成人のお祝い
屋敷に入ったら、マリカがどんと待ち受けていて、ジェイドを射殺さんばかりに睨みつけ、ユズの手を引く。
「着替えをするのよ!きれいにドレスアップしてから会場へ連れて行くわ。」
「頼んだよ、マリカ。」
トパーズは娘たちにひらひらと手を振った。
マリカは専属の侍女たちを引き連れて、ドレスルームにユズを連れ込んだ。
「好きなドレスある?私も何着か持ってきたけど、あんたはあまりドレスとかに興味がないからさ。せっかくだから西の民族衣装とかでも可愛いと思うけど。」
「・・・ああ、ジェイドが着せたがってたもんね、これ、可愛いと思う」
綺麗な翡翠色の中華ドレスを手に取る。
「地味だわ、主役だっつってんの。緑選ぶならもっと緑!大体緑って地味なのよ、アレクの目の色は確かに綺麗だけど、今日は成人のお祝いなんだから、青とか緑とかよりもっと可愛い色を選んで!ピンクがいい!私のためにピンクを着て!」
マリカは相変わらずわがままだ。ユズは普段自分が絶対着ないような桃色の中華ドレスを着せられて、化粧もされて、少し伸びた髪を編み込みでアップスタイルに結わえられる。
「可愛いわ、私のユズ。16歳おめでとう!」
マリカが機嫌よく微笑みかけてくれる。ユズはありがとう、と返した。
「マリカ・・・マリカは今まで何回恋をした?」
「え?恋?・・・そうね、小さい時はアレクが好きだったでしょ、でもあいつ性格最悪だから、すぐ冷めた。というかアレクはあんたが好きみたいだったしね」
「・・・・ああ、うん、そうだね」
マリカはアレクシスが好きだったころを思い出した。だけど彼が、自分よりもユズの方を気にかけていたり、話すのが嬉しそうだから、彼は自分よりはユズが好きなのだろうとすぐに気がついた。それからはアレクシスに冷たくなった。ユズが取られる方が、いやだったのだ。ユズは割と鈍感で、アレクシスの気持ちには気づいていなかったと思ったが、彼女ももう16だ。この旅の間で、進展があったのだろうか。ユズがアレクシスのものになるだなんて、マリカは今でも許せない。あの王弟殿下よりアレクシスのことはなまじ知っているから、ユズを泣かせたらすぐに張り倒してやりたいくらいだ。
「エルヴィンは、小さい頃はあんまり会わなかったから、婚約って聞いたときはびっくりしたけど、貴族ってそういうものだしって別に彼とは恋とかそういうのはなくてもいいかなって思ってた。でも文通とかして、デートにも誘ってくれるし、アレクに比べたらすっごく優しいし、私のことを気遣ってくれるし、お花もくれるし、気づいたら好きになってたわ」
比べられるアレクシスが少し可哀そうだが、いかんせん、ユズたちの周りの基準は彼になってしまうことは仕方がない気がする。他の騎士たちも養成所にはいたし、ラブレターをもらったこともあるが、アレクシスがいたのでは彼らはモブにしかならないのだ。どこまでいっても罪深い男である。
「・・・恋するのって、しんどいって思ったことない?」
「そうね、エルヴィンは私を選んでくれたから、あとは信じるしかできないってとこはしんどいな。側妃を作るって言われても、何も言えないしさ。私はね、あんたがアレクと一緒になったら、すっごくしんどいと思うのよね。」
あいつはもてる。たとえユズに一途であろうとも、合理的な性格だし、父や兄の舎弟であることには間違いない。たとえば出張先で女と一夜共にして、その女がたとえ彼の子どもでなくとも、彼の子を身ごもったと屋敷に押しかけてくる未来が想像できてしまう。
「・・・実はさ、お父様みたいにお母様だけを愛しているってすっごく珍しいことなんだって、社交界に出てから初めて知った。」
マリカもあのデビュタントから、いろんな社交界を経験していた。マリカと婚約が決まっていても、まだ正式に入籍はしていないため、大公家のエルヴィンにはひっきりなしにいいとこのお嬢様からアプローチがあるようだ。虫よけにもなっていない自分をマリカは恥じたが、自分が堂々としていなければ、グリフォン家にもエルヴィンにも申し訳ない。
