束の間の休息
ウラヌスタリア王国からメビウスの国境へ行くには地下都市に直結している地下通路がある。その地下通路も長らく閉鎖されていたのだが、オニキスが来て、数日で再開通した。
入口には騎士を配置していて、通れるのは要人くらいなのだが。例外としてミネルバのような遺族は故人に会いに行ける。
カサブランカは何度もこちらへ来たがっていたが、家臣に止められ、メビウスに逗留していた。本来王女殿下という立場ならばメビウスの王城で接待をしようという申し出も断って避難所付近に留まっている。
「どうして私はそっちへ行けないのかしら、ジェイド、エルを説得してくれない?」
不満がたまっている王女の愚痴を聞いてやるのも仕事のうちだろう。
「ジェイドは昨日、亡くなった人に弔問をしたんでしょう、私だって王女としてそれをやるべきだと思わない?」
カサブランカが14歳じゃなく16歳だったらエルドラドも頷いただろう。
「お前には遺族のほうに寄り添ってほしいと考えている」
「エルの考えなの、ジェイドの考えなの」
カサブランカは不満そうだ。メビウスに着いて、ジェイドは家臣から今日もメビウスの要人が来て、北の隣国のアルテミシアからの使者が謁見したいとのことだ、と伝えられた。
「場所は?」
「レイファヨーテルになります。グランドホテルの会議室を押さえました。早速出立していただきたいのですが。」
「着替えを持ってくるんだった、途中で調達しなきゃならないな。」
「ジェイド、着替えならこっちにあるわ。私も行く。良いでしょ」
ミランダがニコニコとジェイドに正装を渡す。
「え?ミナトは」
「今日はリンファ様が・・・リンファ様、ミナトも一緒に見ていてくださいます?」
「あ、ええ、いつもジークを見てもらってるもの、今日ぐらいは・・・でも大丈夫?謁見なら私が付いて行った方が良くない?」
「リンファは今日は休暇なんだから、子どもとゆっくりしてなさい。ミランダは別に来なくてもいい。ハロルドがいてくれればいい。」
気晴らしにレイファヨーテルまで行きたい女心を分かっていて、ジェイドは敢えてそういうところがミランダはいらつく。
「ジェイドー、今日は俺と遊んでくれるんだろ!松葉崩しとか教えてくれよ」
「・・・ミナトくん?それは柔道技じゃなくて、子どもに教えちゃいけないような技なんだけど!?」
ミナトは5歳で、そんな言葉を覚えるなんて末恐ろしすぎてジェイドは戦慄した。
「今日は俺じゃなく、こっちのお兄さんが教えてくれる。」
ジェイドはオニキスを前面に出す。
「松葉崩しってなんだ」
オニキスが言えばリンファが叩いた。オニキスは純粋に知らなかっただけだ。教えるも何も知らなければ教えられない。
「え・・・ユズのお兄さんはそういうのに興味なかったんですか。」
純粋に武術だけに時間を費やした結果、出世はした。
「ユズは知ってんのか」
「いえ、知らないと思います。」
ジェイドはそう信じたかった。
「なら俺も知らん。リンファ、教えてくれ」
「ふざけんなバカ。子どももいるんだから変なことに興味持たないで。」
変なことなのか・・・とオニキスは首をかしげる。少しユズに似ている。顔もちょっと似ているから、ジェイドは年上のはずなのに、オニキスに庇護欲が湧いた。
「兄貴に聞いてください、きっとリンファよりは角がなく教えてくれると思います」
ジェイドはオニキスに耳打ちする。オニキスは頷いた。エルドラドはびっくりして噴き出すと思うと、ジェイドは面白かった。実の兄相手には年甲斐もなくいたずらをしたくなる。
ジェイドはハロルドに急かされて、リンファにオニキスとミランダを任せていくのは若干気が引けた。彼女の休日が、しっかり休日らしい休日になればいいのだが。
