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ジュピタル王国英雄記  作者: ヤー子
第五章 魔術師協会事変

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支部への潜入


翌朝、ユズは早く目が覚めて、服装を整えて、ウラヌスの剣をいつもジェイドがしているように背負った。専用の剣帯があって刃先を丁寧に布で包んでその帯に倒すのだ。腰には自分の剣帯もあって、これもそう言えば最初の旅先でセレスの剣をもらったときの鍛冶屋で購入したな、なんてことを思い出す。

ウラヌスの剣と寝てもまったく眠れなくて、鏡には疲れの全く取れていない自分の不細工な顔が映る。ゆっくり食堂に降りれば、宿のメイドが朝食を持ってきてくれた。

「おはよう、ユズ、早いな」

「おはようジェイド。」

ジェイドが隣に座って、オムレツの半熟具合や焼き魚の焼き具合が絶妙だと美味しそうに朝食を食べている。ユズはなるべく深刻そうには見えないように、だけどぎこちなく相槌を打つのにも疲れて、ぼーっとコーヒーを飲みながら窓の外を見た。今日は雪が降っている。積もりそうな雪だと思った。

「ユズ・・・なんか、ごめんな。苦労をかけてるよな。俺もこんなつもりじゃなく、最速で国へ帰る予定ではいたんだよ。」

「ジェイドが謝ることじゃない。あなたが一番大変なんだから。私があなたに気を遣わせてはだめって、アレクとも話してるんだ。私が、何にも分かってないのが悪い。勉強でもしてるわ。どうか、あまり無理をしないでね」

ジェイドのほうは見れなかった。顔を見たら、言うべきことと違うことを言ってしまいそうだった。ユズがアレクシスのように彼の話をしっかり理解して、彼の手助けになる意見を言えたら良いのに。些細なことで不安を感じなくなるくらい、精神面が鍛えられたら良いのに。そしたらこんなに苦しくなることなんてないだろう。


「ちょっと、部屋に来てくれないか」

何を思ったのか、ジェイドはユズの手を取って立ち上がり、客室への階段を駆け上り、自室へ入ってドアを閉めたなりぎゅうっとユズを腕の中に閉じ込めた。

「じぇ、ど、くるし」

ユズが抵抗すれば、彼の抱擁なんてすぐ解けるのに、ユズはぎゅうぎゅう締め付ける抱擁にどうしてか胸が熱くなって、涙も出てきて、顔を彼の胸にくっつけて隠した。

「ごめん、ごめんな。相談なく勝手に決めて。俺の人生は、お前のものだった。」

共に生きてほしいと、彼女に言っておきながら、自分を勘定に含めないで話を進めたことを、ユズはもっと怒っていいはずだ。でもジェイドが決めたことなら、と尊重しようとしてくれる彼女の優しさに、ジェイドは甘えていたのだ。

「必ず、生きて戻るから。」

ユズの顔を見たい、と腕を緩めるけど、ユズは顔を上げてくれない。頬を包み込むようにして促せば、やっぱり涙で濡れてしまっている。寝不足なうえに泣いたらとんでもなく不細工だろうと、顔を上げられるわけがない。

「ユズ、顔を見せてくれ。」

目尻にキスが降ってきて、涙を掬っていく。右の目、左の目、涙を啄むようにキスが降ってくる。そしてゆっくり温かくて柔らかくて優しい唇の感触がユズの唇に伝わってきた。苦しくて切なくて、息もできないような気持なのに、初めて感じる好きな人とのキスに体温が二度くらい上がった感覚だった。唇は一度離れて、ユズは伏せていた瞼を開いて至近距離にある翡翠色の目をぼんやり見つめた。鼻先が触れ合って、もう一度唇が重なる。心臓が熱くなって痛いくらい鳴っていて、ジェイドに聞こえてしまうんじゃないかと思った。こういうときは、きっと何も考えられないし、考えるべきじゃないのか、とユズは思った。気持ちいい、のかもしれない、けどやっぱり苦しいな・・・、別に息の仕方も分からなくなるような深い口づけってわけでもないのに。