「恋って厄介よね、で?アレクからアプローチがあったってことなの」
「・・・アレクは別にどうでも・・・よくはないけど、」
「やっぱり王弟殿下に心も攫われちゃったの?ねー、アレクは嫌だけど、あんたが遠くの国に行くのはもっと嫌だわっ」
マリカは目を潤ませる。彼女はジェイドの事情は詳しくは知らないようだ。
「・・・ジェイドは素敵な人。でも私は相手にされてない」
「だめだもう、私あいつを殴らないと気が済まないっ!私のユズを相手にしないなんてそんなこと」
マリカは言っていることがめちゃくちゃである。彼女の心情はとても複雑なのだ。
「いいの、マリカ・・・私の気持ちは私だけのものだ。だから、この気持ちを大事にしたい」
「・・・ユズと恋バナができるなんて、私思ってなかった、私、幸せよ。ユズがどこにいても、ユズの幸せを思ってる。」
ユズはそれからマリカに旅で起きたあれこれを話して、笑いあった。セックスに同意と愛が必要とかそうじゃないとか、スカーレットが素人なんとけだとか、妹が寝取られたとか、年頃の男女は一緒に寝てはいけないとか、ドラココでラブホテルに泊まった話とか、ジェイドとノルンとキャンプをした話とか、火を見るとなんか変なことを言い出すとか、アレクシスが節操なしとか、へたくそだとか噂になっていることとか、メアリーとニックが身体から始まったとか、メアリーが避妊具に穴をあけた話とか、キスして気持ち良いとかそうじゃないとか、フェリックスではブライアンに聞いた吊り橋効果の話とか、初めて告白をしてもらえたこととか、愛のないセックスが悲しい理由とか、話していれば涙が勝手に出てきた。マリカはユズを抱きしめて、話を聞いてくれていた。
アレクシスがジェイドを諦めろと言ったこと、二人で彼のことを救う手立てを探そうと約束したこと、吸血鬼に操られたアレクシスとファーストキスしたこと、アレクシスに嚙みついたこと、そのあとアレクシスがユズの顔をまともに見てくれないことも話しておいた。
「おっけー、わかった、アレクはとりあえず殴るわね。私にもグリフォンは加護をくれているはず。」
マリカは右の拳に緑のオーラをまとっていた。ちょっと怖い。話を聞いていて、ユズはあえてあの王弟殿下の話を避けているような感じがした。アレクシスのことを多く話して、自分にはアレクシスとこれからどうなるのかを仄めかしているように思えた。ユズが自分に隠し事をするなんて、そんなことは今までなかったのに・・・アレクシスのことなんかでそんなに悲痛そうな顔をすることはきっとないのだろう。叶わない恋をしている女の顔に見えた。ユズが好きな人を好きと言わないことはない。この子は口下手だからストレートに好意を伝えるタイプである。でもそれを我慢して、それでしんどそうにして、一体あの王弟殿下はどうしてそんなに可愛いユズを苦しめるのだろう。どうしてユズは苦しいくせに、一緒にいたがるのだろう。マリカには、ジェイドの魅力なんてちっともわからない。少し話をする必要があるように思う、もちろんアレクシスにも。
ユズを泣き止ませて、崩れたメイクを直して、一緒にお茶を飲んでから会場へ連れて行く。
「おっそいよ姉上たち!3時間以上準備にかかるっておかしいだろ!?」
弟のオパールは憤慨している。
「あらオパール、女の準備はそのくらい普通よ。そのくらい待てないんじゃアレクシスみたいにもてなくなるわよ」
「アレクはもててるだろ!?」
「顔だけね」
「マリカ、様。喧嘩を売っておりますか、買いますが」
アレクシスが青筋を浮かべてにこやかにマリカに微笑んだ。
ジェイドが花束を持って駆け寄ってくる。彼もパーティー仕様に着替えたようだ。