***
結局、アルベルトはアレクシスがジャスティスに乗せた方が、スピードを出せるので、そうなった。馬に乗ったのは久しぶりで、こんなに早く走ったのは初めてだ!とアルベルトは興奮していた。ジャスティスの最高スピードにユズの乗っている馬はついていけず、時々アレクシスは立ち止まって、ユズを待った。
「疲れたか?」
「大丈夫」
「・・・本当か」
「・・・だ、だいじょうぶ」
アレクシスはユズと押し問答のようになった。
「休もうか!」
アルベルトが提案した。本当に彼が残ってくれて良かった。妖精が甘いお菓子や温かいお茶をアルベルトに持ってきて、アルベルトがそれを二人に配る、というのが一番妖精とユズたちの間の確執がないようだった。妖精と聖獣は本当に仲が悪いらしい。アルベルトの空間魔法は趣向を思ったように自在に変えられるし、いつでもどこでも出し放題だった。
「今日は巷で流行っていると聞く、ラブホテル風にしてみた」
「普通の部屋にしろ、今すぐ!」
アレクシスは切れる。
「アレクはお堅いなァ、いいじゃないか、ムーディーで。」
「私とジェイドが入ったところは、もっとお姫様みたいな感じで、後お風呂がすごくって、ロデオマシーンがありました!」
ユズが明け透けに言うので、アレクシスはごんと拳骨を落とした。もう時効のようなものでしょう!とユズは涙目で抗議した。
「せめてベッドを二つ出せ」
「みんなで寝よう、特別キングサイズだ。」
アルベルトは聞く耳を持たないらしい。
ユズはあの時、そういえばこの大きいベッドでは寝なかったと思い出した。
「こっちのソファも眠れそう」
「・・・なら、俺はそこでいい。」
「つまらない男だな、」
アルベルトは浮遊の魔法でアレクシスをベッドまで連れてきた。
「はあ!?」
「俺が真ん中なら問題なかろう」
「あるわボケ、身体を縛り付けるな!」
アレクシスがやられっぱなしでユズはおもしろかった。笑ってんじゃねえぞ、助けろ!と言われるが、こんなアレクシスは貴重だ。
「アレクと寝るのは初めてだな」
ユズもベッドに身体を投げ出す。縦に寝ても横に寝ても、斜めでも、どうあっても身体を大の字に広げられる。アレクシスの頭と近い位置に頭があるが、身体はユズが北向きで、アレクシスが南向きだった。アルベルトは西向きに寝転がる。抵抗が無駄だと分かるとアレクシスは大人しくなって、そのころにアルベルトは魔法を解く。
「普通は結婚でもしねえ限り、男女が同衾なんてしねえわ」
「私はジェイドと結婚してもいいって思ってるもの。」
「・・・いつから?」
「・・・いつだったかな。ジェイドが、寂しそうに家族の話をしたときに、そう思った」
それがいつのことだったか、ユズには思い出せなかった。だけどその時、ユズはまだジェイドの呪いのことを半分も理解していなかったような気がする。
「あいつの国に、婚約者とかいたらどうすんだよ」
「いたら、きっと話してるでしょ。」
ジェイドはそういうことにはとにかく一途だし、心から恋人を大事に思っているからこそ、隠さずに話してくれているはずである。
アルベルトはなぜかこの中ですやすや寝息を立てている。子どもの容姿だから、体力とかもろもろ子どもなのかもしれない。次はユズではなく彼に休憩を合わせるべきか、とアレクシスは漠然と思う。
「・・・そうだね、たとえばジェイドがこの離れている間に、私を捨てて違う女にいったとしても、それでジェイドが幸せになれるんなら、譲る。」
ユズは冥界にジェイドを迎えに行くことは決めたけど、それが成功するかは分からないのだ。未来が分からないのなら、やはり今を充実させてあげたいと刹那的に考える。
「健気なこったな、あいつに対しては。」
それを聞かされる自分の身にもなってほしい。アレクシスは目を閉じる。
「おやすみ、アレク」
「ああ。」
少し距離のある位置にいる彼と、アルベルトに布団にかけてやる。ユズはベッドの端の方に毛布をかぶって眠った。
