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ジュピタル王国英雄記  作者: ヤー子
第四章 妖狐の里編

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魔法比べ


ジェイドの魔法比べ大会当日になった。朝から、ジェイドは緊張して、顔が白かった。

「お前は何でも卒なくこなしてたイメージだけど、こういうのは弱いのな」

「お前みたいにぽっと出に剣士大会に出て優勝しちまうやつにはわからんだろ」

だってこの大会の優勝は妖狐の加護が関わっているのだ。決して負けられないというプレッシャーがジェイドを苛んでいた。この大会を逃したら、ひょっとして自分は期限に間に合わないのではないかとすら思うのだ。そういう焦りはアレクシスやユズには言えないことだ。

「今日はゆっくりと見物させてもらいますね、王弟殿下」

にこりと笑うアレクシスの顔がやたらに良くて、腹が立つ。ここ数日沈んでいたくせに、ユズと仲直りしたとたん機嫌がよくなった。アレクシスもたいがい分かりやすい男ではある。

「ジェイド、私、願掛けにミサンガってやつを作ったよ。」

緑とシルバーのグリフォン色の組み紐をユズはジェイドの手首に結びつけた。三つ編みにしかなっていないが、ユズが頑張って作ったのだ、ありがたくいただく。

「大丈夫だよ、たくさん練習してたでしょ」

トーナメントは120組で優勝するまでに6回勝負。初戦で120組が60組になってしまうことはジェイドの中では恐ろしいことである。今日は三回戦までで、勝ち残れば明日準々決勝から、ということになっている。

インターホンが鳴る。セドリックが迎えにきたようだ。ユズはジェイドに怪我させたら許さない、という件をもう一度セドリックと繰り返していた。


***


ユズはアレクシスと並んで観戦席にいた。

「あ、アレクじゃない、隣良い?」

ナターシャも観戦に来たらしい。ナターシャはユズのことは見えていないようで、ユズとアレクシスの間に割って入ってきた。ユズはさして気にしていない。観戦席からは出場者はゴマ粒ほどの大きさにしか見えないが、ユズは出場者の中からジェイドを見つけた。ナターシャは絶えずアレクシスに話しかけている。今日も今日とて寒そうな格好だが、周りの男性の目線は彼女の豊満な胸元や美しいおみ足にくぎ付けだった。

「ねえ、アレク、このパンフレットってどう見るの、ジェイドはDの6ってこれってなんなの」

「D会場の6試合目ってことだろ。11時からならまだ時間はあるな。」

アレクシスはナターシャには答えないが、ユズの質問には答えてくれる。

「なら、D会場へ行けばいいってこと」

「周りに出店もあるから、見がてら移動するか。」

「いい席取らないとね!」

「あんまり近くで見ればあいつも緊張するだろ」

「セドが一緒だもの、大丈夫よー」

ナターシャはすっかりユズたちについてくるようだった。アレクシスは一回寝た女がユズに変なことを言わないか気が気でないのだが、変なことはもうユズは聞いてしまっていることは知らなかった。開会式が終わって、会場へ移動する。妖が屋台を運営していた。雪女がこんなに寒い中かき氷を出していて、美しさに魅了された男性客をカモにしている。

小豆洗いがお汁粉を出していたので、ユズは購入した。この魔法比べは妖の中でもお祭りのような催しになっているようだ。

「ねえ、ユズちゃん、私、アレクと二人っきりになりたいの」

「あ、そうなの。私は会場に行くけど、好きにしていいよ」

「えー、ユズちゃんが気を遣ってよー」

ナターシャはめんどくさいことを頼んできた。ユズの本懐はジェイドの応援であって、彼らの逢瀬を取り持つために来たわけじゃない。

「だってアレクってユズちゃんといれば全然私と話してくれないんだもん」

アレクシスはモテるのだが、自分からもてに行くタイプではないし、女性を喜ばせようとか、退屈しないように気を遣うタイプでもない。それと自分の関心がないと、話もしない。ある意味分かりやすいのだが、振り向かせたくて振り向かせられるかと聞かれれば難しいタイプかもしれない。

