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ジュピタル王国英雄奇譚  作者: ヤー子
第六章 閑話ークリストフ四天王編

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言葉足らず


アンドロメダ市国に入国し、一応怪我を病院に見せて、治癒魔法で治してもらえた。病院の看護師や医者は聖なる魔法を扱う人が多いのだ。

今夜はここで宿を取ってからクラウディア大国へ入ろう、とアルベルトは言う。宿の手続きはもちろんアレクシスがする。子どもの容姿だといろいろ不便である。

「お前の容姿は年を取れないのか。」

「それだけが無理なのだ。俺だってもう少し年を取りたい。」

妖精王には変化の術も効かない。頑張って特殊メイクしかない。身長も小さいのでごまかせない。これからの進路を確認する。

クラウディアに入ったら、首都に飛行場があるのだが、そこまでは馬で行くのが良いとのことだ。この間アーセナルで調達した馬があって、今はジャスティスと一緒に空間魔法の中の草原でのびのびと遊んでいる。

「お前は子どもだから、俺の馬に乗るか。」

「俺は子どもではないが・・・アレクよりはユズと相乗りしたいな」

「子どもじゃねえなら、却下」

「じゃあ、子どもだ」

そんな会話をしながら夕食を食べる。アンドロメダ市国は商業が盛んな地でいろいろな国と地域の特産物を仕入れているのか、料理がとてもおいしそうだった。ふと、ジェイドはちゃんと食べているのか気になったが、あと十日ほどすれば会える。

「ユズ、ジェイドのところに行っても、今度はあいつが忙しいんだからな。」

アレクシスはきょとんとしているユズに言い聞かせた。

「俺だってドラココではほとんどお前らの相手ができなかったろ。あいつは国の王弟で、重役が充てられてんなら、今も本当に飯を食う時間も惜しいくらい働いてるはずだ。あいつの国の状況は地表で言うなら壊滅状態。復興のための金策もそうだし、目下の民の暮らしも把握しなければならない。俺やお前が行ったところで、武力を強化して、戦争の大本を叩き潰すのに役に立てたとして、ジェイドはその先のことに奔走しているはずだ。」

「・・・・ジェイドは、武力面じゃないところで、戦ってる?」

アレクシスの言うことは難しいけれど、ユズはそう理解した。

「なんか損な役回りだな。いっそ旅をさせてやってた方が、彼にもユズにも良かったんじゃないか」

アルベルトはジェイドの置かれている状況を可哀そうに思う。余生が短く、復興しても自分に恩恵がないのでは、今彼は身を粉にして国のために犠牲になっているとしか言えない。自分がこれからその国で生きていくと言うのならまだしも救われるのに。

「ジェイドは国政のことより、悪魔とのことを何とかさせるべきだ。俺がエルのところに行ったらそう進言してやろう。」

「しかし、国政のことも誰かがやらなきゃだめだろ。あいつは王族なんだし。」

「力になりたいと思っている大人はいるだろ、小国といっても13万人の大都市を持つ国ではある。隣国や俺たちも協力するのだから、あまり急ぐことはないさ。喫緊はメリッサとクリストフを捕まえて拘束。ウィザードランドの監獄リヴァイアサンに送還することだ。」

「殺すんじゃだめなのか」

アレクシスは聞いた。

「大魔法使いを殺すのは至難だな。大方保険をかけていると見た方がいい。側近が死ぬだけだ。」

アルベルトの顔は暗くなる。彼は側近を失った過去があるからだ。

「・・・アル、お前、そういうことも考えられるんだな」

アレクシスは感心したように言う。

「アレク、俺はこれでも250歳だ。」

至極真面目に言うが、だけどやっぱりアルベルトは幼い子どもの容姿なのだ。

「いたずら好きの250歳なんていねえんだよ」

「・・・ユズ、こないだの話だけど、順番が大切だ。間違えばユズだって冥界に取り残されてしまう、リスキーな面だってある。」

「そう、一番は何をすべき?」

「ジェイド自身が自分に呪いをかけた悪魔を加護をもらった剣で討ち取ること。」

アレクシスはユズとアルベルトが知らない会話をし出したから怪訝そうに眉を顰める。ユズはパスタをフォークに巻き付けた。その話の聞き方はどうなんだ、とアレクシスはユズを睨む。そしてジェイドに呪いをかけた悪魔をジェイドが殺すのは難しいのではないかと思った。

