なくならなくて壊れないものーオニキス外伝④―
妖狐の里編はこれで完結です。
翌日、ユズは旅装を整えて、朝早く辺境伯邸の外へ行く。ジェイドから手紙をもらったからだ。朝の時間を少し下さいと。肌を冷たく刺す外気に身震いして、庭の一角のガゼボに行く。ガゼボは保温魔法が聞いているか、暖かかった。
「おはよー」
「おはよう、ユズ、誕生日おめでとう」
ジェイドがにこやかに朝の挨拶とお祝いを言ってくれる。ユズはどうも、恐縮です、とお辞儀をした。ベンチがあるのでそこに横並びで座る。
「なんで女は16で成人で、男は21なんだろうね」
ユズは単純に疑問に思った。ユズから見ればジェイドはずっと大人だし、自立している。アレクシスだってまだ19だけど、大人に見える。
「確かに16になれば男だって働き手の頭数には入れられるしな。まあ、女の子は16歳あたりが花盛りってもいうし、ユズも言ってたじゃないか、今日が一番若くて綺麗だって。」
「人間だれしも、今日が一番若いわ」
ユズは至極まっとうなことを言った。
「・・・ユズ、聞いてほしいことがある。」
改まって言われると、ユズは緊張した。だけど覚悟はできている。自分はアレクシスと違って、はっきりと振られる準備は出来ている。一番最初に言われていた、責任はとれないと。それをきっともう一度はっきり彼は自分に伝えるのだろう。最近は曖昧になってきていたから。だけど何と言われようと、ユズはジェイドが好きだ。この気持ちは自分だけのもの。誰にも、ジェイド本人にだって関与できない。
「ここまで、一緒に来てくれてありがとう。ユズがいなければ、加護を集めるなんてとてもじゃなく、できなかった。」
ジェイドが切り出しにユズは心臓がドクンドクンと跳ねる。もうついてこなくていいと、言われたら、それは恐ろしいと思った。ユズはその言葉だけは、怖かった。振られるなんて些末なことだ。自分の気持ちに蓋をするのは慣れてるし、しんどかったけどここまでやって来れたのだ。恐る恐るジェイドの方を見る。ジェイドもユズの方を見て、いつものようにユズの左手を取った。手を握る、ということは口説きたいときだよな・・・ユズは一瞬で気持ちが迷子になる。ジェイドの思考はいつも読めない。ユズには難解だった。
「これから、国へ帰る。国は、危険な状態だ。それでも・・・ついて来てくれるか?」
「・・・あなたが望むなら、私はついて行くよ。」
いつかも言った言葉をユズはドキドキしながら口から絞り出した。
「・・・望まなくても、・・・ついて行かせてほしい」
ジェイドの手を、こちらからも握り返す。
「本当は、泣かせたくないし、辛くなるだけなら、ここで別れた方が良いとも何度も考えたんだ。だけど悪い、手遅れらしい。」
彼の左手が、ユズの右頬に滑り込んで、右耳のピアスをなぞる。流れるように唇が重なって、彼の体温を伝えて離れて行った。
「愛してる。俺の残りの人生を一緒に生きてほしい。」
普通に聞けば、普通のプロポーズなのに、この人が言うとそう聞こえないから不思議だな、とユズは思って、にじんできた涙を左の袖で拭った。
「・・・ジェイドの人生を私にくれるってこと?それは、プレゼントなの?」
ジェイドは笑って、否定も肯定もしなかった。プレゼントはなくならなくて壊れないものとリクエストがあった。人生には終わりが来る。ユズのリクエストには応えられていない。
「俺は名前がジェイドだろ、だから、この宝石には魔力が込めやすいんだ。」
ジェイドはそう言いながら、ユズの左手の薬指に翡翠の石のリングを嵌めた。彼女と結婚指輪の話をしたことはそう昔のことじゃないのに、ずいぶん前のことのように感じられる。
「この指輪は、なくならないし壊れない。魔法の指輪って便利だぞ、サイズ調整も勝手にしてくれるからな。あのな、怒らないで聞いてくれ。俺が死んで、その後のこと」
「聞きたくない」
「聞いてほしい。大事なことだから。ユズが他に誰かを好きになる未来が来るかもしれない。そのときは、この指輪を外してくれ、でも大事にお前の死ぬ時まで大事に取っておいてほしい。俺が、生きてたこと・・・お前が覚えていてくれたら俺は、それで満足だ。」
