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ジュピタル王国英雄奇譚  作者: ヤー子
第六章 閑話ークリストフ四天王編

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セレスとラルフの話


「さっきはエルと何話してたんだ」

オニキスは自分の隣に座っている妹に聞く。

「ジェイドの子どもの頃のことを聞いてた。あの元カノがどうとか!」

「お前はそういうの知りたい方なのか。俺はあんまり聞きたくないな。」

「兄上はそういうとこは小心者だね、情報収集と思ってさー」

ユズはあっけらかんとしている。ジェイドは挨拶が終われば、こっちに来ると言っていたけどいろんなところで捕まっているようだった。

「ジェイドのことは、国民は知らないんだって。元カノさんとだって、あの人のことだから、嫌いでダメになったわけじゃないんだと思うんだ、だから、なんか、もどかしいというか、助けてあげたい、本当に。」

「・・・ユズ、お前、あいつが好きなんじゃないのか、普通好きな男を他の女とうまくいくようには願わないだろ」

オニキスは至極まともなこと言う。

一人、騎士団の服でもなく、魔法騎士団の服でもなく、国民の女の正装である黒と金のドレスを着た女の人がジェイドに近づいて行った。距離感が恋人だった。その女の人と通路のある方へ行ってしまう。

「私はさ、過去には干渉できないと思うの。その人の今があるのは過去のおかげでしょ。私の彼と一緒にいた8か月なんて、彼の生きてきた20年間のたった8か月だ。ただ、私の16年間の中では、こんな記憶に残ることはきっとこれからも一生ないだろうって思える、8か月だったわ」

オニキスはこの8か月で、ユズはずいぶん成長したと感じた。否定されて無気力に剣を振っていたころとは全然違って、生き生きとしている。

「今を後悔のないように生きてほしい、私が彼に望むのはそれだけだ。私の気持ちどうこうなんて言ってられないんだよ」

「俺の妹、健気すぎて、あいつにはやっぱり釣り合わないと思う。」

オニキスは思っていることが口から垂れ流しである。ユズは聞かなかったことにした。アレクシスは魔法騎士団や騎士団、侍女などたくさんの女の人に囲まれていた。どこに行ってももてるのも大変そうだ。

「オニキス、悪い、水入らずだったか」

「いや、大丈夫だ。」

「じゃあ、私もお邪魔します、二人が並んでいれば、やはり血がつながっているな。」

エルドラドは嬉しそうにオニキスとユズを見比べる。ユズはオニキスと似ていると言われることはあまり嬉しくない。今日はメイクもしているし、髪の毛だって結っているから、そんなに言われないんじゃないかと思っていたが、やはり似ているようだ。

「お前とジェイドは髪型ぐらいしか似てねえよな。」

「髪は、ジェイドは願掛けで伸ばしているだけだろ。」

この国の未来を願っているのだろう、とユズは思いをはせる。エルドラドの髪は魔力の塊なので、伸ばせばそれなり価値のあるものらしい。大事な時に使う、と言っている。

「あの、ちょっと勉強したんです、パトリオットは精霊魔法の最高峰、メリッサは発明の魔女、クリストフは魔法武装兵団の創設、ジュリアナは大聖女筆頭・・・ヘルメス四世って何の功績が有名なんですか?」

「ああ、ユズ、私のことに興味を持ってくれたんだね!ジェイドはちっともそういうことは聞かないんだよ、あの子は魔力が少ないから魔法が嫌いらしくて。」

ユズからしてみれば、ジェイドは魔法を使えているのだが、実はコンプレックスであったようだ。確かに魔術師協会にはなるべく関わりたくない、と渋っていたことを思い出す。

「私は、医療魔法を研究したんだよ。とりわけ移植術とか細胞の再生魔法とか、かな。聖なる治癒魔法では外傷しか治せないし、聖なる力がないと使えないだろ。この魔法族人口で、それだと助かる命が限られてしまうからね。それで医療魔法を確立させた」

