宣戦布告
「アレク、ユズちゃんが連れていかれたわ」
「は!?」
ナターシャが出てきてアレクシスに教える。アレクシスは火事の後始末と民間被害者の手当に当たっていた。騎士の活動の一環としてこういう事態においては人命救助が最優先される。彼の動きは迅速かつ的確で、周りのボランティアも率先して支持を仰いでいる。指名手配どうのこうのはもはや大事の前にはどうでも良い。魔法使いたちは捕縛しておいた。逆に逮捕してほしいくらいだ。民間人に、アレクシスはなぜか崇められていた。アーセナルにおいて、魔法使いの立ち位置的なものは民間人にとってはあまり良くないようだ。先ほど救出された子どもが剣が落ちていたとユズの使っている剣を持ってきた。アレクシスは受け取った。
「お兄ちゃん、指名手配されてるってことは、めっちゃ強いってことだよね」
「・・・まあそうだな」
子どもたちはきゃーと華やいだ。
「あのお姉ちゃんを助けなきゃだよね!」
「カッコいい、騎士みたいだ!」
「騎士だしな。」
子どもたちはまたキャッキャと喜ぶ。8歳くらいの男の子が一番年長で、次は5歳、4歳の子どもだった。4歳は女の子らしい。親はどうしたと聞くと流行り病でなくなって、年長の子どもが親戚の助けを受けながらここで暮らしていた。本当はバラバラの施設に預けられる予定だったが、断固拒否してここに住んでいたのだという。家が無くなったら、施設へ行かざるを得ない。
「俺たちは騎士になって、悪い魔法使いを倒すんだ!」
「・・・ジュピタルに来ればユーピテルの養成所に入れるんじゃないか。女は無理だが。」
「リディア、だんそうして入れるよ!あのお姉ちゃんも騎士なんでしょ?」
たどたどしく末の女の子は言う。小さいときのユズを見ているようだ。男装しても無理なものは無理である。ジュピタルは性差のある保守的な国なのだ。
「ならジュピタルに行こうか!」
子どもたちは相談し合っている。金はかろうじて持ってきたようだった。道中が心配である。
「じゃあ、あたしが列車に乗せるとこまで付き添ってあげるわ。アレクはユズちゃんを助けに行って。」
ナターシャはアレクシスの変装で霊力を使い果たしたから、ユズを助けることはできなかったという。それこそジェイドがセドリックに札をやる必要がある。アレクシスは父親に手紙を書いて8歳の男の子に持たせてやる。これをアンダーソン卿ってやつに渡せ、と言づけた。騎士になりたい子どもなら父が率先して面倒をみるはずだ。ちなみに女児は母が欲しがっていたからたぶん養成所に入れなくても家で世話をするだろう。
「クソジェイドは?」
「まあ、あの子は大丈夫でしょ!」
***
ジェイドはキッドに杖を突き付けられて、階段を降りていた。自分は丸腰なのだ、何を警戒する必要があるというのだろう。この男は警戒心も強いようで、出し抜く隙はなさそうだ。独房、という言葉が似合うような場所だった。本当に軟禁というか監禁されるようである。
「おや、キッドの坊や、新入りか?」
「黙れ、貴様と口を聞く気はない。」
キッドは手前の独房の小柄な男に言い捨てた。白なのか銀色なのか薄い青色にも見える前髪は長く、目元を覆い隠している。さらには、目も厳重に包帯で巻かれている。そのはずなのに、キッドとジェイドのことが見えるようにその男は話した。彼には身体も顔もあちこち痛めつけられているような傷があった。
「ジュリアナの居場所を吐く気になったなら、話を聞いてやる」
「ジョセフィーヌに直接教えるさ。ママがここまで来るか、俺を連れていくかだ。」
クックックと不気味に男が笑う。
「貴様は交渉を持ちかけられる立場じゃないだろ。隣が開いたんだったか。お前の愛しい側近が死んじまったからな」