「ユズ!可愛い!めっちゃ可愛い!中華ドレス、ずっと着て欲しかったんだ、覚えていてくれて、今日は俺がお祝いされている気分だよ、ピンクも似合うんだな、妖精のお姫様みたいだ、アップした髪も素敵だね、いつも凛々しくて可愛いけど、今日はメイクで目元がキラキラしてて、本当に本当に「うるせえジェイド!!死にてえのか、家族の前だぞ」
アレクシスはジェイドの首根っこを引っ張ってユズから引き離した。
「え、無理、だって可愛い、」「アレクより分かってるじゃない、王弟殿下。ありがとうございますー。私はマリカ・グリフォン。ユズの姉です」
「あ、あのときぶり、ですね。その節はどうも、申し訳ございませんでした!」
ジェイドは土下座した。彼女にナイフを向けたことは事実である。おかげで自分はユズに右腕を使い物にならなくされたことがよみがえってくる。
「まあまあ、今日はユズのお祝いだからね、さあジェイド君立って立って、乾杯しよう」
トパーズが声をかけて、ユズはジェイドに手を貸して、立たせた。グラスをもって乾杯する。ユズはいろんな人に挨拶に行かないといけない。面倒だが自分のために集まってくれたのだからしょうがない。
「じゃあ、行くわ。」
「ユズ、明日が誕生日なんだよな、じゃあ、俺には明日時間をくれるか」
ジェイドがそう声をかける。
「あー、おっけー」
ユズは聞いているのかいないのか、億劫そうに父親のところへ行った。聞いていないわけではなかったが、改めて言われるとなんだか怖いような気もするのだ。きっとこれからのことを彼が言う気がして、ユズはジェイドと二人で話すのは怖いと感じていた。
「父上、母上、今日はありがとうございます」
「ユズ!会いたかったわ。元気にしてたの、まあ、ちょっと痩せて、オニキスに」
「ねえ、みんないうけど、やめてくんない、兄上には似たくない」
「オニキスも今日は来たかったろうね、あとでみんなで写真を撮って送ってやろう」
「あなた、それは・・・いいわね!」
この夫婦はオニキスを煽っているのだろうか。兄上が少し可哀そうになったユズであった。
「そうだ、ユズ、ユズの剣、良い剣だったね、ちょっと見せてもらってもよいか」
トパーズはユズが戦っているところを見て、それに気が付いた。ユズはグリフォンの加護を持っているから、そんじょそこらの剣はすぐ刃こぼれしたり、折れたりしてしまうのだ。
「鬼に全然敵わなかったけど・・・」
「これはいつから使ってるんだ?」
「バジリスク領のギルドでもらったの」
その剣は銀色でくすんでいるが、鋭利さも輝きも何も衰えていない素晴らしい造りをしていた。
「セレスティン・グリフォン・・・ご先祖様のものか」
「父上知ってる人?」
「セレスは千年前の英雄だよ。この剣は一度、オニキスに見てもらったら良いかもしれない。ユズ、ユズには私から剣を贈らせてくれないか。成人のお祝いに。オニキスにも成人の祝いで剣を贈ってね」
ユズはきょとんとトパーズを見つめた。そして破顔する。
「嬉しい、父上、大好きです」
それからマリカと話しているエルヴィンのところへ行くユズの後ろ姿を見て、トパーズはエレインと涙を流して、ユズの可愛さについて語り合ったのだった。
「エルヴィン、今日は来てくれてありがとう」
「可愛い義妹の成人パーティーなんだから、当たり前だろう。ユズ、ドレスとっても似合ってるよ。今日も僕と踊る?」
「無理無理無理。」
「今日は身内だけだから、別に足を踏んでくれても・・・あ、フェニックスの従兄弟がいたろう、僕は会ったことないけどレジナルドさんだっけ、辺境伯から養子に入った、ユズのこと婚約者がいないならぜひにって手紙が来てたよ」
「レジーは顔面も身体もすっごくタイプではあったけど、私、ときめかなかった。アレクと同じかな」
「え、ユズ、それはアレクは顔面も身体もタイプってことなの?」
マリカは食いついた。
「アレクは身体だけかな。顔面なら、ジェイドみたいな可愛い系が好きで、ブライアンはもうとっても可愛かった。あの子は身体がひょろひょろで、鍛えてあげるって約束してたのに」
