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ジュピタル王国英雄記  作者: ヤー子
第四章 妖狐の里編

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霊力と魔力


朝一の船に乗り込む。なかなか頑丈にできている客船はユズとジェイドと他にも十組くらいの客を乗せて妖狐の里と呼ばれる西辺境へ向かった。

船の甲板から湖を見るのは壮観だが、いかんせん寒かった。それでもユズが見たいというからジェイドはついてきたが、凍えそうな寒さで、ユズが風邪をひくかもしれないから自分のローブをユズにかぶせてしまう。そうすると密着もするし、寒さも少しは和らぐ。密着したいだけだろ、と誰かが頭の中で言うけれど、もうジェイドは開き直っていた。ちなみにアレクシスがいないからできることである。湖からは靄が立ち込めている。水温のほうが気温よりも若干温かいのだろう。朝早いからこういう現象が起きるのだ。これが朝日に照らされるとまた美しいこともジェイドは知っていた。ユズは初めて見るその雲海から光が漏れ出でる様子の圧巻にただただ感銘を受けていた。綺麗なんて言葉は陳腐で、だけどユズには表現しようもない景色である。これをジェイドと眺めていることは幸せだと感じた。これまでも、見たことがないものをたくさん彼と見てきた。こういうことがあと何回あるのだろう。吸い込む空気が冷たく、吐く息も白い。ユズの手で暖を取るジェイドの手もやはり冷たかった。

「幻想的だな・・・中に入ろう!凍えちまう」

「ジェイドは寒さに弱いね、鍛えが足りない」

「ウラヌスタリアは温暖な気候でな。恋しくなってきた」

「もうちょっとで連れて帰ってあげられるからね」

「妖狐から加護を貰わなきゃな・・・。ちょっと、怖いんだよ」

ジェイドは珍しく弱音を吐いた。ユズは絡めとられている手を握り返す。この加護を集めたら、加護集めは終わる。そして加護を集めたら何ができるかが分かるとすべての聖獣が言っていた。自分はこれを持って、国へ帰る。それで本当に大丈夫なのか不安だ。

「また、関わった人が加護のために死ぬのなら、今度こそ自分がそうなるべきだ」

そのために悪魔は命を増やしたのだ。それを一度も使わずに今まで来れていたのが奇跡だったのかもしれない。記憶に新しいフェニックス領の犠牲が、ジェイドはトラウマになりそうなくらい悔やまれていた。ただ、彼の犠牲はもう17年前に起こっていたことだと言われれば救いようがないことだ。

「大丈夫、ジェイドは私が守るから、大丈夫だよ」

「頼むから、俺にためには死なないでくれ」

そのくらいできるくらいには好きなのに。そうなって死んだら悔いはないのに。ユズはジェイドの真剣な声を聞きながらそう思ってしまった。だってジェイドは死んでしまうのでしょう。なら寂しくないように一緒に行ってあげたい。

「なら、私のために生きてよ」

ユズはポツリとつぶやいた。聞こえたのか聞こえなかったのか、背中にくっついてる彼の表情は分からなかった。

「・・・寒い、ユズ」

「はいはい、行きましょうね」

暖炉のそばで温かいお茶を飲む。ゲホゲホとせき込んでいるおばあさんがいた。風邪をひいてしまったのだろうか。冷えますもんね、とかジェイドは世間話をしている。ユズは温まったら、身体を鍛えると言ってまた甲板に出て外周を始めた。強靭な精神は強靭な肉体に宿る・・・ユズの合言葉であった。ジェイドは暖炉のそばで本を読むことにした。

「どうして坊やは妖狐の里へ?」

「妖狐の加護が欲しいからです」

「ほお、妖狐の加護とな」

おばあさんは西の辺境、妖狐の里出身らしく、南の親戚の家へ行っていて戻る途中なのだそうだ。

「おばあさん、何か知ってるんですか?」

「妖狐はね、若い男が近づくと食っちまうから、坊やは加護をもらう前に食われちまうよ。」

それは物理的に食われるということなのだろうか、それとも性的な意味なのだろうか。物理的に食われるなら、このとっておいたあと4回の命が何回かは使えるだろうと思う。相手は妖怪なのだ。

