魂の欠片
ジェイドがユズと出て行って、エルドラドは変な胸騒ぎがしていた。オニキスも感じているのだろうか。どうしてもいても立ってもいられなくて、エルドラドは後を追うことにした。オニキスは黙ってついていくことにした。エルドラドにはやることがたくさんあるはずだ。だけどたった一人の弟の心配には何も及ばないのだろう。ジェイドが死んだら・・・国政なんてものに手がつかなくなるのではないか、とオニキスは心配した。悪魔や大魔法使いの脅威は去ったが、本当の意味でこの国を救うことになっていない気がする。
「エルは、ジェイドをどうしたいんだ。」
「・・・」
オニキスが聞けば、エルドラドは足を止めた。病気の治療でも、本人の意向と家族の意向が違う、なんてことがある。延命を本人が望んでいない場合があるのだ。だけど家族としては、できるだけ生きてほしい。そのために死よりも苦しい治療に患者をさらすことになっても、生きてほしい。ジェイドの場合はまた違うけれど、聖獣に救済してもらわなければ、死後が苦しいと言うのなら、それは早く救ってやるべきだ。論理の問題はそこに帰結するけれど、感情はそうはいかないだろう。
「こんな国のことなんて、全部擲って、なるべくあいつの近くにいてやりたい」
ジェイドをどうしたいかではない。エルドラドは自分の気持ちの置き所がわからないのだ。苦しいだろうと、オニキスは想像してもしんどいのに、当事者が目の前にいる。だけどこんなときに気の利いた言葉一つかけられない。
「本当は・・・ジェイドに時戻しをかけてやりたかった。だけど、悪魔の契約には効くのに、あの呪いには効かないのだそうだ。」
呪いが魔法を跳ねのけて、そしたら自分もただでは済まないのだろう。
「行こう、エル。」
ジェイドはあの三階の部屋に行くようだ。その部屋は、家族の団欒の場であり、大事な話をするところであり、ウラヌスタリアの王族にとっては所縁ある場所なのだ。だから、ジェイドの覚悟はもう決まっているのだろう。どうして、自分に何も告げずに、「すぐ戻るから」なんて言って、逝ってしまうのだろう。
エルドラドは王座の間から、動けなくなった。
「エル」
後ろにアルベルトがいて、エルドラドの肩を叩く。
「・・・昨日、魔王と話したのは、どんな内容?」
振り向けば、アレクシスもいて、じっとエルドラドを見つめていた。彼のエメラルド色の目でまっすぐ見つめられたことは初めてだ。
「どんな・・・、兄から、自分の身体は好きにしてほしいと。肉体が死ねば、輪廻の渦に行けるから、と。」
国の危機的状態は脱した、よく頑張った、心残りはない、とそんなことを兄は言っていた。
「こんなお願いをするのはぶしつけですが」
アレクシスはやはり意志を持った目でエルドラドを見て、口を開く。
「移植術の権威、ヘルメス四世。ジェイドに、国王の心臓を移植することは可能ですか」
エルドラドの青緑色の目が大きく開かれた。
「アレク!お前何を言っているか、分かってんのか」
オニキスはアレクシスに掴みかかる。エルドラドは、オニキスの腕を掴んで、それを制した。
「可能だ。血液型も一緒だし、ドナーとしては申し分ない」
ヘルメス四世として、エルドラドは解答した。
「・・・しかし、それは、植物状態の兄がジェイドに変わっただけで、意味のある事とは思えない。」
心臓が動いている、身体が生きている、だけど精神はからっぽで、もうそれは意志を持って動くことも話すこともない。どのみち、死であることは変わりはない。
「・・・エル、賭けをしないか。ユズがジェイドの魂を持って帰ってくる。だから身体の器を万全にしてもらいたい。」
「どういうことだ」
アレクシスを話して、オニキスはアルベルトに向き直る。ユズを危険に遭わせるのなら、この妖精王をこのままにしてはおけない。
「聖獣が、ユズの精神を冥界まで連れていく。大丈夫、この命に代えても彼女は戻してやれる。」
『我は反対したぞ』