これは実質、彼の遺言だ。自分を愛していると言った唇から、いなくなった後のことを聞かされる。ジェイドは笑っているけど、ユズは涙が止まらなくなる。ジェイドは優しく頭を撫でてくれる。
「も、もう泣くのは、最後にするから・・・わた、私、できるだけ、困らせないように、するから・・・」
「別にいつでも泣いてくれていいし、困らせてくれていいんだよ。泣いてもユズは可愛いし、お前に困らせられるなら男冥利に尽きるってもんだろ」
「・・・難しい言葉、みょうり?」
「幸せってこと。」
ジェイドを幸せにしてあげたい。なるべくたくさん笑ってほしい。自分のできることは限られているけれど、ユズはそう思うのだ。
「ユズは・・・まだ、好きとかそういうの、分からないか?」
ジェイドとユズが出会ったばかりのころ、彼女はそういうのに関心はあるけど実感はないようだったように思う。
「だんだん、分かっては来たと思う。好きというのは、なかなか手強いやつだ」
「はは、そうか、ユズでも手強かったか。」
「もう一回、キスをしてみていい?」
「ちょ、まて、言われると逆に心の準備が」
キスとは宣言なしでするものなのだろうか。ジェイドの場合は雰囲気とか流れとかそういうのを重視するらしく、こんなに近くで、可愛いユズが見つめてきてもいつでもできるわけではないようだ。ユズはユズでさっきは不意打ちのようなものだったから、何かを感じる前に離れて行ってしまったし、言われたことに頭が集中していたから、もう幻のようなものだった。せっかく好きな人とキスをしたのに、そんなのはあんまりだ。アレクシスのキスはリアルに覚えていた。頭が逆に冷静だったからだ。しかも言葉も何もなかった。あれは確かにキスという行為のみだった。何も感じなかったわけではないけれど、ユズは自分が好きと思う人とのキスをしっかりと味わってみたい、と思うのだ。
好きな人とのキスは天にも昇るような心地になるようなことをマリカもヴィアンカもメアリーだって言っていたし、ブライアンの言うオキシトシンとかβエンドルフィンとかユズは興味があった。
「えー・・・あー」
「じゃ、私がしてあげようか」
「男前ですよね、いつも!」
「ジェイドはヘタレだから、押し倒すぐらいがいいってメアリーも言ってたし」
「メアリーさんなんてこと教えてんだよ、ユズ、落ち着け。手をつなぐのは一回目のデート、キスは三回目のデートの別れ際が一番多いっていう統計が出ている。」
「ブライアンみたいなこと言わないで。」
「そういえば、昨日?一昨日か。ファーストキスがどうのこうの言ってたよな」
ジェイドはうまく話題転換した。
「ああ!優勝したらキスしてあげるって約束したね、でも、優勝はなくなったから・・・」
「いや、ユズは誰とファーストキスをしたのかなって」
「・・・」
ユズは少し気まずくなって、ジェイドを見つめ返した。アレクシスの様子がおかしかったから、ジェイドには予想はついていたのだが、聞いたのは意地悪だったろうか。ユズは意外とそういうことは言わない。アレクシスだって言わないだろう。ユズとアレクシスならジェイドはユズのほうが攻略しやすい。アレクシスも割と簡単ではあるのだが。ユズとそういう話をした方が、彼女が可愛いというのは内緒である。
「わ、私は、こうなるくらいなら、ジェイドの寝込みを襲った方がまだ救われたのにぐらいには思っていて」
どうしてそうなる・・・ジェイドは心の中でつっこんで、へたくそなユズの説明に耳を傾ける。ユズは少し頬を赤くして、経緯を語り出した。
「あ、アレクだって本当はしたくなかったのに、無理やりになったのか、したくてしたのかわからないの、なんか操られてた、みたいだし。」
「操られて?」
「私があそこに行ったとき、アレクはナターシャ、あ、あの女は吸血鬼なんだって、それで血を吸われたのか意識がなくってね、それで、意識が戻ったと思ったら、様子が変で、まあ、そうなったというか、で、その記憶みたいなのはアレクにはあるらしくって、で、ああなった。正気になったらなったで、もう私に手を出したから腹切って詫びるしかないって言って大変だったんだよ、止めるの」