「妖狐の加護は知恵、だったよな。貰い方についてはもう一度調べるか。」

「魔法比べだよ、坊や。妖狐の里はジュピタルで唯一魔法使いが魔法を使える場所なんだ。」

それは一応ジェイドの本職だったので、意外となんとかなるのかもしれない。クシュン、くしゃみが出た。船に揺られているだけだから、暇と言えば暇だ。ユズは鍛えに行っているし、ジェイドは寒いから船の暖炉にくっついて本を読む。船にいくつか小説もあったので暇つぶしに読み始める。

キャー!と甲板の方で悲鳴が上がった。

「幽霊船よ!この船は沈んでしまうわ」

キンキンした声が頭に響いた。無人の海賊船が現れたようだ。そして幽霊を装って、この船を襲おうとしているらしかった。ジェイドは小説に目を移す。感覚がマヒしていた。ユズがいればきっと大丈夫だ。果たしてそれは本当で、ユズは海賊を一人残らず湖の藻屑としてしまった。最終的に凍え死にそうな海賊5人を船に加えて、旅は進んだ。夜、ジェイドとユズは同じ客室にいた。ベッドは二段ベッドでユズが上だ。

「ユズ・・・寒くないか」

「ないね。」

「・・・子ども体温め、羨ましい」

先ほどから寒気が止まらない。チカチカと電気が点滅して、消えてしまう。ウラヌスの剣が光って足元を照らしてくれた。

「・・・俺は霊感とかないほうなんだけど」

「おばけ?ジェイド怖いの?」

「うー・・・ん、具合も悪くなってきた気がする」

「大変、横になって!ジェイド!熱があるみたい!」

なんてことだ、道理で寒いはずだ。そういえば、前に西に行ったときも熱が出たような記憶があった。妖狐の里についたらもう具合が悪くてしょうがなくて、病院にいって3日ほどで回復した。

どうしましょう、どうしましょう、とユズはおろおろして部屋から出て行った。ときどき令嬢らしいところはあるんだよな・・・とその様子をかわいらしく感じる。余計なことはしないで、そばにいてほしい。体調が悪い時は心も弱るものである。薬はあっただろうか、カバンから薬入れを出して中を確認すれば、解熱鎮痛剤がある。

「ジェイド、湯たんぽと毛布とストーブも借りてきた。」

「おお、ありがとな。」

ジェイドを布団に入れてから、ユズはストーブをつけるのに四苦八苦していた。マッチの力加減ができないようだ。ジェイドはベッドの上から魔法で火を起こして、ユズはビックリしていた。

「大丈夫、具合悪いのに魔法使って」

「大丈夫じゃないから、手を握ってくれないか」

ユズはジェイドの冷たい手を取った。手が冷たいということは熱はまだ上がり切っていないということだ。

「どこか痛いところは?辛い?」

手を握ってほしいなんて下心満載な要求も、下心なくユズが受け取ってくれるからもうそれだけでジェイドは幸せだ。

「きっと疲れが出たんだ。ゆっくり休んで」

ぽんぽんとユズは胸のあたりを寝かしつけのようにしてくれる。しかしユズは自分で寝かしつけられていた。こくり、こくりと首が船の揺れに合わせて揺れていた。ジェイドはベッドのスペースを空けて、ユズを引っ張り込んだ。昨日はお預けだった温もりをぎゅうっと抱きしめた。ジェイドはブライアンの死に触れて、自分が彼女に対して我慢しているのは自分の自己満足なのかもしれないと思ったのだ。きっとブライアンはユズに気持ちを伝えて、それでさよならをしたのではないか、とユズの言葉から感じ取っていた。そうする、べきなのかもしれない、と思うようになってきた。有限の命が迫っているのなら、こんなに大切になってしまっているユズにはもうどっちにしたって悲しませてしまうのは必至。ならば、少しでも気持ちが報われる方に、動いた方がまだ後悔がないような気がするのだ。それも、結局自己満足、なのかもしれない。ユズが、暖かい。ジェイドはその額に口づけて、目を閉じた。


寝てしまっていた。ジェイドが暖をとるようにユズにくっついて寝ている。ジェイドを起こさないようにそっと布団を抜け出して、やっと熱が上がり切ったのか、今は頬が少し赤くて、汗をかいているようだ。濡れタオルを準備して、汗を拭く。一緒に旅をして、ずいぶん経つけど、こんな彼を見るのは初めてで、新鮮だ。いつもしてもらってばかりなのだな、と改めて思う。朝ごはんに消化に良さそうなパンと牛乳を持って行った。ジェイドはまだ眠っている。ユズは厨房に行って、パン粥にしてもらうように頼めば、コックさんはちょいちょいと魔法のように調理してくれた。