「アレクの好きな話題は・・・剣のこととか?」

「私は剣なんて知らないわ」

「じゃあ・・・私、のこと」

「え、ユズちゃん喧嘩売ってるの?」

ナターシャは笑顔でユズに詰め寄った。

「でもなるほどね、そういう感じでいくのもありかも。」

ヒントになったのか、ナターシャはユズから離れた。アレクシスに何やら耳打ちをすれば、アレクシスが怪訝そうに彼女を見て、それからユズのほうに寄ってくる。

「ちょっと野暮用に行く。会場にいてくれ。変なやつにはついて行くなよ」

成人のお祝いをしてくれたくせにアレクシスは相変わらず、ユズを子ども扱いしているようだ。この年になればさすがに変な人について行ったりしないのに。ユズは彼に一つ頷いて、一人D会場へ向かったのだった。


***


ユズは一人だからどこに座るのも自由だったので、最前列に陣取った。さっきは豆粒ほどの大きさだった出場者は柵を挟んですぐ近くにいる。一試合目は攻撃魔法だった。どちらも妖術使いらしく、鎌鼬とぬりかべが戦って、ぬりかべが勝った。純魔法使いの出場者はやはり少ないらしい。魔素がないため、魔石や魔道具に頼るほかなく、それらも決して安価に手に入るものではない。二試合目は水の課題が出て、美しい竜の彫刻の噴水をその場に作り出したチームが先攻で、後攻は呪詛のようなものを読み上げ、雨ごいをし、見事に会場中に雨を降らせていた。先攻が勝ったようだ。そんな調子でさくさくと大会はすすんで行く。もうジェイドの番になるのにアレクシスは会場についていない。ジェイドにアウトと言われたが、しけ込んでしまったのだろうか。

「ユズ」

控えの場所にいたジェイドが柵ごしにユズを呼んだ。

「あ、ジェイド、緊張はどう?」

「あー、うーん、口から心臓が出てきそうだけど」

どことなく顔色も悪いように見えて、ユズは少し心配だ。いつもジェイドがしてくれるように手を握って、大丈夫だと励ましてやる。

「あ、ユズちゃん俺の手も握ってもらえたら」

緊張のきの字もないようなセドリックが言う。

「え、いやだ」

「相変わらずの塩対応。一人か?」

「アレクがナターシャさんといなくなってしまって・・・でも大丈夫、ジェイド、私がついてるから」

「これ終わったら飯行こうぜー。」

セドリックは呑気なものだ。前の試合の勝敗がついたようだ。スタンバイの位置に行かなければならない。ジェイドは名残惜しくユズの手を握っていたが、セドリックに引きずられていった。


お題は今の時期にはぴったりの氷の魔法、ということだった。相手方は雪女と契約しているらしく、それなら勝つのは難しくないか!?とジェイドはセドリックを見るが、彼はどこ吹く風である。彼にはプレッシャーがないのだ。ただ玉藻の前に会いたい、という不純な動機だけである。先攻を取って、相手のターンは見ることは出来ず、観客の反応だけが勝敗の基準である。

氷で造形を作るだけではやはり勝つのは難しいとセドリックは話す。

「でもお前地味だしな」

「いい加減傷つくんだが!ええっと爆発させれば派手になるんじゃないか」

「おー、じゃあ花火にしようか。色でもつけりゃ派手になるだろ。氷で花火。なかなか乙だな。」

「なら暗くする術式もやっとくか。光の魔法と、弾けたやつを凍らせる感じで、花火の形は結晶なんかにして・・・」

セドリックは基本、サポート要員で今回は色付けと氷の魔法の増強を担当するとのことだ。ジェイドの魔法比べなのだから、そこは別に文句はない。先攻のパフォーマンスタイムがスタートして、会場を闇に包む。光の氷を空中に浮かべて、ちょうどよいところで花や氷の結晶を空に浮かべていく。概ね自分の想像通りにはできているが、会場の反応までは、頭が回らない。色とりどりの氷が光りながら会場にゆっくり降りていく。暗闇が薄らいで、パフォーマンスは終了だ。拍手は割れんばかりに響いたが、問題は次の雪女がどういうパフォーマンスをするかである。

