妖狐の里へ
「悪かったな、ジェイド。部屋を教えろって言われたからさ。」
セドリックは悪気もなく謝った。
「いいんです、俺の理性がゆるかっただけの話で。」
ジェイドは目のあたりに青痣もあったし、頭にたん瘤も数個ある。水浸しで満身創痍だ。ユズはユズでアレクシスの説教中だった。彼女は彼女で悪びれなく聞き流している。
「いつからそんな痴女になってんだよ、男と同じ布団で寝るってことが分からねえ年でもねえだろうが!本当に侯爵令嬢か!」
ジェイドとなら、良いと思うのだ。昨日は良い感じだったし、そのうちそういう関係になるかもしれないし、とにかくユズの中ではジェイドは特別だから一緒の布団に寝ても良いのだ。誰でも良いわけではない。ジェイドだから良いのである。ユズの中の理論は完璧だ。これぞ純情ってくらい一途な愛のみで構成されているじゃないか。だからアレクシスの言葉は聞き流していられた。
「分からねえならユズ、今から王都に連れて帰る。」
むう、とユズはアレクシスを睨む。そんなもので怯む男ではない。
「で、誰なの、あのイケメン」
「アレクシスだ。ユズの護衛騎士」
「あの子に護衛は必要ねえだろ」
セドリックの意見はごもっともである。
「あー・・・セド、ユズを口説くなら、アレクの許可は必要かもしれん。要は、アレクには気取られてはいけない。俺のようになる」
「・・・なるほど」
セドリックが察して、ジェイドの服の水気を妖術で乾かしてやった。ジェイドは魔法使いのくせに、今は魔法を使えない。アレクシスがウラヌスの剣を取り上げたのだ。手で服の水を絞っていた。病み上がりなのに、酷い扱いである。
「お誘いは断ってる!」
「ユズさん、誘ってることばらさないでもらえますか!?アレク、止そう!話せばわかる」
ジェイドは再び11月の冷たいカルデラ湖へ抛り投げられた。
「・・・アレク、ジェイドは王弟殿下なのよ、アレクが湖に投げられる人じゃないと思うの。」
「今後、何があっても同じ布団で寝るんじゃない、いいか、二度があったら今度は・・・脳天からかち割る。」
アレクシスは剣を抜いた。殺気がただ漏れてその場の気温が下がった。・・・本気だと思った。ユズはもう、何も言わないようにしようと口をつぐみ、湖の中のジェイドに心の中で謝罪した。セドリックはこの瞬間、ユズを口説くのはやめようと思った。顔面の勝負でも、アレクシスにはどうやっても勝てない。それでもユズを口説いて、同じ布団に眠れるジェイドはきっと命知らずなのだ。
***
「改めまして、俺はセドリック。妖術使いだ。魔法比べ冬の陣に参加するにあたって、ジェイドと組みたい。」
魔法比べはチーム戦である。まずはパートナー決めが重要らしい。純魔法使いをこのジュピタルで見つけるのはレアだとセドリックは嬉しそうだった。多くの妖術使いは純魔法使いを違う国から引っ張ってくることは多々あるが、断られることのほうが多い。妖狐に食われるという噂は健在だし、霊力のせいで体調不良になるからだそうだ。
「この不届きものはぜひ妖狐に食わせてくれて構わない。俺はアレクシスだ。」
「ジェイドに怪我をさせたら、お前を殺すからな。私はユズ。よろしくね」
アレクシスとユズは正反対のことを言って、セドリックに自己紹介した。魔法比べは二週間後だ。セドリックは妖術アカデミーの教師をしているという。そこに今までの魔法比べの出題課題があるから、来てもらって、二週間特訓しようということになった。
「寮に空きがあるし、寝泊りできる。アカデミーは中心街にあるし、観光もしたらいい」
一行は、西の関門を抜けて、妖狐の里へ入った。
ドレスのような、中華服のような民族衣装を着ている人が多かった。
「ユズ、可愛いな、あれ、買ってやろうか!」
「ジェイド、私で散財するつもりなの」
「お前に使う金は全く惜しくないん」