バンっ!とキッドの頬に亀裂が入って、血が流れていく。キッドは男の首に手をかけて、持ち上げた。男は手かせも足かせもされていて、小柄な身体は無抵抗に持ち上がる。苦しいはずなのに声の一つも漏らさない。
「よ、止せよっ」
ジェイドがキッドに触れる。その瞬間、魔法で、独房の檻に力任せに押し付けられた。痛みに意識が飛びそうになる。
「キッド、その坊やに乱暴はするな・・・ジョセフィーヌに許可は取ってないんだろ。」
「まだ口を聞くか!!貴様の声帯ごと潰すぞ!」
力が相当強いのか、男の口から血が出てくる。
「俺を殺せば、信者が黙ってない。第二次魔法大戦になる。可愛い坊や。」
「お前の信者など、根絶やしにしてやる。どうせ世界は終わるのだ」
キッドはギリギリと眉をあげて、ようやく男を下した。ジェイドを隣に突っ込んで、重たい鉄の扉を閉めて去っていった。日の光は入らず、燭台の明かりは一つ。見張りもいない独房だ。
「若い坊や、知らない魔力だ。そんなに多いわけでもないようだ、なぜここへ連れられて来た?」
隣から声がする。レンガの壁で、男の様子は分からない。
「・・・あなたは、誰ですか。俺は、ヘルメス四世の身内です。」
「そうか、エルドラドの・・・。俺はアルベルト・ルシアン・ド・オベロン。妖精王の末裔だ。パトリオット七世を賜っている。エルは消息不明だったが、無事だったのだろうか。」
「はい、ウラヌスタリアの状況は、やっぱり魔術師協会には伝わっていなかったのでしょうか。」
「何か、あったのだろうか。俺もかれこれ一年は幽閉されている。」
ジェイドは魔術師協会内の確執は思ったよりも深いように思った。お互いに欺き、欺かれ疑心暗鬼を誘発しているとしか思えない。ここに幽閉されている、ということはメリッサ側とは決別している。ジェイドは思い切って知りうることを話した。
「そうか・・・それはもう、宣戦布告になるな。」
いくつもの要因が重なっていて、帰納的な結論しか導き出せないが、ジュピタル王国で千年前に悪魔を封印したこと。鏡の位置にウラヌスタリアがあり地底を通じて悪魔が出没したこと。悪魔がジュピタル王国を亡ぼしたいこと。まずこの三つは悪魔側の事情である。そして聖獣たちはその事情のみを把握することができていた。だから割とジェイドには親和的に接してくれた。自国の不始末がジェイドの国に災厄をもたらしたと考えているからだ。ラルフはタマモのいうように引きこもって情報を集めることはしておらず、相変わらず自分の領土だけを守り栄えさせていたが、グリフォン、ドラゴン・妖狐はジェイドに加護をくれることを厭わなかった。フェニックスに至っては今代は人間不信が激しいうえで加護をもらえたことは本当に幸運だったとしか言いようがないのだが。ブライアンの犠牲がいつまでたっても偲ばれるが、本当に彼のおかげである。
そして、百年前の魔法大戦時、メリッサ三世が研究中のシミカドルを非人道的な実践に踏み切ったこと。彼女は緑化を掲げ、その実、人間を殲滅しようと画策していること。それに悪魔を利用していること。その悪魔がジュピタル王国に封印されたものである可能性があること。ここからは大魔法使いたちの諍いになる。
「エルは若い。若いゆえに先進的なところがある。温厚だが、ジョセフィーヌの考え方には賛同できないと真正面から対抗していた。俺とアンジェリーナも人間の殲滅には異を唱えるところがある。」
アンジェリーナとはジュリアナ三世のことである。
「シミカドルは妖精たちも排除してしまう。あの緑は偽りの緑だ。光合成はするかもしれぬが、悪魔由来の植物を世界中に浸透させるのは防がなくてはならない。アンジェリーナは各地で汚れた土地や水を浄化して回っている聖魔法使いだよ。行動はジョセフィーヌと同じようで、根本が違うのだ。」