後攻のパフォーマンスを見ることもできないので、控え場所で待機だ。どよめきや歓声が聞こえる。不安でジェイドはどうにかなりそうだった。セドリックは余裕そうだった、なんでそんなに自信があるのかわからない。

「先攻、勝ち抜けです」

審査員が言いに来る。

「あざーっす。よし、飯食いに行こうぜー」

ジェイドは崩れ落ちそうだった。なんとか初戦突破らしい。ユズと合流して昼食をとる。次は14:00に二回戦がある。


「アレクはまだ戻らないか。」

「うん・・・野暮用って」

ユズはチリチリと右耳のピアスが熱を持っている気がして触れる。アレクシスに何かあったのかもしれない、と漠然と思う。彼は強い、武力でねじ伏せられることはない。ナターシャの色仕掛けも多分効かないはずだ、とは思う。一流の騎士は精神力云々といつも言っていた。グリフォンの加護が彼に異変があったことを伝えているのかもしれない。ならば、探さなければ。ジェイドには気取られないようにしないと。彼は彼でこの大会が大一番なのだ。

「ユズちゃん?なんかあった?」

にこりとセドリックはユズに笑いかけてくれる。万が一の時、彼に伝えておくべきかもしれない。だってアレクシスがやられるくらいならば、ユズだって無事でいられるかはわからないことだ。

「セド、ちょっと話がある」

「え!?セド!?俺じゃなく!?」

ジェイドは悲しくなった。セドリックはとても喜んで、飛び上がっていた。ユズはひとまず先ほどの魔法がいかに素晴らしかったかをジェイドに感想を言う。もう解けてしまったけど、色付きの氷は宝石みたいだったし、花火のような氷の結晶も息をのむ美しさで、会場ごと魅了していたのだと。後攻は氷像の複製で一斉にダンスをしてくれたけど、先攻のほうがもう圧倒的な票差で勝ち抜けたのだと観客席側からみた試合の様子を一生懸命話した。ユズは口下手だから、陳腐な表現しかできなくて、それがもどかしいのだが、なんとかジェイドに伝えようと言葉を尽くした。

