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ジュピタル王国英雄記  作者: ヤー子
第四章 妖狐の里編

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仲直り


朝食は三人でリビングにいたけど、気まずい。

「今日は、どうする?俺はちょっと調べものをしてから、アカデミーに行こうと思うが。」

「俺はとくに予定はない。道場破りでもしてくる。」

アレクシスが答える。

「私はここにいる。クッキーを作る」

「・・・火事には気をつけろよ。ブライアン、ユズをお守りください」

ジェイドはウラヌスの剣に祈っていた。

「ユズ、買い物に一緒に行こうか。」

ジェイドは誘ってユズと一緒に寮を出た。クッキーを作るなら、足りないものを補わないといけない。型や、ボール、泡だて器など製菓用の道具が一通り必要だ。ウラヌスの剣には一通りあるのだが、最近は世話になっていなかった。


買い物の材料を一通り買って、ジェイドが全部持っていたので、ユズも持とうか、と申し出た。ユズは力持ちだから、別に持ってもらわなくても構わない。

「うーん、これが俺の幸せなんだ、」

とジェイドが意味の分からないことを言う。女の子の買い物に付き合って、その荷物を持ってあげることは彼の叶えたい夢の一つだというので、それなら、ユズはもちろん叶えてあげたいと思った。

「そうだ、ユズ・・・誕生日がもうすぐだろう。何か欲しいものないか。誕生日プレゼントを贈るのもぜひやってみたい。」

「ジェイドからもらえるなら、私は何でも嬉しい。」

食べ物でも、剣でも、花でも、ドレスでも、本当になんでも。

「なんでも嬉しいけど・・・できればなくならくて壊れないものがいいな」

「食い物とか消耗品じゃないものってことか。わかった、考えておくな。」

ユズはアレクシスからも貰ったというピアスを失くしたときは、形あるものはなくなるものだ、なんて言ってたが、今は違う考え方になったのだろうか。右耳にしっかりピアスをつけているから、きっと喧嘩していたって、プロポーズを断ったって、アレクシスは彼女の大事な人には変わりないということだ。ユズを寮まで送って、ジェイドは図書館へ行った。


妖狐の里の図書館は、ジュピタルで一番蔵書冊数が多い。知恵の加護を授けるだけあり、難しい文献も多々ある。

妖術使いと妖の契約についての文献をいくつか取って、読み始める。基本はやはり一対一契約だ。複数契約は禁忌、契約した妖同士が食い合いを始めるのだという。ではセドリックは嘘をついているのだろうか。しかし熟練の妖術使いの間では普通だとも言っていた。彼らの間では禁忌が横行しているというのだろうか。

『複数の妖と契約している妖と使役契約を結ぶと複数妖術を使えるようになる』

妖と契約している妖が存在するらしい。人間とは基本一対一だが、強い妖はその他を使役することも可能ということだ。ランクの高い妖ということだろうか。玉藻の前がそうであるように、他には鬼や天狗が入ってくるのだろうか。いずれにしろジェイドにはセドリックという人間が読めない。気を引き締めなければならない、と感じていた。

