第31話 独自通貨
雪は止んでいた。
その代わり、
空気が異様に張り詰めている。
ノルディア辺境
領主館・中央会議室。
主要商会。
役人。
技術責任者。
鉄道管理局。
辺境経済を支える人間たちが、
全員集められていた。
誰もが緊張している。
理由は簡単。
エレノア・ヴァレンシュタイン
が、
緊急会議を開く時は大抵、
とんでもない話になるからだ。
静まり返る会議室。
やがてエレノアは一枚の資料を置いた。
「辺境共通通貨を発行します」
沈黙。
完全な沈黙だった。
数秒後。
「……は?」
誰かが素っ頓狂な声を出した。
「通貨!?」
「待ってください!」
「国家通貨ですよね!?」
当然だった。
通貨発行は国家権限。
普通の領地が触れていい領域じゃない。
会議室が一気に騒然となる。
「そんなもの許されるわけが……!」
「王都が黙ってません!」
「国家反逆扱いされます!」
だが。
エレノアは全く動じない。
彼女は机へ王都の新通達を並べた。
交易制限
関税強化
資金監査
銀貨流通規制
そして静かに言う。
「既に経済戦争状態です」
空気が凍る。
誰も否定できない。
実際、
王都は辺境経済を潰しに来ている。
ならば。
防衛が必要だった。
エレノアは黒板へ図を書く。
王都銀貨。
物流。
税。
商会。
その流れを線で繋ぐ。
「現在、
王都は通貨流通を支配しています」
「つまり」
彼女は振り返る。
「流通支配は経済支配です」
沈黙。
その言葉の重さを、
全員が理解した。
王都は、
貨幣を使って辺境を締め上げようとしている。
銀貨供給。
両替。
税制。
全部、
中央側が握っている。
だから辺境は脆い。
なら。
答えは一つ。
自分たちで作る。
レオン・グレイハルト
レオン・グレイハルト
が額を押さえる。
「お前、
とうとう国家始めたな……」
エレノアは真顔だった。
「経済維持に必要ですので」
本気だ。
本当に。
彼女はもう、
領地経営の話をしていない。
国家運営をしている。
役人の一人が震える声で聞く。
「で、ですが……
信用はどうするのです?」
通貨で最も重要なのは信用。
紙切れでは意味がない。
だが。
エレノアは既に答えを用意していた。
「鉄道物流保証」
「鉱山資源担保」
「商会共同保証」
次々と並べる。
さらに。
「税支払い対応化」
商人たちが息を呑む。
理解した。
この通貨。
本気で流通させる気だ。
しかも。
理論上、
成立している。
大商会代表が青ざめた顔で呟く。
「……王都銀貨と戦うつもりか」
エレノアは淡々と返す。
「依存を減らすだけです」
その言い方が、
逆に怖かった。
彼女は革命家じゃない。
思想家でもない。
必要だからやる。
それだけだ。
だから止まらない。
数日後。
辺境中央銀行設立。
新貨幣発行。
市場は大混乱になった。
王都側は激怒。
「正気か!?」
「独立国家でも作る気か!」
だが。
辺境商人たちの反応は違った。
「両替が速い」
「物流決済が楽だ」
「鉄道利用割引まであるぞ」
結局。
便利な方が勝つ。
市場とはそういうものだった。
夜。
領主館 balcony。
レオンが呆れ顔で空を見る。
「もう戻れねぇぞ」
その言葉には、
色々な意味があった。
王都との関係。
国家構造。
時代そのもの。
全部。
もう昔には戻らない。
隣でエレノアは、
静かに街を見下ろしている。
灯りが増えていた。
市場。
工場。
駅。
そこを行き交う人々。
金。
物流。
技術。
一つの経済圏が、
確かに生まれ始めている。
そして誰も、
まだ完全には理解していない。
この女が今やっていることは。
“辺境改革”なんて規模ではない。
新しい国家システムそのものだということを。