「・・・もう今回は全部爆発系で攻めようと思っている」

ジェイドはそういう形式に当てはめた方が確実に時間短縮につながるという割と合理的な考え方でこの大会を切り抜けようとしていた。

「ジェイド、つかっちまった術式を補充した方がいいよな。」

セドリックがそういえば、ジェイドはかつ丼をかき込んで、机に向かい始めた。セドリックはユズに合図をして、ユズは頷いて彼と席を立った。

「あの、アレクがいなくって・・・探しに行かなきゃいけない。でもジェイドには、試合が終わるまでは言わないでほしいの」

ユズは単刀直入だった。別にセドリックと世間話などに興じる必要はないからだ。

「なんで?」

「ジェイドに心配かけたくないし、大事な、試合だから。加護をもらわないと。」

「ジェイドってなんで加護欲しいの?妖術強化の加護なんてあいつには必要なくね?あ、賞金の方?」

言われてユズは不思議に思った。妖狐の加護は妖術強化なのだろうか。

「・・・でも加護を集めないと。」

「集める、もらうんじゃなく?」

セドリックはユズの言葉足らずなところを補おうとしてくれている。

「聖獣の加護を集めてるのか。へえ、今は何個目?」

心を読んだように、セドリックは話を進めた。ユズはじっと彼のグレーの目を見つめた。

「可愛いな、ユズちゃんは。」

セドリックはユズの頭に触れようとしたが、ユズは距離を取る。

「セド、私はアレクを探すから、ジェイドを頼んだよ」


はいはい、とセドリックはひらひらとユズに手を振った。ジェイドのいる席に戻る。

「あれ、ユズは?」

「アレクを探しに行くってさ。そのうち戻るだろ。」

「そうか・・・その話?俺がいてもよくないか。」

ジェイドは不満そうだ。

「まあ、健気でいいじゃん。お前に心配かけたくないんだって。」

セドリックは別段ユズの話は彼に秘密にすることでもないと判断したし、ジェイドもそう思ったようだった。

「でさ、ジェイド、聖獣の加護を集めてるって話なんだけど」

「ん?ああ、それがどうかしたか」

彼にその話をした覚えはない。ユズから聞いたのだろうか。だけどそれを追及する雰囲気でもなかった。

「いいなって思って。俺も欲しいな、グリフォンの加護は、ユズちゃんでいいとして。バジリスクとドラゴンと不死鳥と、それと妖狐様か・・・」

「セドは加護を集めて何がしたいんだ?」

ジェイドは人好きのする笑みをたたえて聞いた。内心ドキドキした。彼とはこういうふうに腹の探り合いになる会話が多いような気がするのだ。

「鬼から、お姫様を取り戻す。」

「鬼?」

セドリックは試合時間が近づいているから、行こうか、と話を逸らした。


二回戦目は芸術魔法の魔法比べで、芸術は幅が広い。音楽、絵画、版画、彫刻、それこそ文学も芸術のうちに入る。

「どういく?爆発系の公式に当てはめれば。花火は芸がねえだろうし」

セドリックは花火は飽きた、と言う。

「・・・おとぎ話の再現魔法はどうだろう。爆発したら次の話になるように。」

「幻術をかけるってことか。どこで爆発させる?」

「あらすじぐらいで続きが気になるところで終わらせる。話は三話くらいが限度だ。有名どころが受けがいいだろ、シンデレラと白雪姫と「小野の雪が妖狐の里では人気の話だな」なら、その話はお前に任せる」

ジェイドは幻術の術式に話の内容を書き込んでいく。あと三分で作戦タイムが終了してしまう。最初の話だけでも完成させて二話目は最悪パフォーマンス中でも対応できる。

シンデレラはちょうどドレスアップして、カボチャの馬車に乗り込むところでカボチャがキラキラキラとはじけ飛び、白雪姫の話に変わる。白雪姫が小人と幸せに暮らしていたが、魔女の毒りんごに口を付けたらまたりんごが星のように弾けて、話が変わる。


舞台は雪景色。男が一人、深い雪を踏み分けて、山の奥の寺を目指しているようだった。山寺に到着すれば高貴な男が現れて、男を歓迎した。男は高貴な男に山から下りて、都に戻ってほしいと懇願したが、高貴な男は首を振る。俗世には戻れないと。昔男と鷹狩にいった日のこと、夜通し酒を飲み交わしたことを懐かしそうに話す。男はまた雪を踏み分けて都に戻っていく。――あなたと過ごした日々を忘れてしまったわけがない。あなたがこの山奥にこもってしまったことは未だに夢なのではないかと思う。こんな深い雪を踏み分けてあなたに会いに来る日が来るなんて思わなかったと。


ジェイドは初めて聞いた話だけれど、引き込まれていた。余韻を残すように雪がちらちらと舞って、映像が消えていく。会場は割れんばかりの拍手が起こった。勝ち負けはもう決まったようなものだ。セドリックが妖狐の里に通じていて良かった・・・ジェイドは胸をなでおろした。


三回戦目で、攻撃魔法があたった。相手も歴戦を潜り抜けてきた猛者で妖術使いの妖たちも高位なものになってくる。セドリックが妖を明かさないように相手方も隠しているし、複数妖術を扱ってくる。

