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ジュピタル王国英雄記  作者: ヤー子
最終章 ウラヌスタリア救国編

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VSメリッサ三世


「・・・こいつラスボスじゃねえのか」

オニキスがベリアルに斬りかかろうとするのをとりあえずエルドラドとジェイドは止めた。ユズはじっとベリアルを見て、エルドラドを見て、最後にジェイドを見た。目は全員青緑色で、エルドラドの目は少し青が濃い。ベリアルもといウラヌスタリア国王はジェイドを年を取らせればこんな顔になるのかな、ぐらいには面影がある。目元はよく似ている。

「髪の色が全員違うね」

のんきな感想にジェイドはずっこけた。ユズはどこまでもユズである。


「エルドラド様、髪がっ、短くても素敵です!」

「あ、ありがとうリンファ・・・不本意ではあるが、まだ魔力があるのはこいつのおかげだ。」

「ラスボスがラスボスじゃなかったんで、とりあえず後回しで。メリッサを捕まえるにしても絶対表に出ないような空間魔法で拘束とかできないか。」

ジェイドは考えながらエルドラドに聞く。

「メリッサ側に解呪方法があれば意味がない。あれでも大魔法使いだ。魔力が根こそぎリリスに持っていかれたようだが、魔道具の類なら専門だろうしな。」

彼女自身がシミカドル化していて、王城西の棟の上階にまだ戻し魔法をかけられないとなるとウラヌスタリアと隣国各地を亡ぼすくらいの爆発は免れない。

「シミカドルは地表にのみ作用する。メリッサはこの三年地下にも作用するように改良に励んでいたが、それはどうしても成しえないようだったぞ」

ベリアルが何の他意もなくジェイドに話す。

ベリアル本人からしたら、魔界で平和に暮らしていたのがいきなり呼び出され、リリスを餌に半ば無理やり魔女と協力関係を結ぶよう契約をした。リリスが封印されて千年、彼女がどうしても外へ出してほしいと願い出ているというのだ。普段は絶対に自分に頭を下げないリリスがである。そもそもそこからおかしかった。封印されているリリスの声など自分でさえ聞こえないのに、どうして魔女が知っているというのだろうか。だけどこの魔女は例の爆弾で魔界を吹き飛ばすと言うし、ベリアルは脅されながらも契約を諾とし、百年かけて扱いにくいジュピタルの魔力を吸い取った。ようやく魔力が溜まったので地表に出て、ジェイドに呪いをかけ聖獣の加護を集めに行かせ、二年と九か月。とうとうこの地に聖獣を呼び出したが、人間側も対抗して聖獣は一体も葬れないままの現状である。リリスもリリスで、やはり召喚したら、かなり狂暴で扱いに困った。挙句の果てにはベリアルを食おうとするから、ベリアルは抵抗した。そしたら軟禁されてあの状態であった。リリスは倒されたようだし、今は一刻も早く魔界に帰りたいのだ。帰るためなら、聖獣の加護を集めるために呪ってしまったジェイドには無契約でも報いようぐらいには思うのだ。こういう思考回路は本来悪魔にはないものなのだが、ベリアルくらい特級悪魔だと考えることは可能だった。普通はこのように善の思考回路にはならないのが、悪魔の悪魔たる所以なのだが。

「・・・ということは・・・メリッサを上階から地下へ持ってくるのが最善ってことか。」

「土の妖術は使えるか。あと泥田坊とか土蜘蛛を呼ぶことは可能だぞ。」

『それなら、大地の恵みも使えるかも』

ジェイドの考察にセドリックとノルンが反応した。

「・・・ウィザードランドの監獄は確かに地下にあるからな、理にかなってるってことか。目下、メリッサを自爆させないで拘束あるいは送還ができればよいが」

エルドラドは考える。自爆が手の内にある相手は厄介だった。

「俺を召喚している限り、自爆はできないのではないか。」

「・・・へ、あ、そういうもの、なのか」

悪魔の世界についてもだいぶ調べたつもりだったが、ベリアルと契約しているのなら、メリッサは勝手に死ぬことはできないのだ。

「ああ、俺がやつの心臓をもらっているからな。俺が先に倒されることがメリッサの計画だったろうし・・・」

聖獣にベリアルを食わせ、そして聖獣ごと爆破する。そういう計画だったのだろう。改めて、恐ろしいことである。

「ほう、偶然に裏をかけたな、ジェイド。」

ジェイドはただ、悪魔の魔力を利用したかっただけだった。リリスのように悪魔らしい悪魔だったらやはり一矢報いても倒さなければならなかっただろう。ただ、このおかしな魔王は自分で死にたがり、早く魔界へ戻りたいと言うので、逆に腹が立って、これは利用しつくして、魔力を根こそぎ搾り取って、魔界へ戻すしかないと思ったのだ。