ユズはまた涙ぐむ。マリカはあの告白してくれたって男の子の話だなと察した。亡くなってしまったのだ、とエルヴィンに説明をする。
「なんだかアレクシスが不憫だな・・・」
エルヴィンはユズをよしよし、と撫でてやる。プレゼントだよ、と箱をくれる。
「閨用の下着だからここでは開けないで」
「なんでエルヴィンがそういうのを私にくれるの!なんかさすがマリカの婚約者だよな!」
「私と選んだの♡おそろいだよー。来年が楽しみだね!」
マリカとエルヴィンはラブラブで羨ましいことだ。
「もうだめだ、このバカップル、ありがとうね、あっちいくわ、今日は楽しんで」
次にアレクシスのお父さんとお母さんが来ていたのでそっちに行く。久しぶりの家族団らんのようだった。アレクシスは14歳からずっとドラココにいたし、あのデビュタントの日、ユーピテルに戻ってきたのに、家族には会えずにユズを追いかける羽目になったのだ。謝罪をしなければならない。
「アンダーソン卿、今日はいらしていただき、ありがとうございます」
「ユズちゃん、すっごく美人になったわねぇ」
「そうだね、いつもアレクについて回ってた小さい女の子だった記憶が懐かしい。成人おめでとう。アレクシスも国から出るというから、トパーズ様からお声がけいただいて、大変恐縮の限りだ。」
「連れて行っても良いですか?事後確認で、申し訳ありませんが」
アレクシスのお父さんとお母さんは顔を見合わせる。
「あら、アレクが無理やりついて行ってると思ったんだけど、違うの?」
「むしろいやだろ、ユズちゃん、アレクは口うるさいし。オニキスくんの指示かもしれんが、トパーズ様に言って撤回してもらうかい?」
「そうか、アレクの意志って聞いてなかった。」
ユズはジェイドと話をしているアレクシスを見た。せっかくお父さんもお母さんも来ているのならもっと話せばいいのに。ユズの準備の間の三時間でいいだけ話していたのかもしれないが。
「私は、やっぱり未熟で・・・鬼にも歯が立たなかったし、この旅でアレクがいないとだめだって思うことは幾度かありましたし・・・いてくれたら心強いとは思うけど。」
「ユズちゃんの頼みなら、アレクは断れないわよ。昔っからユズちゃんが大好きだから」
だけどアレクシスはここ二日、まともにユズの顔すら見てくれない。こんな状態で旅を一緒にするなんて、またジェイドの迷惑になってしまう。
「ちょっと捕まえて、意志の確認をしてきますね。これから先、戦場へ連れて行くことになるから、おじさん、おばさんもそうだから、来てくれたんですよね」
ここに今日集まった意味を、ユズは実感した。
「アレク」
「オパール、デザートはどうだ」
「うるさいアレク、あっちいけ」
オパールもそうだが、アレクシスは子どもや動物には懐かれない傾向にある。だって彼に愛でようとする心がないから、見抜かれるのだ。
「ユズの姉上、ドレスも髪もメイクも全然似合ってないです。姉上がはねっかえりじゃないと、天変地異かって思います」
「オパール、難しい言葉を使わないで」
「姉上、俺はそんなに難しい言葉は使ってません。姉上は飾らなくても美しいですし、一番似合うのは騎士の制服です」
「ありがとう、オパール、姉上は嬉しい。ところでアレク、話があるから、表へ出ろ」
ユズはオパールを使って話をそらそうとするアレクシスを睨む。アレクシスはあからさまに目をそらした。
「ジェイド、オパールを頼んだ」
「おー、オパール君は騎士の制服が好きなのか?」
「はい、俺は、将来は兄上やアレクシスのような強くてかっこいい騎士になって」
キラキラとオパールはユズに似た面持ちでジェイドに語り出した。アレクシスと違って、ジェイドは子どもや動物には好かれるようだった。