「防御は任せたわー。お手並み拝見と行きますか」

セドリックが前に出た。ジェイドはもう繰り出してくる魔法を打ち消す術式を探して、探している間にどんどん来るから、結局シールドしか出せていない。相手方はセドリックのことは知っているらしい。セドリックも顔見知りではある。

「そいつがお前の見つけた純魔法使い、男かー」

なぜかその妖術使いは残念そうだった。

「魔力の量はどうなんだ?」

「教える義理はねえな。」

セドリックは妖術使いに火の玉を投げた。もっと蹴散らせる妖術があるだろうに、わざと長引かせているような気がする。敵の妖術使いはジェイドの張ったシールドを粉々に破壊した。もうジェイドが攻撃に転じるしかない。敵はセドリックを攻撃するそぶりはない。雷魔法を風魔法で相手に繰り出すが、妖術使いの妖、烏天狗が出てきて、それらを飲み込んだ。天狗なら、光属性の魔法が有効なはずだ。ウラヌスの剣の刃面が強い光線を放つ。それからは確かに妖は逃げたが、ジェイドの後ろに回って、鉄拳を繰り出そうとした。しゃがんで避けて、剣と拳が組みあう。素手対剣だが、相手は妖だ。

『こいつ倒したら、俺がもらっていいのか』

天狗が喋った。人を攫っていくことで有名な妖だ。

「だめだ、俺の獲物だ」

セドリックが天狗とジェイドの間に入って、やっと応戦してくれた。セドリックの複数属性に天狗はよく対応できていたが、こっちのほうが格上らしく、屈服の姿勢を示し、勝敗は喫した。


なんとか一日目は勝ち抜けた。明日は準々決勝、今でようやくベスト8になった、ということだ。ジェイドはどっと疲れた。ユズを見て癒されたい。会場に彼女の姿を探すが、アレクシスを探しに行ったままなのか、ジェイドには見つけることができなかった。あれから、何時間たった?もう日が暮れている。アレクシスは今日一回でも見物したのだろうか。ジェイドは胸騒ぎを覚えた。これはグリフォンの加護の影響なのかもしれない。

「どうした?」

セドリックが今日は飲もうか、と誘ってくる。

「いや、ユズとアレクが・・・」

「寮に戻ってんじゃねえの?」

ユズの剣には、探知魔法がかかっている。だから探すことは可能である。ジェイドは、心配だから、とセドリックの誘いを断る。

「あー・・・でもユズちゃんに、お前と遊んでやれって言われてんだよ」

「ユズに?」

セドリックはジェイドの肩を掴んで、にこりと微笑んだ。ぞわりと悪寒がする。この男は何かを企んでいる。

「そ。ユズちゃんのお願いは、何としてでも叶えてやらにゃあ。」


「ジェイド!」

アレクシスの声が聞こえた。

「アレク?」

セドリックは目を細めて、アレクシスを見た。

アレクシスが駆け寄ってくる。


「どういうことだ、D会場なんてどこにもなかったぞ!ユズは!?」

ジェイドは思わずセドリックを見たが、影も形もない。

「・・・ユズをすぐ探そう。」

アレクシスは意味が分からない、というような顔をする。

「はあ?ユズは、一緒じゃなかったのかよ」

「お前を探しに行った。神隠しってやつだろ。」

きっと昼間はアレクシスがそれに合っていて、いや、こっちが神隠しに合っているのかもしれない。妖狐の里では頻繁に起こりうることだ。もうどっぷりと術中にはまってしまっているのかもしれない。とりあえずウラヌスの剣にセレスの剣を探ってもらえば、会場を三キロほど離れた都のほうにいるようだ。


***


アレクシスを探そうにも、ユズは彼の行く場所なんてとんと見当がつかない。右耳のピアスがただピリピリして、それが強くなる方に足を進めた。もうほとんど感覚で動いている。