「・・・なんか、言ってくれよ」

ぼーっとされるがままのユズの目じりの涙をそっと指で掬う。

「・・・私は、だって頼りないし、私だって私なんか相談相手に選ばない。もっと、あなたの役に立てるようになりたい。そばにいたいの。」

「ここにきて、泣かせるなよ。悪かったから、本当に。もっと、俺に言いたいことがあれば、ちゃんと言ってほしい。お前のことは何でも、できるだけ聞いてやりたいって思ってる。」

ユズの言うことなんて、聞いてやれるのはもう本当にあとわずかなのだ。だからなるべく彼女の願いとか、わがままとかを叶えてやりたいのは自分のエゴだと理解している。ユズはそのへんの女の子が言うようなわがままは言わないことも知っている。だから、何かと気にかけないといけないと分かっていたはずだった。

「ジェイド、私のことは気にしないで。私はあなたの邪魔になりたくない。ジェイドがやりたいこと、やるべきことを助けるのが私の役割だ。ジェイドの決めたことに従う。」

凛とした綺麗な飴色の目がこちらを見つめて、微笑んでくれる。

「ごめんね、もっとうまく立ち回れるようにしないと。また、アレクに怒られる。」

ジェイドはもやもやした。聞き分けが良すぎるし、わがままも全然言ってくれない。ユズが良い子過ぎてジェイドは胸が痛んだ。もうとにかく甘やかしたい。何をしたら、何を言ったら彼女が喜んでくれるのだろう。

「ええっと、とりあえず、座ろうか」

あれ、これはアウトか。密室に好きな子を連れ込んで、ベッドに座らせるのはアレクシスにばれたらいけないやつか。ジェイドは頭の中では冷静に状況を整理する。

「腹は減ってないか?お茶でも入れようか。あ、これ・・・もっと小さくして、そうだな、こっちの耳にピアスみたいにつけておこうか。」

ユズの背負っていた剣をジェイドはおろして、こいつをどうにかこうにかカムフラージュできないか考える。

「穴開けるの?ちょっと痛いよね」

「イヤリングでも、落ちないようにする魔法はかけられるから、穴は別に開けなくてもいい。」

そんなこんなで小さくなったウラヌスの剣が、耳飾りになってユズの左耳にくっつくことになった。

「可愛いね、」

ユズは手鏡に左の耳を映して、機嫌が良さそうだ。あまりものには執着しない子だが、贈り物はとても喜んで大事に使ってくれる。

「うん、似合う。お前も、気をつけてな。」

顔には出さないようにしようと思うけれど、ユズはやっぱり心配だった。彼は自分で捕まりに行くのだ。しかも丸腰で。酷い目に遭わされたり、怪我をさせられたりしないだろうか。ジェイドがいつもしてくれるように、ユズは右側にいる彼の左手にそっと手を重ねる。ジェイドは手の甲を返して、ユズの手を握った。

「ユズ、好きだよ。愛してる。」

嘘みたいに優しくジェイドが微笑んでくれて、心がぽわぽわと暖かくなる。きっと頬も熱を持っている気がする。ユズは一度頷いて、自分の気持ちも伝えなくては隣を見たら、思ったより近くに顔があって、今日は三度目になるキスが送られた。唇の感触を伝えあうように、合わせて、ジェイドはユズの柔らかくて温かいそれを優しく食むように唇を動かす。フレンチキスではないけれど、ちょっとエッチな感じがして、ぎゅっとユズはジェイドの握った手に力を入れた。ちゅっとリップ音が鳴って、一度離れて、熱の孕んだ綺麗な双眸に、言いたいことも飲み込まれていく。