「十組客がいるが、五組は臥せってる」

と情報をくれた。流行り病なのか?とユズは不安になった。ジェイドが起きるまで、部屋でジェイドが読んでいた小説をペラペラめくる。ちまたで流行りの婚約破棄の話だった。身分の高い令嬢と王子が婚約をしているのだが、政略なのかその間に愛がなく、王子は身分の低い令嬢に惹かれ恋に落ちる。そしてもともと婚約していたご令嬢にありとあらゆる嫌がらせを受けていると告発し、婚約破棄を高らかに宣言する。そして身分の高い令嬢は辺境追放され、そこの辺境伯との間に真実の愛を育む。しばらくすると王子が、元婚約者がなんて美しくなっているのか、と惚れ直し、また婚約を戻そうとする。それを辺境伯にやり込められる、そんな痛快ストーリーはど定番でユズもよく読んでいた口だった。というかマリカに読み聞かせられていた。ユズは本と言ったら軍事関係のものしか読まない。文字を見ていると眠くなるのだ。

「・・・ユズ」

「ジェイド、起きた?ご飯食べる?お水は?あ、汗かいてるから、着替えをしよう。背中を拭いてあげるね。」

ジェイドはなぜか慣れたように脱がされて、背中を温かいタオルで拭かれて、新しい服を着せられた。シャツのボタンもユズは手間取ることなく止めていく。慣れている。さすが男装が板についているだけある。褒めるところではない。普通に脱がせるな、意識してくれ。ジェイドは悲しくなってきた。しかしジェイドは気づいていない。こんなことユズはアレクシスには絶対にしないし、やってあげても弟に限るし、弟ももう年頃なのでやめてあげようと思っている。ユズの中でジェイドは特別だから、こうなるのだ。

「見て、パン粥にしてもらったの。ちょっと冷めちゃったけど・・・温めなおしてもらおうか」

「いい、魔法でできる。」

「便利だな。」

程よく温まったパン粥をスプーンですくって、ジェイドの口元に持って行った。条件反射とは怖いもので、ジェイドは回らない頭で普通に口を開けた。

「おいしいか?コックさんが作ってくれたんだ。なんか五組くらい風邪ひいてるらしいよ」

「・・・なんかの感染症か?ユズ、お前も気をつけろ」

もうだいぶ濃厚に接触してしまっているが、今からでも感染対策をさせるべきだろうか、とジェイドは回らない頭で考えた。

「私は大丈夫。鍛えてるから、風邪は引かない。」

「・・・貧血はあったけどな」

「あれも悪条件が重なっただけ。アレクもいたから、なんかアレクがいると意識して無理をしてしまうの。ほら見ろとか、お前には無理なんだよって言われたくなくて。アレクみたいになりたいのよ。でもいろいろ規格外でしょ、あの人。」

ジェイドからすれば、ユズも規格外だが、ユズにはユズの理想があるのだろう。

「アレクの目標はうちの兄上なんだって。」

だけどオニキスはアレクシスに稽古をつけるようにはユズには接してくれない。だからオニキスはユズを溺愛しているが、ユズは幼少期よりは兄離れが進んでいるのだ。まだアレクシスのほうがたまに相手になってくれるから好きである。それを言ったらアレクシスがオニキスに殺されるかもしれないからもちろん言わない。

「ユズにはユズの強さとか、優しさとか、アレクにはないものがいっぱいあるだろ。」

まずユズは可愛い。アレクシスは可愛くはない。イケメンではあるけど。決して可愛くはない・・・とジェイドは大事なことなので二回繰り返した。きっと体調が悪いのだろうな、とユズはパン粥を置いて、ジェイドを再び布団に寝かせた。

「何かしてほしいことはある?しんどそう。」

「そばにいてくれ」

手が伸びてきたから、それをとれば、ユズよりジェイドの手のほうが温かいというか熱いという珍しい現象が起きていた。早く熱が下がりますように・・・とユズはグリフォンに祈った。こういうときは自然にグリフォンに祈ってしまう。