人混みを掻き分けて、会場の外まで出てきた。

『ユズ、危険だよ、それでもアレクのとこに行きたいか?』

ミニグリフォンがユズの肩に乗っている。ユズは頷いた。グリフォンは案じるように場所を示してくれた。

『我は実体がないから、助けてはあげられないよ。』

グリフォンは予言めいたこと言う。何がこの先に起こるのか、彼は分かるのだろう。ユズは歩を進めた。アレクシスが危険だというなら、助けないといけない。早足で歩けば、廃れたネオン街のような場所に来た。やはり真昼間からそういうことなのだろうか、でも右耳は今や熱を持っているかのように熱い。そういう店に入ったことはないけれど、意を決して突入する。誰もいないようだ。奥で物音がする。隙間からのぞけば、アレクシスが鎖につながれていて、ぐったりと壁に寄り掛かっている。ナターシャが彼の首筋に噛みついて、血を啜っているようだ。

「アレクシスから、離れろっ!」

ユズはナターシャに切りかかった。ひょいと彼女は避けて、口の血を拭う。牙がある。血を吸う妖のことなら聞いたことがある。吸血鬼だ。

「あら、もうばれちゃった?セドったらうまく繋ぎとめておいてくれないんだから。うーんアレクは顔は良いのに魔力はないから美味しくないのよねぇ。お嬢ちゃんは女の子だから魔力がなくても使い道はあるんだけど」

ナターシャが何を言っているのかはわからない。

「魔力がない子のほうが強い妖の子を産めるのよ。セドはあなたをお嫁さんにするって言ってたの。ほんと、憎たらしい子」

ナターシャの目がぞっとするほど恐ろしくユズを見た。怖気、というのだろうか。少し気圧されたのがわかって、ユズはギュッと剣を握る手に力を込める。自分より格上の相手と相対するとき、まずは睨みで負けてはいけないのだ。アレクシスは無事なのだろうか、確かめるには、ナターシャを撃退する必要がある。

「わ、私は、セドの子どもなんか産まないっ」

「あんたの意志とかどうでもいいのよ。女は孕まされるだけ。」

「そういうのは愛とか、同意とか必要ってジェイドが言ってた」

「必要ないわ、分からせてあげる。」


ナターシャが指を鳴らせば、ガシャンとアレクシスの手錠の鎖が外れた。ゆらっと彼が起き上がる。

「アレク!アレク、無事なの!?」

ユズはナターシャから目を離さないようにアレクシスに駆け寄った。綺麗なエメラルド色の目はうつろで、顔色は白い。血を吸われすぎたのだろうか。貧血には覚えがある。

「座ってて、私がやっつけるから。」

ユズはアレクシスを庇うように、ナターシャと対峙する。後ろから、アレクシスはユズを抱きしめた。

「ちょ、邪魔!座ってろって言っただろ」

アレクシスはユズの手から剣を取り上げようとする。あんまり言うことを聞かないので、ユズは彼を背負い投げした。血が足りないなら勝てると思った。抵抗も大してせずに、床に叩きつけられたアレクシスと、至近距離で目が合う。目は相変わらずうつろで、様子がおかしいと訝しげに思っている間に、頭を引き寄せられて、唇同士が重なった。ユズはびっくりした。身体が固まっているうちに反転させられて、手が床に縫い付けられる。

「ええ?アレクってキスなんかするの?私にはしてくれなかったのに」

ナターシャが少し驚いていた。

「好きな子にはするのかもねェ、アレクも意外と健気で可愛いじゃん」

「おま、アレクで遊ぶな!アレクアレク!戻ってこい、ステイ!ストップ!」

ユズは犬を呼ぶようにアレクシスを呼ぶが、アレクシスはユズに頬ずりをして、右耳のピアスにかぶりつく。ユズは全身鳥肌が立った。鳥肌とは何かが違うような気がするが、粟立つ感覚が駆け巡る。アレクシスは急にピアスに触れて、頭を痛がった。