エルドラドは意図せず、メリッサの弱みを握れたこと気づく。天が味方してくれたとしか思えない。


じっとベリアルは目線を感じて、振り返る。

「な、何か用か」

「いや、用はないけど」

ユズの丸い琥珀色の目はすべてを射抜いていそうで、苦手だ。こんな魂がキラキラした子は滅多にいない。気を抜けば手が出そうだから正直あまり近寄らないでほしい。

「どこかで会ったような気がして」

「いや、初対面だ。俺が断言する。」

この子と会えばきっと忘れることはない。

「ねえどうして、ジェイドに蘇りの呪いをかけたの?なんとかならないの?」

「聖獣を集めさせるために必要だった。五つに分けて、五つの聖獣から魂に加護をもらっていれば、死んでも魂は救済できたのに・・・一つ、グリフォンが足りないようだな。」

「・・・それっておかしくない?ジェイドの加護を集めた順番はグリフォンからなのに。」

ユズは階段に座り込んでいるベリアルの隣に腰かけて、足をぶらぶらさせる。みんなこれからのメリッサの攻略法への策を話しているので、ユズは暇だった。難しい話は分からない。

「グリフォンの加護を持つ者に殺されたのではないか」

「ああ、私か・・・」

タマモはだからグリフォンの加護を持っているものがジェイドを殺せばよい、というようなことを言っていたのだろう。

「私、あの時、ジェイドを殺しちゃダメだったってことなのね」

「・・・不完全な魂では、輪廻の渦に入れないんだ。」

「りんねってやつに入れないとどうなるの?」

「ずっと冥界をさまようことになる。」

「ジェイドを助けてあげたいの」

「誰か代わってくれる完全な人間の魂があれば良いのだが」

前にもアルベルトと話したことと同じで、悪魔側もそういう認識なのか、とユズは落ち込んだ。代わりの魂に、心当たりなんてない。普通は輪廻の渦に還りたいし、救われるべき魂は救われるべきだ。そしてユズが代わりになんてジェイドは絶対反対するに決まってる。彼の悲しむことはしたくないし、そんなことしたら、きっとウラヌスタリアとジュピタル王国の関係に亀裂が入る。せっかく国を救ってくれると名乗り上げたジュピタルの戦士を殺すことなど、あってはならないことである。

「・・・こっちは手詰まり、なのかも・・・」

「良いものをあげようか。これは魔界へ行ける切符だ」

黒い小さい堅紙に魔界行と赤字で書かれた気味の悪い切符だった。

「なかなか良いところだから、冥界から来たいという魂も多いんだ。輪廻の渦には行けないけれど、うちの世界では仕事もあるし、家を建てて暮らせるよ。」

「天国、みたいな感じ?」

「そう、生まれ変われない子たちの面倒を見るところだよ。」

そんなところもあるのか・・・ユズは切符を受け取って、ポケットに入れた。たまに魔王は冥界に行って、そういう魂が来たいと言えば連れてくるのだそうだ。冥界ではたださまよって疲弊していくだけらしい。疲弊した魂はさらに削れて、そうしてなくなってしまうのだと言う。もう誰にも会えないで、孤独でなくなってしまう。

「それでもたまに、俺の世界からもいなくなっているんだ、いきなりなくなるのか、あるいは回復したのか。回復するならば、輪廻へ行けた方が、人間としては幸せだろうと思う。」

人間の幸せと悪魔の幸せとは違うのだろうか。ユズが、冥界に行って、ジェイドにこの切符を渡せば、それが一番最善なのかもしれない。彼をこの世にはきっと繋ぎとめることはできない。ユズはその現実を受け入れることをずっと後回しにして来たが、今ようやく心が決まってきたような気がする。