「好き」ユズは小さく、短く、それだけ言えば、彼は笑って、またキスをしてくれた。

するっとジェイドの右手が太ももを撫でるから、ユズはびくっと身体を跳ねさせた。すっかりリラックスしていたようだった。

「だ、だめだよなんか、」

「ごめんごめん、ん、可愛い」

「ジェイド、そういえばいいと思ってるっ」

ジェイドはユズの後頭部を撫でて、左の耳飾りを撫でながら右耳のエメラルドのピアスのついている耳たぶをぱくりと口に含んだ。

「ひぇ」ユズは身体を固くして震える。なんかいつも、そういう雰囲気になるとき、それから始まるような気がして、バクバクと心臓が熱い。

「この先をしても、良いか」

「いまはあさだよ」

ユズは目に涙を浮かべてたどたどしく首を振った。可愛いしかない。そんなんで止まれるか、この涙はさっきの涙とは違う。

「だってユズは、この先に興味津々だろ?」

「きょうみは、あるけど・・・あの、じっせんは、もうちょっと、くらい方がよくって」

「無理、可愛い、好き」

ジェイドは理性が働いてくれなくて、とりあえずぎゅっとユズを抱きしめる。

「じゃあ、暗いときにおいで。」

耳元でそう囁く。

「バカじゃないの、もう、行こう!朝ごはん、続き!」

ユズはベッドから立ち上がって、ジェイドの手を引っ張って部屋の戸を開けた。アレクシスと鉢合わせた。

「・・・何やってんだ、朝から二人で」

怪訝そうにアレクシスは聞いた。

「ユズが忍び込んだか」

「いや違う、俺が連れ込んだ」

「なお悪いわ」

ゴツとアレクシスはジェイドに拳骨を落とした。連れ込んだのはついさっきで、夜は一人だったんだと説明はしたが、前科があるので信じてはもらえないようだ。

「変態には近づくな。オニキス様からも言われてんだろ。」

「・・・わかった」

ユズは珍しくアレクシスに反抗せずに素直に聞き分けた。先に食堂に降りて行ってしまう。

「え、俺は変態認定されてんの?別にいいけど、ユズ限定だよ、俺は」

「気持ち悪い」

「アレクだって似たようなもんだろ。」

「うるせえ死ね」

アレクシスは精神力が強いから、吸血鬼に操られでもしなければ、きっとユズと二人でいても手を出すことなんてないのだろう。あくまで侯爵令嬢と騎士の関係だ。ジュピタル内でも貴族間と平民は価値観が違うし、王都ユーピテルはドラココやフェニックスに比べれば、保守的な価値観が浸透している。現にアレクシスにはお堅いところもあって、正式な手続きが完了するまではたぶんユズに手は出さないのだ。ジェイドはその点、緩い国だったので、欲望に忠実になってしまうし、ユズもジェイドにならどうこうされても構わない、なんて思っているので、こういう状況が生まれる。だけどこれでユズにも自覚云々ができたのではないかと感じた。夜に、自分の部屋を訪ねてくることはきっとなくなる。ユズはアレクシスと同じお堅い国の習慣で育っている。だからそういうのに興味はあっても実践となると躊躇するのだろう。結婚式を経てからの初めての夜に、そういうことをしたいのだ。

「早く、結婚したい」

思わず心の声が漏れた。

「異議しかねえんだが」

「・・・ですよね」

強引に漕ぎつけたとしても、何事もなく結婚式が終わる気がしなくて、ジェイドはため息をついた。


***


オートリアに魔術師協会の支部があるので、ジェイドはそこに向かった。

「ご用件は」

受付嬢が愛想なく聞いた。

「ヘルメス四世の身内ですが、兄と連絡を取りたいんです。取り次いでもらえますか。」

「はい、少々お待ちくださいね。これに記入お願いします。」

受付嬢は機械的に手続きを促した。

「弟さんってことですねー。電話を取り次ぐので、四番窓口へどうぞー」

四番窓口は個室だった。古めかしい電話が一つ置いてある。電話といえども線も何もつながっていない。ただの器具だ。それがジリリリと音が鳴ったので、ジェイドは受話器を取った。

「もしもし」

『もしもし、ヘルメス四世にお取次ぎしたところ、しばらく保留ということです。待ちますか?』

「はい、待ちます」

『では、もうしばらくお待ちください。』

いったん電話を置いて、ジェイドは本を開いた。聖獣と悪魔の関係性について書かれてある箇所だ。

―聖獣は悪魔を食らい、悪しき魔力は聖なる力になる故、聖獣は悪魔の魔力を好むとされる。聖獣の加護により、その聖獣を悪魔のもとに召喚することができ、その聖獣は悪魔を食らうまで、そこにとどまり続ける。―

それなら、ウラヌスタリアで聖獣を召喚して、封印したらやはりジュピタルの聖獣はいなくなってしまう、ということにならないだろうか。ならばウラヌスタリアでやらなければならないことは封印ではなく、悪魔の掃滅だ。悪魔を食ってもらうために召喚する、ということになる。そして悪魔を食えば、国へ戻る、ということだ。