ユズの様子が気にかかるので、アカデミーに行く前に寮に寄ってみた。リビングにいて、できたクッキーをラッピングしているようだった。

「おお、おいしそうにできたな、誰かに持っていくのか」

「お帰り、ジェイド。アカデミーに持っていこうと思ってたんだよ。ジェイドの分もある」

「俺のユズが天使・・・」

「私は死んでないけど」

死んだら天使になると思っているところも可愛い。ユズは紙袋にラッピングしたクッキーを詰めていく。

「アレクの分も取っておいてやったらどうだ」

「アレクのはない」

ユズの怒りは収まらないようだった。ジェイドはこれ以上は突つかないように努めた。一緒にアカデミーに行き、生徒に差し入れだとセドリックにクッキーを渡す。

「ユズちゃん・・・存外女の子らしいとこもあったんだな」

セドリックは受け取ってびっくりしていた。

「目標は自炊ができるようになることなの!」

「・・・とんでもねえ目標言い出したよ、このご令嬢」

だけどやっぱりため息が出る。はねっかえりがすぎるお嬢様であることには違いないようだ。

「ところでユズちゃんは妖とか興味ねえの?契約してみるか?」

「なんか、グリフォンがだめって言ってる気がするからだめだな」

「そっか、もう契約済みってことか」

セドリックは残念そうに言う。

「・・・まあでも、グリフォンの令嬢なら強くて当たり前なのか。」

セドリックは気を取り直したように、にこにこと機嫌がよさそうだ。

ユズは今日はセドリックとジェイドの魔法をずっと見学していた。セドリックの出すお題にジェイドが応える、というものだが、結構難題らしいし、いちゃもんをつけられているし、地味だと言われてジェイドは謝っていた。ジェイドの魔法は、実用を重視しているから、派手さを求められても困るのだそうだ。使えるだけでもすごいのに、魔法比べは大変なのだな・・・とユズはそれを見ていた。

「はぁ、疲れた。飯食いに行こうぜ、今日はアレクはいないのか」

「ああ、昨日ユズと喧嘩したから、アレクはしばらく別行動だ」

「・・・へー、なら、ユズちゃんは口説き放題じゃん。何が好き?お酒は飲めるの?」

「気持ち悪いから触らないでくれる?」

「塩対応!やっぱり俺は好みじゃない感じですか!?」

ユズは頷いて、無断で触ったら腕を切り落とす、と剣を抜いた。セドリックは一応、美貌には自信があるようだった。まあ、アレクシスと並んでも遜色ないような顔立ちではあるとジェイドは思う。セドリックは、俺はジェイドさんのパートナーですから、怪我をさせたらジェイドが困ります、と言いくるめようとしていた。

「ジェイドに怪我させたら、許さないからな!」

「・・・なんかそのセリフ二度目かも。ジェイドが愛されてて、羨ましい」

そう考えれば、ユズの愛情表現は結構最初からストレートだったかもしれない。三人で、焼き鳥屋に入って、ジェイドはアレクシスにも土産を買って、そこでセドリックと別れた。


寮に帰れば、アレクシスの部屋は電気がついていた。ユズはすぐに風呂に入る支度をしに行ってしまう。いつまで喧嘩は続くのだろうか。アレクシスの部屋をノックして、声をかける。

「アレク、焼き鳥買ってきた。もう飯食ったか」

「ああ、軽く。冷蔵庫に入れておいてくれ。」

「あのさ、お前らの喧嘩ってどうやって仲直りしてんの?自然に待つべき?」

「知らねえ、今回はたぶん俺が悪いから、ユズが許すか許さねえかだろ」

アレクシスには悪いという自覚はあるらしい。

「なら、アレクが謝ればいいだろ」

「謝らん。あいつもあいつで乗り越えにゃあならんことだ」

ユズがアレクシスと結婚することを、乗り越えなければいけないのだろうか。ジュピタルの結婚はやはりユズの考える幸せとはかけ離れているのかもしれない。

「アレク」

ジェイドは部屋に入っていき、アレクシスの隣に腰かける。

「俺、ユズには幸せになってもらいたい。じゃないと死んでも報われないだろう」

アレクシスは知らないことだが、ノルンにもブライアンにも約束したことだ。

「アレクはユズの将来のことちゃんと考えてやってるか?あの子が何したいとか・・・」

「考える必要あるか?結婚したら女は子どもを産んで育てる、ユズにできるのは、それぐらいだ。家政にもたぶん関与しないだろ」

「・・・なら別に、ユズじゃなくても良いんじゃないか。アレクはなんでユズと結婚したいって思うんだ。好きっていう気持ちはもちろんあるんだろう?」

「あるにはある。可愛いとも思う。俺が唯一愛でたいと思うのはあれだけだし、他の男には渡したくない。お前にもな。」

アレクシスはジト目でジェイドを睨みつけた。

「なんでアレクって、そういうことそのままユズに言ってやらないんだ?」

ジェイドは不思議だった。彼女の場合は言わなければ伝わらないのに。伝わってはいるのかもしれない。ユズにもずるいところはある。アレクシスの気持ちはユズに伝わっているが、ユズはあえて応えない、というのだ。


「脈がない。今は時機じゃない。」

アレクシスはそう端的に言った。たしかに、今言ってもユズはアレクシスの思う返事はしないだろうことはなんとなくジェイドも分かった。彼に時機は来るのだろうか。ジェイドがいなくなった後に?今の段階で、ジェイドはなかなかそうは思えなかった。