「アレク!アレク、聞こえる!?」

「だめよ、アレク。その子が欲しいはずよ。セドに嫁入りする前に奪っちゃいなよ。他の人に取られるくらいなら、殺したっていいと思うわ」

ユズは剣をナターシャに投げつけた。ナターシャの実態は消えてしまう。妖め、何でもありだな。

アレクシスは再びユズに口づけた。これは、夢にまで見たファーストキスだ。好きな人としたかった。ユズは諦めて受け入れた。アレクシスになら百歩、いや三万歩譲って、渡してやってもいいことにしよう。キスをして、気持ち良かったら好き・・・という結論をいつか出したことをユズはぼーっと考えた。アレクシスは気持ちよさそうだ。ユズはユズで、人の唇って柔らかいんだな、とか、アレクシスの唇は、少し体温が低いのかな、なんて他人事のようにキスを受け入れていた。

右耳のピアスを愛おしそうに触られて、くすぐったくて身をよじる。軽く啄むような口づけから、ぺろりと唇を舐めあげられて、舌がユズの歯をなぞっていく。口を開けろということか、そんなキスを初めての私にするというのか・・・調子に乗るな、バカアレク・・・ゴン!とユズは夢うつつのアレクシスに思い切り頭突きをした。ユズの頭も痛いが、背に腹は代えられない。彼を正気に戻さねばならない。

「・・・っ、ユズ、離れろ」

身体が言うことを聞かない。アレクシスはユズの上から退いて、自分の剣を抜いて、自分に向ける。

「バカなことするな!」

ユズが自分の身体に触れれば、意識が飛びそうになる、もう次は止まれないかもしれない。

「お前を傷つけるくらいなら、俺は死ぬっ」

彼は首に剣を充てる。ユズは彼の首筋に二本牙の痕があるのを見た。アレクシスは血を吸われただけじゃなく、何か注ぎ込まれた?それとも血を吸ったものを操る力が吸血鬼にあるのだろうか。考えている時間はない。彼の正気でいられる時間は限られているのは確かだ。ユズは逃げた方が良いのだろうことは分かる。アレクシスは心の底でユズを大切に思ってくれているから、本来は利かない歯止めをなんとかして利かせているに過ぎない。

「私は別に・・・この世界百周分くらい譲れば、アレクと結婚してやったっていい」

「なんだ、その上から目線、そこは譲るな、希って結婚しろよ」

「だから、歯を食いしばって、我慢しろ!媚薬だか何だかしらないが、私が吸い出してやる!私に手ェ出したら、その甘ったれた精神、兄上に最初っから叩き直してもらえ」

ユズは男前に笑いかけて、アレクシスの首筋に噛みついた。


***


「なあ、アレク、お前様子がおかしくないか」

一緒に歩いて、会話をしていてもいまいち釈然としなくて、ジェイドはアレクシスに聞いた。試合会場から少し離れ、廃れたネオン街のようなところを歩いている。

「はい、私は鬼に姿を変えられた魔法使いです。あなたに私の本当の姿を取り戻してほしい。」

「・・・鬼?」

「魔法使いは魔法比べで優勝したら鬼に魔力を取られてしまいますよ。だけど今回は、あの女の子が狙いのようです。」

アレクシスの姿をした魔法使いは、助言してくれているようだった。魔法比べの優勝者は失踪したのではなく、みんな姿を変えられて、自分の姿にだけ戻れないようにされている。魔力を奪い取られた魔法使いは鬼に使役される立場になるようだ。この魔法使いは先の大会の優勝者だそうで、まだ使役されて日も浅いから、少しは自由に歩けるが、時期に完全に支配されてしまう。

