再会と召喚
ユズはいよいよレイファヨーテルについた。ここまでくれば、馬車で三十分でウラヌスタリアとの国境だと言う。
「さて、ウラヌスタリア国民にグリフォン侯爵令嬢はどう映るべきだと思う?」
アルベルトは切り出す。
「どうって・・・ありのままで挨拶するしか・・・というか、別に、私はみんなの前に出る必要とかはないでしょ」
ユズはなんだか大事な気がして、ジェイドの国へ行くのが恐ろしくなってきた。
「そんなわけには行かないんだよ、ユズ。ジェイドは王弟殿下だろ?その伝手で来たってんなら、それなり立場があるってことだ。」
ユズは考えた。考えたけどちっとも良案は浮かばない。
「兄上はどうやったんだろ」
『オニキスは剣一本で切り込んでいったよ、鮮烈な印象を残したと思う』
ミニグリフォンがユズの頭の上に乗って、嬉しそうに言う。
「かっこいいね!」
それがいいね、とユズはグリフォンに笑いかける。
『今、国境は落ち着いているよ、危険個所は王城付近かな』
なら、乗り込むその前に挨拶が必要じゃないか。ユズは笑顔から真顔に戻る。グリフォンは気まぐれに消えた。
「令嬢が来るってみんな聞いてるんだから、それらしい恰好をすべきじゃないか?」
「・・・アル、私が普通の令嬢に見えるか。はねっ返りが過ぎるといろんな人から言われて育ってる。」
「まあまあ、ユズ、晩餐会があるかもしれないし、ドレスは一着くらい持っていてもいい」
「ねえだろ、どんな国の状況だと思ってんだよ。」
アレクシスは一蹴する。
「アレクの騎士服もそれなりに綺麗にしとこ。」
アルベルトは魔法をかける。グリフォン領の騎士服は緑色が基調で、シルバーがアクセントになっている。胸にグリフォンの家紋が入っている。騎士服がまるで新品同然になって、そしたらユズの旅装がちょっとみすぼらしく見えた。その騎士服をくれ、と言いたくなる。何よりもアレクシスの容姿が無駄に良いのが要因だ。こいつの顔を見すぼらしくしてほしい。
「じゃ、ドレスを選びに行くよ!」
どうやらユズに選択肢は最初からなかったようだ。アルベルトは高級洋服店に突入していった。
「この白と金のドレスなんかいいだろ、ウラヌスタリアのカラーは黒とゴールド。ユズは黒は似合わないから、無難に白」
「アル、これはどうみてもウェディングドレスだよ、時間帯的に昼のドレスじゃない?冬だし、袖付きで」
「じゃあ、このプリンセスラインのドレス」
白っぽいのがアルベルトは良い、と何着か妖精に持ってこさせた。
「俺は、シンデレラが着ていた水色のドレスが似合うと思うんだけどなー。それも着てみる?」
「着せ替え人形・・・着くのが遅くなるだろ」
少し伸びた髪の毛は両サイドを編み込んでアップスタイルに纏められて、横の後れ毛はくるくると巻かれる。美意識の高い妖精がメイクをしてくれた。
『ふん、あんたなかなか美人じゃないっ』
とツンデレに講評される。そんなに寒くないが、ファーのついているドレス用の緑のマントもセットで購入した。アルベルトはまだちょっと買い物があるから、と先にユズを店から出した。
「・・・いや、お前、」
アレクシスはユズを見て、言葉に詰まり、頬を染めて顔をそらした。その反応はやめてほしい、逆にこっちが照れる。
「なんでそんなにめかし込んだ?ジェイドがうざくなるだけだろ」
「・・・アルが何考えるのかわからん。」
掃きなれない踵の高いパンプスは歩きにくい。アレクシスが自然に手を取ってくれた。照れはどうにかして、微笑みまでくれる。
「馬車までどうぞ、お嬢様」
「やめてよ、恥ずかしい。」
道行く人が立ち止まって二人を凝視して、数分で人だかりができてしまう。ユズは気にしないようにしながら馬車に乗り込んだ。アルベルトが何か買いこんで、馬車に戻ってきて、御者のいない馬車は魔法で走り出す。立派な馬車だし、こんな格好していたら、緊張してしまう。ユズの表情がすぐれないのをアレクシスは気が付いているが、言葉が出てこない。フェニックス領でもドレスは来ていたが、こんなに着飾った彼女を見るのはドラココのミリアリアの生誕祭以来だ。その時も信じられないくらい綺麗だと思った。どんな女も自分の目に映らなくなるくらいに。カールした睫毛の一本一本も薄桃色の唇も。