「他の男に渡したくないなら、普段から大事にしろよ。アレクはさ、ユズの手を握って、目を見つめて、好きだよって、毎日言ってやったらいいんだ。」

「それはお前がやりたいことだよな。」

自分がやったら手を握った瞬間逃げられる。

「俺ができないこと、お前はできるんだから・・・何なら俺が、自分が死ぬまでは毎日やっておこうかと思っているくらいだ。間違えてキスしちまうかもしれないし、間違えて押し倒して、再起不能になる可能性もあるけど」

「間違えが起こる前に俺が再起不能にしてさしあげますね、王弟殿下」

ジェイドは二つあるうちのベッドに身を投げ出した。ビニールがかかっているけど、ふかふかしている。ユズは手を握って、陳腐な誘い文句を言うまでは受け入れてくれる。なんなら寝ぼけていたら、身体に触るのだって許してくれるのかもしれない。一緒に寝るのもオッケーらしい。寝るだけだが。ユズが頓珍漢なのかときどき核心めいたことを言うから、理性が戻ってきてストップをかけるか、彼女が止めてくれるけど、その先に進んだら、どうなるのだろうか。自分からも離れていくのだろうか、ジェイドは漠然と考える。


「アレク・・・俺の残りの人生に、ユズを連れて行く。それがこの旅の意味なんだと思う。俺がちゃんと、それをユズに話して、ユズに納得させれば良いんだな。それで、」

ジェイドは言葉を切って、深呼吸した。


「俺は、俺はユズのことが好きだと、そこもはっきり言わなきゃいけない。お前にも」


アレクシスが、ユズを傷つけるならもう応援はできない、あの船の中で、ジェイドはユズの手を離せなかった。ジェイドが彼女とアレクシスの仲を取り持とうとすることをユズは嫌がったのだ。将来は、分からない、約束なんて軽々しくできない。だから今を、今の気持ちに後悔がないようにしておこうと。それが何十年も経って後から思い出したら、辛くても苦しくても、何十年もあとならきっと思い出になっているはずだ。彼女だけでも生きていてくれたら、自分はきっと彼女の中で生きられる。


「・・・俺はなジェイド・・・、お前が、死ななければ、いいと俺だって思ってる。ユズが、どうとかじゃなく、俺の、本心で。」

ユズには諦めろと言っておきながら。アレクシスは腕で目頭を押さえて、自分もベッドに横たわった。建前ではなくて、自分の本心を吐露したことは久しぶりだった。この男には不思議とそういうことを話してもいいか、と思わせる何かがあるように、アレクシスは思う。

「ありがとな、アレク。」

ジェイドの声が優しくて、また目頭が熱くなる。ジェイドは部屋の電気を消して、出て行った。


「ユズさん!?部屋が小麦粉だらけなんだけど!?」


すぐに絶叫が飛んできて、アレクシスはため息を吐いた。感傷には、浸らせてくれない。



ユズはホットケーキを作ろうと思って、同時に考え事もしていたら、小麦粉をぶちまけた。不器用だから、同時に二つことはしないほうがいいということは自分でも分かるのだが、やってしまったことは元に戻らない。そして片付けるのもなんだか気が削がれて、ユズは小麦粉を掴んで放り投げた。一面真っ白になる。そこにジェイドが来た。

「ああ、ごめん。見て、真っ白。」

「ええっと、どうしようかこれ、動くな、それ以上被害を広げてはいけない。」

家事魔法をなんとか駆使して、現場を片付けた。

「小麦粉は爆発するくらい、結構危険なところもあるんだ」

「へえ、いいね、小麦粉爆弾、作ってみたい」

「・・・ああ、派手なパフォーマンスってそういうのもあり、か?」

ジェイドはセドリックに地味だ地味だと連呼され、派手にするためにはどうしたら良いのかを常に考えていた。兄にも助言を仰ぎたくなるくらいである。ユズはもう一度風呂に行って、小麦粉を落としてきて、ジェイドが何やら勉強している様子をしばらく眺めた。