「何を話してるんだ、ユズ、悪魔とあんまり近づくんじゃねえ。食われるぞ」

オニキスが訝しげに近づいて来る。

「だってこの人、ジェイドのお兄さんを食べたんでしょ。なら食われなくない?」

ユズにはユズの理屈があるが、間違っている。

「はあ?食えるだろ、な、食えるよな?」

その聞かれ方はなんか語弊を産う回答になる気がしてベリアルは首をふるふると振るにとどめた。オニキスには今にも斬られそうだから、少し怖い。同じ聖獣の加護を持った剣でも、ジェイドが斬ってくれたほうが絶対痛くない気がするのだ。グリフォンの加護が足りないが、ジェイドは自身の魂にも加護を持っている。そっちほうが絶対この身体のためにもなるし、自分が魔界へ還れる条件にもなっているのだ。ベリアルは悪魔らしく狡猾に自分に不利な情報は隠す。身体から中身を引き摺り出された状態で聖獣の餌食になるのは勘弁願いたい。

「そうだ、君、か、君でもよいから、ジェイドと一緒に俺を斬ってほしいんだ。そうすればジェイドの魂の加護を補うことができる」

必要なのはグリフォンの加護なら、この女の子か、この男が補えるはずだ。

「ものを頼むときは、それ相応の見返りを求める。これは悪魔界の常識のはずだ。」

オニキスは悪魔相手にも変わらない。

「あ、兄上、私。良いものもらったから、私がやるよ。ところでメリッサの捕獲はどうなるの」

「もらったものを今すぐ見せろ」

「食べた」

「食うな、吐け」

「そうだ、兄上、私ジェイドからもらった手紙を間違って送ったでしょ、あれ返して!」

「話をはぐらかすんじゃない」

「兄上は口うるさい、アレクと同じで、頭が痛くなる。嫌い」

「アレクに嫌いって言ったことは伝えよう」

「アレクに伝えたら泣くからやめて」

オニキスはアレクシスとは違って怒鳴ったりはしない。たんたんと詰めて来る。目的を遂げるまでそれは続くのだ。ごまかしは効かないし、めんどくさいからユズは逃げた。リンファのそばに避難する。

「あらユズちゃん、疲れたの」

「兄上と話すと疲れる」

「全面同意ー、話しが通じないのよねー」

「自分勝手なんだよ、兄上は。こっちの話はなんも聞いてないし。」

リンファは頷いてくれる。


「その手首、大丈夫です?」

リンファの手首に黒い痣があって、不気味だ。

「ああ、あとで治してもらうわ・・・いやだ、なんかさっきより広がってる気がする。」

ユズには痣が動いているように見えた。


リンファの手がユズの剣に伸びる。彼女の意識と関係ないようだ。ユズは咄嗟に飛びのいて、彼女の手首を掴むけど、力が信じられないくらい強くて、これ以上押さえればきっとリンファの手が危ない。

「な、なに、これっ」

彼女の手がユズの剣の柄を掴んで、引き抜く。そして向かった先はベリアルのもとだ。ベリアルの近くにオニキスがいて、ユズに何を渡したのかを執拗に聞き出していた。リンファが剣を持って斬りかかって来るのを、止める、彼女の力ではないことはすぐに分かった。リンファはベリアル狙いだ。

「何をしてる」

「わかんないっ」

操られている。メリッサが先手を打ってきたのだ。メリッサはベリアルがいるかぎり、自爆できないということは、ベリアルを倒せば、自由に動ける、ということなのだ。

「リンファ、どのくらい持ちこたえらる」

「・・・オニキス次第よ、もう腕は折れてる」

黒い痣が浮き出て、リンファの手に剣を固定していた。固定されているだけ痛みはましだが、力が強すぎて、腕どころが身体にも負担が強くかかる。これじゃ下手に抑えられない、オニキスはベリアルをうまく盾にしながらいなす、という器用なことをやっている。