―聖獣により悪魔を滅殺した場合、悪魔によって齎された災厄の回復・修復が可能である。悪魔に荒らされた土地には緑が増え、聖獣が好む環境ができる―

緑化がキーワード、とセドリックが言っていた。ここは、少し引っかかるな・・とジェイドは本に付箋を貼った。ジリリリと電話が鳴った。

「もしもし」

『ジェイドか。エルドラドだ。』

「兄貴、今どこにいる?」

声はエルドラドの声だけど、ここが魔術師協会のテリトリーということで、ジェイドは疑っていた。

『例の地下都市にいる。・・・無事か。』

「まあ、今のところは。」

『巻き込んでしまい、すまない。』

エルドラドは言葉少なげだ。彼もまた話せることは限られていることを知っているのだろう。この電話はおそらく盗聴されている。なら、電話は本人で間違いない。

『大魔法使いは今の代で数えて5人。私とメリッサ。そのほかにパトリオット七世、ジュリアナ三世、クリストフ五世。』

エルドラドの伝えようとしていることはジェイドはなんとなくだが分かった。この魔術師協会内の派閥を調べろ、ということだ。

『みな善良な魔法使いだ。きっとお前の助けになってくれる。』

「わかった。そっちの状況は?変わらず?」

『ああ、オニキスに頼りきりなのが心苦しいが。兄上がいらっしゃったらお嘆きになるだろうな。(部屋の外に二人いる。今、剣は持っているか?)』

さすが大魔法使い、電波も遠隔操作できるとは恐れ入る。頭の中に直接語り掛けてくる手法なんて普通はできない。

「フェイトの兄貴は騎士王様だったもんな、きっと自分が戦いたかったろうさ。(剣は置いてきた。俺は大人しく捕まるつもりでこのまま潜入する)」

『電波が途切れてきたな、また連絡をくれ。(気を付けろ。今のところメリッサに降ったのはクリストフだ。あとは連絡が取れない。)』

「ああ、無事を祈るよ。兄貴も気を付けて。」

ジェイドはゆっくり電話を置く。用事が済んだら部屋を出るのみだ。二人いると言っていた。

「探しましたよ、ウラヌスタリア王弟殿下。」

キッドとメルヴェルが待ち構えていた。キッドがにこやかに話しかける。

「久しぶりですね、何か用ですか?」

ジェイドもにこやかに対応する。

「手荷物と剣をお預かりしますね。王弟殿下に置かれましては、一緒にこちらへ来ていただきます。」

ジェイドは偽物の剣と荷物をメルヴェルに渡す。

「これって何語?ウラヌスタリアの言葉?」

「さあ、見たことないな。」

メルヴェルは妖狐の本を見て、眉をしかめる。

「東の魔導書なら大体、マルスかアーセナルの言葉で書かれているはずだ。西の魔法大国ウィザードランドの可能性もあるが。翻訳魔法は?」

「利きません。」

「ならジュピタルの本だろう。」

キッドはそう推測する、この男は頭が切れるタイプらしい。ジェイドはジュピタルで加護を集めていたのだから本を持っていても違和感はない。ジュピタルとアーセナルは一応同じ言語を標準語にしている。ジュピタルはしかし聖獣の各地での古文学も発展しているのだ。妖狐の里にもフェニックスにも古文で書かれたものがあったし、ドラゴンもドラゴンの言葉があり、研究がされている。