ジェイドの扱う魔法はすぐその場で思ったようにできるわけじゃなくて、術式を書いて発動するというやり方のようだ。ジェイドは本職じゃないから、こういうやり方なのだ、と言う。本職の人は頭に術式を思い浮かべるだけで発動できるようだ。だからジェイドは治癒魔法などよく使う魔法とそうでない魔法を分けて、紙に書き写すのだそうだ。よく使う魔法は魔法紙と呼ばれる半永久的に使える紙に書くと毎回書かなくても使えるので重宝している。しかし今回の魔法比べにおいて、出題される課題において、どういう魔法をどういうときに使うべきか、予め作戦を練る必要があった。作戦タイムは5分しかないので、その場で書ける術式は一つか二つくらいだ。だからある程度必要になりそうなものをできるだけ書き溜めておく必要があった。あんまり雑多でも探すときに苦労するから、仕分けも必要である。これがなかなか厄介な作業で、しかも特訓と評して一日でほとんど使い切ってしまう。だけど術式は魔法使い本人が書かなくては発動しない。血の問題、なのだという。たとえばユズやアレクシスは生まれながらに魔力を持って生まれてきていないから、いくら術式を精巧に書けたとしても、魔法は使えないのだ。ジェイドは魔法使いが本職ではないが、一応魔法を使うことができる種族ではある。手元のカップに手を伸ばすが、中身は空だ。

「お茶」

ユズがティーポットにありえないくらい緑が濃いものを作ってきた。もう青汁よりも濃いかもしれない。深緑色で透けてない。ユズは好きな色だと言う。お茶というのは、そういう意図で作るものではないような気もする。

「・・・目が覚める苦さだな、ありがとう」

舌が痺れるくらい渋みと苦みがある。

「私は、飲まないけどね。もう寝るわ。」

「おお、お休み」

ユズはひらひらと手を振って階段を上がっていった。


***


ユズは一人で買い物に出てきた。アレクシスと口を聞かないままで一週間が過ぎた。ユズはもともと自分からアレクシスのところへ行くのは、剣の稽古の時ぐらいだったのだな、と改めて実感した。いつも割と彼のほうから話しかけてきてくれていたのだ。そう考えれば、アレクシスの周りの女性陣は、ユズのことを気に入らないのは道理だったのだろう。幼いころに、そういう女たちに目の敵にされていた理由がたった今分かった。

アレクシスは夜も帰ってこない時があった。大方そういう店で遊んでいるのだ。アレクシスはそういうことは愛がなくてもできる人なのだ。ユズが憧れているロマンチックな初夜を彼が与えてくれる未来はユズにはどうしても想像できなかった。もともとそれ自体にはロマンも何もないただの行為なのだとブライアンは教えてくれたけど、それにロマンや愛があったらとても素敵なことだと思う。思うだけは自由だとユズはまた自分に言い聞かせる。


「こんにちは、あなたアレクの妹さんよね」

ここへ来た初日に会った、セドリックと一緒に夜の街へ消えた女が、ユズの肩を叩く。

「妹・・・ではないですけど、そんなもんです」

「私はナターシャよ、一人なの?」

ナターシャは昼でも胸や足を強調している服装で、コートを着ているけど、隠れているところが少ない。

「はい、」

ユズは今日から12月で、今月で16歳になるので、一応服を新調しようと思って町へ来たのだ。ナターシャは一昨日やっとアレクシスが落ちた、と聞いてもないことを話し出す。

「でも彼って結構淡白よね、ああ、妹さんにする話じゃないか」

アレクシスのそういう事情は微塵も興味がなかったけれど、聞いておく分には別に問題ない。きっと彼女もユズに牽制しているのだろう。自分の男なんだからな、と。

ユズはジェイドもそういう店に行くのだろうか、と想像を巡らせてみた。なんだかんだでユズと旅をしているから、自分に気を遣って遊べていないし、行けていないように感じた。でも彼にもそういう欲はあるのだろうと分かる。でも、寂しいような嫌なような苦しいような切ないような、アレクシスには感じないような変な気持ちになる。だからジェイドに関してはあんまり深く考えてこなかった。

しかし、アレクシスにジェイドを諦めろ、と言われたことはユズの胸を深くえぐっていて、なかなか治らない傷になっている。ジェイドがいっそ、そういう店に行って、他の女とあれこれしたら、諦められるのか、と問えば、それも違うような気がする。なんだかどんどん傷が増えていくだけに思えた。人を好きになるということは、なかなかしんどいことなのだな、とユズはため息をついた。