『ユズ、三日は下がらないよ』

ミニグリフォンはユズの肩に止まる。

「・・・そうなの?何の病気なの?」

『ジェイドの場合は霊力に対する魔力の抗体反応ってやつだね。この湖はとくに霊力が強いんだ。陸路はまだましだったけど、結局妖狐の里に入れば同じことだよ』

「・・・霊力?」

『西の辺境には霊力があるから、魔法を使えるように見えるってこと。ジュピタルに魔力はないよ。』

ミニグリフォンが何を言っているのかユズは分からない。グリフォンもユズが分かっていないだろうとは思うが、一応は説明してやるのだ。

『船が着くころには治るよ。』

それを言えば、ユズはほっと安心してジェイドの頭を撫でてやった。ジェイドは聞いて、なるほどな・・・と思った。以前は疲れていただけだと思ったし、今回も最初はそう思ったが、妖狐の里のもつ霊力に魔法使いの血が反応しているだけということだろう。三日ほどで身体が霊力のある環境に慣れるのだ。

「・・・じゃあそこにいるのは魔法使いじゃなくて、霊力使いってことか」

『妖術使いともいうね、魔法使いは気を付けた方がいいよ。タマモに食われないようにね』

不吉なことを言ってグリフォンは消えた。

「大丈夫、ジェイドには私がついてるからね、タマゴ?がジェイドを食べたら、ぶっ飛ばしてあげる」

「・・・ユズ、俺が食われる前にぶっ飛ばしてほしいんだが」

原因が分かったら、熱でしんどい状況は少しクリアになってきた。でも頭は重いし、本を読む気にもなれない。ユズはジェイドの左手で遊び始めた。彼女も彼女で手持無沙汰なのだろう。手の大きさを比べてみたり、手相や指のしわを眺めてみたりした。ジェイドの手は、ユズよりは大きいし、節くれだっている、男の人の手だな、とは思う。爪が綺麗に整っていて、ユズの手にあるような剣だこはない。左手だから剣だこはないのか。

「私、ブライアンとたくさんお話してさ」

「・・・いかがわしい話な」

「そういう話ばっかりじゃなくて、ええっとそれがきっかけだったとは思うけど。なんだっけ、どうして結婚指輪は左手の薬指に指輪をするのか。」

指には意味があるという。親指はリーダーシップ・指導者、人差し指は積極性・行動力、中指は直観力・ひらめき、薬指は愛・創造性、小指はチャンス・願い・・・だそうだ。そう一気に言われても覚えられないけれど、話を聞くのは面白かった。

薬指には、心臓につながる静脈が流れていて、そこをマッサージすると落ち着くのだとか、実用的な視点で、効き手でないほうの薬指は一番使われる用途が少ないから、という理由もあるらしい。

「で、ユズはどうしてだと思ったんだ」

ブライアンはただ一般的な実例をユズに話しただけで、最後は彼なりにこう考えます、と考察はある。ユズは彼の話を聞いて、どう結論を出したのだろう、とジェイドは純粋に興味を持った。

「私は、お守りのようなものだと思う。」

たとえば、アレクシスからもらったこのピアスも戻ってきてからまた右耳につけているが、お守りだと思っている。結婚指輪も同じように、離れていても無事でいるようにという願をかけてお互いに送るのだろうと思うのだ。

アレクシスはそれ以上の意味を持たせてユズに贈ったに違いないが、彼女にはそう伝わっているのなら、それがユズにとっての意味であることに相違ない。ジェイドはユズの左手の薬指を撫でて、しみじみと眺める。彼女の指はほっそりしている。こんな手で良く剣を振るって、敵を倒してしまえるものだ、といつも感心する。グリフォンのおかげだ。でないときっと無理だ。身体に負担はかかっていないのだろうか。

「ここに指輪をするってことは、もう自分には相手がいるって周りに誇示する意味があるんじゃないか」

「それはなんだか・・・独占欲?がすごいね」

多くの人はそういう愛を示す意味でつけているものだろうが、ユズには不評らしい。

「アレクのピアスもそうだと思うけどな。」

「・・・気持ちわ「それ以上言うな、さすがに可哀そうだろ」

ユズは穏やかに笑った。

「でもそういう意味なら、つけないかな。アレクのものにはなりたくないし。」

「ユズはさ、どうしてアレクシスはだめなんだ?」

聞いて、墓穴になるだろうか。アレクシスのことは応援している。ユズと彼は相性は悪い・・・それは否めない。でも会った当初より脈がなくなってきている気がするのだ。アレクシスもアレクシスなのだが、ユズは彼を幼馴染としか思っていないようだった。