「・・・おお、そりゃあ確かに。どうやって正気になったんだ。吸血鬼の支配って解くの難しいだろ」
書籍で読んでいても、一度支配されたものは、吸血鬼側からそれを解く方法しか載ってなかったと思う。
「もともとアレクは精神力みたいなのが強いからな、あと、あの噛みついたでしょ、私が。それで完全に解けた?のかな」
「・・・愛の力?」
「別にアレクに愛はない」
あっても家族愛のようなものだ。
「アレクはユズのことをかなり愛してるだろ」
それは、ユズには否定できない。一方通行でも、そういうのは吸血鬼には有効なのだろうか。はたまたアレクシスの精神力がよほどのものなのだろうか。ジェイドはそこまで考えて、またユズを見た。
「・・・あー、ユズ、残念ながらアレクシスとはファーストキスじゃない。」
「え?小さいころ兄上とか父上とかに奪われたって言いたいの」
「それはノーカンだろ。」
「腹立たしいけどな」
ユズはノーカウントでも今思い出すと、父も兄も蹴っ飛ばしたくなる。いたいけな幼女にキスをねだるなんて大の大人がすることじゃない。兄はまだ伴侶がいないけど、父は母に殺されてしまえと思っていた。
「ユズがドラゴン辺境で溺れたことがあるだろ、そのときもう何回も、何十回も人工呼吸したんだ。アレクにはノーカウントとは言ったが、俺は心の中ではカウントしてる。結構必死で、なんも感じる余裕はなかったけど、俺の中ではユズのファーストキスは俺ってことにしてる。だから、寝込みを襲ってくれなくても大丈夫・・・と言いたかったんだが」
ユズは聞いているうちに真っ赤になって、俯いた。だめだ、そんなこと・・・、それはただの命を救うための応急処置だし、ユズは今の今まで全く意図もしてなかったことだった。だけどそんな事実があったなんて、今初めて知ったし、しかもアレクシスはそれを知ってたくせに、ユズには言わなかったし、ユズは絶賛混乱した。
「お、覚えてないから、やっぱりやっぱりもう一回するべきだ」
「今していいか?」
「ジェイドのばか!今はダメっ!」
ユズはもう照れてしまった。こうなれば、ジェイドはもう一回してみたくなる、だめだな、意地悪はしないようにしたいのだが。
「ま、こういうのはタイミングだよ。変な時にしたら、変なスイッチが入るから、気を付けないと」
ユズはドキドキする心臓を収めたくて、足元を見つめた。ジェイドの右手がユズの左手の薬指を撫でて、ユズの涙はもうすっかり渇いていた。
***
アーセナル共和国へは鉄道で行く。エルドラドから手紙で魔術師協会のものが三人ほど道中の案内、護衛、宿舎の手配をしてくれると連絡があった。
「お初お目にかかります、ヘルメス四世の指示でお迎えに上がりました。私はミラ。後ろの男がキッド、若いのがメルヴェルです。」
女性二人、と男性一人の魔法使いだった。年長のミラは30代くらい、キッドもメルヴェルも彼女も顔を下の部分を布で隠して、そろって紺色の装束を着ていて、見るからに魔法使いだった。
「馬を預かりますねー。」
メルヴェルがアレクシスの愛馬ジャスティスをぽん、と消してしまう。空間魔法の中にいれて、ジャスティスは草原でくつろいでおり、必要な時、呼び出せるそうだ。
「護衛が必要なの?私とアレクじゃ足りないくらい敵が強い?」
「ジュピタルを出るということは悪魔が手を出せる、ということです、お嬢さん。グリフォンが物理に強いとしても、これからは魔法戦が主軸となるとヘルメス四世はお考えです。」
ユズの疑問にミラが答えてくれた。
「なら、ジェイドだけじゃ頼りないのはしょうがない」
アレクシスは納得し、さらりとジェイドをディスった。
「悪かったな!似非魔法使いで!」
これから鉄道で三日かけてアーセナル共和国の首都、テラスタへ行く。それから魔術師協会本部で状況の報告などを聞き、また西へ進む鉄道へ乗る、ということだ。
鉄道は黒い車体の機関車だった。SLを初めて見たし、初めて乗れることに少し楽しみだった。
「これは、オリ〇ント急行殺人事件ってやつだな」
「あほなこと言ってんな。グリフォンの予知はしゃれにならねえぞ」
