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ジュピタル王国英雄記  作者: ヤー子
第五章 魔術師協会事変

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メリッサ三世


ナターシャの妖術でアーセナル共和国第二の都市、オートリアに到着した。列車に乗ったり、また馬で駆けたりをうまく使い分けた。川を渡るときにセドリックが指一本で橋を出したのは信じがたかった。エルドラドが大魔法使いなら、この鬼は自分で言う通り、大妖術使いのレベルなのだろう。ジェイドは妖狐の里でパートナーとして、魔法技術をダメ出しされていた頃を思い出して恥ずかしくなった。自分なんかがパートナーだなんて本当に烏滸がましいことだったと。

オートリアの関門には魔法使いたちが複数いて、持ち物検査のようなことをしていた。

「くそ、これじゃあウラヌスの剣が見つかってしまう・・・」

関門には魔法を無効化するような装置もあり、変化の術も解けてしまうようだった。ナターシャが試しに行ってくれた。色仕掛けで、潜り抜けていたが。

「色仕掛けが使えるってこと?アレクとセドはじゃあ、あの女の魔法使いをどうにかしてきてよ」

「・・・・え、ユズさん、俺は?」

アレクシスとセドリックはかなりビジュアルがいいのだ。今はローブで隠してはいるが、そんじょそこらのイケメンとは一線を画す美形なのだ。

「私たちは平平凡凡もいいところだから、あの人たちが篭絡するのを待つしかない。」

「・・・ユズ、気を遣わないでくれ、平平凡凡は俺だけだよ。お前は可愛いよ、もう人類誰もが推しになるくらいだ。」

それはジェイドがユズに惚れているからの一言である。

「私には、アレクをどうこうする力はあるみたいだけど、男を篭絡できる手管はないわ。」

「俺に失礼だよな。」

アレクシスはユズをはたいた。しかし、誰もユズの色仕掛けに引っかかってくれなくても彼は引っかかってくれると思うのだ。引っかかる以前にそういう状況はあり得ないのだが。

「こういうときのための非魔法族の変装セットだろう。ジェイド、その剣は大きさが変えられるんだよな。赤ん坊に変装させよう。」

セドリックは楽しそうだ。カラーコンタクトやかつら、特殊メイクを駆使して別人が出来上がる。もう誰だか分からない。検問の順番が近づいた。セドリックは姿を消せるからスルーだ。ジェイドが妙齢の女性に扮して赤ん坊を抱いていた。アレクシスは20は老け込んでいたし、ユズはもう見紛うことなく少年騎士だった。髪も目も黒くしたら、「・・・ミニオニキス様」と呟いたアレクシスは殴っておいた。

どきどきしながら検問官の荷物検査になった。

「地図・・・どこから来たんですか」

「テラスタです。」

受け答えはアレクシスがする、と打ち合わせ済みだ。

「鉄道は使わなかったんですか。」

「途中に妻の実家があって、孫を見せに寄ったんです。」

「これは、通信用の魔石ですね。没収対象です」

ここで顔を見合わせると変に勘繰られる。この魔石は確かにある程度、拘束力の持つ手続きが必要なのだ。ジュピタルから持ってきたとは言えない。アレクシスの持っている魔石も没収される。外と連絡がとれなくなるのは痛いが、先を進むことの方が大事だ。他の荷物に特段おかしなところはなかったようだ。

「赤ん坊の」

おぎゃ、あ、あー!と赤ん坊がタイミングよく泣きだす。そんな演出頼んでいない、とジェイドは焦った。検問官は次の方、とジェイドたちを通した。

「あの緊張感でお前何てことしてくれちゃってんの。」

「あれ、赤ん坊得意だったろ?」

セドリックはジェイドを笑いながら街中を進んだ。

「ジェイドって女装似合うじゃん、今度もっとケバくする?なかなか美女になる気がする。ユズちゃんより夜の店、いけるかもね。」

「え、嬉しくないです」

ナターシャがそんなことを言い出した。

「私も夜の店が似合うようになりたいわ」

「ユズちゃんはもっと年を取って、肉をつけないとだめね。幼女趣味のやつしか釣れないわー」

ユズはジェイドとアレクシスはどっちも幼女趣味なのだろうか、と考えてジェイドを見た。

「ユズさん、考えていることがただ漏れです。違う、断じて違う。」

ジェイドはなぜかユズの思考に介入してくるのだった。


オートリアの都はテラスタとは違い、緑がいろんなところにあった。中央に大きな時計塔のような城のような建物がある。ただ、衛星鳥はいる。変装をしたまま、情報収集することにした。ナターシャは変装に必要なことだと、アレクシスにくっついていた。顔は好みらしい。セドリック以外にこんなに好みの顔に会えたのは奇跡だとナターシャは言っている。