「ジェイドは、アレクと私が付き合えばいいって思ってる?」

「・・・おもって・・・いる」

ユズはじっとジェイドを見つめて、少し悲しそうに目を伏せて、ぶんぶんと頭を振ってにこっと笑った。それがジェイドには、わかっていた。ユズは本当に言いたいことを飲み込んで、ジェイドの本意に沿うように努力しよう、と笑ってくれていることが分かってしまった。

「ごめん、ユズ、俺は」

「大丈夫、大丈夫だよ、私も分かってるから」

苦しいのは、熱があるせいにしたかった。そして同時に彼女のことも苦しめてしまっていることが辛かった。だけど、握った手を離せずにいるし、ユズもそのまま受け入れてくれている。


「アレクとは、そういうの考えられないの」

それは、ジェイドのせいだとは、言えない。ユズは同時に二人を好きになるなんて器用なことはできない。きっとユズにとって、この大恋愛の終わりが来ても、そのあとでアレクシスを愛することは今は考えられない。今は、ジェイドのことしか考えられない。彼を愛しているのだ。愛することは確かに苦しみで、そして幸福なのだとなんとなくわかる。気持ちに嘘はつかない。自分が嫌になることも自棄になることもしない。私は私の中で彼に対して誠実であり続けると決めた。彼がどんなに自分を突き放そうと努力しても、ユズの気持ちはユズだけのものだから。


「そうか」

ジェイドは申し訳なくも嬉しかった。彼女が誰のものにもならないで自分のそばにいてくれることが。彼女には残酷なことをしている。でも手が離せない。それは弱さだとは思うのだ。もういっそユズが誰かのものになれば、諦めがつくだろうと、自分の弱さに他人を巻き込んで。この手を離して、突き放してやるのが、本当の優しさだろう。自分の弱さと甘えで、離せないでいるのは違うだろう。そう思うのに。思いと行動がてんで一致しない。


「眠ってジェイド。疲れてるんだよ、熱があるときは疲れる」

ユズは、また子どもを寝かしつけるように、とんとんと優しく胸を叩く。いつもよりひんやりしているように感じるユズの手を握ったまま、ジェイドは目を閉じた。


熱が出て二日目の夜になるとだいぶ身体が慣れてきて、体温は下がり始めた。二回目に来たからだろうか、割と早めに霊力というやつに馴染んでくれたらしい。ユズが二段ベッドの上じゃなくて、文机に突っ伏して寝ていた。今は真夜中らしい。トイレに行くために客室から出ると冷え込んだ風が足元に吹く。

「こんばんは。」

声をかけられた方を見れば、男が一人いた。黒髪に、パールグレイの目が月明かりに照らされている。ずいぶんと整った顔をしている男だ。

「お兄さん、見かけないけど、この船の客?」

「・・・寝込んでたから。あなたは?」

「俺も客。ああ、湖風邪引いたのか。魔力が強い人はかかるよな、よそから来た人?」

「まあ・・・」

「ジュピタルへは観光?妖狐の里はなかなか面白いよ」

男は眠れないから甲板へ行く途中だったという。ジェイドも今起きたばかりで、部屋に行って、ベッドに入っても眠れないだろう。

「俺はセドリック。妖狐の里の妖術使い。」

「・・・ジェイドだ。」

ジェイドは妖術について聞いた。

「その妖術って、魔法とは何か違うんだ?」

「できることは同じだな、火のないところで火を付けたり、怪我を治したり。根源が魔素、じゃなくて霊力ってだけだろ。魔法使いは魔素がなきゃ魔法は使えないように、妖術も霊力がなければ使えない。ただ霊力は人間の営みで回復することができるから・・・霊力のないところでも多少妖術が使える。」

霊力が強いところは意外に世界各地にあるのだというし、自身の霊力を貯める器を大きくする修行もできるのだそうだ。

「妖術は誰でも使えるわけじゃない。妖怪と契約しなきゃならない。その契約が反故にされれば使えなくなるよ」

セドリックが言うには、ジュピタルで魔法が使えなくなった魔法使いが西の妖術使いに転身して、各地で魔法のようなものを使っているとのことだ。魔石や魔道具に頼っていない魔法使いは実は妖術使いで、どこかに妖怪をくっつけているか、心臓を渡しているか、それぞれの契約を結んでいる、とのことだ。

「魔法比べってなんなんだ?」

「お、出場希望者か?俺も出る予定だ。パートナーは決まったか?あとは食われてもいいかどうかの同意書にサインだな。優勝すれば、タマモのご尊顔を拝謁できるが、食われる、とも聞く・・・」