「綺麗だね・・・妖精のお姫様でもこんなに綺麗にならない」
アルベルトがニコニコとユズにそう言う。ユズは妖精のお姫様を見たことがないから、想像しかできない。
「ユズが着るから普段の数段増し、って感じなのか!」
普段は着飾らないから、なおそう見える、いわゆるギャップだ。でもこれを初めて見ることになるウラヌスタリア国民は、素の姿になったユズを見分けられるのだろうか。
「これは、詐欺というやつだな。デビュタントの時も言われたわ、そういえば。」
普段一緒に訓練していた連中がそう言っていたと思い出す。
「ユズってあんまり容姿に自信ないんだな。まあ、身近にアレクがいたらそうなるのか」
アレクシスはユズに見惚れながら、しかし彼女と目は合わさないように気を付けていたのだが、自分の話題になってはっとする。
「私は、容姿にはこだわってないんだ。だからこういうのはどっちかって言ったら苦手。剣技と体術が趣味だった」
普通の令嬢はこういうのが日常茶飯事なのだとマリカから聞いていた。パーティーに出て、社交を広げていくのだ。そのために着飾って、容姿を磨いて、情報を集める。
「生まれてくる国を間違えたな。ウラヌスタリアは女が強い国だよ、きっと気に入る。あ、でも今は非常時か。」
「でも、私ってグリフォンじゃなかったら・・・こんなんじゃなかったかもしれないし、」
ジェイドともきっと出会っていなかった。
「アレク、さっきから何にも喋らないな、そんなに寡黙な男だったか?」
アルベルトはアレクシスに話題を振った。
「忙しいから、話しかけないでくれ、あとユズはこっちを見るな」
「要約してやろうか、とっても綺麗だから目に焼き付けておきたいってさ。」
「グリフォンの男は言葉が足りないよ、私には難解だわ。」
アレクシスはだって、今更ユズに、綺麗だとか褒める言葉を言うのは気恥ずかしいのだ。ユズもユズで彼がそんなことを言ったら、頭を打ったのかと心配になる。
「アレクシス、外へ出るときちゃんとエスコートしてくれよ」
「・・・は?無理だわ、触るなんて恐れ多い」
まるで神聖なものを崇めるような胸の内なのだろうか。
「さっきできたでしょ。できるって、なんなら私が今から手を繋いであげるわ」
「え!?」
アレクシスは驚いて頬を染める。最近、アレクシスがアレクシスのくせに可愛い。ユズは可愛い男には弱かった。ジェイドが好きなのもジェイドが可愛いからだし、ブライアンと会った時も、彼はジェイドとは違う可愛さがあったように思い出した。
***
「今日はジュピタルから使者が来る。みんな正装で出迎えるように」
エルドラドからそう指示が出た。リンファも魔法騎士団の服を着ているし、エルドラドはヘルメス四世としての正装をしている。白いマントに、薄青色と金色の刺繍が入った魔法使いの服を着ていた。ジェイドはウラヌスタリアの王族が着る黒が基調の洋服を身に着けていた。金の刺繍で服の縁が覆われていて、ウラヌスタリアの国紋の入ったループタイをしている。騎士団は一様に騎士服で統一して、全体、仰々しいな、とオニキスは思う。
「別に普通で良いぞ、ユズとアレクが来るだけなんだろ。」
「ジェイドをジュピタルで助けてくれた人達だろ、できる限り、敬意を払って出迎えたい。」
エルドラドはそういう。
「オニキス、ウラヌスタリアの騎士服で良いのなら用意しようか」
「いや、俺は見張り兵と状況見てるわ。」
「妹さんにあんなに会いたがってたじゃないか、それはジュリアナに任せて、行こう。」