グリフォンは不服そうに出てきた。
『でもユズがどうしてもって言うし、ユズの願いも叶えてあげなきゃ』
ノルンはジェイドが死んでしまうことにもう悲しくて仕方がないようで落ち込んでいる。
『冥界には俺の人身御供がいるから、案内はしてやれる』
フェニックスは概ね賛成ということだった。
「別にユズが行きたいなら行けばよいだろう、俺は連れて帰ってこれるとは思わん。」
ラルフはどっちでも良いらしい。
「これは前代未聞のことだから、少し不安要素はあるけど・・・まあ連れていくだけならできるからの」
タマモは前例がないことは詳しく話すことはできないと首を振る。妖精王が横暴なことには腹立たしいようだが。
聖獣たちは一斉に消えてしまう。ユズの願いを叶えに行くのだろう。
「行こう。エル」
アルベルトはエルドラドの肩を押した。
「可能性があるなら、ジェイドと生きる未来を願うと、ユズが言っていたんだ。それに応えてやりたい。俺は、アルベルトではなく、パトリオット七世として力を尽くそう。」
これは自分と聖獣の考えが唯一一致したところだと、アルベルトは思う。
「・・・わかった、ならば私もヘルメス四世として。」
できることをやろう。エルドラドは深呼吸して三階の広間へ向かった。
***
「アレク、ユズを止めなかったのか。お前、話を知っていたな」
オニキスは厳しくアレクシスを咎める。ユズを冥界に行かせるだなんて、まかり間違えば殺すことと一緒である。魔法と縁のない自分たちはおいそれと行ける場所などではない。死の摂理はそれに従うべきだ。覆すだなんてあっていいことではない。ジェイドを諦めること、それしか選択肢はないはずだ。ユズが頑固だからと言って、そこは受け入れるべき命題である。
「・・・一度は止めました。でも止めたら、後悔が残ります。それをずっと慰めるよりは、やってだめだったことを慰めろ、と言われたので、それに従います。」
「グリフォンの騎士としては見損なったぞ」
「申し訳、ありません」
オニキスは踵を返す。
「こうなった以上は、連れ帰ってきてもらうしかない。そしてジェイドをぶん殴って、俺が殺す。」
「・・・え」
それでは冥界に逆戻りだ。
「一度ならず二度までもユズを攫う。しかも冥界まで連れていくなんて許せねえ通り越して、これは命を持って責任を取ってもらうしかない案件だ」
父上に報告を入れる、とオニキスはアレクシスを引っ張っていった。助かっても、ジュピタルのグリフォン家に処刑されてしまうジェイドの運命を、アレクシスは少し可笑しく思った。それでもまた、会えるなら、会いたいと、アレクシスは思った。
***
ふわふわと良い心地がした。陽だまりの中の草原のような匂いがする。胸のあたりが少し重いけれど、それ以外は快適だ。小鳥の声がする。ジェイドはゆっくり目を開けた。
木漏れ日が風でゆらゆら揺れている。ここはどこなのだろう。胸にユズの頭がのっかっていて、彼女もすやすやと眠っているようだ。髪を撫でれば、身じろぎして寝返りを打った。胸の重みはなくなった。
「ジェイド、やっぱりユズが付いてきちゃったんですね。」
「ん?ブライアン・・・久しぶり」
ジェイドはぼんやりする頭で、ブライアンに挨拶をした。いるのが当たり前の感覚だった。彼を見て、ジェイドはああ、自分は死んだのか、と腑に落ちる。
「・・・え?ユズがついてきたらダメだろ!?」
ジェイドは我に返ってユズを見る。
「そうなんですが・・・ここまだ、狭間というか、ジェイドのお兄さんもいますよ」
「ジェイド、頑張ったな。本当にすまなかった。お前のことが気がかりで気がかりで。」
体格の良い兄が、ジェイドを抱きしめて、泣くものだから、なんだこれ・・・とジェイドは不思議な感覚を味わっていた。兄に抱きしめられるのは、ウラヌスの剣を渡されたときぶりだろうか。
「ユフィが迎えに来ているんだ。俺は先に逝く。」
もうこの世に未練はない、と晴れ晴れした顔でフェイトはジェイドの頭を撫でた。