「それって、こっちに戻してもらえるのか」

「検分が終わって、問題がなければ、本くらいなら返しましょう。他にも読みたければ勝手にどうぞ。あなたの軟禁先は書庫の予定です。」

「軟禁というと、いつ出してもらえるんだ。」

「メリッサ三世が良いというまでです。」

「そのメリッサに会うことはできないのか」

「あなたごときが望むのは分不相応だな」

メルヴェルが、新調したらしい杖をつきつけて、ジェイドに歩くように促した。

「あのイケメン、今度会ったら杖の恨み、雪辱を果たすわ・・・」

ぶつぶつとアレクシスを呪っている。オートリア支部の地下を何階も降りて行って、奥の部屋に押し込まれる。古びた書物などが無造作に置かれてある埃っぽい部屋だ。

「王弟殿下を保護。剣もこちらの手にあると連絡してくる。メルはしばらくこの男を監視していろ」

保護なはずない。建前でそう言っているだけだ。

「はーい」

キッドは剣だけ受け取り出て行く。メルヴェルは間延びした返事をし、入口付近にある椅子に座り、ジェイドには寸分の興味ないようだ。

ジェイドは妖狐の本の続きを読むことにした。

―悪魔による災厄とは、土地の瘴気、魔獣の出没に起因する。この悪魔の瘴気はシミカドルの研究に大いに影響を及ぼしている。―

シミカドルのことまで書かれているということは、この本は最新年度の研究まで更新されているようだ。タマモが常に世界中の論文や情報を収集して書き足して行っているのだろう。悪魔の瘴気とシミカドルが関係している。シミカドルを研究しているメリッサは悪魔と密接な結びつきがある、ということだ。


バタン、と扉が開いて、キッドが近づいてくる。

「この剣は偽物だな。本物はどこに?」

「持ってきてない。」

取られると分かって持ってくるほど、ジェイドはお人よしではないのだ。

「・・・」

キッドはアメジスト色の目で、心を読む魔法を使っているようだ。ウラヌスの剣がなくとも精神系魔法の対抗は鍛えられているので、ジェイドは見つめ返すにとどめた。男と見つめ合う趣味はないのだが、ユズは言っていた、目をそらしたら負けだと。彼女の謎理論を可愛いと思いつつ、気だるげにキッドを見る。

「メル、こいつの連れがいたはずだ。お前が杖を折られた」

「はい、あいつ今度会ったらめっためたに切り裂き呪文で痛めつけてやります!」

「探し出して、捕えろ。容疑は王弟殿下の剣の盗難だ。」

メルヴェルはにやりとした。

「いますぐ指名手配をかけます!」


***


ジェイドを送り出して、ユズとアレクシスも一応ローブのフードをかぶって、彼が魔術師協会のオートリア支部に入っていくところまでは隠れてついて行った。

普通なら、三十分、一時間くらいで出てくるのでは、と思ったが、ジェイドが出てくる気配はない。

「昼でも食いに行くか。」

アレクシスがユズに声を掛ける。ファストフードというものに興味があったので、ハンバーガー店に入った。注文するとすぐに出来立てが出てくるのだ。

「で、ナターシャ。」

「なあにアレク♡」

話が噛み合わない。どうしてこっちにナターシャをよこすんだ、セドリック・・・とアレクシスはため息が出る。

「ジェイドは?」

「ヘルメス四世とは話して、そのあと連れていかれたわ。地下三階の奥の部屋よ。」

「助けに行った方が良い?」

「うーん、まだ動かない方がいいと思うわ。ユズちゃん、このポテトって美味しくてくせになるわよ。」

ナターシャはユズのポテトを摘まみながら、アレクシスにあーんしてあげていた。アレクシスは操られたのか、ぼーっとして口を開け、ポテトを咀嚼した。

「おまっ!お前無意識に支配すんな!?」

我に返ったアレクシスは決めた。ナターシャとは目を合わせてはいけない。ナターシャは一度アレクシスの血を吸っているから、ある程度、意のままにできるようだ。しかし彼がだいぶ反抗するので、普通の人間よりは操りにくいと言う。あえてアレクシスを駒にしようとは思わない、と肩をすくめる。

ユズも面白半分で、アレクシスの口にポテトを運んだ。アレクシスはいらっとして、ユズの手を掴んで、指ごとポテトを口に含んで、その指についた塩を舐めてやった。

「ぎゃー!アレク!何してんだ、バカ!」

「調子に乗るからだろ」

ユズは叫んで飛び上がって、指を見ておろおろした。開き直ってしまえば、ユズのそんなところは可愛くて仕方がない。今朝二人きりでジェイドの部屋にいて何をしていたかの詮索はしないが、少し当たりたくもなる。彼女が他の男のものになることは、今段階で、相手がジェイドでも受け入れることはできない。誰が好きだとかは彼女の意思で、そこに自分は含まれないのだとしても、正式に結婚するまでは専属護衛騎士として彼女の貞操を守るのは自分の使命である。私情もあるのだが、それはグリフォンに誓っていることだ。