エルドラドはオニキスをメビウスの国境に連れ出した。オニキスはこの国に来た時に着ていたグリフォンの騎士服に一応着替えて、外へ出る。オニキスの騎士服は将軍仕様だからアレクシスのものとも違って袖に三本のシルバーの線が入っている。国民全員がそこに集合し、さらにはメビウスの要人まで来ているようだった。メビウス国民もちらほら野次馬に顔を出している。エルドラドは一体どんな触れを出しているのだろうか。カサブランカは高級絹で誂えた桃色に金色の刺繍がはいったドレスを着て、髪の毛もアップして、美しく化粧をしていた。王冠をかぶって、緊張した面持ちでジェイドにエスコートされながらエルドラドのそばに来た。騎士団は黒、魔法騎士団は白、カサブランカは赤いマントも羽織っていて、とても目立っている。
「・・お前、地味だな」
オニキスはジェイドに言う。もうジェイドは言われ慣れていて、顔が派手でないから、どう改善しようもないことだ。
「え、これ、正装なんですが」
エルドラドも白だし、カサブランカは赤で、ジェイドは黒で、着ているものはちゃんとしているのに、侍従かなんかと間違う。
「マントぐらい羽織れば格好着くだろ」
オニキスはグリフォンの緑のそれを貸してやった。
向こうから一台、馬車がやってくる。あれに、ユズが乗っているのか・・・ジェイドはドキドキした。隣のカサブランカの顔が青くて、心配になる。
「どうした」
「ぐ、グリフォンのお姫様と、何をお話し、していいのか」
「気さくな子だよ、この人の妹だし」
「お、オニキスは、気さくっていうより、ただの大雑把だわ」
「それは、誉め言葉か?」
オニキスはカサブランカを見て、きょとんとしていた。
「・・・」
そうこう話しているうちに馬車は近づいてくる。カサブランカは緊張で立ち眩みがしそうなのをなんとか踏みとどまっていた。
「・・・カザ、ユズはな、思春期だ。」
「は?」
ジェイドは訳のわからないことを言い出す。
「ガールズトークが好きだってことだ。きっと仲良くなれるさ」
「こ、侯爵令嬢ってガールズトークが好きなのね!」
それならカザブランカも話題が提供できる気がする。しかし世の侯爵令嬢もとい、貴族令嬢がみんなそうだという解釈は訂正する必要があるように思った。
馬車が止まった。ずいぶん立派な大きな馬車で、馬が四頭ほどで牽いていた。御者は無人の魔法の馬車だ。がちゃっと扉がゆっくりと開く。なかなか人が出てこない。
ざわざわと国民たちは落ち着かない。人影が見えて、子どもが一人飛び出してきた。階段の手前でお辞儀をして、指をくるくるッと降れば馬車から赤い絨毯が王族のところまで敷かれていく。エルドラドは、アルベルトに駆け寄って、抱擁した。
「久しぶりだな、アル・・・・大変だったと聞いた」
「捕まったのは俺が不覚を取ったからだ、それよりアンジェは!?」
「ジュリアナは今地下都市だよ。」
もうアルベルトはアンジェリーナのことしか考えられないらしく、姿を消してしまう。アルベルトの登場に乗じて、アレクシスがそっと馬車から出たが、注目に注目を浴びている。誰もが一瞬息をのむほどの麗しい容姿の男なのだ。グリフォンの騎士服を着て、緑のマントを羽織っている。階段で一礼をすれば拍手と歓声が上がった。国際中継も起因している。ジェイドはアレクシスの表情の引きつっているのを認めた。アレクシスは馬車の階段を降りて、待機した。
馬車から今度は、金色の刺繍が施された白いドレスを着て、緑のマントを羽織って、緊張からか凛とした表情で、ユズが出てきた。盛大な出迎えにぎょっとして、カーテシーもぎこちなかった。国民たちは彼女の美しさにため息を零し、また拍手と歓声を上げた。
「わ・・・綺麗な人・・・」
カサブランカは国民と同様にユズの美しさに見惚れる。
「あれは余所行き用だ。普段はあんなんじゃないぞ。はあ、でも俺の妹はやっぱり世界一可愛い」
ジェイドは世界一可愛いの部分に心の中で、全面同意した。アレクシスがユズに手を差し出して、ユズはそれに手を添えて、階段を下りてくる。
「・・・絵になる・・・悔しいが」
どこからどう見てもお姫さまと、それを守る騎士の構図だった。
「グリフォンの人って、とっても綺麗・・・あ、」