自然に手を取ろうとして、真上から緑の閃光がユズとジェイドの間に落ちた。地面が割れて、ジェイドは冷汗が出た。
「うちのお嬢様と半径5メートルは距離を開けていただけますか、王弟殿下」
アレクシスは丁寧な口調でジェイドに言ってのけて、ユズの二の腕を掴んで離れて行った。
「・・・お前、わざと殺されに行ってるだろう」
セドリックが呆れている。ジェイドはそんなつもりはなかった。無意識だった。腕が一本落ちるところだった。ふう、とため息を吐き、とぼとぼと二人についていく。半径5メートルを守って。
中心街に行くと、電光掲示板に魔法比べのポスターが出ていた。優勝者は400万ジュピターと妖狐の加護、と確かに書いてある。
「・・・待てよ、これ、冬の陣終わったら次はいつ?」
「次は春。シーズン開催だ。」
時間の問題的には、やはりこれで優勝するしかない。優勝とか、ユズの剣士大会ではないのだから、ジェイドは不安だった。
「ジェイド不安?俺は一応準決までは行ったことある、結構な実力者だぞ」
「・・・でも優勝はない」
「意外と失礼な奴だな、優勝したらもう出られないんだよ。妖狐に食われるって噂はそこからだな。」
「それは、失踪してるってことなのか?」
セドリックは頷いた。妖狐の里では怪異現象は当たり前で通される。逆に考えると、誘拐や殺人などの犯罪が横行している治安の悪い地域でもある。この魔法比べについては少し調べる必要がありそうだ。
「セド、図書館に行きたいんだが」
「おお、場所は」
「俺は二回目だからわかる。二人に伝えてくれ。」
夜に中心街の居酒屋で集合しようと言うことになり、ユズとアレクシスは現地民のセドリックに任せ、ジェイドは単独行動になった。
魔法比べの歴史は浅かった。ここ数年のことである。二人一組のトーナメント方式でお題が与えられ、その魔法のパフォーマンスを審査員が審査し、勝敗が決まるのだそうだ。最初のお題は割と簡易で、勝ち進むにつれ、難易度が上がる。お題は変身術、攻撃魔法、幻想術、調理系魔術、治癒魔法、技術魔法とさまざまだ。作戦タイムが5分、先攻後攻でパフォーマンス、審査会議5分とのことだ。
優勝者には妖狐の加護が与えられる。この本には霊力が強化される加護と書いてあった。聞いていた話と違うようだ。妖狐の加護は知恵に由来するものだったはずだ。ジェイドは魔法使いだから、霊力が強化されても意味がない。この話はどうも、怪しい気がする。しかし、加護のためには優勝をする必要がある。優勝することで活路が開けるのかもしれない。それと、辺境伯に会いに行くべきだ。ジェイドの身分ならばアポイントメントを取れば会えるはずだ。
辺境伯の屋敷は西の本当に端、アーセナル共和国との国境付近にある。アーセナル共和国とは親交関係を築いているので、今回はドラゴンやフェニックスのように隣国が攻め込んでくることはないだろう。バジリスク辺境は魔の森で、外敵を駆逐できるので、マーキュリオ・ビナス連合国は攻めたくても攻められない。ドラゴン辺境もこの間、マルス魔法大国との蟠りが解けた。フェニックス領の辺境は喫緊だが、王都からも応援が手配され、ブライアンが文字通り心血を注いだあの薬も特許を申請して、国で管理されることになるそうだ。ジュピタル王国のニュースは新聞などでもよく読んでいる。リスクーザの一番人気のパーティは相変わらずスカーレットが率いるレッドブレイブだったし、ドラココではミリアリアとダンテ辺境伯が盛大な結婚式を挙げたというホットな話題もあった。少し早いが待ち合わせ場所の中心街の居酒屋に行って、トウモロコシから作ったという酒を飲んで、餃子や小籠包を頼んでつまむ。熱くてうま味のある肉汁が口の中で広がって、ひき肉はほろほろと解けていく。その皮ももちもちで、そして酒もうまかった。こういう料理と合うように作られているようだ。
「お兄さんおひとりですか、ええ、その顔やばくない」