「ジェイド、メリッサの捕獲を急ぐぞ!」

エルドラドとジェイドはメリッサの居場所に転移したようだ。リンファは切れないベリアルから、獲物を持たないユズに標的を変えた。避けるだけならユズもたやすいが、リンファの身体に負担をかけないようにしたくて、振り下ろされる剣の腕ごと回るように身体を補助してやる。ぐるんと一回転して、床に四肢が投げ出される。すぐに体制を立て直したがもはやおかしな腕のつき方をしているように見えて、ユズは顔を顰めた。リンファは今は痛みを感じないのが不幸中の幸いだ、と顔を青くする。ユズの隙が見えたのか、リンファの手が飛びかかってきて、左手でユズの首を押さえ、右手に剣を固定し、ユズの首元に当てた。

「この身体が可哀そうだった?さあ、その悪魔を殺してちょうだい。この子と交換しましょ」

リンファは乗っ取られてしまったのか、オニキスにそう持ち掛けた。オニキスは億劫そうにベリアルの首根っこを持ち上げる。

「・・・リンファ、」

「ここまで来て、・・・足手まといになるくらいなら、オニキス、私を殺して」

リンファは精神魔法に抗っているようだ。ユズの首を絞める手には痣はないから、必死で緩める。バキッと音がして、今度は激痛が走っても、構わなかった。今、はじめて自分は死んでもそうするべきだ、と思った。あの死にたがりの自分ではなく、戦死する覚悟、というものができたのだ。

「・・・わかった」

「兄上!」

「責任は取る」

オニキスは少しの躊躇もなくリンファの腕を切り落とした。切り落ちた手首から、痣が消えて行った。リンファは痛みで気を失いたかった。

「・・・・大丈夫、切り口が綺麗・・・縫合でき、る」

ユズを安心させたくて、そう言って、もう崩れ落ちた。

ユズは震えながら、手首を腕にくっつけて、あの不死鳥の飾り羽の残りを出す。

「兄上、これ、リンファさんあげて!かみ砕いて、飲み込ませるの!」

ユズは固定するように包帯で手首をぐるぐる巻きにする。オニキスにも迷っている時間はなかった。もう勘で動くしかない。バリバリと羽をかみ砕いて、口移しする。ついでに水も流しこめば、リンファの身体が金色に光って蘇生した。手首はユズがぐるぐる巻きにしたせいかくっついたかどうかは定かではない。

「リンファ、リンファ。起きろ」

ゆっくりと瞼が開く。ぴくり、と切り落とされたはずの手首の人差し指が動いた。

「動く?」

「・・・成功か」

ユズはそっと手に触れてみれば、血が通っているような温かさを感じた。

「良かった」

「・・・ごめん、もっと気を付けておくべきだった。」

リンファはため息をついて、右手で頭を押さえた。

「でもね、本当にユズちゃん、エル様が移植魔法がすごく得意だから、全然あのくらいならすぐにくっつくのよ」

「でも痛かったでしょ、」

「骨のほうがやばかったわ。それはフェニックス様、ありがとうね」

身体がすっかり元通りだ。


「悪魔がいねえ、逃げたのか」

オニキスは基本、ベリアルを信用してはいなかった。悪魔は魔力のある人間からは魔力を吸い取り、魂の綺麗な人間の魂を餌にするのだ。

「とりあえず、西の塔の上を目指しましょ・・・ちょっと魔法なしで行ってもいいかしら、まだ本調子じゃないみたい。」

リンファに頷き、一行は上を目指した。オニキスが入ってみたかった西の塔はそこだけで生活が完結するような居住空間になっているようだった。一階に大広間、厨房、風呂などの設備。普通のものよりも造りが豪奢なのは、もてなしの気持ちがこめられているのだろう。ただ最近は人が入っていなかったので調度品やインテリアはシンプルなものだった。

「ユズちゃんがもし来たら、好きに飾りつけして良いのよ」

「え、私がここに来ることってある?」

「ジェイド殿下と結婚するなら、ここに来ることになるのよ」

リンファは事情をしらないのだ、とオニキスはユズを見て眉をしかめる。

「あ・・・そう、へー、私は英雄の絵画とか、騎士人形を飾りたいかも」

「ふふ、覚えておくわね」

リンファは屈託なく笑う。ちょっと心が痛いが、ジェイドが教えていないことをユズが教えるのは違う気がして、何も言えない。

二階は使用人や従者たちの個室なのだそうだ。そして三階は一体お姫様の部屋らしい。結婚前に王様が訪ねて一夜明かすこともあれば、結婚後に少し喧嘩してここに避難してくることも歴代ではあったようだ。