カサブランカは感動してキラキラと見つめて、そばのオニキスを見て、あ、という。
「・・・ウラヌスタリアの女って、失礼じゃね?」
さすがにオニキスは意味が分かって、引きつる。
「申し訳ないです、本当に」
ジェイドは謝った。
エルドラドとリンファが絨毯の中央まで行って、初めて対面、ということになった。
「お初お目にかかります。ウラヌスタリア国王代理を務めます、エルドラド・ウラヌスタリアです。遠路はるばる我が国までご足労いただき、また旅の中では弟を助けていただき、誠に感謝をしてもし尽せない。本当に、ありがとう。」
立場上、ユズが受け答えしなければいけないのだろうが、ユズはぽかんとしていて、瞬きを繰り返した。
「まずはお辞儀。」
耳元でアレクシスの声がして、慌てて、カーテシーの動作をする。目の前の銀髪の綺麗な人に見惚れてた。ジェイドの似ているような、違うような、なんだか不思議な雰囲気の人だ。
「名乗れ」
「はい!ユズ・グリフォンと申します。兄が大変お世話になってます!」
「元気はいらねえんだよ、オニキス様のことはお前が言うのはおかしいだろ。」
「はい、すみません」
馬車で練習したことはもう頭から飛んで行ったようだ。
「オニキスにはこちらが世話になっている。」
エルドラドがオニキスを振り向いたから、オニキスは前に出た。
「よく来たな、ユズ」
抱擁しようと手を広げたが、ユズは抱き着くような年でもないし、髪が乱れると困るので、首を振って拒否した。オニキスは分かりやすく落ち込んだ。
「お久しぶり、兄上。」
「オニキス様、ご無事で何よりです」
アレクシスは抱擁を受け入れる。
「アレク・・・ユズが冷たい、久しぶりに会ったのに」
「もうそれは諦めてください。むしろ自分から行ってください。」
後ろから、ジェイドが手を振っている。横に可愛い女の子をエスコートしている。ユズは手を振り返した。女の子は緊張気味である。
「紹介します、この子はカサブランカ王女。国王の娘です。」
エルドラドがカサブランカの手をジェイドから受け取って、ユズたちの前に促す。
「カサブランカ・ウラヌスタリアです。会えてうれしいです。」
黒髪に翡翠色の目をしている。
「こちらこそ、あえて嬉しいです。」
ユズは笑ってカサブランカと握手した。
「ユズ、会いたかった!すっごく綺麗だ。お前の美しさの前に太陽さえかす「うぜえわ、あっちいけ」アレク!人の心を持て、久しぶりだろ、もう何日離れてた!?俺はユズが不足して死んでしまいそうだった!「なら死ね。」ひどくない!?」
ジェイドが羽目を外しそうなので、アレクシスは押さえてやっているのだ。カサブランカはジェイドがこんなに賑やかになるなんて、このイケメンとジェイドはよほど仲が良いのだな、と思う。幼馴染のタイラーとだって、ジェイドはこんな感じじゃなかった。
そしてユズはジェイドが腕を広げると、抱擁を受け入れていた。
「ああ、会いたかった!元気だったか!何のサプライズだよ、ドレス着るなら言ってくれよ。とっても綺麗だよ、このままどこかへさらっちまいたいくらいだ。形容表現が出てこない、金色も似合う、本当に何でも似合う。」
「大げさだなぁ、ジェイドは元気そうね」
良かった、とユズは安心した。
「こんなに元気なジェイドは初めてだわ」
カサブランカが驚いている。
「ユズ、なんでそいつはハグオッケーで兄上はだめなんだよ、俺は納得できん」
オニキスはジェイドを切り殺そうと剣を抜こうとしたのをリンファが殴った。
「そういうところでしょ、だからハグしてもらえないの」
「じゃあ、リンファがハグしてくれ」
リンファはオニキスを白い目で見て離れていく。
「さあ、どうぞ地下都市へご案内します。」
リンファが先導を申し出る。今日はカサブランカも地下都市へ入れるらしい。
「ユズ、俺がエスコートしても」
「ジェイド、私のエスコートは?ユズさんにはそちらの騎士の方がいらっしゃるでしょ」
「カザ、空気を読もうか。」