そしていよいよクラウディア大国の飛行場というところに着いた。初めて見る航空機の大きさに感動する。
「これが空を飛ぶのか、大丈夫か」
アレクシスは乗り物は馬しか信用できない、と少し怖いようだった。
「大丈夫、アレク、私がついてる。手を握ってやろうか?」
「・・・ありがとうございます、お嬢様、お言葉に甘えますね」
アレクシスはユズの右手を取って、にっこりイラついたような笑顔を向けてきた。乗って来るとは思わず、ユズは口をパクパクさせたが、アレクシスはそのままユズを航空機までエスコートした。そしてやっぱり飛ぶときは怖かったので、ユズの手を握ったし、なんならこの恐ろしさから彼女を守らねばなるまいと抱きしめていた。ユズは、すんとした表情で、されるがままで、それをアルベルトに笑われたのだった。機体が落ち着いて、数分経った頃、アレクシスはようやくユズを離した。
「ユズって結構、受け入れ体質だな」
「アル、人間にはね、観念が必要な時もあるの。怖がるアレクは可愛いって思ってやり過ごした私を褒めて。」
「ユズ・・・着陸するときもいいだろうか」
アレクシスはまだ若干顔が青くて、窓の外なんて見れない、とカーテンを閉めた。
「目を閉じて私に掴まっていて。あなたが怖いものは私が倒すから。」
「ありがとう、愛してる」
アレクシスは素直に愛の言葉が口から出てきた。そこらへんの子女ならきっと倒れていると思う。
「・・・これが、吊り橋効果ってやつか」
ちょっと違う気もするが、ユズはアレクシスが可愛くて、笑った。
三日ほど、空を飛んで、いくつもの国や海を越えて、航空機はメビウスの西側の都市についた。もう少しで、ジェイドに会える・・・近づくにつれ、やはり心臓が痛いくらいにドキドキしてくる。
***
ジェイドが北のアルテミシアの使者から謁見を終えて戻れば、リンファとミランダは座って話に花を咲かせていて、のんびりしていた。子どもが大勢避難所の広場に集まって、オニキスの指導の下、木刀を持ってチャンバラに興じていて、次々と教えを乞うているようだった。それをじっと陰から見ている4歳くらいの男の子がいた。
「君は、行かないのか?」
ジェイドは目線を合わせるようにしゃがむ。
「・・・剣って怖い。ミナトってなんであんなに輪に入れるんだろう。」
男の子は綺麗な黒髪と茶色の目で、どことなく顔がリンファに似ている。
「・・・もしかして君がリンファの子ども?」
彼女の子どもと会ったのは本当に赤ん坊の時だった。
「あの人、本当におれのお母さん?」
リンファは忙しくしているのは、昨日ミランダからも聞いていた。
「君のお母さんはすごい人なんだよ。この国がこんな状態になっても持ちこたえていられるのはリンファの研究や、国への献身のおかげだ。そのために君から母親を奪う形になってしまったこと、どうか謝罪させてはもらえないだろうか。」
子どもはジェイドの真摯な眼差しを受け止め、少し頬を赤くした。自分の母親だと思われる人が、こんなに褒められることはあまりなかったように思う。母親と思われる人がよく分からないすごいことをやっていることなんてミランダは教えてくれなかった。
「・・・あの人って、何やってるの?」
「俺も昨日今日帰ってきてちょっと知ってるだけだけど、悪魔の目玉を解剖したらしい」
「・・・気持ち悪い」
「目玉を取ってきたのはあのお兄さんだけど」
「・・・怖い」
「でもそのおかげで、分かったことは重要機密だぞ」
「すごい?」
そうそう、とジェイドは子どもの心を溶かしていく。
「ジーク、ここにいたの、あらジェイド様、お帰りでしたか」
「あ、申し遅れました、俺はジェイドです。」
ジェイドは子どもに挨拶をする。
「ジーク」
子どもは名乗ったあとでリンファを見て、ジェイドに隠れるようにする。親子関係はあまりうまく行ってないようだ。昨日ミランダに聞いた感じでも、それは思った。