別にグリフォンではなくユズが言っただけなのに、アレクシスは不吉だ、と肩をすくめた。意外と怖がりなのだ、アレクシスは。
客室は魔法使いたちとは別だった。だけど彼らは定期的にお菓子を持ってきたり、昼食だと弁当を置いて行ったり、飲み物は足りてるかと声をかけにくる。アレクシスは暇だから、車内を見てくるといい、そしてトレーニングルームがあったからそこへ行くといなくなった。ジェイドはずっとタマモからもらった本にかじりついている。ユズは暇すぎて寝た。起きたら自分もトレーニングに行こうと思いながら寝た。
列車の客室はベッドもついている快適なものだ。ユズはベッドではなく座席にもたれて寝ている。ジェイドは本を読み進めていく。
『聖獣はもともと魔獣の中で魔力を凌駕し魔力を必要としなくなったものを呼ぶ。』
もともと魔獣の一種で、神々の時代、神から特別な恩恵に授かったのが聖獣の起こりらしい。だからこの世で一番神に近い存在だと言われている。それと対を為すのが悪魔で、悪魔の唯一の弱点となっているのだ。聖獣が捕食する側、悪魔がされる側。聖獣は好んで悪魔を食べるのだそうだ。ジュピタル王国は別名聖獣の国と言われており、その特別な恩恵をもらった聖獣が、あの終末期にこの国に集まって。最初の悪魔を倒したのがシリウス歴の始まり、今から2500年ほど前のことだ。千年前の悪魔は、その終末期に倒されたことで聖獣に恨みがあってジュピタル王国に現れた。当時、西辺境を中心に被害にあったらしい。そこで立ち上がったのがグリフォンの勇者、と記されていた。その勇者はグリフォン姓だが、バジリスク領に居住していた、生粋の勇者、なのだそうだ。おそらくセレスティン・グリフォンのことである。セレスのことをラルフが案じていたのも、セレスの剣がギルドの町まで届いていたのも、そういう理由だったのか、とジェイドは納得した。
いったん本を閉じれば、ユズが座席の長いすに縮こまって寝ていて、ベッドで寝ていればそんな窮屈に寝ないでもいいだろうに・・・とジェイドはため息をついて、ブランケットを彼女にかけてやる。汽車はいったん止まった。一応特急列車らしいが、夜は走るのをやめたり、線路の点検があったりと頻繁に止まっている。止まっているときは襲撃されることもあるからか、ユズはバッと身体を起こした。
「あ、ジェイド、休憩?」
「おお、なんか飲み物でも持ってこようか?」
「えっと、「オレンジジュースをお持ちしました、お嬢様」
ミラがユズにそれを差し出す。ジェイドにはブラックコーヒーだ。
「どうもありがとうございます」
ユズはオレンジジュースを一気飲みした。公爵令嬢の面影はどこにもない。アレクシスが見ていたら、きっと叱責ものだった。
カンカンカンと警笛が鳴る。一帯は山に囲まれている。山賊が線路を破壊し、金目の物を出せと車掌と一部貴族を人質にとった、とキッドが情報を持ってきた。
「助けに行く?」
「いいえ、お嬢様。ここにいましょう。我々は襲ってくるものにだけ対応します」
ユズはなんとなくグリフォンの理論には合わないな、と不満げにミラを見た。グリフォンは別に正義の味方ではないけれど、騎士道は悪しきを挫き、弱きを守るものだ。
「私は行くわ!」
「あ、俺が追いかけますね」
ユズが飛び出したのをジェイドは追いかける。ミラはキッドとメルヴェルに目線を送り、二人を追わせた。
前線に行けば、アレクシスが山賊を伸していた。アレクシスは山賊に破壊した線路を今すぐ直せ、直せないなら壊すな、死ぬのか直すのか今すぐ選べ、と迫っていた。
「ならこっちは大丈夫」
ユズは踵を返して、列車の屋根に飛び乗り、列車の最後尾を目指した。ジェイドがやっと屋根によじ上った時、ユズは十両編成の列車の五両目にいて、足が速いな・・・と感心する。
「ジェイド、ユズがあっちいったか」
「ん?ああ、もう終わったのか」
「まあ、あとは警備に任せる」
さんざんぼこしておきながら、爽やかにアレクシスは言い、苦戦しているらしい最後尾の最後尾のほうに駆けていく。
「グリフォンの使者って、かっこいいな」
「でも、我々からしたら勝手に動かれるのは困ります。」