「・・・だからいろんな国で有名なんですね、マルスの魔法使いが崇めまくってたから」

「初めて聞いた」

オニキスは大魔法使いにそれぞれ功績があることも今初めて知ったし、ヘルメス四世がなぜヘルメス四世たるのかもあまり気にしていなかった。

「兄上、同じ年の人がこんなすごい人ってなかなかないことだよ」

「オニキスはオニキスで、もうウラヌスタリア超えてメビウスの兵士にも浸透してるがな」

「そういえばユズ、父上が剣どうのこうの言ってたな。」

オニキスは思い出したように聞く。

「あ、今はもってない。アルベルトが部屋に運んでおくって言ってた。」

「なら案内がてら、取りに行くか。」

「私も行こう」

エルドラドが会場を抜け出して良いのかは分からないが、エレベータのある通路のほうへ行けば、ジェイドと鉢合わせた。

「え、どこ行くの」

「ユズの部屋」

「俺も行く」

「お前はどこ行ってたんだよ、女連れで」

オニキスは聞いた。

「部外者を、追い出してきただけです」

ジェイドは笑顔でそう言い切った。

「・・・ジェイド、ミネルバはタイラーに会いに来てたんじゃ」

「口実ですね!さ、行こう」

ユズはそれじゃあ、あの女の人は可哀そうなんじゃないか、と思ったが促されてエレベータに乗った。

地下三階の入り口はマンションのエントランスのようになっていた。ユズの部屋はエレベータに近いところを宛てたようだった。ワンリビングに風呂トイレ付。ホテルの一室のような造りだ。食事は配給で、みたいなのを想定して作ったのだろう。

「俺のところはキッチンもあるから、今度おいで。」

ジェイドが他意なく誘ったら、オニキスが睨んだので「あ、アレクと!」と付け加えた。

ユズの荷物と剣が置かれてある。

「これ!」

オニキスにそれを渡す。

「ユズが持つにしては重かっただろ。」

「まあ、ツーハンドで使ってたかな」

くすんだ金色の柄にいぶし銀の鞘、グリフォンの家紋が彫られている。鞘から刀身を抜けば、どこか懐かしいような、変な感じがした。心臓が脈打ってる。刀身が淡く、白く光を放った。ジェイドのウラヌスの剣も光る。ジェイドは慌てて剣を布から取り出す。

「兄上?」

「オニキスっ」

オニキスは頭が痛んで、膝をつく。ウラヌスの剣は一層輝きを増す。紫色にバジリスクの宝石が一層強く光を放った。



―――必ず戻ると、約束する。ここは俺の、故郷なのだから―――






・・・レス

「セレス!」

目が開いた。不思議な心地だ。オニキスは夢を見ているように、今違う人物の体内にいて、自分の意志とは違う人物の声を聞いていた。

「ラルフ?どうした」

「どうしたもこうしたも、中央から手紙が来たと!」

銀髪に真天色の瞳を持った美丈夫が、怒ったようにセレスにつかみかかった。セレスはそれを受けて、巴投げをする。向こうの方にラルフなる人物は飛んで行った。

「俺に技をかけるな、間違って飛ばしちまうわ」

「飛ばすな!コントロールをしろ!あほなのか、貴様は!」

ラルフは戻ってきたならキャンキャン吼える。

「親父から本が届いただけだよ、さ、行こうぜラルフ、俺の舎弟!今日はリチョウを狩ってきてくれ!」

「勝手に舎弟にするな!一度俺に勝ったくらいで、腹立たしい!」

「一度じゃねえ、間違えるな、ラルフ、生まれてこの方、お前は俺に勝ったことがないだろ。ハイハイだって、先に立ったのだって俺の勝ちだったわ!」

「貴様がこの俺に若返りの魔法をかけたあの屈辱・・・末代まで呪ってやるからな・・・」


セレスティン・グリフォンはこのバジリスク領で生まれた。父はグリフォン家当主の弟で、バジリスクドリームに憧れ、ここに移住したらしい。セレスが生まれる直前に妻とバジリスク討伐に行ったら、そこで産気づき、バジリスクの城で生まれたまでは良いが、その時にラルフに若返りの魔法がかかったのだ。生まれたての赤ん坊はとてつもない魔力を有していて、それを発散させるのが通例で、それが今回はラルフが受け止めることになったせいだ。セレスの両親は生まれたてのセレスと、赤ん坊状態になってしまったラルフを家に連れ帰り世話をすることにした。ラルフは身体が赤子になっただけで、記憶も意識もあるので、大変な屈辱であった。口から出る言葉は意味が分からないし、なんだか泣きたくなるし、自分で用を足すことも飯を食うこともできない。人間の、しかも女に愛情をもって接せられ、望んでいないのに頬ずりやキスをされ、挙句の果てには寝かしつけられる。そして眠ってしまう己にも腹が立った。