「あなたが読みなさい、さっき絵になるって言ってたじゃない、お二人、すっごくお似合いですよ♡」
しかしジェイドはわがままだった。
「俺とユズを引き離すやつは、たとえカザでも「うるせえよ、バカ、後ろがつかえる、早く行け」
アレクシスはジェイドの背中を蹴った。ジェイドはユズの前に無様につぶれて、ユズが立たせてやる。
「もう、ジェイドは私がエスコートしてあげる。さあ、おいで」
「あ、よ、よろこんで・・・え!?」
ユズはジェイドの手を取って前に進んだ。
「さ、王女殿下。俺にエスコートさせていただけますか。あのバカはほっときましょう」
カサブランカは現金なもので、アレクシスがそういえば、恍惚として簡単に彼の手に自分の手を重ねた。
「俺には同伴がねえのか、リンファ」
「甘えないで付いてきなさい、来なくてもいいけど」
「オニキス、私と行こうか。」
「エル、気を遣うな・・・泣けてくる」
オニキスの背を促しながら、エルドラドは地下都市への道を進んだのだった。
***
「列車で、カクテル奢ってもらって、アレクに怒られた。あとはアーセナル国境でクーデターが起きたかな、それから逃げるとき転んで怪我をしたの。アンドロメダ市国の病院に行って、治してもらった。」
「・・・ユズ、知らない男とカクテル飲んだのか、」
「オレンジジュースみたいだよっていうからね」
この子はオレンジジュースに釣られたようだ。オレンジジュースは控えさせようとジェイドは決めた。過ぎたことは言っても仕方がない。ユズは説教が嫌いなのだ。
「怪我は?痛かったろ。」
「うーん、ジェイドと会う前は普通に自然治癒だったからな、擦り傷なんて。」
しょっちゅう病院へ行くわけには行かないので、グリフォン領では応急処置のスキルは高いほうだと思う。
「あとは結構平和な旅だったよ、航空機!アレクがすごく怖がって、最高だった」
普段ユズはアレクシスをなんとか見返したいと日々、張り切っているので、飛行機は明確な彼の弱点だと知れば嬉しくなったのだ。
アレクシスは高所恐怖症というわけではなく、飛行機が怖かったのだ、と弁明をしていた、が、帰りは乗らないで、陸路を帰ると言い張っている。
「帰るころには転移ゲートの工事が終わってると思うぞ。乗らなくても帰れるし、なんならグリフォンに乗って帰れるんじゃないか。」
「あ、アルったらゲートの調整するって言ってたのに、だれだっけ、好きな子に会いに行ったよね?」
「ジュリアナかな」
アルベルトは自分の弱点を他人に教えている。目とアンジェリーナだ。アルベルトは目で魔法を使っているらしい。指はパフォーマンスでつけているのだろう。
「ジェイドはゆっくりできた?家族とお話しできたの?」
「まあ、兄貴とは話したよ。もう侍従とか侍女頭とか家臣も家族みたいなもんだし、国民もそうだから、帰ってこれて、嬉しかった。ありがとな」
ユズは良かったねと微笑んでくれる。その笑顔がすぐそばにあることに安心する。国に帰ってもずっと彼女を気にかけていた。
「ユズ、俺とも話をしてほしい」
むすっと不機嫌を体現したようなオニキスが後ろから声を掛けた。
「え」
ユズもむすっとオニキスを見る。
「ああ、すみません。ユズ、俺はちょっと準備があるから」
ジェイドはオニキスに目礼して、去っていく。
オニキスと話すことなんて、ユズは特段に思いつかなかった。
「ユズ、成人おめでとう。」
「ああ・・・ありがとう。兄上、寂しかった?一人で来たでしょ。ずいぶん遠かったねぇ」
「そうだな。」
ここに座って話せばいい、とリンファに案内される。地下一階のホール全体が大広間のように改造されていて、賓客の席次に二人は座らされた。
「すっごいところだね」
地下都市は近代的で、広くて、魔法で地上の光が入るようになっているようだ。
「地下二階に研究室があって、三階からは集合住宅みたいになってる。俺は二階の奥の方を使ってる。お前の部屋は三階だと。」
「私のお部屋もあるのか。」
「ときにユズ。」