「お前はもう少し生きてから来なさい」
もう少し、ここにいろ、ということだろうか。
「この子は現世に戻してやらないと」
フェイトがユズを見て言う。
「そ、そうだよ、でもどうやれば」
「俺が引き受けます。フェイトさん、お元気で」
ブライアンは笑顔でフェイトを見送った。不思議な世界だな、とジェイドは瞬きをした。ブライアンはユズに触れないようだから、ジェイドはユズを揺り動かして起こした。ジェイドはユズに触れることができる。ブライアンはジェイドには触れることができる。自分はもしかして中途半端な状態、ということなのだろうか。
ユズが起きて、ジェイドを見て、ブライアンを見た。
「ユズ、また会えたね。」
「・・・あ、」
ユズは前にもここに来たことがあった。そのときにフェイトに会って、だから彼の姿をしたベリアルに見覚えがあったのだ。
「ユズ!なんでこっちにいるんだ!」
ジェイドは驚きもそうだが、これは準じて死んだということなのか、彼女を道連れにするのだけはジェイドの本意ではない。嫌われようと怒って何としても元の世界に返してやらないとならない。
「・・・えっと、ジェイドを迎えに来た」
「・・・は?」
「私と、一緒に帰ってくれる?」
「ええっと、普通は来たら戻れない、だろ?」
「戻れますよ、ユズは一回来て戻っていきましたしね」
「そうそう、私ここ、二回目なの」
「・・・どういうこと」
ジェイドはこの世界には詳しくない。ブライアンは大まかに説明する。ここは冥界と呼ばれる場所で、ここに来た魂はある程度、罪を償ったり、生前の思い出を語ったり、来るべき人を待ったり、心残りがあったりする人が留まる世界らしい。ここで十分に過ごしたら、輪廻の渦というところに行けるのだそうだ。
「輪廻へいったら、記憶とかはなくなってしまって、新しい生を授かるそうです。」
「ブライアンは行かないのか?」
「俺は別に生まれ変わりたくないですし。」
ブライアンはとんでもないこと言う。よほどあの人生がトラウマだったのだろう。彼の心の傷を治すのはもう少しかかりそうだ。
「いやでも、俺はお前にあんなにねんごろにお別れをしたのに、そこは聞き入れてほしかったぞ」
「あー・・・ごめん、結構前からこうすることは決めててー」
「俺が知らないのはまずくない!?」
「言ったら反対すると思ったし」
そうだ、全力でする。自分は死ぬのは分かっていたが、生きている人間がこんな場所に来るのはそれなりのリスクがあるはずだ。第一どうやって来たのか、具合は悪くないのか、お前はちゃんと帰れるのか、ジェイドは矢継ぎ早に聞いてきて、ユズは、パチクリと彼を見つめる。
「ユズ!ちゃんと聞いてるのか、そんなに可愛く見つめたってダメなものはダメだろう!」
「来ちゃったからしょうがな「しょうがなくない!命に関わることに、お前を巻き込むこっちの身にもなってくれ」
だったらジェイドは残される側の気持ちになったことはあるのだろうか、むっとユズは膨れて下を向く。
「アレクもオニキス殿も知らないことなんだろ」
「アレクは知ってる」
ジェイドは衝撃を受けた。アレクシスが知っていて、ユズを来させた事実が信じられない。
「アルベルトの提案に、乗ったの。」
「アルの・・・」
「試してみるだけ試して、それでだめなら潔く諦める。アレクと結婚でもなんでもしてやるわ。」
「お前それ、アレクシスが可哀そうだろうが。そんな最終手段みたいに結婚されても」
たぶんアレクシスはそれでもユズと結婚できるならきっと構わないのだろうが、彼が不憫でジェイドは頭を押さえた。
「ま、俺はユズとまた会えてうれしいですし。それならそれで、ジェイドは帰る方向で動いてみますか?」
「・・・どうやって、俺は魂が欠けてるから、輪廻には行けないだろ。それこそブライアンとここの空間をさ迷うしか選択肢がない。」
「ジェイドに足りないのは、魂の器と、ユズが殺した五分の一回分の魂の欠片です。新しい器はどうぞ。ここにあるので、使ってください。」