「エッチだ、なんで最近、みんな意地悪なんだ・・・」

ユズは指を見つめて、震えている。しょうがないからアレクシスはユズの指を濡れた布巾で拭いてやった。

「ユズちゃんが魅力的ってことよ」

ナターシャがユズを慰めてくれた。

「指舐めたぐらいで、そんなんじゃ先が思いやられるな」

「うるさい!アレクなんか、アレクのくせに」

ユズは悪口を言っているつもりで悪口になっていない。

「じゃあ、ほら、俺が食わせて差し上げますよ。」

アレクシスはポテトをユズの口に運んだ。ユズはとてもじゃないが、これで指を舐めるなんて発想にはならなくて、預かってもらいながら、やっぱりアレクシスはユズに意地悪をしたのだ、と睨みつけた。

「今朝、ジェイドといたろ。だから腹が立った。」

アレクシスは観念した、というように自分のハンバーガーを頬ぼった。

「じぇ、あ・・・う、・・・」

謝るのもなんだか違う気がして、言葉が出てこなくなった。思い出したらだめだ。ダメだけどユズは手で顔を覆って、突っ伏した。勢いが良すぎて頭がごつっとテーブルにぶつかった。

「お前とジェイドが密室に二人きりでいるのは、俺は嫌だ。意味はわかってくれ。」

「・・・・はい」

「いいわー、初々しいわー」

ナターシャはまるでおばさんのようにユズとアレクシスを見守っていた。

「・・・あら、大変。アレク、指名手配されるみたいよ、ジェイドの剣を盗んだ容疑って。」

入ってきた新情報が喫緊を要するものだったので、ナターシャが教えてくれる。妖は便利だ。手を組んでよかった。セドリックはともかく、ナターシャはユズに味方してくれると昨日言ってくれた。

「指名手配か。初めての経験だ。」

「容姿を変えちゃいましょう!セド並みのイケメンにしてあげるわ、ええ、アレクはもうイケメンだけど。」

「十人並みで頼む。十人並みの気持ちを知りたい」

「・・・腹立つ、この男・・・」

全世界の十人並みの人をきっと敵に回した。

ナターシャがいるおかげで、指名手配に顔写真が掲載されても、とくに問題なく過ごすことができた。指名手配写真でもアレクシスはイケメンで、へたなアイドルよりもともすれば人気が出てしまいそうくらいだ。難しそうに顰めた顔も、何かエフェクトが飛んでいるのかというくらいキラキラして見える。指名手配犯がイケメンすぎる・・・とあちこちで声があがり、もうそこらへんの女子が血眼になって探している。

「これ、記念にアンダーソン卿に送ろうか」

手配書をユズは一通もらった。

「いらんだろ。」

十人並みになったアレクシスはそっけなく返す。誰がモデルなのだろうか、ストレートの髪の毛がくるくるのアフロで、目は榛色で小さいけどぱっちりとした二重で、鼻筋は通って、唇は厚い。十人並みなのか、それ以下なのか、ユズには判断できないが、これはアレクシスとは程遠い顔である。

手配されているのは、今のところアレクシスのみだ。ユズは一応ジュピタル内では侯爵位にあたるので、手配をかけるのに上がストップをかけたのかもしれない。アーセナルは敗戦国だからか、隣国との関係が悪化しそうになることに関しては慎重のようだ。

「しかし、その剣にだいぶ執着してんな。魔法使いなら使えんのか。加護に至っては剣じゃなくジェイドにやってるはずだから、ジェイドが剣を持たなきゃ発動しないはずだぞ。」

「加護が目的じゃなくて、剣自体が狙われてるってこと?」

「まあ、不思議な剣であることには違いないか。つか剣はどこにやったんだ」

「あ、耳。」

ユズは左耳を見せた。

「穴開けたのか?」

「イヤリング。魔法で落ちないって。」

これなら剣だとわからないし、持ち運びも可能だ。

「気に入らねえ。指輪も。」

ジェイドからユズに贈られたものはすべて気に入らない。アレクシスはそういう感情を隠さなくなってからはユズは別の意味で気恥ずかしくなってしまう。髪の毛で耳を隠して、ふわふわの帽子を被った上にフードを深くかぶった。同じ宿には泊まれないし、新しく泊まるところは手荷物検査や身体検査が厳しいようだ。変装がばれることはないだろうが、どこもかしこも警戒されている。


