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ジュピタル王国英雄記  作者: ヤー子
第五章 魔術師協会事変

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魔術師協会


列車は五日ほど走ってアーセナル共和国の首都、テラスタへ到着した。アーセナル共和国は大陸の東側では一番の面積を誇る。首都は中央より若干東側だ。アーセナル共和国とアンドロメダ市国の国境が西と東の境界になっているくらい、アーセナルは広大な土地を持っている。

アーセナルの首都には魔術師大学校や魔術師協会の本部がある。マルス魔法大国の魔法学校と双肩と言われるほど、この国の学校も魔術師界隈では有名である。エルドラドはウィザードランドという西にある魔法使いの国の学校を卒業したとジェイドは教えてくれた。エルドラドの就職先の魔術師協会への入り口は防犯の関係からしょっちゅう変えられているそうだ。足早に移動する魔法使いたちに遅れないようについて行く。出だしこそは気を遣ってもらっていたが、彼らに配慮という言葉が欠如し始めたのは、ユズとアレクシスが列車で諍いに加担してからだ。相容れない、と判断されたのだろう。

ユズもアレクシスも気にしていないのか、この間のギスギスをジェイドだけが気にしていて、ため息が出る。ユズが初めての土地にキョロキョロして遅れがちなのにも気を配らなければいけない。アーセナルは技術が進んでいる。馬車とか馬とかそういうのは走っていない。人々は足早に通り過ぎてビルに吸い込まれていく。空を車が飛んでいるし、雨が降れば自動でバリケードが出る。首都には山や野原、農業地などはなく、一面コンクリートで緑はささやかな植樹がところどころにある程度だ。空気は排気ガスで重くなるのではと思いきや、そういうもの清浄にする装置も開発されており、環境への配慮もマイナスイオン調整システムやら全自動光合成システムなどの開発で問題ないらしい。

「ねー、あれって何、おばけ」

「衛星鳥っつってな、監視カメラみたいなもんだな。」

機械のような鳥のような変な生き物なのか、機械なのかが時々空高く見える。あれが見えるユズの目もさすがだ。景観を損ねると不評な衛星鳥は魔法で消える時間帯もある。あれがテタスタの防犯の要だ。

「はっ、ユズ・・・はぐれた」

ユズの質問に悠長に答えたのがいけなかった。気が付けば人波に取り残されていた。

アレクシスの剣にも探知魔法をかけていたから、なんとかなるだろ、とジェイドはユズとだけははぐれないように、手をつないだ。

探知魔法は魔術師学校を差していた。ジュピタルは魔法技術を手放して、わりと科学技術にもあまり頼らない暮らしで成り立っているから、ユズはこういう世界の最新技術に触れる機会は少ない。それを知ってなお、ジュピタルはあの暮らしを継続させるということは、それもそれの良さがあり採用しているのだろうとも思う。ジェイドはアーセナルのこの利便性に特化した環境よりもジュピタル王国のほうが好きだった。自分の趣味がサバイバル系だからかもしれないが自然豊かな風土のほうが落ち着くのだ。

ウラヌスタリアは都市国家で、一次産業よりは三次産業が盛んだが、隣国と農業漁業関係は協定を結び、就職先も斡旋してもらっていた。国土の半分は山で、それを超えれば海があって、幼いころはエルドラドについてよく山を上ったり、海に釣りに行ったりしていた。そのうち一人でも行くようになったし、国民はジェイドが一人で歩いていても、気軽に声を掛けてくれるようなそんな温かい人柄だった。

アーセナル共和国は、みんな誰も関心を持っていないような冷たい印象がある。人混みを縫うように歩かねばならないし、肩がぶつかっても老人が転んでも子どもが泣いていても、誰も見えていないかのように通り過ぎていく。気づけばユズは老人を起こして声を掛け、子どもを泣きやませて事情を聴いている。そういう人間の美しさはやはりジュピタルでは多かったように思うのだ。

二人で人を助けがてら、魔術師学校についたのは夕方頃だった。アレクシスがどこで道草食ってたんだ、と怒ったが、まあいろいろ、と濁して終わった。こっちからアレクシスを探せるが、アレクシスからユズやジェイドは探せないので、彼は現場に留まるしかないのである。手紙のやりとりはできるので、それで心配しないようには伝えた。今日はここで休むらしい、とアレクシスは聞いたことをジェイドに伝えた。学校には寮もあり、この学校は魔術師協会の管轄なので、空いている部屋を貸してもらえるのだそうだ。