この世界に緑が戻るのなら、悪魔を利用して何が悪いのだというメリッサを止めなければならない。今は悪魔を利用しているとはいえども、いつ取って代わられるか分からない。悪魔の悪魔たるゆえんは魔力をくらい、力をつけて、力を奪い、人の魂を食らう。その際限はとどまらず、メリッサ三世の言うように人類は殲滅に追い込まれるだろう。大魔法使いが悪魔に取り込まれてしまうことがあれば、それこそ悪魔対人類の大戦争になることは避けられない。
「ウラヌスタリアの悪魔はジュピタルの魔力を吸いとって出てきたのだったか。」
「はい、でもうまく使いこなせていない、と報告で聞きました。」
「・・・あそこの魔力はもともと聖獣由来のものだから特殊なのだよ。それが幸いしたとしかいえないな。」
普通魔法は精霊魔法だ。妖精が加護を授けて使えるようになる。ジェイドには見えないが、妖精王には妖精の姿が見えるのだろう。しかしジュピタル王国で魔法が使えていたころ、その魔法はやはり妖精の魔法ではないようだ。妖精と聖獣は相容れない。悪魔と一緒で妖精もジュピタル王国に入ることはできないようだった。
「千年前、どうしてジュピタル王国に悪魔が出現したんだ・・・」
ジェイドは身の着のままでここに連れてこられ、本は手元にはない。きっと書いてあったはずだ。
「考えられるのは、人間に乗り移った。お前は悪魔に魂を呪われていても、ジュピタルには入れただろう。」
―グリフォンの英雄、人間を討ち取り、悪魔を引き摺り出す。その悪魔を聖獣の加護で地底奥底に封印し、その上に城を建てる―
その文言が、ジェイドの頭によみがえった。ただの人間には乗り移れないはずだ。悪魔の性質をごまかせるようなそんな人間でないと難しいだろう。
「俺はジュピタル王国には入れないし、聖獣とやらにも会ったことはないが、一度行ってみたい国ではある・・・。」
「・・・あなたはどこの国の出身なんですか。」
「俺はウィザードランドだよ。」
西側の北のほうにある国だ。ウラヌスタリアは南側にあるので少し距離は離れている。魔法使いのみが住む国である。この世界の魔法族人口は、およそ7割に達する。魔力を一切持たないジュピタル王国が特殊なのだ。今は先進魔道具の開発もあり、魔力がなくても魔力が少なくても生活に困ることはない。
「とりあえず、どうします。脱走って可能ですか。」
「俺の目隠しを取ってくれれば、可能だよ」
「・・・セド、札をやる。服に縫い付けてある」
セドリックが出てくる。
「霊力があるな、人じゃないのか」
アルベルトには分かるらしい。
「ジェイド、ユズちゃんが捕まった。オートリアの時計塔に連れていかれたよ。それで、アレクはとりあえずこっちに向かってくれていて、この支部を壊滅に追い込んで、お前を助け出してくれるってさ。」
「・・・・ええ!?ユズが連れていかれたって、どうやって」
「あのキッドって男はちょっと要注意だな。」
セドリックは指を鳴らして、アルベルトの目隠しと手かせ足かせを取ってやった。そのあとすぐにユズのほうに行く、と姿を消してしまう。彼の目は美しい青と紫が混じったような色をして神秘的だった。小柄だし、ジェイドよりも年下のような子どもの顔をしている。エルドラドが若い、というから普通に年上だと思っていた。
「えっと・・・おんぶしようか、あ、傷も治ったね」
「俺はこれでも250歳だ。」
「うそだろ、妖精王って不老不死なの」
「さあ、行こうか。外へ出るのは久しぶりだな。」