ユズはオニキスを向いた。オニキスは一応声を落として、ユズの耳元で聞いた。
「お前、松葉崩しという言葉を知っているか。」
「・・・まつばくずし」
ユズは怪訝そうに一応は小声でつぶやいた。知らないことは恥ずかしいことなのかもしれないからだ。
「知らない、松葉固めを崩すってこと?」
「だよな、何かの体術の技名のようで、ウラヌスタリアでは子どもも知っているらしい」
「・・・そうなの、ジェイドに聞こうかしら。」
「ジェイドはエルに聞けと言うんだ。エルに聞く前にアレクにも確認してみるか。」
この兄妹は純粋に、清純に生きてきている。カサブランカを王族の席に案内したアレクシスは末席に着こうとして、オニキスが手招きしているのを見て、近づいてくる。
途中でリンファから飲み物を受け取って、三つは持ちきれないから、一緒についてきた。
「アレク、まあ、座ってくれ」
オニキスは自分の隣にアレクシスを座らせた。
リンファがユズにオレンジジュースをくれた。好きな飲み物は調査済みのようだ。
「リンファ、もう飲んでいいのか」
「これはウェルカム分ですから、ご自由に。」
「これはお前たちの旅の無事を祝う席とこれから戦に向かうための決起集会のようなものだ。」
オニキスは説明してくれた。
「それでだアレク。松葉崩しって知ってるか。」
アレクシスはシャンパンに蒸せ、盛大に咳をした。リンファはバシン!とオニキスの背を叩く。オニキスは叩かれたくらいでは動じない。リンファの拳などオニキスには蚊のようなものだ。
「ええ・・・アレクは知ってる感じ?ならきっといかがわしいことなのか」
ユズは目を煌めかせた。そういう勘は働く方なのだ。そういう方向に帰結をされるのはアレクシスは非常に不本意である。
「はあ?いかがわしいことを俺が知らなくて子どもが知ってるわけないだろ」
「え、あんた素で知らないの・・・」
リンファは逆に引いた。ユズは分かる。成人したばかりなのだ。しかしこいつは成人して何年たっているのだという話だ。
「えっと・・・純粋な方々なんで、そういうの教えないでもらえますか」
アレクシスがリンファを見て言う。
「わ、私が教えたわけじゃないわ」
リンファは顔を赤くして否定した。
「教えてくれないから、気になっている!アレク、まつばく「オニキス様、白昼に堂々と大声で言うお言葉ではないので!」
アレクシスはオニキスを隅の方に連れていく。ユズももちろんついて行ったが、アレクシスに丁重に席に戻された。戻ってきたオニキスは「ユズ、お前は知らなくていいことだ」と真顔でユズを諭し、「ウラヌスタリアの悪魔を退治したら、この国は一刻も早く出よう」という。
「どうして?」
「教育に悪い。」
「失礼ね、でも、ごめんなさいね、謝っておくわ。」
「なんなの、それが何か教えてもらわないと、私は判断できない。アレク、知っているなら兄上とやってみせて。体術の技なんでしょ」
ぶっ、とアレクシスはまたシャンパンに蒸せた。自分はオニキスの補佐で、ユズの世話役もしなければいけないのか、なんだか二人そろえば苦労が二倍になるのだが・・・
「お前、ジェイドの方に行ってくれねえか」
「え、良いの」
アレクシスから珍しく許可が出て、ユズは嬉々として席を立った。
「で、アレク、・・・・そういうのは他にもあるのか」
武術一辺倒だったオニキスはウラヌスタリアに来て、そういうのに興味を持ってしまったのだろうか、なんという恐ろしい国だろう・・・アレクシスは心底震えた。オニキスは上司だからユズのように無碍にはできない。ユズを無碍にしているわけではないのだが。あれはあれでそういうのを聞くのが好きらしいから止めねば大変なことになる。グリフォン家はどうしてこう興味を持てば人に聞いて解決しようとするのか・・・アレクシスはげんなりしたが、顔には出さずにオニキスに向き合う。
「オニキス様、四十八手と裏四十八手の合計九十六の体位があるそうです、俺もすべて試したことはないですし、覚えてないのでこれ以上聞かないでもらえますか」