「ミラたちは?」

「知らん。あいつらだけが協会に行ければいいんじゃないか。」

「・・・信用してないわけじゃないけど、全部情報くれるのかは微妙な気がするな。」

「お前ヘルメスなんとけの弟なんだろ、舐められすぎじゃね?」

図星だ。アレクシスの歯に衣着せぬ物言いが耳に痛い。

「兄と俺は違う人間だしな。まあ、いつものことだ。」

ジェイドは魔術師学校に通ってもいないし、魔法使いのいろはも学んでいない。本職の魔法使いから見たら、もはや存在が気に入らないのだろう。そして魔法を誇りに思うものは総じて非魔法族を差別しがちだ。エルドラドぐらい神に愛されたような魔法使いは別次元なのだ。アレクシスがこっちで夕食だと案内された部屋にユズとジェイドをつれていく。パン一つとカボチャスープと生野菜のサラダという質素なものが用意されていた。自分で作った方がまだ栄養価の高いものが作れる・・・ジェイドはひきつった。アレクシスはともかくユズは侯爵令嬢だ。しかも彼らはグリフォンの使者だ。肉ぐらい付けてほしい。

「大丈夫ジェイド、豆がある」

「確かにタンパク質だが・・・しかもこの豆、生で食う豆じゃねえし」

「なら植えるか」

「お前ら呑気だな」

ユズもアレクシスも気にならないようだ。食には関心がないわけではないだろう。アレクシスは騎士訓練で兵糧減の場合の対処法でこういうのは慣れているという。

「ならどこかへ食べに行けばいいんじゃない?」

ユズは外に出て、アーセナル共和国を満喫したいようだった。


せっかくだから美味しいと有名なレストランに入った。アーセナル共和国の特産は米だ。ユズは寿司が気に入ったらしい。手毬寿司が可愛らしく皿に盛りつけられて出され、ユズはとても喜んだ。アレクシスは牛ステーキ丼を頼んで、ユズに肉を分けてやっていた。

「サーモンくれ」

「え、やだ、サーモンは渡さない。エビで我慢して」

どうやら物々交換らしい。

「大トロ」

「無理、タマゴはいいよ」

「いくら」

「アレク、私の好きなものばっかり狙ってる」

「もう一つ頼むか」ジェイドが提案する。

「そうだな、そうしてくれ」

「そしたら、サーモンと大トロといくらは私にくれる?」

「やらねえわ」

ユズとアレクシスの関係は少し落ち着いたらしい。二人が良好だとジェイドは助かる。今は魔法使いたちとの関係が良くないのでさらに助かる。

「ジェイド、本読んでなんか新しい情報とかねえの?」

アレクシスが聞く。

「ああ、聖獣の起こりについては大体理解した。それぞれの特性というか加護の棲み分けみたいなのもあって、ジュピタルに住み着いたのも、ジュピタルが魔法技術や科学技術を採用しないのも聖獣が影響しているところもあるみたいだな。なかなか面白いぞ、バジリスクの章とかドラゴンの章とか分けられててさ。」

如何せん妖狐の言葉で書かれているので、誰でも読めるわけではない。

「読破にはあと一週間はかかるかな、眼鏡のおかげだ、これがなけりゃもっと時間がかかってる」

「私のおかげだね、もっと褒めてもいいよ」

ユズは得意げだった。アレクシスのサーモンを掻っ攫い、羽交い絞めに合っていたが。


魔術師学校へ戻ると、門限だなんだの言われて入れてもらえなかった。これは明らかな冷遇である。これ、この人たちと一緒に行く意味あるか、とジェイドは本気で考えた。兄に手紙を書くのはちくった、みたいになるのも嫌だが、致し方ない。心の安寧のほうが大事な場合もあるのだ。