「アレク、いっそ吸血鬼にならない?あなた人間離れした美形だもの、人間じゃなくなったってかまわないわ」

「構うだろ。」

「今夜、寝所に行ってもいいわよね♡」

「ジェイド、今日だけ一緒に寝てほしいんだが」

「おお・・・今は俺に近寄るな、全女性の目が痛い」

多少老けさせてもアレクシスはアレクシスだ。ナターシャはそういう目は気にならない次元を獲得しているようだが、ジェイドは初めて女装させられ、そして洗礼を浴びていた。ユズはその気持ちはよく分かった。

「アレクとの結婚はこの羨望と憎悪の目線に耐えなければならないってことだ。」

ユズは近くにいると言うだけで、幼いころからそういう目線にさらされてきたが、慣れたいものではない。マリカくらい女として磨いていて、自分に自信があれば話は別かもしれないが、はねっかえりと蔑まれていたユズは他のご令嬢からのあたりはきつかった。マリカがそばにいないときはだから騎士たちに交じって、それらを躱すことは必至だったのかもしれない。

「アレクがいない5年は結構平和だったわ。」

「俺に失礼だよな。こっちはお前と離れて・・・」

寂しかったんだな、とジェイドは生暖かく言葉を濁したアレクシスを見守った。

「アレク、あたしといるのにユズちゃんといちゃついちゃだめよー」

「・・・」

この女は俺のなんのつもりなのだろう、アレクシスにはナターシャは全くタイプではない。

「ナターシャ、アレクは従順で清純な子が良いってさ。お前、離れてやれ。」

セドリックは見かねて助け舟を出した。

「あら、大丈夫よアレク。タイプの子と相性の良さは関係ないわ。あなたには多少強引で尻に敷くタイプの女の方が合うわよ!」

そしてナターシャには話は通じないようだった。ナターシャの言い分は、ユズもジェイドも一理ある、と思う。アレクシスにはガンガン言える女の方が多分合っている。ユズとは多少関係は良好になってきたとはいえ、それはユズが成長して多少言い返せるようになったからだ。口下手で言いたいことをしまい込んでしまう女の子はきっとストレスを抱えてしまうだろう。ユズは決してアレクシスに従順なわけではない。むしろ反抗ばかりしているつもりなのだ。アレクシスのタイプも別にセドリックの言うようなタイプではない。もうアレクシスは見た目も性格も何もとっぱらってユズにぞっこんだということを認めてしまえば、開き直るしかない。しかも外堀を埋めてしまったせいで、家族にも上司にもそして本人も知る所になっている。これで実質振られているようなものなのがやるせないが、気持ちの置き所はもう彼女しかないのだからしょうがない。男としては見られていなくても、そばにいられればそれで良いと割り切っていた。


とりあえず宿に落ち着いたが、外出時は変化の術が必要そうだ。衛星鳥はうろついているし、魔術師協会認定の魔法使いも巡回していた。明らかに誰かを探しているようだった。

「メリッサ三世のことを調べた。」

ジェイドは夕食で切り出す。他にもしなきゃいけないことがあるはずなのに、もうこれは性分なのだろう。セドリックはジェイドに持たされた妖狐語の本にご執心で、例の眼鏡をかけて読みふけっている。話を聞く気はなさそうだった。

「本名、ジョセフィーヌ・ダグラス。年齢非公表、女性。夫が三人、息子が一人。マルス魔法大学校をシリウス歴2450年首席で卒業。その後魔術師協会で幹部を担う。功績としては衛星鳥の発案、全自動光合成システムの開発。魔法技術と環境の論文で一躍有名になったそうだ。発明の魔女、としても名高い。」

「聞くだけなら、人格破綻者とは思えねえけど。」

アレクシスが話を聞いてくれていた。ナターシャはユズにパンを切り分けてあげていて、このジャムってラズベリーとブルーベリーとストロベリーの混合果実なのだと説明していた。ユズには、メリッサ三世より、そっちのほうが興味深いようだ。