「それは・・・ジェイドには酷だろ、ジェイドの一番上の兄上の身体が乗っ取られているって話だ。」

身内を自身の手で殺すだなんて、できればやらせたくない。アレクシスは異を唱える。

「加護が発動しているなら、その肉体から悪魔を引きずり出すことができるはずだ。悪魔を斬ればいい。・・・その体がジェイドの兄なのか・・・なら使えるな。」

アルベルトが恐ろしいことを言い出す。妖精王は人間とはおよそちがう次元で物を考えているのだ。妖精と悪魔は実は同じ性質を持っていることを鑑みても、彼がこちら側に立ってくれていることは非常に有難いことなのかもしれない。

「じゃ、最初に聖獣を召喚してないといけない、ということ?」

「クリストフが出てくるなら、召喚しないと王城には近づけないんじゃないか。メビウスに着き次第、俺は転移門の最後の調整をするから、できるだけ武力を固める必要がある。」

今、マルス魔法大国から、メビウスの国境に転移ゲートの設置の工事中だった。大魔法使いクリストフ五世はウィザードランドの魔装武力兵団を率いている。国際指名手配をしたとて、今現在、ウィザードランドの武力はクリストフが牛耳っており、国の中枢は脅されて、麻痺状態のようだ。魔法で武力を強化するため、あちらも凄まじい人数と力で対抗してくると見てもよい。加えて悪魔が複数いる。

「・・・セドリックも、か。」

ユズはつぶやくように言う。あれから姿を見せてくれなくなったということは、セドリック率いる鬼たちもそちら側についている、ということなのだろう。本格的に戦争になるのだ、ということがひしひしと実感された。


「それで、ジェイドの兄上・・・国王陛下の身体はどう使えると言うんだ。」

アレクシスは単刀直入に聞いた。

「正確には心臓だよ。精神がもう食われてしまっているなら、肉体はあとは滅びるだけだ。でも国王陛下には強靭な肉体がある。心の臓もまた丈夫なのだろう。普通は悪魔に乗っ取られて二年半も生きていられない。あいつらは人間の食事をしないんだよ、人間の魂を食って生きていられるんだ。魂のほうもよほど質が良かったんだろうな。

話を戻すと、ジェイドを冥界から連れ帰る条件として、魂を戻す器を蘇生する必要がある。ユズは一回彼を殺していると言ったね、すなわちそれは肉体としてはもう死んでいる、ということなんだよ。だから、彼の心臓を、傷ついていない正常に機能する王様のものと取り換えるんだ。身内なら、身体の抵抗もあまりないはずだし。」

ユズの理解の範疇を超えることをアルベルトは言い出した。アレクシスまでぽかんとしている。

「悪魔を倒してすぐに、ユズ、もう一度ジェイドを加護の持った剣で殺さなきゃいけない。」

順番の二つ目だと言う。だけどそれはユズもナターシャから言われていたことだった。だから、ジェイドの国へ行くと言うことはいつか来るその日が近づくということは理解している。

「三つ目、加護に冥界に連れて行くように願うんだ。悪魔に作用することは聖獣たちが叶えてくれるのが掟だからな、それくらいはあいつらにやってもらわなきゃならない。あとは・・・ジェイドの魂のほうの代替があればハデスとの取引が成立する。それの心当たりがないのが懸念材料だ。」