「決めた、先を急ごう。」

ジェイドが言うのなら、ユズもアレクシスも彼について行くだけだ。

ジェイドは軽くエルドラドに手紙を書いた。

「お前でも相性が合わないタイプの人間がいるんだな」

意外そうにアレクシスは言う。

「俺を聖人君子だと思ってんのか?基本、お一人様ですからね、俺は」

アレクシスはジェイドが初対面でだいぶ自分に気を遣って話をしていたことを思い出す。アレクシスもアレクシスでかなりジェイドを警戒していたことが懐かしい。

「一人は楽だぞ、でも案内人はいたほうが時間短縮にはなるよな。俺は国からこっちに来るのに五か月も使っちまった。」

「ジェイド、いろんなことに首突っ込むもんね」

ユズは納得した。山に行ってもこれがなんだとか、あれがなんだとか、これは食べられるとか、食べられないとかいろいろ教えてくれる。

「ユズさんは人のこと言えないと思います。しかし、今回は五か月も使うわけには行かない。ユズの兄上ほど時短はできないだろうが、二か月ぐらいでたどり着きたい。」

早馬で三か月の距離を兄はどうやって一か月半で行ったのか、ユズは首をかしげる。きっとアレクシス一人なら可能だと思う。彼に大会で馬を走らせたら優勝できる気がする。

「あ、ジャスティスをあいつらに預けたままじゃねえか。」

「あの空間魔法なら、俺も関与できる。必要なとき言ってくれ。」

三人は駅に着いて、西地区行の夜行列車に乗った。手配されていた列車はきっと貴族用のもので、客室にベッドなりなんなりついていたが、今乗る列車は客室なんてなく、座席も横一線で、そして帰宅ラッシュなのか良い感じに混んでいた。長く乗っていれば人も掃けてきて、座ることができる。

「ユズ、座るか」

「私は立ったままで体幹を鍛えるから大丈夫、ジェイドがお座りよ」

アレクシスは手すりにもつかまっていなかった。ジェイドはお言葉に甘えて座る。魔石が光って、手紙が来る。

『ジェイドへ エルドラド

 悪魔は人間に化けていたり、あるいは仲間に化けたりもするから注意が必要だよ。会う人全部を警戒するよりは協会の護衛をつけて、安全に陸路を来るのが私は最善と思う。ユズさんやアレクシスくんに危害が及ぶ事態はなるべく避けなければならない。今、お前が一番危険な状態にあるのは分かっているね、ウラヌスの剣を決して手放さないように。また、決して一人にならないようにしなさい。』

エルドラドからはしっかり小言をもらってしまい、ジェイドは肩をすくめた。

「手紙、なんて?兄上からは?」

「ユズの兄上からは特にないよ。まあ、気を付けて来いってさ。」

「任せて、ジェイドは私が守ってあげるね」

「ありがとう、ユズ、空いてきたから座りな。夜は長いんだから、ちょっとは休まないと。」

ジェイドはユズを隣に座らせて、自分は本を開いた。

ユズも弟のオパールから誕生日プレゼントだともらった軍記物の小説を開いた。車内販売にアレクシスがジュースを買ってきて、ユズの左隣に座った。距離が近い。ユズもジェイドとほぼゼロ距離に座っているが、アレクシスが自分のパーソナルスペースにいるとなんとなくぞわぞわする。

「ねえ、混んでないんだから、もっとそっちに行ってくれない」

「お前、俺の虫よけ。むしろジェイドとお前の間に入れてほしいくらいだな」

「虫よけ?今は冬だから虫は出ないだろ」

ユズは眉をしかめてアレクシスを見る。

「ゴ〇ブリに季節は関係ねえだろ」

「ふうん、ゴキ〇リくらいで怯えるなんて、アレクも可愛いじゃん」

ユズはアレクシスの弱点があの黒い物体だなんて知らなかった。もちろんそんなことはない。勘違いしているユズが可愛らしくて、アレクシスは否定も肯定もせず、引きつった笑みを向けた。

女の子を害虫扱いするアレクシスは大概失礼だが、意味はジェイドには伝わった。向こう側に夜行列車なのに女の子が五人くらいの集団でいて、アレクシスをちらちら見ている。そこに柄の悪い男が三人ほど加わった。絡まれているようだ。女の子はまんざらでもなさそうだけど、形式上いやですぅ、と甘ったるい声を出している。ユズは助けなくていいのかな、と身を乗り出したが、ジェイドとアレクシスに元に戻される。

「はあ、ここでおっ始めなけりゃあいいけど」

「アーセナルもこの時間だと治安が良くねえな」

一人女の子がこちらへ来た。

「あの、助けてほしいんです、絡まれちゃって」

明らかにアレクシスに話しかけている。

「良いよ、私がぶっ飛ばしてあげる」

ユズが立ち上がる。こういうのは空気を読まないらしい。明らかに男女は知り合いだし、目的はアレクシスを釣ることだろう。釣れたのがユズで、呼びに来た女の子は非常に不服そうな顔をした。グループに目配せする。アレクシスはめんどくさそうに立ち上がって、ユズを座らせた。

