第13話 終わった土地
「……酷ぇな」
誰かが呟いた。
その言葉に、
反論できる者はいなかった。
ノルディア辺境
北部区域。
朝から続く視察の最中、
一行は完全に言葉を失っていた。
道路は崩れている。
いや、
道路だったものが雪に埋もれていると言った方が正しい。
荷馬車はまともに進めず、
至る所で車輪が泥に沈む。
橋は半壊。
排水路は凍結。
放置された建材には雪が積もり、
何年も手入れされていないのが分かった。
さらに酷いのは街だった。
窓の割れた家。
煙の出ない煙突。
痩せた子供たち。
食糧不足で倒れた老人。
王都では見えなかった現実が、
ここには剥き出しで転がっていた。
同行していた役人が言い訳するように口を開く。
「き、近年の寒波の影響でして……」
エレノア・ヴァレンシュタイン
は答えない。
代わりに視線を横へ向ける。
山肌には、
巨大な坑道跡が見えていた。
放棄鉱山。
本来なら辺境最大の収入源だった場所だ。
「閉鎖理由は?」
「採算悪化です」
即答。
だがエレノアは眉一つ動かさない。
「資料を後で確認します」
短い返答。
役人の額に汗が浮かぶ。
その時。
遠巻きに見ていた領民の一人が吐き捨てた。
「どうせすぐ逃げるさ」
周囲も苦く笑う。
「中央貴族なんて皆そうだった」
「冬が来る前に消える」
「口だけ立派なんだよ」
敵意というより、
諦めだった。
何度も裏切られてきた人間の目。
期待しなければ傷つかない。
そう学習してしまった目だった。
護衛騎士が怒鳴ろうとするが、
エレノアが制した。
彼女は領民たちを見る。
だが反論はしない。
怒りもしない。
ただ静かに、
周囲の状況を観察していた。
崩壊した道路。
痩せた住民。
機能停止した物流。
そして。
「現在の飢餓人数は?」
唐突な質問だった。
案内役の役人が慌てる。
「え、ええと……推定で三百ほどかと……」
そこで初めて。
エレノアの声に、
僅かな温度が乗った。
「“推定”?」
空気が凍る。
役人が息を呑む。
エレノアはゆっくり振り返った。
その銀色の瞳は冷たい。
「食糧管理もしていないのですか」
「い、いえ、その……辺境は広く……」
「数えなさい」
一歩前へ出る。
「今すぐ」
役人の顔が青ざめる。
周囲の領民たちも静まり返った。
怒鳴っているわけではない。
声を荒げてもいない。
だが。
圧力が凄まじかった。
エレノアは続ける。
「飢餓人数」
「労働可能人数」
「病人数」
「孤児数」
一つずつ告げる。
「把握していないなら、
対策もできません」
役人は震えながら答える。
「し、至急調査します……!」
「本日中に暫定報告を」
「は、はい!」
周囲が呆然とする。
領民たちですら、
思わず黙っていた。
今まで来た貴族たちは、
こんなこと聞かなかった。
彼らが見るのは税収だけ。
数字だけ。
だがこの女は違う。
“人間”を数えろと言った。
その時。
近くで座り込んでいた幼い少女が、
小さく咳き込んだ。
エレノアの視線が止まる。
少女は怯えたように母親の後ろへ隠れた。
エレノアはしばらく無言だったが、
やがて秘書官
シャルロッテ
へ視線を向ける。
「備蓄食糧は」
「本隊分を除けば、まだ三週間ほど」
「炊き出しを開始」
役人が慌てる。
「し、しかし備蓄が――」
「餓死者が出る方が損失です」
即答。
迷いがない。
その瞬間。
領民たちの空気が、
ほんの少しだけ変わった。
まだ信用ではない。
だが。
“今までの貴族とは違うかもしれない”
その程度の、
小さな違和感だった。
吹雪が強くなる。
白銀の荒野を見ながら、
エレノアは静かに思考していた。
この土地は終わっている。
だが。
終わっているからこそ、
やり直せる。