綺麗な女の人から声をかけられたが、ジェイドの目の青痣に普通に引く。
「え、逆ナンですか」
「あ、すみません、出直しますね」
逆ナンのはずだったのに、こっちが振られたみたいになっている。アレクシスのせいだ。ジェイドはため息をついて、酒をあおった。
「いたいた、もう飲んでんのかよ」
「居酒屋は飲むもんだろ。なあセド、俺の顔の傷だけでも治してくれ」
「悪い、治癒の妖術は不得手だわ」
「痛むのジェイド、氷貰ってこようか」
ユズが当たり前にジェイドの隣に座って話しかけてくれて、ジェイドの目は輝くが、間にアレクシスが入ってきて、お嬢様はこっちの席ですねー、とユズを連れて行った。おのずとセドリックがジェイドの隣に座った。ほとぼりは冷めていないようだった。
「何を調べたんだ?魔法比べのこと?」
「あ、ああ。最近なんだなって。それ以前はどうやって加護は貰えたんだ?」
「妖狐様の加護か?妖術使いが妖を賜るのをそう呼んでんじゃねえのかなって思ってたが、違うのか?」
この辺境領に住んでいるのに知らないのなら、やはり直接辺境伯に会いに行くべきか。ここの辺境伯は聖獣本体が務めている・・・ラルフのような異次元の生命体をイメージしていた。
「・・・セドリックは妖を持ってるの?見たい」
ユズはセドリックに話しかけた。それは挨拶依頼初めてのことだった。隣に番犬のような男がいれば、とてもあの船の中のようには軽薄には話しかけられなかった。ユズが自分の名前を呼んで、話題を提供してくれるのは奇跡だと思った。
「俺の妖は見せられる類のものではないが、アカデミーに行けば生徒がたくさん妖を連れてるから、ぜひ見に来てくれ!」
「アレク、明日辺境伯のところへ行くが・・・ユズに口利きを頼んでもらっても・・・」
ジェイドは恐る恐るアレクシスに話しかけた。アレクシスはバンっとテーブルに手紙を置く。
「トパーズ様から」
ぶっきらぼうに言って、彼は再び無言に戻る。
「父上から?私も見たい!」
ユズは嬉々として立って、テーブルを回ろうとして、首根っこをつかまれて、アレクシスの隣に固定された。
「さあ、お嬢様。お飲み物は何にされます?お食事も頼みましょうね、チャーハンとラーメンと、キクラゲとハルサメのサラダはいかがでしょうかー」
アレクシスは棒読みで敬語を使ってくる。ユズははあ、とあからさまにため息を吐いた。ジェイドもそうしたいがそれでは火に油である。ユズは大体反省しないから、アレクシスがこうなるし、原因はジェイドにあるしで、この空気が居たたまれなさ過ぎて、やりづらい。とりあえず手紙を開ける。中には玉藻の前辺境伯宛ての手紙も入っていた。紹介状である。いずれにせよ、グリフォン家にはいつも助けてもらっているので、お礼の手紙を書かねばなるまい。
『ジェイド・ウラヌスタリア王弟殿下
ユズとアレクシスがお世話をかけていると思います。旅の行程はいよいよ西に来ましたね。スタンシャイン公爵から、南辺境での出来事もお聞きしました。万病薬のことは万事滞りなく整備が進んでいますのでご安心ください。
さて、西の辺境伯、玉藻の前と当家は親交が深く、妖狐の里へ行ったらぜひに訪ねてほしいと手紙でのやり取りしておりました旨をお伝えしておきます。玉藻の前は黒髪が長く、色白で、黒曜石のような瞳、額に三つの花びらの花鈿が特徴です。お間違えの無いようにお気を付けください。私も近くに西へ参りたいと思います。その時にお会いできればうれしく思います。
ユズのことを書けば、筆が止まらなくなりそうなので割愛します。旅が順調に行くようお祈りしております。 トパーズ・グリフォン』
「ユズ、お父上が近くへ西へ来ると書いてあるよ。」
ジェイドは手紙をユズに見せる。ユズは文章を目で追って、顔を青くした。たぶん連れ戻しに来るのではないかと思っているような顔だ。ジェイドはだんだんユズが何を考えているのかが分かるようになってきた。