「早く一緒に住める国にしないといけないよな。」
「ジーク、何か美味しいもの食べに行こうか。」
「・・・」
「アイスクリームはどうだ、俺はアイスが好きだな」
ジェイドが提案すれば、ジークは頷いた。
「ジェイド様、忙しいんじゃ」
「大丈夫だ、アイスを食べる時間くらいはある。あの子たちみんなにも買ってあげよう」
ウラヌスタリアは温暖なので冬でもぽかぽか陽気である。ここはメビウスだが、同じような気候だ。ジェイドはとりあえず、またリンファとジークをレイファヨーテルまで連れて行き、アイスクリームを大量購入した。その場でジークには何のアイスが良いか、リンファに聞くように促してみる。ジークはりんごが良いと答えた。
「リンファは?俺は抹茶一択だ。」
「え、じゃあストロベリーで。」
ジェイドといるときは、彼が自分を気遣ってくれるのが感じられて、嬉しい気持ちになる。今だって、普通は遠慮するべきなのに、乗せられてしまった。
「ありがとうね、本当に。」
「こちらこそいつもいつもどうやって感謝を示していいか、分からないくらいだ!」
そういうことを子どもの前で言ってくれることで、自分とジークの蟠りがほぐれていくのだ。意図的にやっているとしたらエルドラド以上に策士だな、なんてリンファは分析した。
「あ、あの、・・・恐竜の、おもちゃ、ミナトが持ってる」
「おもちゃ?ミナトが・・・じゃあ、ジークも買おうか?」
ジークは少し目を輝かせた。
「ジーク、俺がいっぱい買ってやる・・・」
「ちょ、それはさすがに私が出します!」
多少押し問答はあったが、もう二人でも大丈夫だろうと、ジェイドはアイスを持って避難所に先に戻ろうとした。ふと殺気を感じて、振り返る。
「あ、さっきのアルテミシアの」
「ええ、こんなところで奇遇ですね。」
ジェイドはリンファに目配せする。リンファは頷いて、ジークと転移魔法で消えた。リンファは転移魔法の術式をいくつか持ち歩いているのだ。大魔法使いでもない限り、転移魔法は使えない魔術だった。大魔法使いでも使いこなすのは難しいと言われている。ジェイドは剣を背中から取り出した。
「観光ですか?」
「そんなところです、あなたは随分、悠長なんですね、国が一大事というときに奥さんと子どもとお出かけ、なんて。」
「うーん・・・そういうときだからこそ息抜きも必要かなと。部下と、部下の子どもです。」
まあ、人のとらえ方は千人いれば千通りあるだろう。アルテミシアは弓術で有名な国だ。先ほどもそんな話で盛り上がった。最後に王族と会ったのはエルドラドの成人の儀のときだ。ジェイドは同じ年の王子殿下がいたからそれなり仲良くしていたし、お互い友愛国だと認識している。
この使者も背中に弓矢を背負っていた。飛び道具は厄介だ。自分が避ければほかに被害が出る。
「実は、あなたをお連れするよう言われてまして。」
「言う通りにしますよ、どこまで行きますか?」
「アルテミシアまで。」
「兄に一報を入れても?」
にこりと使者は笑って、弓に矢を番える。連絡は取れない、ということらしい。嘘だろ、帰ってきて二日でまた他国に、しかもなんだかきな臭いところに囚われるなんてごめんだ。
「ジェイド、戻ってきたわ!後ろに下がって」
リンファはジェイドの前に出て杖を構える。
「なんで戻ってきた!?」
ジークはしっかり置いてきたようだ。
「オニキスを連れてきた」
それは心強い味方だ。
「どうする、生け捕りか、殺すか。」
その聞き方はアレクシスに似ている。いやアレクシスが彼に似ているのだろう。
「黒幕を吐かせたい、です。」
「了解」
四方八方に使者の手勢がいたようで、弓矢はすごい数で飛び交った。こちらに飛んでくる弓矢はリンファがシールドを張って、建物や人に被害の出ないようにしてくれた。ジェイドはオニキスが剣を抜くのを初めて見た。すらりと白く輝くような刀身の美しい剣だ。しかし繰り出す斬撃の強さは並ではなかった。