「・・・試せる女に困らないようなことを言うんだな、恐ろしいやつだ」
「・・・もう、剣術してきていいっすか」
「まあ、飲め、アレク。して、それをすれば女は喜ぶのか」
オニキス様は喜ばせたい女でもいるのだろうか。
「俺は一度抱いたら二度はないんで。」
「確かに。俺も今まではそうだったが、そろそろ嫁を取らねばと考えてな」
「そうなんですね、」
もう26だし、いい年だな、そういえば。とアレクシスは納得する。するが、話題が飛躍しすぎである。まず相手を探してくれ・・・とはこの状況では難しいだろうが。
「未亡人なんだ、子どももいる。一度寝たが、良いとも悪いとも言われなかったんだ。だから、いいと、言わせてみたい」
アレクシスはもうテーブルに頭を突っ伏した。ユズの方が説教できるだけましかもしれない。いや、部下として上司は諭すべきなのか・・・。
「おー、アレク、ユズは?」
ジェイドが戻ってきた。ユズは彼のところへ行ったと思ったが、あっちのほうで彼の兄と話しているようだった。あの組み合わせなら安心だ。ならば、がしっとアレクシスはユズの方へ行こうとしたジェイドを逃がすまいとつかむ。
「・・・助けてくれ、オニキス様が暴走してる、俺の手には負えない。」
「お前が無理なら、俺はもっと無理だ」
「そんなことはない、お前はそういうの得意だろ」
アレクシスはオニキスと自分の間にジェイドをねじ込んで、シャンパンを注いでやる。
「オニキス様、ジェイドが教えます。」
「何を。」
「どうやって女を口説くか!」
「・・・え、お兄さんもその口?」
グリフォンの男はみんなこんなもんだ、とアレクシスは全グリフォン男子を敵にすることを口走った。
「まず、手紙を書きましょう」
初歩の初歩からジェイドは話し出した。
「まだるっこしいわ」
「アレクと同じこと言う!」
「オニキス様、結構信用できますよ、あの、心を落としてからの身体の関係の方が絶対良いですって、商売女じゃないのなら!ましてや夫がいた人ですよね、夫に心がありますって、そりゃあ」
一理あるか・・・とオニキスはため息が出た。ジェイドは、ああ、リンファのことか、と察した。
「子どもを懐かせるってのも良いかもしれないですね、ジークは剣術は怖いって言ってたな・・・あ!ジーク、恐竜の玩具が欲しいって言ってました!」
「ガキをだしに使うのは気が進まん」
「意外と紳士!」
ジェイドは基本眉間にしわを寄せているオニキスは気難しそうで近寄りがたかったが、案外さっぱりした性格なのだと感じた。ユズも物事を単純に考える傾向があるが、彼女は気持ちの面は他の女子同様結構めんどくさくいろいろ考えてるので、その点はオニキスのほうが読み取りやすくはある。
「一概に言えるのは・・・オニキス殿はもっと言葉で愛を伝えるべきだと思いますよ、あの人ってたぶん直球に弱いはずです。」
当の本人はユズとエルドラドの輪に加わっていた。亡くなった夫のロンウェンにも同じことを言ったような記憶がある。もう6,7年前のことだったな、とジェイドは思い出すと辛くなるので首を振った。
「年の近い姉のようなものですから、幸せになってほしいです。」
人の幸せを願う彼を見て、心が痛む。
「わかった。」
オニキスは立ち上がって、颯爽と歩いていく。
「ちょっと待って!白昼堂々と告白はよくないって、ムード!お兄さんムードを大事に!!」
ジェイドはオニキスを追いかけた。
「リンファ」
「え、何。ねーユズちゃんって可愛すぎ、本当にあんたの妹なの?あ、それよりそろそろ始めるから、席についてちょうだい、オニキス、あなた、乾杯の挨拶よ、忘れてないわよね?」
リンファはオニキスの話す暇を与えずに一気に言い切る。
「え」
オニキスは、単純なので、言われたことを考える。そんなことを聞いていたようななかったような気がする。
「ジェイド、探してた、どこ行ってたの」
「お前のお兄さんの話を聞いてたんだよ・・・ユズも席に戻って」
「ジェイドの隣が良いな」