大きな出窓からバルコニーに出れば、12月の外気は冷え込んでいた。ユズのドレスアップの時間が長すぎてもう夕方だった。これから向かう西側に日が沈んでいく。ドレスって、薄着で嫌だ。今回は袖にレースがあしらわれているが、薄着ではあるのだ。腕をさすっていれば、アレクシスが上着をかけてくれた。耳が赤い。夕日のせいだということにしておいてやろう。
「アレクは寒くない?」
「鍛えてるから問題ない。話ってなんだ、手短に済ませてくれるか」
「話聞く態度じゃないだろ、私のファーストキスを返してもらおうか」
「・・・・・・・・・・・っ返せないだろ!?もう一回すればいいってことか!?それにお前、じぇ」
「なに?ジェイド?」
「なんでもねえよ!」
アレクシスは頭をぐしゃぐしゃにして、しゃがみこむ。操られていたとはいえ、しっかり覚えている。彼女の唇の感触は癖になりそうなくらい甘美だった。もう、本当に理性が吹き飛ぶくらい。もうあれは途中からは自分で求めていたと言っても過言ではない。ずっと思いを寄せていた相手に手を出してしまったのだ、彼女の顔がまともに見られるはずがない。
「アレク、私は別に怒ってないし、そんなふうに避けられたら、傷つくじゃないか。」
「普通は逆だよな?お前はなんでそんなに冷静なんだよ、初めてだったんだろ、一応」
「・・・アレクのキスは、いやではなかったよ、大事にしてくれてるな、って感じた。」
アレクシスはそっとユズをうかがい見た。飴色の瞳は遠くに沈む夕日の色と一緒になって不思議な色合いだ。
いやではなかったけど、ユズは気持ちいい、とは感じなかった。だからユズはアレクシスのことが恋愛的な意味では好きではないのだろう、と結論が出た。そしてアレクシスは恋愛的な意味でユズが好きなのだろう、ということも分かった。そのうえでユズはアレクシスの気持ちには、応えられない。それを知っていて、アレクシスはユズに告白とかそういうのをしないのだろう。今までずっと、そういう関係で良いのだとユズは思ってきた。アレクシスがはっきりしないのなら、ユズだってはっきりさせなくていいだろうと。
「やめろよ、期待させるようなこと言って、どん底に突き落とす気だろ。お前の気持ちなんて手に取るようにわかる。何年一緒にいると思ってんだ。」
「別に何も言わないよ、アレクが何も言わないなら。」
「それでいいのかよ、お前って、たまにすげえ残酷だよな。」
「はっきり言っていいのか、よくないのか」
「言わないでください、心の準備がまだできません。」
敬語になったアレクシスにユズは笑った。
「あのさ、アレク・・・アレクはこれからも私についてきてくれるの?」
「・・・ジェイドと二人が良いって意味なら「そういうのは抜きにして、これから戦争に行くわけでしょ。アレクは兄上に言われてるから私についてくるの?」
「・・・お前がいるならどこへでも行く。オニキス様とか別に関係ねえわ。俺の居ないところでお前が死ぬのは耐えられない。それこそ殉死する。」
ユズは目を丸くしてアレクシスを見つめた。
「アレクって、兄上の信者かと思ってたけど、純粋に私のストーカーだった」
ごつ、とアレクシスはユズの頭に拳骨を落とした。
「いったい!暴力は良くないっ!」
「話は終わりだ。戻るぞ」
「お前が私の話を終わらせるな!」
だけどアレクシスはユズを押しやるように室内に戻した。
ジェイドはなぜかマリカと対峙している。先ほどのように全面降伏ではなく、言いあっているようだ。ジェイドがそういう態度を取るのは珍しい、とユズは思った。
近くにエルヴィンがいるからそこに寄っていく。オパールは父と母のところへ行ったようである。
「やあ、ユズとアレク。飲み物は足りてるかい?」
「エルヴィン、マリカとジェイドは何してるの」
「君たちが外へ行った直後のことだ・・・」
エルヴィンは回想するかのように話し出した。
***
マリカはあの王弟殿下に言いたいことがある、と意気込んで近づいて行った。エルヴィンはついて行きながら様子をみることにした。
「ごきげんよう、王弟殿下。オパール、お前あっちへ行ってなさい」