「オニキス!あんまり地面をえぐらないで!ここは、メビウスよ!」
リンファが叱る。めんどくさそうにオニキスは逃げる使者の首を掴んで捕縛した。昨日退治した新種の魔物に比べれば人間は雑魚だ。捕まえた人間に仲間が、矢を放った。それは首を貫通し、使者が死亡する。
「・・・新しいのを捕まえるか。」
「いや、いいです!帰りましょう!」
ジェイドが言えばリンファはオニキスを捕まえて転移魔法を使った。転移先は地下都市のエルドラドの執務室だ。
「リンファ・・・今日は休暇じゃなかったか」
「襲われました、レイファヨーテルで。ジェイドが」
「兄貴、今日急に呼ばれたんだよ、アルテミシアから使者が来てるって。」
「情報が早すぎる」
エルドラドは考え込む。帰還した王弟への謁見にアルテミシアから使者が来るのが妥当だとしても昨日ジェイドが帰ったことがあそこの王都に伝わるのが早すぎる。
「偽物か、あるいは、アルテミシアが敵に回ったか。」
「気軽に買い物もいけないじゃないか!あ、兄貴アイスやる。ハロルド、これ、避難所の子どもに配ってきてくれ」
近くにいた侍従にジェイドはアイスの入った麻袋を渡した。保冷呪文付きである。
「はい、ジェイド坊ちゃま。こ、こんなに買ってきたんですか。」
「なんなら大人にも配って良いし、お前も食え。リンファ、ごめん、ジークおもちゃ欲しがってただろ。」
「緊急事態だったし、気にしないで。今夜でもまた買いに行って枕元に置いておくわ。とりあえず、この矢に染み付いた毒薬について調べないと」
リンファが仕事モードである。土壇場で矢を持ち帰ってきたようだ。
「そのくらいは、俺でもやれる。お前は休暇取れ、頼む、取ってくれ!ジークのために!」
ジェイドは懇願した。
「そうだ、リンファ、もう二日くらいはゆっくりしてほしい!」
エルドラドもジェイドに続いた。国王代理と王弟から懇願される部下をオニキスは初めて見た。
「オニキス!リンファをジークのところまで連れて行ってくれないか。」
「了解。そうだ、エル、聞きたいことがある。」
オニキスの切り出し方にジェイドとリンファは顔を見合わせた。
「なんだ、何でも聞いてくれ」
エルドラドの他意のない笑顔が眩しくて、ジェイドはさっきのいたずらを猛烈に後悔した。
「まつば」
バチン!とリンファがオニキスの口を思い切り塞いだ。もうほとんど叩いている。
「ふふ、オニキスったら、エル様に何を聞く気なのかしら。」
リンファはにこりと微笑んでオニキスをそのまま引きずっていったのだった。
それからは町へ出るときは必ず護衛をつけて、メビウス要人との会合も他国は混ぜない方向性でということになった。一応北側国境の警備をメビウスと一緒に強化はしてみたが、音沙汰はない。
「北と言うと、クリストフの動きも気になるところだな。」
ジュリアナ曰くメリッサの魔力もクリストフの魔力もいつでもウラヌスタリアの王城に留まっているわけではないようだ。メリッサの本拠地であるアーセナルは潰したから、クリストフの本拠地であるウィザードランドに身を隠している可能性はある。
「パトリオットが来たら、一度ウィザードランドへ行くべきか。」
「そうね、本拠地を潰して、あの王城に固定できるならそれが一番叩くのに効率がいい。」
エルドラドは見解がジュリアナと一致したのでほっとした。
「ジェイド、手紙は書いているのか、今どのあたりだと?」
「あ・・・毎日書くと心配になるって言われて・・・それから書いてないんだ」
「ヘタレか、何のための連絡用魔石だ。」
言われて、ジェイドはその場で手紙を書くことになった。
『愛しいユズへ ジェイド
旅は順調ですか。帰ってからは忙しく、たまに襲われたり、国民へ便宜を図ったり、政を進めたり、殺伐とした日々で、もう一刻も早くユズに会って声を聞いて子ども体温に癒されたいです。』