屋根裏に続く階段があり、エルドラドの魔法はそこだけがかかっていない。扉を開ければ、空間魔法が広がっていて、鏡張りの迷路のようになっている。ただ軒並み無残なほど割れている。

「・・・ジェイドが割ったのかな」

「エル様じゃない?ジェイドってものにあたる人じゃないから。」

「エルもだろ、始終穏やかな印象しかないぞ」

オニキスが言う。リンファが前に、気性が荒い面もあるというようなことを言っていたから、オニキスはエルドラドを観察しては見たが、やはりそんなことはないと思うのだ。

「仕事モード、ってやつよ、昔は結構やんちゃで、ウィザードランドの学校でも優秀は優秀だけど勝手に抜け出してキャンピングカーを改造して乗り回して、教師陣総出で追いかけたって話は有名だわ」

オニキスはユズを顔を見合わせた。今の彼の様子からは到底想像できない破天荒ぶりだ。そういう面があるならば、今の状態はかなりストレスだったのではないか、なんて思ってしまう。それでもジェイドが帰ってきてからはとても嬉しそうで、良かった、とリンファは言う。やはり血を分けた兄弟だからか、居心地がいいのだろうし、変な遠慮もないのだろう。


ズズズズズズと地鳴りがして、鏡が割れて、地面から土の山が出てきた。もうこの空間を占拠しようということなのだろうか。

「シミカドルは確かに地下内では発動しても土の魔力に吸収されてしまうけど・・・、メリッサの得意な精霊魔法って、土なのよね、裏目に出なきゃいいけど」

そういうのをさっきは話し合っていたらしい。前方にジェイドとエルドラドを見つけ、二人の回りを食虫植物が囲んで襲い掛かっている。


「ノルン、やっぱり水か!?」

ジェイドは剣から水を出すが、これも攻略済みのようだった。斬撃は一時的にはしのげるが、復活のスピードが速い。

『土を消すしかないのかも・・・それよりここ・・・聖獣が、出てこられない』

そういう空間になっているようだ。精霊魔法、それこそ妖精の世界のような場所になっているようだ。

「相手も対策済みってわけか」

火の魔法を使って焼き払ってもそれを吸収し巨大化することはリンファの報告で知っていた。

「生命の営みのなんて美しいことなの、ねえヘルメス。この世界は植物だけで構成されるべきなのよ」

メリッサの皺くちゃで目だけがらんらんとしている顔は恍惚としたように植物を眺めていた。


ザン!とユズは食虫植物の頭を切り払って、オニキスがメリッサを締め上げる。

「いいわね、このまま殺してみなさいよ。自爆ができないなら、私を殺させるっていう手があったわ」

悪魔を殺そうとしたが、身を隠したようだし、心臓が止まれば入る起爆装置を仕込んでいるのだ。きっとメリッサが死ねば植物たちは動きを止めるのだろう。

「てめえの心臓は悪魔が持ってんだろうが」

そういう類の禁術契約なのだ。

「このままこいつにも時戻しをかける。」

エルドラドがメリッサの頭に杖を当てた。時戻しを人間にかけるのはこれもまた禁術だ。「ヘルメス、何を代償に禁術を使うっていうの」

エルドラドはにやりと笑んで、答えなかった。相手にすべて話してやる必要はない。

髪は血であり、身体の一部であり、魔力である。ジェイドに大事に持っていろと言っていたそれを引き出して、魔力を増大させる。青い光がメリッサを足元からゆっくりと浸食していく。この髪には約二十年分の魔力がこめられている。それも大魔法使いに認定された特別な魔力である。

メリッサはエルドラドの後ろから植物の杭を打ち込んだ。ジェイドは剣でシールドを出してそれを受け止める。リンファも補助に入った。植物は種を飛ばして、ユズはもろに食らった。自分の腕から植物が生えてきたけど、襲い掛かってくるものを斬っていく。杭を打ち込む植物を一刀両断にしたら、それは今度はユズを狙ってきた。弦や蔦が伸びて手足を拘束しようとするのを掻い潜っていけば、地中に緑色に光る石を見つけた。瘴気を放つ小人がそれを守ろうと立ちはだかる。