「・・・心当たりがあっても、ジェイドがそれを受け取るとは限らないんだろ。」

アレクシスは静かにつぶやく。一番の問題点はそこだろう。

「・・・加護って・・・・何回も使えるの、その呼び出したら使い切ってしまうのではなく。」

「一回呼び出した聖獣は、召喚されている間は何回も加護をくれるはずだ。ジェイドと一緒にユズも集めて回ったなら、きっと大丈夫。」

「なら、私はダメもとでも行くよ。可能性があるのなら、ジェイドを助けたい。」

「だめだ、」

アレクシスは反対した。

「冥界に行くのはリスクがある、お前まで戻ってこられない可能性だってあるんだぞ。それとも・・・ジェイドが死ぬなら、自分も、だなんて、それであいつが納得するわけないだろ」

「だから・・・そうなったら、ジェイドは何とかして私だけをこっちへ帰してくれるって、思うんだよ。大丈夫アレク、私、大丈夫な気がするんだ。」

根拠のない勘だ。アレクシスには理解できるものじゃない、とユズは思った。だからアレクシスは納得できないと首を振る。

「・・・そもそも、お前がジェイドを殺せるわけがない。そんなこと、お前にさせたくない。」

懐に深い情がある彼女に、そんなことをさせるのは、たとえジェイドでも許すことができない。かといって自分にもできるかは、今すぐに頷くことも、アレクシスはできなかった。自分ができないから、オニキスに任せるのとも、また違う。

「アレク、私、これをやり遂げることができないなら、ここまで来てないの。ドラココに行って、彼の呪いを調べてからずっと、ずっと、ジェイドの先のことを考えてる。私はジェイドの国を救うためじゃなく、彼を救いたいの。」

それはとてもジェイドには言えないことだった。ジェイドはとっくに自分の生きる未来を諦めているからだ。今ジェイドがいないから、正直な気持ちをアレクシスに話せている。


「成功したら、褒めてくれる?あと、失敗したら、慰めてよね!」

気丈にユズは笑って見せた。アレクシスは、ユズが遠いところに行ってしまうような危惧を覚えた。


***

―ウラヌスタリア王国―


ジェイドはばったりとオニキスと鉢合わせた。

「「あ」」

すっかり挨拶をするのを忘れていた。

「お、お久しぶりですね!挨拶が遅れてすみません、昨日帰りました!」

「お前だけか?ユズは?」

ユズが帰って来たなら、自分に報告がないことはないだろう、とオニキスは予想していた。予想通り、ユズとアレクシスは転移魔法の原則の例外にあたり、大事を取って陸路を来るとジェイドが説明する。

「ユズが、オニキス殿のことを気にかけていました。」

「嘘だろ、俺はこの方、妹に気にかけてもらったことはない。」

それもそれでどうなのだ、と思うが、オニキスには社交辞令は通用しないらしい。

オニキスの部屋から、リンファが出てきた。

「「あ」」

ジェイドとリンファの声がかぶる。なぜ、朝、彼女がそこから出てくるのか、ジェイドは回らない頭で考えて、結論が出た。

「え・・・え!?」

オニキスとリンファを見て、ああ、そういうことか、皆まで言うまい、と心を落ち着ける。

「夜伽を頼んだ」

「せっかく言わないでおいたのに暴露しないでくださいよ!ちょっとリンファに気を遣って!?」

ジェイドはもう突っ込まずにはいられなかった。リンファは耳まで真っ赤にして、オニキスの脛に思い切り蹴りを入れる。痛みにうずくまる彼を置いて、ジェイドを引っ張っていく。

「な、内緒にしてくださいっ、」

「普通は、言わないだろ・・・オニキス殿に言った方が良いんじゃ;」

「ほんっと、デリカシーの欠片もない!二度と応じるか!」

どうして彼女がオニキスの夜伽に応じることになったのかは昨日にさかのぼる。


オニキスは、何人かの魔法騎士団とジュリアナの瘴気の浄化に付き添っていた。ウラヌスタリアの南地区に、変な植物が生えていて、悪魔由来の植物である可能性が高いのだが、ジュリアナの聖なる浄化の力や光の魔法にもビクともしない。リンファもその場にいた。「形はバラ科の植物のような気がします」