「ジェイドを頼む」

「ああ、はい」

「ユズから離れるな」

「承知仕りました」

アレクシスはユズとジェイドにそれぞれ声を掛けて、話しかけてきた女の子に連れられて行った。場所を変えるようで隣の車両に行ってしまう。

「ユズ、こっち側においで」

ジェイドはドア際の端の席に座っていたが、ユズを端にして自分が隣に座って、隣に人が来られないように座りなおした。夜はドアもそんなに頻繁には開かないから、寒さの心配もない。車両の電気が薄暗くなる。夜11時になったらしい。本を読むのをやめて、いちゃいちゃでもしようか、なんて不埒な気持ちが出てきて、ユズの左手に手を重ねた。

「この時間で、この照明はだめだな」

何がダメなのかユズは分からない。アレクシスの行った車両が気になるのか、じっとそちらを見つめている。

「アレクはどこに行ってもモテるよな」

ジェイドは感想を言う。男として彼は嫉妬できる土俵にも立てないくらい、イケメンだし強い、とため息が出る。ジェイドが女でもきっと惚れていた。そう考えるとユズはアレクシスに惚れないのは、そうとうヘンテコだと思う。


「モテてるうちが華だね。性格と・・・」

ユズを好きなところをなんとかしないと嫁ぎ先が見つからないだろう。ジェイドには言えないことなので、言葉が迷子になる。

左手の指輪をなぞられていて、時間と照明がなんとかと言ったジェイドの言葉の意味にユズは気づいた。今、彼と目を合わせたら、そういう雰囲気になるのだろうか、とドキドキしてきた。ジェイドのそういうタイミングは、予想しやすいけれど、ユズは実践に関しては初心者だから意識をしてしまえば動けなくなる。こっちが積極的な時は消極的になるくせに、男心というものも難しいものだな、と思考した。左手は彼の右手と恋人つなぎのようになった。ニコニコとジェイドが花の咲くような笑顔でいるから、ユズは少しほっとした。

「今、この車両に二人きりだな」

「それが嬉しかったの?」

「まあ、あんまりないだろ。二人きりって。こないだみたいに意図的に作らないと。」

最初は二人で始めた旅に、アレクシスが加わった。ドラココではアレクシスが忙しかったから、そういう機会がよく合ったように思ったけれど、フェニックスではほとんどなかった結果、ユズの癒しがジェイドには不足していた。極めつけに西辺境へ行く旅の途中で羽目を外したため、それ以来はアレクシスが目を光らせていることが多い。

「うーん、ジェイドはこういうところが、アレクに怒られるんだと思うんだけど」

だって、今だって、いつアレクシスが帰ってくるともしれないのに、そういうスリルを好んで、こんな状況に持ち込むのだろうか。

「ユズ、今アレクの名前出すことないだろ、萎える」

ジェイドは分かりやすくむっとした。嫉妬はできないと言っても、やはり本心ではしているのかもしれない。

「萎えたら良いんじゃない?」

そうはいってもジェイドはユズの左手を離してくれることはなく、ぐっとユズの左肩に体重をかけてくる。

「ユズはだって、全然抵抗してくれない。俺は調子に乗るべきだ」

だってユズはジェイドが好きだし、この先のことにだいぶ興味はある。至近距離にいる彼をうかがい見れば、熱のこもった綺麗な翡翠色と目が合って、ジェイドの左手がユズの右の頬に添えられる。ユズはバクバクバクと高鳴る心臓が口から飛び出るんじゃないかと思った。触れられた頬が熱い。彼の手が、右耳のピアスに触れる。「ひゃ」変な声が出て、ユズは右手で口を押さえた。

「可愛い、ユズ」

「待って、」

バチン、とユズは今度はジェイドの顔を押さえた。

「あ、やっと抵抗した。そうそう、俺を止めてくれ。最近手を握るだけじゃ物足りなくなって」

ムラムラが落ち着いたのか、諦めたのか、ジェイドはため息をついて座りなおす。手は握ったままで、握ったり開いたりしている。ユズはほっとして、今度は自分がジェイドの肩に寄り掛かった。だんだん眠くなってきた。この距離感じゃ、もういられないってことなのだろうか。ジェイドが苦しいなら、苦しくないようにしてあげたいと思う。でもそれはいつかも思ったように、逆に彼を苦しめることになるのではなかろうか。ジェイドの理屈で言えば、好きだから、キスとか、身体の関係とかが成り立つとすれば、構わないのだろうか。ユズが怖がっていれば、彼は先には進まないのだろうとなんとなく思う。でも時間がないのだ。できるだけ、ジェイドの願いは叶えたい。