「先の魔法大戦で、シミカドル爆弾がアーセナルに落とされたろ。それを研究、指示したのがメリッサ三世だ。」

シミカドル爆弾はこの世界中で使用禁止となった爆弾で、それが唯一落とされた国がアーセナル共和国である。その威力は十万都市を焼き払い、人骨すら溶かす史上最悪のものだった。シミカドルの実験は極秘裏に進められていたが、何を思ったのかメリッサ三世は実践に使うと言い出し、当時マルス魔法大国に所属していた彼女はそう遠い国ではないアーセナルを標的にした。アーセナルの広大な土地の一部は焼け焦げても問題ないと判断したのだろう。魔法大戦は東列強国の覇権争いのようなもので、当時はアーセナル帝国だったが、マルスの植民地化となり、共和国化したという歴史がある。ジュピタル王国はマルス側について、アーセナルと南のネプティーヌとシティズンの連合軍体と戦った。シミカドル爆弾投下によってアーセナル側の敗戦は決定的になった。

「まあ、そりゃあ非人道的な判断だわな。」

「年齢不詳すぎじゃない?魔法使いって普通の人間より寿命が長いの?」

ユズはナターシャに聞く。

「そうね、三百年くらいかしら。魔力が多ければ多いほど長く生きられるのよ。霊力も!私は今年で984歳。」

セドリックは大体千年過ぎたあたりから数えていないとのことだ。ナターシャは一応女だから、年齢にはこだわりがあるようだ。

「じゃあ、戦争のこと知ってるの?」

ユズは生まれる前のことだから知らなかったし、勉強はあまりしていなかった。そのシミカドルという単語も初めて聞いた。そしてそれは常識だろ、とアレクシスに怒られた。

「まあね、シミカドルは発明すべきじゃなかった。悪魔の終末期より、人間の作り出す終末のほうがうんと残酷な気がするわねー」

ナターシャが肩をすくめる。

「対抗策は?成分分析とか進んでるんでしょ」

「起爆魔法を解呪するか、ゴッドドラゴンの死と引き換えにするしかないのよね。各国シールドの強化は喫緊の課題だけど、シミカドルを躱せるかはまあ、実験してないからなんとも言えないのよ。安易に実験すべきものでもないしね。」

ゴッドドラゴンは爆弾を飲み込んで、浄化する力を持つが、そうすれば死んでしまうのだ。そういう存在に頼るしか今のところシミカドルを止める術がない。

「ジュピタルだけなら聖獣たちがなんとかかんとか守ってくれるとは思う。ね、ユズちゃん、こうなってくると物理攻撃って結構無力よね」

「まあ、大本のポンコツ人間を殴るくらいにしか使えないね」

「でもなんだっけ、ジェイドの国は地下の都市を作ったんでしょ、それは良い案だと思うわ。シミカドルの効果は地表にだけ作用してね、そのあとは緑化が進んだそうよ」

「地下にも到達させるように改良を加えてるんじゃないか、そのメリッサが人格破綻者なら、俺はそうすると思うけど。」

本を読みながらもセドリックは話に入ってきた。悪魔と提携契約はしたから、その界隈の情報は入ってくる。

「緑化がキーワード、なんだよ。メリッサの目的はこの世界全体から人類を排除することだ。」

アーセナル共和国は、メリッサが実質支配している。

「で、ヘルメス四世がまず邪魔だって話だよ。若造のくせに影響力があるうえ、人間を守ろうとするからな。で、ヘルメスの弱みになりそうなお前を捕まえたいってわけだ。」

にっこりとセドリックは付け足した。

「・・・まじか」

恐ろしい事実を聞いて、ジェイドは口から魂が抜けそうになった。国のことで手いっぱいの状況に世界大戦もどきが絡んできたのだ。

「お前の国の状況、俺のせいって認識が親父にはあるみたいだが、実際、もっと、拗れてるんじゃないか?」

「待ってくれ、セド・・・なら、悪魔は、」

ジェイドは混乱していた。そんな事実は予想はできなかった。

「本当の敵は人間で、なんなら身内だってこったな。」

今ジェイドの国にいる悪魔は東の大魔法使いの手の内にあるというのだろうか。ジェイドをジュピタルに呼び寄せて、加護を集めさせたのは、気づかせないように東へ来させるため。なんなら、ジェイドじゃなくてエルドラドが目的だったのかもしれない。悪魔と交渉したのが自分だったからそれが自分の役目になったにすぎない。