「はあ?俺がいまジェイドと騎士の魅力について話してるんだけど」
オパールはマリカを睨みつける。マリカは負けじと睨みつける。すごい形相だったので、オパールは察し、じゃあ、ジェイド、またね。と去っていった。我が姉ながら、あんな顔でよく公爵家と婚約できたものだ、とオパールは心底疑問に思った。ユズもユズではねっかえりとは言われているけれど性格は温厚なので、マリカよりは嫁ぎ先があるのではないかとオパールは思う。言ったら殺されそうだから、絶対言えないことだ。
「私、あなたとお話したいと思ってましたの」
「ああ、奇遇ですね、俺もお姉さんとお話したいと思ってました」
ジェイドは一見社交スマイルで誰とでも隔てなく、人好きのする笑みを浮かべている。
「そちらの方は?」
普通は聞かれる前に紹介するのがマナーだ。身分差で言えば、マリカはジェイドより格下、こういう場でなければジェイドに彼女から話しかけるのもマナー違反である。
「私の婚約者、スタンシャイン大公家のエルヴィン様よ」
「ああ、フェニックス領ではジョージさん筆頭、親族の方に大変お世話になりました。お口添えいただき感謝します。」
「お初お目にかかります。エルヴィン・スタンシャインです。マリカのことはユズの姉と思って不敬、お許しください」
エルヴィンは物腰柔らかくジェイドに話しかけた。ジェイドはもともと貴族社会云々はマナーを知っているだけで、ウラヌスタリアではそういうのは一切ないので全く気にしていない。なんならアレクシスには数度殴られているし、絞められているし、半殺しも経験済みだ。
「フェニックスのことは、できることをしたかったので。国を出るとなると、無力で恐縮です。今ダンテ辺境伯を通じ、マルスからメビウスと貴国の国境に転移門を設置する起案を通し、急ぎ着工に移っています。3か月ほどと。オニキスはちょっと異常ですがひと月半で貴国に着いたと言いますが。工事完成を待たず、発たれるでしょう?」
「そうですね、完成するのが三か月は目途かもしれませんが、遅れる可能性もありますし。しかし、転移門のこと、我が国のことにそこまでご尽力いただけるなんて、思ってなかった」
「原因はジュピタルにあると、国王も真摯に受け止めておりますので。我が国の不始末が貴殿の国にご迷惑をかけている、被害の復興までしっかりとサポートさせていただ「エルヴィン!私が!王弟殿下とお話したいの!難しい話はあとにしてよ!!」
つらつら二人で国の状況などを話しだしたので、マリカは怒った。マリカもユズと同じで難しい話は嫌いなのだろう。ことに国の政治に関わることは全く関与できない。
「ああ、ごめんごめん、マリカはなんの話をしたいの?」
エルヴィンは自分とジェイドの間に彼女を立たせてお膳立てしてやった。そのあと少し後ろへ下がる。
マリカは自分の要望が通ったことに満足そうにして、改めてジェイドを見た。丸い翡翠色の目のせいで、容姿は若く見える。同じくらいなのか、でもさっきエルヴィンとそれなりに話していたし、マリカよりは年上なのか、よくわからない。ユズは好みの顔だと言っていた。
「王族にしては地味・・これで髪が金髪とかだったら納得できるけど」
「地味で悪かったですね!エルヴィン様は絵にかいたような王子様ですしね!?」
ジェイドの目の色こそは翡翠色だが、髪の毛もダークブラウンだし、そんなに目立つことも好まず、趣味だって陽キャで大勢でわやわや盛り上がるようなものではなく、一人で何でもこなせるようなものだ。地味なのは、もう事実なのだ。悪口に聞こえようとも。社交界はそれなりにこなしてはいるが、しょせんは空気。自分は目立たなくともパートナーの女の子が自分にだけキラキラ美しく見えていればジェイドはそれで満足だ。アレクシスみたいに女性に引っ張りだこになることに憧れはない。好きな女の子が自分のそばにいてくれればそれでいいのだ。