鉄の扉は彼が触れたら消えてしまった。杖なしで呪文なしで魔法が使える。確かに大魔法使いなのだろう。しかし、その瞬間、上から針山が落ちてきた。殺しにかかっている。ジェイドは叫んで、しゃがみこむ。アルベルトの身長のところで針山も消滅してしまう。ジェイドがしゃがまなかったら、餌食になっていたような気がする。次にナイフが立て続けに飛んできた。これなら辛うじて避けられる。はやくここから脱出するべきだ。ジェイドは慌てて部屋を出たが、アルベルトは優雅に歩いている。
「なんでこの子、捕まってたんだろ」
「アンジェリーナを捕らえたから、返してほしかったらこっちへ来いって騙されたんだ。俺は少し騙されやすくてな。ことにアンジェのことになるとどうもだめなんだ。アンジェとも連絡は取ってないが・・・無事だろうか。キッドの坊やがアンジェの居場所をきいていたから、きっと無事だろうな。」
目を隠されてしまうと魔法が使えないのだと言う。
「そんな弱点、教えてもらわなくていいから!心配だな、パトリオット七世!」
会う魔法使いはアルベルトが眠らせてしまうので、とにかく階段を上がるだけだ。階段から大量の水が落ちてきたり、岩が降ってきたりしたが、妖精王の前には何も干渉できなかった。彼が直接手を下しているわけでもなく、それこそ妖精たちが勝手に守ってくれている。それはアルベルトにだけ作用しているから、ジェイドは彼の近くにいないと、水浸しになったし、岩の破片がさくっと頭に刺さった。
「こらこら、この子はエルの身内だって。ちゃんと守ってあげなさい」
アルベルトが言えば、仕方なさそうに止血の魔法をかけてくれた。治癒魔法は聖魔法なので、使えないらしい。
『こいつ、聖獣から加護をもらっているみたいだ、嫌いだ』
妖精はそういう理由でジェイドを邪険にした。
「俺は聖獣とも仲良くしたいと思っている。」
『アルが思っているだけで、聖獣は相手にしてくれないよ』
アルベルトの回りにいる妖精はジェイドも見ることができた。力が強いものはアルベルトの近くに来るらしい。地上一階に出た。ほとんどアレクシスが魔法使いを倒していた。
「ジェイド、ユズが」
「聞いた、時計塔だってな。」
「あそこは転移魔法陣がある。ジョセフィーヌの居所に行けるかもしれない。」
「行ってどうする、逆に捕まえる感じか?」
「・・・どうしようか。とりあえず殴るか。俺に説得させてくれ」
「・・・君って、あんまり難しいこと考えないタイプだよね。」
容姿が子どもなので、どうしても子どもに話す口調になってしまう。彼は妖精の加護を受けているおかげで、魔法は自由自在だったのだろう。
「綺麗な顔の少年だね、緑の目は珍しい。俺はアルベルト。妖精王の末裔だ」
「・・・アレクシスだ。」
アルベルトはアレクシスと握手する。小さな手である。久しぶりに日光を浴びて、アルベルトはたくさんの妖精から祝福を受けていた。
「名前が似ているね、俺のことはアルと呼んでくれて構わない。」
「好きに呼んでくれ。」
「エルの身内とは友達か?ずいぶん派手に荒らしたな。しかも魔法なしで・・・恐れ入る」
アルベルトはオートリア支部の壊滅状態を見て、目をキラキラさせている。
「こいつは誘拐犯だ、決して友達ではない。」
「アレクは友達いないだろ。エルドラドの弟、ジェイドと言います。よろしくお願いします。」
アレクシスはジェイドを殴った。エルドラドの弟なら、王弟のはずである。殴れるならやはり仲の良い友達なのだと解釈する。
「とりあえずユズと、加護の剣を取り戻さないと」
一行は中央に聳え立つ時計塔を目指した。
***
目が覚めれば、手足が縛られて、猿轡もされていた。薄暗い部屋で、固い床にユズは転がっているようだ。不覚を取った。この状態では何もできない。
「ユズちゃん、起きたか。心の中で話せるよ。勘ぐられないようにとりあえずは現状維持にしておこう。武器もないんじゃ、札一枚で守れるかは分からん。」
ここはどこ?とユズはセドリックを見た。