「玉藻の前の特徴が書いてあるのが不思議だな。」
「妖狐様は絶世の美女。偽物がいっぱいいるんだよ。あとは変幻術がとくに優れていると聞く。・・・というか、グリフォンとか王都の侯爵家じゃん、ユズちゃんって本当にお嬢様だったのか?」
信じられないものを見るようにセドリックは聞いてきた。海賊を殴って縛り上げるお嬢様は見たことがないからだ。
「・・・知らない国の王弟殿下とユーピテル名家のお嬢様が、どんなわけで旅をしてんだ??駆け落ちか?で、アレクシスが追手的な・・・そういう話あったな」
「なにそれ、面白そうね」
駆け落ちとかそういうロマンチックなワードは好きだ。
「短い話だよ。これは身分の低い男と、上流貴族のお姫様の駆け落ちの悲恋話。」
セドリックは酒を飲みながら、ジェイドの頼んでいた餃子をつまむ。
「悲恋なの!?私、泣いてしまいそうよ」
「聞いてからな?ずっとガン無視されてたんだけど・・・落差がすごい」
「俺も最初は結構塩対応だった。アレクシスにはずっと塩対応だぞ」
ジェイドはアレクシスに足を蹴られて蹲った。これも青痣ものだ。
「ええっと、まあ身分の低い男ってのは平民だとすると、アレクシスみたいなイケメンだったんだと。で、お姫様と恋に落ちて、お姫様を屋敷から連れ出した。お姫様は屋敷から外へは出たことがなかったんだ。男と出る初めての外にいちいち感動して、あれは何?これは何?と聞いたんだよ。とくに、朝、草に露ができるだろ。それが朝日に照らされてキラキラしているのがまるで宝石みたいに見えて、あれは何ですか、宝石ですか?って男に聞いたんだ。」
「わあ、綺麗ね、そうよね」
自分も初めてユーピテルから出た時の感動は今も覚えている。
「男の方には余裕がなくてな、追手を恐れて、早く道を急ぐことだけを考えて、お姫様のあれは何?に答えてやらなかった。さあ、急いで、お姫様。今日はあのあばら家で夜露をしのぎましょう。」
ユズはじっと話を聞いていた。
「あばら家にお姫様を入れて、男は追手を警戒するために外で見張りをしていた。雷の音がすごい夜だった。翌朝、追手も来なくて安心して男はあばら家の入口を開けたら、お姫様はいなくなっていたんだ。」
「どうして?」
「そのあばら家には、鬼が出るって有名で、お姫様は夜のうちに鬼に食われてしまった。助けて、って男を呼ぶ声も雷の音に聞こえなかったんだ。男は悲しくて、地団太を踏んで泣いたけど、お姫様は戻ってこない。朝露を見て、あれは何と目を輝かせて聞いてきたお姫様のことを思い出す。あれは何、と聞かれたとき、あれは露だよと答えて、自分も一緒に露になって消えてしまえばよかったと。」
話はそれで終わりらしい。なんとも後味を引く終わり方だ。可哀そう、とは一言では言えないし、これが、悲恋・・・というものなのか・・・とユズは初めて悲恋の話を聞いたように思った。
「下らねえ話だな。好きな女一人守れねえなら、駆け落ちなんかするなよ」
アレクシスが話に感情移入をするのは珍しいとユズは思った。
「アレク、こういう話弱かったのね、いいこと知ったわ」
ユズはアレクシスの弱みを知ることは嬉しい。いつかそれを貯めて、アレクシスを言い負かしてみたいと思っている。
「アレクは実はマリカに恋をしていて、結婚式の日にエルヴィンに待ったをかけるのはどう」
「・・・マリカは好みじゃねえからありえねえ、俺の首が飛んでアンダーソン家が取りつぶしになるな。」
「アレクの好みってどういうのなの」
ユズは眉をしかめて餃子をつまむ。ユズ、それをお前が聞くんじゃない。ジェイドは心の中で突っ込む。
「ユズちゃん寮に送ったら、キャバクラでも行くか?アレクくらいイケメンなら選び放題だろう」
「セドリック、キャバクラというものなら、私の方が興味があるのよ」
