第17話 止まっていた鉱山
吹雪は弱かった。
その代わり、
空気が痛いほど冷たい。
ノルディア辺境
北西部山岳地帯。
そこには、
かつて辺境最大の産業だった鉱山が眠っている。
今はもう、
完全な廃坑だった。
崩れた坑道入口。
放置された荷車。
雪を被った採掘機材。
何年も人が入っていないのが一目で分かる。
「ここです」
案内役の役人が言った。
「第三鉱山。
五年前に閉鎖されました」
隣で
レオン・グレイハルト
が鼻を鳴らす。
「昔は儲かったんだがな」
「閉鎖理由は?」
エレノア・ヴァレンシュタイン
が聞く。
役人は資料を確認した。
「採掘コスト悪化です」
「運搬費増加」
「利益率低下」
典型的な赤字鉱山。
誰もがそう思っていた。
だが。
エレノアは返答せず、
周囲を見渡す。
山道。
河川。
積雪量。
風向き。
視線が異常に細かい。
やがて彼女は坑道内部へ入った。
暗い。
冷たい。
だが鉱脈自体はまだ生きている。
壁面には魔鉱石が残っていた。
エレノアは一つ確認する。
「採掘量推移を」
役人が慌てて資料を差し出す。
彼女は数秒で読み終えた。
そして。
「……変ですね」
周囲が顔を上げる。
「採掘効率は落ちていません」
「え?」
「むしろ後期の方が改善しています」
役人たちが困惑する。
「ですが赤字で……」
「原因は採掘ではありません」
エレノアは坑道出口へ歩きながら言った。
「輸送です」
沈黙。
レオンが眉をひそめる。
「輸送?」
エレノアは外へ出る。
吹雪の中、
山道を見下ろした。
「現在の輸送路は遠回りです」
「積雪期に大型荷車を使っている時点で非効率」
さらに地図を広げる。
彼女の指が、
別ルートをなぞった。
「河川沿いを中継化」
「南倉庫を経由」
「鉱石輸送と食糧輸送を統合」
役人たちが目を見開く。
「待て……」
「それだと空荷時間が消えるぞ」
「輸送コスト半減する……!」
空気が変わる。
エレノアは止まらない。
「さらに積雪期は小型分散輸送へ変更」
「大型輸送依存をやめます」
地図上へ、
次々と線が引かれていく。
まるで止まっていた血管に、
新しい血流が生まれるみたいだった。
役人たちは完全に黙った。
誰も思いつかなかった。
いや。
考え方そのものが違った。
彼らは鉱山だけを見ていた。
だがエレノアは、
物流全体を見ている。
数分後。
彼女はペンを置いた。
「以上です」
沈黙。
吹雪の音だけが響く。
やがて。
年配役人が震える声で呟いた。
「……利益化可能だ」
別の役人も青ざめる。
「本当に再稼働できる……」
誰も信じられない顔をしていた。
五年間。
誰もどうにもできなかった赤字鉱山。
それを。
この女は、
現地を見て、
地図を書き換えただけで復活させた。
レオンはしばらく地図を見つめ、
やがて低く笑った。
「お前、本当に化け物だな」
エレノアは書類を閉じる。
「効率が悪かっただけです」
さらりと言う。
だが。
周囲の役人たちは、
もはや理解し始めていた。
この女にとって、
“国家運営”は特別な才能ではない。
呼吸みたいに自然なものなのだと。