「時計塔の中だな。」
アレクシスやジェイドは無事だろうか、とまた聞く。
「アレクは心配損だろ。ジェイドは意外と悪運が強いから大丈夫だ。あの妖精王がいなかったら死んでたろうが」
さらりとセドリックは恐ろしいことを言う。無事なら良かったと思う。
「今一番危ないのは、ユズちゃんだよ。さて、俺は君を裏切って、悪魔にこいつを渡すことにしよう」
ニコニコとセドリックは笑顔で身動きのできないユズの左耳を撫でた。ユズはまず身体に力が入らないうえに、頭が割れるように痛かった。変な薬品をかがされたせいだ。精神に干渉する魔法は効かないことは情報共有されていて、ならば魔法薬で対応されたのだろう。
「取れないなら、耳ごと食いちぎっちまおうか」
最近よく、耳を舐められる。主に右耳だったが、今は左耳だ。耳を攻められるのはこそばゆいし、変な感じになるから嫌だ。もうアレクシスのピアスなんて外してしまいたいし、ジェイドの剣だって、二度と耳なんかにつけるものか、とユズはギュッと目をつぶって震えてやり過ごす。
「うん、可愛い・・・さあこのまま、俺のものになろう。大丈夫、痛くしないし、ユズちゃんは気持ちよくなるだけだ。」
髪を撫でられて、首筋に唇が這っていく。手も足も使えないし、声も出せない。手も足も使えたとしても相手がセドリックではユズに太刀打ちは難しい。頭が痛い。意識がある中で無体を働かれるよりなら、このまま手放してしまいたい。
耳の剣が光って、ユズに触れるセドリックにバチバチと光攻撃を放った。
「よし、いいぞ。そのままユズちゃんを守ってくれ」
セドリックは剣に語り掛けるように離れていく。
ユズの身体は一体シールドのようなもので包まれる。ユズが目をゆっくり開ければ、そこにセドリックはいなかった。バタンとドアが開く。
「この女を連れていく」
キッドが手下に指示をする。手下がユズに触れようとすればまたバチバチと電流のようなものが放たれて、触れることはできないようだ。
「なんの魔法だ?」
手下は魔法を解呪しようと試みた。
「おい、起きろ、魔法を解け」
ユズには魔法は使えない。何が起こっているのかユズには分からない。大体薬を持ったのはそっちだ、手も足も縛っておいて起きろなんて言うのは理不尽だ。
「触れられないなら触れずに運べばいいだろう。」
キッドはユズの身体に浮遊呪文をかけた。害する魔法ではないので、ウラヌスの剣は抵抗しないようだ。ユズは簡単に浮いてしまう。
「キッド様、オートリア支部が襲われ、妖精王と例の王弟殿下が脱走したようです」
報告を聞いて、キッドは苛立った。使えない手下ばかりである。ヘルメス四世の弟ということで警戒はしていたが、ジェイドは恐れるに値する魔法使いではない。しかしパトリオット七世はメリッサ三世の計画の妨げになる可能性はある。同じところに幽閉したのが過ちだったか。でもあの王弟殿下には魔力も武力も特筆すべきものはなかったはずである。妖精王を解き放てるなんて考えにくい。見くびりすぎたのかもしれない。それなら自分の落ち度である。
「ならば遊んでやらないとな。妖精王を謀るのは意外と簡単だろ。あれは善人だ。俺達にはカモでしかない。」
浮遊呪文を使えば、ユズのシールドは解けてしまい、キッドはぐいっとユズの首根っこを掴んで引きずるように歩いた。
「おい、魔力なし。お前がいればヘルメス四世の弟はこっちに来ざるを得ないな。目の前で殺してやろうか。」
キッドはユズの首に手を掛ければ、彼女の首は思ったよりも細かった。杖なしでも簡単に殺せそうだ。剣を持てばあんなに溌溂と敵を切り倒すのが嘘のようだ。
「坊や、女の子を殺してはだめよ。魔力なしの女の子は希少種。魔法族と番えば混じりけのない魔力を引き継いだ子が生まれるの。」