「あのさ、今すぐ、結婚しちまおうか。」

「どうやって?」

「誓いのキスをして。」

ユズは思わず笑った。それで結婚が成立するなら、それも良いと思った。

「・・・ユズの憧れる結婚には、ならないかもしれないけど。綺麗なドレスも着せてやりたい。絶対似合うと思う。あとは家族や友達、たくさんの人に祝福してもらって・・・が理想だけど、今は難しいだろ。でも・・・え、寝た?」

今は寝るような話はしていないと、ジェイドは思っていた。だけどユズはすやすや眠っていた。可愛すぎて、話そうとしていたことが抜けて行った。ユズは難しい話はよく眠そうに聞いている。アレクシスの説教も頑張って起きているが、実のところ半分も聞いていないことは知っている。

ユズというか女の子にとっての結婚というものはきっと特別なものだ。ジェイドもそうしてやりたい気持ちはある。だけど、そういう状況ではない。ないはずなのに、生存本能というのだろうか、戦に直面すれば、好きな子とそういうことはしたくなる。今は手をつなぐだけ、キスだけ、そうしているうちに体面では収まらない気がして、関係を進ませることが躊躇われた。だから体裁を整えたい、なんて自己都合も甚だしくて、バカげている。

「・・・でもムラムラするんだ、この気持ちはどうしたら良いのか」

「どうでもいいけど、離れろ。その手のつなぎ方はアウトだ」

ジェイドはアレクシスに離れるなと言われたことを律義に守っていただけだ。こういう意味ではないのは重々承知しているが。

「アレク、ユズとは結婚を前提にお付き合いをしようと思っているから、手ぐらい許してくれ」

「無理。俺も無理だけど、オニキス様は断固として許さねえだろ、無理なものは無理だ。」

アレクシスは寝ているユズを座席から引っ張り出して、ジェイドから引きはがした。ユズが多少、ジェイドの手を握って抵抗していたが、無情にも離れていく。身近な男一人説得できないので、ジェイドはやっぱり駆け落ちになるのかな・・・とあほなことを考えて、夜を明かした。


ユズは目を覚ましたら隣がジェイドじゃなくてアレクシスだったので、甚だ遺憾だった。ちなみにジェイドもアレクシスに寄り掛かって寝こけていた。彼は眠ってはおらず、護衛の役割を果たしている。

「アレク、寝なくて平気?」

「ああ、鍛えてるからな」

「・・・ジェイドに膝枕しようか?」

「・・・」

アレクシスは無言で自分からジェイドを引きはがして、床に落とした。

「いだ!?何、襲撃か」

ジェイドは寝ぼけながらユズの手を取り、布にくるんでいるウラヌスの剣を抱きしめた。ユズと剣はとにかく大事なものであるとの認識らしい。剣は抱きしめるのではなく、布から抜け、とアレクシスはため息をつく。

「向こうに車内販売の車両があったから、買ってくる。」

「みんなで行こう、アレクが絡まれる」

「一番絡まれるのがアレクなのは面白いよね、主に女から」

「お前ら、王族と上司の娘じゃなかったら車外に捨てるぞ」

アレクシスの脅しなのかそうでないのか分からない文句を聞いて、車内販売の購買でパンとジュースとサラダといろいろ摘まめそうなものを買った。ジェイドは路線図を買って、ラッシュの時間帯は降りて時間を潰そう、と提案した。一駅二駅は線路沿いに歩いて移動しても良いとアレクシスも同意した。ユズは外を歩くのが好きだから、嬉しかった。

「テラスタ以外にもあの鳥いるんだね」

「あー、俺もアーセナルはあまり詳しくないんだよ。テラスタにちょこっと寄ったぐらいで。」

ユズは衛星鳥を見つけて、指をさす。初めて見たらしいアレクシスは、変な鳥だな、と一言いう。相変わらず生き物を愛でる心はないらしい。しかしユズもあの鳥はあまり可愛いとは思えない。鳥の形を取っている意味はあるのだろうか。しかも数が増えている気がする。あのカメラのような目からビームが出そうな気がして、ユズはそわそわした。