「え、そんなすぐに用意できるものなの」
「ここは冥界です。なんとでもなります。」
ブライアンはさくさくと説明を進めていく。透明の袋のようなものが魂の器なのだそうだ。ジェイドの器は穴が二つ開いている。たぶん一回目に死んだときと、さっき死んだときの穴だ。
「これに、とりあえず今持っている聖獣の加護が四つ入っている魂を入れてください。」
「どうやって」
ブライアンがジェイドの身体から紫・黒・赤・黄に光る物質を取り出す。袋の中でそれらは交じり合ってジェイドの目の色のような色に変わった。
「呪いで分けられた魂が、本来のものに戻りました。あとはもう一つ、この冥界のどこかにあるジェイドの魂の欠片を探しましょう。とりあえずこれは身体に戻しておいてください」
ブライアンが透明の袋ごと、ジェイドの身体にそれをしまう。
「お前、ここに来て、どのくらい?もうなんか冥界王みたいになってない?」
「4か月ほどでしょうか。」
ブライアンはニコニコと答えた。生まれ変わりたくないブライアンはハデスの手伝いをしてこれからも過ごすことになるのだろう。
「ただ、集めて戻して、ハデスが帰って良いと言うかは別ですけどね。普通はそこで、だめと言われますよ。ま、やれるだけやりましょう。これはジェイドのため、というよりきっとユズのために必要なことです。」
ユズの気持ちにちゃんと区切りをつけてやる。そのために必要なら、仕方ないか。
「分かった。ユズ、準備は良いか。だめなら諦める。約束だ」
ジェイドはユズに手を差し伸べる。
「わかった」
ユズはその手を取って、一緒に歩き出した。木漏れ日の森を抜けて、記憶の中のような場所に来た。グリフォン領の聖獣殿だ。ここでもジェイドは死の覚悟をしたことを思い出した。アレクシスに真っ二つにされそうになったのだ。ユズが止めてくれなければ死んでいた。もしかしてそういう場所に来ているのだろうか。自分の命が散りそうになった場所。ブライアンとユズと手分けして魂の欠片のようなものを探したが、見つからない。
次にバジリスクの城に来た。バジリスクの化身に飲み込まれそうになったのをユズが棍棒をぶん投げて、バジリスクに当てて助けてくれた。これはユズは意図して助けようとしたわけではなかったようだが、結果として助かったのだ。城内は静かで誰もいない。王の間を隅々まで探したが、見つからない。
ドラゴン領では川辺に来た。
「ん?これって俺じゃなく、ユズが死にそうになったときじゃないか?」
ノルンと一緒に溺れたユズを助けて、心肺蘇生をして、ジェイドは特段命の危機は感じていない。感じたとすれば、ユズとラブホテルに行って、アレクシスに半殺しにあったときくらいだ。山小屋にも入ってみたが、手掛かりはなかった。夜空がとても綺麗だ。ドラゴンの命の灯が地上からキラキラと上がっていく。
フェニックス領では研究室に来た。命とかもしかして関係なく、ただ記憶を巡っているだけなのかもしれない。ここで、ブライアンと一緒にひたすら固死の病の治療薬の開発に明け暮れた。ブライアンの正体が、人身御供だったと知ったときは、そんなことをするフェニックスが恐ろしくも思ったが、一番は人間が酷いのだと、ジェイドは思い直した。
「そういえばユズ、フェニックスの飾り羽、食べてしまったんですか?」
「うん、美味しくはなかったけど、怪我は治ったし。」
「あれは俺から君への贈り物だったのに。まあ、ユズの一部になったなら、いいか。」
ブライアンは今日はよく笑う。
「フェニックスにはいろいろ思い出があるな、一緒に夜に話をしたこと覚えてる?」
ユズは頷く。
「だれもブライアンみたいに私にそういうこと教えてくれないの。松葉崩しって知ってる?」
「有名なセッ「ああああああ!ブライアン、今は良いから、そういうのは」ユズ、ジェイドが戻ってから実践で教えてくれると「言ってねえわ!もう!相変わらず生々しいことを普通に喋るんじゃない!」