セレス、と名付けられたこの赤ん坊と四六時中一緒にいた。セレスは黒髪に黒い目のまあまあ可愛い面はしていて、幸いにも男である。ラルフは四六時中一緒にいるので、少しだけセレスに愛着を持っていた。セレスがすくすく成長していく姿を見るのはラルフがもう千年以上生きていた中でも貴重な体験であった。しかし、セレスは普通の赤子ではなかった。ラルフは兄のつもりでセレスを見守っていたが、成長するにつれ、赤ん坊は横暴になった。まず発育が良すぎる。三か月で座り、五か月で這い、六か月には立ち上がった。赤ん坊の癖に筋トレまがいの運動をし、まだ上を見て寝転がっているラルフを持ち上げた。

ラルフは止めろといったが、無垢な赤ん坊は残虐にもラルフを振り回した。

「やめなさい!セレスー!」

母親が何度、そう叫んだか、ラルフにはもう数えきれないのであった。


セレスが一歳、三歳、五歳と成長し、ラルフも同じように成長していった。ラルフも運動神経や剣術など恵まれているほうだし、何より自分は聖獣で、もう千余年も生きているのに、体力の面はセレスにはどうしてもかなわなかった。こやつ、人間なのか・・・とラルフは引きつる。ラルフの魔力は年を取るにつれ、その年分は戻ってくる。千余年分の魔力を取り戻すにはそれだけかかるのか!と愕然とする。

「気にするな、ラルフ。俺が守ってやる」

「いらんわ、お前が元凶だろうが!」

「弟がツンデレ、つらいわー」

「誰が弟だ!」

会話が出来るようになっても、セレスはむかついた。14で剣士大会で優勝し、殿堂入り。16でバジリスク(化身)を討伐。セレスは次々と最年少記録を更新し、バジリスクの王、とまで言われるようになっていた。王は自分のはずである、解せぬ。ラルフはイライラとセレスを今度こそは殺す・・・と思っていつも勝負を仕掛けるのだが、必ず返り討ちにされていた。

そんなセレスは弟(違う)ラルフとの勇者生活が楽しすぎて、昼夜魔の森を庭のように駆けまわっていた。女の影もそっけもない。そこはラルフは評価しつつ、そのうちセレスも誰かと恋に落ち、自分から離れる未来が来ることを知らぬうちに恐れていた。

ラルフは二十年、共にいたセレスと離れがたくなっていたのだ。聖獣が人間にこんな感情を持つべきではないと、心の中では分かっていた。人間はすぐに年をとって、すぐに死ぬものだ。その前に子孫を残さなければいけない。


「ラルフ、いえ、バジリスク王。王都からグリフォン家へ招集がかかったのだ。」

本家分家関係なく。ここに移住していたセレスの父はそれをラルフに話す。

「行くのか」

「・・・ここから出たくない・・・」

セレスの父は悩んでいるようだった。かといって、招集を無碍にするわけにはいかない。その日、グリフォン分家はラルフを交えて家族会議となった。

「俺ももう成人してるし、親父が行くなら俺はここに残るのはどうだ」

ここからギルドの町へ行き、そこから出たらもう魔の森からリスクーザへは来られない。そういう呪いなのか、魔法なのか、なんなのか分からないものがあるのだ。セレスは一生リスクーザにいるつもりだから、中央に呼ばれても行く気はなかった。父親が行くなら母親はついて行く。セレスティンは一人っ子だったから、父親と母親は置いていくことに難色を示す。