「あの、ちょっといいですか」

聞き覚えのある声だ。ユズが振り向けば、杖を突き付けられて、その杖をアレクシスが叩き切る。杖は瞬時に引っ込められ、四方からアレクシスに縄が向かってくる。ユズも応戦して向かってくる縄を剣で切っていく。ただの縄じゃない、剣に対応した縄だ。飛び跳ねてよければ地面がえぐれた。無事で捕まえる気はないようだ。

「その剣筋、見覚えがあるわよ。それとその剣もね!こいつらよ!捕まえて!」

メルヴェルはみーつけた、と悪魔のような顔でアレクシスを見ていた。

「剣まで変える発想なかったな。」

「大立ち回りする?」

アレクシスと背中合わせになる。ナターシャは影のように姿を消す。妖がそばについていることは魔術師協会には悟られないようにする、というのが総意である。


「お嬢様、怪我には注意しろ。俺は治せないからな。」

「はい!」

飛んでくる攻撃魔法を動体視力で避けて、三対一だろうと距離をつめていく。アレクシス曰く杖を破壊すればこっちのものということだ。魔法使いは距離を詰められれば、逃げ出し、距離を開けてまた攻撃してくる。メルヴェルは執拗にアレクシスに呪文を放っている。手下の魔法使いも駆使して、三つほど一気に攻撃を仕掛ける。向かってくる魔法は応戦して、避けられるものは避ける。アレクシスも動体視力と運動神経は人並みを優に超えているのだ。武力で魔法と渡り合うということは、こういうところも想定済みである。一流の騎士は何物にも屈してはならない。

雷は避け、光線は跳ね返し、縄はアレクシスの前では所詮、縄。硬化の魔法を使っていようとも、ぶった切れるものである。後ろのユズの動向もときどきは気にかけなければいけない。

「よそ見してんじゃないわよ!死ね!」

メルヴェルの放ったなんの呪いかは分からないが、アレクシスの頬が切れた。どろっと顔が崩れて元の姿がさらされる。

「くっそ、無傷じゃないのよ!」

変装についた傷は一回ならば庇われるようだった。いつでも変装すべきかもしれない。そしたら女除けにもなる。メルヴェルはまた杖を構えた。

「残念だったな、終わりだ」

ドガン!と構えた先から杖が切られた。キャー!!!という彼女の絶叫を聞くのは実に二回目である。みぞおちを剣の柄でついて気絶させ、手錠が落ちたので、アレクシスはそれをメルヴェルにかけて、司令塔を失った魔法使いに投げた。

「おのれ!メルヴェル様に!」

魔法使いの杖から炎が飛び出す。寒い冬には心地よい温かさだが、乾燥は要注意の天気予報だ。風に舞い上がって、火が民家に燃え移る。

「アレク!火を消さないとっ!」

「魔法使いにやらせろ!」

「あんた、すぐに消しなさい」

近くに伸されていた魔法使いをユズは掴み上げた。

「お前が杖を折ったろうが!」

魔法使いは反論する。

「役に立たないな!避難させなきゃ!」

ユズは民家に飛び込んでいった。民家には子どもが三人いた。一生懸命火を消そうとしていた。

「逃げよう!」

「ここが無くなったら、寒さをしのげないっ」

幸いまだカーテンが燃えているくらいだ。

「貸して、水をバケツにくんで!」

ユズはたらいの水をぶっかけた。カーテンから、木枠に移る。家の外はほとんど炎に包まれている。

「だめだ、逃げないとっ」

窓ガラスが割れて、入口が崩れ落ちた。火の回りが異様に早かった。

「命が大事よ、私について来て」濡らしたシーツを子どもたちにかけて、家の壁を剣で薙ぎ払い、穴をあける。

家はそこだけでなく、二、三軒燃えていた。

「無事か」

アレクシスに子どもを預ける。手や足に少し火傷を負ったくらいだ。一人魔法使いが風魔法を使っていた。火の回りが早かったのはこいつのせいだ。

「なにやってんだよ、風じゃなく水を出せ!頭悪いのか!?」

魔法使いから杖を取り上げ、ユズは怒鳴った。

「わざとだよ、お嬢さん。お前を釣るための。」

手が伸びてきて、布がユズの口を覆った。強い麻酔薬が仕込まれていたのか、意識があっという間に飛んで行った。男はユズの腰から剣をとり、無造作に捨てて行った。


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