ジェイドはため息をつきながら、ブライアンを叱ったし、ユズには今はそういうことは質問しない、と言い聞かせた。
妖狐の里へ行くと、前方からピンクゴールドの髪をなびかせたナターシャが来た。
「いらしゃーい、ようこそ、妖狐の里へ」
「ナターシャ!」
ユズはナターシャに抱き着こうとしたが、すかっと空振りする。
「あたしはもう魂だけだから、触れないのよー。なんでユズちゃん来ちゃったの、また会えて嬉しいけど。」
ナターシャはとりあえず妖狐の里でゆっくりして、アーセナルの雪山に行って、それからノースランドへ帰ってみようかな、と言っていた。で、たぶんまたここに戻ってきて、それから輪廻の渦へ行くと思う、という。
「セドを待たないの?」
「そんなにすぐセドは来ないだろうし、今度はまっさらに生まれ変わりたいのよねー」
ナターシャはちゃんと吹っ切れてここへ来れたのだそうだ。
「・・・ユズって、ナターシャとセドのことってなんか知ってたりするのか」
ジェイドの知らないこともユズは知っているようだ。
「セドの初恋の人の魂が、記憶を持ったままナターシャになった?みたいな。」
「そうそう、複雑なのよー、記憶を持てたのは聖獣の加護のおかげだわ。」
なんだかナターシャが死んでも変わらずにナターシャのままだったことに、ジェイドは救われた。彼女は彼女で一生懸命生きたのだろう。
「それより僕?その状態って大丈夫なの?」
ナターシャはブライアンを見て、心配そうに聞く。
「あ、気にしないでください。」
ブライアンは別になんてことない、という。ユズにもジェイドにもブライアンがどういう状態なのかは分からない。
「どういう・・・魂が垂れ流し?」
「ブライアン!?命を大事にしてくれないか!?」
ジェイドはどうしてそうなった!?とブライアンに詰め寄るが、ブライアンは問題ないから、ジェイドの魂を探してください、と冷静に言った。
「なら、探すの手伝おうか。」
妖狐の里はセドリックと修行したアカデミー、魔法比べの会場にも行ってみたが、それらしいものはないようだ。ナターシャとはそこでお別れして、アーセナル共和国に行って、ウラヌスタリアに来たが、やはりどこにも見つけられない。
「うーん・・・どこかにあるはずなんですが。心当たりは?」
ブライアンは首をかしげる。
「・・・そうだな、ユズと初めて会って、俺が死んだ場所」
さっき夢のような魔法をジェイドがかけてくれたコートヴォールの館のことだろうか。視界が揺れて、その場所に移る。誰もいない館はあのときより広く見えた。ここにもないとなると、ジェイドには手詰まりだった。魂は不完全のまま輪廻には行けないから、その魂はどこかにさ迷っているはずなのだ。そしてそれは各々関係あるところと決まっている。
「こういうときは、共通点を見つけるのが最善策です。」
ブライアンは言う。さっきジェイドは自分が死にそうになったときだと思っていたのが、ドラゴン領で崩れたのは気にかかっていた。今行けた場所の共通点は果たして何なのだろうか。
「ユズ、観覧車に行きませんか?」
「観覧車?」
ずずず、と場面が変わり、観覧車の中にユズとブライアンは座っていた。
「じゃあ、次は、ユズ、ジェイドと一緒に行かなかった場所はありますか?」
「・・・カジノ?」
ずずず、とまた場面は変わる。バニーガールを見た場所だ。
「あと・・・リスクーザのコロセウム」
ここで、初めて剣士大会で優勝した。あの高揚感は忘れない。
「ああ、俺は何となく分かって来たかも。」
ブライアンはユズと一緒にジェイドのいるところに戻る。ユズの記憶の中にジェイドは入れないようだった。
「ジェイド、ジェイドがユズと別行動した場所はどこですか?」
「・・・思い浮かぶのは、アーセナルの魔術師協会支部か。」
場面は変わらない。行ける場所はユズの記憶に関係しているようだった。