女性にしては低くハスキーな声だった。
「そこはうちの世界と同じなんだな。ジュピタルから女の子が攫われていくわけだ。」
「誰だ!」
突如現れたセドリックにキッドは寸分の間も与えず光の銃弾のようなものを打ち込む。セドリックはそれを手のひらの前で止めて見せた。
「お初お目にかかりますね、あんたがメリッサ四世」
「三世だ、間違えるな、不届きもの」
キッドは絶え間なく魔法を放ち続けるが、ことごとく止められる。
「ちっ、何者なのだ!」
「キッドの坊や、そんなに怯えないで。その女の子をこっちへ寄越して。」
「食いますか?」
キッドはユズを持って女のそばに寄ろうとする。
「・・・食うってことはもう悪魔に取り込まれてんのか、それとも取り込んでんのか。」
セドリックは目を細めて、女とキッドの間に氷の壁を作った。
「地味ジェイド、早く来い。ユズちゃん、ちょっとでも動けねえのか」
手足のロープ、猿轡に切り込み入れておいた。ぴくり・・・とぐったりしているユズの手が動く。
「お前、人ではないね。妖精なのか、眷属なのか」
セドリックは例のように、自分の正体を明かしはしない。それが時に弱点になることを知っているからだ。妖精王は自ら妖精王と名乗ったり、弱点を教えたりするのは本当に呆れかえるとしか言いようがない。
「お前に魔法が効かないなら、こっちだな」
キッドはユズに杖を突き付け、杖先を光らせる。首に当たったそれは焼け焦げを作り、いきなりの熱さと痛みに悲鳴が出た。耳の剣が光を放ち眩しさと差すような攻撃を受けキッドは杖を落とす。剣が具現化して、ユズはそれを手に取り、キットに切りかかった。手応えはない。空気を切ったかのようだ。キッドはメリッサの手中にあった。まるで、傀儡のようだった。
セドリックはユズを庇うように目の前に立ってくれた。ユズは薬で身体が効かなくて跪く。
「大丈夫か、すまないな、治癒の術を使えなくて。」
セドリックは自分の身体は傷ついてもすぐに治るため、それは取得しなかったのだそうだ。ズキズキと首の傷は痛み、噴き出るように血が止まらない。首だから止血で絞めるわけにもいかない。これじゃあすぐに失血死する。
キッドは操られたようにまたこちらへ杖を向け、白い水泡のようなものを数個周りに浮かべた。セドリックはそれを一瞬で凍らせる。氷の中から植物がめきめきと出てきて、木の牢屋のようなもので二人を囲んだ。
「その剣を寄越せ。加護があれば、聖獣を意のままにできると聞いた。すべて死んでもらう。人類を消すために必要なことだ」
「渡すわけないだろ!」
ユズは叫んだ。聖獣はユズにとって大切なものだし、それからもらった加護だって大切だ。この加護をすべて集めるのに、どれだけ時間や苦労を費やしたか、この女は知らないのに、横から掻っ攫っていくなんて虫の良すぎる話があってたまるか。アドレナリンが出たせいで、血がすごい勢いで流れ出ていることも気にならなかった。
「お前をここで仕留める!人類を消すなんて承服できない!」
「威勢のいい子ね。キッドの坊や、やっちゃっていいわよ」
「・・・魔力が増幅した。ユズちゃん、気をつけろ」
赤い光の光線が飛んできて、ユズの足元に落ちる。床は粉々に割れ、立て続けに白い光線、緑の光線が飛んできた。剣で薙ぎ払えば、反射して壁なり天井なりが崩れ落ちていく。ユズは受けて、躱してを繰り返しキッドに近づく。相手も近づかれては離れる、鼬ごっこだ。セドリックがその場にキッドを動けなくするように妖怪の手を床から出した。ユズは剣を振りかぶる。しかし、キッドに意識はないようだった。目がまるで虚ろだった。こいつを倒しても、意味がない・・・ユズは剣の柄の部分でキッドを殴り、気絶させる。妖怪の手が彼の杖を取り、身動きを封じるように縛り上げた。