「セドは結構上手よ、ここ界隈じゃおすすめかな、お嬢ちゃん、初めてなら、セドなら痛くはないくらいに丁寧にしてくれるわよ」

ユズは別にセドリックとそういう関係になりたくはないから、お勧めされる道理はない。それにしても平民の女の人はとても強かで、性に奔放なのだなとユズは話を聞いていた。

「セドは、遊び人なの?」

「ええ、本人は情報収集だっていうけどね。閨言はよく話すってやつは言うわね」

まあ、彼が遊び人なのはなんとなく言動とかでもわかった。ならジェイドを遊びに連れて行ってもらおうか、とユズは思った。ユズはしんどいけれど、彼の人生にできるだけ色をつけてあげたい。遊ぶときは遊べばいいし、今しかできないことをするべきだ。

ユズとはそういうことをしてくれないだろうことはユズには分かっていた。ジェイドはなまじユズが初夜に憧れていることを知っているのだ。そういう明け透けな話題ばかり彼の前でしてしまっていたし、ブライアンとの内緒の話だって、きっと聞こえていたに違いない。初めて会った時、責任は取れない、とはっきり言われたことを思い出した。だからユズは、彼と初夜を迎えることは絶対にないことだ。頭の中で整理をすれば、泣きそうになる。

「さて、アレクとはもう一回くらい寝たいわねー、あの子はいろいろ仕込めばそれなりに楽しめると思うのよ、じゃあね、お嬢ちゃん」

ナターシャは言いたいだけ言っていってしまった。ユズの買い物欲はすっかり削がれてしまっていた。


***


その足で、アカデミーに行く。セドリックは昼食休憩だと職員室にいた。ユズが来たというからそこにユズを通した。

「今日はまだジェイド来てねえけど」

「・・・ジェイドのことなんだけど、セド、遊びに連れて行ってほしいの」

「遊び?カジノとか?」

セドリックは生徒の悩みを聞くみたいにユズに接してくれた。

「女遊び」

セドリックは飲んでいたコーヒーに蒸せた。ごほん、と気を取り直す。

「ユズちゃんってときどき頓珍漢なこと言うよな、そこが可愛いけど。あいつは根が真面目だろ、女遊びに興味があるようには思えねえが」

俺とは種類が違う人間に思える、とセドリックは言う。

「ジェイドには時間があまりなくて」

「・・・え?」

「だから、できるだけ楽しんでほしいと、思う」

ユズの元気はどことなくなかった。そういうことをユズはジェイドには言えないし、アレクシスという護衛にも言えないのだろう。

「時間がないって・・・なんか病気とかか?」

「まあ、近いような、違うような・・・私にはうまく言えないの」

ジェイドの事情をユズは理解してはいるのだが、うまく説明するのは難しかった。学校の先生をやっているセドリックはきっとそういうところもゆっくり聞いてはくれるのだろうが、昼休みは有限だ。ユズ以外に生徒の対応もしなければいけない。

「・・・誘ってはみるが、ユズちゃんの名前は出さん方がいいよな?」

ユズは一度頷いた。

「なんかよく分からんけど・・・そんな難儀そうな顔するなって。俺が慰めてやろうか」

「遠慮します」

「そこは即答かよ!」

セドリックは最近のジェイドはここが上達したとか、筋とセンスはいいけどやっぱり地味なんだよ、とユズに教えてくれた。ユズはそれを楽しそうに聞いて、昼休みが終わったのと同時にアカデミーから出た。寮に戻ると鍵が開いていて、リビングにアレクシスがいた。茶を飲みながら、新聞を読んでいる。ユズを一瞥しただけで彼は無言だった。ユズも自分から話しかけることもできなくて、上の部屋に行ってベッドに身を投げ出した。


あっと言う間に夕方になった。部屋の戸がノックされる。

「入るぞ」

アレクシスだ。まだ、彼と話す心の準備は、ユズにはできていない。一週間もたつのに、自分の心が未熟すぎて、ユズは正直疲れていた。

「飯、食いに行かねえか」

「・・・」

ユズは応えずにベッドから身を起こして、踵を返すアレクシスについて行った。

もうすぐジェイドが魔法比べに出場する。次の土曜日まであと三日だ。だからそれまでにはアレクシスと仲直りをしなくてはいけないことはユズにも分かっていた。アレクシスがユズに歩み寄ってくれるなら、ユズはそれに乗じるしかないのだが、ユズの心の整理はまだついていない。適当に居酒屋に入って、テーブルにつく。