「ユズが来た理由ってそういうことなんだな。来なきゃダメだったんだ。」
ブライアンは腑に落ちているようだが、ユズもジェイドもよく分かっていない。
「たぶん、ジェイドの魂の一部は、ユズが持ってるってことです」
「そんなこと、可能なのか。」
「ジェイドの呪いって、だから復元が不可能だったんですよ。手をかけた人間に殺された人間の魂が移る。ここのどこを探しても見つからないってことはまだ現世にあるってことなんだ。」
「つまり」
ユズはどきどきしてブライアンに聞いた。
「つまりどういうことなの」
やっぱりあんまり理解でできていない彼女は変わらずに可愛くて、なごむ。
「ユズがジェイドに魂の欠片を返してあげれば良いってこと。」
「チューとかすればいいの?」
ブッ、とジェイドは噴き出した。うーん・・・とブライアンは金色の目でユズをまじまじと眺めた。
「ユズの中にあることは確かなんだけど、そういうのって媒体で身体の外に出ていることが多いと文献で読みました。ユズの中の魂はジェイドの欠片があっては過分ですからね。ユズ、ジェイドに何かもらわなかった?」
ジェイドは事あるごとにユズに貢ごうとしていたような気がする。最初から、なぜか彼女のことは好きだったし、連れてきてしまった責任で、自分がユズを世話してやらなきゃいけないとそう思っていた。それはジェイドの意志じゃなくて、魂が引き寄せていた、ということなのだろうか。寝ているときに無意識に抱き寄せているのもそうならなんとなく、申し訳ないような、ジェイドはだんだん恥ずかしくなってきた。
「指輪は?」
ジェイドのもらったものならたくさんあるが、これが一番だ、とユズは左手の薬指の翡翠の指輪を見せる。
「それって、ユズが欲しがったもの?」
「・・・成人のお祝いにジェイドが何かくれるって言って、」
なくならなくて壊れないものが欲しいとは言った。
「ああ、でもこれかも」
ブライアンは頷いた。ユズは指輪を外して、ジェイドの左手の薬指にそれをつけてやる。胸がじわりと重く、温かくなっていく。足りなかったものが戻ってきた。そんな感覚的なものが胸の中にあふれて、自然と涙が伝っていった。
「今、魂が元に戻った。ジェイド、あとは輪廻に行くか現世に戻るかはあなたが決めることです。」
ジェイドは俯いて、ユズのほうは見れなかった。自然の摂理に従うなら、きっと輪廻へ行くべきだ。
「ジェイドの、魂は、救われたってこと?」
輪廻に行けるなら、それはもうお別れ、ということなのだろう、とユズは理解した。迎えには来たけど、自分が彼を引き留めうる存在になれていないのだろう、と何となく思う。ここまで来てどうして引っ込み思案になってしまうのか、ユズは自分で自分がバカみたいだ。
「そう、ユズが救ってくれた。」
ブライアンは嬉しそうだ。救えたなら、それでよかった。ユズは心置きなく、現世に戻って、そしてジェイドは生まれ変わりの渦に行けた、と報告すればいいのだろう。分かっていても、ボロボロ涙が止まらない。さっきもあんなに泣いて、もう涙なんて枯れた気がするのに。
「約束しただろ、ダメなら諦める。」
最後まで、抗って。
「お前が俺を諦めるための・・・」
言いかけてジェイドは首を振って、ユズを見た。
「俺が、生きたいとそう思っている」
ここまで来て、期待させるのはある種残酷だとも思うけれど、彼女がそう望んでくれるなら、それはとても嬉しいことだし、生きられる可能性があるならそれを信じたい。
夢にまで見た、彼女と生きる未来を。
「じゃあ、ハデスのところへ行きましょう。」
ハデスは冥界の王だ。ブライアンが上を指させば、目の前にすごく長い階段が伸びてきた。一時間も二時間も、ずいぶん長い時間階段を上らされていた。上を見ればまだまだ先のようだ。一生たどり着かないのではないかとさえ思う。
「なんか、おもしろい話をして」
ユズは無茶ぶりをしてきた。階段を黙って上るのは飽きたらしい。
「ユズの好きな話ですか」