「自らは手を下さないのか、メリッサ四世」
「三世だと言っている・・・物覚えが悪い眷属ね、容姿は美しいようだけど・・・眷属風情、私が手を下すまでもない。」
「実態じゃないのか、」
セドリックは雪女の風を吹き付けて、彼女の足元から凍らせてみたが、氷の像をすり抜けていく。ユズがいくら斬りかかったところで、意味がないのだ。
「どうしたらあいつを仕留められるっ」
「実態を叩き斬るしかない。」
実態のありかなど今の段階では突き止められないだろう。
二人の周りには悪魔が数体、姿を表した。一体何体の悪魔と契約したというのだろうか。
「おや、セドリック。人間側に寝返ったかい?」
一匹の悪魔が知り合いの知り合いのようだ。
「いいや、この子を食って、そっちにつく予定ではある。」
セドリックは口から流れるように出任せを言える。いや、それが本心なのかもしれない。ユズは彼の本心など別にどうでもよかった。
「そうこなくちゃ、その魔力なしの娘、うまそうだなァ、ちょうど血も流してくれてるじゃないか。俺にも味見を」
ユズは気持ち悪いのでウラヌスの剣でそいつを叩き斬った。悍ましい断末魔が響き、この悪魔が食ったであろう魂が城下されていく。他の悪魔はこの剣は聖獣の加護を持っているのだ、と情報を共有し、ユズから距離を取った。
ユズは距離を詰めようと一歩踏み出した。ぐにゃりと足に力が入らずに膝をつく。
「時間切れだな。血が足りない」
セドリックは少し焦ったようにユズの前に立つ。悪魔は好機、と三体ほどまとめて襲い掛かってきた。
「デヴィーロ、ヨジェリヌカーテム(悪魔よ、去れ)」
キラキラキラと光を放つ妖精たちが飛んできた。可憐なその姿は手のひらサイズで、とてもかわいらしい、女神のようだ。しかし、その女神は悪魔に向かってすごい形相で啖呵を切った。
『悪魔ごときがアル様の前に姿を現してんじゃねえぞ!三秒で消えろ、じゃねえとひねりつぶす!』
悪魔たちは蜘蛛の子を散らすように我先にと去っていく。妖精と格下の悪魔との序列関係はすがすがしいほどはっきりしていた。悪魔と妖精の住み分けは紙一重と言われている。妖精王を主にしているものと、堕天して妖精王の支配から外れたものかの違いだ。元主の妖精王がいれば、実質悪魔など赤子のようなものなのだ。
「ユズ!」
呼ばれてユズは振り返る。頭が痛いし、若干寒気と吐き気もしてきた。
「ジェイド、早く血を止めてやってくれ。」
セドリックが指示をする。彼も霊力が尽きたのか、すっと実態が消えてしまった。代わりにナターシャが出てきて、ユズに駆け寄った。
「誰にやられた!」
アレクシスはメリッサを睨みつける。ジェイドはユズから剣をうけとって、治癒魔法をかける。アルベルトはセドリックと同じで、自分の傷はすぐ治るが、治癒魔法は不得手だと言う。精霊魔法とはまた違う魔法だからだ。治癒魔法は聖なる魔法と言われていて、聖獣などの扱う加護が元になる魔法なのだ。使い手は聖獣の他には聖女など聖なる力をもともと持っている人間に限られる。ウラヌスの剣が聖剣なので、ジェイドは治癒魔法が使えるのだ。
「血は止まっても、血を補うことは出来ない。」
「ジェイド、早く病院にいって輸血しなきゃ死んじゃうわ」
ナターシャはユズの状態を診た。吸血鬼なので、失われた血の量が多いことがすぐにわかった。
「ここはアーセナルだ。ユズに輸血できる人間がいない。アレクは、同じ血液型なのか?」
同じヒト科でもユズは非魔法族だ。アーセナルの人口は圧倒的に魔法族が多い。世界的に見ても、非魔法族が多く暮らすのはジュピタルぐらいだ。魔法族と非魔法族では血液型が適合しない。
「同じではない。俺はシルバーのOだ。こいつはゴールドのOで、オニキス様ぐらいしか同じ型の奴はいない。」