「ユズ?」

「ええ、ナターシャがそれを気に入らないから、いろいろ引っかき回しているけれど。」


セレスの剣の反応がある店に入る。奥の部屋に電気がついていた。一応ノックする。

「誰」

「ユズ、」

「ジェイドなの?」

ユズはドアを開ける。アレクシスは奥のベッドに横たえられている。

「ジェイド!アレクを少し強く噛みすぎて、血が止まらなくってしまって」

ユズは慌てていた。

「ええっと、後で詳しく聞くから」

ジェイドはすぐにアレクシスに治癒魔法をかけた。かけている途中で、手を抑えられる。

「まだ歯形が残ってるぞ」

「いい、もう、いい、つけとてくれ、むしろそれが、いい」

アレクシスは落ちこんでいるのか、言っていることは少し変態ちっくなのだが、ジェイドはとりあえず治癒魔法を止めた。アレクシスの姿の魔法使いはいなくなっていた。だけどこの魔法比べの全容は見えてきたように思う。

「で、何があったんだ」

「アレクがナターシャに誘拐されて、ナターシャが吸血鬼で、アレクを操ったの、それで、吸血鬼に噛まれたところ、消毒しようと思って・・・勢い余って嚙みついた」

ユズの要領を得ない説明を聞いて、ジェイドは思った。消毒で噛みつくとは彼女はいったいどんな動物なのか・・・。

「で、アレクシスは、噛みつかれたのが嬉しかったと」

「・・・・もう何も・・・何も言えない・・・俺には」

一体何があったのか、もしかしたら、詳しく、聞かない方が良いのかもしれない。


「ジェイド、魔法比べ、どうだったの」

「とりあえず、明日には進んだけど・・・優勝すれば、魔法使いは魔力を根こそぎ奪われて姿を変えられる・・・ということを聞いた。おそらく、セドリックやナターシャが関わっているのだと思う」

ジェイドは話す。

「ユズ、今回セドは俺じゃなくて、お前に執着しているらしい。」

「ん?アレクじゃなく?」

ナターシャに攫われたのはアレクシスだ。

「アレクは囮だったんじゃないか。」

「・・・たしかに、ナターシャはアレクを食べてもおいしくないって言ってた。で、私は魔力なしでも利用価値はあるみたいな・・・セドと結婚して強い妖を産むとかなんとか。でもなんでセドと結婚になるの?まるでセドが」

妖だとでもいうのだろうか。彼は自分で妖術使いだと言っており、だけどなんの妖と契約しているのかは教えてくれなかった。自分自身が妖で、高位の妖なのであれば複数の妖術を使うことは可能である。


「おそらくセドは鬼、なんだろう。」

複数の妖を使役して、妖の頂点に立つと言われる高位の妖だ。この妖狐の里では玉藻の前が辺境伯として鎮座しているから、そうとう力を付けなければその座を奪うことはできない。生きている年数がそのまま妖の位を意味する。今この辺境で玉藻の前に匹敵するものはいない。だから鬼は、魔力を食らうこと、子孫を強くすることで一族を繁栄させ、妖狐の里を鬼の里に作り替えようとしている。


「タマモが危ないってこと?」

「そうだな・・・お前も危ないんだが」

「でも、明日も魔法比べに出るんだよね」

「・・・ああ、優勝が加護の条件だからな。」


ユズは頷く。いずれにせよ、明日、セドリックが仕掛けてくる。心づもりができれば、あとは挑戦者の気持ちで対峙できる。

「アレク、鬼は強いぞ。鉄分取って早く寝よう、歩けるか?おんぶするか?」

「歩ける、構うな・・・お前はしばらく俺をほっといてくれ」

アレクシスは立つ瀬がない・・・とユズから逃げるように先に行く。ユズはため息をつく。なんだあの乙女のような反応は。ユズはファーストキスを捧げた自分の勇気を褒めてほしいのに!とアレクシスを糾弾したくなったが、これ以上責めるのは可哀そうなので、黙ってジェイドと彼の後ろをついて行くのだった。



伊勢物語を引用しています。

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