「別にどうでもいいけれど、あなたユズにいろいろ良くないこと教えるのはやめてくれない?ラブホテルとかそういうところは連れ込んでもらっちゃ困るわ」
「・・・いやいや、お姉さんこそちょっとどうかと思います、あの子の口から素人なんとけとか種馬とか出てきたときは耳を疑いました、聞き間違いじゃないかって」
「ユズは好奇心が旺盛なのよ、正しい知識を教えないと、変な扉開けちゃうから、だから私は手元に置いておきたかったのよ。バニーガールとか脳内モルヒネとか意味が分からない説明付きのあれはなんなの」
「意味が分からないならそれでいいんじゃないかな、それを教えたのは俺じゃなくブライアンだし」
「ユズと旅をするっていうならそういうのは節度を持ってくれなきゃ困ります」
「ええ・・・それ、お姉さんが言う・・・」
「あなたにお姉さんなんて呼ばれたくないわ」
言いたいことは終わった、とマリカはエルヴィンの横にユズとアレクシスがいるのを認めた。
「ユズ、聞いてよ、こないだヴィアンカと大人の玩具を買いに行ってみたのよ」
「いやいやいや!だからユズの変な扉を開拓してるのあなたでしょうが!!!」
ジェイドはユズをマリカから遠ざけて叫んだ。エルヴィンは悪乗りだし、アレクシスはため息を吐いていた。
「・・・大人にも玩具ってあるの、たばことお酒とギャンブルとは違うもの?」
ユズは大人の遊びは知っていたが、おもちゃもあることを初めて知った。
「ほらもう興味津々じゃん、やめて、俺の純粋なユズをこれ以上変な世界に連れて行かないで」
「王弟殿下って意外と夢見がちな感じなの、ちょっと可愛いかも」
「ジェイドは可愛いよ。まず何で遊ぶー?」
「意外とねーマッサージとかにもいいらしいのよね、今度貸してあげる」
久しぶりに話に花を咲かせる姉妹を止めることは、誰にもできない。今日は、水入らずってやつだろう、ユズもアレクシスも。ジェイドはそう感じて持前の地味というやつを利用してそっとバルコニーへ抜け出した。もう夕日が沈んで宵闇に月が浮かんでいる。自分の家族のことに思いをはせる。
ジェイドが王子だった期間は5歳まで、と案外短い。そのとき、両親はアーセナル共和国へ外交に行った際飛行機事故に遭って他界した。それからは長兄夫妻がジェイドの父母に変わって育ててくれていて、エルドラドは7年間通うはずの魔法学校を三年ばかりで飛び級卒業してなるべく国へ帰ってきて、ジェイドと遊んでくれた。エルドラドは魔法関係の機関からしょっちゅう呼び出されていたが、それよりもソロキャンプにはまっていて、ジェイドもそれに付き合わされた。国王夫妻は若いながら国政に奔走していたが、ジェイドは兄や義姉に本当の子どものように可愛がられて、父や母がいない寂しさを感じることは少なかったように思う。
ジェイドが十歳のときにカサブランカが生まれて、妹ができたみたいで本当に嬉しかった。国民も家族のように接してくれた。ジェイドは国が好きだった。だから、今度は自分が、国を救う番だ。加護がそろった。国へ帰れる。この長い旅の終わりが、もうすぐやってくる。
冷たい風が頬を撫でる。頭に思い浮かぶのは、どうしてかユズのことだった。考えないように自制してきたつもりで、逆に彼女への思いがもう抱えきれないくらい大きくなっていることをもう認めないわけにはいかない。いつからだろう、最初から、彼女は輝いて見えた。野盗にひるむことなくヒールを投げつけて、背負い投げして武器ももたないで数人をあっという間に倒してしまうのを見たときから、ボロボロの剣を持って自分が持ちかけた理不尽な勝負に挑んできた時から。あの死ぬ間際に、誰とも分からずに死にゆく自分を見つめてくれる美しい双眸に釘付けになったのだ。この目に見つめられて死ぬのなら、悪くないと思えた。自分はこれから遠くないうちにまた死ぬ。今度は永遠の死が待っている。逃げずに向かい合おうと決めたのだ。どんな結果が待ち受けていようと。