「ユズ」

「はい」

「こないだは、悪かったな」

ユズはだけど、アレクシスのほうを見れなかった。大丈夫、とも言えなかった。ユズはずっとアレクシスの言ったジェイドを諦める、ということをユズになりに考えていて、結局答えが出ないでいるのだ。


「・・・ユズ、今何を考えているんだ。教えてくれないか」

ユズははっとして顔を上げた。アレクシスの端正な顔が目に入る。アレクシスが、そうやってユズに歩み寄ってくれたことは、ユズにとっては初めてのことだった。アレクシスはユズの考えなんて気にしないと思っていた。ユズがぐるぐる考えて、ユズが出した結論なんてアレクシスには関係のないことだと。

「あ、アレク・・・どこかに頭をぶつけたの?」

「俺がお前の話を聞くのはそんなにおかしいことかよ」

ユズは頷く。アレクシスは自分の日頃の彼女に対する接し方を改めるべきだと気づかされた。

「で、お前は今、何を考えているんだよ。俺の言ったことか。」

ユズはまた頷いた。

「・・・それは、本当に悪かったと思ってる。許せとは言わない。」

「でも・・・考えなきゃいけないことだ。私はずっと逃げていたから」

ユズはたどたどしく話し出した。ときどきジェイドのことを考えてきた。そのたびに胸がチクチクとするのだ。だから、あまり考えないようにしようと、あえて目を逸らして来たことなのだ。

「あれは、俺の事情をお前に押し付けただけだ。だから、ちゃんと考えないか。あいつを・・・救いたいと思っているのはお前だけじゃない。」

ユズはじっとアレクシスを見つめた。アレクシスも真剣にユズを見つめ返す。

「ほんとに、ほんとにちゃんと考えてくれる?」

「ああ」

「じゃ、じゃあ、アレク・・・嫌いって言ったこと、許してくれる?」

ユズに、嫌いと言われたことは、アレクシスは気にしていないようには見せかけていたが、相当堪えていたことは推して知るべしということである。ユズがうかがうように聞くので、アレクシスは少し微笑んだ。

「・・・できれば二度と言わないでくれ。お前に嫌われるのはさすがにきつい。」

「ご、ごめん。ごめんねアレク」

料理を頼もう、とアレクシスはメニューをユズに渡した。

「酒でも飲むか?成人の祝いに」

誕生日はまだ先だが、今日は誕生月だ。誕生月の初めに成人の祝いをするのがジュピタルの慣習だ。アレクシスは、ユズを祝いたかっただけなのかもしれない。それで、今日ご飯に誘ってくれたし、ユズに歩み寄ってくれたのか・・・。ジュピタルの慣習でユズを祝えるのは今は彼しかいないのだ。ユズはその気遣いが嬉しく感じた。

「ありがとうね、アレク。アレクも飲んで」


ジェイドのことは具体的にはアレクシスも何をすべきなのかを現状は一人でなく二人で考えても打破できそうにはなかった。魂が分裂してしまって、命も数回分に分けられた彼の呪いを解いてしまうことは、死を意味している。死を回避できる方法があるのなら、誰か教えてほしい。ならばできることはやはり、彼の残りの人生を共に過ごすことだけなのだろうか。

「アレク、ジェイドと遊んであげてほしいの」

酔っぱらったのか、ユズは変なことを言う。

「なんで俺が」

アレクシスは別に彼と遊ぶために旅に随行しているわけではない。

「だってアレクは女遊びしてるでしょ」

「・・・お前が嫌いなんて言うからだろ」

そこは自棄になったのは認める。そして妙案を思いついた。

「ジェイドにも言えばいいじゃねえか。」

そしたら彼も自棄になって、そういうことをするかもしれない。

「言えるわけない」

しかし、ユズは即答した。嘘でもジェイドに嫌いだなんてユズは言えない。

「くそが」

アレクシスは分かりやすく悪態を吐いたのだった。



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