「ちなみに目立つのも良くないですよ。」
キッドとメルヴェルはめんどくさそうだ。
「まあ、あなたとあなたの持つその剣を守るようにと言われていますので、最悪あなただけ護衛できればいいですが」
冷たい声だな、とジェイドは肩をすくめた。兄に命じられただけで護衛の役は彼らにとっては余計な仕事なのだろう。ジェイドは屋根の上ではなく、屋内を最後尾まで行くことにした。中に追い込まれてきた山賊と鉢合わせて、二、三度剣を振るう羽目になった。力量は同じくらいか、自分のほうが上だったようで事なきを得た。
「びびった、久しぶりに剣を取った」
「それもそれでどうなんですかね」
「キッドくん、なんか俺に厳しくない?」
ジェイドはだって、常にユズが守ってくれていたから、自分で剣を取る必要はなかったのだ。彼女と会ったのは、去年の5月だから、それ以来のことだった。最後尾から外を見れば、山賊は須らく縄についていた。さすがグリフォンの使者たちである。どこに行っても頼もしい。
線路は列車専属の魔術師がいて、魔法でそれらを修復した。こういうことは往々にしてあるのだそうだ。また列車は走り出した。
***
オニキス外伝④
地表へは、魔獣が出没するようになっていた。それらはシールドを破り、ウラヌスタリア内から外へ出ようとする。魔力が合わないためか、外へそれを求める現象のようだ、とエルドラドは分析した。オニキスは昼夜魔獣退治に明け暮れていた。戦える騎士や兵士を連れていく。魔法騎士団は魔力を食い物にされてしまうので、できるだけ武力のみで戦える兵士が必要だった。メビウスや周辺の国から募っても百人に満たないが、オニキスが一騎当千の力を持っているので、なんとかはなる。しかしそのひっきりのなさと言ったら、さすがのオニキスも体力の限界を感じていた。そういう作戦なのだ。それに屈してはグリフォンの名折れである。オニキスは屈指の負けず嫌いであった。
「シールドを強化した、いったん戻ってくれ」
耳元でエルドラドの声が響く。
「一時撤退」
オニキスは兵士たちの指揮を執り、退路を作る。兵士も自分の兵士じゃないから少し気を遣うのは否めない。それでも兵士たちからは一心に畏敬の念で見られているのだが。
「大事ないか、オニキス。いつも前線にでてもらってすまない」
「俺は大丈夫だ。寝ればたいてい回復するから」
「・・・タフすぎでしょ、人間じゃないわ」
リンファが治癒魔法をかけながら、化け物を見るような目でオニキスを見ていた。
「ただ、増えてるんだよな、やった分だけの成果が見えない。」
「・・・ジュピタル100年分の魔力となると、どれだけの魔獣が生成できるのかを計算すれば100億を超えるだろうな。出てきている分だけ計算しても倒したのは3万かそこらだろう」
「・・・ほお、なら一日一億殺せば三か月あまりで倒しきると」
「どういう頭で計算してんの、ウラヌスタリアは10万都市、一気に一億も魔物が出てこれないのよ!それに圧倒的に兵力が足りない。」
リンファがオニキスのポンコツな部分を一刀両断した。10万都市だって東西南北の地区ごとに別れる。
「それと、悪い知らせといい知らせがあるぞ」
エルドラドが手紙を持っている。
「えー・・・悪い方からで」
「鬼の一部が悪魔の傘下に入ったようだ。オニキスの妹さんが手も足も出なかったらしい」
「あー・・・なら俺がぶったぎるわ、その鬼。じゃあいい方は?」
「妖狐の加護を無事獲得、これからこちらへ向かうとのことだ。写真もあるぞ」
オニキスはユズの誕生パーティーだと自分以外が勢ぞろいしている家族の写真を見せられ、プルプルと震えた。エルドラドは、ユズは誕生日か、成人おめでとう、と呑気なことを言っている。
「俺だって・・・俺だってユズの成人を祝いたかった!!」
写真は破けないので、地面に剣を突き立てる。地面が地割れした。やめなさい!とリンファが怒った。大体今まで魔獣征伐していたくせにどこにそんな力が残っているのだ、と言いたくなる。体力バカか、とため息が出る。寝れば回復するなら風呂に入って飯を食って、一刻も早く寝るべきだ。
