者では?」


ソフィアは冷静だった。


「反逆者が、

半年で物流革命を起こせますか?」


誰も答えられない。


彼女は資料を閉じる。


「現状、

最も成長性が高い経済圏です」


「そして」


一瞬だけ目を細めた。


「最も合理的な支配者でもある」


その評価は、

最大級だった。


数日後。


正式外交文書が作成される。


宛先。


エレノア・ヴァレンシュタイン


内容。


『ルーメル王国特使による正式訪問申請』


その知らせを受けた王都は、

静かに凍りつく。


最悪だった。


ついに。


国外まで、

エレノア側へ動き始めた。

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