第16話 雪国の商売
冬の朝。
ノルディア辺境
の空は重かった。
灰色の雲。
吹き付ける雪。
凍えるような寒さ。
だが、
街の空気は少しだけ変わり始めていた。
崩れていた道路には人が動き。
倉庫には物資が集まり。
市場には、
僅かながら活気が戻り始めている。
その中心にいるのが、
エレノア・ヴァレンシュタイン
だった。
領主館。
会議室では朝から議論が続いている。
「労働者が足りません」
役人が疲れた顔で報告する。
「道路工事に人員を回した影響で、
他の生産が止まり始めています」
「特に冬季備蓄です」
「加工人員が不足しています」
エレノアは資料を確認する。
不足しているのは単純労働だけではない。
布加工。
保存食製造。
薬草乾燥。
辺境では冬を越えるために必要な産業だ。
だが、
現在の人員配置は極端に偏っていた。
男は肉体労働。
女は家。
それがこの土地の常識だった。
エレノアは静かに言う。
「女性労働を解放します」
会議室が固まった。
「……は?」
「加工業務への正式雇用を開始」
「待ってください!」
年配役人が慌てて立ち上がる。
「女に仕事をさせるのですか!?」
「既に家では働いています」
即答。
「問題は、
労働として正式評価されていない点です」
役人たちは言葉を失う。
別の男が顔をしかめた。
「ですが女は戦力になりません」
その瞬間。
エレノアの視線が向く。
冷たい。
「労働力を遊ばせる余裕が?」
一撃だった。
誰も反論できない。
現状、
辺境は慢性的な人手不足。
しかも冬。
働ける人間を使わない余裕などない。
エレノアは淡々と続ける。
「防寒布加工」
「保存食製造」
「薬草加工」
机へ資料を並べる。
「いずれも高需要かつ継続生産可能」
さらに。
「特に薬草加工は利益率が高い」
商業計算まで終わっていた。
役人たちは完全に黙る。
もう分かっていた。
この女に反論するなら、
感情ではなく数字が必要だ。
そして数字で勝てる者がいない。
数日後。
旧倉庫を改装した加工場が完成した。
中では女性たちが困惑している。
「本当にいいのかい……?」
「給料、出るって聞いたけど」
「騙されてないよね?」
誰も信じていない。
当然だった。
今まで彼女たちは、
“働いても当然”と扱われてきた。
家事。
縫製。
保存食作り。
全部無償。
それが普通だった。
そこへエレノアが入ってくる。
場が静まる。
彼女は机の上の加工品を確認した。
縫製精度。
乾燥状態。
保存処理。
次々に見ていく。
やがて一つ頷いた。
「十分商品化可能です」
女性たちが目を見開く。
“商品”。
初めて自分たちの仕事が、
価値として認識された瞬間だった。
作業が始まる。
布を縫う音。
薬草を刻む音。
保存食を詰める音。
加工場には、
久しぶりに人の活気が戻っていた。
そして夕方。
労働終了後。
女性たちは再び広場へ集められる。
最初は皆、
半信半疑だった。
だが。
役人が革袋を開く。
銀貨が並ぶ。
「本日分賃金を支給する」
空気が止まった。
一人目の女性が震える手で銀貨を受け取る。
「……え」
本物だ。
次々と支払われていく。
若い母親が呆然と呟く。
「私が……稼いだ……?」
老婆は銀貨を見つめたまま泣き出した。
「こんなの、初めてだ……」
少し離れた場所で、
レオン・グレイハルト
レオン・グレイハルト
が苦笑する。
「辺境の常識、
壊しまくってるな」
エレノアは帳簿を閉じた。
「非効率を修正しているだけです」
その横顔は相変わらず淡々としている。
だが。
加工場から聞こえる笑い声を、
彼女は少しだけ静かに聞いていた。