「なんだよこれ、アレクの親までいるし、エルヴィン様もいるし!ユズがめっちゃ可愛い服着てるし、マリカも可愛いし!!ずるくね、俺はこんなとこにたった一人遠征してんのに!」
「こんなところで悪かったわね、エルドラド様、こいつ気絶させてもいいですか」
リンファは周りが見えなくなっているオニキスを指さす。
「オニキス、もうすぐこちらへ来てくれるよ。そしたらまた祝えばいいじゃないか」
「・・・・祝いの品も用意できねえんだけど」
「リンファ、オニキスに休暇をやろう、メビウスに連れて行ってあげなさい」
「えええええ、」
リンファは面倒ごとになった、と頭を抱えたのだった。
オニキスはメビウスの国境から主要都市に買い物に来た。別にリンファはいてもいなくても問題はなかったが、そう思っているのはオニキスだけである。リンファはオニキスの付き人であるニケが、坊ちゃんの相手は大変なので、私が変わりましょうか、と申し出てくれたが、エルドラドの命なので自分が付き添うことにした。ニケは大魔法使いヘルメス四世に会えた感激とそばで魔法使いとして役に立てる喜びに打ちひしがれて、なるべくエルドラドのそばを離れたくなさそうだったからだ。
メビウスの主要都市レイファヨーテルまで行けば、人々はウラヌスタリアで起こっていることは対岸の火事としてとらえているようだ。国境のほうとは違い、まったく危機感も緊張感もなく、人々は平和に暮らしている。
「年頃の女は何をもらったら喜ぶんだ、お前よりも若い女だぞ」
「失礼ね、私だって、盛りは過ぎたけど女だわ!」
いちいちオニキスはむかつく。リンファはいちいち怒っていたら、青筋が切れてしまうので、冷静にを心がけて深呼吸をする。オニキスはオニキスで女は商売女しか相手にしてこなかったので、接し方は分からなかった。妹たちにも最近は冷たい目で見られるが、自分は妹たちを愛しているし、大事にしているつもりだった。その他の女は総じてめんどくさすぎて、相手にしてこなかった結果だ。結婚をせっつかれないが、このままではグリフォンの棟梁は弟のオパールになってしまうことを彼はまだわかっていない。
「上の妹さんには何を贈ったんですか」
「マリカには、ぬいぐるみを贈ったんだ。いらないと投げ返された」
「子どもじゃないのよ、16歳は成人。立派なレディーなんだから」
リンファはため息をつく。
「レディーって、ユズはそういう柄じゃないだろ」
「あら、そういう柄じゃなくてもそういうものをもらったら嬉しいものよ」
「ユズは剣とか、盾とか・・・籠手なんか喜ぶんじゃないか」
「・・・人の話を聞いてないわね、大体妹さんが戦場に出るの反対してたんじゃなかったの」
「でも出てきちまったんなら、それ相応に装備をさせねば、可愛いユズが傷物になっちまう」
リンファもそれは否定しなかった。その線で行くなら武具屋に行くべきか。オニキス自身は成人の時にこの黒い剣を父から賜ったのだと誇らしそうにしている。そして気づいてしまった。使い続けて五年、オニキスの剣にはうっすら皹が入っていることに。
「・・・・お、俺の剣に、ひ、皹が・・・」
「まあ、あんなに無茶してたら皹くらい入るでしょう」
「これは、父上から賜った、記念すべき剣なんだぞ!ただの剣じゃない!」
それをリンファに言われても、リンファはどうとも答えられない。まあ、早急に武具屋に行く必要はありそうだ。弘法筆を選ばずという言葉があるように、素晴らしい剣士は剣など関係なく素晴らしいということはオニキスも知ってはいる。だけどこの剣には思い入れもあったし、思い出深いものだ。この遠方の地に来て、我武者羅に戦って来られたのはこの相棒がいたからに他ならない。この先、このように相性の良い剣と出会える保証はない。そう思いながら武具屋に入る。
「これの皹を直してほしい」
「一か月かかりますね、代替の剣を選びますか」
ユズの武具を選びに来たはずが自分の剣を選ぶ羽目になるとは・・・とオニキスは適当に剣を物色し始めた。力に耐えられる剣であれば、多少重くてもいい。グリップを調整する必要がある。
「これ、小刀に作り替えた方が良さそうです」
「なんと!もう修復不可ということか!!!」