「・・・つけられてるな」

しばらく歩いていれば、アレクシスが小声でつぶやく。ジェイドも頷く。野盗だろうか、ユズは振り向こうとするのを二人に抑えられて、歩く速度は少し早くなる。

「私、撃退できる」

「ユズ、もうジュピタルじゃないから、普通に魔法が使えるんだ、安易にこっちから仕掛けない方が良い。」

「精神魔法の類ならグリフォンの加護がある俺達には効かないが、攻撃魔法は物理と同じだ。ケミカル魔法とかも厄介だな。できれば撒きたい。」

「角を曲がったところ、姿を一時的に消す術式がある。そのまま駅まで行って列車に乗ろう。」

「撒けなかったら、俺が引き付ける。ユズ、相手が殺す気で来ても、殺人には気を付けろよ。どんな事情があろうと、その国の法律で裁かれるからな。」

「・・・わかった、記憶飛ばすぐらいに調整する」

角を曲がり、姿を消す魔法が発動した。少し遠回りしてまた線路沿いに戻った。相手はこちらの姿を見失い、きょろきょろとしているようだ。姿は消せるが、実態は消せないようだ。三人は無言で足早に歩いている。前方に黒いローブをかぶった二人組がいて、姿が見えないはずのこちらを認識しているようだ。

アレクシスが前に出る。術式の範囲を外れたから姿が見える。

一人は彼と相対し、もう一人はまっすぐこちらへやって来る。ユズはジェイドを庇うように剣を構えた。物理魔法くらいならぶった切ることは可能だ。

「いただけませんね、ウラヌスタリア王弟殿下。単独行動するなら、剣を置いて行ってもらいたい」

「魔術師協会、か。あからさまだな」

「メリッサ三世派なんで、ヘルメス四世の弱みになるその剣ごとあなたを拘束、監禁してしまおうと言うことになりました」

その男は、護衛として行動を共にしていたキッドだ。

「魔術師協会の派閥とか、俺は関係ないはずだろ・・・」

そこまで把握しているほど、ジェイドは頭に余裕などなかった。アレクシスの相手はメルヴェルで、アレクシスは相手が剣を持たない魔法使いだが、杖を向けているということは命のやり取りをする覚悟があるという意味で取っていて、女だろうと構わず、ぶった切った。スコンと杖が素晴らしい切れ味の剣の餌食になる。メルヴェルは自分の武器があっというまに無くなってしまったことに衝撃を受け、絶叫した。キッドの目線が逸れて、ジェイドはユズを抱えるようにして、アレクシスに合流する。

「ユズ、魔法使いは杖が弱点だな」

普通、魔法使いは杖を媒体にして魔法を使う。大本を薙ぎ払ってしまえば、魔法を使えなくなった魔法使いは無力である。

「わかった、参考にする。」

「ジェイドのはそういう点ではよくできた魔道具だ。いざというときは剣として使える」

しかもこの魔剣は丈夫だし、強度や硬度も自由自在なのだ。アレクシスは自分の剣がダメになったら、ウラヌスの剣を代替しようと考えるくらいだ。

四方を多くの黒いフードの魔法使いに囲まれていた。およそ30人はいる。

「後手に回らないほうが良い。こっちから仕掛けるぞ」

「はい」

「ジェイド、ジャスティスを」

「了解」

馬が出れば、あっちは戸惑うはずだ。ジェイドは唾を飲み込む。アレクシスの目配せで、ジャスティスを召喚する。ユズは馬の影から飛び出した。魔法使いが一斉に攻撃魔法を放つのに剣で薙ぎ払う。ユズの腕力のほうが強くて、魔法が自分達に返ってきて、数人飛んで行った。アレクシスはジャスティスに跨って、ジェイドを後ろに乗せて、駆けだした。馬に免疫のない魔法使いたちは迫りくる馬から逃げ惑った。単純に恐怖である。もう魔法どころじゃない。