「だって、行くならラルフも一緒じゃなきゃ俺はいやだ!」

「子どもみたいなこと言わないでセレス。ラルフはバジリスクなの。ここからは出られないのよ」

母親はセレスに言い聞かせる。セレスはラルフに抱き着いた。

「なら、俺はラルフと一緒にいる。生まれた時から一緒だった!ラルフだって俺が離れるのは嫌だろ!?」

「・・・世迷い言を。俺は一人でも平気だ。お前が生まれる前はずっと一人だった。」

「はあ?俺の生まれる前の話をするんじゃねえよ、弟の分際で。」

「せいせいするよ、うるさいお前がいなくなるなら。」

セレスがいなくなれば、自分こそがバジリスク領最強の座が再び戻ってくる。セレスは規格外だ。武力が人並外れている。きっとグリフォンの血が濃いのだろう。

「そんな言い方ないだろ!ラルフのバカ野郎!」

セレスはラルフを殴った。ラルフはぶっ飛び家の壁が破壊された。

「家を破壊するのは止めなさい!セレス!」

母親の心配の仕方がおかしいが、こんなこともなくなるのか・・・とラルフは口から出た血をぬぐって立ち上がる。セレスは怒って出て行ってしまった。


結局父親と母親だけが招集に応じる、ということで話がまとまったようだ。

「でも、なんで招集がかかったんだろうな?」

「さあ、俺は知らん」

「聖獣の世界とかで情報収集とかできないのか?」

「・・・他の聖獣となれ合うのは面倒だ。」

「お前コミュ障だもんな」

ラルフはセレスに握りこぶしを振り下ろしたが止められて、逆に関節技をかけられた。自分はバジリスクなのに、なぜこの男は平気で絞めようとしてくるのか。本気を出せば目の光線で、石にしてしまえるのに、なぜ自分はそうしないのだろうか。

「俺はこの領だけが栄えていればいい。」

「ラルフ、外に出たいと思ったことないのか?ないか、引きこもりだからな。」

「・・・殺すぞ。」

一度出たものが二度とここへ来られないように、ラルフは行けてもギルドの町から外へ出られたことはない。小さいころ、一度、セレスに外にぶん投げられたが、ラルフは戻ってきた。

「・・・俺は、お前となら、ここを出たっていいし、外の世界へ行ってみたいぞ」

眩しい笑顔をセレスはラルフに向けた。ラルフは訳の分からない苦しみを覚えた。この感情の名前を知らなかった。きっと知らなくてもいい感情であろうとも予想できた。

「・・・行きたいのなら行けばいいだろ、別に引き止めない。来るもの拒まず、去るもの追わずが俺の信条だ。」

「弟がツンデレで、可愛い」

「殺す」

それが、セレスとラルフの日常だった。




そして、ある日、中央から手紙が届いた。


「ラルフ、」

セレスが呼ぶ。

「ラルフ、聖獣の加護を集めれば、この森の呪いが解けるかもしれない!」

「・・・はあ?」

セレスが珍しく本を読んでいたと思ったら、変なことを言い出した。父親から本が送られてきたのだと言う。

「魔の森の呪いだ、一度出たら二度と来られないだろ?お前も出ることができない。この強力な呪いは聖獣たちがかけたんだ、バジリスクは聖獣と言えども怪物だろ?お前を外に出しては脅威だから。でもあんまりじゃないか!俺は、呪いを解いてやりたいぞ!」

「血迷うな。俺は別に外へ出たくはないし、お前が出ていくなら追いかけはしない。」

「俺はお前と外へ出たいんだよ!」

セレスはいつもより真剣に切実な目でラルフを見た。そんな目で見ないでほしい。ラルフは自分がここから出られないことを嘆いたり、悲しく思ったり、ましてや外へ行きたいだなんて思ったことはないのだ。この領地には北への国防もかねて呪いがかかっていることをセレスは都合よく考えないことにしたようだ。

「それは、お前の・・・」

ラルフは言葉に詰まった。セレスが泣いていたからだ。ラルフも自分が泣いているのにたった今気づいた。この涙の意味はラルフにはとうてい分からないものだった。

「・・・呪いが解ける、確証はないのだぞ。」

「それでも、可能性があるのなら、俺はやってみたい。」

「二度と、ここへは戻れなくなるかもしれないぞ。」

セレスは、とうとう決めてしまったのだ・・・このバジリスク辺境から出ていくことを。この男が、自分の決めたことを、ラルフが覆したことはこの二十数年で一度たりともない。


出立の日まで、ラルフはセレスのことを避けていた。出立の日だって、城に閉じこもって、見送りになど行かない算段だったが、セレスは迎えに来たぞーと言ってラルフを引きずって、庭のような魔の森を抜けて、ギルドの町まで行った。どこまでも自分勝手な男だ。ラルフはらしくなく抵抗せずに引きずられてはいたのだが。このまま、ギルドの町からも出られたら、自分は彼についていっただろうか。