「いや、ユズの好きな話は冥界にはふさわしくないだろ」
「失礼な、ジェイドったら私がエッチな話ばっかりが好きだと思ってる?」
「冥界って別に、猥談が禁止というわけではないですよ。」
ジェイドが思う冥界にふさわしい話とは何なのか、ユズは気になった。
「黄泉平坂とか?これはそんな感じか?」
延々と登らされているので、これを上り切ったらクリア、とかないのだろうか。
「確かに地下から地上へ登って行っている、ような印象ですが。」
「ここってどっちかっていったら、天の上、みたいに思ってたけど下だったってこと?」
「そういう概念自体、ないような気がします。」
話していれば、やっと階段が終わった。線路があって、列車が止まっている。駅のホームみたいなところに冥界王はいた。思っていた冥界王とは違う。駅員の格好をしていた。
「冥界王は鉄オタです。」
ブライアンが説明した。
「やあ、ブライアン今日の列車はD51蒸気機関車にしてみた」
「そうですか。4073形も今度お願いします。」
「心得た。・・・やあやあ、アルベルトから聞いているよ。現世まではこの列車に乗れば着くけれど、何か代わりのものをくれないと乗せることはできないんだ。」
とはいっても、ジェイドは何も持っていない。ユズがくれた指輪くらいだ。
「これでいいよ」
差し出せば、受け取ってくれるようだった。ユズはポケットに手を突っ込んで何かないかと探した。型紙の切符がある。ベリアルからもらった魔界行の切符である。
「これは?」
「こ・・・・これは・・・・っ!!」
冥界王はその切符をみて後ずさる。悪手だったのだろうか。ユズはすぐに引っ込める。
「これはこれは、ハデス冥界王が喉から手が出るほど欲しい魔界行切符・・・何でもってるんですか」
ブライアンはユズを二度見した。普通の人間が持っているものではないし、普通人間にはこんなもの必要ないだろう。まるで何かを予期していたような用意周到さである。
「え・・・くれたから。ベリアルは、ジェイドの魂が救えないなら、魔界で暮らせばいいから、冥界に行くならこれを持っていけって。」
「魔界って冥界とは違って快適らしいんですよね。冥界も悪いところではないですが、成仏できない魂には辛いところです。」
ハデスは土下座をしてユズにその切符を譲ってくれるように頼みこんでいた。もう列車のビップ席を用意するからと。ユズは切符を丁重にハデスに渡す。
「ところでブライアン・・・お前はどうしてそんなことになっているんだ」
「どうでも良いじゃないですか。さあ、ユズ、ジェイド。これでお別れです。」
ブライアンはユズとジェイドを列車に乗せて、手を振る。ブライアンに何かが起こっているのだろうか、ユズは心配になって、振り返ろうとしたが、制せられる。
「鉄則1振り返らないこと。鉄則2喋らないこと。眠ってしまえばすぐ着きますよ。」
蒸気機関車の汽笛が鳴る。ユズとジェイドは隣の席に並んで座った。話してはいけないし、振り返ってもいけない。どこかで聞いたことがある話だ。ジェイドはそっとユズの左手を握った。ユズはそれを黙って握り返す。眠ってしまえば・・・と言ったブライアンの声に従って、ユズは目を閉じ、ジェイドの右肩に寄り掛かった。
「ブライアン、もしかして、魂の器をあの子にあげたの?」
ブライアンの魂は器をなくしてぐちゃぐちゃな状態で散乱していた。
「いいんです、俺がジェイドにあげられるものはこれくらいしかないから。」
人間界で唯一世話になった人物だ。これくらいは恩返ししたいと思う。
「お前、本当に生まれ変われないぞ。魔界に行くか?」
「前も言った通り、生まれ変わりたくないです。魔界は少し、興味があります。本とか研究とかできるなら、移住したい。」
「しょうがないな、切符は譲ってやる、本当に本当に特別だぞ。」
「あなたもたいがいお人好しな冥界王ですよね。」
ブライアンはありがたく切符を受け取ることにした。