「ウラヌスタリアが・・・、兄貴が最初から狙われてたのか」

「悪魔がジュピタルに恨みがあるのは別の事情だよ。まあ東の大魔法使いに利用されていることには変わりないけどな。」

セドリックが言う。彼は悪魔側とそういう情報のやり取りをしているらしい。

「どうする?このままアーセナルを駆け抜けるか?」


少し考えたい、とジェイドは夕食の席を離れて、部屋のベッドに身を投げ出した。兄に相談するにも魔石は没収された。このまま戻って、悪魔を屠ったとしても、次はエルドラドを危険に晒すことになるのかもしれない。悪魔と東の大魔法使いがつながっている。オニキスの手紙を思い出す。

―地表の街並みは軒並み壊滅状態。無事な家は一つもなく、草木は枯れ、毒ガスが充満し、長時間留まることはままならず、生き物一つ生存不可。―

シミカドルの爆弾ではなく、改良されたものがウラヌスタリアの都市に降り注いだのかもしれない。

かといって、自分に何が出来るというのだろう。東の大魔法使いと対峙して、抵抗も反撃もできるとは思えない。あっちはジェイドを探して、捕えたい。それはエルドラドをおびき出したいからなのか。エルドラド派の魔法使いたちはすべて懐柔されてしまったのか。最後の手紙から、エルドラドはまだ魔術師協会の状況を知らないようだった。実態を知らなければいけないような気がする。この戦いが、悪魔を倒して終わりにならなくては、ユズやアレクシスについて来てもらっている意味がないし、ユズの兄に国へ行ってもらっている意味がない。ジェイドは深く息を吐いて、ベッドから起き上がった。


「セド、呼べば出てきてくれるんだろ。」

「俺はユズちゃんと契約しているつもりなんだけど」

「じゃあ、ユズを呼んできてくれないか。」

「ユズちゃんの部屋行っていいのか。」

「だめだな、それは。」

もう遅い時間だったから、ユズは寝てしまっただろうか。ジェイドはまずアレクシスの部屋に行った。


***


ユズはシングルの部屋に一人でいた。ジェイドが考え事をするといなくなって、戻ってくると思ったけど戻ってこないから、食事は切り上げて各々部屋に戻った。また一人で悩んでいるのだろうな、こういう時、ユズはあんまり深く考えないから、相談されることはない。ユズも自分は相談相手には不適切だと理解している。

コンコンとドアがノックされて、顔を出したのはナターシャだった。

「ユズちゃん、アレクが相手してくれないの、ユズちゃん相手してよ」

「え・・・百合?」

「ユズちゃんがそういうの好きなら、してあげてもいいよー」

ナターシャは乗り気だ。女の子は全体柔らかくて好きだ、と彼女は言う。男でも女でも関係ないのだろうか。ユズはベッドに座って、ナターシャも隣に腰かけた。いつもの短いスカートに豊満な胸を強調する服が、今は谷間が見えるナイトドレスだ。ナターシャは髪も顔も体も自分の成りたいように変えられるらしいが、常時はピンクゴールドの髪と同じ色の目をして、年齢は二十代後半くらいだった。口紅はいつも真っ赤で、先進の男受けを追求した綺麗な容姿である。