意図しない上目遣いにジェイドは懐柔された。
「じゃあ、挨拶終わったら俺がそっち行くから。」
エルドラドが主催の挨拶をした。今、国の状況の方はパトリオットとジュリアナに見てもらっている。ウラヌスタリアをまとめる彼には束の間の休憩時間であった。
「オニキスを始めとするグリフォン領の使者の皆さん、我が国の危機に駆け付けていただき、誠にありがとうございます。国を代表して、この御恩には必ず報いることを今ここに誓います。――――」
国の置かれている状況のこと、悪魔と大魔法使いの関係のこと。これからどう動いていくか、をエルドラドは話した。
「―――まず、メリッサとクリストフの大魔法使いの拘束。その過程で悪魔討伐が先になるか後になるかは分からない。みな、命を大切にしてほしいと思う。」
悪魔討伐に聖獣の召喚が必要だ。まだ、その出番ではない。
明日からの動きとしてはクリストフが潜んでいると考えられるウィザードランドの拠点を攻める。実質ウィザードランドの魔装兵団との戦争である。舞台はウィザードランド国土になるだろう。アルベルト、もといパトリオット七世の顔が利くので、半数以上はこちらの味方になる算段である。そこにグリフォンの使者を送り込む。パトリオット率いる妖精兵団との共同戦線だ。妖精としては聖獣とは仲良くしたくないだろうが、そこはパトリオットが説得するだろう。
『ジェイド、お前も行くなら、私はユズやオニキスがいれば単体で召喚できるよ』
グリフォンがいつものミニグリフォンでなく、巨大な馬のようなサイズで現れる。実体のようだった。
「そうなのか・・・なら、俺も行くか」
「ユズは置いてくぞ」
『オニキスより、我はユズがいいな』
「わがままを言うな」
『オニキスは、ラルフを召喚できるはずだよ』
「誰だよ」
オニキスはラルフなんて知らないし、ジェイドもユズもなぜオニキスがラルフと関係があるのかは良く分からない。
『あとは、ジェイドは単体でノルンを召喚できるし、フェニックスからレジーが来ればフェニックスが召喚できるよ。タマモは、すべての聖獣が召喚できたらいつでも来られる。召喚には実はそんなからくりがあったというわけさ。ラルフが実は一番難しいんだけど、オニキスは奇跡の子だからね』
「・・・加護を集めるだけじゃなくって、やっぱりその血筋の人も集めなきゃいけなかったってことなのか?」
ジェイドは恐ろしいことを聞いたような気がする。グリフォンの説明だと、血筋が必要なのはグリフォンとフェニックスだけで、ドラゴンはそのドラゴンを育てること、妖狐はすべての聖獣がいること、という条件のようだ。バジリスクの召喚に限っては、謎しかない。
「ラルフってなんなんだ。どうしてオニキス殿が?」
『それはラルフに聞いてくれ。聖獣の世界でもラルフはちっとも出てこないし、誰とも交わらないからな』
グリフォンはユズに頬ずりをする。あの時ぶりにユズに触れられて、グリフォンは嬉しそうだ。
「オニキス、グリフォンの代表から一言貰ってもいいか」
そういえばそうだった、とオニキスはユズとグリフォンから目を背けてみんなの方を向く。戦で檄を飛ばすようなことを言えばいいのか、と考える。
「ここが悲劇に見舞われて今日で2年8か月。我が国が封印した悪魔が我が国の魔力を吸って、ここへ現れたのだと聞いたとき、不始末に片をつけねばなるまいと思って、ここへ来た。大魔法使いやら世界戦争やらまで発展するとは思わなかったが、関わった以上責任を持つつもりだ。加護が攻略されているかもしれんが、その程度で倒されるほど俺たちはやわではない。直属軍が到着するまでもう少しだけ、力を貸してほしい。」
ウラヌスタリア軍ではオニキス信者ができているので、雄たけびを上げて激に答える。会場にいる全員が拍手した。
「では、ここにいるすべての皆様の武運を祈念いたしまして、乾杯したいと思います。待っていてくれてありがとう、必ず国の安寧を取り戻そう。乾杯」
ジェイドがかるーく乾杯の音頭をとった。