「棘はないようですね」

「りんご、でしょうか。」

「悪魔とりんご、何か書物で見たかも」

リンファを中心とする研究班は肩を並べてその植物をまじまじと観察した。

「あんまり近寄らない方がいいんじゃない?」

ジュリアナは呆れたように言う。

「できれば持ち帰って研究したいところよね」

「悪魔由来ではない可能性もありますか?瘴気に対応できる植物があるなら、大発見です。」

「こちらにも謎の植物が!紫色の葉です。」

この地区は少量であるが、農作物を作っていた地区だったと記憶している。リンファは棒で突いて、りんごの苗が動かないと分かると、一応手袋をはめて、それを引っこ抜いた。根には、小さい裸のおじさんのような生き物がぶら下がっている。目が合って、にやりと笑う奇妙な生き物。リンファは見なかったことにしてそれを埋めなおした。

「おおおおおお、オニキス、オニキス!」

「なんだ、ひっつくな、うっとおしい」

「あれあれ、あれなんとかして!」

リンファが埋めた小さい珍妙な裸の中年親父は土の中から何体もはい出てきた。

「股間くらい隠せねえのか」

オニキスはため息をつきながら、りんごの苗を頭にくっつけている珍妙な生物を蹴っ飛ばした。生物が生物をなぎ倒し、ボウリングのピンのように転がっていく。自分にはぶつかっていないのに隣が倒れたから倒れたものもいた。知能は低いようである。

「・・・うーん、メリッサの発明する生き物って割と気持ち悪いわね」

ジュリアナはそんな感想を述べた。ギャギャギャギャと足に噛みついてくる生き物に聖なる光は効かないので、等身大の杖でぶっ飛ばすに留める。攻撃魔法は効くらしく、リンファは植物には炎と火の魔法を放っている。

しかし自然界の原理に則ってそうされることを想定済みだったようで、火の魔法をまとって、その気持ち悪い生物は巨大化した。それはもう巨人並みに。股間にぶら下がっているものがグロテスクすぎて、リンファはぷるぷる震える。そんなものは清純な女子どもに見せるものではないのだ。自分が清純だとは言わないが。

「あれをぶった切る」

「りりりり、リンファ様っ、落ち着いてくださいっ、ぶった切って変なものが出てきても困ります!」

部下が冷静なのかそうでないのか分からないことをリンファに言ってくる。出てきても困らないようにするには、ぶった切る前に凍らせるしかない。部下に指示を出して、一斉に氷魔法をかけた。巨人は固まって、オニキスが頭から半分にしてしまう。彼の持つ剣の切れ味のすごさが分かる。一体は倒せたが、巨人化に反応したのか次々それらは巨大化して、苗からはりんごが実っている。そしてそのりんごはごろごろ落ちてまた地に根を張った。巨人はこちらに襲い掛かって来る。踏みつぶそうとしたり、食べようとしたりさまざまだ。捕まった部下を助けようとして、リンファは遠くに投げられそうだったが、その腕をオニキスが切ってくれた。

物理的攻撃が有効らしく、リンファは剣を魔法騎士団に配って、オニキスに続くように指示する。巨人はりんごを食べると狂暴化した。

「ジュリアナ様、避難してっ」

リンファはジュリアナを後ろまで下がらせる。悪魔には強いジュリアナだが、それを見越されているかのような対応具合である。狂暴化した巨人はオニキスを叩き潰そうとして地団太を踏んでいるように見える。巨人は凍らせて切らなければ、大量の瘴気を出してしぼんで消えた。その瘴気は浴びれば、卒倒するくらいの威力を放っていた。噴き出た瘴気は瞬間にジュリアナが聖なる光で浄化した。ちなみに倒れた魔法使いも浄化してやる。下手すれば死人が出る。