「これをやる、バジリスクの加護も。」


ラルフはセレスティンに剣を渡した。この男の馬鹿力ではたいていの剣は瞬殺だ。この剣には加護も与えたし、頑丈に設えてある。

「おお、ありがとな!」

セレスは神妙な表情でラルフを見つめて、剣を受け取る。ラルフは剣を、離すことができなかった。

「大丈夫だ、ラルフ。信じてくれ。」

そしてセレスは涙を流して、こういった。

「必ず戻ると、約束する。ここは俺の、故郷なのだから」

その時は、きっとここの呪いが解けて、お前を外に連れ出してやれる。


この辺境で、ずっと孤独に生きてきた。城に来るものが化身を倒せば、加護を与える。それだけの役割をずっと果たしているだけで、人間とも関わることはなかった。約束なんて、守られるはずがない。人間は寿命が短いのだ。ラルフはだけど待ってしまった。二年、五年、十年、二十年が経った。ラルフは年を取らなったが、人間は年老いていく。五十年、百年、三百年・・・セレスはきっともうどこにもいないだろうと、分かっているのに、待っていた―――。



セレスは北を抜け、まずは中央に向かった。グリフォンの血筋でもセレスはバジリスク生まれだから、グリフォンの加護をもらおうと考えた。グリフォンはバジリスクの加護を持っているなら、と加護を出し渋ったが、コテンパンにして加護を奪い取った。セレスは強かった。バジリスクも殴れるくらいなのだから、グリフォンもどうってことはない。そして次は東だ。ドラゴンを育てるなんてまだるっこしい!と思いつつ、頑張った。レッドドラゴンを育て上げて、当時のゴッドドラゴンから加護をもらった。次は南に行った。フェニックスの難題はシティズンの紛争を収束させること、だそうだ。なんで他国のことにまで干渉しなければならないのかは分からないが、セレスは完膚なきままに喧嘩両成敗だとボコボコにして、両者を仲直りさせた。フェニックスはもっと平和な方法が、とぶつくさ言っていたが、拳で黙らせた。難題を解決したら加護をくれるのは約束だからだ。最後に西の辺境に行けば、思ったよりあれていた。美しい女が涙を流して、助けてほしいと懇願してきた。

「は?いい年して泣き落としすんな、説明しろ」

「・・・釣れない男じゃな、妾の美貌が通じないなんて・・・お前男か?」

「俺には目的があるんだ。加護をくれ」

この絶世の美女は玉藻の前というここら一帯を治めている妖怪らしい。

「鬼の里が窮地に立たされておる。悪魔が人間の贄を食って、ユーピテルへ向かった。」

「・・・悪魔?」

「加護をやってもいいが。聖獣の加護で、悪魔を倒してくれるか。」

「俺は悪魔を倒すために加護を集めているわけじゃない!」

「なら、もう一回集めたらよかろう?」

セレスはそれもそうか・・・苦労して集めたが、悪魔がこの国を終末期に追い込んだら元も子もない・・・と妖狐の加護を受け取って、再びユーピテルに赴いた。


悪魔は行く先々で、人を食い殺し、ユーピテルはほぼ壊滅状態だった。妖狐もドラゴンもフェニックスも駆け付けて、悪魔を囲む。

悪魔は若い女の皮をかぶっていた。この女は見ようによってはタマモをも凌駕する美しさだった。鬼は魔力を持たない人間を贄として献上させ、嫁にするのだと言う。そして子をなし繁栄する。その贄が悪魔に奪われた・・・。

理由の如何はセレスには関係なかった。早く、こいつを倒して、加護を集めなおして、ラルフに会いに行かなければならない。約束したのだ。必ず戻ると。

女を剣で薙ぎ払えば、キラキラした魂が出てきた。救済、されたのだろうか。肉体はぼろぼろとくずれ、悪魔が引きずり出される。セレスは素手で悪魔の首根っこをつかんで、地面に叩きつけ、何か喋ろうとした口に剣を突き刺した。戦うとかそういう次元に彼はいない。もうすべて、武力でねじ伏せていく。剣の加護が作動して、悪魔はその地底深くに封印された。

「・・・強い男じゃ・・・」

『こんな男は見たことがない』

『・・・聖獣より、恐ろしい』

タマモもグリフォンもフェニックスも三者三様にセレスを恐れた。ドラゴンは封印を見届けてさっさと辺境へ戻っていったようだ。

「いるならちょうどいい!また加護をくれ!」

セレスは明るく、ドラゴン以外の三者に加護を求めた。ドラゴンはどうせまた卵を孵して世話をしなければならないのだろう。

タマモもグリフォンもフェニックスも言われた通り加護をセレスの剣にくれた。セレスはドラゴン辺境へ行き再び卵を孵して、今度はブルードラゴンを育てた。加護をもって、北の辺境へ行く。やっと、やっとラルフに会える。あれから、五年ほど経っただろうか。