九尾の狐にはタマモノマエという名前がついている。それは一回目に来た時に知っていた。ユズがタマモをタマゴと言っていたが、そのタマモが西の辺境伯を務めている。ブライアンはラルフとタマモは千年前も生きている、と言っていた。タマモとやらに、ジェイドもあってみたいと思った。手っ取り早く、それで優勝すれば良いのだろうか。

「それって魔法使いが出るものなのか?」

「まあ、建前だな。みんなは妖術使ってるぞ。俺と組まないか?純魔法使いと組めばタマモまでたどり着けるかもしれない」

セドリックは打算的に提案した。ジェイドは西の辺境のことを知っている人物がいるなら、頼ろうと提案に乗ることにした。

「よろしくな、ジェイド。ところでさ、お前、ユズちゃんの部屋から出てこなかった?」

「・・・ユズと知り合いなのか?」

「いや、ユズちゃんは俺の名前なんて呼んでくれねえけど。素手で海賊もどきを退治した女の子は初めてで、それから結構声かけてんだけど、ガン無視される」

「・・・ああ、そう。」

「可愛いのに損だよね。」

「・・・ユズとは一緒に旅をしているんだ」

「女の子と二人旅?」

「いかがわしい言い方はよせ」

「いかがわしくはないだろ」

そうだ、ジェイドの思考がいかがわしいだけである。しかしユズはまったくセドリックの話題は出さないから、本当に彼女は彼に興味がないのだろう。

「じゃ、明日紹介してよ。そしたらユズちゃん、俺のことセドって呼んでくれるはずだ。」

この男はプラス思考だな。

「一応聞くけど、恋人なのか?」

「・・・あ、え、その、一言では申し上げられない関係で」

「ふーん・・・え、俺、ユズちゃん口説いていい?ジェイドに許可必要?」

「・・・必要、ない・・・のか、しかし、お、俺も口説いてるから」

「じゃあライバルだ」

にやっとセドリックは笑った。ジェイドは笑えなかった。もう、これはアレクシスに出てきてもらうしかない。ジェイドではまず、顔面でセドリックに舐められているのだ。セドリックはジェイドになら勝てるなんて思って、ユズを口説くと言うのだ。

「俺は、ライバルにはならんと思う・・・」

「ま、いいわ。じゃ、明日な」

セドリックは部屋に戻っていった。ジェイドも部屋に戻れば、ユズが起き上がった。

「悪い、起こした」

「ああ・・・ジェイド、熱は?」

「もうだいぶ良くなった、すまない、心配かけて」

ユズはふう、と安心して、またそこに突っ伏する。

「布団で寝ろよ、疲れが取れない」

「めんどくさい」

「・・・めんどくさがるな、そこに行くだけだ。抱っこか、おんぶか、どっちがいい?」

ユズは本当にしょうがなさそうに、立って、ジェイドの布団に入る。ジェイドは考えた。今日で、つかの間の二人きりが終わって、明日にはアレクシスと合流する。もうしばらくはユズと一緒には眠れない。答えは決まっていた。同じ布団に入ることに少しも躊躇わなかった。言い訳もしない。

「キスしてもいいですか」

「それ以上近づいたら、握りつぶすよ」

「・・・ここ、俺の布団だよな・・・?」

しかもその言い方はやめてほしい。何を握りつぶすというのですか。

「ふふ、嘘だよ、おやすみジェイド」

「・・・おやすみ」

看病疲れなのか、ユズはすぐ眠ってしまった。朝、気が付けば船は止まっていた。バタンと扉が開く音で目が覚める。隣のユズはスピスピとまだ夢の中だ。ユズはジェイドの腕の中で、幸せそうに眠っている顔はとても可愛いし、温かさと柔らかさと陽だまりと花のようないい匂いにジェイドも身を寄せた。そういえば、なんで扉が勝手にあくのだろう。そんな非常識な奴、いるのだろうか。回らない頭で考えて、そして急いで頭を回して、身体をがばっと起こした。


「よお、ジェイド、ようこそ、妖狐の里へ」

「アレク、おはよう。違うんだ。ここは俺の布団でな、ユズが上のベッドで。間違えたんだ。」

「妖狐の里へいく前にお前を湖に沈めることにした。」

アレクシスの目は本気だった。


ユズは5分後、湖にジェイドが抛り込まれた音で目が覚めたのだった。



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