「これ全部そうなの!?」

およそ見えるだけで三十体ほどいる。

「なるべく凍らせますね!」

リンファは急いだ。杖を地面に突き刺して、辺り一帯を凍らせていく。足元から巨人が凍るが、弱いのか力で脱出してしまう。最初に固定しなければならない。木の属性の魔法使いが植物を土から生やし、弦や苗で巨人を縛った。が、これも怪力の前には空しくはじかれてしまう。

一匹一匹を倒していくしかない。巨人がりんごを食べて狂暴化する。リンファの近くにも拳を振り落とす。

「下がりましょう、リンファ様」

オニキスは待っていられないのか、瘴気が出るのも厭わずに巨人を切り伏せ、ジュリアナがそれを浄化するの繰り返しだ。

「りんごを集めて、これ以上増やさないのが先決だわ!」

リンファはじめ研究班はりんごを集めて、それを凍らせた。


オニキスは数体狂暴化した巨人を相手にして、首にりんごの形があることに気が付いた。魔法生物を生成するとき、あの悪魔の目玉のように核になる何かがあって、今回はきっとそのりんごがそれだ。首のりんごの型に剣を突き刺せば、瘴気を放たずに巨人は消えた。

次々巨人を倒していけば、一匹奇妙な動きをしていた。他の巨人と違って、人間並みのサイズだ。巨人に率先してりんごを与えて、指示を出している。オニキスがそれに斬りかかろうとすると、巨人が捨て身で間に入り込んでくる。捨て身技とは、命を顧みないので、油断すれば、もろに攻撃をくらってしまう。オニキスは腕で身を庇いながら、数メートル吹き飛ばされた。打ち身と、打撲。骨は折れていないようだ。捨て身で庇うということは、それは奴らの弱点ということである。オニキスは剣を握って走る。

巨人は慌てて、自ら瘴気を発して、オニキスを近づけまいとした。その小さい珍妙なものを皆で守ろうと囲んでいる。血が、巨人の足元から出ていて、その人間の大きさの一匹は潰されて、死んでいた。それをみた巨人たちは、おおおおおおおと吼えて、自ら命を絶っていく。そして辺りは瘴気で溢れかえった。

「・・・悪手だったか」

土地を浄化に来たはずなのに、さっきよりも数段に汚してしまった気が否めない。

とりあえず、巨人の脅威は去った。

「大丈夫!?ジュリアナ様に治してもらいましょう!」

リンファがオニキスの怪我を心配した。

「いや、大聖女には土地のほうを頼んでくれ。」

「いったんは引くわよ。もう夜か昼かも分からないわ。」

聖女の力を持ってもここまで強い瘴気ははじめてだった。

ジュリアナはエルドラドに報告に行く、と足早に地下都市を突っ切っていった。


「オニキス、怪我の手当をするわ。」

リンファも少しなら聖魔法を使えるので、そう申し出た。

「風呂に入ってからでいい。」

「逆に痛くない?」

リンファは顔を顰めたが、オニキスは聞く耳を持たないようだった。とりあえず時間を置いて、彼の部屋を訪ねる。自分で包帯を綺麗に巻いていた。怪我には慣れているのだろう。魔法がある方がオニキスの日常にはなかったのだ。