ユズの腕から生えてきた植物はユズの首を絞めようとしていた。ぶちぶちとちぎれば血が出て、痛みも感じる。立ち止まっている間も迷う間もない、小人を蹴飛ばして、緑の宝石に剣を突き刺そうと振りかぶる。ドスッと背中から、植物はユズの貫いた。

「ユズ!」

ジェイドが叫んで、リンファは口を押えた。ここでシールドを解除したらこっちがくし刺しだ。

植物は脇腹のあたりに貫通している。ぐっとそれを左手で押さえ、ユズはガシャンと石に剣を突き刺した。植物の幻影が消える。腕もかなり傷だらけで、腹に穴が開いているし、ユズは痛みで立っていられなかった。ジェイドがすぐに抱き留めて、リンファも一生懸命聖魔法を当てた。


メリッサの時戻しは、植物を仕留めたら一気に頭まで加速した。髪は豊かなブロンドで、顔の皴はなくなり、美しい容貌の40代くらいの魔女だった。それでも150年は生きていて、この世界の人間の環境破壊を正すことに費やしてきた。手足も元通りになったから、メカも外れ、心臓もある。悪魔と契約前の姿を、メリッサは取り戻していた。

「私は、望まない、この醜い世で生き延びることは!」

アハハハと狂ったように笑っている。

「今殺せばいいんじゃねえか」

「死にたいやつを殺すのは、罰にならない。裁くのはウィザードランドの法務官だ。」

エルドラドは冷めた目でメリッサを見て、声を奪って、金縛り魔法をかける。魔法封じの枷を首に嵌めた。


「魔法憲兵です。引き取ります」

ブンっとその場に五人ほどの魔法使いの格好の男女が現れ、メリッサを連れていった。

「ヘルメス四世、あなたも禁忌魔術行使の現行犯で、一緒に来てもらいます」

「はあ!?」

オニキスは魔歩憲兵に殴りかかろうかと思った。

「ああ、別に構わない、が、やることがあるから二年くらい待ってほしい」

エルドラドはそう言って、ひょいっと憲兵たちを強制送還した。

すぐにユズのほうに駆け寄っていく。


ユズは目をつぶって、ジェイドに身体を預けていた。意識はないようだ。

「エル様、外傷は治せるけど、腎臓のあたりに傷があるみたい。たまると良くないから抜いてるけど、これじゃあ血が足りなくなっちゃう」

「兄貴、オニキス殿が同じ血液型だってアレクが言ってた、どうにかなるか」

「なるよ、任せろ。ジェイド、あとはベリアルを倒さなければ終わらないぞ。」

「行くぞ、ジェイド。俺でもいいんだろ。」

グリフォンの加護を持ったものと一緒にベリアルを斬ればよい、ということだった。だからオニキスでも問題ないはずだ、という。

「え、お兄さんはユズについててください、輸血してほしいですし」

「ちゃちゃっと悪魔を倒せばすぐ来れる。」


「ジェイド、それならアレクでもいいんじゃないか!」

アルベルトはだいぶ満身創痍なアレクシスを伴ってやってきた。これをまだ働かせるのか、博愛の妖精王の名がアレクシスにだけは発揮されないのは不思議である。

「ユズはっ!?大丈夫なのか!?オニキス様!ご無事でしたか!」

「ああ、ユズはちょっと寝てるだけだ。お前、クリストフ討ったんだってな、手柄だな」「あ、ありがとうございます」

オニキスは笑うと、ユズに似ているから、アレクシスは照れた。クリストフを討っても魔装兵は動き続け、結局国境でもかなり苦戦を強いられていたが、マルスとのゲートからバジリスクの勇者たち二百名ほどが応援に入ってくれ、難をしのげた。聖女もいたからけが人の処置も捗ったようだ。そしてその魔装兵たちはふっと消えてしまったのだ。だからアルベルトとこっちへ飛んできた。


ジェイドはまた、アレクシスに会えて、ほっと一息吐き出した。

「さ、アレク、俺と悪魔退治に行こう」

「ちょっと待て、俺はユズにつく」

「お前や俺がいても足手まといだわ。できることをやろう。怪我は治してやるから」

ジェイドはアレクシスを引っ張って部屋の階段を降りて行った。

目指す先は、東塔。最上階。あのベリアルがいた城下が一望できる団欒のリビングである。



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