ここの魔法使いは、ジェイドのように術式を使って魔法を繰り出す方式ではなく、杖を振って呪文を言えば魔法が出せるようだ。

獣には火が天敵である。ジャスティスは賢い馬である程度慣らされているとはいえ、炎が大きく向かってくるのは怖いはずだ。ジェイドが水魔法で対抗する。

「ジェイド、このまま駆け抜けて、安全圏まで行け」

アレクシスはジャスティスの手綱をジェイドに渡して飛び降りた。

「でも、やつら、俺が狙いだ」

魔法使いの包囲を突破して、ユズは後ろをあらかた倒して、あとはアレクシスとユズが挟み撃ちにしている魔法使いを一掃すればよい。

雷魔法が地面を割っている。雷は剣に当たれば感電するから厄介だ。だけどユズには拳もあったから、雷を掻い潜って術者に近づき、杖を折ったり、回し蹴りを食らわしたり、接近戦になれば、雷が落ちてこないので、再び剣をとって、逃げ惑う魔法使いを殴って、もう攻撃できないようにした。ユズもユズで容赦はない。自分たちに害をなすものは捕らえてぐるぐる巻きにして、抵抗という抵抗は潰すべきだと考えている。

伸されたように見えて、隙を窺っていることもあるのだ。ジェイドは倒れている振りをしている魔法使いを取り合えず馬で踏みつけた。捕らえた魔法使いたちに、キッドの姿がなくなっている。また現れる可能性もあるし、ここで騒ぎを起こしてしまったから、次の駅で列車に乗るのは難しいかもしれない。このアーセナル共和国で魔術師協会が敵であるならば、あらゆる交通機関に根回しをされてしまうだろう。

「怪我はないか?」

「ああ、平気だ。」

ユズも頷く。ちょっと頬に煤がついているけど、かすり傷も負わなかったということだ。

「陸路を行く。馬を調達しよう。・・・あと、あれを見たら教えてくれないか。」

衛星鳥で自分たちの居場所が把握されているように思うのだ。

「撃ち落とすか」

アレクシスが石を片手に聞く。

「生き物だったら後味が悪くないか。」

「無駄な同情をして危険が増えるよりはましだろ」

「アレクの考え方は一理あるが、無駄な敵も増えそうな気がする。あれは一応国家機密のメカニックだと聞くし、姿をくらます魔法でなんとかしよう。」

「お前、消費激しくないか?」

アレクシスなりにはジェイドを気遣っているようだ。ジェイドは問題ない、と笑って、市街の人混みに紛れる。


本屋で地図を購入して、馬で行く道を確認した。テラスタは魔法技術を駆使した大都市だったが、少し離れれば、のどかな田園風景が広がっている。ジェイドは地図の一部を指さした。ユズは地図の読み方は分からないが、一応話を聞いた。

「ここが第二の都市と言われているオートリア、アーセナルの中央にある。平原を数十キロ行って、低いが山を一つ越えて、川を渡らなきゃならないな。」

改めて、すごく広大な土地を持った国だ。

「さっき言ってたメリッサって何なんだ」

アレクシスには聞こえていたらしい。

「魔術師協会のことはよく分からないんだが、東の大魔法使い、だったっけな。兄貴とは仲が悪いんじゃないか?」

とりあえず今世で大魔法使いの名をもらっている人物は5人ほどいる。ジェイドもすべては覚えていない。メリッサの名前は人格が破綻しているとかエルドラドから聞いたことがあったから、きっと仲良くはないのだ。エルドラドは基本、魔術師協会のことは家族には話さない。機密事項なり何なりがあるのだろうとジェイドは全く気にしていなかったが、今回はそうも言ってられないようだ。エルドラドはここ2年全く活動していなかったから、それも反感を買っているのだろう。理由が理由だろうに、融通が利かない組織だ。そもそも悪魔が現れて困るのは魔法使いである。悪魔は魔力を食い物にするのだから、一番狙われるのは魔法使いだ。魔術師協会の発足はそういう魔法使いを守るためのものだったはずだ。

馬を一頭調達して、馬二頭で移動したら人数の目くらましになるだろうと、ジェイドとアレクシスの意見が一致した。

「で、こいつどうする」

アレクシスはユズを見た。

「え、俺が乗せる・・・アレク、別にやましい気持ちはない決して」

ユズは自分と二人乗りは嫌がるだろうから、彼と乗ることになるのはしょうがないとしても、彼の言うことが白々しすぎる。

「別にアレクと乗っても良いよ、そんなに争うなら交換こでいいだろ」

ユズはめんどくさそうに言う。

「え」

アレクシスは驚いた。

「無理だ、お前と相乗りとか、俺にはいろいろ堪えられない」

「どうしてアレクはときどき、純情になるのか。」

アレクシスは赤面して顔を背けた。ユズには少し理解できない事象であった。





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