「りんご、調べたんだろ」

「ええ、今解剖中。シミカドルの生成過程のグラノヘクチンが入っているってところまで

は分かったけど。」

オニキスの腕に治癒魔法を当てながら、リンファは応えた。

「ということは、よ。やっぱりメリッサが作った生物ってことに帰結する。あと、どこか痛いところはない?」

見てわかる外傷には魔法を当てた。

「ちょっと話せるか。」

「改まって言われると、気持ち悪いんだけど。」

リンファはオニキスの真剣な目は少し苦手だ。なんだか胸のあたりがぞわぞわする。とりあえず、そばにあった椅子に腰かける。

「お前子どもがいるんだってな」

「ええ、四歳になる男の子が一人。」

本当はもう一人生まれるはずだった。二年前にあんなことがあって、夫も死んで、リンファは流産してしまったのだ。でもそれは聞かれていないので、話さなくても良いことだ。流産したことは一部の医者しか知らなくて、エルドラドともその時は信頼関係ができていなかったことを思い出す。

「なら、なんで死にたかったんだ?子どもというものは、そういうのの抑止力になると聞いた。ましてや旦那が死んだなら、お前は生きるべきだろう」

痛いところをついてくるな、とリンファは笑った。

「・・・忘れられちゃってたの。子ども預けて、仕事している方が楽だって、逃げてたから。あなたが来てくれて、ちょっとは落ち着いた、だから久しぶりに会いに行った。薄情よね、あの子を見れば、夫を思い出すから、会えなかったなんて言い訳で、私が悪いのに。でも子どもって正直でしょ。分かるのよ、自分に愛情を持ってくれてるかどうかとか。情けなくて、死にたくなった。」

それがあのときだ。今は割り切って、仕事をしているし、忘れられようとも会いに行って、自分が母親なのだと話して聞かせている。胡散臭そうには見られているけど、ジークは紛れもなく自分と夫の子どもである。まだ、理解できないだけだ。オニキスは黙って聞いているらしかった。この男にそんな話をしているのはおかしい気がした。そんな話に興味なんてないし、情の一つも持ち合わせていないような男だと思ったからだ。リンファは怪訝にオニキスをのぞき込む。

「別に今はそう思ってないわ。あなたにも足手まといって言われたし、その通りだって思ったから」

「そうか」

話は済んだのだろうか。ならリンファはいつまでもここにいるわけにはいかない。りんごのことも気になるし、明日は休暇をもらって息子に会いに行く予定だ。立ち上がろうとすれば、手を引かれて、ベッドに座るオニキスの隣に尻もちをついた。

「お前、エルのことが好きなのか」

突拍子もなく話が変わった。

「上司として尊敬してます。」

それ以上の感情を持ち合わせるのは王弟殿下に対して不敬である、とリンファは思う。

「エルドラド様って実際この2年半の付き合いだわ。私はずっとフェイト王に忠誠を誓ってきていて、その弟殿下、という認識よ。」

「へえ、初めて聞いた。」

オニキスからすればエルドラドはリンファには特別目をかけているように見えた。他の魔法使いたちとは一線を画している。ナンバー2の立ち位置にいるからなのか、それ以上なのか、オニキスには分からない。

「どっちかっていえばエルドラド様よりジェイド様との方が親交があったわ。エル様って11歳の時ウィザードランドへ行って、17歳で魔術師協会へ就職なさって、20歳でヘルメス四世を賜ってって結構多忙だったのよ。滅多にここへは帰らないし、あの日もジェイド様の誕生日のために帰ってきていたようなものだもの」

「で、エルのことはどう思うんだ。」

そんなことを聞いて、この男はどうするというのだろうか。リンファには真意が分からない。

「尊敬できるし、責任感があって思慮深い方と思う。ただ、本人はそういう責任とか本当は無視して、自由にやりたいのだろうな、と思うのよ。今回のことだって、私たち国民のことを庇わなくていいなら、きっと悪魔と一騎打ちして討ち死にも辞さないくらいの気概を持った方だと聞いていたから。だから、足かせになってしまっていること、申し訳なく、思ってる。」

それも、オニキスは初めて聞いた。エルドラドのことを分かってきたつもりで、全然わかっていなかった。穏やかでにこにことしていて、こっちに気遣ってくれて、今はトップとしてどう動くのが最善かをつねに考えている、そういう姿を見て、それが素なのだとばかり思っていた。