「なんかよく、分かんなかった・・・ジェイドとセドの話」

「あぁ、そうよねえ、男の人ってめんどくさく話すよねぇ。セドって秘密主義じゃん。ああやって助けているようで、内心何考えてるんだか。」

「ナターシャにも分からないの?ずっと一緒なんでしょ?」

「まあ・・・心配ではあるかな。あれからずっと自暴自棄って感じ。」

「いつから?」

「千年前になるかしら。」

ユズはナターシャの話もちんぷんかんぷんだ。

「でもナターシャは980歳でしょ?千年前は生きてないでしょ?」

「そうねぇ、魂の年齢なら、1016歳ってとこよ。千年前はあたしもユズちゃんと一緒で16歳だったの。」

「ナターシャにも16歳の時があったのか」

それは当たり前のことだけど、妖にしたらそんなに気にするほどのことでもないことなのだろう。

「あたしは結構特殊な妖なのよ。セドも知らないこと、ユズちゃんには教えてあげようか。」

「私に理解できるかな」

さっきのジェイドとセドリックの話だってユズは分からなかった。悪魔と東の魔法使いとシミカドルの爆弾と魔法大戦とがこんがらがっている。順番に整理しないといけない。

「もともと人間だったの、あたし。16歳の時に死んでしまってね。それで魂だけが吸血鬼に転生したのね。それでセドリックのところに行って、契約して、今に至る感じ。」

「どうして死んだの?」

「悪魔に食べられちゃったのよ。で、その悪魔を倒したのがセレスティン・グリフォンって人。ユズちゃんってセレスの子孫でしょ?セレスには恩があるのよ。だからあなたはセドのお嫁さんにはしてあげないし、あたしが守ってあげる。」

ユズは目を瞬かせてナターシャを見た。

「セレスの顔ってあんまり覚えてないけど、その剣はなんとなく覚えてる。食べられたらね、肉体もなくなっちゃうんだけど、セレスがその剣で悪魔を切ったら、あたしの魂だけは回復したんだ。この世に未練はあったから、すごく嬉しかった。」

「・・・こ、怖かったでしょ?悪魔に、食べられるなんて」

ユズはナターシャの話をちっとも聞かずに、ナターシャにそう言った。それを聞いて、ナターシャは知らずに意識もせずに涙が出てきた。

「未練とか、そんなのより、怖かったし、痛かったと思う。」

自分の前世の最期をそんな風に慮ってくれる人なんてこの千年あまり誰もいなかった。

「よ、よしてよユズちゃん・・・あたしなんて、碌な人生じゃなかったんだよ。生贄に差し出されて、それこそたくさん子どもを産まなきゃいけないってやつだよ、でもそういう務めをする前に、連れ出されてね、それで悪魔に食べられちゃったの。連れ出して、くれた人にはちょっとだけだけど恋をしたくらいで、そんな人生だったんだよ。もうほとんど死んだら成仏するつもりだったの。こんな世界に未練なんてなかった、その人に、会うまでは。」

それはナターシャにとっては運命の出会いだったのだ。

「あたしの本気の恋はそれ一回きり。で、今もずっと好きなまま。」

「セドってこと?ナターシャはセドにちゃんと好きって伝えた?」

「うーん、でもセフレにはなれたし。」

「・・・そのセフレって、どうなの?だって、ナターシャはセドが好きなんでしょ」

ユズは気持ちが一方通行でも、そういうのは気持ちが良いものなのだろうかと疑問に思った。心が手に入らないなら身体だけでも、のような考え方は、本当のところで満たされないのではないかと感じる。

「好きって言って、関係が変わるほど、セドは情にもろい妖ではない。文字通り鬼のような側面も持ってる。良いの、あたしは軽薄なセドも好きだわ。」

セドリックならなんだっていいのだ、とナターシャは結局訳の分からない理論があるらしい。ナターシャのそういう訳の分からないところはユズはなんとなく共感できた。ジェイドやアレクシスにはきっと理解できない。これは女、という性別の感覚なのかもしれない。

「私、泣いてしまいそう・・・どうしてみんなそう辛い恋をするんだろう」

「ユズちゃんもあたしのこと言えないと思うよ。」

ナターシャは笑って、シリアスに話し出す。

「・・・悪魔に食べられてしまった方が、まだ魂の救済は可能だったのにねって思ったのよ、ジェイドも。」

ユズはひゅっと自分の喉が鳴るのを聞いた。

「苦しいんだって、救済されない魂って。あの子、良い子だもんね、あたし、楽に死なせてあげたいって最近そればっかり考えてるの。あなたにするのも酷な話だけど。」

ユズは首を振る。タマモにも言われたことだ。ジェイドとのこれからの過ごし方を考えろと。


「加護の持った剣で、悪魔を倒す。それと、――――」

ナターシャの声をユズは真剣に聞いた。胸が潰れそうに苦しくなる内容だ。だけど聞かなければいけない。

ナターシャはユズにできないなら、アレクシスや身内の人を頼れば良いと付け加えた。だけどきっとそれはユズがやるべきことだとユズは思った。震える手をナターシャが握ってくれる。


