第18話 技術学校
「人が足りません」
その報告は、
最近の会議で何度も繰り返されていた。
ノルディア辺境
の改革は順調だった。
道路修復。
倉庫整備。
加工産業。
停止鉱山の再稼働準備。
少しずつ、
辺境は動き始めている。
だが問題が一つあった。
“動かせる人材”が足りない。
「現場監督が不足しています」
「計算できる人間も」
「魔導機材を整備できる者がいません」
役人たちが疲れた顔で資料を並べる。
辺境には労働者はいる。
だが、
技術者がいない。
今まで教育そのものが存在しなかったからだ。
読み書きができない。
計算できない。
機械を触れない。
それが普通だった。
会議室で、
エレノア・ヴァレンシュタイン
は静かに資料を閉じる。
「技術学校を設立します」
沈黙。
数秒遅れて、
役人たちが固まった。
「……学校?」
「平民向けです」
さらに空気が止まる。
年配貴族が顔をしかめた。
「平民に教育を与えるのですか?」
露骨な嫌悪だった。
別の役人も困惑する。
「そこまで必要でしょうか……」
「必要です」
即答。
エレノアは黒板へ数字を書く。
「現在の人材不足による損失」
「工期遅延」
「整備不良」
「輸送事故」
次々に並べていく。
「原因は知識不足です」
そして。
彼女は振り返った。
「無知はコストです」
会議室が静まり返る。
誰も反論できない。
エレノアはさらに続ける。
「教育は慈善ではありません」
「投資です」
その言葉に、
レオン・グレイハルト
レオン・グレイハルト
が小さく笑った。
「本当に全部、利益計算で動いてるな」
「当然です」
迷いなく返す。
「識字率が上がれば契約速度が改善」
「計算能力があれば流通誤差が減少」
「技術者育成で外部依存も削減可能」
もはや反論の余地がない。
数日後。
旧兵舎を改装した建物に、
新しい看板が掲げられた。
『ノルディア技術学校』
辺境初の、
平民向け教育機関だった。
中では領民たちが戸惑っている。
「本当に無料なのか?」
「俺たちが勉強を?」
「文字なんか知らねぇぞ」
誰もが不安そうだった。
教壇に立つ教師も緊張している。
そして。
最後列には、
エレノアがいた。
視察だ。
彼女は静かに教室を見渡す。
並ぶ生徒たち。
若者。
職人。
元労働者。
中には女性もいる。
皆、
手が荒れていた。
生きるために働いてきた手だ。
授業が始まる。
黒板に数字が書かれる。
簡単な計算。
最初は誰もついていけない。
だが。
「……あ」
若い少年が声を漏らす。
「分かった」
隣の男も驚いた顔をした。
「荷運び計算って、
こうやってやるのか……」
少しずつ。
本当に少しずつ。
“できること”が増えていく。
エレノアはその様子を無言で見ていた。
感動したわけではない。
涙もない。
だがその目は、
確かに未来を見ていた。
知識は資産だ。
人材は国家基盤だ。
そして。
教育は、
最も利益率の高い投資だった。
授業後。
外へ出た若者たちが興奮気味に話している。
「俺、計算できたぞ」
「魔導機関ってあんな仕組みなのか」
「……なんか、面白ぇな」
その声を聞きながら、
レオンが隣で呟く。
「辺境変わるぞ、これ」
エレノアは空を見上げる。
吹雪はまだ続いている。
だが。
その白い世界の中で、
確かに新しい時代が動き始めていた。