ギルドの町へ来て、庭のような魔の森に入った。入ったら、セレスはギルドの町へ戻ってしまった。

「・・・あれ」

何回魔の森へ入っても、迷いさえもさせてもらえない。魔の森が、自分を拒絶していた。

そのショックたるやほとんど絶望のようなものだった。生まれ故郷に、リスクーザに戻れない・・・二度とラルフに会えないだなんて、信じられない。


「・・・騙された。使い切ってしまえば、バジリスクの加護が・・・もらえないじゃないか。」

タマモに言われた、集めなおせばいいという言葉に乗せられて、うっかり悪魔を退治してしまった。もっと自分がちゃんと考えられる人間だったら、こんなことにはならなかった。


『・・・二度と戻れなくなるかも、しれないんだぞ』


不安げだった弟の予想が当たってしまったというわけだ。セレスは言いようのない感情に襲われた。空虚感なのか、苦しみなのか、悲しみなのか、もうどんな言葉もその感情は当てはまらないような気がした。半身を喪ったような感覚だ。呼吸も、できない。


半端な加護に、願うことはただ一つだ。ラルフに、ラルフにもう一度会いたい、と。


十年も、二十年も、そして五十年も、死ぬ最期の日まで。セレスはずっと剣に願い続けたのだった。







フラッと、オニキスは立ち上がった。


ウラヌスの剣の光に導かれるように進む。

「・・・お前に、会いに・・・・必ず戻ると・・・」

「セレス、人間はな、約束を守れない・・・そういう生き物だ。」

光の中から、ラルフが出てきた。相変わらず人間離れした美しい容貌だ。その真天色の双眸は涙で濡れている。オニキスが、ラルフを抱きしめる。しかしオニキスの身体で、きっとオニキスではない人だ。


「ごめんな、ラルフ。それでも、ずっと・・・この千年間・・・お前に、会いたかった・・・それだけ、この剣に願い続けた。届けてくれて、ありがとう。グリフォンの姫」

ユズは驚いて、ジェイドにつかまる。

「ごめん、すぐにいなくなる、どうか今だけオニキスの身体を貸してほしい。これは千年前の加護の影響だ。・・・ラルフの加護だけ、君が代わりもらってくれた。」

バジリスク領で、ラルフが剣を貸してほしい、といったときだろうか。

「オニキスは俺の生まれ変わりでな、セレスティンの魂を持って生まれたんだよ。」

「・・・じゃあ・・・あなたが、セレス?」

セレスが頷く。

「約束したんだ、ラルフをバジリスクから出してやると。それも今叶った。良かったなラルフ」

「・・・だから別に、出たいとは思っていない、お前の一方的な約束だった。」

「でも待っていてくれただろ。もう思い残すことはないか?」

それはきっとどちらかといえば、セレスの思い残すことなのではないか、とはラルフは言わなかった。ラルフは死んだわけではないのだ。死ねない身である。思い残すほど、人間に肩入れしてはいけない。そのたびにこんな言いようのない気持ちになるのではとても聖獣なんてやっていられないのだ。死んでも千年も生まれ変わってまで、思いを残すことになったセレスを思えば、胸が引き裂かれるように痛んだ。

「・・・ああ、ないよ。安らかに眠れ、セレス。」

「タマモってやつに会ったら、あの性悪狐、殴っといてくれ」

セレスは恨みを込めて、ラルフに頼んだ。

「俺には無理だ、女には触れたくない」

「あいつは女じゃない、妖怪だ」

セレスは最後に笑って、光に包まれた。


オニキスが倒れそうなのをエルドラドが支える。それでオニキスは気づく。

「あ、悪い」

「お、オニキスか?」

「ああ、オニキスだ。」

今のこともずっと、長い夢を見ていたような感覚だった。ラルフはオニキスには何も話しかけなかった。消えもしないようだが。目も合わせないし、挨拶もしない。

「ラルフ、ひさしぶり」

「ああ、ジェイド、元気そうだな。」

ラルフはユズにも目線を向けるが、声はかけない。グリフォン家には総じて塩対応なのだろうか。

「ここに来てもよかったのか、バジリスク領のほうは、大丈夫?」

「あそこは魔の森があるからな、しかし、勇者たちが来たいと言うから、マルスまで飛ばした。今回に限り、悪魔を倒したら他の聖獣たちがそいつらをリスクーザまで戻すことになった。魔獣相手なら俺の領のものは慣れている。」