「私がもっとお力になれたらって思うけど・・・できることは魔法研究ぐらいだわ。」

「そうか、リンファ、俺は別にそういうことが聞きたいんじゃないんだ。」

「はあ?」

オニキスは意図せずエルドラドのことを知ることができたが、今聞きたいことではない。

「お前にとってエルは男としてはありなのかなしなのか」

「・・・そんなこと聞いてどうするの?」

「大事なことだろう」

「意味が分からないけど、」

エルドラドはこの状況でなければ普通に結婚を考える年齢である。このまま悪魔を倒して、メリッサを捕まえて、世界に安寧が戻れば、エルドラドが国王代理からカサブランカ王女の後見になるから、実質国王になる。リンファは一気にそんなことを話したが、それも別にオニキスの聞きたいことではない。

「リンファ、お前はどうしてそんなに話が通じない」

「・・・オニキス、きっと私たち相性が良くないのよ。」

オニキスは聞いていることに答えてほしいだけだ。リンファは先回りして真意を探ってしまう。それでは致命的に話がかみ合わない。

「お前がエルのことが好きなら、断ってほしい」

オニキスは言う。

「単刀直入に、夜伽をしてくれないか。」

ムードも何も考えるのが疲れて、オニキスは切り出した。一応リンファの気持ちを聞くのだ大事だと思ったが、もうこの女に回りくどく口説いても無駄だと理解した。

「・・・ああ、相手を用意しろってこと?」

そしてまだ伝わらない。オニキスも大概言葉が足りないのだ。ユズの口下手をバカにできないくらいには、大事なことを何一つ言わない。

「お前が相手すればいいだろう」

「それは私の仕事じゃないでしょ。」

「今、お前がここにいる。俺はそれを求めてる。それ以外何か必要か。」

直球で要求されて、リンファは面食らった。

リンファだって、夫と最後にしたのを思い出せないくらいご無沙汰だった。

「あ、ちょっと待って、オニキス、血迷うんじゃないわよ、私はうら若い乙女ってわけじゃないし、」

「別に構わない。俺は商売女しか相手にしたことがない。女の喜ばせ方は知らん。」

「すっごくしたくなくなるようなこと言わないでよ」

リンファは武人にそういうときがあることは理解しているし、自分がそういうのに役に立つとは思えなかったが、彼は国の要人として迎え入れている。だとしても相手が自分である必要性は感じなかった。

「あ、頭でも打ったの?あんた私のこと女じゃないとか淑女じゃないとか、バカにしてたじゃない。」

端正な無表情の顔が近づいてきて、唇が重なる。自分から女にキスをしたのは初めてだ・・・なんて信じられない言葉聞こえた。

「言葉が必要か?なんて言ってほしい?」

「・・・自分で考えてっ」

抱き寄せられて、横たえられて、逞しい身体、厚い胸板、自分の頭くらいある二の腕にドキドキする。ドキドキなんてしたら負けだ。これはただの、そういう欲を鎮める行為であって、決して愛があるわけではない。もうこの人生で二度はないと思っていたこの身体を交えるという行為を、リンファはまた体験することになるとは思わなかった。


そして朝になった。裸のオニキスの腕を枕にして寝ていた。力の入っていない筋肉は柔らかくて気持ちが良い。人の体温を近くに感じるのも、久しぶりで、リンファは幸福ホルモンが自分の脳内を満たしていることを癪に思う。別にうまいとか下手とか、そういうのは感じる余裕など恥ずかしながらなかった。二回、三回、体位を変えて、果てて、そのまま眠って、今に至る。身体が喜んでいて、もう脳内がお花畑で、それには困っていた。