ユズは今度はキャバ嬢になりたいと言い出すのだろうか、勘弁してほしい、ジェイドはアレクシスに目線を向ける。同じような顔でアレクシスはため息を吐く。
「あのー、相席いいですか?」
さっきジェイドに声をかけてきた逆ナン女がアレクシスに声をかけた。
「空いてません。」
アレクシスはぶっきらぼうにそう答えた。
「ここどうぞ!」
ユズは隙をついて、アレクシスの隣を抜け出し、ジェイドの隣に来た。距離が近い。ユズのパーソナルスペースがアレクシスに対するものとだいぶ違う。もうゼロである。
「あら、セドじゃない、彼、お友達?」
「ナターシャ、彼、今日知り合った。ユーピテルの騎士だってさ」
「えーお兄さん、すっごくイケメンですよね、私、ナターシャって言います。お酒飲めます?いいお店知ってるんですよー」
化粧がばっちりで、豊満な胸を強調するような服を着て、スカートもすごく短くて、冬なのに寒くないかな、とユズはナターシャを見て思った。
「アレクはよろしくしけ込んで来ても結構よ」
お嬢様らしく喋ったとてその言葉はだめである。
「ユズさん、その言葉はアウトです!まじでどこで覚えてきた?最近ユズに教えたのはブライアン?いやでも系統が違うな、お前俺の知らないところで」
「エリーとステラ」
「あの方たちも一応公爵令嬢でしたよね!?」
最近ジェイドが母親っぽくなってきた。
「ユズちゃんは、アレクよりジェイドが好きなんだな。顔面だけでもてるってわけでもねえのか」
ナターシャは初対面だから、まず顔面しか見ていない。アレクシスは顔面だけで三日はもつだろうが、それ以上はたぶん続かないと思う、というのはユズやジェイドが長く付き合っているから分かることである。初対面において、外見の情報が九割とも聞くから、そこまでは見抜けない。
「で、セドとナターシャさんは知り合い?」
「セフレ」
「それ、詳しく聞かせてもらってもいいですか」
ユズは顔を凛々しくして目をまた煌めかせる。
「ダメだ、詳しく話さないでもらっていいか、寮とやらに案内を頼む。」
ジェイドは身を乗り出すユズをセドリックから引きはがして、会計のために人を呼んだ。アレクシスはひたすらナターシャに口説かれていたが、見向きもしない。ジェイドが席を立ったタイミングで立ち上がり、一瞥すらしないで店を出た。しかしナターシャはついてきた。釣れないアレクシスは早々に諦めて、セドリックの腕に絡みついた。
「あたしも行くわ、セド♡霊力の補給をし合いましょう」
「あの、霊力ってそういうので補給されるものなのでしょうか」
「あら、可愛いお嬢ちゃんね、あたしのお部屋に来る?」
「これは・・・百合ですりー」「あわわわわわ!!!アレク!アレク、ユズを何とかしてくれ!」
近づけないジェイドにこれ以上何とかはできない。
「百合も3Pも却下。刺激が強いんで、これ以上は止してください、縛って捨ててくぞ。」
アレクシスはため息を吐きながら、セドリックとナターシャを冷たい目で睨む。
「アレク、緊縛プレイっていうのもあって」
アレクシスはユズに拳骨を落とした。
「お望みなら、今夜俺の部屋でどうでしょうかお嬢様。優しく縛って差し上げますよ」
「・・・・全身全霊でお断りさせていただきますね」
ユズはさすがに震えて、口を閉じることにした。ブライアンの講義を楽しく聞いたのが懐かしく思い出され、ユズは寂しい気持ちになった。
寮は一軒家を改造したもので、今は生徒が使っていないものを案内してもらった。
「部屋は三つ以上あるから、三人で泊まれるし、自炊するならキッチンとかも使ってもらって構わない。」
「お金、払います。ただで工面してもらうわけには」
「優勝すれば400万だろ、山分けしても余りあるくらいには」
「優勝できる可能性は100組出場するとして、99分1だろ」
「自信を持てよ、相棒。明日から放課後特訓な。昼は授業見物でも観光でも、あ、妖狐様に会いに行くんだったか。食われないようにな、健闘を祈る。」