オニキスは絶叫しそうになった。打ちひしがれて、床に膝をつく。みっともないから立ってくださーい、というリンファの声は聞こえていない。刀鍛冶はどうしますー?と無慈悲に聞いてくる。
「・・・・な、ならばその小刀をユズにやろう。プレゼント用に包んでくれ」
オニキスはもう一つユズによさそうな籠手と、後は自分用の剣を選んだ。そして肩を落として店を出る。すっかり落ち込んでしまったオニキスをリンファは慰めるでもなく帰路に導く。
帰ってきたオニキスの魂の抜けた様子に、リンファは説明を求められた。
「オニキス、たくさん無茶をさせてしまってすまなかったね。」
エルドラドは申し訳なさそうにオニキスに話しかけた。
「ああ、いや・・・形あるものは何れ己の手を離れていくことは理解している。」
「新しい剣に補強の魔法をかけよう。心もとないかもしれないが、壊れないようにはできる。」
壊れてしまったものはどうにもできないし、使えば使うだけものに負担がかかるのは防げないが、剣の寿命が来るまで剣を補強する魔法はある。
「お前が大変な時に、気を遣わせてすまないな。」
「オニキス、無理して笑うな。調子が狂うじゃないか」
エルドラドは傷心の彼を慮った。
「剣一つで四の五の言ってなどいられない。明日にはしっかり切り替える。」
「オニキス、剣士にとっての剣というものはそう単純に割り切れるものではない。それは私にとっての杖と一緒だろう。これを失えば、私は無力だ。」
「・・・俺はな、剣を失っても拳があるんだぞ。そういう場合も想定内だ。」
オニキスはエルドラドが自分よりも悲しんでいるように見えた。きょとんとして拳を掲げる。いざというとき、剣なしで戦えるようにも訓練済みだ。拳も蹴りも体術もすべてにおいてオニキスは鍛えぬいてきた。
「さ、さすがだな。武力を司るとは、恐れ入ることだ。」
「あまり気にするな、エル。俺はどんな剣でも戦えるぞ。ただ・・・・ストックは山ほど頼む。あれでないとたぶん三振ぐらいで使い物にならなくなる気がする。」
「善処する。お前に会う剣が見つかれば良いのだが。それも探しておこう。」
「すまないな!俺も急ぎ父に手紙を書こう。」
『トパーズ・グリフォン侯爵殿 オニキス
急ぎ、私に合う剣の工面をお願いしたい。父上から賜った剣に皹が入り、修復不可とのこと。他の剣では力に耐えられない。グリフォンの加護に耐えうる剣を送ってほしい。魔石はいくら使っても構わないとのこと。よろしく頼む。』
返信はすぐに、剣とともに届いた。白い鞘に収まった、白銀の刃の美しい剣である。オニキスが使うには少し細身だが、重みも馴染みもしっくり来て、さすがグリフォン侯爵家がその血のものに作った剣は違うな、と惚れ惚れと煌めく刀身を見た。
『オニキスへ 父より
ユズ用に作っていたものを送る。ユズがそちらへ到着したら渡してあげてほしかったが、お前が使って馴染むなら、お前が使っていなさい。ユズは良い剣を持っていたから、しばらく必要ないだろう。ユズと会ったらユズの剣を見てやってほしい。いずれにせよ、しばらくはその剣を使って戦うように。お前の無事と健闘を祈る』
ユズ・グリフォン
恋のしんどさを実感するお年頃。
だんだん自分事として捉えられるようになってきたので、
ジェイドとそういう雰囲気になるのが恥ずかしくなってきた。
アレクシスの気持ちには気づいている。
ジェイド・ウラヌスタリア
今回は魔法比べを頑張った。
自分の事情があるが、ユズもアレクシスも最後まで巻き込むことに決めた。
決めてしまえば潔く行動できる。
アレクシス
多分振られたけど、ユズのことはきっとずっと好き。
そのうち弱みに付け込もうと決めるが、そういう未来も来ないでほしいと思っている。
ジェイドとのことはもちろん認めない。
セドリック
何やら秘密を持つ、かなり麗しい見た目の鬼。これからも登場します。
ユズのこともジェイドのことも結構好き。人間は嫌いになり切れない。
ナターシャ
セドリックには千年くらいずっと恋しているが、一向に報われない吸血鬼。
セフレの位置に落ち着く。彼女にも秘密がありそうです。