「スカーレットも来る?」

「普通に俺に話しかけるな、小娘」

抑揚なくラルフはユズに言う。ユズを見ていれば、セレスを思い出す。性格が似ているのだ。オニキスは反面教師なのか、姿はそっくりなのだが、疑い深いところがある。きっとセレスの魂が、自分の失態を彼にはさせないと呪いのように念じた結果だろう。ユズは本当に直向きで、純粋で、眩しい。

「イワンコフもヴェルミオンも来る?」

「話しかけるなと聞こえなかったか。人の話を聞け」

「ラルフは人じゃない」

「殺す」

「まあまあ、落ち着いて・・・そうか、じゃあ、もうすぐゲートが完成するんだな。あ、ラルフ、俺の兄だ。紹介する」

「いらん。また必要な時に呼んでくれ。俺は外に行く。」

せっかくセレスが千年もかけて連れ出してくれたのだ。ラルフはその事実を重く受け止めて、部屋の中から消えてしまった。

「なんか、ごめん・・・引きこもりなんだよ、ラルフ」

「い、いや・・・あれが聖獣?なのか・・・人間に見えたが。人間ではないのはわかる。」

身体のすべてが魔力というか聖なる力でできている、エルドラドにはそのように見えた。人間の形をしているが、違うもの、である。

「兄上、大丈夫?」

「・・・身体は問題ない、が頭が変だ。リンファを呼んできてくれ」

「リンファで解決できるんですか。」

リンファは外傷を治せるけど、頭の異変は治せないと思う。彼の心の安寧に彼女が必要ならそうするべきだけど、リンファがだってオニキスに優しくない。

「オニキスは自室へ戻るか。記憶が混乱しているのだろうな。セレスティン・グリフォンのことは私も聞いたことはある。ジュピタルの歴史の中では有名な人だ。」

ジュピタルにジェイドが行くと言うから、エルドラドはそれなりに調べたのだ。

「そうか?俺はなかったぞ。」

オニキスはユズと同じで先祖の功績を調べたことはない。記憶の中のセレスはただただ強かった。オニキスがあの記憶を見たところで、エルドラドも、ジェイドもユズもセレスとラルフがどういう関係だったのかは分かっていないので、聞きたそうだったが、一言で言えるほど、簡単なものではないし、エルドラドの言う通り、混乱もある。

「と、とりあえず・・・その剣は、オニキス殿が持っているべき、ということですかね」

「ああ・・・ユズにはこっちをやる。父上がお前にあつらえたものだ。」

オニキスがユズに白い鞘に収まった剣を渡した。

「わー、綺麗だね。」

グリップも重さも測ったのかというくらいちょうど良かった。ドレスを着ているユズが剣を持っているのは、もう何の違和感もないのが不思議だ。

「あと、これ。俺からの成人祝い。俺の剣の残滓からできた息子のようなものだ」

「お兄さん!?言い方があれです!」

「お前の思考があれだからだろ」

「・・・はなはだ遺憾なんだけど」

ジェイドは騒いでいるけれど、ユズには意味が分からない。オニキスから小刀を受け取って、

鞘から抜けば、黒い宝石のような刃が輝いている。

「わぁ!ありがとう兄上!」

最近ではこんなにユズが満面の笑みを向けてくれることは稀だったので、オニキスは嬉しかった。刃に罅が入った時はもうこの世の終わりかと思ったけれど、ユズが使ってくれるならオニキスの剣もきっと報われるはずだ。