そうか、死ぬのか・・・意識がまどろんでくる中でユズはジェイドの声と彼の手のぬくもりを感じた。
「ジェイド、剣の中に行け、こいつを片付けたら合流する。」
持ち物検査で没収されていた魔石をすべてアレクシスは奪い返してきていた。ジェイドは頷いてウラヌスの剣の魔法を発動させ、ユズとナターシャと姿を消した。
「面白い魔法だな。さて、ジョセフィーヌ。久しぶりだな。今は一体どこにいるんだ?」
アルベルトはメリッサに話しかけた。
「世界の果てよ、アルベルト。あなたが相手じゃ、悪魔が勝てないじゃない、早く死んでくれれば良いのに。キッドじゃ殺せなかったかァ」
「側近が殺されたがな。」
アルベルトは実体のないメリッサをそれでも引き裂くように攻撃した。相当怒っているらしい。
「サシャは最期、お前に会いたいと言って泣いていたよ」
「・・・ジョセフィーヌ、お前のことは愛している。この俺がヒトを末代まで呪いたいと思ったことは250年生きてきて初めてのことだ。妖精王としてヒトには優しくしなきゃいけない・・力の持つ者の責務だ。」
穏やかな声でアルベルトは言う。目はまるで感情を映していない。
「アル、力の持ち腐れというものだ。エルもアンジェも生ぬるい理想論だけで人間を甘やかしてきた。その結果、多くの動植物を絶滅に追いやっている。悪魔だってそうよ、何も悪くないわ、人間にとって都合が悪いだけでしょう。ここはね人間中心の世界ではないの。」
ジョセフィーヌの顔はローブに覆われていてよく見えない。
「ヒト以外の動植物に優しさを向けることは尊いことだ。俺も理解している。でもやり方があるだろう。ヒトを消すなんて極端な考え方はお前自身も苦しめることになるのではないか。」
「私は生きるつもりはないのよ、責任をもってすべてを無に帰したあとでね。」
「ジョセフィーヌ」
アルベルトは穏やかに言う。
「皆がお前のように生に執着していないわけではないのだよ。与えられた生命はみな等しく尊ぶものと思うのだ。お前の価値観を否定するわけではない。皆を巻き込むのは違うと、そう言っている。」
「分かり合えない。私は分かり合おうとも思わない。」
「そうか、ならば仕方ない。」
ぐにゃりと空間が歪んで、ジョセフィーヌの実態は消えてしまう。これ以上彼女と話をしても平行線である。彼女の実態ではない鏡像はここに妖精の魔力寄ってむりやりとどめられていたようだった。それが無理やり遮断されたのだ。
「・・・アレクシスと言ったか。手伝ってもらえないか。」
「何を。」
「君の顔はとてもいい。大多数の女が話をきいてくれそうだ。妖精や魔法使い界隈では俺の顔は効くのだが、童顔すぎて、普通のヒトにはあまり信用されないのだ。魔法族は多いと言っても魔法使いは3割程度だからな。」
魔法学校を卒業する生徒の就職先も多彩になってきて、魔法使いはだんだん選ばれなくなってきているのが現状だ。
メリッサ三世もといジョセフィーヌ・ダグラスを国際指名手配にする手続きが急務である。彼女の研究施設や自宅の差し押さえ。それでもシミカドルの脅威が今や全世界を掌中に収めていることを公表しなければいけない。
「俺である必要が・・・?」
「顔が良い、それだけだ。」
清々しく断言された。幸い、アーセナルには指名手配されていたから、それを覆すにもちょうどいいということだ。それなら、とアレクシスは頷きアルベルトについて行く。これから世界を動かす発表がある。百年保ってきた平和が終わりを告げるのだ。ジェイドの取り巻く状況が、こんなに大きな事態になることを、誰が予想できただろうか。アレクシスはジェイドと、そしてユズのことを気にかけ左耳のピアスを触れ、中空を強く睨んだのだった。