「ジェイド、いかがわしいことを書いている場合じゃない」
「兄貴うるさい、手紙くらい好きに書かせてくれ」
ジェイドはエルドラドに反抗しながら続きを書く。
『もうそろそろクラウディアから航空機に乗った頃でしょうか。俺も航空機は乗ったことがないので、感想を聞かせてください。アルベルトとアレクシスとはうまくやっていますか?アレクとユズが喧嘩してないかは少し心配です。』
手紙を魔石で送る。ジェイドはエルドラドから国防費の調達を工面してほしいと帳簿を渡された。エルドラドが大魔法使いの職で貯めにためたものから捻出するようだ。潤沢にあるように見えて、間違った使い方はできない金だよな、と予算と照らし合わせていく。
ユズから手紙の返事が来たのは三日後だった。
『ジェイドへ ユズより
飛行機はすごかった。とっても大きくて、あんなのが空を飛ぶなんて驚くべき技術だと思った。アレクが怖がっていて可愛かった。ずっと手を繋いでいてあげてました。喧嘩はしてません。アルが止めてくれます。なかなかうまくやってます。ということで今はメビウスの西側にいます。もう少しで着きます。私も早く会いたいです』
「兄貴!今はメビウスの西側にいて、あと二、三日にはつく」
「そうか、アルに伝えるのはその時で良いか。」
必要があれば大魔法使い同士で連絡も取れるだろうに、エルドラドはわざとジェイドに手紙を書かせたようだった。そりゃあ、ユズから手紙が来て嬉しい。いつもより気分は上がるし、書類は捗る。これなら毎日手紙を書きたいくらいだ。
「ジェイド、無理をさせてすまない。ユズが来たら、少しのんびりしてくれ」
「・・・兄貴、俺はできることはやりたい。のんびりなんてできないだろ」
エルドラドは困ったように笑う。
「少しはわがままを言ってほしい。お前のわがままを聞いてやれるのは今のうちだと思うと。」
「今は、そういうのは言わないでくれ」
ジェイドはエルドラドを見ていられなくて、俯いた。せっかくユズからもらった手紙にぽたりと涙の染みができてしまった。
「ユズだって、別に、そういうつもりで来てくれるわけじゃない。」
ゆっくり国を案内できる状況ではないのだ。
「なんかないのか、結婚式したいとか」
「したいけど・・・、そんなことしてる場合じゃ」
「なら、私の、俺のわがままを叶えてほしい」
「そういう言い方はずるいだろ!」
ジェイドは自分が我慢しているのに、エルドラドがそう言うのはずるいと思った。
「身内だけで。」
「オニキス殿もアレクシスだって、認めてくれない」
「俺が証人になる。お前とユズと三人で。」
エルドラドはジェイドの手にジュエリーケースを置く。中には一対のシルバーリングがあった。
「ユズは、もっといろんな人に祝われるべきだし。ご家族だって、ユズのウェディングドレスが見たいはずだ。俺なんかと、結ばれるべきじゃない、ほんとなら、もっといい相手が、いるのに。縛りたくないんだよ、あいつの未来を。」
建前だけなら、こんなにすらすら出てくるのに、行動が全然伴わない。
「俺は、ユズのことなんてどうでもいいんだ、ジェイド・・・お前はそういうけど、彼女を利用できるだけしたい。彼女が来た日の深夜にここに二人で来てくれ。お前が俺のわがままを聞くのは、これが最後かもしれないな。」
エルドラドが自分を悪者にするように言うから、ジェイドはそれ以上何も言えなくなった。
「・・・本当なら、お前だってみんなに祝われるべきだよ」
こんな状態でなければ、そして彼の寿命が普通にあるなら、国民全員が国一丸となって祝福する未来があっただろう。すまない、お前の未来を守ることが出来なくて。エルドラドは声には出せずに心でつぶやいた。
エルドラドは自室へ引き返して、アルベルトへ連絡を取ることにした。