「エル、この国のいかがわしい思考回路はどうにかした方が良いと思う、子どもが松葉崩しを知っているのはおかしい」

「いやいやいや、ジュピタルもなかなかでしたから。」

「たぶん兄上は私よりも純粋だよ。アレクと違ってもてないから武術を極めるしかないんだ、で、松葉崩しって何」

「あとでジェイドに教えてもらいなさい」

エルドラドは華麗に責任転嫁した。

「教えられるか!実践しろってことか!?」

「したら殺すぞ、不能にする。」

冷ややかな殺気が突き刺さる。

「子どもが知っているのは私も良くないとは思うが・・・そこまでは手が回らないのが現状ってことか。ジェイド、そっちは任せる」

「面倒なことを投げるなよ。まあ、わかった、・・・一番悪いのはミネルバだってことまでは掌握してる。」

「なら、幼馴染の仲だ。ミネルバもタイラーがいなくなってストレスがあるのだろうね?」

「それとこれとは別だと思うけど・・・」

ジェイドはため息をつく。会場に戻りがてら、エルドラドの執務室に寄って、アルベルトとアンジェリーナに挨拶をした。オニキスは寝ると言ったので、部屋に置いてきた。

アルベルトとアンジェリーナも豪華な食事を食べながら、見張りをしていたようだ。

「やあ!ユズ、さっきぶり。ジェイドは16日ぶりだね!」

「ああ、この子がユズちゃん、初めましてー」

「初めまして、ユズ・グリフォンです」

アンジェリーナことジュリアナ三世にユズは自己紹介してお辞儀をする。

「オニキスと似てるー、可愛いねぇ!」

「さっきバジリスクと会ったぞ」

エルドラドが報告する。

「ラルフが来るってほんっとうに珍しいのよ。ジュピタルの聖獣の中では断トツの難易度だわ。加護は基本一回しか貰えないし、出たら二度と戻れないし、何よりあいつは引きこもりなのよ。呼び出しても応じることも本当にない・・ジェイドは、愛されてんのかしらね。で、ラルフが来ないとタマモが来れないっていうね・・・ラルフを攻略したなら、もう全部召喚したも同じだわ」

ジュリアナは聖獣の世界に行けるので、ラルフの難しさは身をもって知っていた。ジュリアナでさえ、生身のラルフとは会ったことがないのだ。それこそバジリスク領に行かない限り、彼とは会えないのである。

「ジェイドではなく、どうやらオニキスが鍵だったようだ。セレスティン・グリフォンの魂を持って生まれたのだと」

「なるほど・・・っていってもセレスはバジリスクで生まれたってしか私は知らないのよ。何かよほど因縁があったんでしょうね。ラルフもそうだけど、タマモも知っているくせに言わないから、代替わりしないで人間に擬している聖獣ってちょっと質悪いよね。」

多分、鍵はオニキスだったかもしれないが、ユズがセレスの剣を持って、それをオニキスに渡したのも大きな要因だったのだと、ジェイドは思った。あの日、ユズとセレスの剣が出会えていなければ、きっとラルフにだって挑んだ時に殺されていた。だからあの剣は本当に重要な役割を担っている。まだ、何かを隠しているような気がする。ユズの手元から離れてしまったセレスの剣だが、ウラヌスの剣がそう呼ばれているように、魔剣もしくは聖剣に、長い月日をかけて変わっていったのだろう。

「オニキスの調子が戻ったら詳しく聞こう。」

「たしかに・・・ラルフは喋らないだろうしな。」

「さ、エルたちは会場に戻らなきゃ、王女様が探してる」

会場の様子も見ていたようで、アルベルトがそういった。

「悪いが、今日は任せる。」

「任せておいて、王城にもバリケード張っておいたから。悪魔は、出てこれないし。アルがいるならメリッサもクリストフも下手に動かないわ」

ジュリアナは笑って手を振った。



「なら、第三勢力はどうかしら?」



エルドラドとアルベルト、そしてジェイドは金縛りにかかった。これは魔力ではない。

「・・・霊力、かなり強い」

ジュリアナが呟く。ユズだけが今、剣を抜いて、あたりを警戒する。妖精が集まって、アルベルトの周りを固める。数秒でエルドラドとアルベルトは金縛りを解呪する。さすが大魔法使いというところか。

「久しぶり、ユズちゃん、今日はとっても綺麗だわ」

「ナターシャ」

妖精たちが容赦なく魔法をけしかけているのに、ナターシャは今日は綺麗な夜会用のドレスを身にまとっていた。半透明で、何食わぬ顔で近づいてくる。

「一緒に来てもらえる?ウィザードランドまで。」

「私が?」

ナターシャはこちらからは触れられないのに、ナターシャからは触れられるようで、ユズの手首をつかむ。

「・・・可哀そうだし、ジェイドは連れて行ってあげましょ」

「あからさまに同情すんな!?え、どういうっ」

何も真意を聞くことはできないまま、白い光があたりに満ちて、ユズとジェイドと、そして半透明の霊力の塊は消えていた。






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