コンコンコン、また部屋の扉がノックされる。ナターシャがドアを開ける。

「ぎゃ、お前、なんでユズの部屋にいるんだ」

「アレク、こんな時間に淑女のお部屋を訪ねちゃダメじゃない、やっぱりあたしが恋しくなった?あたしたち、結構身体の相性良いと思うわよ」

笑顔のナターシャに若干おびえながら、アレクシスはユズを部屋から連れ出して、ジェイドの部屋へ行くとのことだった。これからどう動くか方針を固めたようだ。

「ユズ、寝てたか」

「うんん、恋バナしてた」

「お前がいつも通りで、何よりだ。」

若干へこんではいたのだが、ジェイドには気取らせないように、ユズだっていろいろ考えている。

「俺を囮にして、魔術師協会の動きをみたい。」

ジェイドは切り出した。変化の術は相手が魔法使いならすぐ見破られる可能性が高い。

「血を貰えれば、成り代わることもできるけど?」

ナターシャが提案する。それは高度な妖術で、それこそナターシャと契約しているセドリックに札が必要になってくる。

「それも考えたけど、俺が一番へなちょこだし。セドとナターシャは危険な時に助けてもらえれば。ユズはこいつを持っていてくれ。アレクはユズについていてほしい。」

ジェイドはそう言って、ユズにウラヌスの剣を渡す。魔術師協会がジェイドを狙っている理由はこの剣も含まれるのだ。

「なら、私の剣を・・・」

「武器は没収されるだろ、俺は敢えて投降するんだ。」

ユズは納得できないような難しい顔をして、アレクシスを見る。

「目的は。」

アレクシスも敢えて危険を冒すことをずっと避けてきたジェイドがどうしてそうするのかを知る必要はあると聞く。

「懸念事項は潰しておきたいんだ。悪魔を倒しても、国に安寧が来ないなら俺は加護をもらいに来た意味がないと感じている。俺は無駄死にするつもりはない。ならできるだけ国の利益になるように動きたい。我が国にとってヘルメス四世が失われることは存亡の危機に値することだ。カサブランカのこれからのことも考えれば、うちの国からエルの兄貴を失うわけにはいかない。メリッサ三世の謀略を詳らかにして、魔術師協会への監視体制を整える啓発はすべきだ。」

ユズは、懸念とか安寧とか、謀略とか啓発とか・・・聞いたことのない言葉がたくさん出てきて、泣きそうになった。ジェイドは最近意地悪だと思う。でも、そんなこと彼には言えない。ぽん、と頭にアレクシスの手が置かれた。

「大丈夫だ、今回は魔法使いと妖術使いがなんとかするってだけだ。お前はその剣を守ればいい。」

私は、剣よりジェイドを守りたい。言いたいことを飲み込んで、頷く。ジェイドは、あの悪魔に呪われたときから、もう自分の命なんて寸分も惜しんでいないのだとなんとなくユズにはわかっていた。いっそ潔いくらい、残りの人生すべてを擲って国に尽くそうとしている。国を救うことが彼の使命なのだと。そして今回は、その国を救うためには顧みる必要がある危険だということなのだ。


ユズとアレクシスが出て行って、ジェイドはセドリックとナターシャと計画を詰めることにした。

「もうちょっとユズちゃんに優しくしてあげてよね」

「え?俺、別にユズに優しくないなんてことなかったと思うけど」

「ユズちゃんって、優しい子よね、あたしなんかにも気遣ってくれる。」

「ナターシャいいな、俺は気遣ってもらったことなんかないぞ」

セドリックが冷やかした。

「ジェイドはもっと自分のこと勘定に入れなきゃだめよ、あんたが向こう見ずな行動すると、あの子は悲しむよ。あの子はいろいろ考えてから口から出てくるタイプだから、何にも言わなかったけど、さっきのはちょっと悲しかったと思うよ。」

だめだな、男って・・・ナターシャは言うだけ言って消えて行った。

「ま、お前がいなくなったあとのことはお前が考えてもしょうがないことだろ。お前はお前なりに、自己犠牲して国を救うために動く。それで満足なら、いいんじゃねえの?儚い命だ、後悔のないように生きてこそ、人生は尊く美しいってもんだろ。」

「お前が言うと皮肉にしか聞こえないな。」

「俺は最初から、人ではないからな」

ニヤリとセドリックは笑う。

「ユズちゃんから札を二、三枚もらっといてくれな。」

セドリックも宵闇に消えて行った。




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