オニキスと、一線を超えてしまった。別に彼にとっては何ともないことなのだろう。大きい戦が近づいているから、気が昂ったとか、理由を付ければいくらでも出てくる。リンファだって子どもでもないし生娘でもないし、今は未亡人なのだから、自分も誰も、咎めるような人はいない。二夫には見えない、とかカッコいいけれど、そんなことは言えなかった。少なからず彼に惹かれているのだろう。しかし、賓客ましてや自国のために戦ってくれる人相手に対し、自分の気持ちだなんて些末なことだ。この人は面倒なことは嫌う。今まで接してきて、それは分かる。だから自分も普通にしていなくてはならない。なるべく普通に。

身じろぎをして、布団から出る。部屋の空気が少し冷えて、裸の身体にとりあえず、シャツをまとう。散らばった衣服をまとめて、オニキスのものは一応畳んでやる。

「リンファ」

「え、あ、起きたの。服、着る?」

「朝はもう一回して、一緒に風呂に入るらしい」

「殴るわよ。それはラブラブな新婚夫婦がやることだわ」

オニキスは商売女からそう聞いたのだと寝ぼけながら言う。残念ながら自分たちはラブラブなわけでも夫婦でもない。リンファはため息をついて、自分の衣服を整えていく。

「・・・なら、俺は朝の鍛錬に行く。」

断られたのが気に入らなかったのか、すんと無表情になって、オニキスも服を着た。部屋から出るのは、時間差にして、なるべく誰にも会わないようにしなければ、とリンファは思った。でもこの階にはオニキスの部屋しかなかったかも、と油断して、オニキスが出て、五分も経たないうちに部屋の戸を開けてしまった。

「「あ」」


と回想が終わる。

「お久しぶりですね、長旅大変ご足労だったと心中お察しします。」

「ああ、リンファにも苦労をかけた。」

「無事に帰ってきてくれて良かった!本当に!」

リンファは嬉しくて涙が出る。ジェイドは年の近い弟のようなものだった。

「今日のご予定は?何かお手伝いしましょうか」

「お前は今日は休暇だと聞いているぞ、メビウスに行くなら一緒に行こうか。」

オニキスは、リンファが休暇だなんて聞いていないのに、なぜジェイドは知っているのか疑問に思う。休暇なら、朝やっても良かったじゃないか。なんなら一日中ずっと一緒にいても良かった。意味が分からない、しかも親しそうだ。腹が立つ。


「俺も行く。連れて行ってくれ。」

オニキスが外へ行くのは珍しいことだ。ユズへの贈り物を買いに行ったとき以来だろうか。

「甘えないでよ、自分で来なさい」

「リンファ、リンファ・・・もうちょっと優しくしよう。」

一線超えた男女の中には到底思えない彼女のオニキスに対する接し方にジェイドは既視感があった。アレクシスに塩対応をするユズを思い出した。きっとオニキスの接し方の問題なのだろうと思うのだが、リンファが折れてくれた方がありがたい。幸い、オニキスは鈍いのか落ち込まない質のようで、同行を許されたのが嬉しいと滅多に見せない微笑みが見えていた。

「リンファ、リンファ、今日は首の隠れる服が良いと思う」

ジェイドはリンファに耳打ちをする。

「・・・ありがとね、あなたは昔から気遣いが出来ていい子よね」

リンファは涙ぐんで、ジェイドの帰還を喜ぶ。ここ最近殺伐としていた王国に、彼が帰還したことはリンファにとっては癒し以外の何物でもない。全人類の男がジェイドのようだったら、こんなに平和なことはないのに。

「じゃあ、あとで」

リンファは手を振って去っていく。

「あ、オニキス殿、朝食はどうします?」

「朝飯前に鍛錬してくる。」

「はい、では九時に地下一階のゲート前で待ってますね」

ジェイドも簡潔にそう伝えて、去っていった。

オニキスは普段よりすっきりしていたし、朝日もいつもより煌めいて見えた。今日は、きっといい日になりそうだ、と剣を持って出かけて行った。




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