セドリックはひらひらと手を振って、鍵をジェイドに預けてナターシャと出て行った。
「ジェイド、ユズは二階の部屋で、俺はこっち。お前はそっちでいいな。二階は立ち入り禁止で。」
「はい、仰せの通りに。」
アレクシスがやっと普通に口を聞いてくれたのでジェイドは胸をなでおろした。風呂は一階だが、トイレは二階にもあるようだ。部屋の暖炉に薪をくべれば、全室に暖気がいきわたるようになっている最新技術の家のようだ。
「いいなぁ、俺もこのくらいでいいから家を建ててみたいな」
「お前王族なら、もっと立派な屋敷が持てるだろ、それこそ公爵位くらいもらえるはずだ」
「俺の国は貴族爵位はないんだ。国の統治に関しても王様が最高決定権を持ってるだけで、あとは宰相とか平民が選挙で抜擢されてやってるよ。王弟なんて城で暮らしているくらいで、それも成人すればエルの兄貴みたいにどっかで働くとか、とにかく独り立ちしないといけないんだよ。」
ジェイドが王族なのに、一人で何でもできる理由が分かった。根本がジュピタル王国、もといこの東側大陸の貴族社会とは違うらしい。しかし東側のこともある程度は書物などで知っているので、それなりに対応はできるとのことだ。
「王国だけど民主主義採用してるのか、なかなか面白いな」
「アレクシスもさ」
ユズが今風呂に行っているから、彼とは久しぶりに二人で話をしている。
「さっきの話じゃないけど、駆け落ちするなら、民主主義のとこいけば問題ないと思うんだよな、お前追手とか普通に倒せるだろうし。」
「・・・ユズはあれでいて家族が好きだから、駆け落ちは考えてない。」
アレクシスは、ユズにはそういう優しさや気遣いを全面に出さないくせに、最終的にユズのことを考えているのだな、とジェイドは感心した。好きな子を悲しませるようなことはしない。
自分も普通にあの国で暮らしていたらとふと考えた。だけど、普通に暮らせていたならユズに会うことは出来ていないのだともすぐ分かった。もともと、残酷な救いようもないそういう出会いだったのかもしれない。
「ジャスティス見てくる。ついでに飲み物買ってくる」
アレクシスは厩の方にいくと外へ出た。ジェイドはリビングのソファに座って、少し酒を飲みすぎた頭でぼんやり窓から月を見る。気温が低いのか夜空はキラキラとしていた。冴ゆる月、という表現が適切なのかもしれない。図書館から借りてきた本を開く。あんまり将来を悲観するのは良くない。ユズもアレクシスもたくさんの人が自分に協力してくれている。自分は加護を集めて国へ帰る。その後は・・・
「ジェイド、お風呂あがったよ」
頭にタオルをかぶったままユズが出てきた。
「おお・・・俺ももらうか」
「私は寝るよ」
「おやすみ」
「おやすみ、・・・・あ、あのね」
部屋階段を上ろうとしてユズは振り返った。
「さっきのセドの駆け落ちの話を考えたの。一緒に寝てればよかったのにって。そしたら鬼に気づくこともできるし、食べられるのも一緒だったかもしれない。だからね、ジェイド、一緒に寝るのは良いことだと思うのよ!私は決してあなたを鬼に食べさせたりしない。」
ニコッとユズは微笑んで、そして階段を上がっていった。ジェイドは言われた意味を考えて、赤面していく。ユズには、男前なところはあるのだが、自分がお姫様ポジションにいるとは思わなかった。そして一緒に寝る意味が、まさか護衛の意味で取っている彼女が微笑ましく、自分の薄汚れた思考が情けなく思った。一緒に過ごすたびに、彼女に対する愛しさは募っていくばかりだ。こういう感情も、一生に一度経験するものなのかもしれない。これが、きっとジェイドにとっての最後の恋になるのだろうと、だからこの苦しさは甘んじて受け入れようと、ジェイドはソファから動くことができずに目を閉じた。
伊勢物語「芥川」の話を一部引用しています。




